Jooju Boobu 第118回
(2006.5.17更新)
I Can't Imagine(1993年)
今回よりしばらくは、私のお気に入り順から脱線して特集を組みます。この前は最新作「裏庭の混沌と創造」特集をやりましたが、今回は1993年のアルバム「オフ・ザ・グラウンド」の時期にシングルのみで発表された曲を収録した日本・ドイツのみの限定版「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」のCD 2に収録されたアルバム未収録曲特集となります。これには12曲が該当しますが、今回はそのうち「Jooju Boobu」本編のここまでのお気に入り順に入る8曲を語ります。8曲といえばほぼ全部となりますが、つまりそれほど私の大好きな曲が多いということです。
よく言われることですが、アルバム「オフ・ザ・グラウンド」時期のシングルのカップリング曲は、アルバム本編に収録された曲よりもクオリティが高く、ファンの間でも人気が高い曲が多いです。「なんでこの曲がアルバム未収録曲?」と疑問に思ってしまうような曲がごろごろ転がっていることは、一度聴けば納得いくはずです。私は「オフ・ザ・グラウンド」本編を煮え切らなさゆえに一番好きでないアルバムとしていますが(今もそうです・・・)、ずっと後に「コンプリート・ワークス」のCD 2を聴いて感動してしまいました。ポールらしいいい曲だらけで、これだけ単体でアルバムとして発表してもヒットしていたのでは・・・と思いました。
さて、そんな風に定評の高い曲たちの中で、私が一番好きな曲は『I Can't Imagine』です。ポールといえばメロディアスなポップ職人、というイメージがやはり強いですが、この曲ではそんなポールが織り成す魅力を心の底まで堪能できます。一番好きな曲ということで、今回はこの曲を語ります。
この曲が発売されたのは、アルバム「オフ・ザ・グラウンド」からの第2弾シングル「C'mon People」の中ででした。アナログ盤のB面、CDマキシシングルのカップリングの両方に収録されています。しかし、アルバムに収録されることはありませんでした。アルバムの選曲はバンドメンバー(当時のポールはツアーバンドとレコーディングをしていた)やスタッフの人気投票により行われましたが、この曲は彼らのお気に入りにはなれなかったようです。しかし、だからといって質が悪い曲というわけではなく、かえってアルバム収録曲を凌ぐほどの高品質を持っています。ポールやバンドメンバーのセンスを疑ってみたくなるほどです。
この曲の魅力は、なんといってもポップ職人ポールが見せてくれるメロディアスさです。一回聴いただけで、とりこになってしまうような親しみやすいメロディが繰り広げられています。覚えやすい、とまではいきませんがしばらく聴いていれば一緒に口ずさみたくなるような感じです。ウイングス解散後の'80年代以降、この手のポップナンバーが姿を見せなくなったポールですが、こうした裏方でいわゆる「隠れた名曲」的なポップを書き続けていたことは忘れてはなりません(アルバム「プレス・トゥ・プレイ」の『Tough On A Tightrope』など)。これらの楽曲は、ビートルズ時代・ウイングス時代などと比べてなんら遜色ありません。この曲に関しては、出だしのメロディはどこか大ヒット曲『Silly Love Songs』を思い起こさせます(後述する理由もあって、余計そう聴こえます)。
ビートルズ時代・ウイングス時代と違う点を挙げるとしたら、やはり落ち着いた感じが出てきた点でしょう。'80年代のスタジオワークを通じて、すっかり大人の風格を見せ穏やかな作風に特化したポールですが、ここでもAORにも通じる穏やかなアレンジに終始しています。使用されている楽器はアコースティックが中心で、冒頭はアコギの弾き語りから始まります。間奏もアコギのソロです。ブレア・カニンガムのドラミングも派手なものを伴わない、落ち着いた演奏です(メロではタンバリンが中心)。キーボードも柔らかく透き通ったシンセが使用されていて心地よいです。珍しい所では、ビブラホンの使用でしょう。涼しげな感じを影ながらに出しています。これはポール・ウィックス・ウィッケンズの演奏でしょうか。アコースティックな心地よさを出しながらも、アンプラグドにならずしっかりとしたバンドサウンドになっているところに、この曲の魅力があります。後半の転調や、ミステリアスなエンディングも気が利いています。
ポールのヴォーカルも、こうした心地よさを踏まえたやさしげな歌い方をしています。出だしのささやきにも似たうっとりとするような歌声から、伸びやかに歌う前半。こういうポールが好きな人にとっては最高の歌声でしょう。そして、それに終始せず後半はしっかりシャウトするのも忘れていません(もちろんロック風シャウトではないけど)。これがポールの七変化ヴォーカルの魅力であり、このコントラストが効果的です。ウイングスの『With A Little Luck』(私のお気に入り)にも同じアレンジがありました。
さらに、バッキング・ヴォーカルが効果的にポールのヴォーカルを引き立て、曲にアレンジの変化をつけています。よく引き合いに出されるのがサビでのヘイミッシュ・スチュワートのバッキング・ヴォーカル。ポールとハモるだけでなく、“talk about it”と歌っています。ポールとヘイミッシュは声質が違いますが、その違いがうまい味を出しています。たった一言だけなのに、セカンド・ヴォーカルとしてクレジットしてもいいような、そんな印象的なコーラスです。「とーかばーいっ」(爆)と一緒に歌いたくなってしまいますね。さらに、長年付き添ってきたリンダさんのコーラスが第2節に入りますが、これがすごくポールらしいというか、ウイングスらしいです。どこか'70年代の懐かしさを感じるのはここにあるのかもしれません。コーラスが大きな魅力だったウイングスを率いていたポールですから、こんなアレンジは朝飯前だったのかもしれませんが、この曲の親しみやすさはヴォーカル・アレンジにもあるのです。
さっき『Silly Love Songs』を思い起こさせると書きましたが、その最大の要因はメロディ以上に歌詞です。そこで取り扱っている題材はずばり「愛」。恋愛というよりは、「愛」の本質そのものを歌っています。『Silly Love Songs』の題材は「ラヴソング」で、「ばかげたラヴソングを書いて何が悪い?」と歌っていました。そちらはポールの「作曲家」としての信念あっての詞作ですが、『I Can't Imagine』はそれより一歩踏み出して「愛の歌」から「愛」そのものを歌っています。「君の愛なしには/僕は何も見つけられない」「こんな愛を知らないままの気分を僕は想像できないよ」と、「愛」の持つ魅力とその必要性を歌っています。説教めいた内容にならず、普通の恋愛観とリンクさせながら楽観的な内容にするのはさすがポール。すっと心に溶け込んでいくような詞作です。
しかし、この曲でポールは恐らく「個人的な恋愛」から「人類全体の愛」に遠く焦点を合わせていたのでは・・・というのは私の推測です。何しろこの時期、人類が一丸となって世界をよくしようと訴えている(=『C'mon People』)のですから。そう考えると、平和をうたったジョン・レノンの代表曲のタイトルでもある「Imagine」がタイトルに組み込まれたのも、偶然の産物ではないような気がします。それにしても、同じようなテーマを歌ったこの曲と『C'mon People』で、これほどにも曲のポップさ←→シリアスさに差があるのは面白いですね。しかも、前者は堂々と「love(愛)」を連呼していて、後者は一度も「love」を使用していないんですから。ポールの懐の広さを感じます。
メロディ・ヴォーカル・コーラス・歌詞、すべてにおいて高品質のこの曲が、なんでシングルのみで発表されたのかは本当に疑問です。それどころか、シングルA面にしたってヒットしていても全くおかしくないほどですよ。かの大ヒット『Silly Love Songs』や、数々のウイングスナンバーと似た要素を持つのですから。ウイングスで発表していたら面白かったかも、と思います。とにかくこの曲は文章を読むより一度聴いてみることをお勧めします(「コンプリート・ワークス」共々入手困難ですが・・・)。「ポール・マッカートニーここにあり!」ですから。この曲の隠れファンも多いのではないでしょうか。すぐにその魅力のとりこになること間違いなしです。
今回この曲を紹介するにあたって聴いてみて、もっともっと好きになってしまったので、勢いあまってこの曲の歌詞の対訳をしてしまいました。このページに掲載しているので、ぜひごらんになってください。ポールの「愛」への考えがよく出ていると思います。しっかり詞作も味わってくださいね。ちなみに、今回のイラストや対訳ページに描かれているキャラクターは、私が大好きなマンガ「魔法先生ネギま!」で私がお気に入りの明石裕奈(あかしゆうな)です。個人的にはこの曲のイメージ・・・なのかな?『Tough On A Tightrope』も個人的には彼女のイメージ・・・というか彼女に向けたラヴソングになっています(爆)。そちらの対訳はこのページです。・・・あれ、話が脱線しました。
さて、次回紹介する曲も私のお気に入りです。ヒントは・・・「'80年代風AOR」。お楽しみに!
(左)シングル「カモン・ピープル」。2曲入りアナログ盤・4曲入りマキシシングルの両方に収録されています。
(右)日本・ドイツのみの限定版「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」。アルバム未収録曲を収録したCD 2は感動ものです!現在入手困難です・・・。