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アルバム『ラム』の制作過程などの解説はこちらをごらんください。
ビートルズ解散の翌年に、愛妻リンダと一緒に制作した共同名義のアルバム『ラム』(1971年)のリマスター盤。2007年にヒア・ミュージックに移籍したポールは、過去に発表したアルバムを「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」というシリーズとしてヒア・ミュージックから再発売するプロジェクトに着手していますが、この『ラム』はその第4弾にあたります。『ラム』の大規模な再発売は、1993年のリマスター盤「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズ以来となります。
【発売形態】
今回の再発売では、『ラム』は3種類の仕様で登場しました。1つは、アルバム本編のみを収録したCD1枚組の「通常盤(Standard Edition)」。次に、アルバム未収録曲やアウトテイクを収録したボーナス・ディスクを1枚追加したCD2枚組の「デラックス・エディション(Special Edition)」。そして最後に、「デラックス・エディション」のCD2枚に加えてボーナスCDもう2枚(『ラム』のモノラル・ヴァージョンとアルバム『スリリントン』)と、アルバムに関連する映像を集めたDVDが付き、112ページに及ぶブック(リンダ撮影の貴重な写真や、アルバム制作過程の完全解説などを掲載)や様々な付録をキャンバス地のケースに収めたCD4枚組+DVD1枚組の「スーパー・デラックス・エディション(Deluxe Edition)」です。「スーパー・デラックス・エディション」は、インターネットを介して高音質楽曲データをダウンロードできる特典付き。CDは、すべてのCDプレイヤーで再生可能な高音質CDであるSHM-CDが採用されています(日本盤のみ)。
【収録内容】
では、全ディスクを網羅した「スーパー・デラックス・エディション」を基に収録内容を見てゆきましょう。まず全仕様共通のCD 1には、1971年に発売されたオリジナルの『ラム』が収録されています。オリジナル通りの曲目であるため、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズに収録されていたボーナス・トラック2曲は未収録。全曲がロンドンのアビイ・ロード・スタジオにてデジタル・リマスタリングされていて、過去の再発盤に比べて音質が向上しています。
続いて、「デラックス・エディション」と「スーパー・デラックス・エディション」のボーナス・ディスクであるCD 2には、『ラム』の関連楽曲を8曲収録しています。CD 1と同じくデジタル・リマスタリングが施されていますが、これまで未発表だった音源が多く含まれているのが魅力的です。CD 1収録曲と異なり、ブックレットには歌詞(日本盤は対訳も)は掲載されていません。
既発表のものから見てみると、「アナザー・デイ」と「オー・ウーマン、オー・ホワイ」はアルバムと同時期にレコーディングされ先行シングルの両面に収録された曲です。この2曲の収録により、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでのボーナス・トラックは全曲網羅したことになります。また、以前のCDでは次作の『ウイングス・ワイルド・ライフ』のボーナス・トラックだった「リトル・ウーマン・ラヴ」(シングル「メアリーの小羊」B面)も、『ラム』セッションでレコーディングされたことを踏まえ今回収録されています。
残る5曲が未発表音源で、いずれもアルバム・セッションで取り上げられたもののお蔵入りになってしまっていたアウトテイクです(「ア・ラヴ・フォー・ユー」以外当時のミックスをそのまま使用)。「どうしてこれがボツになったの?」と不思議に思ってしまうような完成度の高い曲ばかりです。2003年に映画のサントラで陽の目を浴びた「ア・ラヴ・フォー・ユー」は、その時とは別ミックス。2001年にデモ・ヴァージョンが発表された「ヘイ・ディドル」も、ここではしっかりしたスタジオ・ヴァージョンで収録されています。「グレート・コック・アンド・シーガル・レース」「ロード・オールナイト」「サンシャイン・サムタイム」は今回初めて公式発表される完全な未発表曲です。ブートでは既に出回っていて存在自体は知られていましたが、非正規でしか入手できなかったものを高音質で手軽に楽しめる喜びはひとしおです。また、「ア・ラヴ・フォー・ユー」と「グレート・コック・アンド・シーガル・レース」はブートでも聴くことのできなかった完全初登場のミックスが収録されています。この中で特にお勧めは、ポールらしいキャッチーなメロディが光る「ア・ラヴ・フォー・ユー」と、迫力あるポールのシャウトとアドリブ演奏が楽しめる(しかも8分半ノーカット収録!)「ロード・オールナイト」です。欲を言えば、ブートで聴くことのできるその他の関連音源(「ロング・ヘアード・レディ」「バック・シート」のベーシック・トラックなど)も残りのスペースで網羅してほしかったですが・・・歴史の中に埋もれていた曲たちを整理して世に送り出してくれたポールには素直に敬意を表したいですね。
「スーパー・デラックス・エディション」のみのボーナス・ディスクであるCD 3には、『ラム』のモノラル・ヴァージョンが収録されています。まだステレオ機器が普及していなかった'60年代には(ビートルズがそうだったように)アルバムやシングルはモノラルとステレオの両方を発売する慣習がありましたが、その流れを受け継ぐ形で制作されたものです。ただしステレオが台頭してきた頃においてこのモノラル・ヴァージョンは一般には発売されず、米国のAMラジオ局にプロモ盤が配布されたにとどまりました。そのため、長いこと正規に入手することは非常に困難なレア中のレア・アイテムとなっていました。それが全曲デジタル・リマスタリングされた上で完全収録されたのですから、とても意義深いものがあります(もっともブートでは出回っていましたが)。このモノラル・ヴァージョンで特筆すべきは、単にステレオ・ヴァージョンの左右チャンネルを1チャンネルにまとめただけの安直なものでなく、モノラルで聴かれることを前提にミキシングを最初からやり直している点でしょう。その証拠に、ステレオ・ヴァージョンと聴き比べると各楽器・ヴォーカルのバランスや、リバーブやエフェクトの有無、フェード処理のタイミングなどいろんな違いを発見できます。「ラム・オン」のリプライズのフェードアウトが遅かったり、「出ておいでよ、お嬢さん」に聴き慣れないアドリブ・ヴォーカルが登場したりするのは、そのうちの顕著な例です。ビートルズの「モノ・ボックス」ほどには歴然とした差は体感できないかもしれませんが、重箱の隅をつつきたくなる人ならすごく楽しめる内容でしょう。
同じく「スーパー・デラックス・エディション」のみのボーナス・ディスクのCD 4には、『ラム』のインスト・アルバム『スリリントン』(1977年)が収録されています。パーシー・“スリルズ”・スリリントンなる人物が『ラム』の収録曲全曲をビッグバンド風にカヴァーしたという謎めいた1枚でしたが、その正体はポール本人というお得意の変名名義のアルバムです(詳細はこちら)。『スリリントン』は1995年にCD化されていますが、まもなく廃盤となり入手困難となっていました。今回ルーツである『ラム』に同梱される形で再発売されたのは自然な成り行きではありますが、聴きたくても入手できずにいたファンにとっては朗報です。これまた全曲にデジタル・リマスタリングが施されています。さらに付属ブックでは『スリリントン』の構想から発売に至るまでの背景がインタビューを交えて詳しく解説されていて、ポールの思い入れをうかがい知ることができます。インスト・アルバムのため一部コーラスを除いてヴォーカルがなく、ポール自身も演奏に参加していませんが、アップテンポからスローまで個性的な各曲をジャズという共通のコンセプトに上手く落とし込んだアレンジはユニークで面白いですし、ブラス・セクションの多用などで『ラム』の陽気な側面を強調していて楽しい仕上がりです。マスト・アイテムとまではいきませんが、『ラム』がお気に入りなら絶対に押さえておかなければならないのは間違いないでしょう。
最後に、「スーパー・デラックス・エディション」のみ付属のDVDには、『ラム』関連の映像が収録されています。既に発表されているものと、これまで公式には未発表だったものとで構成されています。収録曲をBGMにポールが当時を回想する「ラミング」は、今回のリマスターのために新たに制作されたミニ・ドキュメンタリー。続く「故郷のこころ」と「3本足」はアルバム発売当時のプロモ・ヴィデオで、後者は初ソフト化です。公式プロモ・ヴィデオ集「ポール・マッカートニー・アンソロジー(The McCartney Years)」に収録されていた前者に関しても、ここでは1971年当時に忠実な画面サイズで収録されています。ポールがアコースティック・ギター1本で弾き語る「ヘイ・ディドル」のホーム・ムービーは、ドキュメンタリー作品「夢の翼(Wingspan)」で一部見ることができたものの完全版。これらはスコットランドで田舎暮らしを堪能していた頃のポールとリンダを捉えた貴重な映像ですが、古いフィルムで撮られたものを可能な限り修復して視聴に十分耐えうる画質に仕上がっています。特にプロモ・ヴィデオ2作の鮮明さには時の経過を感じさせません。「出ておいでよ、お嬢さん」のみ『ラム』と同じ年に結成されるウイングスが主体の映像で、ウイングスの1972年ヨーロッパ・ツアーでの同曲のライヴ・ヴァージョンをBGMにツアー中の様子をフィーチャーした内容となっています。演奏シーンはわずかですが、あまり表に出ていない初期ウイングスの貴重な資料であり、音源・映像共に今後のさらなる発掘に期待させてくれます。
なお、DVDのメニュー画面で流れるBGMは、ポールとリンダが『ラム』の宣伝のために制作したプロモ盤『ブラング・トゥ・ユー・バイ』に収録された「ナウ・ヒア・ディス・ソング・オブ・マイン」という曲です(プロモ盤には15ヴァージョンが収録されていたが、ここではその一部を抜粋)。細かい所までファンの欲求を満たしてくれるポールのサービス精神を感じさせます。ここは「もう一声!」で『ブラング・トゥ・ユー・バイ』をCD 2の残りのスペースにオーディオ・トラックとしても全編収録してくれたらさらによかったのですが・・・。
「スーパー・デラックス・エディション」ではおなじみの豪華な装丁ですが、'70年代初頭の表現手法を振り返ったポールの「麻袋に入れてリリースできない?」というアイデアを基にキャンバス地の大きなケースとなりました。これまでの「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズとは一線を画したデザインで、多彩な付録と共にシリーズの「巨大化」の先駆けとなります。付属品をそれぞれ見てゆきます。まず、112ページ型ブックでは、『ラム』が完成するまでをポール本人やデニー・シーウェル、デヴィッド・スピノザなどの関係者へのインタビューと、貴重な写真・資料で詳しく知ることができます。当時ポールはどんな生活をしていたのか?『ラム』セッションはどのように進行していったのか?「トゥ・メニー・ピープル」やアルバム・ジャケット、『スリリントン』について・・・など、ファンなら誰もが知りたかったことを教えてくれます。また、アルバムのアートワークに使用されたものも含め主にリンダが撮影した多くの写真や、ジョージ・マーティンによる「アンクル・アルバート〜ハルセイ提督」の楽譜なども掲載され興味が尽きません。巻末にはアルバム本編の収録曲の歌詞と、ボーナス・トラックを含めた全曲の詳細なレコーディング・データがあります。
32ページ型スクラップ・ブックには、ポールとリンダの当時の写真や、先述の『ブラング・トゥ・ユー・アイ』用に書いた文章やイラストが掲載されています。また、ポールが作詞中に作った手書きの歌詞シートの複製が8枚あり、それだけでも十分興味深いのですが、それを収納している封筒が(アルバムから収録漏れとなった曲を含め)タイトルと曲想をまとめた楽曲一覧になっているのはポール・マニアなら要注目です(「ゲット・オン・ザ・ライト・シング」「リトル・ラム・ドラゴンフライ」さらに「アイ・ライ・アラウンド」の記述も!)。ミニ写真集「A Small Book of Sheep」は、羊の角を押さえつけるポールを写したアルバム・ジャケットの別カットシーン集(撮影はリンダ)。そしてとどめに、ポールの生写真が5枚、プロモ・キットを模した封筒に収納されています。ディスクは1つのスペースに平積みで収納されていて、紐が敷いてありますが若干取り出しにくいかもしれません。
【管理人の評価】
以上見てきたように、全曲がデジタル・リマスタリングされて高音質に生まれ変わっただけでも、「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの『ラム』は以前の再発盤に比べて断然お勧めできます。「デラックス・エディション」ではアルバム未収録曲や未発表音源が追加収録されていて、さらにお勧めです(「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズの代用になります)。そして一番強力で、一番お勧めなのは「スーパー・デラックス・エディション」。今では入手困難なモノラル・ヴァージョンに『スリリントン』、そして貴重な映像を収録したDVDに、『ラム』の歴史を詳細に凝縮したブックや付録を多数収めたてんこ盛りのパッケージまでも付いてくるのですから、ファンなら必携アイテムです!完全生産限定盤のため今後入手が困難になる上、他の仕様に比べて価格も高めですが、苦労して手に入れる価値は十分あります。「なかなか手を出しづらいと思っている」、あまりディープに聴き込んでいない方や、これからポールのソロ・アルバムを集めようとしている方も、せめて「デラックス・エディション」を入手するようにしましょう。そうでないと今回の再発売の魅力を知らないままになってしまいます。
『バンド・オン・ザ・ラン』に始まり『ラム』までもグレードアップして甦らせた「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは、今後もポールの旧作品を継続して再発売するとのこと。数々の名盤が新たなマテリアルと共に帰ってくることを皆さんで期待しましょう!
アルバム『ラム』発売40周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
【曲目解説】
CD 1
曲目解説はこちらをごらんください。
CD 2
1.アナザー・デイ
記念すべきポールのソロ・デビューシングル。『ラム』セッションで最初に録音された曲で、1971年2月にアルバムに先行してシングル発売された(英国2位・米国5位)。アルバムには未収録となり、1993年に『ラム』が「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズで再発売された際にボーナス・トラックに追加された。『ウイングス・グレイテスト・ヒッツ』『オール・ザ・ベスト』『ザ・グレイテスト』『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』『ピュア・マッカートニー〜オール・タイム・ベスト』の各ベスト盤にも収録。
アコースティックを基調とした穏やかなポップ・ナンバーで、リンダのコーラスワークが美しい。エレキ・ギターはデヴィッド・スピノザが弾いている。歌詞はOLの日常生活を淡々と描いた物語風のもの。リンダが初めて共作者としてクレジットされたが、このことで当時の版権管理会社ノーザン・ソングスと大いにもめた。ライヴで初めて取り上げられたのは1993年のニュー・ワールド・ツアーでのことで、その後2013年〜2015年の「アウト・ゼアー」ツアーでも演奏されている。
2.オー・ウーマン、オー・ホワイ
シングル「アナザー・デイ」のB面でアルバム未収録曲。初CD化の際は次作『ウイングス・ワイルド・ライフ』のボーナス・トラックだったが、1993年の「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでは『ラム』のボーナス・トラックに変更となっていた。デニー・シーウェルのドラム・ソロで始まる骨太なロック・ナンバーで、ポールがシャウト気味のヴォーカルを聞かせる。随所に入る銃声のSEも印象に残る。リミックス・アルバム『ツイン・フリークス』(2005年)に収録されているヴァージョンは、「バンド・オン・ザ・ラン」や「ヴィーナス・アンド・マース」などがマッシュアップされていて大変面白いです。
3.リトル・ウーマン・ラヴ
1972年5月に発売されたウイングスのセカンド・シングル「メアリーの小羊」のB面で、アルバム未収録曲。ウイングス名義で発表された曲だが、実はレコーディングは『ラム』セッションで済ませていた。初CD化以来これまで『ウイングス・ワイルド・ライフ』のボーナス・トラックだったが、レコーディング時期を考慮して今回初めて『ラム』へ鞍替えに。軽快なピアノ・ポップで、シンプルで楽観的な歌詞と“Oh yeah”のコーラスが楽しい。B面曲ながら1973年〜1975年のライヴやTV番組ではたびたび披露されていて(いずれも「C・ムーン」とのメドレー形式)、TV番組「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」やリハーサル・セッション「ワン・ハンド・クラッピング」などの映像作品で確認できる。なお、2018年に「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環として再発売された『レッド・ローズ・スピードウェイ』にも同じヴァージョンがボーナス・トラックとして再度収録されている。
4.ア・ラヴ・フォー・ユー
『ラム』セッションで録音されたものの、長い間お蔵入りとなっていた曲。「出ておいでよ、お嬢さん」に似たポップ・ナンバーで、ポールがお得意とするハッピーなラヴ・ソングだ。『ラム』から収録漏れとなった後、未発表曲を集めたアルバム『コールド・カッツ』に収録するため3度(1980年・1981年・1986年)にわたりリミックスが行われたものの、アルバム自体の計画が頓挫して再度お蔵入りに。ようやく陽の目を浴びたのは2003年のことで、映画「セイブ・ザ・ワールド(The In-Laws)」のサントラに収録されて32年越しに公式発表された。もっとも、『コールド・カッツ』は早い段階からブートで出回っており、この曲の存在も'80年代後半には既に知られていた。
「The In-Laws」ヴァージョンはラルフ・ソールとデヴィッド・カーンの2人が映画のために新たにリミックスしたものだが、今回のリマスター盤に収録されたヴァージョンは、『コールド・カッツ』が頓挫する直前の1986年10月にジョン・ケリーが手がけたミックスである。ブートで聴くことができた『コールド・カッツ』は1978年・1980年・1981年の3種類(うち前者にはこの曲は未収録)のため、1986年ヴァージョンはブートも含め今回完全初登場である。既知のヴァージョンと比べると、1981年ヴァージョンに近いアレンジだが、ピアノや深めのエコーなどが加えられ、アドリブ・ヴォーカルが整理されていることが分かる。「The In-Laws」ヴァージョンではなぜかカットされていたオルガンのメロディが復活し、曲のイメージをさらに陽気にしている。一方、ドラム・ソロも登場する間奏を含め途中の1節分が丸ごとカットされており、実際の演奏より1分以上も短いエディット・ヴァージョンとなっている。「The In-Laws」ヴァージョンも途中をカットしていましたが、商品化のためにはやはり致し方ない措置だったのでしょうか・・・。個人的には「The In-Laws」ヴァージョンより今回のミックスの方が好きなだけに、フル収録でない(しかもハイライトのドラム・ソロをカット)のは残念でなりません・・・。あと欲を言えば、本ボーナス・ディスクに現在入手困難な「The In-Laws」ヴァージョンも一緒に収録してほしかった!
5.ヘイ・ディドル
ポールのアコギ弾き語りが中心のほのぼのしたカントリー・ナンバー。リンダのコーラスが全面的にフィーチャーされ、一部ではリード・ヴォーカルも取っている。この曲も『ラム』セッションでお蔵入りとなり後年何度もリミックスが行われた。1974年にウイングスとナッシュビルで「ジュニアズ・ファーム」などを録音した際にはフィドルとペダル・スチールギターがオーバーダブされた(この時のミックスは2014年に「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズで再発売されたアルバム『ヴィーナス・アンド・マース』のボーナス・トラックに収録)。その後未発表曲集『コールド・カッツ』に収録するために断続的にリミックスが繰り返されたが、結局発表には至らなかった。一方、1971年に録音されたポールの弾き語りデモ(本リマスター盤のDVDに映像を収録)が2001年のベスト盤『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』に収録され、曲自体は30年を経てようやく公式発表された。そして今回、元々のスタジオ・テイクが初めて陽の目を浴びることとなった。
ここに収録されたヴァージョンは、ディクソン・ヴァン・ウィンクルによる『ラム』セッション当初のミックスで、ブートでは既に出回っていた。『コールド・カッツ』など後のミックスでのオーバーダブがないため、アコースティックな面が強調されたシンプルな仕上がりとなっている。また、『コールド・カッツ』ミックスでは中央寄りとなるヴォーカルが左右両極端に完全に分離されている。イントロがフェードインで始まり、エンディングがフェードアウトで終わるのもこのミックスでしか見られない。個人的には『コールド・カッツ』ミックスの方がお気に入りですが、『ラム』のカラーにはこちらの方が適切かも。
6.グレート・コック・アンド・シーガル・レース
『ラム』セッションで録音されたもののお蔵入りとなり、今回初めて公式発表されるブルース進行の陽気なインスト・ナンバー。レコーディング段階での仮タイトルは「Blues」。ギタリストに翌年ウイングスに加入することとなるヘンリー・マッカロクの名前がクレジットされている。ブートでは2種類のヴァージョンが流出して既に聴くことのできた曲で、当初はウイングスによる1971年12月の録音と推測されていた(タイトルも「Breakfast Blues」「Rooster」などと勝手に名づけられていた)。
今回のリマスター盤に収録されたヴァージョンは、その2ヴァージョンとはまた異なるミックスが施されている(ギター・フレーズの違いや、エレキ・ピアノの有無などで容易に判別可能)。また、本来ブレイク後に演奏が再開される箇所が丸ごとカットされ、実際の演奏より1分以上も短くなっている。イントロ前にはタイトルのゆえんと言える鶏&海鳥の鳴き声が収録されていたが、これも聴くことができない。ブート収録のミックスにはコーラスを大々的にオーバーダブしたものも存在し、正直そちらの方が完成度は高い。どうせなら完成形を収録してくれた方がよかったような・・・。なお、2018年に『ウイングス・ワイルド・ライフ』が「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環として再発売された際には、1971年12月に制作されたラフ・ミックスがボーナス・トラックとして収録されており、そちらはブレイク後の演奏が復活している。
7.ロード・オールナイト
この曲も『ラム』セッションで録音されたもののお蔵入りとなり、今回初めて公式発表される曲(既にブートでは出回っており存在は知られていた)。ただし、この曲に一部書き加えて完成させた「ギディ」という曲が後年ザ・フーのロジャー・ダルトリーに提供され、これがロジャーのソロ・アルバム『ワン・オブ・ザ・ボーイズ』(1977年)に収録されていた。「ギディ」は異なる2曲をつなぎ合わせたかのような(いかにもポールがやりそうな手法!)ファンキーなポップ・ナンバーに仕上がっている。
一方、プロトタイプであるこの曲は「スーパー・デラックス・エディション」の112ページ型ブックでポールが述懐しているように、『ラム』セッション中のある昼下がりに行き当たりばったりで録音したジャム・スタイルで、2テイク演奏したうちの後者がここに収録されている。楽器はポールが弾くエレキ・ギターとデニー・シーウェルのドラムスしか入っていなく、そこにポールがアドリブで延々とシャウト交じりのヴォーカルを繰り広げる、8分半も続く骨太のロックンロールのアレンジ。シーウェルが自由自在に展開するフィルインに合わせ、ポールのテンションがどんどん上がってゆくのが実にかっこいい絶品です!今回ボーナス・トラックとして追加するにあたりポールはエディット・ヴァージョンを収録しようと考えていたが、スタッフから「ファンたちはオリジナル・ヴァージョンをそのまま聴きたがるかもしれない」と言われて8分半フル収録することに決めたという。厳密には締めの「ジャン!」がカットされているものの、ポールに英断を促したスタッフにあっぱれですね!なお、ブート収録のヴァージョンとは楽器・ヴォーカルのステレオ配置が異なる。
8.サンシャイン・サムタイム
これまた『ラム』セッションでお蔵入りとなっていた未発表曲で、今回が初の公式発表となる。「ブルーバード」(1973年)のようにパーカッションをフィーチャーした穏やかなアコースティック・バラードで、ヒュー・マクラッケンによるトーンを抑えたエレキ・ギターが美しい。インストゥルメンタルであるが、右チャンネルからポールのヴォーカルがオフ気味にかすかに聞こえる。「Earliest Mix」とあるように、この曲は1978年にウイングスのメンバーも参加してオーバーダブが行われており、ポールのリード・ヴォーカルやウイングスによるコーラスなどが追加されている。ポールが映画化版権を持つ漫画「くまのルパート(Rupert The Bear)」をアニメ化する構想があり、そのサントラ用に引っ張り出されたものであった。この時のセッションでは他にも、クラシック・アルバム『スタンディング・ストーン』(1997年)に「セレブレーション」としてメロディが準用された「Sea Melody」や、「ホエン・ザ・ウインド・イズ・ブロウイング」「Rupert Song」「Sea/Cornish Wafer」など様々な時期に書き溜めてきた曲を10曲程度録音しているが、結局サントラがボツになったことでこれらはすべて未発表となってしまった(「くまのルパート」の構想自体は1984年に短編アニメ映画「ルパートとカエルの歌」として結実する)。
『ラム』セッション当時のインスト・ヴァージョン(ここに収録されているヴァージョン)も「くまのルパート」ヴァージョンも既にブートでは聴くことができた。ヴォーカルありの後者の方がお勧めですが、今回あえて「Earliest Mix」と銘打った辺り、ポールはボツになった「くまのルパート」のサントラを公式発表するつもりなのかも・・・?
CD 3
曲目解説はこちらをごらんください。
CD 4
曲目解説はこちらをごらんください。
DVD
メニュー画面で流れるBGMは、ポールとリンダが『ラム』の宣伝のために制作し、ラジオ局に配布したプロモ盤『ブラング・トゥ・ユー・バイ』(一般発売はなかったが、後年ブート化はされている)に収録されていたジングルである。アルバムのミキシング作業中に録音され、30秒ヴァージョンが12通り、1分ヴァージョンが3通り存在する。基本的にはポールとリンダが短い会話をした後に「ナウ・ヒア・ディス・ソング・オブ・マイン」という曲を歌うという流れで、曲は通常のポップ・ヴァージョン、アップテンポのブギウギ・ヴァージョン、酔っ払いが歌っていそうなスローなヴァージョンが用意された。野太い声を出したり、羊の鳴き真似をしたりしておどけるポールが実に楽しそう。メニュー画面では全15ヴァージョンのうち6つが登場する。抜粋ではあるものの、一通りの雰囲気は伝わると思います。
1.ラミング(アルバム・ストーリー)
今回のリマスター盤のために制作された『ラム』のミニ・ドキュメンタリー。ポールが『ラム』について40年ぶりに振り返り、自らの口で制作過程や当時の心境を語ってくれる。スコットランドでの隠遁生活について、レコーディング・セッションについて、リンダとの関係について、また「故郷のこころ」「ディア・ボーイ」「トゥ・メニー・ピープル」といった収録曲について・・・。シリーズ前作の『ポール・マッカートニー』での「アルバム・ストーリー」と同じように、実写とイラストを交えた効果的なアニメーションがフィーチャーされ、視覚的にも楽しめる内容となっている。また、断片ながら農場で羊毛を刈るポールやギターを爪弾くリンダ、そしてウイングスのリハーサル・セッションの映像が挿入されているのは貴重。BGMは「スマイル・アウェイ」「ラム・オン」「出ておいでよ、お嬢さん」「ロング・ヘアード・レディ」「モンクベリー・ムーン・デライト」「故郷のこころ」「ディア・ボーイ」「トゥ・メニー・ピープル」「バック・シート」。最後に「振り返ってみると、当時よりも素晴らしく思える」と締めくくるポールの言葉が、リンダとの思い出の深さゆえにとてもエモーショナルで心を揺さぶられます。
2.故郷のこころ(ミュージック・ビデオ)
『ラム』発売当時に制作されたプロモ・ヴィデオ。監督はロイ・ベンソン。ビートルズ解散をめぐる一連の騒動にうんざりしていたポールは、家族と共にスコットランドの農場に引きこもることを決意したが、そんな心情を反映してプロモ・ヴィデオも田舎暮らしを楽しむポールとリンダをありのままに映した等身大の内容となった。撮影場所はもちろんスコットランドで、ウイングスの大ヒット曲「夢の旅人」で歌われるキンタイヤ岬も登場する。ひげ面のポールが、リンダと愛犬マーサを連れて砂浜を歩いたり乗馬を楽しんだりと心の底からリラックスしている姿は、『ラム』の真髄とも言えよう。後半登場する、ブーツと靴下を脱ぎ捨てて海へ入ってゆく2人も印象的。なお、このプロモは既にプロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」にも収録されているが、今回は天地をカットせず1971年当時に忠実な画面サイズとなっている。また、冒頭にあったタイトル表示がカットされずに初めて収録されている。ノイズ除去等の映像処理は「The McCartney Years」とは異なる手法を取っているようだが、'70年代初頭のフィルムとは思えないほどに修復されている。
3.3本足(ミュージック・ビデオ)
「故郷のこころ」と同時期に制作されたプロモ・ヴィデオで、こちらも監督はロイ・ベンソン。やはりスコットランドでのポールとリンダの田舎暮らしをフィーチャーしたものだが、出だしの「僕が馬に乗って丘を歩く時」という歌詞に合わせてかほとんどが乗馬の様子となっている。乗馬を趣味とするポールはこの時期経験者のリンダにコツを教えてもらったそうだが、短期間で一人前のレベルにまで上達しているのがこのプロモでよく分かる。同時にポールとリンダの動物好きもよく伝わってくる。「故郷のこころ」とは違い「The McCartney Years」には収録されなかったため、今回が念願の初ソフト化となる(TV放送されたものがブートで出回ってはいたものの)。冒頭のタイトル表示からしっかり完全収録している。
4.ヘイ・ディドル
1971年6月6日にスコットランドの農場で撮影されたホーム・ムービー。再度ひげ面のポールが地面に座り、アコースティック・ギターで曲を軽く弾き語る様子が捉えられている。隣にはリンダが座りコーラスをつけ、周りでは娘のヘザーとメアリーがはしゃぎ回っているのが家庭的でほのぼの。これを見ていると、どうして『ラム』から収録漏れになったのか不思議に思えて仕方ありません。
このホーム・ムービーでは他に「ビップ・ボップ」「アイ・アム・ユア・シンガー」(共に『ウイングス・ワイルド・ライフ』収録)と、ロイ・ブラウンのカヴァー「グッド・ロッキン・トゥナイト」、未発表曲「シー・ガット・イット・グッド」が演奏されていることが知られていて、「ビップ・ボップ」の模様は1993年ニュー・ワールド・ツアーのプレショーのフィルムなどに、「ヘイ・ディドル」と「アイ・アム・ユア・シンガー」の模様はウイングスのドキュメンタリー「夢の翼」(2001年)に、それぞれ断片が使用されている。また、「ビップ・ボップ」と「ヘイ・ディドル」のオーディオ・トラックはメドレーとしてベスト盤『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』に一部編集でカットした形で収録されていた。ここにはその「ヘイ・ディドル」の映像が初めて完全版として収められている。「夢の翼」の映像と比べると、コントラストがやや暗めである。なお、2018年に「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環として再発売された『ウイングス・ワイルド・ライフ』には、ホーム・ムービー全体が映像/オーディオ・トラック共に完全収録されている。
5.出ておいでよ、お嬢さん
未発表映像。1972年7月〜8月に初のヨーロッパ・ツアーに赴いたウイングスの様子を、同ツアーでの「出ておいでよ、お嬢さん」のライヴ・ヴァージョンをBGMに振り返るというもので、映像は『ラム』に参加した後ウイングスの初代ドラマーとなったデニー・シーウェルが提供している。当時のウイングスのメンバーはポール、リンダ、シーウェルにデニー・レインとヘンリー・マッカロクの5人。ヨーロッパ・ツアーでは「単にホテルを転々とするのはつまらない」というポールの考えにより、カラフルに塗った専用のツアー・バスにメンバーはもちろん奥さんや子供たち、ロード・マネージャーも乗せて各都市をドライヴして巡るというユニークな移動方法が取られたが、その和気藹々とした旅を垣間見ることができる。暑い陽射しの中、寝そべったりギターを弾いたりと笑顔があふれてとっても楽しそう。また、断片的ながらコンサートでの演奏シーン(モノクロ)も登場し、ステージの迫力と熱気が伝わってくる。初期ラインアップのウイングスのライヴ映像はほとんど表に出てくることがないので大変貴重です。
「出ておいでよ、お嬢さん」は8月よりオープニング・ナンバーとして演奏されていて、続く2曲目は同じ『ラム』収録曲の「スマイル・アウェイ」だった。ここでは8月19日オランダ・フローニンゲン公演の模様が音源となっている。司会者がウイングスを紹介するや否やギターを利かせたアップテンポのイントロ・ソング(インスト)が始まり、それが終わるとおなじみの「出ておいでよ、お嬢さん」になだれ込むという構成がかっこいい。なお、このフローニンゲン公演の音源は今回のリマスター盤『ラム』のデジタル・ダウンロード特典として次曲「スマイル・アウェイ」と共に公式に配信されています。元々ライヴ・アルバムを制作するために各地で録音が試みられてきたヨーロッパ・ツアーですが、構想がボツになった結果公式発表された音源は「ザ・メス」(シングル「マイ・ラヴ」B面)のみという状態だったので、これは大変貴重です(ブートではオーディエンス録音が散々出回っていますが・・・)。同時に、未発表のままとなっている残りの部分に関しても今後公式発表されるきっかけになればいいなぁ・・・と期待しています。