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アルバム『ウイングス・ワイルド・ライフ』の制作過程などの解説はこちらをごらんください。
ポールが愛妻リンダと共に結成したバンド、ウイングスのデビュー作であるアルバム『ウイングス・ワイルド・ライフ』(1971年)のリマスター盤。2007年にヒア・ミュージックに移籍したポールは、過去に発表したアルバムを「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」というシリーズとしてヒア・ミュージック(2017年からはキャピトル・レコード)から再発売するプロジェクトに着手していますが、この『ウイングス・ワイルド・ライフ』はその第11弾にあたります。シリーズ第12弾の『レッド・ローズ・スピードウェイ』(1973年・『ウイングス・ワイルド・ライフ』の次作)と同時発売されました。『ウイングス・ワイルド・ライフ』の大規模な再発売は、1993年のリマスター盤「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズ以来となります。
【発売形態】
今回の再発売では、『ウイングス・ワイルド・ライフ』は2種類の仕様で登場しました。1つは、アルバム本編を収録したCDと、アルバム未収録曲やアウトテイクを収録したボーナス・ディスクによるCD2枚組の「スペシャル・エディション(Special Edition)」。もう1つは、「スペシャル・エディション」のCD2枚に加えてアルバム収録曲のラフ・ミックスを収録したボーナスCDもう1枚と、アルバムに関連する映像を集めたDVDが付き、128ページに及ぶハード・カヴァー・ブック(リンダ撮影の貴重な写真や、アルバム制作過程の完全解説などを掲載)と、48ページのスクラップ・ブック(ポール手書きの歌詞やコード、セットリストなどを掲載)や様々な付録を収納したファイルをケースに収めたCD3枚組+DVD1枚組の「デラックス・エディション(Deluxe Edition)」です。「デラックス・エディション」は、インターネットを介して高音質楽曲データをダウンロードできる特典付き。CDは、すべてのCDプレイヤーで再生可能な高音質CDであるSHM-CDが採用されています(日本盤のみ)。なお、「デラックス・エディション」は『レッド・ローズ・スピードウェイ』の「デラックス・エディション」及び、ライヴ盤『ウイングス・オーヴァー・ヨーロッパ』を同梱したボックス・セット「ウイングス 1971-1973」(完全生産限定盤)としても発売されました。
【収録内容】
では、全ディスクを網羅した「デラックス・エディション」を基に収録内容を見てゆきましょう。まず全仕様共通のCD 1には、1971年に発売されたオリジナルの『ウイングス・ワイルド・ライフ』が収録されています。オリジナル通りの曲目であるため、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズに収録されていたボーナス・トラック4曲は未収録(ただし「アイルランドに平和を」はボーナス・ディスクで聴くことができる)。全曲がロンドンのアビイ・ロード・スタジオにてデジタル・リマスタリングされていて、過去の再発盤に比べて音質が向上しています。しかし、今回の再発売では「ラヴ・イズ・ストレンジ」のエンディングが1音多く(音声データの異常と思われる)、オリジナルと異なる内容になっているのが大きな難点です。「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは過去にもアルバム『ヴィーナス・アンド・マース』でわずかな音飛びが発生する不良がありましたが、今回はその時以上に曲の印象を変えてしまうほど目立ってしまっていて、一流のプロを結集しての質の高い編集作業が評価されているだけに残念でなりません・・・。
続いて、「デラックス・エディション」のみのボーナス・ディスクであるCD 2には、『ウイングス・ワイルド・ライフ』収録曲のラフ・ミックスを8曲収録しています。CD 1と同じくデジタル・リマスタリングが施されていますが、全曲これまで公式では未発表だった音源です。レコーディング・セッションの途中で暫定的に各楽器やヴォーカルの使用トラック・音量・ステレオ配置を決めて制作されたラフ・ミックスは、ブートでは様々な時代のものが多数出回っていましたが、まとまった形で公式発表されるのは「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズを含めてもポール史上初めてのこと。しかも半数はブートですら聴くことができませんでした。ここに収録された8曲を見てみると、ざっと聴いただけでは違いが分かりにくい曲もありますが、元々のピッチで聞かせる「ビップ・ボップ」「トゥモロウ」や、インスト・ヴァージョンの「ラヴ・イズ・ストレンジ」などアルバムを深く聴き込んでいなくても公式ヴァージョンとの相違点をはっきり確かめることができるミックスが目白押しです。コアなファンであれば両ミックスをじっくり聴き比べて、細かな差分を発見してみるのも面白いかもしれません。中でも聴き所は、トランペットを加えた「サム・ピープル・ネヴァー・ノウ」と、オーケストラを追加する前のシンプルな「ディア・フレンド」です。
そして、全仕様共通のボーナス・ディスクであるCD 3には、『ウイングス・ワイルド・ライフ』の関連楽曲を17曲収録しています。こちらもすべてデジタル・リマスタリングが施されていますが、これまで未発表だった音源が多く含まれているのが魅力的です。CD 1収録曲と異なり、ブックレットには歌詞(日本盤は対訳も)は掲載されていません。
既発表のものから見てみると、「アイルランドに平和を」はアルバム発売後にレコーディングされシングルに収録された曲です。この曲は「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでのボーナス・トラックでした(なお、同じくボーナス・トラックだった「メアリーの子羊」「リトル・ウーマン・ラヴ」「ママズ・リトル・ガール」の3曲は同時発売された『レッド・ローズ・スピードウェイ』のボーナス・ディスクに収録)。また、そのB面だった「アイルランドに平和を(ヴァージョン)」は、一時ネット配信こそされていたものの長年入手困難でしたが、今回待望のCD化を果たしました。さらに、発売直前になって頓挫したシングルに収録予定だった「ラヴ・イズ・ストレンジ」のシングル・エディットは初商品化となります。
残る14曲が未発表音源で、そのほとんどがギターやピアノの弾き語りによるホーム・デモです。うち5曲は1971年6月にスコットランドの農場で撮影されたホーム・ムービーのオーディオ・トラックで、「ビップ・ボップ」「ヘイ・ディドル」はベスト盤『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』で一部聴くことができましたが、ここではノーカットで完全収録。また、「グッド・ロッキン・トゥナイト」「シー・ガット・イット・グッド」はブートにも流出していなかった初公開音源です。生まれたての状態の「ディア・フレンド」のピアノ・デモや、未発表曲「インディード・アイ・ドゥ」はブートではおなじみでしたが、非正規でしか入手できなかったものを高音質で手軽に楽しめる喜びはひとしおです。一方、「ホエン・ザ・ウインド・イズ・ブロウイング」「グレート・コック・アンド・シーガル・レース」はポールとリンダの前作『ラム』のアウトテイクで、後者は「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの『ラム』で陽の目を浴びたものとは別のラフ・ミックス。肝心の『ウイングス・ワイルド・ライフ』セッションでのアウトテイクがインスト・ナンバーのみ(しかもいずれも30秒未満)なのは物足りない所ですが・・・異例の短期間で仕上げたアルバムであることを考えると納得がいきますし、歴史の中に埋もれていた貴重なテープを発掘・整理してくれたポールには素直に敬意を表したいですね。今までお蔵入りになっていたことが信じられないほど美しい「ホエン・ザ・ウインド・イズ・ブロウイング」と、ポールらしいポップなメロディが光る「インディード・アイ・ドゥ」は特にお勧めです。本ボーナス・ディスクの最後には「聖者の行進」(ブートも含め完全初登場)が、クレジットのないシークレット・トラックとして収録されています。なお、今回の再発売に合わせて、ポールの公式サイトでは未発表音源「ディア・フレンド(オーケストラ・アップ)」が無料公開されていて、こちらも注目です(「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズには未収録)。
最後に、「デラックス・エディション」のみ付属のDVDには、『ウイングス・ワイルド・ライフ』関連の映像が収録されています。これまで公式には未発表だったものが中心で、ほぼすべて今回が初のソフト化となります。ウイングスのドキュメンタリー作品「夢の翼(Wingspan)」などで断片的に出回っていた映像も含まれますが、ここでは1つの完成した作品としてまとめて楽しむことができます。それぞれ古いフィルムで撮られたものを可能な限り修復してあるので、画質も視聴に十分耐えうる鮮明な仕上がりです。CD 3にオーディオ・トラックが収録されているホーム・ムービー「スコットランド 1971」は過去の映像作品では見ることができなかった曲もあり、かつ全曲完奏。「夢の翼」に一部抜粋されていたウイングスの結成披露パーティー「ザ・ボール」も約4分に拡大され、会場の賑わいが手に取るように分かります。「ICAリハーサル」は最初のコンサート・ツアーを控えたウイングスのリハーサル映像で、モノクロながら初登場込みの演奏を3曲堪能できます。TV局が撮影した「アイルランドに平和を(リハーサル)」はほとんどブートに未収録のテイクで、これまた初登場です。
「デラックス・エディション」にはハード・カヴァー・ブックとファイル「Wild Life」が付属しています(ディスクは見開き式の厚紙に別途収納されている)。128ページ型ハード・カヴァー・ブックでは、『ウイングス・ワイルド・ライフ』が完成するまでをポール本人やデニー・レイン、デニー・シーウェルなどの関係者へのインタビューと、貴重な写真・資料で詳しく知ることができます。ウイングスはどのような経緯で結成されたのか?アビイ・ロードでのセッションはどんな感じだったのか?「ディア・フレンド」や「アイルランドに平和を」について・・・など、ファンなら誰もが知りたかったことを教えてくれます。ポール直筆の歌詞シートやトラック・シート、ボツになったアルバムのレーベル面なども掲載されています。また、アルバムのアートワークに使用されたものも含め主にリンダとバリー・ラテガン(ジャケットを担当)が撮影した写真が多数収められていて、視覚的にも制作過程をうかがい知ることができます。巻末にはアルバム本編の収録曲の歌詞と、ボーナス・トラックを含めた全曲の詳細なレコーディング・データがあります。
ファイル「Wild Life」には『ウイングス・ワイルド・ライフ』に関連した付録が収納されています。順に見てゆくと、表紙にリンダの名前がある48ページ型スクラップ・ブックには、ポールがバンドの練習用に手書きした歌詞とコードが掲載され、どんな曲をレパートリーにしていたかが分かって興味深いです(中にはスタジオで正規に取り上げていない曲も)。後半は1972年のコンサート・ツアーのセットリストや当時の日記になっていて、ウイングスを軌道に乗せるため日々奮闘していたポールの知られざる姿を垣間見ることができます。続いて、赤い封筒に入っているのはウイングスの結成披露パーティーの招待状(複製)。そして最後に、バンドのメンバーを写したポラロイド写真の複製12枚がポケットに収められています。
【管理人の評価】
以上見てきたように、全曲がデジタル・リマスタリングされて高音質に生まれ変わっただけでも、「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの『ウイングス・ワイルド・ライフ』は以前の再発盤に比べて断然お勧めできます。「スペシャル・エディション」ではアルバム未収録曲や未発表音源も追加収録されています(同時発売されたシリーズ第12弾『レッド・ローズ・スピードウェイ』を合わせれば、別ミックスの「ママズ・リトル・ガール」を除けば、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズの代用になります)。しかしより強力で、よりお勧めなのは「デラックス・エディション」。アルバム収録曲のラフ・ミックスや、入手困難なものを多く含んだ貴重な映像を収録したDVDに、『ウイングス・ワイルド・ライフ』の歴史を詳細に凝縮したハード・カヴァー・ブックまでも多彩な付録と共に付いてくるのですから、ファンなら必携のアイテムです!完全生産限定盤のため今後入手が困難になる上、他の仕様に比べて価格も高めですが、苦労して手に入れる価値は十分あります。「なかなか手を出しづらいと思っている」、あまりディープに聴き込んでいない方や、これからポールのソロ・アルバムを集めようとしている方も、せめて「スペシャル・エディション」を入手するようにしましょう。
『バンド・オン・ザ・ラン』に始まり『ウイングス・ワイルド・ライフ』までもグレードアップして甦らせた「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは、今後もポールの旧作品を継続して再発売するとのこと。数々の名盤が新たなマテリアルと共に帰ってくることを皆さんで期待しましょう!
アルバム『ウイングス・ワイルド・ライフ』発売40周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
【曲目解説】
CD 1
曲目解説はこちらをごらんください。
CD 2
1.マンボ
「デラックス・エディション」のみ付属しているCD 2には、1971年8月6日にアビイ・ロード・スタジオで制作された『ウイングス・ワイルド・ライフ』収録曲の未発表ラフ・ミックスを、アドリブ・インスト2曲(8月の時点ではまだ録音されていない)を除く8曲分収録している。このミックスを手がけたのは公式ヴァージョンと同じく、『ウイングス・ワイルド・ライフ』セッションを担当したエンジニアのトニー・クラークとアラン・パーソンズ。何曲かはテープが外部に流出し、2003年に「Wild Life Demos」のタイトルでブート化されていたが、すべて出揃うのは今回が初めてである。
「マンボ」のラフ・ミックスは出だしの“Take it, Tony!”がオミットされ、歌い出しからフェードインしてくる。公式ヴァージョンではピアノがステレオの中央左寄り、オルガンとリズム・ギターが左に配置されているが、ここでは前者と後者が左右にはっきり分かれている。「マンボ(リンク)」のリフを弾くリード・ギターはまだ存在しない。また、公式ヴァージョンではオフにされている箇所でもヴォーカルが聞こえる(1'05"〜1'29"と3'03"〜3'20")。既にブートで聴くことができたが、モノラルの上に音質も劣悪であった。一方、ブートでは“Hello, can you hear me?”というポールの話し声が冒頭に追加されている。
2.ビップ・ボップ
この曲は公式ヴァージョンとラフ・ミックスとで大きな違いが2つある。まず、公式ヴァージョンはなぜかモノラルだったが、ラフ・ミックスはステレオである。左チャンネルにギターを、右チャンネルにリンダの合いの手を配し、リード・ヴォーカルはADTで左右に振り分けている。次に、ラフ・ミックスは録音時と同じピッチで収録されている点。実は公式ヴァージョンはピッチを半音上げていて、ポールの声が風変わりに響くのはその賜物なのである。ラフ・ミックスの方が正常なピッチとはいえ、公式ヴァージョンに聴き慣れていると違和感がものすごいですね・・・(笑)。ラフ・ミックスではヴォーカルにディレイがかけられていない。ラフ・ミックスを称する音源が一部ブートで出回っていたが、単に公式ヴァージョンのピッチを落としたものだったため、このラフ・ミックスは完全初登場である。
3.ラヴ・イズ・ストレンジ(ヴァージョン)
この曲は元々「Half Past Ten」という即興のインスト・ナンバーで、それを聴き直した際にミッキー&シルビアの「ラヴ・イズ・ストレンジ」とコード進行が一緒であることに気づき、ヴォーカルを加えた・・・という流れで完成したが、このラフ・ミックスは当初のインスト・ヴァージョンの状態である(ブートにも未収録)。当然ながらヴォーカルは入っていないが、他にも長いイントロでのボ・ディドリー風のギターやパーカッション、間奏などのリード・ギターを欠き、淡々としたジャムの域をまだ超えていない。公式ヴァージョンと聴き比べると、ポールのアレンジャーとしてのセンスのよさを痛感する。いきなりハードになるエンディングはなく、この部分は別録音で後から連結した可能性も考えられる。
4.ワイルド・ライフ
短い弾き語りパートの有無以外は各楽器のバランスなどに目立った差異がなく、公式ヴァージョンとラフ・ミックスはよく似ているが、特筆すべき差分も散見される。分かりやすいのは、ラフ・ミックスではリンダとデニー・レインの「ウー」というコーラスが第2節から、最初の間奏でソロを披露するリード・ギターがその手前からそれぞれ入り始めている点であろう。イントロと第1節のサビで、完成形では消されそうなハミングや口笛が残されているのはラフ・ミックスならでは。フェードアウトも公式ヴァージョンよりわずかに長い。ブートでは、30秒ほどの断片がモノラルで出回っていた。
5.サム・ピープル・ネヴァー・ノウ
公式ヴァージョンではピアノと鈴がステレオの左、オルガンが右に配置されているが、このラフ・ミックスでは逆になっている。また、公式ヴァージョンでは最初のサビまで入らないオルガンがイントロからずっと演奏されている。最初の間奏(リンダが誤って“Only love〜”と歌いかけているのが微笑ましい)にはギター・ソロがなく、代わりにタイトルコールがはっきり聞き取れる。著しく印象が異なるのが3度目のサビで、公式ヴァージョンはリード・ヴォーカルがコーラスに埋もれるという変なミックスが施されていたが、ここではコーラスを排しリード・ヴォーカルを(前半はあやふやなものの)前面に出した上で、公式ヴァージョンには全く登場しないトランペットをフィーチャー。吹いているのはポールかデニー・シーウェルであろう。アウトロはボンゴがだいぶ手前から聞こえ始め、甲高いクラリネットのような音(プラスチック製のチューブを回して鳴らしている)がまだない。既にブートで聴くことができたが、音はモノラルだった。
6.アイ・アム・ユア・シンガー
ラフ・ミックスが8曲中最も公式ヴァージョンに近いのがこの曲で、両方を交互に聴き比べても違いを容易に見つけることができない。この曲はアラン・パーソンズがたたき台として制作したミックス(日付はラフ・ミックスと同じ)がそのままアルバムに採用されたので、もしかしたら全く同一の内容なのかもしれない。このラフ・ミックスはブートにはモノラルで収録されていた。
7.トゥモロウ
「ビップ・ボップ」と同様、この曲も実は公式発表にあたってピッチを半音上げている。ラフ・ミックスは実際のピッチのままだが、突き抜けるような爽快感を失って、やはり公式ヴァージョンに聴き親しんだ耳には違和感たっぷり。さらに、曲のイメージを決定付ける3声のハーモニーが加わる前のためずいぶん地味になってしまっている。Bメロでのポールとリンダの合いの手は公式ヴァージョンにない要素。公式ヴァージョンではリズム・ギターがステレオの中央左寄り、ピアノが中央に配置されているが、ラフ・ミックスでは左右にはっきり分かれている。また、曲がいったんブレイクする箇所にハードなエレキ・ギター1音がない。この曲のラフ・ミックスはブートにも流出していなかった。
8.ディア・フレンド
リチャード・ヒューソンがアレンジしたオーケストラが印象に残る曲だが、そのレコーディングはラフ・ミックス制作から2ヶ月後の1971年10月16日に行われた。そのため、ここではピアノ、ドラムス、ビブラホンのみのシンプル極まりない演奏で、まるでビートルズのアルバム『アンソロジー3』に収録された「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」を聴いているかのよう。特に後半オーケストラに隠れてしまっていたビブラホンやポールのスキャットがよく聞こえるのがおいしい。公式ヴァージョンではステレオ中央のピアノとドラムスは、ラフ・ミックスではそれぞれ右と左に配されている。これもブートに流出していなかったレア音源。なお、本リマスター盤の発売に合わせて「オーケストラ・アップ」という名の別ミックスがポールの公式サイトで無料公開されているが、そちらは逆にオーケストラの出番を増やしていてラフ・ミックスとは対照的だ。
CD 3
1.グッド・ロッキン・トゥナイト
本ボーナス・ディスクの前半5曲は、今回の再発売でボーナスDVDに収録され、ついに全貌が明らかになったホーム・ムービー「スコットランド 1971」(1971年6月6日撮影)より。オーディオ・トラックの方は「ビップ・ボップ」「ヘイ・ディドル」が短く編集されたメドレー形式で既に公式発表されていたが、5曲すべてがフル・ヴァージョンで収録されるのはブートも含め今回が初めて。DVDの項で詳述するが、全曲がポールによるアコースティック・ギター弾き語りで、発売されたばかりのアルバム『ラム』のように田舎の香りが漂うサウンドだ。
「グッド・ロッキン・トゥナイト」はカヴァー曲で、1947年に作曲者のロイ・ブラウンが発表したのがオリジナル。エルビス・プレスリーがサン・レコード時代に録音したヴァージョン(1954年)が一番有名であろう。ポールも1991年に米国MTVの音楽番組「アンプラグド・ショー」に出演した際にこの曲を取り上げ、アルバム『公式海賊盤』でリリースしている。また、同年のシークレット・ギグと1993年のニュー・ワールド・ツアーでレパートリーに加えた。それから20年ほど遡ったこの弾き語りデモは'90年代と同様に、敬愛するエルビスのヴァージョンに寄せた演奏。1分にも満たないが、リンダも時々一緒に歌って楽しい雰囲気を増幅させている。この曲が「スコットランド 1971」で演奏されていたことは全く知られていなかった。
2.ビップ・ボップ
このデモは2001年のベスト盤『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』で陽の目を浴びたものと同じテイクだが、ベスト盤では実際の演奏から1分半近くもカットされてしまっていた。今回はその箇所も初収録され、ノーカットで聴くことができる。リンダがコーラスを入れる頻度が高くなったのがうれしい。デモではキーがスタジオ・ヴァージョンより全音(ラフ・ミックスより半音)低く、歌詞は半分出来上がっている。娘のヘザーとメアリーが周りで騒ぎ始め、それに呼応するかのようにポールもテンションを上げてゆく。
3.ヘイ・ディドル
ポールが1970年に書いた曲で、スタジオ・ヴァージョンは『ラム』セッション中の同年10月にレコーディングされたがお蔵入りに。1974年にはウイングスがリハーサルを行っていたナッシュビル(米国テネシー州)でカントリー風のオーバーダブが施された。その後、未発表曲を集めたアルバム『コールド・カッツ』の構想が4度(1978年・1980年・1981年・1986年)にわたり持ち上がった際に収録曲候補となり、断続的にリミックスが繰り返されたが、今度はアルバムの計画自体が頓挫。「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは、2012年に再発売された『ラム』に1970年当初のミックスが、2014年に再発売された『ヴィーナス・アンド・マース』に1974年のミックスがボーナス・トラックとして収録され陽の目を浴びた。
一方、このデモはベスト盤『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』に収録されたもの(曲自体はこの時が初の公式発表であった)と同じテイクだが、途中の約40秒がカットされていた。フル・ヴァージョンが公式発表されるのは、オーディオ・トラックとしては初めてである。スタジオ・ヴァージョンをレコーディング済みなこともあり、「ビップ・ボップ」よりもポールの演奏や歌い方に自信と安定感が見られ、リンダも積極的にコーラスに参加している。間奏のソロ・フレーズをスキャットで再現しているのが面白い。
4.シー・ガット・イット・グッド
今回のリマスター盤で初めて陽の目を浴びた未発表曲。とはいえ、ブートにも手を伸ばしているコアなファンなら聴き覚えがあるはず。実はこの曲、「The Piano Tape」のタイトルでブート化されていたピアノ・デモ集の収録曲なのである。「The Piano Tape」には、ポールがカセット・テープに何回かに分けて直接録音したと思われる約1時間に及ぶピアノ・デモが収録されており、1974年にロサンゼルスの自宅で録音されたというのが通説だった(ちなみに、2011年に「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズで再発売されたアルバム『ポール・マッカートニー』のボーナス・トラック「ウーマン・カインド」はこのピアノ・デモの音源)。
「シー・ガット・イット・グッド」が「The Piano Tape」以外で取り上げられた形跡はこれまで確認されておらず、「スコットランド 1971」で演奏されていた(つまり、1971年の時点で曲が存在していた)事実はブートはおろか文献ですら知る由もなかった。ポール・マニアであればあるほど驚きの新発見と言えよう。この弾き語りデモにおいても「The Piano Tape」で聴くことのできたメロとサビのみの単純な曲構成だが、楽器がピアノからアコースティック・ギターに変わっただけでメロディの持つブルージーさがいっそう強調されている。
5.アイ・アム・ユア・シンガー
「ビップ・ボップ」「ヘイ・ディドル」とは違い、このデモはオーディオ・トラックが発表される機会がなく、映像作品の中でしか聴くことができなかった。フル・コーラス収録されるのはブートも含め今回が初めて。メロディ・歌詞・曲構成は既に完成していて、リンダのソロ・パートも存在するが、キーはスタジオ・ヴァージョンより全音低く、テンポがスローなのもあいまって実にメランコリックである。それでもポールとリンダの希望にあふれるデュエットは、スタジオ・ヴァージョンに負けず劣らず息が合っていて美しい。エンディングが唐突なのが少し残念かも。
6.アウトテイク I
本ボーナス・ディスクには、『ウイングス・ワイルド・ライフ』のミキシング作業が進行していた1971年10月9日に行われたジャム・セッションより、正式なタイトルのないアドリブ・インストが3曲点在している。いずれもポールが弾いていると思われるアコースティック・ギターのみの演奏で、アルバムに収録された「ビップ・ボップ(リンク)」「マンボ(リンク)」のように即興性が強い(前者は同月2日、後者は前日・8日の録音)。3曲ともブートからも漏れていた完全初登場の音源で、『ウイングス・ワイルド・ライフ』セッションには未発表曲が存在しないと考えられてきただけに、小曲ながらも定説を塗り替える大発見である。「アウトテイク I」では、ビートルズ・ナンバー「ハー・マジェスティ」をほうふつさせる伴奏にのせてポールとリンダが(あまりよく聞き取れないが)アドリブで歌う。メロディはなかなかキャッチーなので、しっかり仕上げていたらそこそこの曲に進化していたと思います。
7.ディア・フレンド
当時険悪な仲にあったジョン・レノンに対するアンサー・ソング「ディア・フレンド」のホーム・デモ(録音時期は不明)は、3テイクをブートで聴くことができたが、今回はそのうち2つがボーナス・トラックに選ばれるに至った(もう1つのテイクは約30秒のインスト・ヴァージョンなので未収録に終わったのも理解できる)。まず「ホーム・レコーディング I」は5分近い演奏で、その間第1節と第2節をひたすら繰り返す。ファルセット気味にもなりながら切々とピアノを弾き語るポールから、オーケストラを交えたスタジオ・ヴァージョンとはまた違った悲愴感がひしひしと伝わってくる。スタジオ・ヴァージョンはすべての節を“Or is it true?(それとも本当の話)”で締めているが、ここでは一部“Or are you blue?(それとも憂鬱なの)”となっている。自宅での録音らしく、所々でリンダの話し声や子供たちの騒ぎ声が聞こえる。
8.ディア・フレンド
続く「ホーム・レコーディング II」もシンプルなピアノ弾き語りで、物悲しい雰囲気も「I」と同様だが、こちらの演奏時間は2分にとどまっている。繰り返しが多く重苦しさも並々ならぬ「I」に比べて圧倒的に聴きやすい。室内の雑音もほとんど入っていない。第1節→第2節→アウトロという構成だが、第2節とアウトロは再び“Or are you blue?”で締めている。アウトロの弾き方やスキャットはスタジオ・ヴァージョンにかなり近づいている。
9.アウトテイク II
1971年10月9日のロックンロール・ジャムより。「アウトテイク I」よりもアップテンポで、メチャクチャなコーラスや手拍子も入って楽しそう。思わず立ち上がって踊り出したくなっちゃいますが、13秒ではあっという間に終わってしまいますね・・・。
10.インディード・アイ・ドゥ
'70年代初頭(詳細な録音時期は不明。曲自体は1970年夏には書かれていたと言われる)にデモを残したもののお蔵入りとなり、今回初めて公式発表される未発表曲。キャッチーなサビがポールならではのポップ・ナンバーで、『ラム』セッションで取り上げていたら「出ておいでよ、お嬢さん」や「ア・ラヴ・フォー・ユー」のように成長していたであろうと容易に想像できる。ポールはアコースティック・ギターを弾きながら歌い、リンダが耳に残る合いの手とほのぼのしたコーラスを加える。
ブートでは既に出回っていた曲で、4分に及ぶ演奏が収録されていた。一方、今回発表されたのは出だしの1分あまりのみと、ブートで聴いてきたマニアにとっては消化不良なエディット・ヴァージョンになってしまっている。完全版では後半、サビが確立されているのに対しメロが全く異なるメロディに変わっていて、作曲中の試行錯誤が分かり興味深いのに・・・。ポールは未完成な所を聴かれるのがはずかしかったのでしょうか(あるいは終盤テープの音質が一時的に悪化する箇所がどうしようもなかったか?)。いずれにせよ、『ウイングス・ワイルド・ライフ』関連のアウトテイクでは最重要の必聴アイテムだと思っていたので、ようやく公式発表されたことを歓迎したいですね!
11.ホエン・ザ・ウインド・イズ・ブロウイング
今回のリマスター盤で初めて陽の目を浴びた未発表曲。1969年8月にリンダがメアリーを出産した際に、ポールが病院で目にしたパブロ・ピカソ作の絵画「老いたギター弾き」にインスパイアされて書かれた。『ラム』セッションで取り上げられ1970年10月20日にレコーディングされたが、アルバムからは収録漏れになってしまった。その後1978年に、ポールが映画化版権を持つ漫画「くまのルパート(Rupert The Bear)」のアニメ化が構想されると、この曲がサントラの収録曲候補に挙がったが、計画の白紙化と共に再度お蔵入りに。1999年にはTV番組「マイケル・パーキンソン・ショー」で公の場で初披露している。さらに、「オンリー・ワン」「フォー・ファイヴ・セカンズ」で共演したカニエ・ウェストに曲誕生のエピソードを紹介したことがきっかけで、彼のシングル曲「オール・デイ」(2015年)にこの曲のメロディとポールの演奏(2014年に再演したもの)が流用された。
ブートで聴くことができた曲で、最初期のブートでは筆記体で書かれたタイトルが読み間違えられ「Cohen The Wind Is Blowing」と誤記されていた。「ジャンク」の系譜を継ぐセンチメンタルなバラードで、ポールはスキャットを中心にささやくように歌う。アコースティック・ギターはポールとデヴィッド・スピノザ、ドラムスはデニー・シーウェル。エンディングのさりげない口笛も味わい深い。「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズで再発売された『ラム』にボーナス・トラックとして収録されなかった時は不思議に思えましたが、まさかこっちで発表されるとは!何の迷いもなく本ボーナス・ディスクのハイライトと断言できます。とにかく美しい。
12.グレート・コック・アンド・シーガル・レース
『ラム』セッションでレコーディングされたブルース進行のインスト・ナンバー。セッション中の仮タイトルは「Blues」。2種類のヴァージョンが「Breakfast Blues」「Rooster」など勝手に名づけられたタイトルでブートに流出した後、それらとは異なるミックス(1971年7月13日に手がけられた「ディクソン・ヴァン・ウィンクル・ミックス」)が「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズで再発売された『ラム』のボーナス・トラックとして公式発表された。今回収録されているのは、1971年12月17日に制作された初登場のラフ・ミックスである(タイトルも冠詞“The”が付いている)。このミックスは『ウイングス・ワイルド・ライフ』のプロモーションのためラジオで流すことを念頭に作られ、実際にニューヨークのラジオ局WCBSで放送された。それからウイングスのサード・シングル「ハイ・ハイ・ハイ」(1972年12月発売)のB面に収録される予定だったが、結局は「C・ムーン」にその座を譲った。
「ディクソン・ヴァン・ウィンクル・ミックス」と本ラフ・ミックスを比べると、前者がステレオなのに対し後者はモノラルで、ピッチも半音下げている。また、ギター・フレーズの採否の按配が異なるほか、ラフ・ミックスはエレキ・ピアノとパーカッション(タンバリン&ビブラスラップ)がオーバーダブされている。最大の違いは、ラフ・ミックスではいったん曲がブレイクした後に演奏が再開し、「ディクソン・ヴァン・ウィンクル・ミックス」よりも演奏時間が1分以上も長い点。ラフ・ミックスはブートに収録されていた2ヴァージョンのうち1つとよく似ているが、ブートの方はステレオである上に、ブレイク後の演奏にフレクサトーン(「ちゅいーん」という音)などのパーカッションが加えられ、イントロ前にはタイトルのゆえんと言える鶏&海鳥の鳴き声が挿入されている。コーラスを大々的に追加したもう1つの未発表ヴァージョン共々、ブート収録のミックスを発表してくれた方が完成度も高くうれしかった気もしますが・・・。
13.アウトテイク III
またもや1971年10月9日のロックンロール・ジャムより。これといって説明のしようのないリフを1回繰り返すのみで、たったの10秒で終わってしまう。これが何かのイントロであれば聴く者を惹きつける魅力も生まれてきそうですが・・・(汗)。
14.アイルランドに平和を
ウイングスのファースト・シングルで、1972年2月に発売され英国で最高16位・米国で最高21位。アルバムには未収録となり、1993年に『ウイングス・ワイルド・ライフ』が「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズで再発売された際にボーナス・トラックに追加された。ベスト盤『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』にも収録予定だったが、土壇場で曲目が見直され実現しなかった。
英国の支配下にある北アイルランドのロンドンデリーで、英国軍が市民のデモ隊に発砲し、14名のアイルランド人が犠牲となった「血の日曜日事件」(1972年1月30日)に激怒したポールが1日で書き上げたという、その長いキャリアでも珍しいプロテスト・ソング。「アイルランドをアイルランド人に返せ」という政治的な詞作ゆえに、英国BBCなどから放送禁止処分を受けた。1週間前にウイングスに加入したばかりのリード・ギタリスト、ヘンリー・マッカロクがギター・ソロを弾いている。1972年の大学ツアーとヨーロッパ・ツアーでセットリスト入りした。
15.アイルランドに平和を(ヴァージョン)
シングル「アイルランドに平和を」B面に収録された、同曲のインスト・ヴァージョン。長い間シングルでしか聴くことができず、2007年に『ウイングス・ワイルド・ライフ』がiTunesで発売された際にボーナス・トラックとして入手できるようになったが、今回ようやくファン念願の初CD化を果たした。インスト・ヴァージョンと言ってもA面の純粋なカラオケではなく、ベーシック・トラックに手を加えて全く別の内容になっているのが特徴。A面はエレキ・ギター中心のロック・テイストだが、ここではリコーダーをメインに据えて、とぼけた感じを出しているのが面白い(笑)。また、所々ポールがバンドに指示を出す声が入るなど全体的に雑な仕上がりで、悪く言えば手抜きなアレンジ(個人的には結構気に入っているのですが)。なお、「ヴァージョン」という名前は、レゲエのレコード業界でシングルB面にA面のインスト・ヴァージョンを収録する際の慣例に倣ったもの。
16.ラヴ・イズ・ストレンジ[シングル・エディット]
1972年1月に発売を控えていたシングル「ラヴ・イズ・ストレンジ」に収録された、同曲のエディット・ヴァージョン。このシングルはB面に「アイ・アム・ユア・シンガー」を収録し、R5932という型番まで準備されていたが、「血の日曜日事件」に抗議するためポールが「アイルランドに平和を」のシングル発売を急遽決めたことを受け幻になってしまった。以降、シングル・エディットはプロモ・シングルが制作されることもなく発表の機会を失っていたが、46年もの歳月を経てついに初商品化されるに至った(ブートにも未収録であった)。編集ポイントは1ヶ所で、単純にアルバム・ヴァージョンの冒頭35秒をカットして最初のドラム・ソロから始まるようにしている。CD 1とは違い、エンディングに音声データの異常がなくオリジナル通り楽しむことができる。
17.アフリカン・イエー・イエー
今回のリマスター盤で初めて陽の目を浴びた未発表曲。次作『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションの中休みにあたる1972年8月末(同月はヨーロッパ・ツアーの真っ最中なので、帰国後のことであろう)に、スコットランドにあるポールの自宅スタジオ「ルード・スタジオ」でレコーディングされた即興性の強いジャム・ナンバー。アフリカを意識したリズムにのせて、ポールがランダムに掛け声を繰り出し、他のメンバーがそれを真似して応える。語感を重視した意味不明な掛け声のチョイスや歌い方もアフリカの原住民っぽくて、つい一緒に「イエーイエー」と返したくなってきます(苦笑)。ここでは途中でフェードアウトしてしまうが、ブートではその後も演奏が続く約5分の完全版を聴くことができた(もっとも、カットされた箇所もずっと同じようにコール&レスポンスしているだけですが・・・)。
〜シークレット・トラック〜
* 聖者の行進
「アフリカン・イエー・イエー」が終わった後に20秒の無音部分を挟んでこの曲が収録されている(前曲と同じトラックに収められているため頭出しはできない)。タイトルがクレジットされていないシークレット・トラックで、レコーディング・データもブックレットに掲載されていないので詳細は不明だが、『ウイングス・ワイルド・ライフ』セッションが行われた1971年7月から翌1972年にかけての時期に、特に目的もなく行き当たりばったりで録音されたものと考えられる。ブートにも収録されていなかった完全初登場のレア音源である。
この曲はあまりに有名な黒人霊歌で、ジャズのスタンダード・ナンバーとなっている。ポールにとっても馴染み深い1曲で、ビートルズはデビュー前のハンブルク巡業中にトニー・シェリダンのバック・バンドとしてこの曲を演奏している(トニーのシングル「マイ・ボニー」B面に収録)。また近年も、新型コロナウイルスのパンデミックで自粛を強いられたミュージシャンを支援するために開催された配信チャリティ・イベント「ラウンド・ミッドナイト・プリザーヴス」(2020年6月20日)で豪華アーティストたちがこの曲をカヴァーした際に、ポールはトランペットとヴォーカルで参加している。今回収録されたウイングス・ヴァージョンは、ピアノがバックをつとめ、トランペットがメインのメロディを奏でるインスト・ヴァージョン。「ラウンド・ミッドナイト・プリザーヴス」での実績を考慮すると、恐らくポールがトランペットを吹いている(ポールいわく、トランペットで唯一演奏できるのが「聖者の行進」とのこと)。
DVD
1.スコットランド 1971
1971年6月6日にスコットランドの農場で撮影されたホーム・ムービー(カメラマンはニック・ラングレー)。ひげ面のポールが地面に座り、アコースティック・ギターで5曲を軽く弾き語る様子が捉えられている。隣にはリンダが座りコーラスをつけ、周りではヘザーとメアリーがはしゃぎ回っているのが家庭的でほのぼの。このホーム・ムービーは様々な映像作品に抜粋されてきたため、ファンの間ではすっかり知られているが、まとまった形かつノーカットでの収録は今回が初めてである。特に、「グッド・ロッキン・トゥナイト」「シー・ガット・イット・グッド」のシーンはこれまで一切見ることができなかった。
映像は初公開となる「グッド・ロッキン・トゥナイト」で幕を開ける。リンダがコップから水を飲ませているのは、ビートルズ・ナンバー「マーサ・マイ・ディア」の題材となった愛犬マーサ。続く「ビップ・ボップ」は、ウイングスのドキュメンタリー・フィルム「ウイングス・オーヴァー・ザ・ワールド」(1979年)や1993年ニュー・ワールド・ツアーのプレショーのフィルムに断片が使用されていた。コップやブーツを持って動き回ったり、ヘザーとロープで遊んだりするメアリーがかわいらしい。3曲目の「ヘイ・ディドル」の演奏シーンは、既に「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズで再発売された『ラム』のボーナスDVDにフル収録されているが、その時よりもコントラストが明るめである。仲睦まじくデュエットするポールとリンダの姿をたっぷり堪能できる。
未発表だった「シー・ガット・イット・グッド」からはカメラのポジションが変わり、ポールがどのようにギターを弾いているかがより分かりやすくなる。ヘザーはいつのまに海藻を腰に着け引きずっている。「アイ・アム・ユア・シンガー」はウイングスのドキュメンタリー「夢の翼」(2001年)のラスト・シーンに選ばれていたが、やはり断片的収録だった。他の曲よりも子供たちの出番が減っているので、その分ポールのパフォーマンスに集中して見ることができる(手つきもクローズアップされるのがうれしい限り)。ソロ・パートを歌うリンダはどこか照れくさそう。
2.ザ・ボール
未発表映像。1971年11月8日に開かれたウイングスの結成披露パーティーの模様である。キース・ムーン、ジョン・エントウィッスル(以上ザ・フー)、ジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)、ロニー・レインらフェイセズのメンバー、エルトン・ジョン、メリー・ホプキンなど豪華な顔ぶれのゲスト約800名が招待されたこのパーティーでは、完成したばかりの『ウイングス・ワイルド・ライフ』が初公開されたほか、レイ・マクヴェイのバンドによる演奏にのせたダンスや抽選会が食事と共に用意された。「記者会見は夜遊びするにはうってつけの口実なんだ」とはポールの弁。映像は「夢の翼」で一部見ることができたが、今回はずっと長く、4分近くも収録されている。BGMは「マンボ」。
まず、会場となったエンパイア・ボールルーム(ロンドン、レスター・スクエア)にポールとリンダが到着する。ポールはタータン柄のスーツを着ているが、実はこれは未完成で、縫い目が全部露出していたという。続いて、招かれたゲストたちが次々と会場入りする様子が映し出されてゆく。ウイングスのメンバーであるデニー・レインとデニー・シーウェルはもちろん登場。どれが誰かを当ててみるのも一興かもしれない。各人が手にし、受付に提示しているのはポール直筆の招待状(「デラックス・エディション」付属のファイル「Wild Life」に複製が収められている)で、抽選会で使う番号が1枚ずつ振ってあった。会場入りした後のパーティー本番の映像がないのが惜しまれますが、当日の大騒ぎが目に浮かんでくるような賑やかな光景です。
3.ICAリハーサル
未発表映像。『ウイングス・ワイルド・ライフ』発売後の1972年2月にグループ初のライヴ活動として敢行した大学ツアーに向け、ウイングスは同月2〜7日にロンドンのインスティチュート・オブ・コンテンポラリー・アーツ(ICA)でリハーサルを行ったが、その風景を撮影したものである。ティコ・フィルムズが撮影した約85分のフィルムのうち、「ザ・メス」が「夢の翼」に、「ルシール」(本DVDには未収録)が「ウイングス・オーヴァー・ザ・ワールド」とドキュメンタリー作品「ポートレイト〜プレス・トゥ・プレイ1986〜」(1986年)に、「ワイルド・ライフ」(本DVDには未収録)がプロモ・ヴィデオ集「ポール・マッカートニー・アンソロジー(The McCartney Years)」(2007年)のメニュー画面にそれぞれ一部抜粋の形で収録・公式発表されていたが、今回はモノクロながら(カラーで撮られたはずなのですが・・・)初登場を含む演奏を3曲もほぼフル・コーラス楽しむことができる。リハーサルでは他にも、「ビップ・ボップ」「ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」「シーサイド・ウーマン」「メイベリーン」が試されたという。
ヘンリーと2人のデニーが現地入りする冒頭のシーン(この部分のみカラー)は、「夢の翼」や「The McCartney Years」のメニュー画面でも見ることができる。1973年のシングル「マイ・ラヴ」B面にヨーロッパ・ツアーでのライヴ・ヴァージョンが収録された「ザ・メス」は複雑な展開を持つ曲だが、このリハーサルや大学ツアーではさらに複雑で、かつ繰り返しが多かった。節と節の間にいちいち長い間奏を挟む点や、Bメロに入るリンダの合いの手はこの時期ならではの特徴である。変わらないのはポールのロック・ヴォーカルで、リッケンバッカーのベースを弾きながらの熱唱がかっこいい。ヘンリーのギターにはきれいなデコレーションが施されている。「アイルランドに平和を」は曲が書かれてから1週間も経っていないが、十分に練習したおかげかすっかりこなれている。この曲でもポールは熱いヴォーカルを披露。リンダが負けじとノリノリで声も大きく聞こえる。間奏ではポールの掛け声に応える形でヘンリーがソロを弾くが、映像は終始デニー・レインをクローズアップしているのはご愛嬌(個人的にはおいしいですが)。
最後は、公式発表前からコンサートで取り上げられ、シングル・ヒットとなった後もセットリストに定着した「マイ・ラヴ」(『レッド・ローズ・スピードウェイ』収録曲)の最初期ヴァージョン。スタジオ・ヴァージョンよりも繰り返しが多く、演奏時間は5分にも及ぶ。また、第1節の“I know my heart can stay〜”が“My heart can always stay〜”になっている。この曲ではポールはオルガンを弾き、デニー・レインがベースを、リンダがタンバリンを担当。1本のマイクを分け合って笑顔で歌うリンダとデニー・レインはウイングスの象徴的な光景である。スタジオ・ヴァージョンでは渾身のギター・ソロでポールを感嘆させたヘンリーだが、ここではまだまだ手抜き気味に感じられる(汗)。エンディングにかぶさるポール&リンダのポーズと、ヘンリーの渋い表情がきまっている。どの曲にも共通するが、各メンバーを平等に映していて、バンドの活動期間中ポールが絶えず徹底してきた「ウイングス民主主義」を体現している。
4.アイルランドに平和を(リハーサル)
未発表映像。米国ABCのニュース番組が、ロンドンにあるポールの自宅で行われたウイングスのリハーサルを取材した際に撮られたものである。撮影日はスタジオ・ヴァージョンが録音された1972年2月1日とクレジットされているが、1972年3月7日とする向きもある。ブートでは放送用に編集される前のフィルム(約7分・計3テイクの演奏と、9分あまりのインタビュー)が出回っていたが、今回収録されたテイクは今まで見ることができなかった(流出済みのものと合致するシーンがわずかにあるものの)。演奏自体は「ICAリハーサル」よりも粗削りだが、全編鮮明なカラーで、ヘンリーがソロを弾く姿をばっちり見られるのがうれしい所。体を揺らしながらシャウトや崩し歌いを繰り広げるポールが何ともかっこいい。リンダはグランドピアノを弾いている。欲を言えば、インタビューの方も収録してくれたら北アイルランド問題に関する当時のポールの見解も分かってベストだったのですが・・・。