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このアルバムの収録曲中、12曲がロックンロールのスタンダードで、3曲(4・7・10)のみポールの自作曲です。
1998年4月、ポールの最愛の人リンダが亡くなります。懸命な看病をしてきたポールは涙に暮れる日々を過ごしますが、やがて自らの音楽活動を再開します。その初仕事となったのが、生前のリンダがポールに強く発売を望んでいたロックンロールのカヴァーアルバム、つまりこの「ラン・デヴィル・ラン」でした。ポールは「何らかの形で過去に立ち返ってみる必要がある」と述べていましたが、リンダを失ったポールは再び自らの原点を見つめ直したのです。
ポールは、このアルバムのレコーディングを1週間で仕上げてしまおうと思っていました。これは、かつてビートルズ初期のレコーディングがきわめて短期間に仕上げられたことを振り返ったものです。結局は1999年3月〜5月の間に、なじみのアビーロード・スタジオで短期間・集中的にレコーディングが行われ、21曲が録音されました。そのうち、15曲がこのアルバムで発表されるに至りました。初期ビートルズ時代のレコーディング・スタイルの実践は、次作「ドライヴィング・レイン」にも受け継がれてゆきます。プロデューサーはウイングスの「バック・トゥ・ジ・エッグ」も担当したクリス・トーマス。演奏者はデヴィッド・ギルモア、ミック・グリーン、イアン・ペイスなどそうそうたる顔ぶれを揃えました。
ポールがロックンロールのスタンダードをカヴァーしたアルバムといえば、1988年の「バック・イン・ザ・USSR(CHOBA B CCCP)」がありますが、そちらと「ラン・デヴィル・ラン」では、選曲の仕方に微妙な違いが見られます。まず、このアルバムの方が「CHOBA〜」収録曲よりも知られない、マイナーな曲を選んでいる点。2・9・11などはオリジナルはシングルB面ですし、5・13などアーティスト自体さほど知られていない曲も取り上げています。ポールがいかに多彩な音楽を深く聴き親しんできたかが分かる内容です。さらに、このアルバムではカヴァー曲のみならずポールのオリジナルが3曲も収録されています。いずれも力強さを感じさせるロックンロール・ナンバーで、「ロックンロール・カヴァー集」というコンセプトを崩していません。
また、「CHOBA〜」はスタジオ活動に重きを置いていたポールがコンサート活動を再開する上でのリハビリのような目的で作られたのに対し、このアルバムは当初からコンセプトを持って制作されています。そのため、ポールのヴォーカルや演奏にも気合いが入っていて迫力満点です。全体的にアップテンポな楽曲で占められていることや、ほとんどの曲を3分未満の演奏時間にしっかりまとめ上げていることも、アルバムに力強さ・タイトさを感じさせる要因となっています。何より、ポールのシャウトに衰えを全く感じさせないどころか'90年代以降のポールで一番声が出ていて素直にうれしいです。
このアルバムは「CHOBA B CCCP」に比べてマニアックな楽曲ばかりが入っているので、カヴァー曲集といっても非常に地味な選曲です。しかし、演奏・ヴォーカルの迫力、オールディーズと現代風のアレンジを絶妙に混ぜ合わせたアレンジなど、明らかに「CHOBA B CCCP」よりもこのアルバムの方がお勧めできます。ポールのロックンロールを堪能するにはこれ以上のアルバムはありません。最初から最後までハイテンションで突っ走るのも、聴いていて楽しいです。1曲1曲が短く仕上げられているので冗長さを感じさせず聴きやすいです。ポールのオリジナル曲も、「名曲」とまではいきませんが聴き応えたっぷりです。ちなみに私の好きな曲は4・7・9・13です。
アルバム『ラン・デヴィル・ラン』発売20周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
1.ブルー・ジーン・ボップ・・・オリジナルは1956年のジーン・ビンセント&ブルー・キャップス。ポールはジーン・ビンセントの「ビー・ボップ・ア・ルーラ」をアルバム『公式海賊盤』でカヴァーしたことがあるが、それと同じくオリジナルにかなり忠実な演奏である。ヴォーカルにかけられた薄いエコーが印象的。
2.シー・セッド・イェー・・・1959年にラリー・ウィリアムズがシングルB面で発表したマニアックな曲。ちなみにA面はビートルズも取り上げた「バッド・ボーイ」。ビートルズ時代のカヴァーからジョン・レノンの領域に思えたラリー・ウィリアムズを、ポールはシャウト交じりにカヴァー。現代風アレンジが効果的。
3.オール・シュック・アップ・・・1957年にエルビス・プレスリーが発表した曲。突っ走るような演奏に、ポールのシャウト風ヴォーカルとデヴィッド・ギルモアのハーモニーが痛快。
4.ラン・デヴィル・ラン・・・ポールが米国のドラッグストアで見つけた薬の名前からインスピレーションを受けて書いたオリジナル。このアルバムのタイトル曲にぴったりのロックンロール・スタイルで、早口スタイルで歌われる。コーラスにいるはずもないリンダの声が聴こえることが話題となった。
5.ノー・アザー・ベイビー・・・オリジナルは1958年のスキッフル・グループ、バイパーズ。ちなみにオリジナルをプロデュースしたのは、ビートルズのプロデューサーであるジョージ・マーティン(ポールはこの事実を知らなかった)。このアルバムからシングルカットされたがヒットせず。
6.ロンサム・タウン・・・1958年にニッキー・ネルソンが発表したヒット曲で、ポールのみならずリンダのお気に入りの曲であった。恐らく、リンダへの追悼もあっての選曲であろう。実際、リンダの追悼コンサート「ア・コンサート・フォー・リンダ」でポールは、飛び入りの形でこの曲を演奏している。
7.トライ・ノット・トゥ・クライ・・・ポールのオリジナル。「プレス・トゥ・プレイ」期のロック・ナンバーも思わせるハードエッジなアレンジで、歌詞で歌われるような悲しみを振り切るような力強いポールのヴォーカルが印象的。アルバム中私のお気に入りです。
8.ムーヴィー・マグ・・・ポールも何度か共演を果たしたカール・パーキンスのデビュー曲。カントリー風のアレンジに、アメリカン・アクセントで歌うポールのヴォーカルが面白い。アルバム中もっともシンプルなアレンジの一曲。
9.ブラウン・アイド・ハンサム・マン・・・オリジナルは1956年にチャック・ベリーがシングルB面で発表した曲。ベリー特有の早口スタイルをここでも堪能できる。アコーディオンをフィーチャーし、若干ケイジャン風の仕上がり。シングル「ノー・アザー・ベイビー」のカップリングに選ばれたためプロモ・クリップも作られたが、撮影時に偽物の銃を公道で使用したため騒ぎとなり、別内容に差し替えたというエピソードもある。
10.ワット・イット・イズ・・・ポールの新曲。オールディーズにありそうな雰囲気ながらも、シャッフル風に仕上げるなどポールのオリジナリティも出している。これもリンダに向けて歌ったものと思われる。
11.コケット・・・オリジナルは1927年発表のスタンダードナンバーだが、ポールは1958年にファッツ・ドミノがシングルB面で発表したヴァージョンを元にカヴァー。ファッツ・ドミノ風の野太いヴォーカルがいかにも、といった感じ(ポールいわく「パブのシンガー風」)。この辺の楽曲はやっぱりこなれていますね。
12.アイ・ガット・スタング・・・エルビス・プレスリーの1958年のシングル。エルビスをも凌駕する荒々しい演奏とシャウトでぐいぐいひきつける。アルバム発表前に「スペシャル・ミックス」と称して公開されていた。
13.ハニー・ハッシュ・・・1953年のジョー・ターナーが発表した曲。ポールのお気に入りのようで、このアルバム以外でもTV番組やコンサートのサウンドチェックなど様々な場で演奏している。「ハイホー、ハイホー、シルバー」の部分がノリノリで面白いです。
14.シェイク・ア・ハンド・・・1953年にフェイ・アダムスが発表した曲。リトル・リチャードもカヴァーしたことがあるが、ポールはリトル・リチャードに負けないシャウトを披露している。「オー・ダーリン」「コール・ミー・バック・アゲイン」など、ポールの自作曲にも影響を与えているように思えます。
15.パーティ・・・1957年のエルビス・プレスリーが発表したのがオリジナル。「ロング・トール・サリー」などに構成の似た典型的なオールディーズで、エンディングにこの曲を持ってくるのはそうした所もあるのだろう。ポールのヴォーカルや演奏のテンションも最高潮。