|
|
|
アルバム『スピード・オブ・サウンド』の制作過程などの解説はこちらをごらんください。
当時のメンバー全員がリード・ヴォーカルを取ったウイングス5枚目のアルバム『スピード・オブ・サウンド』(1976年)のリマスター盤。2007年にヒア・ミュージックに移籍したポールは、過去に発表したアルバムを「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」というシリーズとしてヒア・ミュージックから再発売するプロジェクトに着手していますが、この『スピード・オブ・サウンド』はその第7弾にあたります。シリーズ第6弾の『ヴィーナス・アンド・マース』(1975年・『スピード・オブ・サウンド』の前作)と同時発売されました。『スピード・オブ・サウンド』の大規模な再発売は、1993年のリマスター盤「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズ以来となります。
【発売形態】
今回の再発売では、『スピード・オブ・サウンド』は2種類の仕様で登場しました。1つは、アルバム本編を収録したCDと、アルバム収録曲のアウトテイクやデモ・ヴァージョンを収録したボーナス・ディスクによるCD2枚組の「デラックス・エディション(Standard Edition)」。もう1つは、「デラックス・エディション」のCD2枚に加えてアルバムに関連する映像を集めたDVDが付き、112ページに及ぶハード・カヴァー・ブック(ポールの愛妻リンダ撮影の貴重な写真や、アルバム制作過程の完全解説などを掲載)に収めたCD2枚組+DVD1枚組の「スーパー・デラックス・エディション(Deluxe Edition)」です。「スーパー・デラックス・エディション」は、インターネットを介して高音質楽曲データをダウンロードできる特典付き。これまでの「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズではアルバム本編のみを収録した「通常盤」も併せて発売されていましたが、今回は輸入盤・日本盤共に用意されていません。CDは、すべてのCDプレイヤーで再生可能な高音質CDであるSHM-CDが採用されています(日本盤のみ)。
【収録内容】
では、全ディスクを網羅した「スーパー・デラックス・エディション」を基に収録内容を見てゆきましょう。まず全仕様共通のCD 1には、1976年に発売されたオリジナルの『スピード・オブ・サウンド』が収録されています。オリジナル通りの曲目であるため、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズに収録されていたボーナス・トラック3曲は未収録。全曲がロンドンのアビイ・ロード・スタジオにてデジタル・リマスタリングされていて、過去の再発盤に比べて音質が向上しています。なお、この『スピード・オブ・サウンド』においては通常のリマスターでの作業(一般にノイズ除去)のほかに数曲で編集による演奏の修正を行っているため、明記はされていないもののオリジナルの演奏と異なる箇所が(ざっと聴いただけでは気づきにくい程度に)わずかに生じている点には注意が必要です。個人的にはポールの監修による修正は否定したくないのですが、オリジナル・ヴァージョンを残してゆくという観点で考えると「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの次作『タッグ・オブ・ウォー』のようにオリジナルと修正後の両ヴァージョンを収録すべきだったのではと思います(そうならなかったのは修正量が限定的だったからなのでしょうけど・・・)。
続いて、全仕様共通のボーナス・ディスクであるCD 2には、『スピード・オブ・サウンド』の関連楽曲を7曲収録しています。CD 1と同じくデジタル・リマスタリングが施されていますが、全曲これまで公式では未発表だった音源です。しかも大半はブートでも聴くことができず、今回が完全初登場で大変貴重です(細かい差分も加味すると全曲が初登場)。CD 1収録曲と異なり、ブックレットには歌詞(日本盤は対訳も)は掲載されていません。
CD 2収録の7曲のうち、「心のラヴ・ソング」「僕のベイビー」「幸せのノック」「やさしい気持」の4曲はポールが作曲の過程で録音したピアノ・デモです。ポールのデモ・テープがブートに収録されることはしばしばですが、この4曲はいずれもこれまで出回っていませんでした。曲が完成しスタジオに持ち込まれる前の段階のため、構成が練られていなかったり歌詞が違ったりと、生まれたての姿を見ることができます。一方で「心のラヴ・ソング」では複数のメロディを重ねるというアイデアが既に実践されているなど、ポールがどのように曲を作り、アレンジを考えてゆくのかを知るには恰好の資料です。「心のラヴ・ソング」ではリンダが、「幸せのノック」ではデニー・レインがコーラスを入れていて、アットホームな手作り感覚を楽しめます。
残る3曲は実際にアルバム・セッションで取り上げられたもののお蔵入りになってしまったアウトテイクです。この時期の音源は、2010年にウイングスのロード・マネージャーだったトレバー・ジョーンズが保有していたテープがブートになった際に多く流出しましたが、「愛の証し」「マスト・ドゥ・サムシング」はその時とは別ヴァージョンが今回収録され、「メッセージ・トゥ・ジョー」はブート含め今回が初登場となります。1975年夏に録音された「愛の証し」の初期テイクは、なんとあのジョン・ボーナムがドラムスをたたくというもので、ブートとは異なりポールのヴォーカルが入り完奏します。散々その存在が噂されてきた、ポールが歌う「マスト・ドゥ・サムシング」は2010年のブート流出時に大きな話題となりましたが、ここではヴォーカルがブートとは別テイクです。いずれにせよ、非正規でしか入手できなかったものを高音質で手軽に楽しめる喜びはひとしおです。「メッセージ・トゥ・ジョー」は短いヴォコーダー・トラックで唯一の「未発表曲」。欲を言えば、先述のトレバー・ジョーンズ・コレクションからもう何曲か(例えばブラス・セクションとストリングスが入る前の「心のラヴ・ソング」とか)も残りのスペースに収録してほしかったですが・・・歴史の中に埋もれていた音源を発掘してくれたポールには素直に敬意を表したいですね。「愛の証し」のジョン・ボーナム・ヴァージョンと、「マスト・ドゥ・サムシング」のポール・ヴァージョンは特にお勧めです。なお、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでのボーナス・トラックだった「エロイズ」「ブリッジ・オン・ザ・リヴァー・スイート」「サリー・G」の3曲は、同時発売された『ヴィーナス・アンド・マース』のボーナス・ディスクに収録されています。
そして、「スーパー・デラックス・エディション」のみ付属のDVDには、『スピード・オブ・サウンド』関連の映像が収録されています。こちらは既に発表されているものと、これまで公式には未発表だったものとで構成されています。「心のラヴ・ソング」のプロモ・ヴィデオは、公式プロモ・ヴィデオ集「ポール・マッカートニー・アンソロジー(The McCartney Years)」に収録されたものと基本的には同じ内容ですが、1976年当時に忠実な画面サイズで収録されています(一方で従来品ほどは画質向上を徹底していない)。「ウイングス・オーヴァー・ウェンブリー」と「ウイングス・イン・ベネチア」は、大成功に終わった一連のワールド・ツアーを締めくくるヨーロッパ・ツアーと英国凱旋公演に臨むウイングスを捉えたミニ・ドキュメンタリーです。演奏シーンは少なめですが、怒涛の全米ツアーを終えて余裕と貫禄にあふれた姿を、ファンの熱狂ぶりと共にオン・オフ双方から堪能することができます。
「スーパー・デラックス・エディション」付属のハード・カヴァー・ブックでは、『スピード・オブ・サウンド』が完成するまでをポール本人やデニー・レイン、ジョー・イングリッシュなどの関係者へのインタビューと、貴重な写真・資料で詳しく知ることができます。アビイ・ロードでのセッションはどんな感じだったのか?アルバム・ジャケットはどのように撮られたのか?ファンなら誰もが知りたかったことを教えてくれます。中でも、ボーナス・トラックも含め全収録曲がインタビュー形式で詳細に解説されているのはうれしいです。ポール直筆の楽譜やトラック・シート、当時各国で発売されたシングルのジャケットなども掲載されています。また、アルバムのアートワークに使用されたものも含め主にリンダとクライヴ・アロウスミス(裏ジャケットを担当)が撮影した写真が多数収められていて、視覚的にも制作過程をうかがい知ることができます。巻末にはアルバム本編の収録曲の歌詞と、ボーナス・トラックを含めた全曲の詳細なレコーディング・データがあります。これまで「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズのハード・カヴァー・ブックは革張りでしたが、本作(と『ヴィーナス・アンド・マース』)は厚紙の表紙にそのままアートワークが印刷されています。
ハード・カヴァー・ブックの随所には『スピード・オブ・サウンド』に関連した付録が挟み込まれています。順に見てゆくと、ポールが作詞中に作った手書きの歌詞シートの複製が7枚(「幸せのノック」1枚、「愛の証し」2枚、「マスト・ドゥ・サムシング」1枚、「心のラヴ・ソング」2枚、「僕のベイビー」1枚)あり、歌詞の変遷だけでなくアレンジの煮詰め方まで垣間見ることができます。続いて、ベルリンの壁での「心のラヴ・ソング」用のフォト・セッションで撮影されたウイングスの生写真1枚。そして最後に、1976年10月19日〜10月21日に行われたウェンブリー公演(ワールド・ツアーの最終公演)用のポスター1枚、ステッカー2枚とチケットの複製1枚が収められています。
【管理人の評価】
以上見てきたように、全曲がデジタル・リマスタリングされて高音質に生まれ変わっただけでも、「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの『スピード・オブ・サウンド』は以前の再発盤に比べて断然お勧めできます。「デラックス・エディション」では未発表音源も追加収録されています(同時発売されたシリーズ第6弾『ヴィーナス・アンド・マース』を合わせれば、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズの代用になります)。しかしより強力で、よりお勧めなのは「スーパー・デラックス・エディション」。入手困難なものを多く含んだ貴重な映像を収録したDVDに、『スピード・オブ・サウンド』の歴史を詳細に凝縮したハード・カヴァー・ブックまでも多彩な付録と共に付いてくるのですから、ファンなら必携アイテムです!完全生産限定盤のため今後入手が困難になる上、他の仕様に比べて価格も高めですが、苦労して手に入れる価値は十分あります。「なかなか手を出しづらいと思っている」、あまりディープに聴き込んでいない方や、これからポールのソロ・アルバムを集めようとしている方も、せめて「デラックス・エディション」を入手するようにしましょう。
『バンド・オン・ザ・ラン』に始まり『スピード・オブ・サウンド』までもグレードアップして甦らせた「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは、今後もポールの旧作品を継続して再発売するとのこと。数々の名盤が新たなマテリアルと共に帰ってくることを皆さんで期待しましょう!
アルバム『スピード・オブ・サウンド』発売40周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
【曲目解説】
CD 1
曲目解説はこちらをごらんください。
CD 2
1.心のラヴ・ソング
言わずと知れた大ヒット・ナンバーのデモ・ヴァージョン。短期間で制作されたせいか『スピード・オブ・サウンド』収録曲のアウトテイクで存在が確認されているものは少なく、ましてデモ段階となるとブートですら聴くことができなかった。それが今回、ピアノ・デモが一挙に4曲も陽の目を浴びることとなったわけで、ポール史上稀に見る貴重な大発見と言えよう。もちろん、この「心のラヴ・ソング」も長い間眠ったままとなっていた秘蔵音源で、今回が完全初登場である。ポールのピアノ・デモといえば1974年録音とされる「The Piano Tape」というタイトルが有名だが、録音環境など雰囲気はそれに近い。
このデモは(恐らく自宅で)カセット・テープに直接録音されたと思われ、曲が終わった後にはテープの停止ボタンを押す音が入っている。演奏はポールのピアノとヴォーカル、そしてリンダのコーラスのみと非常にシンプル。メロディ・歌詞はミドルの部分を除きこの時点で完成している。公式テイクでは同じコード進行を持つ3つのメロディが登場し、終盤に3声のコーラスとして重なり合うアレンジが印象に残るが、このデモでもポールとリンダが分担する形で試みられている(3声を再現するため一部はオーバーダブされている)。「心のラヴ・ソング」で最も魅力的な要素が、曲を書いた直後には既に固まっていたことを裏付けていて非常に興味深いです。
2.僕のベイビー
続いてもピアノ・デモで、ブートも含め今回が完全初登場である。こちらはポールが1人で弾き語る。公式テイクにはイントロがないが、このデモは間奏のリフで始まる。この時点でメロディは完成しているが、歌詞は公式テイクで“when the stars are in the skies(空には満天の星)”と歌われている所が“till the lights are faded down(灯りが消えるまで)”となっている(「スーパー・デラックス・エディション」付属の手書きの歌詞シートでも後者を確認できる)。ミドル部分からメロへ戻るタイミングはあやふやで、まだ決めていないようだ。ユーモラスなカウントや後半のスキャットなど、発表されることが念頭にないゆえの適当さが楽しい。先述の「The Piano Tape」は、これに輪をかけたふざけ具合で混沌極まっていますが・・・(苦笑)。
3.メッセージ・トゥ・ジョー
今回のリマスター盤で初めて陽の目を浴びた未発表曲で、ブートでも聴けなかった完全初登場音源。ただし「曲」と呼べるものではなく、演奏時間も24秒しかない。このトラックは、ポールの話し声をヴォコーダーに通したものである。ヴォコーダーとはシンセサイザーの一種で、会話を含むどんな音声も鍵盤で弾く楽器音に変換することができる。'70年代後半に小型化されたものが普及し始め、ポールも『スピード・オブ・サウンド』収録曲の「ワイノ・ジュンコ」や、「ビー・ホワット・ユー・シー」(1982年)で使用している。ここでは、ウイングスのジョー・イングリッシュ(ドラムス)に「愛の証し」のデモ・テープを送る旨を伝えるメッセージをヴォコーダーで変換していて、ポールの声がロボットのように機械的に聞こえる(音程は鍵盤を弾くことで変化させている)。レコーディングは1976年1月21日で、その2日後には「愛の証し」のイントロとエンディングが録音されている。
4.愛の証し
1975年8月28日、『スピード・オブ・サウンド』セッションの最初期にロンドンのオリンピック・スタジオでレコーディングされたアウトテイクで、今回が初の公式発表となる。アルバムに収録される11曲で最初に取り上げられた「愛の証し」だが、8月のセッションでのテイクは結局ボツとなり、10月にアビイ・ロード・スタジオで録り直されたリメイク・ヴァージョンが公式テイクに採用された。この8月の初期テイクで特筆すべきは、ドラムスをレッド・ツェッペリンのジョン・ボーナム(ボンゾ)がたたいている点である。ボンゾをリンゴ・スターやキース・ムーンと並んで大好きなドラマーに常に挙げているポールによれば、誘ったのはポールの方で、ボンゾも快諾して一緒にスタジオ入りし1日限定の豪華な共演が実現したという。ボンゾとの交友はその後も続き、1979年にはポールが企画したロック・プロジェクト「ロケストラ」にボンゾが参加し、ウイングスとの再演を果たしている。ボンゾ・ヴァージョンは2009年にアセテート盤に収録されていたラフ・ミックスが断片的にブートに流出し、翌2010年にはより長いものがトレバー・ジョーンズ・コレクションの一環で聴けるようになったが、いずれもインスト・ヴァージョンだった。今回はポールのヴォーカルが入り、従来よりも2分半ほど長く完奏するという、未知の完全版が収録されている。
ポールがピアノ、リンダがムーグ・シンセ、デニー・レインがエレキ・ギター、ジミー・マッカロクがベース、そしてジョーの代わりにボンゾがドラムスを、それぞれ演奏。ポールが曲構成を指示する声が所々入ることから、一発録りと考えられる。この段階ではイントロとエンディングは未完成のため省略されている。ピアノが曲を引っ張る点など、基本的なアレンジは固まっていて公式テイクへの連続性を感じさせるが、曲構成はアドリブで決められ公式テイクとはかなり異なる。また、公式テイクでは歌われていない“Take my regards〜”で始まる一節が登場する(「スーパー・デラックス・エディション」付属の手書きの歌詞シートでも確認できる)。ポールは流すように軽く歌っているが、それでも十分かっこいい。後半はヴォーカルが途絶えジャムっぽくなり、ピアノとムーグ・シンセがグリッサンドで絡み合う。ブート収録のラフ・ミックスではムーグ・シンセの音ばかり大きくて、ギターはほとんど聞こえず何だかチープに響きましたが(汗)、ここでは2011年に作られた新ミックスが採用され見違えるくらいかっこよくなったと思います。ボンゾのドラミングもより生き生きと感じられますし、何よりヴォーカル入りで楽しめるのが本当にうれしいです。ポールに感謝!
5.マスト・ドゥ・サムシング
『スピード・オブ・サウンド』及びウイングスで唯一ジョーがリード・ヴォーカルを取る曲が「マスト・ドゥ・サムシング」であるが、元々はポールが自分で歌うつもりで書いたのをジョーにプレゼントした曲である。そして、ここにはなんと!作曲者のポールが歌うヴァージョンが収録されている。もちろん公式発表されるのは今回が初めて。ポール・ヴァージョンが存在することはファンの間で長いこと噂されてきたが、ブートに流出し聴くことができるようになったのは2010年のトレバー・ジョーンズ・コレクションの時で、当時は世紀の大発見として話題となった。それから4年後、満を持しての公式発表となったが、トレバー・ジョーンズ・コレクション収録のものとはヴォーカルのみ別テイクの新たなヴァージョン違いである。
ポール・ヴァージョンはジョーが歌う公式テイクと同じ1976年1月5日に録音され、共通のベーシック・トラックを使用している。ただし、公式テイクはピッチを上げているため、ポール・ヴァージョンはキーが半音低くテンポが遅い。ジョーが突き抜けるようなヴォーカルでさわやかに歌うのに対し、ポールは気だるくブルージーに歌っていて、まるで「エヴリナイト」のようである。演奏面では冒頭のハーモニウムのリンクがなくカウントで始まるほか、後半登場するムーグ・シンセが欠けているなど公式テイクより地味な印象。一方でカウベルは終始鳴り続けている(公式テイクでは一部のみ)。エンディングでは聴き慣れないメロディのヴォーカルが入り、しっかり「ジャン!」と締めくくる。また、公式テイクでは“need my vote”と歌われる所が“want my vote”となり、第4節の後に第1節に戻らずもう一度第4節を繰り返している(なお、ブート収録のポール・ヴァージョンは公式テイクと全く同じ歌詞であった)。ブートで聴くことのできたものに比べ、今回のヴォーカルは力が抜けすぎなのが弱い感もありますが(エンディングの聴き慣れないフレーズも短いし・・・)ポールが歌っているということ自体がまさに驚きのヴァージョンです。ポールが残した無数のアウトテイクの中でも屈指のお勧めです!
6.幸せのノック
ここからは再びデモ・ヴァージョンに戻る。アルバムからの第2弾シングルとなったヒット曲のピアノ・デモで、ブートも含め今回が完全初登場である。ここではデニーがポールと一緒に歌う。公式テイクでもピアノが曲の中心であり、メロディ・歌詞共に完成しているので印象はそれほど大きくは変わらない。むしろ曲想はポールの頭の中で既に具体化していたようで、間奏のフルートのメロディをピアノで弾いていたり、ドラムロールを「きっと何かが待っている」も顔負けのマウス・ドラムで再現していたりと、公式テイクにつながる要素がいくつも見つかる。
ポールとデニーが同時に歌うのが基本だが、一部ではデニーがリード・ヴォーカルでポールがコーラスに徹する箇所も。お遊び感覚で完全に即興で録ったためか、人物名が連続するくだりでは時折「アンクル・マイケル」などとごっちゃになっている(苦笑)。直後の「ブラザー・マイケル」で2人の息が合った瞬間にデニーが喜びのあまり手拍子を入れてしまう所に、即興演奏をやったことのある者なら誰もが感じたであろう楽しみの真髄が一番よく表れていると思います。曲が終わると子供たちの声が聞こえる。ポールとデニーの茶目っ気ぶりを堪能できると共に、2人の厚い信頼関係もうかがえる面白おかしいデモです。公式テイクでもアウトロでうっすら歌っていたことだし、全編デニーがリード・ヴォーカルの「幸せのノック」もいつか聴いてみたいですね(カヴァーしてくれるかな?)。
7.やさしい気持
この曲のみポールのヴォーカルが入らないインスト・ヴァージョンで、楽器もグランドピアノでなくエレクトリック・ピアノが使用されている。ブートも含め今回が完全初登場である。1分半と公式テイクより短めだが、曲が持つ美しいメロディを再確認できる、心洗われるデモだ。これを聴いていると、ソフトな音の方が合っているのでは・・・?とも思えてきます。雰囲気はちょっと「ウォーターフォールズ」っぽいですが。ポール本人も自信作に挙げるお気に入りの曲で、公式テイクとデモで両ディスクを締めくくることができたことを喜んでいるようです。
DVD
1.「心のラヴ・ソング」ミュージック・ビデオ
『スピード・オブ・サウンド』発売当時に制作されたプロモ・ヴィデオ。監督はゴードン・ベネット。ウイングスは当時ワールド・ツアーの真っ最中だったため凝ったプロモは作れず、直近の全米ツアー(1976年5月3日〜6月23日)の際に撮られた映像を編集したシンプルなドキュメンタリー・タッチとなっている。本番のステージのみならず楽屋での休憩やオフ日、プライベート・ジェットでの移動など通常は見ることのできない姿も盛りだくさんで、米国全土を制覇し世界の頂点に立ったバンド、ウイングスの人間味あふれる側面を覗くことができる。メンバーやブラス・セクションの面々はもちろん、家族との触れ合いを大事にしていたポールと一緒にツアーを回った3人の娘たちや、デニーの後の奥さんジョジョ・レインも登場。ボールや木の枝で遊んでおどけるポールと、鳥の真似して飛行機の扉から顔を出すトニー・ドーシーが特に面白いです(笑)。会場に殺到する無数のファンや随所に登場する警察車両にウイングス人気の熱狂ぶりを感じさせる。なお、このプロモは既にプロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」にも収録されているが、今回は天地をカットせず1976年当時に忠実な画面サイズとなっている。一方、「The McCartney Years」ほどはノイズ除去等は徹底されていない(演奏のピッチもやや高い)。
2.ウイングス・オーヴァー・ウェンブリー
未発表映像。1975年9月に始まり英国、オーストラリア、ヨーロッパそして米国と世界中を駆け巡った一連のワールド・ツアーは、1976年10月19日より3日連続で開催された英国・ウェンブリー公演で締めくくられることとなった。その3日間ウイングスを密着取材した同名のドキュメンタリー・フィルム(監督はバリー・チャッティントン)に編集を加えたものが、今回ここに収録されている。BGMは「心のラヴ・ソング」「幸せのノック」「愛の証し」。
まず、会場のウェンブリー・エンパイア・プール(後のウェンブリー・アリーナ)に入るポールとリンダのシーンが3日分登場する。連日カメラに追いかけられ、最終日にはリンダがイライラしているのがはっきりと分かるのが生々しい。一方ポールは全米ツアーを終えた後珍しく口ひげを蓄えていて、終始ひげ面である。続いて、一転して上機嫌のリンダに誘われる形でサウンドチェック中のウイングスが捉えられ、各メンバーがフィーチャーされる。リンダのキーボードを調整後、ポールも自身のベースを確認する。ウェンブリー公演についてのインタビュー(同地での「心のラヴ・ソング」が一瞬登場)を挟み、観客の入場の様子へ。グッズを買い求めたり、買ったばかりのパンフレットを早速眺めたり、チケット確認の列に並んだりといった思い思いの光景は今と変わらない。外看板にあるようにチケットは軒並み売り切れだったが、入口も通路もファンが集まって混雑し、客席もほぼ埋まっている状態が映像でも見て取れる。また、合間に現れる本番の模様では、「幸せのノック」でデニーが太鼓をたたく所も収められている。
その後のインタビューでは当時噂が過熱していた「ビートルズ再結成」の話題も出てくるが一蹴されている。ウェンブリー公演について「2日目以降は落ち着いて演奏できた」とデニー。元ビートルズのポールとの共演について「夢中で演奏しているから緊張しない」とジョー。続く「心のラヴ・ソング」(映像はライヴ、音はスタジオ・ヴァージョン)は、やっていることは全米ツアーと同じなのにポールはひげ面なので違和感たっぷり(苦笑)。そして最終日にスタッフへの謝辞を述べるポールのMCと共に、「愛の証し」をBGMにコンサートの様々な場面が抜粋される。観客も総立ちで拍手を送り大変満足そう。紙吹雪と花束で祝福されウイングスはステージを去るが、ジミーとジョーを含んだラインアップでのライヴはこの日が最後となってしまった。
3.ウイングス・イン・ベネチア
未発表映像。1976年9月19日〜9月27日にウイングスは全4公演の短いヨーロッパ・ツアーに赴いたが、うち25日に行われた公演のために一行がイタリアのベネチアを訪れた際のプライベート・フィルムである。BGMは「やさしい気持」。元々このヨーロッパ・ツアーは、水没の危機にさらされていた古都ベネチアを救済する目的でユネスコが提唱した同市でのチャリティ・コンサートにポールが参加を承諾したことが発端で組まれたものであった。ウイングスは機材の運搬費用を自己負担し、出演料なしで臨んだ。ベネチア公演で出費した分をオーストリア、クロアチア(当時はユーゴスラビア)、ドイツでの残り3公演で補填している。一連のチャリティ・コンサートでは別の日にラヴィ・シャンカール(ジョージ・ハリスンのシタールの師匠)なども参加し、5万ドルが市に寄付された。
映像の前半はベネチア名物のゴンドラに乗って観光を楽しむウイングス5人のオフ・ショット。ポールはここでも口ひげを蓄えている。みんなツアーの疲れを感じさせないリラックスした表情で、ついには船上で立ち上がって周囲に手を振り笑顔で会釈している。それと交互に、会場となったサン・マルコ広場でのステージ設営の様子が登場する。広場は通常通り営業中で、おびただしい数の鳩と共に老若男女がそぞろに散策する昼下がりは「やさしい気持」の曲想にぴったり。後半になると設営もだいぶ進み、機材の持ち込みやミラーボールの装飾などが行われている。観客も広場に集まり始め、あっという間に敷地全体を埋め尽くす群衆と化す。しかも全席立ち見で、ステージから見た光景は壮観である。最後は本番がちらっと映るが、演奏シーンはない(椅子を運ぶスタッフがいることから、恐らくアコースティック・コーナーの直前であろう)。