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アルバム『パイプス・オブ・ピース』の制作過程などの解説はこちらをごらんください。
プロデューサーにジョージ・マーティンを再び起用したアルバム『パイプス・オブ・ピース』(1983年)のリマスター盤。2007年にヒア・ミュージックに移籍したポールは、過去に発表したアルバムを「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」というシリーズとしてヒア・ミュージックから再発売するプロジェクトに着手していますが、この『パイプス・オブ・ピース』はその第9弾にあたります。シリーズ第8弾の『タッグ・オブ・ウォー』(1982年・『パイプス・オブ・ピース』の前作)と同時発売されました。『パイプス・オブ・ピース』の大規模な再発売は、1993年のリマスター盤「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズ以来となります。
【発売形態】
今回の再発売では、『パイプス・オブ・ピース』は2種類の仕様で登場しました。1つは、アルバム本編を収録したCDと、アルバム未収録曲やアウトテイクを収録したボーナス・ディスクによるCD2枚組の「デラックス・エディション(Special Edition)」。もう1つは、「デラックス・エディション」のCD2枚に加えてアルバムに関連する映像を集めたDVDが付き、112ページに及ぶエッセイ・ブック(ポールの愛妻リンダ撮影の貴重な写真や、アルバム制作過程の完全解説などを掲載)と64ページのフォト・ブック(「パイプス・オブ・ピース」のプロモ・ヴィデオ撮影時の写真とコメントを掲載)をケースに収めたCD2枚組+DVD1枚組の「スーパー・デラックス・エディション(Deluxe Edition)」です。「スーパー・デラックス・エディション」は、インターネットを介して高音質楽曲データをダウンロードできる特典付き。CDは、すべてのCDプレイヤーで再生可能な高音質CDであるSHM-CDが採用されています(日本盤のみ)。
【収録内容】
では、全ディスクを網羅した「スーパー・デラックス・エディション」を基に収録内容を見てゆきましょう。まず全仕様共通のCD 1には、1983年に発売されたオリジナルの『パイプス・オブ・ピース』が収録されています。オリジナル通りの曲目であるため、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズに収録されていたボーナス・トラック3曲は未収録(ただし「トゥワイス・イン・ア・ライフタイム」はCD 2で聴くことができる)。全曲がロンドンのアビイ・ロード・スタジオにてデジタル・リマスタリングされていて、過去の再発盤に比べて音質が向上しています。
続いて、全仕様共通のボーナス・ディスクであるCD 2には、『パイプス・オブ・ピース』の関連楽曲を9曲収録しています。CD 1と同じくデジタル・リマスタリングが施されていますが、これまで未発表だった音源が多く含まれているのが魅力的です。CD 1収録曲と異なり、ブックレットには歌詞は掲載されていません(ただし日本盤には歌詞・対訳が掲載されたブックレットが別途用意されている)。
既発表のものから見てみると、「トゥワイス・イン・ア・ライフタイム」はアルバムが「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズで再発売された際にボーナス・トラックとなり、初めて陽の目を浴びた曲です。一方、同じくボーナス・トラックだった「ウィ・オール・スタンド・トゥゲザー」「シンプル・アズ・ザット」の2曲は今回未収録に終わっています(本ボーナス・ディスクの5トラック目の「シンプル・アズ・ザット」は同名異曲の別音源)。また、アルバムと同時期にレコーディングされシングルB面に収録された「コアラへの詩」は、今までシングル以外で聴くことができず長年入手困難でしたが、今回待望の初CD化を果たしました。『パイプス・オブ・ピース』収録曲・関連楽曲の別ヴァージョンは他にも2種類ある「セイ・セイ・セイ」のリミックス・ヴァージョン(未CD化)、「パイプス・オブ・ピース」のシングル・ヴァージョン、「コアラへの詩」の別ミックスがあり、特に前者の収録漏れは「顕著なヴァージョン違いであっても、すべてをアーカイブ(=CD化)するわけではない」という姿勢の表れで残念ですが、ポール・ファンならぜひ聴いておきたい幻の佳曲「コアラへの詩」を入手できるだけでも、本リマスター盤は必携です。
上記以外の7曲が未発表音源で、「アヴェレージ・パーソン」「キープ・アンダー・カヴァー」「スウィート・リトル・ショー」「シンプル・アズ・ザット」の4曲は1980年8月にポールが1人で制作したデモ・テープに収録されていたものです。大半はブートでは既に出回っていて存在自体は知られていましたが、非正規でしか入手できなかったものを高音質で手軽に楽しめる喜びはひとしおです(しかも初の全曲ステレオ収録)。『パイプス・オブ・ピース』収録曲のまさに生まれたての状態を知ることができ、アレンジが固まるまでのポールの試行錯誤や曲作りの秘訣が手に取るように分かるという、ファンならば興味深い内容ばかりです。また、「シンプル・アズ・ザット」に至ってはブートでも聴くことのできなかった完全初登場音源です。残る「イッツ・ノット・オン」「セイ・セイ・セイ(2015リミックス)」「クリスチャン・バップ」は、実際にアルバム・セッションで取り上げられたもののお蔵入りになってしまったアウトテイク。この中では、ブートにも一切流出していなかった完全初登場の未発表曲「イッツ・ノット・オン」と、ポールとマイケル・ジャクソンによる初公開のヴォーカル・テイクをふんだんに使用した最新リミックス「セイ・セイ・セイ(2015リミックス)」が特にお勧めです。欲を言えば、ブートで聴くことのできるその他の関連音源(映画「愛と名誉のために」のテーマ曲や、エヴァリー・ブラザーズに提供した「ナイチンゲールの翼」のデモ・ヴァージョンなど)も残りのスペースで網羅してほしかったですが・・・歴史の中に埋もれていた曲たちを発掘・整理してくれたポールには素直に敬意を表したい所です。なお、今回の再発売に合わせて、ポールの公式サイトでは未発表音源「セイ・セイ・セイ(2015リミックス・インストゥルメンタル)」が無料公開されていて、こちらも注目です(「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズには未収録)。
そして、「スーパー・デラックス・エディション」のみ付属のDVDには、『パイプス・オブ・ピース』関連の映像が収録されています。既に発表されているものと、これまで公式には未発表だったものとで構成されています。「パイプス・オブ・ピース」「ソー・バッド」「セイ・セイ・セイ」のプロモ・ヴィデオは、いずれも公式プロモ・ヴィデオ集「ポール・マッカートニー・アンソロジー(The McCartney Years)」に収録されたものと基本的には同じ内容ですが、1983年当時に忠実な画面サイズで収録されています(一方で従来品ほどは画質向上を徹底していない)。「ビハインド・ザ・シーンズ・アット・エア・スタジオ」は、『パイプス・オブ・ピース』セッション中のスタジオの模様を記録したミニ・ドキュメンタリーです。約6分と短めですが、2曲のレコーディング風景を通してポールとジョージ・マーティンの厚い信頼関係を再確認できます。「ヘイ・ヘイ・イン・モントセラト」はリンゴ・スターやスタンリー・クラークらを招いたモントセラト島でのセッションの、「ザ・マン」はマイケル・ジャクソンがサセックスにあるポールの自宅を訪ねた際の、リラックスした雰囲気のオフ・ショットを捉えたレアなホーム・ムービーで、共に初公開。実際の音声こそ収録されていないものの、農場で乗馬を楽しむマイケルを始め、ゲスト参加した豪華ミュージシャンたちのプライベートな側面を堪能することができます。
「スーパー・デラックス・エディション」にはエッセイ・ブックとフォト・ブックが付属しています(ディスクは見開き式の厚紙に別途収納されている)。112ページ型エッセイ・ブックでは、『パイプス・オブ・ピース』が完成するまでをポール本人やジョージ・マーティン、エリック・スチュワートなどの関係者へのインタビューと、貴重な写真・資料で詳しく知ることができます。スタジオでのレコーディングはどのように進行していったのか?マイケルとの共演にはどんな思い出があるのか?ファンなら誰もが知りたかったことを教えてくれます。リンゴはインタビューに加わらず、たった一言のコメントのみ(もっとも、'80年代のことはあまり覚えていないそうですが・・・)。ポール直筆の歌詞シートやトラック・シート、シングル「セイ・セイ・セイ」のジャケット用イラストなども掲載されています。また、アルバムのアートワークに使用されたものも含め主にリンダが撮影した写真が多数収められていて、視覚的にも制作過程をうかがい知ることができます。2009年の死後も絶大な人気を誇るマイケルと撮った写真も豊富です。巻末にはアルバム本編の収録曲の歌詞と、ボーナス・トラックを含めた全曲の詳細なレコーディング・データがあります。
64ページ型フォト・ブックは、ポールが1人2役を演じて話題となった「パイプス・オブ・ピース」のプロモ・ヴィデオを特集したもので、これまで見ることのできなかった撮影当日の写真を多数掲載しています。ポール本人がコメントを寄せているほか、プロデューサーをつとめたフィル・デイヴィーによる序文では、制作にあたって苦労した点があらゆる角度から(セット・特殊効果・エキストラ・小道具など)丁寧に解き明かされており、細部に至る工夫とこだわりを知ることができ大変興味深いです。
【管理人の評価】
以上見てきたように、全曲がデジタル・リマスタリングされて高音質に生まれ変わっただけでも、「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズの『パイプス・オブ・ピース』は以前の再発盤に比べて断然お勧めできます。「デラックス・エディション」ではアルバム未収録曲や未発表音源も追加収録されています(「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズはまだ手放せないですが・・・)。しかしより強力で、よりお勧めなのは「スーパー・デラックス・エディション」。入手困難なものを多く含んだ貴重な映像を収録したDVDに、『パイプス・オブ・ピース』の歴史を詳細に凝縮した2つのブックまでも付いてくるのですから、ファンなら必携のアイテムです!完全生産限定盤のため今後入手が困難になる上、他の仕様に比べて価格も高めですが、苦労して手に入れる価値は十分あります。「なかなか手を出しづらいと思っている」、あまりディープに聴き込んでいない方や、これからポールのソロ・アルバムを集めようとしている方も、せめて「デラックス・エディション」を入手するようにしましょう。
『バンド・オン・ザ・ラン』に始まり『パイプス・オブ・ピース』までもグレードアップして甦らせた「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」シリーズでは、今後もポールの旧作品を継続して再発売するとのこと。数々の名盤が新たなマテリアルと共に帰ってくることを皆さんで期待しましょう!
アルバム『パイプス・オブ・ピース』発売30周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
【曲目解説】
CD 1
曲目解説はこちらをごらんください。
なお、今回「もう1人の僕」は「もう一人の僕」に、「スウィーテスト・リトル・ショー」は「スウィート・リトル・ショー」に邦題が変更になっています(1983年当初に戻った)。
CD 2
1.アヴェレージ・パーソン
本ボーナス・ディスクの前半3曲と「シンプル・アズ・ザット」は、1980年8月にポールがスコットランドにある自宅スタジオ「ルード・スタジオ」で(本来はウイングスの新作になる予定だった)ニュー・アルバム用に制作したデモ・ヴァージョンである。すべての楽器とヴォーカルをポール1人で多重録音したこのデモ・テープでは、『タッグ・オブ・ウォー』『パイプス・オブ・ピース』の各アルバムで発表されることとなる曲や、1984年のシングル・ヒット「ウィ・オール・スタンド・トゥゲザー」、正規にレコーディングされず未発表に終わった曲など20曲以上が取り上げられた。既に'80年代末には音源のほとんどが外部に流出し、「War And Peace」「Rude Studio Demos」などのタイトルでブート化されてきたためマニアの間では定番アイテムとなっていたが、今回その中から12曲が初めて公式発表され、『タッグ・オブ・ウォー』と『パイプス・オブ・ピース』のボーナス・ディスクに分けて収録された。
「アヴェレージ・パーソン」は、公式テイクではピアノが曲を引っ張っているが、このデモではオルガンの弾き語りがメインとなっている。使用楽器は他にドラムスとベース、そしてわずかにエレキ・ギターが入るのみで、シンセやSEを多用した賑やかな音作りの公式テイクとは対照的に極めてシンプル。曲想はポールの中で既に固まっていたようで、物語風の歌詞がほぼ完成しているほか、3声のコーラスワークも多重録音で試されている。各節が始まる前に必ず「オイオイ」といった掛け声を入れているのが面白い。1980年10月に行われたウイングスのリハーサル・セッションでも、このデモに沿った構成・アレンジで演奏された。
2.キープ・アンダー・カヴァー
ストリングスを効果的に使った公式テイクに比べると、このデモ・ヴァージョンは地味に響く。サウンドの中心はアコースティック・ギターとエレクトリック・ピアノで、前者のせいでどこかフォーク風味も出ている。この時点で、スローな出だしからテンポ・アップする流れが確立されているのが興味深い。しかしその後はメロとサビを(短い間奏を挟みつつ)ひたすら繰り返すだけで、歌い方も終始流すようなスタイルだ。最後はなぜかシャッフル調に転じる。デモの単調なアレンジはウイングスのリハーサル・セッションにもそのまま引き継がれ、それを聴いたジョージ・マーティンの助言を受けようやく練り直されることとなる。なお、このデモはポールがDJをつとめたラジオ番組「ウーブ・ジューブ」(1995年)で一部抜粋して放送されたことがある。
3.スウィート・リトル・ショー
前2曲以上に公式テイクとの印象が異なるのがこの曲。アコースティック・ギター主体という点は共通するものの、このデモではテンポを大幅に落とし、さらにヘヴィーなエレキ・ギターを絡めてブルージーに聞かせている。ポールのリード・ヴォーカルも明朗さを欠き、公式テイクと聴き比べるとまるで別の曲のようである。メロディや歌詞は一通り完成しているが、正規のレコーディング・セッション中に作られたという間奏のソロ・パートはまだなく、第2節までの展開を繰り返すのみ。これもラジオ番組「ウーブ・ジューブ」で一部のみ放送されていた。ブートでは曲が始まる前にノイズと物音が、曲が終わった後にテープの停止ボタンを押す音が入っているが、ここではカットされている。
4.イッツ・ノット・オン
『パイプス・オブ・ピース』用の新曲として1982年2月に録音されたもののお蔵入りとなり、今回初めて公式発表される曲。この曲に関する音源はブートでも一切聴けなかった上に、緻密な研究本さえもその存在を把握できず、タイトルすら全く知られていなかった。世界中のポール・マニアにとって寝耳に水の、世紀の大発見と言っても過言でない1曲である。ただし厳密には、既発表曲の歌詞も数多く収めたポールの詩集「ブラックバード・シンギング」(2001年)に「Not On」のタイトルで歌詞が掲載されていたので、実は(誰も未発表曲と認識しなかったが)存在を知る手がかりは与えられていたことになる。
メジャーとマイナーを行き来するキャッチーなポップ・ナンバーで、「デモ」と銘打たれているものの、このままアルバムに収録されても何らおかしくないレベルの完成度だ。演奏に誰が参加したのかはクレジットがないため不明だが、無機質な音作りからするとほぼポールのワンマン・レコーディングであろう。歌詞はお得意の物語風で、登場人物の台詞に合わせて様々な声質のコーラスが加わる。オノ・ヨーコさながらの女性ヴォーカル(ポールの娘たちによるものか?)や、「トーク・モア・トーク」(1986年)をほうふつさせる低音ヴォーカルが聴いていて楽しい。最初は異質に感じられるかもしれませんが、根はポールならではのポップ節が染み渡っているので自然と好きになってゆくことでしょう。私も既に虜です(笑)。しかし、この曲の登場によって「ブラックバード・シンギング」が初出の他の詩(「Dinner Tickets」「Chasing The Cherry」など)も未発表曲の歌詞である疑いがにわかに浮上し、議論を呼びそうですね・・・。
5.シンプル・アズ・ザット
再び1980年8月のデモ・テープより。同じデモで録音された曲の大半は『タッグ・オブ・ウォー』『パイプス・オブ・ピース』の各セッションで取り上げられ公式発表に至ったが、この曲はスタジオで正規に録音された痕跡がなく、二度と俎上に載らなかった。さらに、外部に流出したデモ・テープを基にしたブートに未収録だったため、長いこと文献でしか確認できない謎の曲となっていた。まさに今回が完全初登場のレア音源である。なお、1986年に録音され同年のオムニバス・アルバム『リヴ・イン・ワールド』に提供された曲(1993年に『パイプス・オブ・ピース』が「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズで再発売された際のボーナス・トラック)とは、メロディも歌詞も全く別の同名異曲。
トレモロを利かせたエレキ・ギターが印象に残るマイナー調に仕立てているが、右チャンネルから聞こえるシンセのせいか奇妙で底知れぬ不気味さが漂う。曲構成は練られておらず、ポールは歌いながらアドリブで主旋律や歌詞を考えているようだ。多分に没個性的で、ジョージ・マーティンに気に入られずデモの域を超えられなかったのも納得がいく。エンディングでは唐突に(SEと思われる)拍手喝采が沸き起こり、それにポールが応えるというお遊びも。
6.セイ・セイ・セイ(2015リミックス)
今回のリマスター盤のために特別に制作された、言わずと知れたマイケル・ジャクソンとのデュエット・ナンバーのリミックス・ヴァージョン。土台となっているのは、ジョン・“ジェリービーン”・ベニテスがミックスし、12インチシングル「セイ・セイ・セイ」B面に収録された約7分のインスト・ヴァージョンである。これを本ボーナス・ディスクに収録すべく試聴していた所、ポールが「僕とマイケルのヴォーカル・テイクで未使用のものがあるから、それを入れてみるべき」と提案。方針転換の末、スティーヴ・オーチャードがオリジナルのマルチトラック・テープを駆使してベニテス・ヴァージョンを再構築した上で先述のヴォーカル・テイクを編集・追加し、アルバム『NEW』(2013年)を手がけたばかりのマーク・“スパイク”・ステントがミックスし直したものが、ここに収録されるに至った。一方、元々のベニテス・ヴァージョンは12インチA面だった別のリミックス(これもベニテスによるもので、約5分半のヴォーカル入り)共々収録を見送られ、現在も未CD化のままである。ポールには大盤振る舞いで全ヴァージョン網羅してほしかったのですが・・・。
このリミックス最大の聴き所はやはり、ブートでも出回っていなかった世界初公開のヴォーカル・テイクであろう。オリジナル・ヴァージョンとは歌い回しが異なるのはもちろん、なんと!ポールとマイケルのヴォーカル・パートまでも異なるのだ。具体的には、オリジナルでは各節を「ポール→マイケル」の順に歌っている所を、リミックスでは第1節・第2節を「マイケル→ポール→マイケル」に変更しマイケルが歌うパートが多くなるよう配分している。また、延々と続くアウトロには2人がおふざけで入れ、結局カットされてしまったアドリブ・ヴォーカルが散りばめられている。テンションが上がる中、変な声でハーモニカのリフを真似ているのが面白い。曲構成と演奏は前述の通りベニテス・ヴァージョンを再現。ディスコ・シーンを意識した'80年代お約束のダンサブルなロング・ヴァージョンで、ベニテス・ヴァージョンを聴いたことのない方には新鮮に感じられるかもしれません。なお、今回のリマスター盤発売を記念して、このリミックスをA面に据えた12インチシングルが3,500枚限定で発売されたほか、ダンスに興じる青年と近所の人たちを映したプロモ・ヴィデオ(ポールやマイケルは登場しない)が新たに制作された。ベスト盤『ピュア・マッカートニー〜オール・タイム・ベスト』にも、オリジナルでなくリミックスの方が約3分半のラジオ・エディットとして収録されている。
7.コアラへの詩
1983年10月に発売されたシングル「セイ・セイ・セイ」のB面で、アルバム未収録曲。これまでシングル以外に収録されたことがなく、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでもボーナス・トラックから漏れたため長い間正規での入手が困難だったが、今回ようやく初CD化を果たした。この曲にマイケルは関わっておらず、レコーディングも『タッグ・オブ・ウォー』セッションの最初期にあたる1980年末に済ませていた。ポールがピアノを弾きつつ伸びやかに歌う力強いロッカ・バラードで、全体にわたり強く利いたリバーブが耳に残る。ドラムスはセッション・ミュージシャンのポール・ロビンソン、コーラスはリンダとエリック・スチュワート。ごく普通のラヴ・ソングなのになぜかコアラに捧げてしまったというのがユニークだが、コアラつながりか、オーストラリア盤シングルのみドライな仕上がりの別ミックスが用意されたという逸話も残る(こちらは現在も未CD化で、超レア)。今まで未CD化だったのが不思議に思える隠れた名曲なので、まだ聴いていないという方はこの機会にぜひ!
8.トゥワイス・イン・ア・ライフタイム
1985年公開の同名映画(邦題「燃えてふたたび」)の主題歌で、アルバム未収録曲。しばらくは映画の中でしか聴くことのできない状態だったが、1993年に『パイプス・オブ・ピース』が「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズで再発売された際にボーナス・トラックに追加され、8年越しにソフト化された。こうした経緯があってか、レコーディング時期を考慮すると『プレス・トゥ・プレイ』(1986年)が直近のアルバムであるものの、今回も引き続き本作のボーナス・トラックに収まっている。'80年代後半のポールに典型的な甘くせつないAORバラードで、サックス・ソロが雰囲気作りに貢献している。
9.クリスチャン・バップ
今回のリマスター盤で初めて陽の目を浴びたインスト・ナンバー。ただし、1991年に発表されたポール初のクラシック・アルバム『リヴァプール・オラトリオ』の第3楽章「教会堂地下室」(特に「ダンス(オーケストラ)」の部分)にメロディがほぼそのままの形で準用されており、コアなファンなら聴き覚えがあるはず。音源自体も既にブートで出回っており、1984年〜1987年に録音された未発表曲を集めたテープを基にした「Pizza And Fairy Tales」などのタイトルに収録されていたため、プロデューサーにフィル・ラモーンを迎え1987年前半にかけて「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー」「ラヴリエスト・シング」などを取り上げた幻の未発表アルバム(通称『The Lost Pepperland Album』)用に録音されたものと推測されていた。実際には、『タッグ・オブ・ウォー』セッション中の1981年にポールのセルフ・プロデュースで録音されている。
イーストボーンにあるインターナショナル・クリスチャン・コミュニケーションズ・スタジオでレコーディングを行った際、当地にインスパイアされて書かれた曲で、ピアノがメインのバンド・サウンドと、後半から登場するストリングスによるクラシック・サウンドとの融合が新鮮で心地よい。ストリングス以外の楽器はすべてポールが演奏したと思われる。ポールのピアノ・テクニックの妙を堪能できる上に、『リヴァプール・オラトリオ』で花開くクラシック作曲家としての素養も垣間見せ、インストながらなかなか面白い。なお、今回発表されたものはブート収録のヴァージョンよりも前半が1節分短く編集されている。また、各楽器のステレオ配置などミックスも異なる(ブート収録のヴァージョンでは冒頭のクリック音がステレオの左右を移動し、複数あるピアノのトラックが音域ごとに幅広く分散しているが、ここではいずれもステレオの中央寄りに固定されている)。ブートの方は1987年にラモーンがリミックスしたのかも・・・?
DVD
1.「パイプス・オブ・ピース」ミュージック・ビデオ
『パイプス・オブ・ピース』発売当時に制作された有名なプロモ・ヴィデオ。監督はポールと、「カミング・アップ」「エボニー・アンド・アイヴォリー」などのプロモ・ヴィデオを手がけたキース・マクミランの2人。マクミランのアイデアにより、1914年冬に第一次世界大戦下のフランス各地で、前線の英国軍とドイツ軍との間で自然発生的に行われた一時休戦(通称「クリスマス休戦」)を題材とし、ポールは英国兵とドイツ兵の2役を演じている。1983年12月7〜11日にサリー州のチョバム・コモンで撮影され、役作りのためポールは髪を短く切って臨んだ。「スーパー・デラックス・エディション」付属のフォト・ブックで詳述されている通り、大きなガラス板に戦場の背景を描いた「ガラス・ショット」という手法を除き、特殊効果は一切使用されていない。
ポール扮する英国兵とドイツ兵が、母国から送られてきた家族の手紙と写真を各陣の塹壕で受け取る所からストーリーは始まる。手紙を読んでいると休戦の報が入り、恐る恐る外に出た両者は中間地帯で握手を交わす(2人が同時に映る場面では片方をポール似のエキストラが演じた)。他の兵士たちが敵味方関係なくサッカーや飲食を楽しむ間、2人はお互いの家族の写真を交換して見せ合うが、砲撃により休戦状態は終わってしまう。慌てて自陣に戻った英国兵は誤ってドイツ兵の家族の写真を持ち帰っていたことに気づき、敵も愛する家族を持つ同じ人間であることを知り、戦争にむなしさを覚える─という、愛と平和の大切さを歌った詞作を反映した感動的な筋書きだ。なお、このプロモは既にプロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」にも収録されているが、今回は天地をカットせず1983年当時に忠実な画面サイズとなっている。一方、「The McCartney Years」ほどはノイズ除去等は徹底されていない。
2.「ソー・バッド」ミュージック・ビデオ
これも『パイプス・オブ・ピース』発売当時のプロモ・ヴィデオ。監督はポールとリンダで、キース・マクミランが制作に協力している。ロンドンのエワート・テレビジョン・スタジオでの撮影。フォト・セッション中のバンドという設定で、オリジナルのレコーディングに参加したポール、リンダ、エリック・スチュワート、リンゴ・スターが登場するが、黒いスーツと白いシャツで揃えた4人による演奏シーンは「これが新しいビートルズか」と話題になった。リッケンバッカーのベースで秀逸なプレイを再現するポールや、穏やかな表情で場を和ませるリンゴ(フィルインのたび「ボボボン」と口ずさむのが面白い)に注目。カメラを操作する様子を時折挟みつつ、写真家でもあるリンダが主に撮った各メンバーのモノクロ写真が多く使用され、静止画と動画を同じポーズで効果的につなげている。曲の前後ではスタジオでの和気藹々としたオフ・ショットを垣間見ることができ、中にはリンゴの愛妻バーバラやマクミランの姿も。既に「The McCartney Years」でも1983年当時に忠実な画面サイズで見ることができたが、オリジナルのフィルムからノイズ除去等の映像処理をやり直したものが今回収録されている(音声もモノラル)。
3.「セイ・セイ・セイ」ミュージック・ビデオ
革新的なプロモ・ヴィデオを次々と発表し、注目を集めていたマイケルと共演したこの曲のプロモもまた、50万ドルを注ぎ込む大がかりなものとなった。監督は同年にマイケルの「今夜はビート・イット」を手がけたボブ・ジラルディ。撮影は1983年10月4〜7日に米国カリフォルニア州のサンタ・イネズ・ヴァレー(後年マイケルが広大な邸宅・ネバーランドを建設する地)で行われ、ポールとマイケルが演じる西部開拓時代の偽薬売り「マック&ジャック」が主人公のドラマ仕立てとなっている。また、この偽薬売りの仲間役でリンダが、孤児院の関係者役で長女ヘザーが、マイケルが恋する女性役でマイケルの姉ラトーヤが、それぞれ出演している。当時のマイケルは尋常性白斑の症状が悪化する前で、まだ黒人の外見であった。
曲が始まる前の寸劇では、ポールとリンダが「驚きのパワーを与えてくれる」と吹聴して町民に偽薬(瓶詰の液体)を売っている。そこにマイケルと運転手の男性がサクラとなり大繁盛。次のシーンでは4人が共犯で、稼いだ泡銭を孤児院に寄付する義賊であることが明かされる。薬で力持ちになったと思い込む町民をよそに、一行は続いてボードビリアンに変装して酒場へ。ポールはビリヤードでぼろ儲けし(ジラルディがカメオ出演している)、マイケルはラトーヤ演じる女性に一目ぼれ。背後にいるマイケルの顔にシェービング・クリームを塗るくだりはポールのアドリブで、鼻を狙ったつもりだったとのこと。ハイライトの後半はポールとマイケルによるステージ・シーンで、手品やダンスで観客を楽しませているものの、ほどなく保安官がやって来る。ポールが手品で火を起こし、リンダの「火事よ!」という叫びと共に客席を混乱させることで何とか雲隠れに成功した一行は、ラトーヤに見送られながら静かに去ってゆく。
既に「The McCartney Years」や、マイケルのプロモ・ヴィデオ集「マイケル・ジャクソン VISION」にも収録されているが、今回は後者と同様に天地をカットせず1983年当時に忠実な画面サイズとなっている。また、最後にあったシングル・ジャケットの表示がカットされずに初めて収録されている。一方、「The McCartney Years」ほどはノイズ除去等は徹底されていない。
4.ヘイ・ヘイ・イン・モントセラト
未発表映像。1981年2月〜3月に前作『タッグ・オブ・ウォー』をレコーディングするため西インド諸島のモントセラト島を訪れた際のプライベート・フィルムで、ポール本人による撮影である(したがって映像にポールは登場しない)。『パイプス・オブ・ピース』収録曲の一部がモントセラト島で録音されたことは周知の通りだが、その中から「ヘイ・ヘイ」がBGMとして流れる。演奏シーンはなく、セッションに招かれたミュージシャンたちやその家族、スタッフなどが思い思いにくつろぐ様子が収録されている。内容から察するに、ポールとの共演を果たしたリンゴがバーバラと島を離れた日のことであろう。2人のほかにプロデューサーのジョージ・マーティン、ウイングスのデニー・レイン、スタンリー・クラーク、スティーヴ・ガッドの姿も確認できる(カール・パーキンスとスティービー・ワンダーはすれ違いで島に滞在)。ベランダでバナナの束を手におどけるリンダとリンゴや、エア・ギターを披露するマーティンなど、ホリデー気分のユーモラスな表情が目白押しで楽しい。後半は、空港行きの車に乗り込むリンゴとバーバラをみんなで見送っているが、リンゴはポールの子供たちにすっかり気に入られ一緒にふざけている。長男ジェイムズ(当時3歳)が挨拶代わりに花びらを投げつけ、リンゴがすかさず応戦するのが面白い(笑)。最後には、火山が織り成す自然豊かな島の風景もちらっと登場する。
5.ビハインド・ザ・シーンズ・アット・エア・スタジオ
未発表映像。1982年にロンドンのエア・スタジオで進められていた『パイプス・オブ・ピース』セッションの模様を記録したドキュメンタリー・フィルムである。当時制作された同名の映像作品(監督はジェフ・ベインズ)に編集を加えたものが、今回ここに収録されている。映像の一部は「タッグ・オブ・ウォー」「ヒア・トゥデイ」のプロモ・ヴィデオで断片的に見ることができたが、まとまった形かつ実際の音声のまま公式発表されるのは初めてである。
前半は「キープ・アンダー・カヴァー」のレコーディング風景。1980年11月から長らく取り組んできた曲だが、ここではイントロを完成させようとしている。ポールはブースでピアノを弾き語り、どんなアレンジにしたいかマーティンに聞かせる。そして、ピアノの弾き方に関して小節単位で細かく意見を出し合い、試行錯誤を繰り返す。ポールの完璧主義と、それを適切に抑えるマーティンの手腕がうかがえる。コントロール・ルームにはエンジニアのジェフ・エメリックとジョン・ジェイコブズが控えるほか、リンダとジェイムズも同席。終始仕事モードというわけではなく、「Magic Eyes」という即興曲を披露して笑わせていたり、ジェイムズを抱えて遊んでいたりと楽しく息抜きしている。宇宙人のような人形の口を動かしてふざけるポール(オペラ調の声で「キープ・アンダー・カヴァー」を歌わせている)とリンダが特に面白い(笑)。
後半は、本リマスター盤に収録されるまでお蔵入りになってしまった新曲「イッツ・ノット・オン」に焦点を当てている。こちらはまだ作りかけの状態で、ポールはリズムボックスをバックにアコースティック・ギターを弾き語る。最終テイクより圧倒的にシンプルで、ポップなメロディをより分かりやすく体感できる興味深いヴァージョンだ。コーラスを加えた後、早速マーティンやエメリックと共に曲をプレイバックしているが、ポールは体を揺さぶり手拍子を入れてノリノリ。途中、「性的な意味合いを込めた」という中間部の歌詞について2つの案を検討するシーンが登場するが、ポールが「直接的な方が好き」と評していたもののボツになった“The company owns his underwear(彼の下着は会社が持っている)”という一節は「ブラックバード・シンギング」でも確認できる。
6.ザ・マン
未発表映像。ポールと共演することになったマイケルが、1981年にポールの自宅と農場があるサセックスをお忍びで訪れた際のプライベート・フィルムで、ポールとリンダによる撮影である。BGMは「ザ・マン」。前半には、ポールがマイケルとの共演について語るインタビュー(1982年にロンドンのエア・スタジオで収録)がかぶさり、マイケルが電話で直接誘ってきたというファンならご存知のエピソードにも触れている。映像の方は、マイケルがポール夫妻と子供たち(ヘザー、メアリー、ステラ、ジェイムズ)と共に乗馬を楽しむ様子を捉えている。乗馬はポールとリンダの趣味の1つ。恐らく初体験であろうマイケルは最初はゆっくりと馬場を周回しているが、コツをつかんで徐々に速度を上げ、表情も楽しげだ。ポップ界で偉業を成し遂げた2人のスーパー・スターが田舎で馬を駆るなんて、そんな光景はここでしか見ることができないでしょう。なお、マイケルとポールのデュエット・ナンバー「ガール・イズ・マイン」のシングル・ジャケットはこの時リンダが撮影したものだが、マイケルが着ているジャンパーが、実は幻に終わったウイングスの1980年日本公演のメモラビリアであることがこの映像で確認できる。