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アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』の制作過程などの解説はこちらをごらんください。
ウイングスの「最高傑作」と呼ばれるアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』(1973年)のリマスター盤。2007年にポールがEMIからヒア・ミュージックに移籍したことをきっかけに、ポールが過去に発表したアルバムが「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」というシリーズで再発売されることが決定しましたが、その第1弾として不朽の名盤である『バンド・オン・ザ・ラン』が選ばれました。『バンド・オン・ザ・ラン』は以前にも25周年記念盤『バンド・オン・ザ・ラン スペシャル・リミテッド・ボックス』(1999年)が発売されているので、1993年のリマスター盤「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズを含むと大規模な再発売はこれで3度目となります。
【発売形態】
今回の再発売では、『バンド・オン・ザ・ラン』は3種類の仕様で登場しました。1つは、アルバム本編のみを収録したCD1枚組の「通常盤(Standard Edition)」。次に、アルバム未収録曲やアウトテイクを収録したボーナス・ディスクと、アルバムに関連する映像を集めたDVDを追加したCD2枚組+DVD1枚組の「デラックス・エディション(Special Edition)」。そして最後に、「デラックス・エディション」の内容に加えて『バンド・オン・ザ・ラン』のオーディオ・ドキュメンタリーを収録したCDが付き、120ページに及ぶハード・カヴァー・ブック(ポールの愛妻リンダ撮影の貴重な写真や、アルバム制作過程の完全解説などを掲載)に収めたCD3枚組+DVD1枚組の「スーパー・デラックス・エディション(Deluxe Edition)」です。「スーパー・デラックス・エディション」は、インターネットを介して高音質楽曲データをダウンロードできる特典付き。CDは、すべてのCDプレイヤーで再生可能な高音質CDであるSHM-CDが採用されています(日本盤のみ)。
【収録内容】
では、全ディスクを網羅した「スーパー・デラックス・エディション」を基に収録内容を見てゆきましょう。まず全仕様共通のCD 1には、1973年に発売されたオリジナルの『バンド・オン・ザ・ラン』が収録されています。1999年の『スペシャル・リミテッド・ボックス』では米国盤の曲目に準拠したため「愛しのヘレン」が収録されていましたが、ここでは英国盤収録の9曲のみとなっていて「愛しのヘレン」は収録されていません。また、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズにボーナス・トラックとして収録されていた「カントリー・ドリーマー」も未収録です。全曲がロンドンのアビイ・ロード・スタジオにてデジタル・リマスタリングされていて、過去の再発盤に比べて音質が向上しています。
続いて、「デラックス・エディション」と「スーパー・デラックス・エディション」のボーナス・ディスクであるCD 2には、『バンド・オン・ザ・ラン』の関連楽曲を9曲収録しています。CD 1と同じくデジタル・リマスタリングが施されていますが、これまで未発表だった音源が多く含まれているのが魅力的です。CD 1収録曲と異なり、ブックレットには歌詞は掲載されていません(ただし日本盤には歌詞・対訳が掲載されたブックレットが別途用意されている)。
既発表のものから見てみると、「愛しのヘレン」と「カントリー・ドリーマー」はアルバムからの先行シングルの両面に収録された曲です。この2曲の収録により、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでのボーナス・トラックは全曲網羅したことになります。また、以前のCDでは次作の『ヴィーナス・アンド・マース』のボーナス・トラックだった「ズー・ギャング」(英国盤シングル「バンド・オン・ザ・ラン」B面)も、『バンド・オン・ザ・ラン』の時期に発売されたことを踏まえ今回収録されています。
残る6曲が未発表音源で、いずれも1974年に撮影された未発表ドキュメンタリー・フィルム「ワン・ハンド・クラッピング」のセッションでのアウトテイクです。これらはいずれもブートでは既に出回っていましたが、非正規でしか入手できなかったものを高音質で手軽に楽しめる喜びはひとしおです。ただし、今回収録されたのは『バンド・オン・ザ・ラン』収録曲と「カントリー・ドリーマー」のみで、「ワン・ハンド・クラッピング」セッションで録音された曲をすべて網羅しているわけではないのが惜しいです(「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの続編にて「恋することのもどかしさ」「ソイリー」「ベビー・フェイス」は公式発表されたものの)。また、アルバム・セッション自体のアウトテイク(これらはブートでも出回っていない)は『スペシャル・リミテッド・ボックス』に続き今回も未収録に終わっています。とはいえ、「ワン・ハンド・クラッピング」のオーディオ・トラックを初めて世に送り出してくれたポールには素直に敬意を表したいですね。
そして、「スーパー・デラックス・エディション」のみのボーナス・ディスクであるCD 3には、ポールやデニー・レインなど『バンド・オン・ザ・ラン』制作に携わった人たちへのインタビューをまとめたオーディオ・ドキュメンタリーが収録されています。インタビューの内容は同梱のハード・カヴァー・ブックにも掲載されていますが、このCDでは本人の肉声で制作背景を知ることができます。もちろんすべて英語ですが、日本盤には原文と対訳がブックレットに掲載されているので英語の聞き取りに自信のない方も安心です。所々にアルバム収録曲の未発表ヴァージョンが数曲登場しますが、これらはアルバム・セッションのアウトテイクではありません(後年に録音されたリハーサル・テイクやリミックス・ヴァージョンなど)。ファンならチェックしておきたい貴重な音源がいっぱいのディスクですが、実は25周年記念盤『スペシャル・リミテッド・ボックス』のCD 2と全く同じ内容であることには注意が必要です。つまり、『スペシャル・リミテッド・ボックス』を入手済みの方にとっては、重複してしまって全く新鮮味のない1枚ということです・・・。今回の再発売のためにすべてデジタル・リマスタリングが施されている点が唯一の違いです。
最後に、「デラックス・エディション」と「スーパー・デラックス・エディション」に付属のDVDには、『バンド・オン・ザ・ラン』関連の映像が収録されています。既に発表されているものと、これまで公式には未発表だったものとで構成されています。まず、「バンド・オン・ザ・ラン」「マムーニア」「愛しのヘレン」の3曲と、アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』のプロモ・ヴィデオ。いずれも公式プロモ・ヴィデオ集「ポール・マッカートニー・アンソロジー(The McCartney Years)」に収録されていましたが、その時と全く同じ内容が再収録されています。「愛しのヘレン」「アルバム・プロモ」は、今回も天地がカットされて'70年代当時とは画面サイズが異なっています。また、「ジェット」のプロモ・ヴィデオや、1999年にリメイクされた「愛しのヘレン」「バンド・オン・ザ・ラン」のプロモ・ヴィデオが割愛されているのが惜しまれます。続いて未発表映像として、「ウイングス・イン・ラゴス」(レコーディングの地・ラゴスでのウイングスの様子を撮影したショート・フィルム)と、「オスタレイ・パーク」(アルバム・ジャケットのフォト・セッションの様子を記録したドキュメンタリー)が収録されています。アルバム制作時のウイングスの知られざる姿を堪能することができます。
そして何と言っても目玉なのが「ワン・ハンド・クラッピング」。これは1974年に制作されたウイングスのドキュメンタリー・フィルムで、これまで公開されることなくずっとお蔵入りのままになっていたものです。既にブートでは多数出回っており、ポール・マニア的には定番の映像作品でしたが、こうして公式発表されたことで容易に入手できるようになったのはうれしい限りです。ジミー・マッカロクとジェフ・ブリトンを新メンバーに迎えたウイングスの和気藹々としたリハーサル・セッションの様子を楽しめます。ただ、「スーサイド」の演奏シーンのみなぜか欠落していて、完全収録ではないのは大きな欠点です。オミットされてしまった「スーサイド」に関しては、「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの次作『ポール・マッカートニー』のボーナスDVDに収録されることになりますが、どうして完璧を目指さなかったのか不思議でなりません・・・。また、画質・音質の向上は図られておらず、既発のブートと大して変わりがないので、グレードアップを期待していたコアなファンにとっては落胆する内容かもしれません。しかし、「ワン・ハンド・クラッピング」自体はファンなら必見・必聴のシーンがいっぱいの大変貴重な作品であり、未入手の方なら必携のアイテムです。
「スーパー・デラックス・エディション」付属のハード・カヴァー・ブックでは、『バンド・オン・ザ・ラン』が完成するまでをポール本人やデニー・レイン、ダスティン・ホフマンなどの関係者へのインタビューと、貴重な写真・資料で詳しく知ることができます。ラゴスではどんな体験が待っていたのか?有名なアルバム・ジャケットはどのように撮られたのか?「ピカソの遺言」の作曲エピソードやシングル発売について・・・など、ファンなら誰もが知りたかったことを教えてくれます。ポール以外の関係者の発言は'90年代後半に『スペシャル・リミテッド・ボックス』用に行われたインタビューの再録がほとんどですが、CD 3のオーディオ・トラックでは割愛されてしまった部分も初収録しています。ポール直筆の楽譜や当時各国で発売されたシングルのジャケットやレーベル面なども掲載されています。また、主にリンダが撮影した写真や、アルバム・ジャケットの別ショットなどが多数収められていて、視覚的にも制作過程をうかがい知ることができます。後続の「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズで見られるような付録がないのは物足りない所でしょうか。特に、『スペシャル・リミテッド・ボックス』や日本限定発売の紙ジャケット盤には同梱されていたポスターは再現してほしかったです。巻末にはアルバム本編の収録曲の歌詞と、ボーナス・トラックを含めた全曲の詳細なレコーディング・データがあります。
【管理人の評価】
以上見てきたように、全曲がデジタル・リマスタリングされて高音質に生まれ変わっただけでも、「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの『バンド・オン・ザ・ラン』は以前の再発盤に比べて断然お勧めできます。「デラックス・エディション」ではアルバム未収録曲や未発表音源、そして「ワン・ハンド・クラッピング」を含む貴重な映像が追加収録されていて、さらにお勧めです(「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズの代用になります)。そして一番強力で、一番お勧めなのは「スーパー・デラックス・エディション」。オーディオ・ドキュメンタリーの追加収録で『スペシャル・リミテッド・ボックス』の収録内容を完全網羅できますし(入手済みの方にとっては複雑かもしれませんが・・・)、『バンド・オン・ザ・ラン』の歴史を詳細に凝縮したハード・カヴァー・ブックまでも付いてくるのですから、ファンなら必携のアイテムです!完全生産限定盤のため今後入手が困難になる上、他の仕様に比べて価格も高めですが、苦労して手に入れる価値は十分あります。「なかなか手を出しづらいと思っている」、あまりディープに聴き込んでいない方や、これからポールのソロ・アルバムを集めようとしている方も、せめて「デラックス・エディション」を入手するようにしましょう。そうでないと今回の再発売の魅力を知らないままになってしまいます。
今回『バンド・オン・ザ・ラン』をグレードアップして甦らせた「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは、今後『ポール・マッカートニー』『マッカートニーII』『ラム』といったアルバムも再発売するとのこと。数々の名盤が新たなマテリアルと共に帰ってくることを皆さんで期待しましょう!
アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』発売50周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
【曲目解説】
CD 1
曲目解説はこちらをごらんください。
CD 2
1.愛しのヘレン
『バンド・オン・ザ・ラン』セッション中にラゴスで録音された曲で、1973年10月にアルバムに先行してシングル発売された(英国12位・米国10位)。ポールはアルバムに収録するつもりはなかったが、米国キャピトル・レコードからの要請で米国盤『バンド・オン・ザ・ラン』のみこの曲が8曲目に収録された。その後1993年の「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズや1999年の25周年記念盤『スペシャル・リミテッド・ボックス』で『バンド・オン・ザ・ラン』が再発売された際には米国以外でも収録されていた(前者はボーナス・トラックとして)。ベスト盤『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』にも収録。
ブギー風のロック・ナンバーで、ポールがドラムスを含むほぼすべての楽器を演奏している。リンダが弾くムーグ・シンセのワン・フレーズや、リンダとデニー・レインの陽気なコーラスも印象的。タイトル「ヘレン・ホイールズ」はポールが当時所有していたランドローバーの名前で、歌詞ではグラスゴーからロンドンまでの旅路が歌われている。
2.カントリー・ドリーマー
シングル「愛しのヘレン」のB面でアルバム未収録曲。初CD化の際は前作『レッド・ローズ・スピードウェイ』のボーナス・トラックだったが、1993年の「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでは『バンド・オン・ザ・ラン』のボーナス・トラックに変更となっていた。曲は1972年の『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションで既に録音されていて、当時のウイングスのメンバー、ヘンリー・マッカロクとデニー・シーウェルも演奏に参加している。ポールがお得意とするアコースティック・ナンバーで、ポールとリンダの田舎暮らしを反映した詞作。日本のコーラス・グループ、ブラウン・ライスに提供されたことでも知られる。なお、2018年に「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環として再発売された『レッド・ローズ・スピードウェイ』にも同じヴァージョンがボーナス・トラックとして再度収録されている。
3.ブルーバード
ここから6曲は、今回の再発売でボーナスDVDに収録され、初めて公式発表されたウイングスのドキュメンタリー・フィルム「ワン・ハンド・クラッピング」(1974年)のセッションより。セッションで録られた一連のリハーサル・テイクはブートでは既に出回っていたが、映像と同じくオーディオ・トラックも公式発表されるのは今回が初めてである。「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは本リマスター盤以降も、「恋することのもどかしさ」「ソイリー」「ベビー・フェイス」「ラヴ・マイ・ベイビー」(後者はネット配信のみ)が陽の目を浴びている。演奏には『バンド・オン・ザ・ラン』発表後にウイングスに加入したジミー・マッカロク(ギター)とジェフ・ブリトン(ドラムス)が参加している。
「ブルーバード」は、映像版では曲の途中から収録されているが、ここでは完奏している。オリジナル・ヴァージョンの間奏でサックス・ソロを担当したハウイー・ケイシーが続投され、ソロを披露している。ハウイーはポールのリバプール時代からの旧友で、翌1975年からはブラス・セクションの一員としてウイングスのコンサート・ツアーに同行することになる。1975年〜1976年のワールド・ツアーと同様に、キーを全音上げている。レコーディングは8月27日。ここではカットされていますが、ブートでは曲が始まる前にポールとリンダがおふざけしているのを聴くことができます(笑)。
4.ジェット
「ワン・ハンド・クラッピング」セッションで存在が確認されている「ジェット」のリハーサル・テイクは2ヴァージョンあり、いずれもブートで聴くことができたが、ここに収められているヴァージョンは映像版とは別テイクである(つまり、映像版と本オーディオ・トラックで前述の2ヴァージョンを網羅することができる)。新メンバーのジミーとジェフが参加したことにより、リハーサルながらオリジナル・ヴァージョンよりもロック色が濃い演奏となっている。ブラス・セクションがフィーチャーされていない分、イントロなどは極めてシンプルな仕上がり。リンダが弾くおなじみのキーボード・ソロが間奏でうなりを上げる。2度目の間奏でリンダがギター・フレーズを歌っているのがオフ気味に入っていて微笑ましい。レコーディングは8月28日。
5.レット・ミー・ロール・イット
この曲は、「ワン・ハンド・クラッピング」セッションで取り上げられたものの、映像版には使用されなかった。映像版に使用されなかった曲として、他に「ジュニアズ・ファーム」「ワイルド・ライフ」「ハイ・ハイ・ハイ」「ゴー・ナウ」「ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」「ラヴ・マイ・ベイビー」などが挙げられる。1975年〜1976年のワールド・ツアーでセットリスト入りする曲だが、ここでもその時の演奏を予感させる緊張感漂う仕上がりとなっている。リンダのキーボードはオルガンでなくメロトロンで、ストリングス風の音色になっているのがユニークで新鮮。ワールド・ツアーの時とは違い、曲の長さはオリジナル・ヴァージョンと同じである。レコーディングは8月28日。惜しむらくは、ブートでは聴くことができるカウント・イン(これが何ともかっこいい)がカットされていることでしょうか・・・。
6.バンド・オン・ザ・ラン
この曲も「ジェット」と同じく、存在が確認されているリハーサル・テイクが2ヴァージョンあり、それぞれ映像版に使用されたテイクと、未使用に終わったテイクである。ここに収められているヴァージョンは後者で、ブートで聴くことができる演奏前のやりとりでは「テイク6」とアナウンスされている。アルバムのタイトル・ソングであるこの曲は、ウイングス時代・ソロ時代通じてポールのコンサートでは定番となるが、この時点で後のライヴ・ヴァージョンにつながるアレンジの基礎が出来上がっている。エレキ・ギターはジミー、アコースティック・ギターはデニー。テンポはオリジナル・ヴァージョンよりやや遅い。第1パートはアコースティック感が強くなっている。第2パートと第3パートの間のオーケストラが再現されているが、誰によるものかは不明。第3パートでのポールの伸びやかなヴォーカルと、リンダ&デニーのコーラスには軽めのエコーがかかっている。レコーディングは8月27日。
7.西暦1985年
ここでは前半はポールのピアノ弾き語り、中盤からはフル・バンドという構成になっている。フル・バンドの部分は、オリジナルのスタジオ・ヴァージョンからポールのリード・ヴォーカルを抜き、新たにヴォーカルを録り直したいわば「1人カラオケ」となっている。映像版ではイントロにポールの語りがかぶり、途中の一節分が丸ごとカットされているが、ここでは純粋に演奏だけを完全収録している。また、エンディングにはオリジナル・ヴァージョンと同じ流れで「バンド・オン・ザ・ラン」のリプライズ(演奏はオリジナル・ヴァージョン)が連結されている。前半部分ではポールのピアノ・テクニックの妙を再確認でき、後半部分では自由自在に操られるヴォーカルを堪能できるという贅沢なヴァージョンと言えよう。終盤のアドリブによるシャウトの連発は必聴!映像付きだとますますかっこいいので、そちらも必見です。レコーディングは8月30日。なお、ブートではここに収録されている演奏の前にピアノ弾き語りをさらに20秒ほど聴くことができます。
8.カントリー・ドリーマー
この曲も「ワン・ハンド・クラッピング」セッションでのアウトテイクだが、厳密には「ワン・ハンド・クラッピング」から派生したサイド・プロジェクト「Backyard」からの音源である。「Backyard」は「ワン・ハンド・クラッピング」セッション中の1974年8月30日に撮影が行われたショート・フィルムで、ポールがロンドンのアビイ・ロード・スタジオの裏庭に腰かけて様々な曲をアコースティック・ギター1本で弾き語るという内容。映像作品として仕上げるため一部楽曲をオミットして9分の長さに編集されたものの、お蔵入りとなってしまいいまだ公式には発表されていない。ただし、オーディオ・トラックはブートで出回って全貌が把握できるほか、「ペギー・スー」「アイム・ゴナ・ラヴ・ユー・トゥ」「ブラックプール」の演奏シーンはドキュメンタリー作品「ポートレイト〜プレス・トゥ・プレイ1986〜」や、プロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」のメニュー画面で見ることができる。
「Backyard」セッションで取り上げられた曲は、ビートルズ時代の「ブラックバード」、未発表曲「ブラックプール」、エディ・コクランのカヴァー「トゥエンティ・フライト・ロック」、バディ・ホリーのカヴァー「ペギー・スー」「アイム・ゴナ・ラヴ・ユー・トゥ」、チャック・ベリーのカヴァー「スウィート・リトル・シックスティーン」、エルビス・プレスリーのカヴァー「ラヴィング・ユー」「引っ越しだ」、23年後にアルバム『フレイミング・パイ』で発表されることとなる「グレイト・デイ」のさわり(!)、そしてこの「カントリー・ドリーマー」である。この曲では、冒頭で歌詞をなかなか思い出せず歌に入れないのが面白い。この曲本来のカントリー・タッチが色濃く表現された軽い弾き語りである。
9.ズー・ギャング
ポールとリンダが英国ATV制作のTVドラマシリーズ「The Zoo Gang」(1974年4月〜5月放送)の主題歌として書き下ろした短いインスト・ナンバー。1974年6月に発売されたシングル「バンド・オン・ザ・ラン」のB面(英国盤のみ)で、アルバム未収録曲。初CD化以来これまで次作『ヴィーナス・アンド・マース』のボーナス・トラックだったが、発売時期を考慮して今回晴れて『バンド・オン・ザ・ラン』へ鞍替えに。レコーディングが行われたのは1973年4月のことで、ヘンリー・マッカロクとデニー・シーウェルを含めた5人編成の演奏である。『バンド・オン・ザ・ラン』でも多用されているムーグ・シンセの音色や、独創的なリズム・パターンが印象に残る。
CD 3
曲目解説はこちらをごらんください。
DVD
1.バンド・オン・ザ・ラン(ビデオ・クリップ)
1973年から1974年の間に制作されたものの、長年お蔵入りになっていたプロモ・ヴィデオ。監督はマイケル・コールソン。2007年にプロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」で初めて公になった。映像にはウイングスは一切登場せず、イギリスの街並を中心としたアニメと実写をバックに(どこかビートルズの映画「イエロー・サブマリン」にありそう)、なぜかビートルズのメンバーやビートルズに関連する人物がコラージュで登場するという極めて不可解な内容(汗)。ウイングスの「ウ」の字もありません。中には『サージェント・ペパー』の観客やオノ・ヨーコ、マハリシの姿までも・・・。監督が大学生の頃に手がけた作品だそうですが、'70年代当時のポールのビートルズ観を考えるとミスマッチ感は否めません。なお、「The McCartney Years」と同じ内容がそのまま収録されている。
2.マムーニア(ビデオ・クリップ)
これも長年お蔵入りになっていた幻のプロモ・ヴィデオで、「The McCartney Years」で初めてソフト化された。監督はジム・クイック。この曲のシングルカットが検討されていた1974年に制作されたが、当時はTV番組で一度放送されたきりだった。「バンド・オン・ザ・ラン」に続き映像にウイングスのメンバーは登場せず、歌詞のテーマである「雨雲」をモチーフにしたアニメーションを中心に構成されている。じょうろで金髪の男性や太陽、新芽にことごとく雨をかけてゆく雨雲の姿が面白い。サビではコーラスに合わせて歌詞が映し出される。エンディングのみ実写で、黄色いレインコートを着た謎の男が登場するのが不気味。「The McCartney Years」と同じ内容がそのまま収録されている。
3.アルバム・プロモ
アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』を宣伝するためにポールの楽曲版権会社(MPL)が1975年に制作したプロモ・ヴィデオ。監督はアルバム・ジャケットを手がけたクライヴ・アロウスミス。そのアルバム・ジャケットの撮影風景を捉えた映像を中心に構成され、「バンド・オン・ザ・ラン」「西暦1985年」「ミセス・ヴァンデビルト」「ブルーバード」がBGMとして流れる。最初と最後でアルバム・ジャケットが惑星から出現するという演出が時代を感じさせる。「ブルーバード」のシーンで、なぜか白い鳥の映像が登場するのはご愛嬌か(苦笑)。既に「The McCartney Years」でも見ることができたが、今回も同じ内容がそのまま収録されている。そのため、天地がカットされ1975年当時とは画面サイズが異なっている。
4.愛しのヘレン(ビデオ・クリップ)
『バンド・オン・ザ・ラン』発売当時に制作された有名なプロモ・ヴィデオ。監督はロイ・ベンソン。ポール、リンダ、デニーの3人による演奏シーンと、3人が歌詞のように車の旅をするシーンを交互に登場させた内容。ポールはベースはもちろんエレキ・ギターとドラムスも披露していて、マルチ・プレイヤーぶりを堪能できる。キーボードを弾くリンダや、エレキ・ギターを弾くデニーのお茶目で楽しそうな表情も必見(特にリンダがノリノリ)。ドライヴのシーンでリンダが毛皮のコートを着ていることについて、後年ポールは動物愛護の観点から猛省している。この曲のプロモは1973年のオリジナル・ヴァージョンと、1999年にリメイクされたヴァージョンの2種類が存在するが、今回収録されたのは「The McCartney Years」に収録済みの前者。公式未ソフト化の後者が収録漏れになったのは惜しまれます(先の猛省からリンダのコートがサイケデリックなアニメーションで消されている興味深いヴァージョンなのに)。また、「The McCartney Years」と同様に天地がカットされ1973年当時とは画面サイズが異なっている。
5.ウイングス・イン・ラゴス
未発表映像。1973年8月〜9月にウイングスが『バンド・オン・ザ・ラン』をレコーディングするためラゴス(ナイジェリア)を訪れた際のプライベート・フィルムである。ポールによれば、ボートで小さな島に遊びに行った時の映像。モノクロで無音声ながら、ポールやリンダ、デニーが地元の住民たちと触れ合っている様子が多数登場するのが新鮮である。ウイングスのロード・マネージャーだったトレバー・ジョーンズや、セッションにも参加したジンジャー・ベイカーの姿も。BGMには、英国BBCの番組のためにポールが新たに録音した「バンド・オン・ザ・ラン」が使用されている(レコーディングは2003年3月7日)。この新ヴァージョンは「ポールが自分の曲を全く違うアレンジで再演する」というコンセプトで作られたため、ワイングラスとハーモニウムを中心に逆回転など実験的なサウンドを駆使している。エスニックで不気味な雰囲気あふれるのがフィルムにぴったり。ナイジェリアというよりは、ちょっとインドっぽいけど・・・(汗)。
6.オスタレイ・パーク
未発表映像。1973年10月28日にロンドン西部のオスタレイ・パークで行われた『バンド・オン・ザ・ラン』のアルバム・ジャケットの撮影風景を追ったドキュメンタリー・フィルムである。これを基に先のアルバム・プロモが制作されているが、そこでは見ることのできなかった映像も含め音声入りで楽しむことができる。ポールのコンサートで「バンド・オン・ザ・ラン」を演奏する時は本フィルムがスクリーンに映し出されるので馴染み深いと思います。ポール、リンダ、デニーや、「逃亡中のバンド」のメンバーとしてゲスト出演したクレメント・フロイト、クリストファー・リー、ジェームズ・コバーン、ジョン・コンテ、ケニー・リンチ、マイケル・パーキンソンはもちろん登場。控え室での談笑、リンダによる記念撮影、用意された黒い囚人服に各自着替える姿、そしてかの有名なジャケット撮影の本番と続く。ポールの子供たちが裏ではしゃいでいたり、服のサイズが合わない人がいたり、本番でデニーがおふざけしているのが面白い(笑)。ポールとケニーがビートルズの「ミズリー」(ケニーは同曲をいち早くカヴァーしている)をデュエットするという貴重なシーンも。メガホンをとるクライヴ・アロウスミスはなぜか日本の「はっぴ」を着ている。
7.ワン・ハンド・クラッピング
本DVD最大の目玉。1974年8月にロンドンのアビイ・ロード・スタジオで撮影されたウイングスのドキュメンタリー・フィルムである。監督はデイヴィッド・リッチフィールド。『バンド・オン・ザ・ラン』発売後にジミー・マッカロクとジェフ・ブリトンという2人の新メンバーを迎えたウイングスのリハーサル・セッションの模様を、各メンバーへのインタビューと共に次々と映し出してゆくというシンプルな構成で、ウイングス史上最も短命に終わってしまったラインアップによる演奏シーンを収めた貴重な映像作品である。TVでの放送を見据えしっかりした作品に仕上がったにもかかわらず、なぜかお蔵入りとなり今回ようやく公式発表に至った。既にブートでは映像・音源共に多数流出しており、マニアの間では定番アイテムとなっていた。本DVDには50分あまりの映像が“ほぼ”完全収録されているが、画質・音質は残念ながら改善されなかった。
- ワン・ハンド・クラッピングのテーマ
オープニングを飾るのは、このドキュメンタリーのために録音されたテーマ・ソング。ミドル・テンポのファンキーなインスト・ナンバーで、今回初めて陽の目を浴びる曲だが、オーディオ・トラックとしては公式未発表のままである(ブートで聴くことのできる演奏は映像版より若干長い)。1分にも満たないものの、リンダのムーグ・シンセが効果的に使用されているのが印象に残る。映像ではポールたちが手拍子をしており、タイトルをほうふつさせる。簡単なクレジットが現れる間は、タイトル通り「片手で拍手」する様子も。
- ジェット
最初に登場するのはおなじみ『バンド・オン・ザ・ラン』収録曲にしてウイングスの代表曲。CD 2に収録されているオーディオ・トラックとは別テイクである。映像の一部はウイングスのドキュメンタリー作品「夢の翼(Wingspan)」(2001年)に抜粋されていた。後年のライヴ・ヴァージョンに比べるとおとなしめだが、ベースを弾きながらマイクに向かって熱唱するポールが長時間アップで映されていてかっこいい。ハイライトの1つであるリンダのキーボード・ソロもアップで見ることができる。別ブースでドラムスをたたくジェフ・ブリトンはサングラスで気取っています(苦笑)。演奏後はコントロール・ルームにいるジェフ・エメリック(『バンド・オン・ザ・ラン』に続き「ワン・ハンド・クラッピング」でもエンジニアを担当)にポールとリンダが感想を求めている。
- ソイリー
続いて登場するのは、スタジオ・アルバムでは一度も取り上げられなかった硬派のロック・ナンバー。ごく初期の1972年ヨーロッパ・ツアーを皮切りにウイングスのライヴでは定番だった曲で、1976年全米ツアーの演奏は同年のライヴ盤『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』で公式発表された。ここで見ることができるのはその貴重なスタジオ・テイク。なお、2014年にアルバム『ヴィーナス・アンド・マース』が「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環として再発売された際には、このテイクのオーディオ・トラックがボーナス・トラックとして収録された。
ブラス・セクションが入っていないことや、イントロのアレンジなどを見ると翌年以降のワールド・ツアーでの演奏よりはシンプルな仕上がり。ライヴでも激しいシャウトを聞かせていたポールの姿がかっこいい。ジミーが割とリラックスしていて、カメラに向かっておどけてもいる。演奏後はメンバー揃って先ほど録音したテイクを聴き直して「反省会」を行っているが、ポールやリンダが「エンディングのドラムが早い」とジェフをなじり、ジェフが弁解するという何とも言えないシーンが登場する(一度は落ち着くものの、その後も蒸し返されているのがまた・・・)。ポールの完璧主義をうかがわせると共に、ジェフと他メンバーとの不和も予期させる。
- C・ムーン
休憩を挟んで演奏されるのは1972年に「ハイ・ハイ・ハイ」との両A面シングルとして発売された、ポールとリンダのお気に入りナンバー。1973年〜1975年のライヴでは「リトル・ウーマン・ラヴ」とのメドレーでセットリスト入りしていたが、ここでもその時のアレンジで演奏されている。ポールがエレクトリック・ピアノを弾き語り、シロホンのフレーズはギターで再現されている。途中ポールのインタビューがかぶさるが、ウイングスの基本方針について「グループ外の活動も好きにやれる自由なチーム」と語っている。また、ソロ・デビュー作『ポール・マッカートニー』のようなワンマン・レコーディングも楽しいが、グループで仕事するのが好きで理想としている、とも。
- リトル・ウーマン・ラヴ
1972年のシングル「メアリーの小羊」のB面曲。前述のように「C・ムーン」とのメドレーで1973年〜1975年にライヴで取り上げられていた。実際にはこの曲が「C・ムーン」をサンドイッチするという構成だが、映像では前半部分がカットされている。エレクトリック・ピアノを弾くポールと、タンバリンをたたくリンダの表情が楽しそう。途中リンダのインタビューがかぶさるが、キーボードが上達するまでの苦労や、バンドのメンバーとしての微妙な立場を語っている。
その後、ジャム・セッションを楽しむメンバーを捉えた映像(ジミーがドラムスをたたく姿も!)をバックに、デニーとジミーがそれぞれ音楽活動を始めるまでの経緯を語るインタビューが続く。怠け者のデニーにとって、自分の腕を磨こうと思ったのは親の影響が大きかったとのこと。12歳の頃、人前で演奏を披露した時のエピソードも。一方、子供の頃から練習を重ね年上と演奏することも多かったジミーだが、キャリアの長さが裏打ちする早熟ぶりに改めて驚かされる。同時に、ウイングスに加入したことへの喜びを純粋に語っているのが印象に残る(1979年のジミーの急逝を知るだけに余計・・・)。なお、ジャム・セッション中にポールのヴォーカルで歌われる曲は、ヘイウッズのヴァージョンが有名な当時のヒット曲「悲しみのヒーロー」である。
- 恋することのもどかしさ
ポールが「出だしが美しいんだ」と自画自賛して始まるのは、ポールのソロ・デビューアルバム『ポール・マッカートニー』(1970年)収録の傑作バラード。ウイングスのライヴでは必ず取り上げられていた。ここではポールはエレクトリック・ピアノを弾き、デニーがベース、ジミーがリード・ギターを演奏。リンダはメロトロンでストリングス風の音を出している。ポールのアドリブ交じりの熱唱はリハーサルとはいえ緊張感たっぷり。一方で隣で歌うリンダと目配せする仲睦まじい側面も。間奏のソロを弾くジミーのギターさばきや、コーラスを入れるリンダやデニーもアップで映される。また、ポールが曲作りについて語るインタビューと、デニーがビートルズを脱退したポールの心境を自らに重ね合わせるインタビューが途中かぶさる。演奏後のポールの感想は「アグレッシブでファンク」。なお、2011年に『ポール・マッカートニー』が「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環として再発売された際には、このテイクのオーディオ・トラック(インタビューはかぶらない)がボーナス・トラックとして収録された。
続いて、リンダの素っ頓狂な「ジェフリー!」コールに応える形でジェフをフィーチャーしたパートが登場。空手愛好家としても知られるジェフが空手着を着用してドラム・ソロや空手の技を披露するという珍しい一こまである(ジェフが空手着でスタジオ入りすることは他メンバーの顰蹙を買っていたようですが・・・)。自身の短気な性格をやけにうれしそうに語るインタビューを聞いていると、ほどなく脱退してしまったのが何となく分かる気がします(苦笑)。
- マイ・ラヴ
アルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』(1973年)からの先行シングルで全米No.1ヒットの超有名曲。映像では演奏は中盤から始まる(完奏するヴァージョンはブートで聴くことができる)。ポールは再びエレクトリック・ピアノを弾き語り、デニーはベースを担当。オリジナル・ヴァージョンでのヘンリー・マッカロクによるフレーズを踏襲する形で、ジミーが間奏のギター・ソロを弾く様子が大々的にフィーチャーされている。ポールとリンダが隣り合わせで一緒にコーラスを歌う様子が微笑ましい。情感あふれるポールの熱唱に、ラヴ・ソングを捧げられたリンダも演奏後満足そう。ジェフはなぜか日本の浴衣らしきものを着ている。
- ブルーバード
『バンド・オン・ザ・ラン』収録曲。オーディオ・トラックはCD 2に収録されている(映像版と違いそちらは完奏する)。ここではウイングスによるリハーサルに加え、オリジナル・ヴァージョンで間奏のサックス・ソロを演奏していたハウイー・ケイシーが、録り終えたばかりのベーシック・トラックにダビングする様子も映される。オリジナルとキーが異なるためコード進行を確認するハウイーの傍らで、ポールはコードを教えるのみならずメロディ・ラインもいちいち指示している。さらにはハウイーが実際に演奏しているそばにぴったりくっついて身振り手振りをしていて、ポールの完璧主義がここでも露呈している。この箇所は「The McCartney Years」のメニュー画面で一部見ることができた。ウイングスの演奏では、この曲としては珍しくポールがベースを弾いている点に注目。
続いて、ポールが少年時代からジャズ音楽に親しんでいたことを振り返るインタビューと共にポールが黒いスーツで着飾ってピアノを弾き語る様子が登場するが、本来であればこの途中(「シナトラとかトニー・ベネットみたいな大物歌手になりたかった」の直後)に未発表曲「スーサイド」の演奏シーンが挟まれるはずがなぜかオミットされている。「スーサイド」は、2011年に『ポール・マッカートニー』が「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環で再発売された際に1970年の音源(「燃ゆる太陽の如く/グラシズ」の最後にちらっと登場していた演奏の完全版)がボーナス・トラックとして収録され公式発表曲となったが、そのリマスター盤『ポール・マッカートニー』のボーナスDVDには、本DVDでオミットされた「ワン・ハンド・クラッピング」の「スーサイド」が単体で収録されている。実に不可解です(汗)。
- レッツ・ラヴ
(本来なら「スーサイド」の演奏後に)続いてポールが弾き語るこの曲は、ポールが憧れの先輩歌手ペギー・リー(ビートルズもカヴァーした「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」を歌ったことで有名)にプレゼントしたバラード・ナンバーである。ペギーは「ワン・ハンド・クラッピング」と同年のアルバム『レッツ・ラヴ』でこの曲をカヴァーしたが、ポール自身が歌うヴァージョンは長年未発表で、今回が初のソフト化である。なお、2014年に『ヴィーナス・アンド・マース』が「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環として再発売された際には、「ワン・ハンド・クラッピング」と同時期に録音されたデモ・テイクがボーナス・トラックとして収録された。曲はすぐに即興の弾き語りに変わるが、この箇所はブートでは「Sitting At The Piano」というタイトルが付けられていた。
- オール・オブ・ユー
続いてもポールのピアノ弾き語り。こちらは完全な未発表曲で、この曲を取り上げた形跡はここでしか確認できない。元々存在していた曲なのか即興で作ったのかは不明だが、ポールらしいポップなメロディが散りばめられたキャッチーな1曲だ。1974年秋にポールは自宅で約1時間に及ぶピアノ弾き語りデモを録音しているが(公式未発表)、そのデモに通じる雰囲気がある。アウトロには、ポールがペギー・リーに「レッツ・ラヴ」を提供したことについて語るインタビューがかぶさる。ディナーに誘ってくれたお返しが「シャンパンの代わりに曲」なのがポールらしい。
- アイル・ギヴ・ユー・ア・リング
ピアノ弾き語りシリーズの最後は、「スーサイド」と同じくポールが10代の頃に書いた曲。ポールがこの曲をスタジオで取り上げたことが確認できるのは「ワン・ハンド・クラッピング」が最初で、公式発表に至っては1982年のソロ・シングル「テイク・イット・アウェイ」B面に収録されるのを待つこととなった。公式発表されたヴァージョンはフル・バンドのアレンジだが、ここでは当然シンプルなピアノ弾き語りのため印象が異なる(陽気な雰囲気は共通しているものの)。昔書いた曲だけあって前2曲よりもポールの手つきや表情に余裕が見られる。
その後、ドラム・ソロをメインとしたジャム・ナンバーをBGMに、リンダとデニーのインタビューがかぶさる。リンダは、キーボードのフレーズについてポールの指示があることも自分で生み出すこともあると語る。また、学生時代も音楽への関心は人並みにあったが、今ほど夢中ではなかったとのこと。デニーは、ポールの家族はみな音楽好きで非凡な才能が受け継がれていると語る。事実、父親のジェームズはセミプロのジャズ・ミュージシャンだったし、弟のマイクはプロ・デビューしてアルバムを何枚か制作している。映像は休憩中のウイングスを捉えているが、ジェフが再び空手着姿である。
- バンド・オン・ザ・ラン
もちろん『バンド・オン・ザ・ラン』のタイトル・ソング。CD 2に収録されているオーディオ・トラックとは別テイクである。各メンバーほぼ平等にカメラが回っていて、バンドとしてのウイングスを堪能できる演奏シーンと言えよう。イントロなどの印象的なソロをムーグ・シンセで弾くリンダ、アコースティック・ギターとコーラスで支えるデニー、オリジナル・ヴァージョンよりハードな音色を聞かせるエレキ・ギターのジミー、独創的なドラム・パターンを再現するジェフ、そしてベース片手にエコーがかかった伸びやかなヴォーカルで歌うポールと、五者五様の姿が魅力的である。
- 死ぬのは奴らだ
ご存知、同名の007映画の主題歌で1973年にヒットしたウイングスのシングル曲。基本的には外部のミュージシャンを使わずシンプルなバンド・サウンドにとどめている「ワン・ハンド・クラッピング」において、この曲に限っては本格的なフル・オーケストラをスタジオに招き、スリリングなオリジナル・ヴァージョンのアレンジを再現している。ベーシック・トラックはあらかじめウイングスで録っておき、後日オーケストラのオーバーダブ・セッションを行っているが、映像ではその双方のレコーディング風景を収録していて大変興味深い。オーケストラの指揮を執ったのはデル・ニューマン。なお、このテイクはほぼそのままの形で2003年の映画「セイブ・ザ・ワールド(The In-Laws)」のサントラに収録され先に公式発表されていた。また、映像の一部は「The McCartney Years」のメニュー画面で見ることができた。
ウイングスの演奏シーンでは、ポールがエレクトリック・ピアノで弾き語り、ベースはデニーが弾いている。ジェフは空手着にサングラスという自由奔放な格好。一方、オーケストラのオーバーダブ・セッションではストリングス、ブラス・セクション、マリンバ、ティンパニといった楽器が華を添えるのを音だけでなく視覚的にも確認できる。緊張感あふれる本番と、思い思いにくつろぐ休憩中との、演奏者たちのギャップが面白い。「アレンジャーとは密に仕事したい」と話すポールがデルと打ち合わせする姿も映っている。エンディングには通常よりワン・アクセント追加されていて、ここでのポールの渾身のシャウトは圧巻である。その後「ウーッ!」と叫ぶポールの表情とポーズは何ともおかしいですが(笑)。
- 西暦1985年
『バンド・オン・ザ・ラン』のラスト・ナンバー。オーディオ・トラックはCD 2に収録されている(映像版とは違いそちらは中間部がカットされず、最後に「バンド・オン・ザ・ラン」が連結されている)。CD 2の項で前述したように、ここでは前半はポールのピアノ弾き語り、後半はオリジナルのスタジオ・ヴァージョンの演奏にのせてポールが新たにヴォーカルを録り直した「1人カラオケ」となっている。なお、前半は「The McCartney Years」のメニュー画面で、後半は「夢の翼」で、それぞれ映像の一部が抜粋され見ることができた。
前半のピアノ弾き語りシーンでは、手つきもよく分かるように映されており、ポールのピアノ・テクニックの妙を堪能できる。これを40年経った現在ライヴで再現してくれるのだからうれしい限り。ピアノの上には椅子か机が逆さに置いてあるのだろうか、地味に目を奪われる。なお、冒頭にはポールが「ポール・マッカートニーでいること」について語るインタビューがかぶさる。後半は「1人カラオケ」そのままにポールは楽器を持たずハンドマイク片手に歌う。普段ならこれがダサく見えてしまうのだが、ここでは顔のアップが多いせいか非常にかっこよくきまっている。片手にマイク、片手にタバコで終始ノリノリの状態で熱唱します。特に、派手に盛り上がるエンディングに向け、眉間にしわを寄せた渋い顔つきでアドリブ・シャウトを連発する所はファンなら必見!最後のキメのポーズもばっちり。
- ベビー・フェイス
「ワン・ハンド・クラッピング」を締めくくるのは今回が初のソフト化となる曲。とはいえポールの自作曲ではなく、数多くのアーティストがカヴァーしてきたスタンダード・ナンバーである。日本では1960年のブライアン・ハイランドによるヴァージョンが有名かもしれない。ポールお気に入りの曲らしく、「ワン・ハンド・クラッピング」で取り上げた後もライヴでは「ヘイ・ジュード」や「恋することのもどかしさ」を演奏する前にフェイントとしてちょっとだけ弾き語ることがしばしばある。ここではしっかり完奏している貴重なテイクを楽しめる。なお、2014年に『ヴィーナス・アンド・マース』が「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環として再発売された際には、このテイクのオーディオ・トラック(インタビューはかぶらない)がボーナス・トラックとして収録された。
ポールはピアノを弾いていて、映像でもそれを確認できる。大半はエンド・クレジットに費やされてしまっているものの、キャバレー風に燕尾服で着飾って歌う姿が楽しそう。ウイングスの他のメンバーは不参加で、代わりにタキシード・ブラス・バンドによる演奏がフィーチャーされている(1975年1月にオーバーダブが行われた)。ポールらしい陽気なエンディングに仕上がっているが、途中かぶさるインタビューでポールが「16歳の時は20歳で終わりだと思っていたけど、最近は倒れるまで続けられると思っている」と語るくだりは、今も現在進行形で精力的な音楽活動を続けるポールを思うととても感慨深い。