「プレス・トゥ・プレイ」発売20周年を記念して
ポールの意欲作にして不遇の名盤「プレス・トゥ・プレイ」。
発売から20年が経過する今、その魅力を改めて見つめ直す必要があるのではないか・・・。
発表された当時は酷評を得たり、高いセールスを誇らなかったアルバムでも、時代が経過するにしたがって再評価を受け、中には「名盤」とまで呼ばれることがあります。ポール・マッカートニーの場合にも、そうした例はよく見られます。ビートルズ解散後初めてのアルバム「ラム」(1971年)が代表的な例でしょう。当時は評論家の間で「駄作」と評されたアルバムも、今となっては大多数のファンに支持を受けています。当時売れなかった「ロンドン・タウン」や「バック・トゥ・ジ・エッグ」が駄作だと思う人はもはや極めて少数派に転じていますし、ラフな面の目立つウイングスのデビュー作「ウイングス・ワイルド・ライフ」も曲の持つ魅力に再評価のまなざしが向けられています。最近では最大の問題作だった「マッカートニーII」までも、再評価され始めています。
しかし、1986年に発表されたアルバム「プレス・トゥ・プレイ」はどうでしょう。発表当時、英国で最高8位、米国では最高30位止まりと、ポール史上過去最悪の記録を残してしまい、シングルカットも相次いで不振に終わり、セールス上では失敗に終わってしまいました。セールス上の失敗は先述の各アルバムも同じでしょう。しかし、「プレス・トゥ・プレイ」の場合は再評価がされていません。それどころか、当時貼り付けられた「駄作」というレッテルは存在し続けているのみならず、ますます固定化しつつあります。それに拍車をかけているのが、間違いなく最近のポール本人の発言です。インタビューで自ら「駄作」であることを認め、「曲目を見て“こんなはずじゃない”と思ったよ」と言ったのです。その言葉もあって、さらに他アルバムの再評価にあわせた「新たな駄作」探しもあって、いまだに「プレス・トゥ・プレイ」は「駄作」のままです。
過去最悪のセールスを記録したのですからポールがそのような愚痴を後年こぼすのも分からなくはないのですが、さて、「プレス・トゥ・プレイ」は本当に世間で言うような「駄作」なのでしょうか。世間やポールが言うように「ポールらしくない」アルバムなのでしょうか。私は断固「ノー」と言います。そう、「プレス・トゥ・プレイ」は駄作ではないのです。今「駄作」と言われているのは、先入観と巷の評判だけで判断しているからであり、中身を本当に味わっていないからです。まさに、風評被害を受けているのです。逆に、このアルバムは一種の「名盤」とも言えるでしょう。それは言いすぎとしても、並大抵のレベルのアルバムではないことは確かです。みんなそれを本当に知らないか、あえて目をそらしているだけなのです。発表から20年経過した今こそ、この風評被害から「プレス・トゥ・プレイ」を救い出しましょう!私はそう思わずにいられません。このページでは、「プレス・トゥ・プレイ」の大ファンである私が、この「影の名盤」の名誉回復のために徹底的に誰も気づかない魅力をお伝えしてゆきます。少し過激な論調も見られますが、そこは勘弁してください。
〜創作意欲と起死回生〜
「プレス・トゥ・プレイ」がセールス不振に陥り、今でも「駄作」と言われる最大の要因が、ポールが本作で挑戦した'80年代風アレンジです。当時流行だった打ち込み主体のエレクトリック・ポップを導入したのです。それは、プロデューサーにヒュー・パジャムを迎えたことからも明らかです。世間の通説によれば、このアレンジはポールらしくなく、それを聴いたファンが拒否反応を示したため売れなかった、もっと言えば、このアルバムのせいでポールはチャートなどで急に振るわなくなった、ということになっています。確かに、'80年代風アレンジには機械的な面もあり、一部の曲では「少し過剰では・・・」と思われる箇所も散見されます。ポールの性には合わなかった事実も、確かにあります。
ですが、それが直ちに「ポールらしくない」につながるのでしょうか。「ポールらしい」アレンジとは、一体何なのでしょうか。もしそれを世間一般が求める「メロディアスでキャッチーなポップやバラード」と言うのであったら、このアルバムの他にも、「マッカートニーII」はもちろん「バック・トゥ・ジ・エッグ」も「ポールらしくない」アルバムになってしまうことでしょう。「エッグ」をポールらしくないと考える人は多くないと思います。だったら、「プレス・トゥ・プレイ」もポップやバラード中心でなく、斬新なアレンジをしているだけで「ポールらしくない」と考えるのはおかしいと思います。
そもそも、「ポール=ポップやバラード」とステレオタイプ的に考えるのは間違いではないでしょうか。確かに「バンド・オン・ザ・ラン」や「ヴィーナス・アンド・マース」、「タッグ・オブ・ウォー」のような典型的なポールのアルバムは素晴らしいです。しかし、ポップやバラード、あるいはキャッチーなロックだけがポールの守備範囲ではなく、魅力でないことは、よく聴いている方ならお分かりのはず。ポールは、その時代の最先端の音楽を積極的に自分の音楽に取り入れて、自分なりに吸収・解釈して消化してゆくという得意技を持っているのです。そうしたアルバム─「バック・トゥ・ジ・エッグ」「マッカートニーII」そして「プレス・トゥ・プレイ」─はポールらしくないように見えますが、それは外見上の話であって、実際蓋を開ければそこには「マッカートニー・ミュージック」が広がっているのです。そこにはエレクトリック・ポップやテクノ・ポップそのものがあるのではなく、ポールなりに吸収・消化した後の、すっかりポール流にアレンジされたものがあるのです。本場とは明らかに違う、このような音楽をポールらしいと言わずして何と言うのでしょう。
つまりは、「プレス・トゥ・プレイ」の不評は、ポールに典型的なイメージ(ポップやバラード)を期待しすぎるリスナーに原因があるのです。決して収録内容がポールらしくないわけではないのです。そして今も「駄作」というレッテルが貼られているのも、そうした誤ったステレオタイプに依存しているリスナーのせいなのです。「マッカートニーII」もそうですが、一度そういうステレオタイプを捨てて聴いてみてください。確かに当時の最先端の味付けはしてあるものの、これはポールが生み出したマッカートニー・ミュージックなんだ!と考えてみてください。そうすれば、「プレス・トゥ・プレイ」はただの'80年代サウンドではないことが分かるかと思います。当時は'80年代サウンドに拒否反応を起こした方も、20年も経過しているのですから今一度聴いてみてください。昔のような嫌悪感はなくなっているはずです。
もう1つ、「プレス・トゥ・プレイ」のせいでポールの不振が始まってしまったというのも誤りです。なぜなら、不振自体は「パイプス・オブ・ピース」から始まっていたからです。映画「ヤァ!ブロード・ストリート」がよくそれを表しているでしょう。さらに、「プレス・トゥ・プレイ」は実は、そうした不振を打開するための起死回生のアルバムだったのです。それまでのバラード路線から一気に方向転換してハードエッジなエレクトリック・ポップを始めたのも、「今のままでは確実にだめになる!」と思ったからに違いありません。私達は「プレス・トゥ・プレイ」が結果的に過去最悪の不振になったのを知っているため、「プレス・トゥ・プレイ」でポールはだめになったと考えてしまいがちですが、決してそのようなことはありません。逆に、もしポールが方向転換せず、その後もバラードなどの軟派路線を貫いていたとしても、ポールはきっと不振に陥っていたことでしょう。何もせずに沈んでゆくよりも、何か違ったことをして行動を起こして、それで結果がだめだった方がいい・・・そう考えたポールは果敢でえらいです。さらに、そこに'80年代アレンジへの興味が重なったわけで、ポールは「プレス・トゥ・プレイ」をやって正解だったと思います。
〜エリック・スチュワートとメロディアスさ〜
「プレス・トゥ・プレイ」でよく言われるのが、リズム主体で「アレンジがメロディを殺してしまった」ということ。せっかくポールと同じメロディ・メイカーのエリック・スチュワートを共作者として迎えたのに、そんなアレンジでは何の意味もないのではないか、という意見です。また、もっと実情を知らない人なら「プレス・トゥ・プレイ」はリズム主体でメロディアスな曲なんかない、とまで言うことでしょう。これは、『Pretty Little Head』のイメージが非常に強いためだと思います。
確かに、一部の曲では「アレンジがメロディを殺した」ことを認めざるを得ないものもあります。『It's Not True』はその代表例で、折角のラヴバラードを大仰なドラムビートで台無しにしていると私も考えています(ただし後述しますがこれは現在入手できるのがリミックスのみという背景もある)。また、エリックに関しては十分機能しなかったことは彼の発言からも分かり、これも認めざるを得ません。ポールが勝手にオーバーダブなどをしていったということですが、エリックの言うとおり、もしポールがもう少しエリックに耳を貸していたら「プレス・トゥ・プレイ」はもっとストレートなアルバムになっていたことでしょう。これは今日も本作が誤解されてしまう要因にもなっていて、非常に残念なことだと思います。
しかし過去は変えられないので嘆いても仕方ありません。今ある現状で、もう1度本作の魅力を見つめ直しましょう。過剰なアレンジやリズムでメロディアスさが隠れがちですが、よく聴くとそんなことはありません。ポール&エリックという「2人のメロディ・メイカー」のタッグによる曲もそうですが、ポール単独で書いた曲にも随所にメロディアスさを感じることができます。ひいき目なしでもメロディアスさが感じられないのは『Pretty Little Head』くらいのものです。さらに、アレンジに埋もれずにメロディアスさが存分に感じられる曲が数多くあります。『Stranglehold』『Move Over Busker』、そして生音オンリーの『Angry』といったハード・ロックは、過去のポールのロックに負けないほどのポールならではのキャッチーさにあふれています。そして、ポップな『Tough On A Tightrope』『Write Away』や、美しいバラード『Footoprints』『Only Love Remains』は、「これをメロディアスと呼ばずに何と呼ぶ!?」といった、ポールとエリックの才能が存分に発揮された曲です。このようなひと目で(典型的な)ポールらしさを感じられる楽曲がたくさん詰まっているのに、それを「ポールらしくない」「メロディが殺されている」というのは大変な誤りです。『Only Love Remains』を聴いて「メロディが殺されている」なんて普通言うでしょうか。『Tough On A Tightrope』を聴いて「メロディアスじゃない、エリックが機能していない」と言えるでしょうか。
また、「アレンジに殺された」曲にも、メロディアスな曲はいっぱいあります。『Press』なんて、誰が「ポールが書きそうにないメロディだ」と言うでしょうか?『Good Times Coming』のサビの繰り返しや、『However Absurd』のいかにもなバラードは、いったんメロディだけを取り出すと、本当にポールの味がします。アレンジのせいでこうした楽曲の魅力が影に隠れてしまったのは、ある意味では残念です。こうした曲に関しては、シングルヴァージョンやアウトテイクではそうしたアレンジを抜いて純粋に楽しめるものがありますが、それについては後述します。
〜バラエティ豊かな曲の集合体〜
また、「曲のアレンジが無機質で個性がない」というのも間違いです。これも、曲をじっくり聴かないで先入観で答えているから出る答えであり、本当はそんなことはありません。「プレス・トゥ・プレイ」をじっくり聴いてみると、各曲の持つバラエティの豊かさに改めて驚かされます。ざっと見るだけでハードエッジなロックあり、ポールらしいポップあり、美しいバラードあり、'80年代サウンド満開の曲あり・・・これほど多彩なカラーの曲の集まったアルバムも珍しいのではないでしょうか。さらに紐解いてみると、レゲエやサイケソング、ジャズまでも顔を見せています。単なるエレクトリック・ポップのアルバムではないのは明らかです。ポールがこれまでに蓄積した、そしてこの時点で新たに習得した「マッカートニー・ミュージック」がバラエティ豊かにキラキラと詰まっているのです。
また、同じジャンルに入れられる曲も各曲それぞれ風味が違っています。たとえば同じロックでも、渋さが光る『Stranglehold』と乱暴でストレートな『Angry』とではだいぶ表情が違います。『Move Over Busker』はオールドスタイルのロックですし、『Spies Like Us』はヒップホップの影響が垣間見れます。ポップについてもそうで、レゲエアレンジの『Good Times Coming/Feel The Sun』、陽気なミディアムテンポ『Talk More Talk』、これぞポールの『Press』、ジャズが入った『Write Away』、そして穏やかな『Tough On A Tightrope』と様々なスタイルが吸収されています。バラードに関しても、枯れた感じのアコースティック感が味わい深い『Footprints』、ジョン・レノンのサイケを模倣した『However Absurd』、力強いロッカバラード『It's Not True』、そしてポールにしか書けない甘美な『Only Love Remains』と様々です。これほどカラーがあるのに、みんな同じ色と考えるのは、先入観でしか聴いていない証拠です。
〜シングルヴァージョン、アウトテイクのよさ〜
残念ながら、「プレス・トゥ・プレイ」は曲の魅力が100%出る形では発表されませんでした。それは、先述した『It's Not True』のアレンジや、一部の曲における大仰なオーバーダブなどがあったためです。それが、現在まで本作を誤解させる要因になっているのは、認めざるを得ません。しかし、こうした曲もアルバムに収録されたヴァージョン以外のテイクではよい形で残っていることがあります。そのテイクは大きく分けて2つで、シングルに収録されたヴァージョンと、ブート盤で聴くことのできるアウトテイクです。
前者は主にシングルカットする際に行われたリミックスで、『Pretty Little Head』『Angry』『Only Love Remains』『Tough On A Tightrope』『Talk More Talk』が該当します。また、アルバムより前に発売されたシングル「Press」収録の『Press』と『It's Not True』は、シングルヴァージョンがオリジナルです。実は、シングルに収録されたヴァージョンの方が、アルバムより大仰なアレンジがなく聴きやすくなっていることがあり、定評が高いことがあります。サックスの入った『Only Love Remains』、シンプルなリズムトラックの『Press』、ポールのヴォーカルがエフェクトをかける前の状態でリズムも軽快な『Pretty Little Head』などです。しかしながら残念なことに、こうしたシングルヴァージョンは入手困難どころか未CD化という状況です。そのため、私達はアルバムのヴァージョンでしか聴くことができないのです。そして、「『Pretty Little Head』はポールらしくない」だとか「『Press』はリズムが大げさだ」ということになってしまうのです。その顕著な例が『It's Not True』でしょう。今聴くことができるのは派手な編集をしたリミックスヴァージョンだからです。シングルに収録されたオリジナルヴァージョンは今となっては聴けないのです。そのため、『It's Not True』はこれから聴くリスナーに大きな誤解を与えてしまっているのです。
後者のアウトテイクは、もちろん正規で聴くことはできません。ブート盤を頼るしかありません。「プレス・トゥ・プレイ」のアウトテイク集としては、「The Alternate Press To Play Album」や「Pizza And Fairy Tales」などが挙げられます。それらに入っているアウトテイクは、いろいろなアレンジを施す前の状態であり、多くの曲がシンプルなアレンジで収録されています。'80年代風な大仰なアレンジが鼻につく人も、アウトテイクを聴けば純粋に曲の魅力が伝わってくると思います。発表されたヴァージョンではやや大仰だった『It's Not True』『However Absurd』『Talk More Talk』といった曲の数々が、圧倒的に聴きやすくなっています。そして、アウトテイクといえば何と言っても『Feel The Sun』の完全版でしょう。オリジナルでは1分ほどに編集され、理路整然としたアレンジで印象に残らない曲になってしまっていますが、アウトテイクでは3分ほどの長さで、とってもクールなロックナンバーとして聴くことができます!ポールのシャウトに酔いしれてください。このように、アウトテイクで私達は「プレス・トゥ・プレイ」の見えにくかった魅力に気づくことができるのです。
しかし、シングルヴァージョンにしろアウトテイクにしろ、入手困難です。今のままでは、新たに聴くリスナーは、アルバムでしか判断できず、じっくり聴かなければ先入観のみで「ポールらしくない、駄作」と切り捨ててしまうことでしょう。そうならないためにも、ポールには20周年記念として1枚目にオリジナル、2枚目にシングルヴァージョンとリミックス、3枚目にアウトテイクを収録した3枚組アルバムとして「プレス・トゥ・プレイ」を再発すべきと私は強く願います。ちょうど「プレス・トゥ・プレイ」自体が市場に出回らなくなっているので(←それ自体問題なのですが・・・)、ちょうどいいじゃないですか。「プレス・トゥ・プレイ」がこれ以上誤解されないように、ぜひこの再発をしてほしいです。
私は、『Only Love Remains』を聴くたびに、『Tough On A Tightrope』を聴くたびに、『Angry』を聴くたびに「どうしてみんなこうした名曲の魅力に気づかないんだろう」と非常にもったいない気がしてならなくなります。当時の評価をそのまま鵜呑みにして(20年も経っているのに!)、「駄作」という(不当な)レッテルがあるから、ポールが嫌っているからと避けて通っているのが残念で仕方ありません。これからポール・ファンになる人も、きっとこうした状況を鵜呑みにして聴かずじまいになってしまうかと思うと本当にもったいなく思います。おまけにベスト盤には1曲も収録されていないし、アルバムも品薄になっているし、カラオケでは1曲も歌えないし・・・(誰も『Only Love Remains』をカラオケで歌いたいとは思わないのでしょうか)。本当に真剣にじっくり1曲1曲を聴いて、それでも'80年代サウンドに拒否反応を示すのならそれは仕方ないと思いますが、誰もがちょっと聴いただけで「あ、これはだめだ」といって切り捨てているのが悔しくてなりません。
発表から20年経つ今こそ、「プレス・トゥ・プレイ」をあなたの中でもう1度評価し直してみましょう。初めての方はじっくりと聴いてみましょう。これまで書いてきたことを留意すれば、もしかしたらあの頃の嫌悪感はなくなっているかもしれません。初めての方は「悪くないアルバムじゃん」と思うでしょう。私は別に「名盤」の称号を与えようとも「タッグ・オブ・ウォー」を越えようとも、無理やり「プレス・トゥ・プレイ」マニアにしようとも思っていません。しかし、今の不当な扱いはどうしても許せないのです。たっぷり聴いて、魅力をよく知っているからこそそう思うのです。ぜひだまされたと思って再評価の時を与えてやりましょう。その時、シングルヴァージョンやアウトテイクが手元にあるともっと効果的なのですが・・・。これはポールが発売してくれることをただただ祈るしかありません。
「プレス・トゥ・プレイ」は、確かに作風がポールに似合わなかった面も、失敗した面もありました。しかし、「駄作」といわれるほど悪くはありません。逆に、ポールの創作意欲と、メロディ・メイカーぶりと、豊かなバラエティの詰まった素敵なアルバムなのです。どうか、そこのところを分かっていただければ、というのは「プレス・トゥ・プレイ」マニアである私の願いです。
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