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アルバム『タッグ・オブ・ウォー』の制作過程などの解説はこちらをごらんください。
ジョン・レノンの死とウイングス解散を経て完成し、「'80年代ポールの名盤」との呼び声も高いアルバム『タッグ・オブ・ウォー』(1982年)のリマスター盤。2007年にヒア・ミュージックに移籍したポールは、過去に発表したアルバムを「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」というシリーズとしてヒア・ミュージックから再発売するプロジェクトに着手していますが、この『タッグ・オブ・ウォー』はその第8弾にあたります。シリーズ第9弾の『パイプス・オブ・ピース』(1983年・『タッグ・オブ・ウォー』の次作)と同時発売されました。『タッグ・オブ・ウォー』の大規模な再発売は、1993年のリマスター盤「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズ以来となります。
【発売形態】
今回の再発売では、『タッグ・オブ・ウォー』は2種類の仕様で登場しました。1つは、新たにミックスし直されたアルバム本編を収録したCDと、アルバム未収録曲やアウトテイクを収録したボーナス・ディスクによるCD2枚組の「デラックス・エディション(Special Edition)」。もう1つは、「デラックス・エディション」のCD2枚に加えて1982年当時のミックスによるアルバム本編を収録したボーナスCDもう1枚と、アルバムに関連する映像を集めたDVDが付き、112ページに及ぶエッセイ・ブック(ポールの愛妻リンダ撮影の貴重な写真や、アルバム制作過程の完全解説などを掲載)と64ページのスクラップ・ブック(ポール手書きの歌詞やメモ、貴重な写真などを掲載)をケースに収めたCD3枚組+DVD1枚組の「スーパー・デラックス・エディション(Deluxe Edition)」です。「スーパー・デラックス・エディション」は、インターネットを介して高音質楽曲データをダウンロードできる特典付き。CDは、すべてのCDプレイヤーで再生可能な高音質CDであるSHM-CDが採用されています(日本盤のみ)。
【収録内容】
では、全ディスクを網羅した「スーパー・デラックス・エディション」を基に収録内容を見てゆきましょう。まず全仕様共通のCD 1には、1982年に発売されたオリジナルの『タッグ・オブ・ウォー』を全曲リミックスしたものが収録されています。これまでは基本的にオリジナルのマスター・テープを使用してノイズ除去などを施しただけのリマスターであったため、アルバム全体のミックスをやり直すのは「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズ史上初のことです(なお、本作のみリマスターでなくリミックスが選択された理由について、1982年当時エンジニアをつとめたジェフ・エメリックは「アルバムのマスター・テープが一時期行方不明になったため」と説明している)。オリジナルのアナログ・マルチトラック・テープに遡ってのリミックス作業はポール立ち会いのもとスティーヴ・オーチャードが手がけ、ロンドンのアビイ・ロード・スタジオにてマスタリングされていて、過去の再発盤に比べて音質が向上しています。
「リミックス」と聞くとクラブ・シーンで見られるような大胆な原曲の改変をイメージしがちですが、ここで言うリミックスはそのような類ではなく、各楽器のステレオ配置・音量のバランスやエフェクトなどはむしろ可能な限りオリジナルのミックスを忠実に再現するよう細心の注意が払われています。その上でポールが改善点を指摘し、細かな修正を加えたものが収録されているのです。そのため、ざっと聴いただけではミックス面でオリジナルとの違いを挙げるのが難しいほどの仕上がりで、オリジナルに聴き親しんでいて「リミックス」という言葉に不安を覚える往年のファンも一安心してよいと言えるでしょう(深く聴き込みすぎて些細な変更も許せないという方は気になるかもしれませんが・・・)。ポールが指摘した改善点と考えられる変更は、「ゲット・イット」の右チャンネルに新たなギター・フレーズが追加されたり、「ドレス・ミー・アップ・アズ・ア・ラバー」の間奏でエフェクトの加減が異なったりする辺りが顕著ですが、いずれも曲のイメージをがらりと変えるほどではなく、ポール本人の監修による修正でもあるので個人的には許容できる範囲だと思います。
続いて、「スーパー・デラックス・エディション」のみのボーナス・ディスクであるCD 2には、『タッグ・オブ・ウォー』のオリジナル・ミックス(1982年の発表時と同一のミックス)を収録しています。たとえボーナス・ディスクという形であっても、実際にNo.1ヒットとなり、長年世界中のリスナーに愛され続けた元々のヴァージョンを廃盤にせず残してくれたのはうれしい限りです。ただし、前述の通りマスター・テープを使用できなかったため、ここには過去に発売されたCDからそのまま流用した音源が収録されていて、デジタル・リマスタリングは施されていません。
そして、全仕様共通のボーナス・ディスクであるCD 3には、『タッグ・オブ・ウォー』の関連楽曲を11曲収録しています。全曲デジタル・リマスタリングが施されていますが、これまで未発表だった音源が多く含まれているのが魅力的です。「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでは1曲もボーナス・トラックが収録されていなかっただけに朗報です。CD 1収録曲と異なり、ブックレットには歌詞は掲載されていません(ただし日本盤には歌詞・対訳が掲載されたブックレットが別途用意されている)。
既発表のものから見てみると、「レインクラウズ」と「アイル・ギヴ・ユー・ア・リング」はアルバムと同時期にレコーディングされシングルB面に収録された曲です。この2曲は今までシングル以外で聴くことができず長年入手困難でしたが、今回待望の初CD化を果たしました。また、ポールのみがヴォーカルを取る「エボニー・アンド・アイヴォリー」のソロ・ヴァージョンも、ネット配信こそされていたものの同じく初CD化となります。いずれもポール・ファンならぜひ聴いておきたい佳曲なので、この3曲を一挙に入手できる本リマスター盤はそれだけで必携です。
残る8曲が未発表音源で、いずれも1980年8月にポールが1人で制作したデモ・テープに収録されていたものです。これらはブートでは既に出回っていて存在自体は知られていましたが、非正規でしか入手できなかったものを高音質で手軽に楽しめる喜びはひとしおです(しかも初の全曲ステレオ収録)。「エボニー・アンド・アイヴォリー」「テイク・イット・アウェイ」「ボールルーム・ダンシング」といった『タッグ・オブ・ウォー』収録曲のまさに生まれたての状態を知ることができ、アレンジが固まるまでのポールの試行錯誤や曲作りの秘訣が手に取るように分かるという、ファンならば興味深い内容ばかりです。中にはお蔵入りになった未発表曲「ストップ、ユー・ドント・ノウ・ホエア・シー・ケイム・フロム」や、最終的に「ザ・パウンド・イズ・シンキング」に組み込まれることとなる「サムシング・ザット・ディドント・ハプン」もあります。欲を言えば、同じデモ・テープからブートで聴くことのできる4つの未発表曲(「Unbelievable Experience」「Boil Crisis」「Give Us A Chord Roy」「Seems Like Old Time」)も追加して完全網羅してほしかったですが・・・マニアの間でしか流通していなかった音源を最高の形で世に送り出してくれたポールには素直に敬意を表したいですね。一連のデモ・ヴァージョンでは、「エボニー・アンド・アイヴォリー」と「ワンダーラスト」が美しい出来で特にお勧めです。
最後に、「スーパー・デラックス・エディション」のみ付属のDVDには、『タッグ・オブ・ウォー』関連の映像が収録されています。既に発表されているものと、これまで公式には未発表だったものとで構成されています。「タッグ・オブ・ウォー」「テイク・イット・アウェイ」「エボニー・アンド・アイヴォリー」のプロモ・ヴィデオは、いずれも公式プロモ・ヴィデオ集「ポール・マッカートニー・アンソロジー(The McCartney Years)」に収録されたものと基本的には同じ内容ですが、1982年当時に忠実な画面サイズで収録されています(一方で従来品ほどは画質向上を徹底していない)。また、「タッグ・オブ・ウォー」は2種類のプロモ・ヴィデオが収録されており、うち「ヴァージョン1」はコレクターの間でもほとんど知られていなかった幻の作品で初ソフト化です。惜しむらくは、デュエット・ヴァージョンとは異なる内容である「エボニー・アンド・アイヴォリー(ソロ・ヴァージョン)」のプロモ・ヴィデオが割愛されていることでしょうか・・・。最後の「フライ・TIA」は「テイク・イット・アウェイ」のプロモ・ヴィデオ制作の舞台裏に迫ったミニ・ドキュメンタリーです。ポールやジョージ・マーティン、リンゴ・スター、エリック・スチュワートなどの出演者や監督へのインタビューを交えながら、和気藹々とした撮影現場でのレアな映像が満載の約19分の作品です。
「スーパー・デラックス・エディション」にはエッセイ・ブックとスクラップ・ブックが付属しています(ディスクは見開き式の厚紙に別途収納されている)。112ページ型エッセイ・ブックでは、『タッグ・オブ・ウォー』が完成するまでをポール本人やジョージ・マーティン、エリック・スチュワートなどの関係者へのインタビューと、貴重な写真・資料で詳しく知ることができます。モントセラト島でのセッションはどんな感じだったのか?スティービー・ワンダーやカール・パーキンスとの共演にはどんな思い出があるのか?「エボニー・アンド・アイヴォリー」や「ヒア・トゥデイ」について・・・など、ファンなら誰もが知りたかったことを教えてくれます。リンゴがインタビューに加わっていないのは少し意外(もっとも、'80年代のことはあまり覚えていないそうですが・・・)。ジョン・レノンの死を受けて発表したポール直筆のコメントや、当時発売されたシングルのジャケットなども掲載されています。また、アルバムのアートワークに使用されたものも含め主にリンダが撮影した写真が多数収められていて、視覚的にも制作過程をうかがい知ることができます。巻末にはアルバム本編の収録曲の歌詞と、ボーナス・トラックを含めた全曲の詳細なレコーディング・データがあります。さらに、表紙のポケットには当時のポールの写真(アルバム・ジャケットに使用されたもの)が1枚収納されています。
64ページ型スクラップ・ブックには、ポールや参加ミュージシャンたちの写真(モントセラト島で撮られたものが中心)や、ポールが作詞中に作った手書きの歌詞シート(10曲分)が多数掲載され、エッセイ・ブック以上にセッションの雰囲気が伝わってきます。未発表曲も知っているポール・マニアにとっては、当初想定されていたアルバムの収録曲候補の一覧(「スウィート・リトル・ショー」「ノー・バリュース」や、未発表曲「Robbers' Ball」「Rupert Song」の記述もあり)が最も興味深い1枚ではないでしょうか。
【管理人の評価】
以上見てきたように、全曲がオリジナルに忠実にリミックス&マスタリングされて高音質に生まれ変わっただけでも、「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの『タッグ・オブ・ウォー』は以前の再発盤に比べて断然お勧めできます。「デラックス・エディション」ではアルバム未収録曲(初CD化)や未発表音源も追加収録されています。しかしより強力で、よりお勧めなのは「スーパー・デラックス・エディション」。1982年当時のオリジナル・ミックスや、入手困難なものを多く含んだ貴重な映像を収録したDVDに、『タッグ・オブ・ウォー』の歴史を詳細に凝縮した2つのブックまでも付いてくるのですから、ファンなら必携のアイテムです!完全生産限定盤のため今後入手が困難になる上、他の仕様に比べて価格も高めですが、苦労して手に入れる価値は十分あります。「なかなか手を出しづらいと思っている」、あまりディープに聴き込んでいない方や、これからポールのソロ・アルバムを集めようとしている方も、せめて「デラックス・エディション」を入手するようにしましょう。
『バンド・オン・ザ・ラン』に始まり『タッグ・オブ・ウォー』までもグレードアップして甦らせた「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは、今後もポールの旧作品を継続して再発売するとのこと。数々の名盤が新たなマテリアルと共に帰ってくることを皆さんで期待しましょう!
アルバム『タッグ・オブ・ウォー』発売30周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
【曲目解説】
CD 1
曲目解説はこちらをごらんください。
CD 2
曲目解説はこちらをごらんください。
CD 3
1.ストップ、ユー・ドント・ノウ・ホエア・シー・ケイム・フロム
本ボーナス・ディスクの前半8曲は、1980年8月にポールがスコットランドにある自宅スタジオ「ルード・スタジオ」で(本来はウイングスの新作になる予定だった)ニュー・アルバム用に制作したデモ・ヴァージョンである。すべての楽器とヴォーカルをポール1人で多重録音したこのデモ・テープでは、『タッグ・オブ・ウォー』『パイプス・オブ・ピース』の各アルバムで発表されることとなる曲や、1984年のシングル・ヒット「ウィ・オール・スタンド・トゥゲザー」、正規にレコーディングされず未発表に終わった曲など20曲以上が取り上げられた。既に'80年代末には音源のほとんどが外部に流出し、「War And Peace」「Rude Studio Demos」などのタイトルでブート化されてきたためマニアの間では定番アイテムとなっていたが、今回その中から12曲が初めて公式発表され、『タッグ・オブ・ウォー』と『パイプス・オブ・ピース』のボーナス・ディスクに分けて収録された。
この「ストップ、ユー・ドント・ノウ・ホエア・シー・ケイム・フロム」は、ごく初期の段階では『タッグ・オブ・ウォー』の収録曲候補に挙がっていたがお蔵入りになり、今回のリマスター盤で実に35年越しに陽の目を浴びる未発表曲である。ただポールのお気に入りではあったようで、ポールがDJをつとめたラジオ番組「ウーブ・ジューブ」(1995年)でも冒頭の20秒ほどだけだが放送されたことがある。シンプルなコード進行と風変わりなスタイルのヴォーカルで楽しく聞かせるニューオーリンズ風のブギウギ・ナンバー。一連のデモに収録された未発表曲の中でも特に発表されてもおかしくないレベルですが、同時期に生まれたのが名曲揃いでは分が悪かったですね・・・。もう1曲、「Seems Like Old Time」というバラードも公式発表に値する素晴らしいメロディと歌詞なのですが、今回ボーナス・ディスク入りしなかったのが残念です。
2.ワンダーラスト
公式テイクは雄大なバラードに仕上がっているが、このデモ・ヴァージョンでは最小限の楽器を使用し、ごくシンプルな演奏で聞かせる。公式テイクでの生ピアノの代わりにエレクトリック・ピアノがサウンドの中心となっている。曲構成や歌詞は未完成で、主旋律に対するカウンター・メロディが登場しないため感動にはやや欠ける。とはいえ、ポールが多重録音したハーモニーは思わず溜息が出るほど美しく、磨かれていない原石のような趣がある。これもラジオ番組「ウーブ・ジューブ」で一部のみ放送されていた。ブートでは曲が始まる前にポールの吐息を確認できるが、ここではカットされている(「ウーブ・ジューブ」でも同様にカット)。
3.ボールルーム・ダンシング
この曲は逆に公式テイクをほうふつさせるアレンジで、オールド・スタイルのピアノが曲を引っ張ってゆく点も共通する。さらには、第2節からサビのヴォーカルを1オクターブ上げるという試みまでもコーラスとして既に聴くことができる。一方で第3節の歌詞が完成していないため、第2節まで進んだ所で曲は終了する。なお、このデモを録音した前後(1980年7月&10月)にウイングスのリハーサル・セッションで取り上げた際には、一転してストレートなギター・ロックに生まれ変わっている。公式発表に至るまでアレンジが右往左往しているのが分かって面白い。
4.テイク・イット・アウェイ
アルバムからの第2弾シングルとなったこの曲は、ポールの中で既に曲想が固まっていたのだろうか、かなり丁寧に作り込まれていて「デモ」であることをあまり感じさせない。メロディも歌詞もほぼ完成しているが、第3節のみ公式テイクとは異なる歌詞で“faded flowers(枯れかかった花)”の代わりに“two more customers(もう2人の客)”が登場する(「スーパー・デラックス・エディション」付属のスクラップ・ブックに掲載された手書きの歌詞シートでは両者を確認できる)。曲構成はサビとメロを公式テイク以上に何度も繰り返すだけとなっていて、演奏面のメリハリも含めこの辺は正式なレコーディングで改良されてゆく。エンディングは公式テイクのようにフェードアウトせず、スローに締めくくる。
5.ザ・パウンド・イズ・シンキング
このデモ・ヴァージョンで目立つ楽器はアコースティック・ギター、ベース、ドラムスのみ。そのため、この曲が持つフォークっぽさを十二分に堪能できるヴァージョンとなっている。テンポは公式テイクよりスロー気味で、キーも全音下がっている。歌詞は断片的にしか書けておらず、円やドルなどが歌われるくだりもまだない。構成も起伏が激しく手探り状態だが、何と言っても特筆すべきは公式テイクの終盤に登場するパートがごっそり抜け落ちている点であろう。次トラックで明らかになる通り、このパートは元々「サムシング・ザット・ディドント・ハプン」という全く別の曲であったためである。
6.サムシング・ザット・ディドント・ハプン
タイトルだけ見ると初登場の未発表曲のようだが、実は「ザ・パウンド・イズ・シンキング」の終盤に大きくリズム・チェンジする箇所のことであり、ここには同曲に組み込まれる前の独立したヴァージョンが収録されている(ブートでは「Hear Me Lover」と名づけられていた)。公式テイクではコーラスも交えドラマチックに聞かせるハイライトとして機能しているが、このデモは終始淡々とした曲調に徹する。キーは1音半も下げている。メロディと歌詞は公式テイクで聴くことのできるものを繰り返し、間奏ではファルセットでスキャットも披露。しかし、経済問題を取り上げた「ザ・パウンド・イズ・シンキング」と、ラヴ・ソングを念頭に書かれたこの曲を合体させてしまうなんて、ポールもずいぶん大胆ですね(しかも意外と違和感がない)。ブートでは曲が始まる前にベースが2音入っているが、ここではカットされている。
7.エボニー・アンド・アイヴォリー
世界中で大ヒットしたこの曲はスティービー・ワンダーとのデュエットが話題となったが、このデモ・ヴァージョンはスティービーと実際にレコーディングを行う半年前に制作され、まさに生まれたばかりの姿を捉えた貴重な音源である。まだサビしかない状態で、演奏もエレクトリック・ピアノ弾き語りの上にポールが幾重にもハーモニーをかぶせるだけだが、超シンプルゆえにメロディの美しさが際立ち、完璧な名曲への成長を誰もが容易に予想することができる。ラジオ番組「ウーブ・ジューブ」では、曲ができるまでのエピソードと共に一部抜粋の形で放送された。ブート及び「ウーブ・ジューブ」では曲が始まる前に誰かの騒ぎ声が聞こえるが、ここではカットされている。贔屓目なしに、一連のデモ・ヴァージョンで最もお勧め&必聴です。
8.ドレス・ミー・アップ・アズ・ア・ラバー〜ラバー・リフ
3種類のデモを通じて、「ドレス・ミー・アップ・アズ・ア・ラバー」のアレンジが徐々に出来上がってゆくのが分かる。最初のデモはアコースティック・ギター弾き語りで、どんなアレンジにすべきか方針が定まっていなくポールも苦慮している模様。演奏も長くは続かない。2番目のデモでは、ダンサブルなリズムボックスをバックにギターを弾いて歌う。テンポ・アップしたことで公式テイクにイメージがだいぶ近づいている。また、ファルセット・ヴォーカルの導入やスパニッシュ・ギターのメロディ(ここではエレキ・ギターで代奏)など公式テイクにつながる要素も見られる。最後のデモは「ラバー・リフ」と呼ばれ、公式テイクのイントロで強烈な印象を残すギター・リフがようやく初登場。ヴォーカルはなく、ここで徹底的にイントロを完成させようとしている。再度リズムボックスをバックに、短いながらもラテンっぽい情熱的なプレイを聞かせる。この後、デモを聴いたジョージ・マーティンがさらなる改善を要求。中間部を追加するなどスタジオで磨きがかけられてゆく。
9.エボニー・アンド・アイヴォリー(ソロ・ヴァージョン)
1982年3月に発売された12インチシングル「エボニー・アンド・アイヴォリー」B面に収録された、同曲のソロ・ヴァージョン。長い間シングルでしか聴くことができず、2007年に『タッグ・オブ・ウォー』がiTunesで発売された際にボーナス・トラックとして入手できるようになったが、今回ようやく初CD化を果たした。「ソロ」と銘打たれている通り、スティービーが歌うパートやコーラスもすべてポールが1人でヴォーカルを取っている。演奏はデュエット・ヴァージョンと共通のベーシック・トラックを使用。一世を風靡したデュエット・ヴァージョンとは一味違う、'80年代ポールならではの大人の風格を存分に楽しめる新鮮なヴァージョン違いだ。双方を聴き比べてみるのも面白いかもしれない。なお、このソロ・ヴァージョンにもプロモ・ヴィデオが存在する。薄暗い室内でポールがピアノを弾き、黒人ダンサーが踊るシーンと、刑務所で服役中の黒人の囚人がこの曲を聴いて活力を見出す様子を交互に映すというものであった(スティービーは不在)。
10.レインクラウズ
シングル「エボニー・アンド・アイヴォリー」のB面でアルバム未収録曲。これもシングルでしか聴くことができなかった曲で、1993年の「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでもボーナス・トラックから漏れたため正規での入手は困難であった。ウイングスの結成から解散までポールの良き相棒であり続け、『タッグ・オブ・ウォー』セッションにも参加したデニー・レインとの最後の共作曲で、レコーディングもほとんどポールとデニーの2人だけで行われた。しかし、なぜか今回のリマスター盤のブックレットでは、作曲・作詞のクレジットがポールのみとなっている(当時のシングルも一部プレスでポールの単独名義と誤記されていましたが・・・)。
デニーの作風が色濃く表れたアコースティック・フォークで、牧歌的な雰囲気はウイングスのアルバム『ロンドン・タウン』に通じる。ギターが引っ張る軽快なリズムが非常に心地よく、息の合ったコーラスワークはウイングスそのもの。白眉はイリアン・パイプス(アイルランドのバグパイプ)による間奏のソロで、ザ・チーフタンズのパディ・モロニーが演奏している。元々はウイングスのために用意され、リハーサルを重ねたもののグループでは上手く行かず、デニーと一緒にアレンジを練り直していた所にジョン・レノンの訃報が舞い込む・・・といういわくつきの曲である。1980年12月9日の朝早くジョンの死を知ったポールは平静を保つためにスタジオにこもり、先述のイリアン・パイプスのソロの録音に没頭した。デニー好きということもあり個人的にはポールの数あるシングルB面曲でも屈指のお気に入りで、今回ついにCD化されたことが本当にうれしいです。
11.アイル・ギヴ・ユー・ア・リング
1982年6月に発売されたシングル「テイク・イット・アウェイ」のB面で、アルバム未収録曲。これまたシングル以外に収録されたことがなく長年入手困難だったが、今回念願の初CD化となった。「スーサイド」「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」「燃ゆる太陽の如く」などと共にポールが10代の頃に書いた曲で、1974年にはウイングスのドキュメンタリー・フィルム「ワン・ハンド・クラッピング」の中でピアノ弾き語りの形で披露していたが、公式発表にはそれからさらに8年を要した。シンプルで覚えやすいメロディと、初々しい恋心を歌った詞作がポールならではのポップ・ナンバーで、公式発表されたヴァージョンではピアノを筆頭にほぼすべての楽器をポールが演奏している。ポールの弟マイク・マクギアのシングル「リーヴ・イット」にも参加したトニー・コーによるクラリネットがいいアクセントになっていて、どことなく「幸せのノック」を思わせる。コーラスはポール、リンダ、エリック・スチュワートの3人。小品ながら優れた出来で、「レインクラウズ」共々お勧めのアルバム未収録/シングルB面曲です。
DVD
1.「タッグ・オブ・ウォー」ミュージック・ビデオ(ヴァージョン1)
『タッグ・オブ・ウォー』発売当時に制作されたプロモ・ヴィデオ。監督はモーリス・フィリップス。この曲のプロモ・ヴィデオは2種類制作されたが、「ヴァージョン2」の方が専ら放送されたため、この「ヴァージョン1」はコレクターの間でわずかに出回っただけで、存在すらほとんど知られない超レアな映像となっていた。もちろん今回が初のソフト化である。ポールがロンドンのエア・スタジオでアルバム『パイプス・オブ・ピース』(『タッグ・オブ・ウォー』の次作)をレコーディングしている模様を捉えたドキュメンタリー・タッチで、一部のシーンは「ヴァージョン2」にも登場するほか、「ヒア・トゥデイ」のプロモ・ヴィデオ(本DVDには未収録)も同様の内容ゆえに共通するシーンが多い。また、同時発売されたリマスター盤『パイプス・オブ・ピース』のボーナスDVDには、「ビハインド・ザ・シーンズ・アット・エア・スタジオ」として再構築したミニ・ドキュメンタリーが(実際の音声も交えて)収録されている。
前半と中盤には、セッションの合間にポールが各国の記者たちの取材を受ける様子が登場する。のっけから日本の記者団が映る所に親近感を覚えてしまう。写真撮影や握手に応じたり、作品を解説したりとポールも上機嫌のよう。これらのシーンは先述の他の映像作品にはない。一方、レコーディングのシーンでは実際には「キープ・アンダー・カヴァー」と「イッツ・ノット・オン」を演奏していることが明らかになっている。アコースティック・ギターやピアノを弾き、今まさに新曲に挑戦している姿を堪能できる。コントロール・ルームにはプロデューサーのジョージ・マーティンやエンジニアのジェフ・エメリック、アシスタント・エンジニアのジョン・ジェイコブズが控え、ミックスの調整を行う。時折ポールは、曲に関するアイデアを身振り手振りをしながらマーティンに伝え助言を求めていて、ビートルズ時代から培われてきた師弟の厚い信頼関係が伝わってくる。最後はポールがスタジオを去り、マーティンやエメリックがコントロール・ルームで作業する姿が静止画になり終わる。
2.「タッグ・オブ・ウォー」ミュージック・ビデオ(ヴァージョン2)
発売当時から盛んに放送されてきたのはこちらの「ヴァージョン2」であった。監督は「ヴァージョン1」と同じモーリス・フィリップス。黒を背景に、椅子に座ったポールがアコースティック・ギターを弾き語る(途中からリンダが寄り添って歌う)シーンが中心で、1982年9月23日と翌24日にロンドンのエア・スタジオで撮影された。そこに、「ヴァージョン1」のメインとなるレコーディングの模様や、タイトル通り綱引きをする人々のモノクロ映像、近未来を想起させる古い映像(1936年のSF映画「来るべき世界」が使用されている)が挟まれるという構成で、歌詞に込められたメッセージを強調している。個人的には巨大なゴリラと原始人たちの綱引きのくだりが一番面白いと思います(笑)。わずかに見られるポールとリンダのおふざけも負けじと笑いを誘う。「ヴァージョン2」は既にプロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」にも収録されているが、今回は天地をカットせず1982年当時に忠実な画面サイズとなっている。また、エンド・クレジットがカットされずに初めて収録されている。一方、「The McCartney Years」ほどはノイズ除去等は徹底されていない。
3.「テイク・イット・アウェイ」ミュージック・ビデオ
これも『タッグ・オブ・ウォー』発売当時のプロモ・ヴィデオ。監督はジョン・マッケンジー。ポールは売り出し中のバンドのメンバーという設定で登場し、バンドを見初めた1人の男がマネージャーを買って出るまでの成功物語を、歌詞の再現と共に描く。何と言っても出演者が豪華で、オリジナルのレコーディングに参加したリンダ、エリック・スチュワート、リンゴ・スター、スティーヴ・ガッド、ジョージ・マーティンが再び一堂に会した。また、ビートルズのマネージャーだったブライアン・エプスタインに雰囲気が似ているとして、マネージャー役には俳優のジョン・ハートが抜擢された。撮影は1982年6月18〜23日にエルストリー・フィルム・スタジオで行われ、最終日に撮られたコンサートのシーンではポールのファンクラブの会員700人ほどを招待し、オールディーズなどをセットリストにしたミニ・ライヴも開催した。ポールは場面によって3種類のベースを使い分けており、そちらも必見。既に「The McCartney Years」にも収録されているが、今回は天地をカットせず1982年当時に忠実な画面サイズとなっている。エンド・クレジットがカットされていなかったり、冒頭がカラー映像のままだったりする点もオリジナルに忠実である。一方、「The McCartney Years」ほどはノイズ除去等は徹底されていない。
4.「エボニー・アンド・アイヴォリー」ミュージック・ビデオ
世界中で大ヒットを記録したこの曲をさらに印象付けることとなったのが、このプロモ・ヴィデオである。監督は後期ウイングスや'80年代ポールのプロモ・ヴィデオでおなじみのキース・マクミラン。映像でもポールとスティービーの共演が実現したが、双方のスケジュールが合わなかったため、ポールと背景はロンドンのエワート・テレビジョン・スタジオで、スティービーはハリウッドのチャップリン・ステージでそれぞれ撮影され、合成技術を駆使してあたかも同時に撮影されたかのように違和感なく編集している。これだけでもすごいのに、間奏とアウトロでは「カミング・アップ」よろしく様々な楽器を演奏する4人のポールが後方のステージに一斉に登場するのだから、マクミランの手腕には脱帽である。
3つのセット(ピアノのある部屋・巨大な鍵盤・ステージ)でポールとスティービーがデュエットし、いずれのシーンでも衣装は黒と白で揃えている。2人が並んでピアノを弾き語るシーンは特に印象的だが、米国のTV番組「サタデー・ナイト・ライブ」でエディ・マーフィによって痛烈にパロディされてしまった。また、当初はポールがウインクしスティービーが呼応するというシナリオがあったが、「僕は目が見えないからそれは変だよ」というスティービーの助言により順序が逆に変更された。既に「The McCartney Years」にも収録されているが、今回は天地をカットせず1982年当時に忠実な画面サイズとなっている。一方、「The McCartney Years」ほどはノイズ除去等は徹底されていない。「The McCartney Years」未収録でレアなソロ・ヴァージョンのプロモ・ヴィデオが再度お蔵入りになってしまったのは、返す返すも残念です。
5.フライ・TIA〜ビハインド・ザ・シーンズ・オン・「テイク・イット・アウェイ」
未発表映像。エルストリー・フィルム・スタジオで行われた「テイク・イット・アウェイ」のプロモ・ヴィデオ制作の模様を、ポールを始めとした出演者やジョン・マッケンジー監督への直接インタビューと、舞台裏の貴重な映像で振り返ったドキュメンタリー・フィルムである。1982年当時に制作された同名の映像作品(監督はジェフ・ベインズ)に編集を加えたものが、今回ここに収録されている。
まず、スタジオ内にセットが設営され、出演者を入れて撮影を行った後解体されるまでを早送りで眺める映像が登場するが、わずか数日で解体するにはもったいない規模であることが分かる。ポールとマッケンジー監督へのインタビューがそれに続く。脚本は自分で書き、マッケンジー監督を起用した理由について「35ミリフィルムに慣れていて、ヒット作を持つプロの映画監督だから」とポールは説明する。一方、監督は曲を「暗く、道化師のようなイメージ」と評価し、ポールとリンダを「正直で知的で素晴らしいカップル」と絶賛している。そこにリンダも加わり、自分の貢献はジョン・ハートの起用を提案したことだと語る(リンダが数年前に撮影したハートの写真も登場)。ポールがハートを抜擢した理由に触れた後、そのハートがインタビューに答える。「自分がマネージャー役に向いているとは思わなかったが、たまにはローマ皇帝でない役を演じるのもいい」とハート。また、「テイク・イット・アウェイ」は『タッグ・オブ・ウォー』でも特に好きな曲だとも明かす。続いて、曲のプロデューサーでもあるマーティンへのインタビューでは、ポールと再び一緒に仕事ができたことへの喜びが語られる。途中、プロモ冒頭の部屋のセットでマーティンが1世代下のポールやリンゴたちとふざけ回っているシーンが挟まれるが大変面白い(笑)。
「ポールとマーティンの会話はアイデアの宝庫だ」と興味津々なエリックが登場した後、今度はポールがマーティンについてジョークを交えつつ「昔のままだね」と語る。ポールがトランペットでトラディショナル・ソング「聖者の行進」を披露するシーンを挟み、再びマッケンジー監督へのインタビューへ。ここではセットや演出における苦労話を裏方の映像と共に知ることができる。特に、ハートが車を運転する場面では細かな工夫がいくつも重ねられて完成形に至ったことが分かる。続いて、ポールやマーティン、エリックが共演者について各自答えているが、都合が悪くなり途中で抜けたスティーヴの代わりに後半は彼そっくりのドラマーが演じたという事実が明かされる。また、インタビューこそないものの撮影時のリンゴの姿が多数登場し、ムード・メイカーとしておどけた表情や「迷言」を残していて微笑ましい。監督とハートによるさらなるコメントと共にコンサートのシーン収録の模様が抜粋され、最後はラジオ・スタジオのセットでポールたちがジャム・セッションを楽しむ一こまで締めくくる。監督の「時々イラついても楽しく過ごせたよ」という一言が、このプロモ制作の現場の雰囲気を端的に表現している。