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21世紀に入りアルバム「ドライヴィング・レイン」(2001年)をリリースしたポール。翌年より全米ツアー、ワールドツアー、そして2004年のヨーロッパツアーと、「ドライヴィング・レイン」で活動を共にしたバンドメンバーと共に世界を駆け巡りました。その間にヘザー・ミルズと結婚(2002年)、翌年には2人の間に子供が生まれました。そんな中、ポールはツアーバンドと一緒にニューアルバム用の録音を開始します。しかし、そこに大きな転機が訪れます。ポールにプロデュースを依頼されたジョージ・マーティンがナイジェル・ゴドリッチを推薦。そしてそのゴドリッチが「このアルバムはひとりで行うべきだ」と助言。この一言により、ポールは新作をバンドではなくすべての楽器を1人で演奏する単独プロジェクトに移行したのです。ポールがすべての楽器を演奏したアルバムといえば「マッカートニー」「マッカートニーII」が挙げられますが、その続編的位置づけに当たります。
プロデュースをしたナイジェル・ゴドリッチは、レディオヘッドを手がけたことなどで知られる近年注目を浴びるプロデューサー。そのゴドリッチはポールにかなり厳しい態度を示し、時に持ってきた曲に「ゴミだ」と言い放つほどでした。プロデューサーとしてポールに歯向かうケースはこれが初めて。ポールはかなり腹立ったそうですが、結局彼の意見をのみます。こうした経緯を踏んだポールとゴドリッチのコラボレーションは、『ファイン・ライン』と『プロミス・トゥ・ユー・ガール』の歌詞を合体させて「ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード」と名づけられ、ポールのアルバムで最長のタイトルに。レコーディング開始から足掛け2年、ポールが「LIVE 8」に出演した2005年に発表されます。初回限定盤にはインタビューなどを収録したDVDがついています。そして日本のみ、ボーナス・トラック1曲が収録されています。日本では、PCでのコピーに制限のあるセキュアCDでの発売となりました。公式サイトでは収録曲の断片を組み合わせてオリジナルミックスを作れる「クリエイト・ケイオス」というソフトが公開され、誰でもポールにオリジナルを送ることができます(ちなみに、私はアルバム聴く前にこの「クリエイト・ケイオス」で遊びまくっていました)。
ゴドリッチのプロデュースの特色として、そのアーティストの持ち味を生かしながらもサウンド的な冒険をすることが挙げられますが、このアルバムでもサウンド面でまさに「混沌と創造」といった感じの斬新なアレンジが耳にできます。しかし、ポールらしいメロディアスな曲が並ぶこのアルバムは、前作以上にポールらしく仕上がっています。前作のように似通った曲の連続ということもありません。すべての楽器をポールが演奏していますが、過去の2枚の自演アルバムとは違いラフさはなく、バンドサウンドさながらに作りこまれています。これもゴドリッチの監視あってこそ。全体的に少人数で作られたアルバム「フレイミング・パイ」に似た趣があります。また詞作面では、ひさしぶりに不特定の恋愛を歌った「ばかげたラヴソング」が復活。明るい印象を与えています。
64歳を前にして、久々にポールらしいアルバムが出てきました。チャート上でも英国で10位・米国で6位と大健闘。彼が語るように長く聴き継がれるアルバムになることは間違いないでしょう。このアルバムは初心者にもお勧めできます。'90年代以降の近年の作品では「フレイミング・パイ」と並んでお勧めできます。十分にポール節を味わってください。そこにはどこか懐かしさも秘めた、現在進行形のポールがいます。ちなみに私の好きな曲は特に1・6・8・9・11です。全体的に好きなアルバムです。
そしてポールはアルバムを発売した2005年を全米ツアーで締めくくったのでした。
アルバム『裏庭の混沌と創造』発売10周年記念!収録曲+aを管理人が全曲対訳!!
1.ファイン・ライン・・・シンプルながらも不思議なロックチューン。ポールらしいメロディアスな曲で、シングルカット第1弾となった。アルバムタイトルの「ケイオス・アンド・クリエイション」はこの曲の歌詞に由来している。私の大好きな曲で、後半のコーラスが印象的です。
2.ハウ・カインド・オブ・ユー・・・ゆったりと進行するバラードで、ピアノが重々しさを出している。
3.ジェニー・レン・・・ポールがビートルズ時代に発表した『ブラックバード』に似た雰囲気を持つアコースティックギター弾き語りによるバラード。タイトルは「ミソサザイ」の意味。間奏のソロはデュデュクというトルコの管楽器。シングルカット第2弾。
4.アット・ザ・マーシー・・・暗い感じのコード進行がポールとしては珍しいバラード。後半はロック風に展開する。タイトルは『レット・イット・ビー』と同じく「なすがままに」の意味。
5.フレンズ・トゥ・ゴー・・・シンプルなギターナンバー。ポールいわく「作曲した時、自分がジョージ・ハリスンになった気がした」。確かにジョージが作りそうなメロディ。個人的には後半のギター&ブラスの部分で「クリエイト・ケイオス」を思い出してしまいます(笑)。
6.イングリッシュ・ティー・・・タイトルが想起させるように、ストリングスとリコーダーをフィーチャーしたバロック風の上品な小曲。恐らく、ビートルズ時代の『フォー・ノー・ワン』の自己パロディではなかろうか。2005年の全米ツアーでも演奏された。出だしを聴くとデニー・レインの『ジャパニーズ・ティアーズ』が出てきそうで仕方ありません(笑)。
7.トゥー・マッチ・レイン・・・アコースティックギターとピアノを前面に出したミディアムテンポの曲。チャップリンの楽曲『スマイル』にインスパイアされた。ファルセットも登場!
8.ア・サートゥン・ソフトネス・・・アコースティックギターとパーカッションが印象的なラテン風ナンバー。こういう曲はムーディーでいいですね。
9.ライディング・トゥ・ヴァニティ・フェア・・・唯一ポールの私事が詞作に影響した曲。妻ヘザーが「ヴァニティ・フェア」に対して行ったインタビューに怒ったポールの感情がそのまま曲調・詞作に表れている(結局ポールとヘザーはあえなく離婚・・・)。レディオヘッド風の重々しく暗いサウンドが印象的。これが一番「クリエイト・ケイオス」を思い出してしまいます(笑)。
10.フォロウ・ミー・・・アコースティックギターを主体としたミドルテンポの曲。2004年のヨーロッパツアーを締めくくった「グラストンベリー・フェスティバル」で既に披露されていた。2005年全米ツアーでも演奏された。
11.プロミス・トゥ・ユー・ガール・・・アルバム中もっとも明るい曲で、陽気なロックンロール。サビのコーラスなど、とにかく楽しく仕上げられています。
12.ディス・ネヴァー・ハプンド・ビフォア・・・ストリングスをフィーチャーしたゆったりとしたピアノバラード。これぞポール!アルバム発売後に映画「イルマーレ」の主題歌に。シングル発売の噂もあったが、いまだ発売されないまま。
13.エニウェイ・・・前曲に続いて、ピアノバラード。こちらは後半爽やかで明るい感じに変化する。個人的には前曲の方が好きです。
正式にクレジットされていませんが、『エニウェイ』が終わって10秒ほどすると曲の断片のようなインストがシークレット・トラックとして入っています(『アイヴ・オンリー・ゴット・トゥー・ハンズ』)。ラフなロック調、『ランチ・ボックス〜オッド・ソックス』のようなピアノ曲、メロトロンを多用した不気味な曲の3種類で、ポールの遊び心を感じます。
14.シー・イズ・ソー・ビューティフル・・・日本盤のみ収録されたボーナス・トラック。東洋風の美しいメロディを持つ佳作。この曲はつまりセキュアCDにしか収録されていません(苦笑)。