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このアルバムの収録曲中1〜15はオリジナル版に収録されていた曲で、16・17は1993年の「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでの再発売に合わせて追加されたボーナス・トラックです。英国ではこのアルバムからアナログ盤とCDが同時発売されるようになりましたが、ディスク媒体の制約上、アナログ盤はCDよりも収録曲数・演奏時間を減らした形でのリリースでした(アナログ盤の裏ジャケットには「本レコードは通常より演奏時間が長いものの、適切な音量・音圧を維持するため編集を施さざるをえませんでした。カセット及びCDではより長く聴くことができます」という旨の注意書きが印刷されていた)。具体的には、アナログ盤では9・15の2曲がオミットされ、4曲(2a・5・12b・14)がショート・ヴァージョンで収録されています。カセット・テープは15が未収録なのを除きCDと同じ内容でした。一方、「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでのボーナス・トラック2曲(16・17)は14のリミックス・ヴァージョンで、いずれも同時期のシングルに収録されていたものです。
全曲がポール本人による作曲ですが、ビートルズ・ナンバーである6曲(2a・3・4・11・12a・13)のクレジットはジョン・レノンと交わした約束に従い「レノン=マッカートニー」名義になっています。
【時代背景】
ウイングスが解散して以来、ポールはライヴ活動から遠ざかりスタジオワークに専念するようになっていました。大ヒットとなったソロ・アルバム『タッグ・オブ・ウォー』(1982年4月発売)を発表した後もコンサート・ツアーには出ず、プロデューサーのジョージ・マーティンと共に『タッグ・オブ・ウォー』の姉妹作となるアルバム『パイプス・オブ・ピース』の制作に取りかかりました。そんな折、ポールは映画の制作を思いつきます。ビートルズ時代には5つの映画に出演し、中でも自主制作したTV映画「マジカル・ミステリー・ツアー」(1967年)では主導的な役割を担っていたポールですから、何ら不思議なことではありません。早速複数の映画関係者と接触し、映画プロデューサーのデヴィッド・パットナムを通じてピーター・ウェッブと知り合います。ウェッブはCM制作で名を馳せていたものの映画制作は未経験。それでもポールの依頼に応じ監督に就きました。
当初は『タッグ・オブ・ウォー』をテーマにした反戦映画にするつもりでしたがボツとなり、結局はビートルズ最初の映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」(1964年)のようにポール本人を主人公とし、ミュージシャンとしての1日を架空のストーリーで描くミュージカル風のロック・エンターテインメント映画に落ち着きます。脚本はポール自ら手がけ、アイデアの断片を寄せ集めたような出来でした。これに対し周囲から「どうしてプロの脚本家を使わないのか?」と指摘されますがポールは聞き入れませんでした。窃盗犯罪歴のある親友ハリーが、預けていたポールのニュー・アルバムのマスター・テープと共に行方不明になり、その日の24時までにテープが見つからない場合はポールの会社が身売りされてしまう・・・という筋書きは、ポールが自宅からスタジオに向かう途中で交通渋滞に巻き込まれた際に書き始めたとのこと。この頃、「セイ・セイ・セイ」のマスター・テープ・ボックスが輸送中に一時行方不明になる事件が実際に身近で起きており、どうやらこれにインスパイアされた模様です。
こうして1982年11月5日に、150万ポンドの予算をもって映画の撮影が開始されました。最初のうちは行き当たりばったりで、何を作ろうとしているのかすら曖昧でしたが、1983年に入って20世紀フォックスと配給契約を結んだことにより映画は劇場向けということに決まります。撮影は主にロンドンのエルストリー・フィルム・スタジオとその周辺で行われ、ブライアン・ブラウン(ポールのマネージャー役)、イアン・ヘイスティングス(ハリー役)、トレイシー・ウルマン(ハリーの恋人・サンドラ役)、ラルフ・リチャードソン(パブの店主・ジム役で、この映画が遺作の1つとなった)といった俳優たちが共演しました。ポールは自分自身を演じると共に全体の音頭取りに追われますが、もう1つの重要な仕事─すなわちサウンドトラックの制作も時を同じくして開始します。
【アルバム制作】
ポールが主役のミュージカル風映画ということで、サントラに使用される楽曲は必然的にポールの自作となりましたが、「新曲だけでは観客を喜ばせることはできない」と考えたポールは自身の全キャリア(ビートルズ/ウイングス/ソロ)から幅広く選曲し、それらを再演することにしました。『パイプス・オブ・ピース』を一緒に作っていたジョージ・マーティンの助言を得つつ、当時としても膨大な数のマッカートニー・ナンバーから新旧30曲ほどに絞り込んだ上で、採否の最終判断はウェッブ監督に委ねました。その結果、ビートルズ・ナンバー6曲(2a・3・4・11・12a・13)、ウイングス時代の1曲(7a)そしてまだ日が浅い'80年代のソロ・キャリアより3曲(5・6・9)の計10曲が再演されるに至ります。このほか、「ヘイ・ジュード」「フール・オン・ザ・ヒル」「マーサ・マイ・ディア」「バンド・オン・ザ・ラン」も試されたそうですがお蔵入りに。さらにはジョン作のビートルズ・ナンバー「トゥモロー・ネバー・ノウズ」をも取り上げる予定でしたが、もし実現していれば一番の話題となったに違いありません。選曲に関わったマーティンはそのままサントラのプロデューサーになり、『タッグ・オブ・ウォー』から3作連続でポールのアルバムに携わることに。こちらも3作連続でエンジニアをつとめるジェフ・エメリックと併せて映画にも出演しています。
サントラを演奏するミュージシャンもまた豪華でした。映画ではポールがレコーディング・セッションやリハーサルに臨むシーンが多く登場するため、親交のあった実在のミュージシャンたちが本人役で出演したのです。それも、ジョン・ポール・ジョーンズ(元レッド・ツェッペリン)、スティーヴ・ルカサー、ジェフ・ポーカロ(以上TOTO)、ルイス・ジョンソン、デイヴ・エドモンズ、クリス・スペディング、エリック・スチュワート(10cc)など大物ミュージシャンが勢揃いしました。とりわけ注目を集めたのが、元ビートルズの仲間で俳優としても活躍していたリンゴ・スターの参加です。ポール直々の依頼にリンゴは当初「悪役なら出演してもいい」と回答しますが、結局はドラマー役としてメイン・キャストの1人となっています。ただし、過去のプレイと比較されるのを嫌ったため、ビートルズ・ナンバーは一切演奏しないという条件付き(リンゴいわく「2分の1のビートルズは嫌だ」)。リンゴの愛妻で女優のバーバラ・バックも音楽記者役を演じました。当然ながらリンダも本人役で登場し、キーボードやコーラスなど演奏シーンにも加わっています。
ミュージカル映画ではあらかじめ用意された音楽に合わせて口パクするのが一般的ですが、ライヴ感覚を強調したいポールの意向により、この映画では演奏シーンを伴う曲は録音と撮影が同時に行われ、ヴォーカルを含めたベーシック・トラックは撮影時のライヴ・レコーディングが採用されています。編集段階での自由なミキシングを可能にするため、撮影現場にはサントラ専用の24トラックの機材が備えられました。それをカメラ経由の映像とシンクロさせるだけでも大変ですが、ダンスとアクションを交えた6のシーンでは撮影途中で映像に対する音楽の尺が足りなくなり、急遽間奏などを追加で録音しその断片を編集で上手くつなぎ合わせて対応・・・という出来事も起きました。一方、映画の主題歌となる1など演奏シーンのない曲は、撮影と並行してロンドンにある3つのスタジオ(エア・スタジオ、アビイ・ロード・スタジオ、CTSスタジオ)でリンダ、エリック、デヴィッド・ギルモア(ピンク・フロイド)らと録音。アルバム未収録のものも含め、映画で流される雑多なBGMの作曲・録音にも挑戦しました。映画の撮影は1983年5月8日にほぼ完了し、ポールとリンダは出演者やスタッフをパーティーに招き特注のタンブラーグラスを贈りました。その後も追加の撮影がありましたが、7月26日に正式にクランクアップしています。
映画及びサントラ盤のタイトルは、20世紀初頭のミュージカル・ナンバー「Give My Regards To Broadway」と、映画にも登場するロンドンのブロード・ストリート駅を掛け合わせたもので、作中で重要なキーワードとなっています。アルバム・ジャケットはテリー・オニールが撮影し、不安そうな表情をするポールと、マスター・テープの入った青い箱を持ち去ろうとする何者かのシルエットを写しています。裏ジャケットや見開きジャケット内側、インナー・スリーブには映画の各シーンや撮影時のスナップ写真を多数フィーチャー。加えて、インナー・スリーブには収録曲の歌詞と演奏者クレジットが印刷されています。
【発売後の流れ】
映画の撮影を終えると、ポールはしばらく放置していた『パイプス・オブ・ピース』(1983年10月発売)を完成させ、そのプロモーションに集中します。映画の公開とサントラ盤の発売は、編集作業に時間をかけたこともあり約1年後の1984年秋にずれ込みました。最初に陽の目を浴びたのは主題歌の1で、同年9月にアルバムからの先行シングルになりました。「セイ・セイ・セイ」「パイプス・オブ・ピース」でNo.1ヒットを連発したばかりのポールによる待望の新曲で、映画への期待感もあいまって全英2位・全米6位まで上昇。幸先よい滑り出しとなりました。続いて、映画の全米公開を直後に控えた10月22日にサントラ盤『ヤァ!ブロード・ストリート』が英米同時発売されます。豪華なミュージシャンを揃え、何と言ってもビートルズ・ナンバー6曲の再演は話題性抜群でしたが・・・チャートでの成績は英米で対照的な結果を残しました。ポールの地元である英国では見事首位に輝き、'80年代ポールのソロ・アルバムで3度目となる全英No.1の座を獲得しています。一方で、米国では50万枚を売り上げたものの21位止まりと低迷しました。これは、言うまでもなく映画に対する評価が足を引っ張ったためです。
ビートルズ解散後初となる本格的な自主制作映画に、ポールは並々ならぬ自信を持っていました。その証拠に、早くも1983年から様々なメディアを通じて積極的に映画を宣伝し続けました。1984年に限っても、英国ITVの「アスペル&カンパニー」(6月9日放送、トレイシー・ウルマンも出演)や米国NBCの「ザ・トゥナイト・ショー」(10月23日放送)といったTV番組への出演を例示できます。公開直前にはリンダと共に全米各地を飛び回っていますし、ITVのTV番組「サウスバンク・ショー」は密着取材の末にメイキング・ドキュメンタリーを制作しました(10月14日放送)。そして、10月25日にニューヨークで、11月28日に故郷リバプールでそれぞれプレミア・ショーが開かれ、映画「ヤァ!ブロード・ストリート」は満を持して世界中で劇場公開を果たしました・・・が、ポールが書いた他愛ない脚本が災いして興行的には大失敗に終わります。特に米国では、311館あった上映館数がたった1ヶ月で28館まで減少する惨状で、ワシントン・ポスト紙が「今年最悪の映画だ」と言い切るなど評論家たちの間でも軒並み不評でした。存命中の元ビートルで唯一出演せず、当時は映画会社の経営にも参画していたジョージ・ハリスンにも後年「あの失敗でポールも謙虚になったと思うよ」と皮肉られる始末(ただしジョージも、1986年の映画「上海サプライズ」で同じ過ちを犯すことに)。こうした反応に対しポールは「米国ではトップ20に食い込んでいるし、レビューの半数は高評価だよ」と平然としていましたが、自信作の予想外の不発にそのショックは相当だったことでしょう。事実、その後現在に至るまでポールはドキュメンタリーを除き映画を制作していません(出演も、2017年の映画「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」以外なし)。
【管理人の評価】
このアルバムの最大の目玉は、ビートルズ・ナンバー6曲を含む過去の楽曲の再演です。中でも、'70年代は演奏することを意識的に避け続けてきたビートルズ・ナンバーにひさしぶりに正面から向き合っている点は特筆に値します。ポールの音楽的成長が著しくなってきた頃のアルバム『リボルバー』から4曲も選ばれているのは興味深い所でしょうか。アコースティック・ギターで軽く弾き語ったものが中心で、3・13などオリジナル・ヴァージョンとはキーやアレンジをかなり変更していて好き嫌いが分かれそうな曲(ウイングス・ナンバーの7aもこれに該当)もあるので、お世辞にもオリジナルより素晴らしいとは言い難いですが、そこは過去と比較するのではなく「こんなアプローチも可能なのか!」という肯定的な考え方で楽しみましょう。また、よりシンプルに生まれ変わった5・9や、濃厚なロック色でパワーアップした6といった直近のソロ・ナンバーの再演は、オリジナルよりも演奏が生き生きしているという意見が多く定評があります(無論オリジナルの時点で十分高いクオリティですが)。
その反面、新たに書き下ろされた曲は少数で、それもヒット・シングルとなった1以外は小振りな曲やインスト・ナンバーなどと弱い顔ぶれになっている感は否めません。ロック・ナンバー2曲(8・10a)はなかなかかっこいいのですが、他のアルバムでの同系統の曲と比べるとやや見劣りしてしまいます。また、随所に登場するインストは映画で流されるBGMの目的で作られているので、映画を観ていないとその魅力が伝わりづらいという難点を抱えています。例えば12bは交響曲形式で次々に曲調が変わってゆきますが、一体どんなシーンで使用されているのかが分からないとその意図を読み取れず、退屈になりかねません。ほとんどの曲間には、臨場感を出すために映画の台詞や効果音が挿入されていますが、これまた映画を観ていないと(特に非英語話者にとっては)ちんぷんかんぷんです。このアルバムが「サントラ盤」であることを念頭に置いて聴かないと、期待を裏切られる可能性が高いです。
『サージェント・ペパー』『アビイ・ロード』などビートルズの名盤を手がけ、ポールと相性のよいジョージ・マーティンとジェフ・エメリックを起用したソロ・アルバム3部作の最後の1枚となったこのアルバムにおいても、『タッグ・オブ・ウォー』『パイプス・オブ・ピース』で培われてきたノウハウがそのまま受け継がれています。「イエロー・サブマリン」「007/死ぬのは奴らだ」など映画音楽の制作も経験豊富なマーティンによって洗練された各曲の完成度の高さはもちろん、各界の大物ミュージシャンたちを曲ごとに流動的に使い分ける点や(今回は控えめながら)リンダとエリック・スチュワートのコーラスで統一感を出す辺りも共通しています。それに加え、本作は大半の楽曲がスタジオ・ライヴの形で収録されているため、先の2枚よりも開放感と迫力にあふれる仕上がりであるのが特徴です。ライヴ活動をやめていた時期のため本調子とまではいきませんが、それでも6や倉庫のシーンでの演奏曲(8〜10a)ではリンゴやデイヴ・エドモンズらとこのままツアーに出てもおかしくないレベルの、息の合ったダイナミックなプレイを堪能することができます。
サントラ盤という特質上、このアルバムは新曲だけで固めた他のオリジナル・アルバムと同列で語ることはできず、これからポールのソロを聴こうと考えている方には強くお勧めできません。少なくとも、再演された曲のオリジナル・ヴァージョンは先に聴いておくべきですし、可能なら映画「ヤァ!ブロード・ストリート」を先に観ておいた方がアルバムの魅力をもっと実感できます。ストーリーは(主にオチが)あんまりですが、リンダやリンゴを始め豪華メンバー総出演ですし、演奏シーンはさすがの貫禄なのでポールやビートルズが好きな方、ひいては洋楽ファン全般にお勧めの映画です。ポールたちが普段どのように演奏・レコーディングしているかがよーく分かりますよ。映画の解説はこちらから。アルバムの方は、ビートルズ・ナンバーがいっぱいでビートルズ・ファンならまず楽しめると思いますし、ポールお得意の甘いバラードをたっぷり聴きたいという方には特にぴったりです。1・3・4・11・12a・13とスタンダード級の名バラードがてんこ盛りで、夜中にゆったり聴くといい雰囲気になること間違いなしです。ちなみに、私は1・6・10a・11・13・14(ボーナス・トラックだと16)が特に好きです。
アルバム『ヤァ!ブロード・ストリート』発売30周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
1.ひとりぽっちのロンリー・ナイト(バラード編)
映画「ヤァ!ブロード・ストリート」の主題歌で、'80年代ポールを代表するバラード・ナンバー。アルバムと映画の冒頭で流れる、エコーをかけた4音のベース・リフを発展させて作られた(このリフは映画の至る所で登場する)。ポールはピアノを弾き、ハービー・フラワーズがベースを、アン・ダドリー(アート・オブ・ノイズ)がシンセサイザーを、スチュワート・エリオットがドラムスを担当。白眉である渾身のギター・ソロはデヴィッド・ギルモアによるもの。コーラスはリンダとエリック・スチュワート。映画では終盤、ポールが真夜中のブロード・ストリート駅をさまよい歩くシーンで使用されている。
アルバムからの先行シングルとなり、英国で最高2位・米国で最高6位を記録するヒットとなった。プロモ・ヴィデオは、夜の屋上で打ち上げ花火を背に歌うポールと、映画の各シーンをフィーチャーしている。イントロをカットしたシングル・ヴァージョンは『オール・ザ・ベスト』『ザ・グレイテスト』『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』『ピュア・マッカートニー〜オール・タイム・ベスト』の各ベスト盤にも収録。ヒット曲にもかかわらず、ライヴではなぜか一度も演奏されていない。ポールのせつないヴォーカルと歌詞に心を揺さぶられる完全無欠の名曲ですが、二重表現になってしまっている邦題はおかしいですね(「ひとりぼっちの○○生活」や一里ぼっちちゃんのことを歌っているわけではありません)。
2.グッド・デイ・サンシャイン〜コリドール・ミュージック
ビートルズのアルバム『リボルバー』(1966年)収録曲の再演。オリジナルと同様ジョージ・マーティンがピアノを弾き、他の楽器はすべてポールによる演奏である。オリジナルとほぼ変わらないアレンジで、第3節の“She feels good”の後に小さく聞こえるジョン・レノンの復唱までも再現されている。映画では、ポールが快晴の朝にドライヴするシーンのBGMとして流れる。アナログ盤には第3節をカットしたショート・ヴァージョンが収録されていた。
続く「コリドール・ミュージック」は映画のために作られたインスト・ナンバーで、タイトル通りスタジオの廊下のシーンで使用された。リズムボックスにポールのエレキ・ギターが重ねられ、アルバムではそこにポールとリンゴ・スターの台詞がかぶさる。映画では別のシーン(倉庫からBBCへ移動中の車内)でより長く聴くことができるほか、特集番組「サウスバンク・ショー」ではレコーディングの様子が登場する。
3.イエスタデイ
ここから3曲は、リンゴとブラス・セクションを交えたレコーディング・セッションのシーンで演奏されるメドレーである。誰もが知っている「イエスタデイ」は、アルバム『4人はアイドル』(1965年)で発表されたビートルズ・ナンバー。この再演では、ウイングス時代のライヴのようにブラス・セクションをバックにアコースティック・ギターを弾く。さらに、オリジナルよりキーを半音上げている。ビートルズ・ナンバーは一切演奏しないという条件付きで映画に出演したリンゴは、この曲が演奏されている間、膨大なパーカッションの中からブラシを探している。
また、映画の終盤でポールがみすぼらしいストリート・ミュージシャンに扮するシーンがあるが、そこで弾いているのがこの曲。地下鉄の駅前で隠しカメラで撮影されたのだが、テンポを上げてでたらめに歌っているのと、ポールの変装ぶりのおかげで誰からも正体を見破られなかったという(しかも通行人から投げ銭までもらっている)。
4.ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア
『リボルバー』に収録されたビートルズ・ナンバーの再演で、ポールがこの曲を披露するのはビートルズ解散後初めて。前曲に続き、ポールのアコギ弾き語りをブラス・セクションが彩る。オリジナルよりキーを半音下げ、出だしの“I need my love to be here”を“I need a love of my own”に書き換えた。リンゴはまたもや演奏に参加せず、必死にブラシを探している。
5.ワンダーラスト
ポールのソロ・アルバム『タッグ・オブ・ウォー』(1982年)収録曲の再演で、オリジナルより粗削りだが力強い演奏を聞かせる。この曲ではポールはピアノを弾いている。また、ビートルズ・ナンバーでないためリンゴがドラムスをたたき始める(映画では、ようやく見つけたブラシを投げ捨てスティックに持ち替える)。フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルはオリジナルからそのまま続投された。2つの異なるメロディが同時に歌われる箇所では、音量の比率がオリジナルと逆になっているのが面白い。最後は「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」のメロディと絶妙に絡み合う独自の展開でメドレーを締めくくる。アナログ盤には途中の1節分を丸ごとカットしたショート・ヴァージョンが収録されていた。
6.ボールルーム・ダンシング
これもオリジナルは『タッグ・オブ・ウォー』に収録。ポールとリンダがピアノを弾き、デイヴ・エドモンズとクリス・スペディングをギタリストに、ジョン・ポール・ジョーンズをベーシストに、リンゴをドラマーに迎え、さらに8人組のブラス・セクションが加わるという超豪華なラインアップでの再演である。映画のために新たに第4節が書き加えられ、間奏も2つに増えた(ただし、アルバムでは第3節と間奏1回分がカットされ、本来の第4節が第3節に移動している)。スピード感と緊張感を高め、オリジナルよりもロック色の濃い躍動的な仕上がりだ。
映画では、ミュージカルのリハーサル・シーンで先述のメンバーによって演奏される。作中で最も費用がかさんだステージのセットは、あのスティーヴン・スピルバーグ監督も見学しに来たとのこと。ただ、ストーリーの方は・・・(苦笑)。紳士をパンチで撃退するお強いリンダが見られます。なお、このヴァージョンはアルバムからの第2弾シングルとして1985年2月に発売される予定だったが、映画の不振を受けて幻となった(B面は「ワンダーラスト」だった)。
7.心のラヴ・ソング〜心のラヴ・ソング/リプライズ
ウイングスのアルバム『スピード・オブ・サウンド』(1976年)収録の大ヒット・ナンバーの再演。映画では、近未来風の舞台に現れては毎日1曲だけ演奏して帰ってゆく、異星のバンドのレパートリーとして登場する。スティーヴ・ルカサーがエレキ・ギター、ルイス・ジョンソンがベース、ジェフ・ポーカロがドラムスとこちらも贅沢な顔ぶれ。ポールとリンダはキーボードを担当。映画の設定に合わせて無機質な音作りで、オリジナルと違って転調する間奏でブラス・セクションと絡むスティーヴのソロ・プレイや、ルイスのファンキーなスラップ奏法、同時に歌われる3声のコーラスの再現(ポール、リンダ、スティーヴ)など聴き所いっぱい。12インチシングル「ひとりぽっちのロンリー・ナイト」のB面でもあった。アナログ盤はここまでがA面。
アナログ盤のB面は「心のラヴ・ソング/リプライズ」で幕を開ける。これは、シンセサイザーやシタールの演奏にのせて「心のラヴ・ソング」のコーラスがハミングで歌われるという、短いインスト・ナンバーである。映画では倉庫のシーンの冒頭で使用された。ディズニー映画の曲「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」を歌っているのは、ブライアン・ブラウンが演じるマネージャー。
8.悲しいバッド・ボーイ
映画のために書き下ろされた新曲で、軽快なロック・ナンバー。他人の罪を背負わされるハリーの損な性分に、ポール自らの体験を重ね合わせて「もう僕はバッド・ボーイなんかじゃない」と繰り返し歌う。ここから3曲は倉庫でのリハーサルで演奏され、ポールはベースを弾いている。他のメンバーはリンダ(キーボード)、デイヴ・エドモンズとクリス・スペディング(エレキ・ギター)、リンゴ(ドラムス)、ジョディ・リンスコット(パーカッション)。映画の冒頭で、車内のポールが書いているのはこの曲の歌詞である。のものものも〜♪
9.ソー・バッド
映画を撮影した時点では未発表だった、ポールの前作『パイプス・オブ・ピース』(1983年)収録曲の再演。この曲では、デイヴ&クリスとバトンタッチする形でエリックがエレキ・ギターを弾き、リンダとリンゴも含めオリジナルのレコーディングに参加したミュージシャンが再集結した(映画ではクリスも、アルバムではさらにデイヴもクレジットされている)。ポールの秀逸なベース・プレイや、リンゴのコクがあるドラミングは健在なまま、オリジナルよりシンプルに仕上げている。エリックの映画への出演はこのシーンだけで、唐突にやって来て唐突に去ってゆく。この曲はアナログ盤には未収録で、CDとカセット・テープでのボーナス・トラックであった。
10.ノー・バリュース〜ひとりぽっちのロンリー・ナイト(バラード/リプライズ)
本作で初めて発表されたラフなロック・ナンバー。「休暇中に見た夢の中でローリング・ストーンズが歌っていたんだ」とポールは語る。1980年11月にウイングスのリハーサルで試されていた曲で、当時のメンバーだったローレンス・ジュバーは映画のヴァージョンを聴いて出来にガッカリしたという。演奏者は「悲しいバッド・ボーイ」と同じ。最後はブルース風のジャム(映画ではより長く聴くことができる)に突入するが、ハリーがマスター・テープを売り渡す光景を妄想したポールが「やめろ!」と叫んだため途切れてしまう。私のお気に入りの曲です。
「ひとりぽっちのロンリー・ナイト(バラード/リプライズ)」は、このアルバムが1993年の「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズで再発売された際には10トラック目の一部と誤記されているが、実際は次の11トラック目の冒頭13秒である。ストリングスによる「ひとりぽっちのロンリー・ナイト」のインスト・ヴァージョンで、“You've only got my heart on a string〜”の一節が抜粋されている。映画では、ジョン・ソールトハウスが演じるロード・マネージャーがサンドラを車で送るシーンで流れる。
11.フォー・ノー・ワン
これまた『リボルバー』収録のビートルズ・ナンバーの再演。BBCのラジオ放送用にレコーディングするシーンで、ポールはガブリエリ・ストリングス・カルテットの演奏をバックにアコースティック・ギターを弾き語る。オリジナルと同様フレンチホルンが使われているが、映画では演奏直前にホルン奏者が到着し、間奏のソロに向けて急いで楽器の支度をしているのが面白い。キーはオリジナルより半音下げているが、特集番組「サウスバンク・ショー」では逆にオリジナルより半音上げたアコギ弾き語りが披露された。
12.エリナー・リグビー〜エリナーの夢
またまた『リボルバー』収録のビートルズ・ナンバーの再演。オリジナルでは弦楽八重奏をバックに歌ったが、ここでは「フォー・ノー・ワン」に続いてガブリエリ・ストリングス・カルテットによる弦楽四重奏をフィーチャーしている。映画ではBBCでのレコーディングの2曲目として取り上げられるものの、ポールはアコースティック・ギターを弾き語っているうちに眠気に襲われ、いつしか閑散としたロイヤル・アルバート・ホールでタキシードを着込み歌う自分を見つける。
曲はそのまま、映画のために書き下ろされた「エリナーの夢」(「エリナーの愛」じゃないですよ、東芝EMIさん!)につながる。これは「エリナー・リグビー」をモチーフにした交響曲形式のインスト・ナンバーで、映画ではポールが19世紀ヨーロッパの世界に迷い込む、いわゆる“夢の夢”のシーンで流れる。このシーンは元々3分程度を想定していたが、いざ撮影を終えると11分近くに達してしまった。音楽の尺が足りない箇所にヨハネス・ブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」が暫定的に挿入されているのを知ったポールは、半強制的にブラームス風のクラシック音楽を書かされる羽目に。それでも、シーンの展開に合わせたバラエティ豊かな曲調と、ジョージ・マーティン譲りの緻密なスコアを揃え、十分聴き応えのある大作に仕上がっている。この時の経験は、ポールが'90年代以降しばしば手がける一連のクラシック・アルバムに生かされたに違いない。
アルバム収録にあたって短く編集されていて、約7分に縮まっている。さらに、アナログ盤にはわずか1分の超ショート・ヴァージョンが収録されていた。この曲は事前に映画を観ておくと、曲調の変化が意図する所をつかめてより楽しめると思います。個人的には、リンダとリンゴ夫妻が乗ったボートが滝壺に落ちるシーンがお気に入りだったりします(苦笑)。
13.ロング・アンド・ワインディング・ロード
ビートルズのラスト・アルバム『レット・イット・ビー』(1970年)収録曲の再演。このアルバムではタイトルから“The”が抜け落ちた表記となっている。ベースはハービー・フラワーズ、ドラムスはデイヴ・マタックス。ポールはピアノを弾いている。オリジナルは、プロデューサーのフィル・スペクターが勝手にオーケストラ・アレンジを施しポールを激怒させたというエピソードが語り草だが、この再演でも中盤からオーケストラが登場し、最後にはロンドン・コミュニティ・ゴスペル・クワイアによるコーラスまでも入る派手なアレンジになっている(ビートルズ解散後のライヴでは控えめに徹しているのにどうしたポール?)。イントロと間奏のサックスがもろにAOR風で強烈な印象を残す。
映画では、マスター・テープとハリーを捜すべくポールが夜のロンドンを車で走り回るシーンのBGMとして流れる。賛否が大きく分かれそうですが、曲自体屈指のお気に入りである私はOKだと思っています。実の所、この曲の数あるヴァージョンの中でも一番好きです。曲構成を変え、本来の第2節が最後に来ているのもお気に入りポイントです。
14.ひとりぽっちのロンリー・ナイト(プレイアウト編)
映画のエンドロールで流すBGMを提供するよう20世紀フォックスから依頼されたポールが作った、「ひとりぽっちのロンリー・ナイト」のアップテンポ・ヴァージョン。「バラード編」とは打って変わって、ディスコ・サウンドを模倣したダンサブルなアレンジに変貌している。ブラス・セクションを除き、ポールお得意のワンマン・レコーディングで済ませた。コーラスはリンダとエリック。ポールは終始ハーフ・スポークンで歌っているが、メロディ・ラインをランダムに繰り出して楽しそう。アルバムではマネージャーの「テープを見つけました!」という一言もかぶさる。
アナログ盤には途中の1節分を丸ごとカットしたショート・ヴァージョンが収録されていた。7インチシングル「ひとりぽっちのロンリー・ナイト」(ファースト・プレス)のB面でもあったが、アナログ盤の演奏からジャズ・アレンジの導入部と先述の台詞をオミットしたものだった。ベスト盤『夢の翼〜ヒッツ・アンド・ヒストリー〜』には、そのシングル・ヴァージョンからさらに冒頭の「みょーん」というキーボード1音を消したものが収録されている。また、未CD化・未商品化のものも含め複数のリミックスが制作された。
15.グッドナイト・プリンセス
ポールの「これでおしまいです、お付き合いありがとうございました」という言葉に導かれて始まるのは、映画のために作られたインスト・ナンバー。ポールが十八番とするムーディーなジャズ・アレンジでじっくり聞かせる。ポールは演奏には参加していない。映画では、昔ながらの雰囲気のパブ「オールド・ジャスティス」で暮らすジムおじさんを訪ねるシーンで使用された。別れ際に、ポールがジムおじさんの飼い猿に“Goodnight, sweet prince”と声をかけているが、それがタイトルの由来である。この曲はCDにのみ収録されたボーナス・トラックであった。
〜ボーナス・トラック〜
16.ひとりぽっちのロンリー・ナイト(エクステンデッド・ヴァージョン)
1984年9月24日に発売された12インチシングル「ひとりぽっちのロンリー・ナイト」(ファースト・プレス)のA面に収録された、「ひとりぽっちのロンリー・ナイト(プレイアウト編)」のリミックス。ポールにとっては「グッドナイト・トゥナイト」「セイ・セイ・セイ」に次いで3度目となる(そして'80年代に定番化する)ロング・ヴァージョンで、演奏時間は8分に引き伸ばされている。延々と続くドラム・ソロやパーカッションの乱打、コーラスのピッチを変えたお遊びなど'80年代のディスコ・シーンの香りがぷんぷん漂う、リミックスの王道的な展開が繰り広げられる。ミックスを手がけたのはジョージ・マーティン(意外!)。また、このリミックスを基にワレン・サンフォードが再編集したヴァージョン(通称「Extended Edit」)がプロモ盤で出回った。この手のリミックスが苦手な方は抵抗感を覚えるかもしれませんが(汗)、6分前後でのギター・ソロとコーラスの絡みなどオリジナルにはない聴き所もあります。
17.ひとりぽっちのロンリー・ナイト(スペシャル・ダンス・ミックス)
1984年10月29日に発売された7インチシングル「ひとりぽっちのロンリー・ナイト」(セカンド・プレス)のB面に収録された、「ひとりぽっちのロンリー・ナイト(プレイアウト編)」のリミックス。こちらはアーサー・ベイカーによるミックスで、ポールが気に入ったため、ファースト・プレス発売のわずか1ヶ月後に7インチシングルB面と12インチシングルA面をそれぞれベイカーのヴァージョンに差し替えたセカンド・プレスが急遽発売されるに至った。「エクステンデッド・ヴァージョン」よりはオリジナルに近い構成・アレンジで、ファミコン・サウンドっぽい高音のキーボードとファンキーなギター・フレーズが耳に残る。終盤はサビの繰り返しが増え、ドラム・ビートの代わりにポールによるスキャットが登場する。このリミックスを使用したプロモ・ヴィデオが制作され、ポールがディスコ・ホールでハンドマイク片手に歌うシーンに、世界各地のダンスやスポーツの映像(中には日本の相撲も)が多数挟まれるという内容だった。
セカンド・プレスの7インチシングルB面と12インチシングルA面とでは曲の長さが異なり、本ボーナス・トラックである前者(「スペシャル・ダンス・ミックス」)はイントロ/アウトロの大半と途中の1節分をカットしたショート・ヴァージョンである。一方、7分近くにわたる完全版である後者(通称「Extended Playout Version」)は未CD化のまま。また、同じくベイカーによる「Mole Mix」という名の斬新なリミックスが、300枚限定のプロモ盤としてDJに配布された。