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アルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』の制作過程などの解説はこちらをごらんください。
グループ初の全米No.1を獲得したウイングス2枚目のアルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』(1973年)のリマスター盤。2007年にヒア・ミュージックに移籍したポールは、過去に発表したアルバムを「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」というシリーズとしてヒア・ミュージック(2017年からはキャピトル・レコード)から再発売するプロジェクトに着手していますが、この『レッド・ローズ・スピードウェイ』はその第12弾にあたります。シリーズ第11弾の『ウイングス・ワイルド・ライフ』(1971年・『レッド・ローズ・スピードウェイ』の前作)と同時発売されました。『レッド・ローズ・スピードウェイ』の大規模な再発売は、1993年のリマスター盤「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズ以来となります。
【発売形態】
今回の再発売では、『レッド・ローズ・スピードウェイ』は2種類の仕様で登場しました。1つは、アルバム本編を収録したCDと、アルバム未収録曲やアウトテイクを収録したボーナス・ディスクによるCD2枚組の「スペシャル・エディション(Special Edition)」。もう1つは、アルバム本編に加えて「スペシャル・エディション」のボーナス・ディスク収録曲とさらなるアウトテイクを2枚に分けて収録したボーナスCDと、アルバムに関連する映像を集めたDVD、映画「ブルース・マックマウス・ショー」を収録したDVDとBlu-rayが付き、128ページに及ぶハード・カヴァー・ブック(ポールの愛妻リンダ撮影の貴重な写真や、アルバム制作過程の完全解説などを掲載)と64ページのフォト・ブック(モロッコ旅行中のウイングスの写真を掲載)、「ブルース・マックマウス・ショー」関連の付録を収納したファイルをケースに収めたCD3枚組+DVD2枚組+BD1枚組の「デラックス・エディション(Deluxe Edition)」です。「デラックス・エディション」は、インターネットを介して高音質楽曲データをダウンロードできる特典付き。CDは、すべてのCDプレイヤーで再生可能な高音質CDであるSHM-CDが採用されています(日本盤のみ)。なお、「デラックス・エディション」は『ウイングス・ワイルド・ライフ』の「デラックス・エディション」及び、ライヴ盤『ウイングス・オーヴァー・ヨーロッパ』を同梱したボックス・セット「ウイングス 1971-1973」(完全生産限定盤)としても発売されました。
【収録内容】
では、全ディスクを網羅した「デラックス・エディション」を基に収録内容を見てゆきましょう。まず全仕様共通のCD 1には、1973年に発売されたオリジナルの『レッド・ローズ・スピードウェイ』が収録されています。オリジナル通りの曲目であるため、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズに収録されていたボーナス・トラック4曲は未収録(ただし全曲ボーナス・ディスクで聴くことができる)。全曲がロンドンのアビイ・ロード・スタジオにてデジタル・リマスタリングされていて、過去の再発盤に比べて音質が向上しています。
続いて、「デラックス・エディション」のみのボーナス・ディスクであるCD 2では、2枚組アルバムとして計画されていた当初の『レッド・ローズ・スピードウェイ』(1973年1月時点)が曲目・曲順共に再現されています(全18曲収録)。CD 1と同じくデジタル・リマスタリングが施されていますが、うち6曲は未発表曲ないしは、既発表曲の未発表ミックスです。CD 1収録曲と異なり、ブックレットには歌詞(日本盤は対訳も)は掲載されていません。
既発表曲のうち、1枚組に再編された『レッド・ローズ・スピードウェイ』で発表された9曲はCD 1と同じ音源が収録されています。また、シングルB面に収録された「カントリー・ドリーマー」は「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの第1弾『バンド・オン・ザ・ラン』のボーナス・ディスクに収録されていたものと同じ内容が再録されています。「ザ・メス」と「アイ・ライ・アラウンド」もシングルB面曲で、この2曲は「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでのボーナス・トラックでした(ただし、前者はここでは一部カットされ短くなっている点に注意)。一方、各自のソロ作品で陽の目を浴びた「ママズ・リトル・ガール」「シーサイド・ウーマン」「アイ・ウッド・オンリー・スマイル」は、初めて公式発表されるセッション当時のミックスを収録。残る「ナイト・アウト」「ベスト・フレンド」「トラジェディ」が未発表曲で、いずれも「どうしてこれがお蔵入りに?」と不思議に思えるクオリティの高さに注目です。これらはブートでは既に出回っていて存在自体は知られていましたが、非正規でしか入手できなかったものを高音質で手軽に楽しめる喜びはひとしおです。小粒なポップやバラードが多く地味に思われがちな『レッド・ローズ・スピードウェイ』ですが、ハードなロック・ナンバーが増え、リンダやデニー・レインのヴォーカル曲を交えバンドの多様性も押し出されたこの2枚組ヴァージョンを聴くと、今までアルバムに抱いていたイメージが大きく覆されると共に、ポールが元々どんな作品にしようと考えていたかが分かり驚きの連続です。なお、「スペシャル・エディション」ではCD 1とCD 2から収録曲をピックアップして並び替えることで2枚組ヴァージョンを再現することができます。
そして、「デラックス・エディション」のみのボーナス・ディスクであるCD 3には、『レッド・ローズ・スピードウェイ』の関連楽曲を17曲収録しています。こちらもすべてデジタル・リマスタリングが施されていますが、これまで未発表だった音源が多く含まれているのが魅力的です。CD 2収録曲と同様、ブックレットには歌詞(日本盤は対訳も)は掲載されていません。「スペシャル・エディション」ではCD 2に9曲のみ収録されています。
既発表のものから見てみると、「ハイ・ハイ・ハイ」と「C・ムーン」はアルバムと同時期にレコーディングされ先行シングルの両面に収録された曲です。この2曲は「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでのボーナス・トラックでした。また、以前のCDでは前作の『ウイングス・ワイルド・ライフ』のボーナス・トラックだった「メアリーの子羊」「リトル・ウーマン・ラヴ」も、前者が『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションで取り上げられたことを踏まえ今回収録されています(「リトル・ウーマン・ラヴ」は「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの第4弾『ラム』のボーナス・ディスクに収録されていたものと同じ内容を再録)。さらに、同時期のシングル曲で、これまで編集盤以外では聴くことのできなかった「007/死ぬのは奴らだ」がアルバムのボーナス・トラックとしては初収録を果たしました。
上記以外の12曲が未発表音源で、「ゲット・オン・ザ・ライト・シング」「リトル・ラム・ドラゴンフライ」「リトル・ウーマン・ラヴ」は前々作『ラム』セッションで取り上げられた曲の別ミックス。公式ヴァージョンとの違いが一目瞭然ですが、これらはブートでも聴くことのできなかったレア音源です。『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションからは「ビッグ・バーン・ベッド」「メアリーの子羊」のラフ・ミックスも収録。やはり顕著な違いを容易に発見できる興味深い初期ヴァージョンです。2枚組アルバムからも漏れてしまった未発表曲は「サンキュー・ダーリン」「1882」「ジャズ・ストリート」と個性的な顔ぶれで、「1882」はピアノ・デモ、ライヴ・ヴァージョン、そしてブートも含め完全初登場のスタジオ・ヴァージョンと3種類のテイクで曲が進化してゆく過程をたどることができます。中でも聴き所は「ザ・メス」のスタジオ・ヴァージョンと、オーケストラを加える前の「007/死ぬのは奴らだ」の別テイクで、後者に至ってはブートにも流出していませんでした。欲を言えば、ブートで聴くことのできるその他の関連音源(「C・ムーン」のラフ・ミックスや、未発表曲「ゴッタ・シング、ゴッタ・ダンス」のオーディオ・トラックなど)も網羅してほしかったですが・・・それでも十分すぎる大盤振る舞いをしてくれたポールには素直に敬意を表したい所です。なお、今回の再発売に合わせて、ポールの公式サイトでは未発表音源「ハンズ・オブ・ラヴ(テイク2)」が無料公開されていて、こちらも注目です(「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズには未収録)。
「デラックス・エディション」のみ付属のDVD 1には、『レッド・ローズ・スピードウェイ』関連の映像が収録されています。既に発表されているものと、これまで公式には未発表だったものとで構成されています。メニューは3つに分かれていて、うち「ミュージック・ヴィデオ」はアルバム発売当時に制作された4曲のプロモ・ヴィデオを全7ヴァージョン収めています。4種類も制作された「メアリーの子羊」は初ソフト化で、うち「ヴァージョン2」はコレクターの間でも全く出回っていなかった幻の珍品です。公式プロモ・ヴィデオ集「ポール・マッカートニー・アンソロジー(The McCartney Years)」に収録されていた残り3作に関しても、ここでは1972年〜1973年当時に忠実な画面サイズと音声で収録されています(一方で従来品ほどは画質向上を徹底していない)。
何と言っても目玉なのがTV特別番組「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」。これは1973年に制作・放送されたウイングスの音楽番組で、既にブート化されポール・マニア的には定番の映像作品でしたが、こうして公式発表されたことで容易に入手できるようになったのはうれしい限りです。ポールのエンターテインメント性が強調された仕上がりで、プロモ・ヴィデオを連続で見ているような感覚でマッカートニー・ナンバーを50分間満喫できます。ただ、地域限定で放送された「ブルーバード」「ハイ・ハイ・ハイ」の演奏シーンが欠落していて、完全収録ではないのは大きな欠点。日本盤に日本語字幕がないのも、非英語話者にとってはつらいものがあります。しかし、「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」自体はファンなら必見・必聴のシーンがいっぱいの大変貴重な作品であり、未入手の方なら必携のアイテムです。一方、「オン・ツアー」ではアルバム発売後に行われた全英ツアーに関する未発表映像を見ることができます。「007/死ぬのは奴らだ」の演奏シーンは画質・音質共に芳しくないですが、全英ツアーの映像自体ほとんど発掘されてこなかったため特別な価値があります。ポールとリンダに直撃した「ニューカッスル・インタヴュー」は、ウイングスのドキュメンタリー作品「夢の翼(Wingspan)」に抜粋されていたものをより長く収録。
最後に、「デラックス・エディション」のみ付属のDVD 2とBlu-rayには、映画「ブルース・マックマウス・ショー」が収録されています(基本的な内容は両ディスク同一)。この映画はウイングスが1972年夏に敢行したヨーロッパ・ツアーのステージ・シーンをフィーチャーしたライヴ映像作品で、ネズミ一家のアニメーションでメリハリをつけているのが特色です。一度も上映されることなく倉庫の中で眠っていましたが、今回満を持しての初公開を果たしました(ブートでも見ることができなかった)。今までめったにお目にかかれなかったヨーロッパ・ツアーの映像をまとまった形で、しかも時の経過を感じさせない鮮明さで楽しめる・・・それだけでもファン必携のマスト・アイテムです。「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズ初の試みとなるBlu-rayの導入でより高画質に視聴できるのがうれしいです(Blu-rayの再生環境がない場合に備えDVDも用意してくれているのもありがたい措置)。さらに音声はDVD・Blu-ray共に5.1サラウンドでも収録されています。日本盤に日本語字幕がないのが唯一の難点でしょうか・・・。「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」以上に台詞の理解が重要なため、日本のスタッフには手を抜かないでほしかったです。
「デラックス・エディション」にはハード・カヴァー・ブックとフォト・ブック、ファイル「THE BRUCE McMOUSE SHOW」が付属しています(CDとDVD 1は見開き式の厚紙に別途収納されている)。128ページ型ハード・カヴァー・ブックでは、『レッド・ローズ・スピードウェイ』が完成するまでをポール本人やデニー・レイン、デニー・シーウェルなどの関係者へのインタビューと、貴重な写真・資料で詳しく知ることができます。じっくり行われたセッションはどんな感じだったのか?コンサート・ツアーではどんなエピソードがあったのか?「007/死ぬのは奴らだ」や「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」について・・・など、ファンなら誰もが知りたかったことを教えてくれます。ポール直筆のトラック・シートやマスター・テープ・ボックスのインデックスなども掲載されています。また、アルバムのアートワークに使用されたものも含め主にリンダが撮影した写真が多数収められていて、視覚的にも制作過程をうかがい知ることができます。巻末にはアルバム本編の収録曲の歌詞と、ボーナス・トラックを含めた全曲の詳細なレコーディング・データがあります。
ハード・カヴァー・ブックの随所には『レッド・ローズ・スピードウェイ』に関連した付録(いずれも複製)が挟み込まれています。「メアリーの子羊」のプロモ・ヴィデオ撮影中のウイングスを写したモノクロ写真は、各メンバーのサイン入り。ポール直筆の歌詞シート(「ビッグ・バーン・ベッド」「マイ・ラヴ」「ザ・メス」「ゲット・オン・ザ・ライト・シング」「ホールド・ミー・タイト」)も見逃せませんが、「ホールド・ミー・タイト」はビートルズ時代に書いた同名異曲のものが収録されているのはご愛嬌でしょうか。
64ページ型フォト・ブック「Wings Over Morocco」には、1973年2月にウイングスがモロッコのマラケシュに旅行した際に撮られた写真が多数掲載されています。現地の住民と触れ合ったり、竹林に入ったり、ラクダと戯れたり・・・普段とは一風変わった異国情緒あふれる姿を見ることができます。
そして、ファイル「THE BRUCE McMOUSE SHOW」にはDVD 2とBlu-ray、「ブルース・マックマウス・ショー」に関連した付録が収納されています。ネズミ一家のキャラクター原案をつとめたポールが描いたオリジナル・スケッチ(複製)14枚では、キュートな表情にポールの確かな絵心を感じさせます。もう1つのブックレットは映画の台詞台本で、英語が読める方ならこれを利用して映画のストーリーを理解することができます。
【管理人の評価】
以上見てきたように、全曲がデジタル・リマスタリングされて高音質に生まれ変わっただけでも、「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの『レッド・ローズ・スピードウェイ』は以前の再発盤に比べて断然お勧めできます。「スペシャル・エディション」ではアルバム未収録曲や未発表音源も追加収録されています(「ザ・メス」が一部カットされているのを除けば、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズの代用になります)。しかしより強力で、よりお勧めなのは「デラックス・エディション」。当初計画されていた2枚組アルバムがそのままの曲順で再現されていますし、さらなる未発表音源も追加され、「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」「ブルース・マックマウス・ショー」など入手困難なものを多く含んだ貴重な映像を収録したDVDとBlu-rayに、『レッド・ローズ・スピードウェイ』の歴史を詳細に凝縮した2つのブックまでも多彩な付録と共に付いてくるのですから、ファンなら必携のアイテムです!完全生産限定盤のため今後入手が困難になる上、他の仕様に比べて価格も高めですが、苦労して手に入れる価値は十分あります。「なかなか手を出しづらいと思っている」、あまりディープに聴き込んでいない方や、これからポールのソロ・アルバムを集めようとしている方も、せめて「スペシャル・エディション」を入手するようにしましょう。
『バンド・オン・ザ・ラン』に始まり『レッド・ローズ・スピードウェイ』までもグレードアップして甦らせた「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは、今後もポールの旧作品を継続して再発売するとのこと。数々の名盤が新たなマテリアルと共に帰ってくることを皆さんで期待しましょう!
アルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』発売40周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
【曲目解説】
CD 1
曲目解説はこちらをごらんください。
CD 2
1.ナイト・アウト
本ボーナス・ディスクでは、1973年1月30日に制作されたアセテート盤を基に、2枚組アルバムとして計画されていた当初の『レッド・ローズ・スピードウェイ』がオリジナル通りの曲目・曲順で再現されている。ポールの精力的な曲作りが実を結び、20曲以上もの新曲を録音したことから構想された2枚組での発売だが、2枚組では高価になって売れなくなると考えたレコード会社のEMIの反対に遭い1枚組に見直されてしまった(ポール以外のメンバーがリード・ヴォーカルを取る曲の収録にも難色を示された)。最終的にリリースされたアルバムとは印象ががらりと変わるこの2枚組ヴァージョンは、今回の再発売に合わせて単体のアナログ盤としても発売されている。
2枚組ヴァージョンのオープニング・ナンバー「ナイト・アウト」は、今回のリマスター盤で初めて陽の目を浴びた未発表曲。『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッション屈指のハードロックで、これがアルバムに収録されていたらそのイメージもだいぶ硬派に傾いていたであろう。タイトルコールの掛け合いを除けばインストだが、ポールがアドリブで繰り出すシャウト・ヴォーカルが実にかっこいい。『レッド・ローズ・スピードウェイ』から収録漏れになった後は、未発表曲を集めたアルバム『コールド・カッツ』の構想が4度(1978年・1980年・1981年・1986年)にわたり持ち上がった際に収録曲候補となり、断続的にリミックスが繰り返されたものの、アルバムの計画自体が頓挫したため再度お蔵入りに。この過程で歌詞が書き加えられ、ヴォーカルや手拍子がオーバーダブされた。ここに収録されているセッション当初のミックスも、『コールド・カッツ』ミックス共々既にブートでは出回っていた(ステレオの左右が逆になっていたものの)。欲を言えば、『コールド・カッツ』ミックスも一緒に収録してほしかったですが・・・満を持しての公式発表は素直に喜びたいです。
2.ゲット・オン・ザ・ライト・シング
この曲は前々作『ラム』(1971年)のアウトテイクを引っ張り出してきたものだが、『レッド・ローズ・スピードウェイ』が1枚組に再編された後もアルバムに残留した。
3.カントリー・ドリーマー
1973年10月に発売されたシングル「愛しのヘレン」のB面で、アルバム未収録曲。初CD化の際は『レッド・ローズ・スピードウェイ』のボーナス・トラックだったが、1993年の「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでは次作『バンド・オン・ザ・ラン』のボーナス・トラックに変更となっていた。また、2010年に『バンド・オン・ザ・ラン』が「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環で再発売された際も引き続きボーナス・トラックとして収録されていた。今回は2018年にリマスタリングし直したものが収録されている。ヘンリー・マッカロクが弾くカントリー・フレーバーたっぷりのギターが印象的なアコースティック・ナンバー。歌詞のテーマはポールとリンダの田舎暮らしで、曲同様にほのぼのしている。ブラウン・ライスという日本のコーラス・グループに提供され、日本語ヴァージョンの歌詞を阿久悠が書いた。
4.ビッグ・バーン・ベッド
この曲は『レッド・ローズ・スピードウェイ』が1枚組に再編された後もアルバムに残留し、オープニング・ナンバーに抜擢された。
5.マイ・ラヴ
この曲は『レッド・ローズ・スピードウェイ』が1枚組に再編された後もアルバムに残留し、先行シングルにもなった。アナログ盤はここまでがA面。
6.シングル・ピジョン
この曲は『レッド・ローズ・スピードウェイ』が1枚組に再編された後もアルバムに残留した。
7.ホエン・ザ・ナイト
この曲は『レッド・ローズ・スピードウェイ』が1枚組に再編された後もアルバムに残留した。B面冒頭の流れは両ヴァージョンとも同じですね。
8.シーサイド・ウーマン
リンダが初めて独力で書き上げた曲で、リード・ヴォーカルもリンダ。1971年に休暇で訪れたジャマイカにインスパイアされ、ポールとリンダお気に入りのレゲエ調に仕上げた。初期ウイングスのライヴでは定番で、1972年と1973年のすべてのコンサートで演奏されている。『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションでレコーディングされたがアルバムには未収録に終わり、スージー&ザ・レッド・ストライプスという変名名義で1977年5月に米国で、1979年8月に英国でシングル発売されるに至った(米国で最高59位)。1980年にはこの曲を使用した短編アニメ映画が制作され、同年度のカンヌ国際映画祭で短編パルム・ドールを獲得している。また、1986年にはアルヴィン・クラークによるリミックス・ヴァージョンがシングル発売されたほか、死後に発表されたリンダのソロ・アルバム『ワイド・プレイリー』(1998年)にオリジナル・ヴァージョンが収録された。
一方、ここに収録されたものは1973年1月10日にアラン・パーソンズが手がけた未発表ミックスである(ブートではステレオの左右が逆になっていたものの聴くことができた)。既発表のオリジナル・ヴァージョン(スティーヴ・ポポヴィッチによるミックス)との代表的な相違点を挙げると、まず既発表ミックスのイントロや間奏で派手に入るポールのスキャットが未発表ミックスではほとんどオフになっている。続いて、既発表ミックスではすべてのサビにピアノが、第2節と第3節に手拍子が加えられているが、未発表ミックスにはない。逆に、未発表ミックスでは第3節に間奏と同じトーンのリード・ギターが聞こえる。さらに、未発表ミックスはフェードアウトせず、エンディング後のピアノが3音はっきり聞き取れる(既発表ミックスは1音のみ)。
9.アイ・ライ・アラウンド
1973年6月に発売されたシングル「007/死ぬのは奴らだ」のB面で、アルバム未収録曲。初CD化以来一貫して『レッド・ローズ・スピードウェイ』のボーナス・トラックであった。『ラム』セッション中の1970年10月にベーシック・トラックを録音したが完成せず、『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションで改めて取り上げた際にデニー・レインのリード・ヴォーカルを加え、ウイングスの作品で初めて発表されるデニーのヴォーカル曲となった。のんびりした曲調にデニーのへろへろヴォーカルがよく似合う。エレキ・ギターはデヴィッド・スピノザが弾いている。ビートルズ解散直後に書かれたからか、歌詞は当時険悪な仲にあったジョン・レノンとの決別を示唆しているようだ。
10.ザ・メス
1973年3月に発売されたシングル「マイ・ラヴ」のB面で、アルバム未収録曲。初CD化以来一貫して『レッド・ローズ・スピードウェイ』のボーナス・トラックであった。ウイングスのロック・バンドとしての側面を堪能できる1曲で、「007/死ぬのは奴らだ」や「バンド・オン・ザ・ラン」のように複雑な展開を持つ。初期ウイングスのライヴでは定番で、1973年までは欠かさず演奏されてきた。『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションではスタジオ・ヴァージョン(本リマスター盤のCD 3に収録)も試されたが、アルバムには1972年夏のヨーロッパ・ツアーよりオランダ・ハーグ公演(1972年8月21日)でのライヴ・ヴァージョンを収録する予定だった。結局アルバムからは収録漏れになったが、このライヴ・ヴァージョンはシングルに回され公式発表に至った。
なお、今回収録されたライヴ・ヴァージョンはイントロ前のポールのMCがカットされ、これまで聴くことができたものより20秒ほど短くなっている。2枚組アルバム収録時の状態をそのまま再現したからなのでしょうが、おかげで「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズの『レッド・ローズ・スピードウェイ』を手放せない羽目に・・・。また、「デラックス・エディション」では歓声が次曲「ベスト・フレンド」とクロスフェードでつながっているが、「スペシャル・エディション」及びアナログ盤では連結されずフェードアウトする。アナログ盤はここまでがB面。
11.ベスト・フレンド
今回のリマスター盤で初めて陽の目を浴びた未発表曲。シンプルなコード進行によるシャッフル調のロック・ナンバー。1972年のヨーロッパ・ツアーでセットリスト入りしていた曲で、『レッド・ローズ・スピードウェイ』にはベルギー・アントワープ公演(1972年8月22日)の演奏を収録する予定だった(この曲のスタジオ・ヴァージョンが録音された形跡はない)。アルバムから収録漏れになった後は、未発表曲集『コールド・カッツ』に収録するために1980年から何度かリミックスが行われ、ギターやコーラスがオーバーダブされた上にタイトルも一時期「Why Do You Treat Me So Bad」に改題された。ここには1972年11月12日にアラン・パーソンズが手がけたミックス(ブートには流出済み)が収録されている。「ナイト・アウト」同様、完成度を高めた『コールド・カッツ』ミックスも一緒に収録してほしかった・・・というのはマニアの贅沢な要求でしょうか。
なお、ボックス・セット「ウイングス 1971-1973」に同梱のライヴ盤『ウイングス・オーヴァー・ヨーロッパ』にもアントワープ公演の演奏が収録されているが、そちらは2018年に新たにミックスされたものである(コーラスも追加されている)。また、「デラックス・エディション」では歓声が前曲「ザ・メス」とクロスフェードでつながっているが、「スペシャル・エディション」及びアナログ盤では連結されていない。
12.ループ(ファースト・インディアン・オン・ザ・ムーン)
この曲は『レッド・ローズ・スピードウェイ』が1枚組に再編された後もアルバムに残留した。
13.メドレー:ホールド・ミー・タイト〜レイジー・ダイナマイト〜ハンズ・オブ・ラヴ〜パワー・カット
このロング・メドレーは『レッド・ローズ・スピードウェイ』が1枚組に再編された後もアルバムに残留し、アルバムのラストを飾った。アナログ盤はここまでがC面。
14.ママズ・リトル・ガール
1990年2月に発売されたソロ・シングル「プット・イット・ゼア」のB面で、アルバム未収録曲。同年に発売されたアルバム『フラワーズ・イン・ザ・ダート』の来日記念盤に収録されたほか、1993年にアルバム『ウイングス・ワイルド・ライフ』が「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズで再発売された際にボーナス・トラックに追加されたが、レコーディング時期を考慮して今回初めて『レッド・ローズ・スピードウェイ』へ鞍替えに。ポールが自身の娘たちのために書いたアコースティック・ナンバーで、ウイングスお得意の美しいコーラスワークをフィーチャーしている。この曲もいったんお蔵入りになった後、未発表曲集『コールド・カッツ』に収録するため幾度となくリミックスが繰り返された。そして、1987年にポールとクリス・トーマスの共同プロデュースのもとビル・プライスがミキシングを手がけたヴァージョンが、最終的にリリースされた。
今回ボーナス・トラックに収録されたものは、1973年12月13日に制作されたアラン・パーソンズによる未発表ミックス(ブートではステレオの左右が逆になっていたものの出回っていた)で、これまで聴くことができた公式ヴァージョンとは随所で違いが見られる。分かりやすい所では、公式ヴァージョンではアコースティック・ギターとコーラスがステレオ中央に配置されているが、未発表ミックスでは左右にはっきり分かれている。未発表ミックスはポールのヴォーカルにリバーブがかかっておらず、生々しく響く。また、『コールド・カッツ』の作業中にオーバーダブされた楽器(タンバリン、中盤のクラリネットの一部、その後のパーカッション・ソロ中のベースなど)がまだない。セッション当初の状態を垣間見ることができて興味深いですが、できれば公式ヴァージョンの方もボーナス・トラックに加えてほしかったです。
15.アイ・ウッド・オンリー・スマイル
デニー・レインの自作曲で、リード・ヴォーカルもデニー。曲調は軽快ながら、別れた恋人への未練を歌ったせつないラヴ・ソングだ。1972年3月にレコーディングされた後、ヨーロッパ・ツアーでデニーにスポットを当てるためセットリスト入りした。『レッド・ローズ・スピードウェイ』に収録されなかったことから、1978年には未発表曲集『コールド・カッツ』への収録も検討されたが、結局はデニーがウイングスの活動休止期間中に発表したソロ・アルバム『ジャパニーズ・ティアーズ』(1980年)で陽の目を浴びた。
ここに収録されたものはセッション当初に制作された未発表ミックス(制作日やエンジニアなどは不明。ブートではステレオの左右が逆になっていたものの聴くことができた)で、『ジャパニーズ・ティアーズ』収録の既発表ミックスとは様々な点で異なる。例えば、既発表ミックスはピッチをやや落としデニーのヴォーカルにエフェクトをかけているが、未発表ミックスはそうした処理が施されていないので自然に感じられる。既発表ミックスでは2本のエレキ・ギターをステレオの左右両極端に配しているが、未発表ミックスでは少し中央に寄せている。さらに、既発表ミックスは第1節から「ウー」というコーラスがステレオ中央に入り、2度目のBメロの直後に誰かのシャウトが聞こえるが、未発表ミックスではオフにされている(コーラスは第2節から右チャンネルに入る)。個人的にはデニーが書いた曲でも指折りに大好きなので、デニーのソロを知らないポール・ファンにも聴く機会が広がったことを大歓迎したいです!
16.ワン・モア・キス
この曲は『レッド・ローズ・スピードウェイ』が1枚組に再編された後もアルバムに残留した。
17.トラジェディ
今回のリマスター盤で初めて陽の目を浴びた未発表曲。トーマス・ウェイン&ザ・デロンズが1959年に発表した唯一のヒット曲(全米5位。当時の邦題は「悲しき歌」)のカヴァーである。フリートウッズやブライアン・ハイランドがカヴァーしたことでも知られ、その版権は現在ポールの楽曲版権会社(MPL)が所有している。ウイングス・ヴァージョンは息の合ったコーラスワークを生かしつつ、シタールやビブラホンの使用で幻想的な仕上がりなのが特徴。これまた未発表曲集『コールド・カッツ』に収録するためたびたび手が加えられ、ハープがオーバーダブされた。ここに収録されているセッション当初のミックスも、『コールド・カッツ』ミックス共々既にブートでは出回っていた(ステレオの左右が逆になっていたものの)。『レッド・ローズ・スピードウェイ』の作風にもぴったりだし、カヴァーとはいえボツになってしまったのが特に信じられないですね。
18.リトル・ラム・ドラゴンフライ
この曲は『ラム』のアウトテイクを引っ張り出してきたものだが、『レッド・ローズ・スピードウェイ』が1枚組に再編された後もアルバムに残留した。ロング・メドレーで豪華絢爛に締めくくる1枚組ヴァージョンに対し、2枚組ヴァージョンはアナログ盤のD面にバラードを集中させた後に一番物悲しいこの曲をラスト・ナンバーに据えていて、アルバムを聴き終えての後味が全く異なるのが面白い。
CD 3
1.メアリーの子羊
ウイングスのセカンド・シングルで、1972年5月に発売され英国で最高9位・米国で最高28位。当時の邦題は「メアリーの小羊」。『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションで録音されたが、アルバムには収録されなかった。初CD化以来これまで『ウイングス・ワイルド・ライフ』のボーナス・トラックだったが、レコーディング時期を考慮して今回初めて『レッド・ローズ・スピードウェイ』へ鞍替えに。
ポールが娘メアリーのために書いたお遊び歌で、同名の童謡「メリーさんのひつじ」の歌詞をほぼそのまま引用し、自作の曲にのせて歌う。そんな曲を政治色の濃い「アイルランドに平和を」の次なるシングルに選択したことはウイングスのメンバーをも困惑させたほか、評論家たちから「軟弱だ」「一貫性がない」などと批判されてしまった。ポールによると、ピート・タウンゼント(ザ・フー)の幼い娘のお気に入りで、ピートはシングルを買うようねだられたとのこと。1972年のヨーロッパ・ツアーでは最新ヒットとして披露された。
2.リトル・ウーマン・ラヴ
シングル「メアリーの子羊」のB面でアルバム未収録曲。『ラム』セッションのアウトテイクをウイングス名義で発表している。初CD化以来『ウイングス・ワイルド・ライフ』のボーナス・トラックだったが、2012年に『ラム』が「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの一環で再発売された際には、そちらのボーナス・トラックに収録されていた。今回は2018年にリマスタリングし直したものが収録されている。軽快かつシンプルなピアノ・ポップで、ポジティブな詞作と“Oh yeah”のコーラスが楽しい。ギターはヒュー・マクラッケン、ドラムスはデニー・シーウェル。1973年の全英ツアーと1975年のワールド・ツアー(英国とオーストラリア)では、いずれも「C・ムーン」とのメドレー形式で演奏された。
3.ハイ・ハイ・ハイ
『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッション中に録音された曲で、1972年12月にアルバムに先行してシングル発売された(英国5位・米国10位)。アルバムには未収録となり、1993年に『レッド・ローズ・スピードウェイ』が「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズで再発売された際にボーナス・トラックに追加された。『ウイングス・グレイテスト・ヒッツ』『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』『ピュア・マッカートニー〜オール・タイム・ベスト』(後者はデラックス・エディションのみ)の各ベスト盤にも収録。
ブギウギ風のリズムとハードなギター・フレーズが刺激的なロックンロール。エンディングは唐突にテンポ・アップする。歌詞も多分に大胆で、「僕らはハイになる」という一節がセックスやドラッグを連想させるとして英国BBCから放送禁止処分を受けてしまった。それでもウイングスのライヴでは大いに盛り上がった定番曲で、1972年のヨーロッパ・ツアー(公式発表前)から1976年までは必ず演奏されていた。また、ウイングス解散後も2013年から複数のコンサート・ツアーでしばらくセットリスト入りしている。
4.C・ムーン
「ハイ・ハイ・ハイ」との両A面シングルとして発売された曲。「ハイ・ハイ・ハイ」が放送禁止となったのを受け、ラジオ局は専らこちらを流した。この曲もアルバムには収録されず、1993年に『レッド・ローズ・スピードウェイ』が「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズで再発売された際にボーナス・トラックに追加された。『オール・ザ・ベスト』『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』の各ベスト盤にも収録。
レゲエ・ビートを取り入れた陽気なポップ・ナンバーで、途中から入るシロホンやトランペットのアレンジが効果的。タイトルの「C・ムーン」はサム・ザ・シャムがヒットさせた「ウーリー・ブーリー」(1965年)をヒントにポールが考えた造語で、「物分かりのいい人」を意味する。ポール自らお気に入りだと明かしている1曲で、ソロに移行してからもコンサートのリハーサルやサウンドチェックで今なお頻繁に取り上げているのが何よりの証拠である(2000年代には本番で披露されることもあった)。
5.007/死ぬのは奴らだ
ロジャー・ムーアが3代目ジェームズ・ボンドを演じた同名の007映画(シリーズ第8作目)の主題歌。複数のパートから成る組曲形式で、ピアノ・バラードに始まりオーケストラを交えたスリリングなインストを挟み、リンダが書いたレゲエ調の中間部へと劇的に展開してゆく。表立ってはビートルズ解散後以来初めてタッグを組むジョージ・マーティンが共同プロデューサーに就き、オーケストラのスコアを書いた。1972年10月に行われたレコーディングには、レイ・クーパーがパーカッションで参加。ウイングスの演奏を映画に使用するという条件でポールは仕事を引き受けたが、映画のプロデューサーは別の歌手に歌わせるものだとずっと勘違いしていて、完成した音源を「素晴らしいデモだ」と言い放ったというエピソードが残る。
1973年6月1日にシングル発売され、英国で最高9位・米国で最高2位を記録。カヴァー・ヴァージョンも多く、ガンズ・アンド・ローゼズによるものが最も有名であろう(1991年・全英5位まで上昇)。ウイングス時代から現在に至るまで、ポールは大規模なコンサート・ツアーではほぼ欠かさずこの曲を演奏しており(唯一の例外はウイングスの1979年全英ツアー)、ステージではマグネシウム花火とレーザー・ビームを投入した派手な演出が毎回繰り広げられる。『ウイングス・グレイテスト・ヒッツ』『オール・ザ・ベスト』『ザ・グレイテスト』『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』『ピュア・マッカートニー〜オール・タイム・ベスト』の各ベスト盤にも収録。この曲がオリジナル・アルバムのボーナス・トラックに収録されるのは今回が初めて。
6.ゲット・オン・ザ・ライト・シング
ここから3曲は、『ラム』から収録漏れになった後、将来的なリリースを見越して1971年7月にディクソン・ヴァン・ウィンクルが手がけた初期ミックスが収録されている。3曲とも未発表音源で、これまでブートですら聴くことができなかった。うち「ゲット・オン・ザ・ライト・シング」は当時EPでの発売が検討されていたとも言われ、B面に「ア・ラヴ・フォー・ユー」「グレート・コック・アンド・シーガル・レース」を収録予定だった。
1973年1月21日にリチャード・ラッシュがミキシングを行った公式ヴァージョンとの主な相違点は次の通り。初期ミックスではイントロにギターのフィードバックが入り、ポールのハミングと“All at once”という掛け声が続く(いずれも公式ヴァージョンにはない)。公式ヴァージョンではヴォーカルはすべてステレオ中央に配置されているが、初期ミックスでは第3節以外のメロでリード・ヴォーカルが右側に大きく片寄る反面、サビはリード・ヴォーカルを中央に、そのエコーとコーラスを左右に振り分けている。また、初期ミックスでは最初の間奏での逆回転サウンドが公式ヴァージョンよりも多いが、逆に2度目の間奏には全く入っていない。アウトロは、公式ヴァージョンではオフにされてしまった終盤のリード・ヴォーカルが残された上に、公式ヴァージョンより20秒ほど長い。演奏はフェードアウトし、徐々に手拍子を伴ったアカペラになってゆく。この曲は「スペシャル・エディション」には収録されていない。
7.リトル・ラム・ドラゴンフライ
この曲の場合、初期ミックスと公式ヴァージョン(1973年1月8日にアラン・パーソンズが制作)との違いは何と言ってもヴォーカル面にある。初期ミックスのヴォーカルはガイド・ヴォーカルのままで、公式ヴァージョンに比べてずいぶん気を抜いて歌っているからだ。しかも歌詞がほとんど完成していなく、「ラララ・・・」でごまかしている。公式ヴァージョンでは一部でデニー・シーウェルがリード・ヴォーカルを取っているが、初期ミックスでは全編ポールが歌う。『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションで追加されるリンダとデニー・レインのコーラスもまだない。演奏面は、イントロでバス・ドラムが大きめにミックスされているのと各楽器のステレオ配置を除き公式ヴァージョンと大差なく、ジョージ・マーティンがアレンジしたオーケストラが既に加えられている点がむしろ興味深い(ヴォーカルが薄い分、公式ヴァージョンより鮮明に聞き取れる)。この曲は「スペシャル・エディション」には収録されていない。
8.リトル・ウーマン・ラヴ
公式ヴァージョンは1971年11月10日にトニー・クラークがミキシングを行ったものだが、その際にヴォーカルを全部差し替えているため、この初期ミックスはわずか4ヶ月遡っただけなのに印象が全く異なる。初期ミックスはほぼリンダとのデュエットで、ポールの声質も「出ておいでよ、お嬢さん」並みに野太く、明朗な公式ヴァージョンとは一線を画す。間奏には手拍子と共に雑なアドリブも入れている。間奏後のメロは第1節を繰り返し歌う(公式ヴァージョンでは第2節)。公式ヴァージョンでは大半の楽器がステレオ中央に集中しているが、初期ミックスでは左チャンネルにピアノを、右チャンネルにドラムスを配し、全体的に重低音が強調されたミックスとなっている。この曲は「スペシャル・エディション」には収録されていない。
9.1882
'70年代初頭に書かれ、今回のリマスター盤で初めて陽の目を浴びた未発表曲。当時のミュージック・シーンを席巻していたブルース・ロックを意識していて、その仕上がりは「ワイルド・ライフ」に通じる。1882年を舞台とした物語風の詞作で、餓死寸前の母親のためにパンを盗んだ青年が捕まり処刑されるという筋書きは、数あるマッカートニー・ナンバーの中でも最も残忍と言えよう。既に存在が知られブートではおなじみの曲だったが、今回は3種類のテイク(ピアノ・デモ、ライヴ・ヴァージョン、スタジオ・ヴァージョン)が一挙に公式発表されることに。
この曲のピアノ・デモ(自宅で録音されたが時期は不明)は2テイクをブートで聴くことができたが、そのうち1つがボーナス・トラックに選ばれた。後のヴァージョンよりもアップテンポで、ピアノ弾き語りということもありブルージーさはまだ薄い。ポールのヴォーカルも軽く流すような感じで、間奏ではギター・ソロをイメージしながらスキャットで歌う(ちなみに、未収録に終わったもう片方のテイクではリンダがコーラスで参加している)。歌詞は粗方完成しているが、青年が四つ裂きの刑に処される結末の部分はまだなく、全く別の内容になっている。一方、もう片方のテイクでは一転して結末まで書き上げられていて、試行錯誤の跡が垣間見られる。この曲は「スペシャル・エディション」には収録されていない。
10.ビッグ・バーン・ベッド
1972年3月のレコーディング当初にグリン・ジョンズが手がけたラフ・ミックス。未発表音源だが、ブートではステレオの左右が逆になっていたものの出回っていた。1973年1月9日にアラン・パーソンズがミキシングを行った公式ヴァージョンとの相違点を挙げると、演奏面では各楽器のステレオ配置(例えば間奏のギター・ソロの定位でよく分かる)はもとより、後日ドラムスを一部差し替えているためフィルインが随所で異なる。それ以上に顕著なのがヴォーカル面で、ラフ・ミックスでは“Be my friend”“Keep on woman”など象徴的なコーラスがいくつかオーバーダブされていない。ミドル前のスキャットは別物で、公式ヴァージョンより圧倒的に控えめである。公式ヴァージョンはエンディングに向けてコーラスが重厚になってゆくが、ラフ・ミックスでは逆にどんどんフェードアウトしてゆき好対照を成す。そして最後はアカペラの“Keep on woman”とドラムスの代わりにピアノでシンプルに締めくくる(ブートでは続いてピアノが2音入るが、ここではカットされている)。この曲は「スペシャル・エディション」には収録されていない。
11.ザ・メス
この曲はこれまでライヴ・ヴァージョン(本リマスター盤のCD 2に収録)だけが公式発表されていたが、これは46年越しの初登場となるスタジオ・ヴァージョンである(もっとも、ブートではステレオの左右が逆になっていたものの聴くことができた)。スタジオ・ヴァージョンはヨーロッパ・ツアーに赴く前の1972年3月に録音を済ませていた。ライヴでは熱気あふれる演奏を聞かせていたが、スタジオ・ヴァージョンはテンポをやや落とし丁寧な音作りを心がけていて、ポールのヴォーカルも実に落ち着き払っている。また、ライヴ・ヴァージョンにはないピアノをフィーチャーしている。ライヴ・ヴァージョンとは中盤以降の曲構成が大幅に異なるが、ライヴ・ヴァージョンは商品化にあたって編集が施されていて、実際にはヨーロッパ・ツアーでは一貫してスタジオ・ヴァージョンと同じ構成で演奏されていた。ブートに手を伸ばしていないファンにとっては驚きの音源で、『レッド・ローズ・スピードウェイ』関連のアウトテイクでも最大の目玉と言えるだけに、案の定公式発表されたことを歓迎したいですね。この曲は「スペシャル・エディション」には収録されていない。
12.サンキュー・ダーリン
『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションで録音されたもののお蔵入りとなり、今回初めて公式発表される曲(ブートではステレオの左右が逆になっていたものの出回っていた)。ポールとリンダが「ダーリン」「サンキュー」と仲睦まじい掛け合いヴォーカルを披露する、カントリー風のほのぼのしたポップ・ナンバー。1972年2月の大学ツアーで一足先に取り上げられていた。アルバムの収録曲候補から早々に外された後はしばらく忘れ去られていたが、1986年には未発表曲集『コールド・カッツ』に収録するため管楽器がオーバーダブされたと言われる。ポールのコミカルな歌い回しが笑いを誘うが、中間部の「ビビビ、ビビービー」は特に面白い(笑)。メロディや歌詞が単調なためボツになったと想像できますが、それにしては無性にキャッチーで微笑ましく、シングルB面でもいいから発表してほしかったと思えるなかなかの佳曲です。
13.メアリーの子羊
1972年3月のレコーディング当初にグリン・ジョンズが手がけたラフ・ミックス。未発表音源だが、ブートではステレオの左右が逆になっていたものの出回っていた。この時点ではピアノ、エレキ・ギター、ドラムスのみのごくシンプルな楽器編成で、曲を特徴付けるマンドリンやボンゴ、子供たちのコーラスを始め、ベースとムーグ・シンセがまだない。ヴォーカルは公式ヴァージョン(制作日やエンジニアなどは不明)のものとは別テイクだ。一方、いったん曲が終わった後には公式ヴァージョンではカットされてしまったコーダが登場し、サビを延々と繰り返す。ポールは一気にテンションを上げ、リンゴ・スターの「シックス・オクロック」(1973年)に参加した時のようなアドリブ・ヴォーカルを繰り広げる。ブートでは最初のフェードアウトまでしか収録されていなかったが、ここではその先を40秒ほど長く聴くことができる。この曲は「スペシャル・エディション」には収録されていない。
14.1882
1972年のヨーロッパ・ツアーより、最終日のドイツ・ベルリン公演(1972年8月24日)のライヴ・ヴァージョン。既にブートに流出していたが、3日前のハーグ公演の音源とされてきた(冒頭のカウントは完全初登場)。このライヴ・ヴァージョンは『レッド・ローズ・スピードウェイ』収録曲候補に挙がり、ヴォーカルをダブル・トラックにするなどの後処理が行われた。実際、1972年12月13日に制作されたアセテート盤には収録されていたが、翌月に曲目が見直された際にお蔵入りになってしまった。ピアノ・デモの頃とは打って変わって重々しいロック・ナンバーに成長し、ポールの熱唱やヘンリーが弾くブルージーなギター・フレーズ、リンダによるモノトーンなキーボードが残酷極まりない歌詞の世界観にぴったり。なお、ライヴ盤『ウイングス・オーヴァー・ヨーロッパ』にもベルリン公演の演奏が収録されているが、そちらは2018年に新たにミックスされたものである(ヴォーカルはシングル・トラック)。
15.1882
『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッション中の1972年11月にレコーディングされたスタジオ・ヴァージョン。この曲がスタジオで試されていたことは以前から噂されてきたが、それを裏付ける音源は一切流出していなかった。まさに今回が完全初登場である。ヨーロッパ・ツアーで何度も演奏した後のため、ツアー前に録られた「ザ・メス」のスタジオ・ヴァージョンよりもすっかりこなれていて、ライヴ感がみなぎる。曲構成やアレンジもライヴ・ヴァージョンを基本的に踏襲しているが、リンダのキーボードは電子ハープシコードの代わりにグランドピアノを使用している。スタジオ・ヴァージョンでのポールのヴォーカルは余裕たっぷりで、歌詞に登場する青年を嘲笑するかのような皮肉めいたニュアンスも包含する。ライヴ・ヴァージョンに負けじとかっこいいテイクだけに、ミキシングもされずに今まで放置されていたのがもったいない限りですね(途中の歌い損じやグダグダ気味なエンディングが災いしたか?)。この曲は「スペシャル・エディション」には収録されていない。
16.ジャズ・ストリート
『レッド・ローズ・スピードウェイ』セッションで録音されたもののお蔵入りとなり、今回初めて公式発表されるインスト・ナンバー。ブートでは途中でフェードアウトする約5分のヴァージョンと、最後まで完奏する約8分のフル・ヴァージョンが出回っていたが、ここには前者のエディット・ヴァージョンが収録されている(冒頭のカウントは完全初登場)。この曲も「1882」と同様に1972年12月制作のアセテート盤には収録されていたが、翌月に曲目から外されてしまった。後年の「ランチ・ボックス〜オッド・ソックス」と「モース・ムースとグレイ・グース」を足して2で割ったようなピアノを基調とした、各メンバーのミュージシャンとしての力量を感じさせる緊張感に満ちた演奏を堪能できる。同時に、ギターの逆回転サウンドやノイズなどアバンギャルドな側面もうかがえる。これもアルバム入りが実現していたらそのイメージを大きく変えていたことでしょう。
17.007/死ぬのは奴らだ
1972年10月30日、公式テイクと同じセッションで録音された初期テイクで、今回が初の公式発表となる。この曲のアウトテイクは最初期のリハーサル・テイクをブートで聴くことができたが、この「テイク10」は一度も外部に流出したことがなかった。「テイク10」最大の特徴は、何と言ってもジョージ・マーティンのスコアによるオーケストラが加えられる前で、ウイングスのバンド・サウンドのみを純粋に楽しめる点であろう。公式テイクでは埋もれてしまっているヘンリーのギターやリンダのエレキ・ピアノをはっきり聞き取ることができる。一方、ポールのヴォーカルはまだ肩慣らしの段階で崩し歌いが目立つ。リンダとデニー・レインのコーラスも後半うっすら入る程度。エンディングには通常よりワン・アクセント追加されていて、ポールの渾身のシャウトが圧巻だが、この一ひねりは後にウイングスのドキュメンタリー・フィルム「ワン・ハンド・クラッピング」(1974年)でも再現されている。間違いなく本ボーナス・ディスクのハイライトの1つと断言できます!
DVD 1
〜ミュージック・ヴィデオ〜
1.ハイ・ハイ・ハイ
メニュー「ミュージック・ヴィデオ」には、1972年〜1973年に制作された4曲分のプロモ・ヴィデオを収録している。ウイングスのサード・シングル「ハイ・ハイ・ハイ」のプロモ・ヴィデオは、1972年11月25日にサウサンプトンにあるサザン・テレビジョンのスタジオで撮影された。監督はスティーヴ・ターナー。ひな壇状のステージで演奏するバンドを、3台のカメラをぶっつけ本番で切り替えながら映すというシンプルな内容で、初期ウイングスのライヴを擬似体験することができる。溌剌と歌う長髪のポール、ウイングスのロゴマーク入りTシャツを着て悠然としたデニー・レイン、険しい顔つきでスライド・ギターを弾くヘンリーと、並んで立つ3人の表情の違いに注目。このプロモは既にプロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」にも収録されているが、今回は天地をカットせず1972年当時に忠実な画面サイズとなっている。一方、「The McCartney Years」ほどはノイズ除去等は徹底されていない。
2.C・ムーン
このプロモ・ヴィデオは、「ハイ・ハイ・ハイ」のプロモと同日に同じステージで撮影された。こちらの監督もスティーヴ・ターナー。この曲のレコーディングでは各メンバーが楽器を交換した変則的なバンド・スタイルに挑戦しているが、その様子を視覚的にも確認できる。ポールはピアノを弾き、リンダがタンバリン、デニー・レインがベース、ヘンリーがドラムス、デニー・シーウェルがトランペットとシロホンを担当。中でも、ドラマーを任されるヘンリーと、トランペットを吹くシーウェルはここでしか見ることができないレアな光景だ。ポールはタイトルを図案化したイラストがプリントされたTシャツに着替えている(友人の作とのこと)。「ハイ・ハイ・ハイ」と同様、余計な小細工を排したストレートな演奏シーンに徹している。既に「The McCartney Years」にも収録されているが、今回は天地をカットせず1972年当時に忠実な画面サイズとなっている。一方、「The McCartney Years」ほどはノイズ除去等は徹底されていない。
3.メアリーの子羊(ヴァージョン1)
何を思ったのか、セカンド・シングル「メアリーの子羊」は内容の全く異なるプロモ・ヴィデオが4種類も制作された。監督はいずれもニコラス・ファーガソン。「デラックス・エディション」のハード・カヴァー・ブックによると、すべて1972年6月6日にロンドンのBBC TVシアターにて撮影されたそうだが、デニー・レインが「ヴァージョン2」「ヴァージョン3」でのみあごひげを生やしているのを考慮すると、数日かけて撮影されたと考えるのが自然であろう。以下特筆のない限り、ポールがピアノ、リンダがボンゴ、デニー・レインがアコースティック・ギター、ヘンリーがマンドリン、デニー・シーウェルがドラムスを演奏している。
「ヴァージョン1」の舞台は田園地方で、書割による背景や人工的に再現された丘のセットが学芸会さながらだ。芝生の装飾が施されたピアノの上には本物のウサギが乗っている。リンダとヘンリーは腰かけ、デニー・レインは寝そべり、思い思いにくつろぎながら演奏。口ひげを蓄えたデニー・レインと、逆にひげのないデニー・シーウェルが新鮮に感じられる。合間にはメアリーと小羊をフィーチャーしたアニメーションが挿入され、歌詞のストーリー(童謡「メリーさんのひつじ」と同一)を描いている。キャラクターの動きがぎこちないのが古くさくてコミカル。最後はウイングスの映像で締めくくるが、曲が終わるとヘンリーがなぜか急に丘を転がり落ちる(笑)。このプロモが公式にソフト化されるのは今回が初めて。
4.メアリーの子羊(ヴァージョン2)
4ヴァージョン中最も貴重なのがこの「ヴァージョン2」。他のヴァージョンとは違い一度もTVで放送されず、それゆえ公式未発表なのはおろかコレクターの間でも一切出回っていなかった(厳密には、「The McCartney Years」のメニュー画面で映像をほんのわずかに見ることができた)。もちろん今回が初のソフト化である。舞台は一転して砂漠で、屋根の付いた円形のステージにメンバーが順次登場してくる。ポールはピエロよろしく赤い鼻を着け、他のメンバーと共にサーカスを意識した奇抜な衣装をまとう。ドラム・セットの周りには風船が飾られている。乗馬を趣味とするリンダは楽器を持たず、本物の馬の上からコーラスを入れる。酔っ払いのような風貌のデニー・レインや、眼鏡をかけたヘンリーがまるで別人みたい。最後はステージに誰もいなくなり、照明も次第に夕暮れっぽくなる。
5.メアリーの子羊(ヴァージョン3)
「ヴァージョン3」の舞台は納屋で、それに合わせてかポールたちの服装も農作業に適したカジュアルなものとなっている。ヘンリーはポールのポートレイトがプリントされたTシャツを着用。ピアノの上には今度は本物の鶏が鎮座し、足元では本物の小羊がうろつき回っている。小羊はリンダ(序盤ではボンゴをたたいていない)に構ってもらったり、ギターを弾くデニー・レインの挨拶を受けたりと自由気まま。特筆すべきはポールのヴォーカルで、マイクをオンにして撮影に臨んだため、スタジオ・ヴァージョンとは別のライヴ・ヴォーカルがかぶさって聞こえる。第3節で第4節の歌詞を歌いかけてしまっているのはご愛嬌(汗)。このプロモも今回が初の公式ソフト化となる。
6.メアリーの子羊(ヴァージョン4)
「ヴァージョン4」のみ明確な舞台設定はなく、クロマキー合成で演奏シーンの背景を花びらの模様を多用したサイケデリックなものに置き換えている。ポールたちは揃ってオレンジ色の服を着ていて、中盤からはその服の色が変化してゆく。第2節で滑稽な仕草をしてふざけるデニー・レインとヘンリーがお茶目(笑)。「ヴァージョン3」に続きポールのマイクはオンになっていて、ライヴ・ヴォーカルがかぶさって聞こえる。「ヴァージョン4」は米国NBCのTV番組「フリップ・ウィルソン・ショー」(1972年10月12日放送)で取り上げられ、2000年には同番組のDVDでソフト化されていた(蛇足ですが、司会者のフリップ・ウィルソンが何とも言えないおどけ顔で曲紹介するのが大変面白いです)。今回は「フリップ・ウィルソン・ショー」で加えられていた曲前後の拍手がない状態での収録が初めて実現したが、マスター・テープの劣化のせいか所々で音声のピッチが狂う。
7.マイ・ラヴ
あまり数の多くない初期ウイングスのプロモ・ヴィデオの中でも最も有名なのはこれであろう。監督はミック・ロック。内容は再びシンプルで、霧のかかった室内でのスタジオ・ライヴを捉えている。ポールはスタジオ・ヴァージョンと同じくキーボードを弾き語り、ベースはデニー・レインが代奏。ラヴ・ソングを捧げられたリンダが大きなコートを着て踊る姿が目立つ。間奏ではポールも加わってダンスを披露し、そこにヘンリーの自信たっぷりのギターさばきが色を添える。演奏はスタジオ・ヴァージョンだがリード・ヴォーカルはオフにされ、代わりにポールがライヴ・ヴォーカルを入れている。既に「The McCartney Years」にも(リード・ヴォーカルをスタジオ・ヴァージョンと同じものに差し替えた上で)収録されているが、今回は天地をカットせず1973年当時に忠実な画面サイズとなっている。一方、「The McCartney Years」ほどはノイズ除去等は徹底されていない。また、主にポールを映すカメラ・アングルが「The McCartney Years」とは一部異なる(このヴァージョンはコレクターの間では以前から流通していた)。
〜ジェイムズ・ポール・マッカートニー・TVスペシャル〜
1.ジェイムズ・ポール・マッカートニー・TVスペシャル
1973年3月13〜27日にロンドンのエルストリー・フィルム・スタジオなどで撮影されたウイングスのTV特別番組。英国ATVが企画・制作し、監督はドワイト・ヘミオン、プロデューサーはゲイリー・スミス。ウイングスの演奏シーンを中心に、マッカートニー・ナンバーをフィーチャーした映像がプロモ・ヴィデオのように次々と登場する。元々は、ソロ・シングル「アナザー・デイ」でのリンダとの共作名義に難癖をつけた版権管理会社ノーザン・ソングス(ポールが設立に関わったが、1969年にATVが買収)が起こした2年越しの裁判の和解案として提示されたものである。1973年4月16日に米国ABCで放送され(英国での放送は5月10日)、ブートでは映像・音源共に定番アイテムとなっていたが、今回念願の初ソフト化を果たした。本DVDには50分あまりの映像が“ほぼ”完全収録されている。以下では、チャプターごとに区切って解説を掲載してゆきます。
- ビッグ・バーン・ベッド
オープニングでは、小さなレンズを通してステージを見下ろす形で準備中のバンドが映され、やがてその姿がズームインしてゆく。ポールのカウントに続いて1曲目に演奏されるのは、米国での放送時には発売前だった『レッド・ローズ・スピードウェイ』収録曲。幕が開くと、そこには観客・・・の代わりに無数のTVが並ぶ。そして、実際のライヴをほうふつさせるパフォーマンスにのせて、ウイングスのメンバーがヘンリー→デニー・シーウェル→デニー・レイン→リンダ→ポールの順に、各自のプロフィールとコメントを記したテロップと共に紹介される。アイルランド出身のヘンリーの好きな食べ物が「(もちろん)アイリッシュ・シチュー」だったり、デニー・レイン(本名はブライアン・ハインズ)のコメントが「僕はどうして名前を変えたんだっけ?」だったりとどれもウィットに富んでいる。最後のポールのコメントのみ本人の口からで、曲をいったん止めて“Good evening!”と言うのが実にかっこいい。
- ブラックバード
ここから3曲はメドレー形式で、ポールが椅子に座ってアコースティック・ギターを弾き語る。その傍らには写真家でもあるリンダが控え、ニコンのカメラでポールの写真を続けざまに撮ってゆく。リンダがシャッターを切るたびに、周囲のライト(傘が取り付けられている)が点滅するのが効果的。まずこの曲は、ビートルズのアルバム『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』(1968年)収録曲。ウイングスを軌道に乗せるためビートルズの幻影と日々闘っていたポールにとって、ビートルズ・ナンバーを人前で披露するのはビートルズ解散後これが初めてのことであった。オリジナルよりキーを1音半下げ、足でリズムを取りながら1節弾いてみせる。
米国で放送されたヴァージョンではこの後、1973年末にアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』で発表されるに至る「ブルーバード」の演奏シーンが挟まれるが、本DVDでは英国で放送されたヴァージョンに準じてオミットされている(ぜひノーカットで完全収録してほしかったですが・・・)。また、リハーサル段階では「ママズ・リトル・ガール」「カントリー・ドリーマー」「ハンズ・オブ・ラヴ」「イエスタデイ」「ロング・ヘアード・レディ」「ヘイ・ディドル」「7月4日」や、バディ・ホリーのカヴァー「ザットル・ビー・ザ・デイ」「テイク・ユア・タイム」もメドレーに組み込まれていた。
- ミッシェル
続いてもビートルズ時代の曲で、アルバム『ラバー・ソウル』(1965年)より。こちらはオリジナルよりもキーが2音半も高い。ポールのヴォーカルにはほんのりエコーがかけられている。歌詞にフランス語を織り交ぜているのは有名な話だが、後半はその発音をわざとらしく強調して、本場のフランス人が歌っているかのように振る舞う。間奏のソロ・フレーズはスキャットで再現。全体的にビートルズ・ヴァージョンよりもシャンソンっぽさが滲み出ていると思えるのは気のせいだろうか。
- 故郷のこころ
「バスに乗って、故郷の真ん中に向かいます」というポールの台詞が導くのは、リンダとのデュオ名義で発表した『ラム』収録曲。キーはオリジナルより半音下げている。当時は避けていたビートルズ・ナンバーよりもずっと身近で思い出深い曲だからか、歌い始めてすぐに笑みがこぼれる。オリジナルのスタジオ・ヴァージョンではポールの単独ヴォーカルだったが、ここではリンダも一緒に歌う。「ブラックバード」同様1節のみの短縮版でアコースティック・コーナーを締める。
- メアリーの子羊
ウイングスのセカンド・シングル。この曲のシーンはロンドン郊外のハムステッド・ヒースという公園で撮影が行われた。池のほとりにピアノとドラム・セットを据え、羊の群れに囲まれて演奏するシュールな光景を見ることができる。デニー・レインとヘンリーは木にもたれかかり、リンダに至ってはブランコを漕ぎながらタンバリンを振っている。白い服に身を包んで園内を回る5人の姿も盛りだくさんで、羊と散歩したりボートに乗ったりサッカーに興じたりと楽しそう。ポールとリンダの乗馬も登場するが、ポールだけなぜか早送りなのが面白い(笑)。この上なく牧歌的だが、その方向性に違和感を抱き、曲自体も好きでなかったヘンリーは「いつまでこれをやらされるんだ?」と思ったと述懐している。曲の方は番組のために新たに録音され、後からストリングスがオーバーダブされたリメイク・ヴァージョン。
- リトル・ウーマン・ラヴ
ここから3曲は、エルストリー・フィルム・スタジオで撮られたスタジオ・ライヴである。最初はシングル「メアリーの子羊」のB面曲。この曲が次の「C・ムーン」をサンドイッチする構成のメドレーは、この番組を皮切りに1973年〜1975年のライヴでセットリスト入りすることになる。スタジオ・ヴァージョンではグランドピアノを弾いていたポールはエレクトリック・ピアノを演奏。その軽快な手つきがクローズアップされるのがおいしい。ポールの背後に立つリンダもコーラスで存在感を発揮している。
- C・ムーン〜リトル・ウーマン・ラヴ
前述した通り、お次はウイングスのサード・シングル(「ハイ・ハイ・ハイ」との両A面扱い)。ウイングス解散後もリハーサルやサウンドチェックで息の長い曲だが、この番組が人前での初披露であった。これまたキーボードがエレクトリック・ピアノに変更されているほか、ヘンリーがエレキ・ギター、デニー・シーウェルがドラムスを担当している。ライヴやドキュメンタリー・フィルム「ワン・ハンド・クラッピング」では複数節演奏される「C・ムーン」を1節で早々に切り上げ、メドレーは「リトル・ウーマン・ラヴ」へと戻ってゆく。曲が終わると、割れんばかりの拍手を受けポールは「どうだ!」と言いたげなドヤ顔を見せる。
- マイ・ラヴ
カメラが引き、バンドの周囲にオーケストラ奏者が並んで座っていることが分かると共に始まるのは、『レッド・ローズ・スピードウェイ』収録曲で当時の最新ヒット。リチャード・ヒューソンが書いたスタジオ・ヴァージョンのオーケストラ・スコアも甘美だったが、ここでは大仰なくらいさらにアマアマにアレンジされている。それに歩調を合わせてか、ポールも情感たっぷりに歌う。やはり見所は間奏で、その都度フレーズを変えることを好んでいたヘンリーが(恐らくポールの要望で)スタジオ・ヴァージョンそのままのギター・ソロを聞かせる姿を間近で堪能できる。なお、映像の一部はドキュメンタリー作品「ポートレイト〜プレス・トゥ・プレイ1986〜」(1986年)に抜粋され見ることができた。
- アンクル・アルバート
『ラム』収録曲にして全米No.1を獲得したヒット・シングル(いずれも「ハルセイ提督」とのメドレー形式)。オリジナル・ヴァージョンをBGMに、歌詞の世界が映像で再現される。まず第1節ではポールとリンダが室内でお茶を入れくつろいでいる。“I believe I'm gonna rain(きっともうじき雨になるだろう)”と歌われるのに合わせて外で稲妻が走る様子が映し出され、雷鳴のSEにもぴったりだ。場面は第2節でオフィスに切り替わり、一転して眼鏡にひげ面のポールがパイプをくわえて電話に応対中。そして、第3節では通話相手が無数の「おじさん」(電話機を手に持ち立っている)であることが明かされる。アウトロに差し掛かるとポールが電話を切り、おじさんたちは悲しげな表情で一斉に受話器を下ろす。曲は「ハルセイ提督」に向かわず、ストリングスを繰り返しながらフェードアウトしてゆく(「ハルセイ提督」のパートも制作されたそうだが、放送には至らなかった)。
- チェルシー・リーチ
ポールの故郷リバプール(冒頭で「船と街路とパブと人々と親戚の町」と形容している)にあるチェルシー・リーチというパブで撮影されたこのシーンには、大晦日の家族の集いを再現すべくウイングスのメンバーはもちろんポールの親族や知人、たまたま居合わせた地元の人たちが多数出演していて、古き良き英国の庶民的な団欒を追体験できる。中にはポールの父親ジェームズやジンおばさん、ジェリー&ザ・ペースメイカーズのジェリー・マースデンの姿も。ポールはお酒を飲んだりタバコを吸ったりしながら、そんな顔ぶれとの久々の再会を喜んでいる。お酒を買うためにジェームズからお金を借りる一こまが微笑ましい。また、至る所で自然発生的に大合唱が沸き起こり、「遥かなティペラリー」「エイプリル・シャワーズ」「カリフォルニアにやって来た」「パック・アップ・ユア・トラブルズ・イン・ユア・オールド・キット・バッグ」「ユー・アー・マイ・サンシャイン」といったスタンダード・ナンバーをポールも一緒に歌う。
- ゴッタ・シング、ゴッタ・ダンス
この番組で初披露されたものの、その後再度取り上げられた形跡のない未発表曲。元々はモデルのツイッギーのために書かれ、'30年代に隆盛を極めたバスビー・バークレーに敬意を表したミュージカル・ナンバーに仕上げている。ブラス・セクションとストリングスによる華やかな演奏と、ころころ変わる曲調が聴き所。最初はピアノ弾き語りで静かにスタートするが(誰もいないステージで普段の外見のポールがピアノを弾く)、すぐにミドル・テンポのミュージカル調に転じる。同時に、ポールは口ひげを生やしピンクのタキシードに金ぴかの靴という格好で歌いながら踊り始める。その周りでは女性ダンサーたちが規則正しく踊るが、みな半分男性用の黒いスーツ・半分女性用の銀のレオタードという奇抜な衣装で揃えているのがユニーク。当初の案ではポールが女装する予定だったが、米国の大手スポンサーに配慮して却下されたとのこと。
「クリーン・アクロア」に似た中盤のドラム・ソロに突入すると、ポールとダンサーたちは“Don't stop!”の掛け声をバックに手拍子しながら歩き回る。続く間奏ではタップダンスも交えた派手なダンスが繰り広げられるが、アップテンポな箇所では映像が早送りになるのが大変面白い(笑)。しまいにはポール自らタップダンスを披露すると、曲は最終パートへ。拍手と紙吹雪を浴びながら、ポールはどこからともなく取り出したスティックを片手に高らかに歌う。ダンサーたちは次々にステージを去ってゆき、最後はポール1人でショーを締める。誰が見ても誰が聴いても楽しいと感じることができる、「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」を象徴する屈指のハイライトだと思います。私が番組で一番好きなシーンでもあり、無論病みつきです(苦笑)。
- 007/死ぬのは奴らだ
ポールとリンダが試写室で映画鑑賞を楽しむ一こま(「僕の個人的な意見だけど、米国の映画館の方がヨーロッパよりポップコーンがおいしいんだ」「僕が映画を見に行くのはサントラを聴くため。映像は背景になるんだ」というポールのコメントが興味深い)に続くのは、番組の放送時には未発表だったシングル曲で、同名の007映画の主題歌。「リトル・ウーマン・ラヴ〜C・ムーン」と同じエルストリー・フィルム・スタジオでのスタジオ・ライヴで、ウイングスは「マイ・ラヴ」のように本物のオーケストラ奏者に囲まれながら演奏する。担当楽器はスタジオ・ヴァージョンをほぼそのまま踏襲し、ポールがピアノを、デニー・レインがベースを弾く。
2度ある間奏では、こちらも6月に封切を控えていた映画「007/死ぬのは奴らだ」よりいくつかのシーンが先行してお披露目される。有名なボートチェイスのくだりはもちろん登場。緊張感漂うアクションの連続に、当時の視聴者は映画への期待を否応にも高めたであろう。アウトロはウイングスの演奏シーンに戻るが、曲が終わるタイミングで謎の男が陰で起爆装置を作動させ、ポールが弾いていたピアノを爆破してしまう(このオチの撮影で、ポールは破片で手にけがをしたとのこと)。なお、映像の一部はウイングスのドキュメンタリー「夢の翼」(2001年)に抜粋されていた。
- ビートルズ・メドレー
このシーンにウイングスは登場せず、エルストリー・フィルム・スタジオの外にいた通行人たち(主に老人)にビートルズ・ナンバーを歌わせた映像をメドレー形式にまとめている。「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」「ア・ハード・デイズ・ナイト」「キャント・バイ・ミー・ラヴ」「シー・ラヴズ・ユー」「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」「イエスタデイ」「イエロー・サブマリン」といった名曲が十人十色の解釈で生まれ変わっているが、うろ覚えのあまりメロディや歌詞が全くの別物になってしまっている人も散見されるのが面白い。そこに、すっかりメチャクチャなテンポや拍子をご丁寧になぞるビッグバンド風の伴奏が加わってさらに笑いを誘う。個人的には、堂々とした歌い回しとは裏腹に「イエスタデイ」の歌詞を全面的に書き換えてしまっているおじさんが最高傑作だと思います(苦笑)。
- ザ・メス
ここから3曲は、1973年3月18日にエルストリー・フィルム・スタジオで開催したミニ・ライヴである。番組で唯一、観客を動員して撮影が行われた。まず演奏されるのは、1972年夏のライヴ・ヴァージョンがシングル「マイ・ラヴ」B面に収録された曲。白熱したバンド・サウンドやポールのシャウト・ヴォーカルは年を越しても健在で、映像が付くことでその迫力をいっそう体感できる。ステージのノリに応えるように、観客の何人かはイントロから立ち上がって踊り出す。1972年のヨーロッパ・ツアーではスタジオ・ヴァージョン(本リマスター盤のCD 3に収録)と同じ曲構成で取り上げられていたが、ここではシングルに収録するにあたり見直したものに準拠している。ポールが歌詞を間違えてしまっている箇所があるのはこの変更の影響か。キーボードにタンバリンにコーラスとヨーロッパ・ツアー以上に頑張っているリンダにも注目。
- 恋することのもどかしさ
ポールのソロ・デビューアルバム『ポール・マッカートニー』(1970年)に収録されたバラード・ナンバー。ウイングスは1972年のヨーロッパ・ツアーでレパートリーに加えていた。現在では最も人気の高いマッカートニー・ナンバーの1つに挙げられるこの曲だが、歌い出しだけで沸き起こる万雷の拍手に当時から一目置かれていたことをうかがわせる。バラードだけあって、「ザ・メス」では踊っていた観客も座ってじっくり聞き入っている。曲構成はヨーロッパ・ツアーに倣っているが、ヘンリーがギター・ソロを弾くタイミングを誤り、それに釣られたポールが歌詞をあやふやにしてしまう(汗)。その後改めて名誉挽回のソロを聞かせてくれるので一安心ですが・・・。ポールはピアノを弾き語り、キーボディストのリンダはタンバリンに専念しているが、誰が演奏しているか不明なオルガンの音が明らかに聞こえる。
- のっぽのサリー
オリジナルは1956年に発表されたリトル・リチャードの代表曲。ビートルズ時代のポールにとってはライヴでの十八番で、1964年には同名のEPでスタジオ・テイクも残している。また、初期ウイングスのコンサートでも引き続き欠かせない存在となり、ビートルズ・ナンバーを求める声を受けてアンコールで必ず演奏していた。「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」でもビートルズ・ヴァージョンと同じキーで、リトル・リチャード直伝の絶叫を繰り出すのが痛快極まりない。それを聴いた観客も待ってましたとばかりに踊り始め、「ザ・メス」以上に盛り上がっている。間奏でのポール、ヘンリー、デニー・レインによるベース&ギターのバトルも楽しい。
なお、米国で放送されたヴァージョンと英国で放送されたヴァージョンでは、ミニ・ライヴの3曲目が異なる。具体的には、前者では「のっぽのサリー」が、後者では「ハイ・ハイ・ハイ」(ウイングスのサード・シングル)がそれぞれ選ばれているのだ。本DVDでは当該箇所は米国で放送されたヴァージョンに準じている(どちらも収録して完璧を期してほしかったですが・・・)。放送には至らなかったものの、ミニ・ライヴでは他に「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」「ホエン・ザ・ナイト」「マイ・ラヴ」「ゴー・ナウ」(後者のリード・ヴォーカルはデニー・レイン)が披露されたという。
- ウェル、ザッツ・ジ・エンド・オブ・アナザー・デイ
「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」もいよいよラスト・シーンへ。この番組以外で録音された形跡のない未発表の小曲を、薄暗い楽屋に座ったポールがアコースティック・ギターで弾き語る。即興で作ったにしてはやけにいい出来なので、もしかしたら次曲にリンクすることを意識して事前に書いてあったのかもしれない。
- イエスタデイ
「ウェル、ザッツ・ジ・エンド・オブ・アナザー・デイ」を聴いていた他のメンバーからその名が挙がり、リクエストに応える形でポールが弾き始めるのは、言わずと知れたビートルズ・ナンバー。アルバム『4人はアイドル』(1965年)に収録されたのがオリジナルで、後にウイングスとソロ双方のコンサート・ツアーで定番中の定番となる1曲だが、人前での演奏はビートルズがライヴ活動を停止した1966年以来久々のことであった。ここではオリジナルよりキーを半音上げてゆったりと歌い、ストリングスを後からオーバーダブしている。エンド・クレジットが映し出される中、ポールたちの姿はどんどんズームアウトしてゆき、カメラワークはやがてオープニングのように小さなレンズを通して見下ろす格好になる。
〜オン・ツアー〜
1.007/死ぬのは奴らだ[ライヴ・イン・リヴァプール]
未発表映像。『レッド・ローズ・スピードウェイ』を引っさげ、1973年5月11日〜7月10日にウイングスは全19公演の全英ツアーに赴いたが、うちポールの故郷リバプールでの凱旋公演(5月18日)の模様を捉えたプライベート・フィルムである。当日のコンサートの少なくとも数曲がグレート・ジョージズ・プロジェクトという地元のグループによって撮影されたものの、これまでは「リトル・ウーマン・ラヴ〜C・ムーン」と「マイ・ラヴ」が断片的に出回るにとどまっていた。今回は、一連のフィルムより「007/死ぬのは奴らだ」がブートも含め初めて、しかもフルで収録されるに至った。モノクロの映像はお世辞にも高画質とは言えず、音声も貧弱なモニター・ミックスを使用しているが、全英ツアーの演奏シーンは先述の抜粋を除きめったに見ることができなかったため、その存在自体が大変貴重である。
演奏は「ジェームズ・ボンドの新作映画のために書きました」というポールのMCに続いてスタート。いまやウイングスでもソロでもポールのセットリストには欠かせない曲だが、ライヴ初披露となった全英ツアーではサウンドの肝となるオーケストラ・パートが再現されていないことが分かる。各メンバーの担当楽器は直近の「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」と同様で、ポールはエレクトリック・ピアノを弾く。ヘンリーがスタジオ・ヴァージョンにないブルージーなギター・フレーズを入れているのが耳に残る。演出面では、後年のツアーでお約束となるマグネシウム花火とレーザー・ビームの代わりにスポットライトの高速点滅が雰囲気作りに貢献している。演奏後のMCではポールが会場のエンパイア・シアターについて「このステージに立っているのは変な気分だよ。前回ここに来た時は客席でクリフ(・リチャード)を見る側だったからね」と語っているが、ポールの輝かしい成長ぶりを証明するエピソードで感慨深い。
2.ニューカッスル・インタヴュー
未発表映像。全英ツアー最終日・ニューカッスル公演(7月10日)の本番前にBBCの取材が入った際、ポールとリンダが受けた約3分半のインタビューである。その一部は「夢の翼」に抜粋され見ることができたが、まとまった形での公式発表は今回が初めて。BGMは「マイ・ラヴ」「ワン・モア・キス」。
まず、会場となったニューカッスル・シティ・ホールの当日の外観と、ステージ設営の様子が映される。大勢のスタッフが淡々と作業をこなす現場にポールも立ち会う。インタビューの冒頭、ポールはウイングスについて「ミュージシャンにとって、バンドを結成して定期的にツアーに出ることは素敵だよ」と説明する。観客の年齢層については「若者が来てくれた方がうれしいけど、ロックしてくれるならもっと上の世代が来ても気にしないよ」とのこと。続いて「マスコミの批判をどう思いますか?」という質問に、リンダが「音楽的な未熟さに対する批判は正当だと思うわ。でも日々よくなっていると思うから気に病まない」と真摯に答える。
その後、話題はウイングス初のライヴ活動となった大学ツアー(1972年2月)へと移る。英国各地の大学を巡って行き当たりばったりに予告なしのコンサートを繰り返した大学ツアーと、あらかじめ日程を公表した全英ツアーとの違いが指摘され、「以前のアイデアは放棄してしまったのか?」と尋ねるインタビュアーに対しポールは「今はバンドを新たな段階に進めているけど、同じことを二度とやらないって意味じゃない。来年は大学ツアーのように食堂をステージにしているかもね」と冗談交じりに返す。ステージ設営の様子を再び挟み(屋外で談笑するファンの姿や、ポールとリンダの笑顔あふれるツー・ショットも)、最後の質問は「しばらくライヴをしていないと感覚を取り戻すのは大変ですか?」。これに対しポールの回答は「大丈夫だよ」とたった一言である。
DVD 2 & Blu-ray
1.ブルース・マックマウス・ショー
1972年夏に敢行したヨーロッパ・ツアー(7月9日〜8月24日)で撮影された、ウイングスのステージ・シーンをふんだんに使用したライヴ映像作品。監督はバリー・チャッティントン。「1時間もバンドの演奏を流すだけでは変化がない」と考えたポールは、自らデザインしたネズミ一家のアニメーションを実写に絡めた物語仕立てにすることに決めた。1973年にかけてライヴ音源へのオーバーダブや追加シーンの撮影、それにネズミ一家の台詞のアフレコ(ポールとリンダも参加している)が行われた後、映画は1977年にようやく完成したが、その頃にはウイングスのラインアップが変容していたため、一度も上映されることなくお蔵入りの憂き目に。一部楽曲が「ポートレイト〜プレス・トゥ・プレイ1986〜」「夢の翼」といった映像作品に抜粋されたのを除き今までブートにも一切流出することのなかった、往年のポール・マニアにとっても未知のアイテムである。以下では、チャプターごとに区切って解説を掲載してゆきます。
- イントロダクション
冒頭のアニメで「私のショーの始まりです」と告げるネズミは、本作のもう1人の主人公であるブルース・マックマウス。ネズミの世界では他の追随を許さぬ興行主として名が通っているらしい。次に実写のポールが登場し、楽屋でウイングスのメンバーとくつろぎながら「これからお見せするのは、とある小さな町で実際に起きたことです」と作品の概要を説明する。オープニング・クレジットで流れる「アンクル・アルバート〜ハルセイ提督」(『ラム』収録曲)のインスト・ヴァージョンは、1971年に録音を済ませていたもののしばらく放置されていたインスト・アルバム『スリリントン』(1977年にパーシー・“スリルズ”・スリリントンの変名名義で発表)より。クレジットが終わると、映像はコンサート開演前の期待にあふれた客席に切り替わる。
- ビッグ・バーン・ベッド
司会者が「英国から来たウイングスです!」と紹介し、幕が上がると始まるのは『レッド・ローズ・スピードウェイ』収録曲。「ブルース・マックマウス・ショー」の演奏シーンは、ヨーロッパ・ツアーで実際に撮影されたものと、後日曲をプレイバックしながら口パクで再現したものを使い分けているように見受けられるが、この曲はそもそもヨーロッパ・ツアーではセットリスト入りしていないため明らかに後者である(オーディオ・トラックもスタジオ・ヴァージョン)。ポールはウイングスのロゴマーク入りTシャツを着てリッケンバッカーのベースを弾く。間奏ではポールとヘンリーがゆっくりとステージを歩き回るがその仕草が実に楽しそう。
曲の終盤、ステージに開いた穴にクローズアップすると床下のネズミ一家の生活を描いたアニメ・パートへ。ブルースが愛妻イヴォンヌと子供たち(スウーニーとスウォット)に自身のお定まりの昔話を聞かせている。そこにもう1人の息子ソイリーが興奮気味に乱入してきて「ウイングスがライヴやってる!彼らのロード・マネージャーになるんだ!」と大急ぎで身支度を整える。ブルースはウイングスを知らないようで、ポールを「フレディ・マッカートニーの息子」と勘違い。そんな父親をよそに、子供たちはウイングスを見に部屋を出てゆく。このシーンで流れるアップテンポのインストは、ヨーロッパ・ツアーのイントロ・ソングとして8月のレグで欠かさず演奏されていたもの。
- 出ておいでよ、お嬢さん
お次は『ラム』収録曲。ヨーロッパ・ツアーでは前述のイントロ・ソングとのメドレーが8月のレグのオープニングを飾った。オリジナル・ヴァージョンのニュアンスそのままに軽快なギター・プレイで聞かせる。映像面では、コーラスでサポートするリンダの笑顔がほのぼのしていて印象に残る。オーディオ・トラックはオランダ・ハーグ公演(8月21日)より。「お家で食べようじゃないか」というタイトルを受けてか、アニメ・パートはマックマウス家の食卓をフィーチャー。緻密な計算に基づきカトラリーをアクロバティックに並べるスウォットや、熱々のポテトに翻弄されたり豆の早食いに苦戦したりするブルースが面白い。曲が終わると、ブルースは「私は出しゃばるタイプじゃないが、後でウイングスに顔を見せてこようかと思う」とコメントする。
- ビップ・ボップ
3曲目はウイングスのデビュー作『ウイングス・ワイルド・ライフ』収録曲で、ヨーロッパ・ツアーでは当初オープニング・ナンバーに抜擢されていた(ツアー中盤より「出ておいでよ、お嬢さん」に交代)。オリジナルのスタジオ・ヴァージョンはポール自身が嫌うほど頼りないお遊び歌だったが、ライヴではロック色増し増しでグルーヴィーなサウンドにパワーアップしている。ポールのリード・ヴォーカルもリンダの合いの手もだいぶ力強い。オーディオ・トラックはハーグ公演(8月21日)より。床下では掃除中のイヴォンヌがノリノリで、しまいにはブルースを巻き込んでダンスしてしまう。曲を聴き終えたブルースは「彼(ポール)は私の気を引こうとしている!」と確信したようだ。
- ザ・メス
ポールがMCで「ロック・ナンバーなので尻を振って踊ってほしいな」と触れるのは、ヨーロッパ・ツアーを回っていた頃は未発表だったこの曲。シングル「マイ・ラヴ」B面にはハーグ公演の音源が収録されたが、ここでのオーディオ・トラックはドイツ・ベルリン公演(8月24日)より。服装を見るに、映像は複数公演から切り出し組み合わせているようだ。「ジェイムズ・ポール・マッカートニー」もそうだが、映像が付くことで曲が何倍もかっこよく映える好例である。ミドルでは、リンダがタンバリンを振るのに加えて実はデニー・レインがコンガをたたいていたという新たな発見も。リズム・チェンジする箇所では、ヘンリーが渋いギター・ソロを弾く姿を余すことなく堪能できる。観客もソイリーもファースト・ステージのエンディングに向かって大いに盛り上がっている。
- ワイルド・ライフ
『ウイングス・ワイルド・ライフ』のタイトル・ソングで、演奏前のMCでポールは「次はスローな曲をやります」と紹介している。「ビップ・ボップ」同様ライヴではロック色が濃くなり、ポールのシャウトもスタジオ・ヴァージョンよりもずっと本気だ。後方のスクリーンには波打ち際の動画が映し出されているのが分かる。オーディオ・トラックはハーグ公演(8月21日)より。この曲ではアニメ・パートがない代わりに、歌詞をイメージした映像(アフリカや田舎の野生動物と、大都市の人間社会を対比して動物愛護のメッセージを強調)が随所に挿入され、まるでプロモ・ヴィデオを見ているような感覚を味わえる。中には「3本足」(1971年)のプロモにも流用されたポールとリンダの乗馬のシーンも。「ポートレイト〜プレス・トゥ・プレイ1986〜」には途中の2分ほどが抜粋されていたため、コアなファンなら見たことのある方も多いのではないでしょうか。
- メアリーの子羊
続いてはウイングスのセカンド・シングルにしてヨーロッパ・ツアー時点での最新ヒット。この曲でようやくポールはキーボードに移る(リンダはタンバリンを持ち、ベースを弾くデニーと1本のマイクを分け合って歌う)。ポールはサビで観客に一緒に歌うよう促し、アドリブ・ヴォーカルでまくし立てる。オーディオ・トラックはハーグ公演(8月21日)より。引き続きアニメ・パートはお休みで、代わりにマッカートニー一家がスコットランドの農場で羊たちと戯れるホーム・ムービー(これも「3本足」のプロモと同時期の1971年撮影と思われる)が散りばめられている。中には曲想になった娘メアリーの姿も。これを見ていると、ウイングス・ナンバーなのに『ラム』に収録されているような錯覚を催してきて仕方ありません。
- ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー
ビル・モンローが1947年に発表したのがオリジナルで、エルビス・プレスリーによるカヴァーも有名なブルーグラス・ナンバー。ポールはアルバム『公式海賊盤』(1991年)でカヴァー・ヴァージョンを残しているが、実は初期ウイングスのレパートリーにも組み込んでいた。ウイングス・ヴァージョンはエルビスに近いロカビリー風のアレンジが施されている。ハーモニカはムーディー・ブルース時代から得意とするデニー・レインが担当しているが、ギターを持たずに一心不乱に吹いていることが映像ではっきりと確認できる。オーディオ・トラックはハーグ公演(8月21日)より。照明によってステージに投影された「青い月」はアニメ・パートに渡り、部屋中を飛び回ってブルースを苛立たせるが、この事件によって「私はウイングスに必要とされている!」といよいよ信じて疑わないブルースはステージへと向かう。
- アイ・アム・ユア・シンガー
『ウイングス・ワイルド・ライフ』収録曲で、ヨーロッパ・ツアーではセンチメンタルなのはそのままにボサノバに似たスローなアレンジで取り上げられていた。リンダがマラカスに、ヘンリーが(間奏のギター・ソロを除いて)コンガに徹している点もラテン風味を醸し出す。歌手としての経験が浅いことに批判も多かったリンダだが、ここではリード・ヴォーカルを披露するや否や大きな拍手を受けている。オーディオ・トラックはハーグ公演(8月21日)より。曲が終わったタイミングで、ブルースがステージにやって来て(体が小さいので観客には気づかれない)「私はここにいるぞ!」とポールに声をかける。
- シーサイド・ウーマン
最初にブルースに気づいたのはヘンリーで、「君に話しかけているネズミがいる」とポールに伝える。ポールたち他のメンバーが集まると、「遅れてしまってすまない。君の親父さん・・・フレッドは元気かね?」とブルース。そこは「僕の父さんの名前はジムだよ」とポールに切り返されてしまうと、「君たちにはもう少し元気が必要だ。私が方法を教えてやろう」とすかさず提案。そしてブルースの確信は単なる思い込みであったことが発覚するが、心やさしいポールは「次の曲にアドバイスはないかい?」と尋ねる。これに対し、ブルースは正装に着替えるためにいったんステージを去りつつ「テンションを上げてストーリーを語らせるんだ」と助言する。
ブルースの記念すべきウイングス初プロデュースとなったのは、リンダが独力で書き歌うレゲエ・ナンバー(1977年にスージー&ザ・レッド・ストライプス名義でシングル発売されるに至る)。初期ウイングスのライヴでは欠かせなかった1曲で、ヨーロッパ・ツアーでもセットリスト入りしていたものの、本作でのオーディオ・トラックにはなぜかスタジオ・ヴァージョンが採用されている。主役の機会を与えられ笑みがこぼれるリンダはもちろん、頑張る愛妻をそばで見守るポールや、珍しくソロを任せられるデニー・レインのギターさばきにも注目。随所にはレゲエの本場・ジャマイカの市井を捉えた映像が挿入され、歌にダンスにラバのレースと陽気な曲調にいちいちぴったりだ。
- ネズミ大集合
ウイングスのコンサートにすっかり熱を上げるソイリーとスウーニーはその素晴らしさを電話で友達に伝えている。そこにコートと帽子で着飾ったブルースがすれ違い、子供たちは彼がショーを台無しにしないか危惧する。一方、2人の宣伝が功を奏し、ホールはあっという間にウイングス目当てのネズミたちでいっぱいになってしまう。BGMは再び「アンクル・アルバート〜ハルセイ提督」の『スリリントン』ヴァージョン。ステージではウイングスが円陣を組み、ブルースについて話している。「ネズミのマネージャーなんてバカげている」とデニー・シーウェル、「そんなに悪くないね」とポール。ブルースが現れるとリンダは彼のコート(チャリティ・コンサートか何かの折に手に入れたらしい)を褒める。
- マイ・ラヴ
床下にネズミのストリングス・セクションが揃った所で始まるのは、『レッド・ローズ・スピードウェイ』からのヒット・シングル。ヨーロッパ・ツアーでは未発表曲の扱いだった。リンダの“My love”というとぼけた合いの手があったり、ヘンリーのギター・ソロが手抜き気味だったりとまだまだ粗削りな印象が拭えない。ポールはキーボードを弾くが、実際のライヴではエレクトリック・ピアノのみで、メロトロンで再現したと思われるストリングスはオーバーダブであろう。1本のマイクを分け合ってニコニコとコーラスを入れるリンダとデニー・レインが微笑ましい。スクリーンには海に飛び込む人や空を飛ぶ鳥が映し出される。オーディオ・トラックはハーグ公演(8月21日)より。甘いラヴ・バラードを前にネズミたちはうっとり聞き入ったり涙を流したりしている。
- 恋することのもどかしさ
「マイ・ラヴ」にご満悦なブルースはデニー・シーウェルのドラムスの上で長話を始め、ヘンリーにつまみ出されてしまう。そこでポールに「次の曲は知らないけど、みんなを夢見心地にさせなさい」とアドバイスする。そんな次の曲は、「マイ・ラヴ」と同じくリンダに捧げたラヴ・ソングで『ポール・マッカートニー』収録曲。ポールは再びキーボードを弾き語り、タンバリンをたたくリンダが隣に寄り添う。崩し歌いを多用したポールの歌声は後年のライヴ・ヴァージョンにも負けず劣らずソウルフル。間奏ではヘンリーとデニー・レインにスポットが当たるが、おふざけモードに半分足を突っ込んでいて大変お茶目(笑)。オーディオ・トラックはオランダ・フローニンゲン公演(8月19日)より。「恋することのもどかしさ」にも上機嫌なブルースは「素晴らしい。昔に連れ戻してくれる」と絶賛する。一緒に聴いていたイヴォンヌも同意見のようで、「マイ・ラヴ」の一節を歌う。
- ハイ・ハイ・ハイ
ポールが「ダンスできる最後のチャンスです」と紹介するのはヨーロッパ・ツアーのラスト・ナンバー(アンコールを除く)。1972年秋にウイングスのサード・シングルとして磨きがかけられる前で、ストレートな8ビートのアレンジなのがスタジオ・ヴァージョンとは一線を画す。ギター・ソロは2回登場し、順にデニー・レインとヘンリーが担当。「踊っているのが見たいんだ」というMCに促され、観客は立ち上がって踊ったり手拍子を入れたりして思い思いに楽しんでいる。スクリーンに映るアフリカの原住民のダンスも会場の高揚感に一役買う。オーディオ・トラックはハーグ公演(8月21日)より。このシーンも「ポートレイト〜プレス・トゥ・プレイ1986〜」に割と長めに抜粋されていた。バンドがステージを離れると、実写の観客もアニメ・パートのブルースたちも揃ってアンコールを求め叫び始める。
- のっぽのサリー
「ブルース・マックマウス・ショー」とヨーロッパ・ツアー双方を締めるのは、ビートルズ時代からポールが好んでカヴァーしてきたリトル・リチャードの名曲。最後の力を振り絞るウイングスと、アンコールでもダンスできると知った観客が共にノリノリで、ステージに紙吹雪と風船が舞う中盤で最高潮に達する。ギターを弾きながら膝から崩れ落ちるヘンリーが面白い。オーディオ・トラックはフローニンゲン公演(8月19日)より。ウイングスとブルース・マックマウスの不思議な一夜の話はここで終わり、映像は楽屋のポールに切り替わる。「今もネズミはいると思うよ。これがない限りは・・・」と言ってポールが見せるのはネズミ捕り。リンダにチーズを求め叫ぶポールが静止画となり、その開いた口にブルースが『レッド・ローズ・スピードウェイ』のアルバム・ジャケットよろしくバラの花をくわえさせる。