ディスコグラフィ 〜松尾一彦・オリジナルアルバム〜

 

Wrapped Woman

Wrapped Woman

(1986年7月23日発売・ファンハウス)

1.Wrapped Woman−風 are you−  2.アウシュビッツの雨  3.エゴンシーレの夜  4.月のイマージュ  5.水の中の磁石  6.ニュース

7.Summertime in Italy  8.波音だけは消さないで  9.普通のオフィスレディ  10.ジャニスは死んだ  11.Summer of '67

 松尾さんの記念すべきソロデビュー作。1986年、当時のオフコースの各メンバーがソロ活動を行い、グループとしての活動を休止していた時に制作されました。そして、このアルバムで、オフコースではなかなか発揮できなかった松尾さんの才能が爆発したのです。

 4人になってから、デジタルサウンドを駆使した音作りへシフトしていたオフコースですが、ここでの作風は、それをさらに推し進めた、打ち込みドラムスとシンセの多用が目に付く、非常に無機質で鋭角的なものとなっています。アレンジはほとんど松尾さんの独力で行われています。ブラス・セクションなどを除けば、ほとんどの楽器を松尾さんが担当。ベースで参加した平田謙吾は、翌1987年に清水仁(オフコース)と共に松尾さんと「ONE」というユニットを結成することとなります。その清水さんも数曲でちょっとだけ参加しています。ミキシングはオフコースでおなじみビル・シュネー。

 各曲を見ると、かなり多彩でバラエティに富んだ内容となっています。松尾さんの得意とする3つの作風が一堂に会していて、あたかも「松尾ワールド」の鳥瞰図のようです。まず、この時期から松尾さんの曲に増えてゆくロック系のダンサブルな楽曲。こうした曲は打ち込みドラムスがぴったり。(2)(5)(10)といったノリノリの曲は、オフコースでの「LAST NIGHT」「I'm a man」などにも通じます。続いて、松尾さんらしいシンプルなメロディによるポップナンバー。先行シングルとなった(9)です。彼のやさしさが伝わってくる、非常に親しみやすいメロディと思いませんか?そして、ソロの松尾さんの作風につながる、メランコリックなバラード。(3)(8)がそれで、繊細なメロディと技巧的なコード進行、ムーディーなアレンジが味わい深いAORです。まさに、松尾さんの才能を惜しみなく抽出した結果といえます。これだけバラエティに富んでいると、統一感がないように感じられますが、全体的に無機質なアレンジで通っていて、違和感を感じさせません。アルバムの流れで緩急のつけ方もお見事です。

 もう1つ特筆すべきが、詞作をほぼ全曲[(11)以外]、秋元康が手がけていることです。秋元氏と松尾さんは、稲垣潤一の「(揺れる心に)フェード・アウト」(1983年)以来の関係で、その後も「2度目の夏」「LAST NIGHT」「ぜんまいじかけの嘘」といったオフコース作品や、「夏の行方」「蒼い雨」といった稲垣作品でコラボレーションしています。そんな秋元氏の詞作は、このアルバムでは曲の鋭角的なアレンジをさらに際立たせる役割を担っています。アウシュビッツの悲劇を歌った(2)や、青年の自殺を伝えるニュース映像を淡々とつづった(6)、娼婦の死を狂喜する(10)など、シリアスな内容が印象的で、これが打ち込みドラムス&シンセの松尾サウンドになぜかぴったりなのです。(3)(8)といったラヴバラードも、オフコース時代に小田さんが提供した詞作とは一味違うものがあります。

 このアルバム、結局注目されずに時が過ぎてしまった感がありますが、断言しましょう。「名盤」です。こつこつと作曲・編曲の力をつけてきた松尾さんの才能が、このアルバムに100%注がれています。恐らく松尾さんは、それまで温めていたネタをすべてこのアルバムでいったん使い果たしてしまったのではないでしょうか。それほど、このアルバムの完成度は半端ではありません。洗練されたメロディ、隙のないアレンジ。秋元康とのぴったりなコラボレーション。松尾さんが、十分ソロ・アーティストとしての資質を持っていること。それをこのアルバムが証明しています。

 ということで、松尾さんのソロ作品(少ないですけど・・・)をこれから聴くとしたら、まずはこのアルバムをお勧めします。若干'80年代のデジタルサウンドに違和感を持つかもしれませんが、小田さんともYassさん(鈴木康博)とも違う世界に、非常に衝撃を受けることと思います。入手は困難ですが、オフコースファンのみならず必聴の一枚です。

 〜松尾ファンの私による各曲解説〜

 1.Wrapped Woman−風 are you−・・・アルバムのタイトルソングでありオープニングテーマ的存在の短いインスト。エスニック的なメロディにのせて松尾さんがヴォコーダーを通して歌う「Who are you?」を繰り返します。この曲のみ、ベースの平田さんとの共作。

 2.アウシュビッツの雨・・・前曲に間髪入れず始まるロックナンバー。オープニングにはぴったりの明朗な雰囲気で、子供たち(+清水さん)のコーラスがフィーチャーされているのに、歌詞はアウシュビッツの廃墟を生々しく描いたものという、ギャップが面白いです。

 3.エゴンシーレの夜・・・ソロの松尾さんが得意とするムーディーなバラード。この雰囲気が私にはたまりません。大好きな曲です。

 4.月のイマージュ・・・無機質なドラムスとシンセが重々しい、と思いきやなんかカントリー風のリズムを刻む不思議な感じの曲。最後の高音コーラスが印象的。

 5.水の中の磁石・・・当時の松尾さんが得意としたダンサブルなロックナンバー。「I'm a man」に通じるものがあります。繰り返しの部分で登場するバッキング・ヴォーカルがノっていてとっても楽しいです。

 6.ニュース・・・自殺を伝えるニュースの模様を淡々と描きつつ、無情な現実を訴える、秋元氏の詞作が非常に重々しい1曲。曲もそれにあわせて重々しいアレンジになっています。この曲の歌詞の世界を再現したイラスト(!?)を作ってしまいました(苦笑)。

 7.Summertime in Italy・・・ゆったりとしたインストナンバー。最初と最後に雷鳴がフィーチャーされています。全楽器が松尾さんのシンセによるもので、ストリングスを含んだアレンジの妙に感動を覚えます。短いけど、印象に残る1曲。

 8.波音だけは消さないで・・・渋いサックスをフィーチャーしたムーディーなバラード。松尾さん自身もベスト盤に収録するほどのお気に入り。小田さんやYassさんには書けない作風です。後半のハイトーンコーラスがいかにも松尾さんらしくて好きです。

 9.普通のオフィスレディ・・・先行シングルとなったゆったりめのポップナンバー。親しみやすいメロディは松尾さんならでは。同僚のOLとの複雑な関係を歌った詞作も新鮮です。

 10.ジャニスは死んだ・・・私的には、この曲が本作最強と考えています(笑)。松尾さんにしか書けないであろうハードロックナンバー。松尾さんのコミカルなヘロヘロヴォーカルも堪能でき、聴いているだけで楽しくなるノリノリの曲ですが、なぜか歌詞では娼婦の死を題材にしています。このギャップが最高です。言わずもが、間奏・アウトロの女性コーラスがハイライトでしょう!(この部分が歌詞カードに書いてないのが残念・・・)

 11.Summer of '67・・・最後はオープニングと同じく幻想的に終わらせています。たった3文しかない歌詞は、松尾さん本人によるもの。

 

Breath

Breath

(1990年9月25日発売・MMG)

1.Tenderly  2.Breath of The Time  3.There's No Shoulder  4.Mornin'  5.街

 1989年、オフコースは解散します。小田さんはその後もめまぐるしい活躍を続けますが、松尾さんはじめ他メンバーは、ミュージックシーンの表舞台から急に放り出されたような格好となります。そして、松尾さんの地道なソロ活動が本格的にスタートします。早速、解散の翌年にこのアルバムを発表したのです。ファンハウスからMMGに移籍しての再出発でした。

 松尾さんの作曲ペースから考えて、1年で1枚のアルバムを埋めるほどの曲数はできません。そのため、このアルバムは全5曲入りの「ミニアルバム」のような感じになっています。プロデュースは松尾さん自身が行っています。松尾さんは、このアルバムを「ラフな感じ」に仕上げたかったそうで、前作『Wrapped Woman』のきらびやかさは微塵も感じられません。また、前作では派手に使用していたプログラミングによるサウンドは皆無で、すべて生楽器(アコースティック中心)による演奏です。

 前作と比べ、曲数も少なくアレンジが薄味となっているため、味気なさはどうしても感じてしまいます。しかし、生楽器による温かみあふれる演奏により、かえって地の松尾さんらしさがよく感じられるアレンジとなっています。全体的にサックスをフィーチャーし、ラテン系のゆったりした雰囲気で統一されているのが印象的です。また、「ラフ」だからといって決して「手抜き」ではなく、メロディ・アレンジ双方が非常に洗練されています。事実、このアルバムの収録曲は、ファンの間で人気曲となっているものが少なくなく、松尾さん自身も最近のコンサートでも取り上げるほどお気に入りです。

 このアルバムは、『Wrapped Woman』と全く対照的な面で、松尾さんの魅力を堪能できる、「裏名盤」と呼ぶべき1枚でしょう。地味ですが、松尾さんのつむぎだす美しいメロディが散りばめられています。リラックスしたい日にはまさにぴったりです。若干1曲ごとの演奏時間が長く、冗長さを感じるかもしれませんが、さらっと聞き流すのがいいかもしれません。特に、稲垣潤一に提供した曲の英語詞によるセルフ・カヴァー(3)と、アレンジと歌詞が感動的な(5)はお勧めです!

 〜松尾ファンの私による各曲解説〜

 1.Tenderly・・・パーカッションとサックスが心地よいラテン風味の曲。歌詞の通り「なんて穏やかな退屈な時間」にぴったりの曲です。松尾さんの最近のライヴでも披露されました。歌詞は池永康記氏との共作。

 2.Breath of The Time・・・ピアノとスチールギターを基調としたインストナンバー。美しいメロディです。後に航空会社用にインストを多数制作する松尾さんですが、インストを作り、アレンジするのも非常に上手いですね。

 3.There's No Shoulder・・・元々は稲垣潤一に提供した曲。3枚目のアルバム『J.I.』(1983年)に「一人のままで-There's No Shoulder-」のタイトルで収録されました。この時は日本語詞で、作詞は湯川れい子。これを松尾さんがセルフカヴァーしたのですが、このアルバムでは英語詞。作詞のJimmy Comptonは、1983年にオフコースが全米進出のために作ったデモテープ収録のオフコースの楽曲を英語化した人で、小田さん作曲の「CITY NIGHTS」(「哀しいくらい」英語版、オフコースのシングル「緑の日々」B面)の英語詞も手がけています。恐らく、英語詞の方が先にできていて、それを稲垣さんに提供する際に湯川さんが翻訳したのではないでしょうか。松尾さんヴァージョンは、シンプルなラテン風の味付けで、キーも稲垣さんより低くなっています。間違いなくソロの松尾さんにおける一大名曲でしょう。

 4.Mornin'・・・静かなバラード曲。ほぼエレキギターの弾き語り状態です。このアルバムでは一番地味ですが、最近のライヴでも演奏されています。この曲と次の「街」の作詞は直枝政太郎氏。

 5.街・・・最後は美しいメロディを持ったピアノバラード。直枝さんが書いた、昔住んでいた街への思いをつづった歌詞が感動的です。「There's No Shoulder」と並んで、このアルバムが生んだ名曲。

 

ディスコグラフィ 〜松尾一彦・ベスト盤〜

 

Being There

Being There

(1991年4月25日発売・MMG)

1.僕のいいたいこと  2.アウシュビッツの雨  3.波音だけは消さないで  4.I'm a man  5.僕らしい夏

6.LOVE'S DETERMINATION  7.ガラスの破片  8.君の倖せを祈れない  9.There's No Shoulder  10.せつなくて

 現在、松尾さんにとって唯一のベスト盤。といっても、この時点で松尾さんのソロアルバムは2枚しかないため、オフコース時代の楽曲が大半を占める結果となりました。結果的に、このベスト盤は松尾さんのこれまでの音楽活動を総括する内容となったのです。選曲は松尾さん本人によるものと思われます。

 このベスト盤には、これまでに松尾さんが発表した40曲近い楽曲の中から、オフコース時代の曲が7曲、ソロ時代の曲が3曲選ばれています。一番古い(10)から当時の最新作に収録された(9)まで、約10年間の松尾さんの軌跡をたどることができます。興味深いのが、これら収録曲が、東芝EMI・ファンハウス・MMGと3つのレーベルをまたいでいることです。1枚のアルバムにまとめるのは、原盤権の問題もあり大変な苦労が必要だったと思いますが、これが実現した裏側にはオフコースのマネージャーだった上野博の働きかけがあったようです。後期オフコース・初のソロアルバム『Wrapped Woman』を含むファンハウス時代の曲がもっとも多く、デジタルサウンドに凝っていた時期が中心となっています。

 小田さん、Yassさん(鈴木康博)に比べると、松尾さんはオフコース時代を含めても非常に地味なものと思われますが、このベスト盤を聴くとそうは思えなくなります。松尾さんの個性・魅力があふれる楽曲から選りすぐった収録曲は、松尾さんの力のこもった名曲ばかりです。(3)(6)(8)(9)(10)と、松尾さんがオフコースとして、ソロ・アーティストとしての活動の中で、彼にしか書けない美しく、分かりやすいメロディを持った素晴らしい楽曲を影ながら発表していたことを、改めて思い知らせてくれます。

 松尾さんの曲で名曲・お気に入りはどれか、となると個人個人で差があり、またここに収録されていない曲にも名曲に値するものが多くあるので、これだけ聴けば松尾さんのすべてが分かるわけではありませんが、一通り代表曲は抑えているので、松尾さんを知る第一歩としてどうぞ!(といっても、ほとんどの人がオフコース経由で松尾さんを知っているのでしょうけど・・・)アルバムジャケットや、元オフコースのメンバー全員がクレジットされたスペシャル・サンクスなど、手作り感覚が伝わってくるような、そこらのベスト盤とは味の違う1枚です。

 〜松尾ファンの私による各曲解説〜

 1.僕のいいたいこと・・・オフコースのアルバム『over』(1981年)より。ヴォーカル・コーラス・アレンジなど、非常に実験的な曲。

 2.アウシュビッツの雨・・・初のソロアルバム『Wrapped Woman』(1986年)より。秋元康の重々しい詞作と明朗な雰囲気とのギャップが面白い。

 3.波音だけは消さないで・・・アルバム『Wrapped Woman』より。サックスをフィーチャーしたムーディーなバラードの名曲。

 4.I'm a man・・・オフコースのアルバム『as close as possible』(1987年)より。オフコースのライヴで大盛り上がりとなったダンスナンバー。

 5.僕らしい夏・・・オフコースのラストアルバム『Still a long way to go』(1988年)より。松尾さんらしい世界観が堪能できるスケールの大きい曲。

 6.LOVE'S DETERMINATION・・・オフコースの英語アルバム『Back Streets of Tokyo』(1985年)より。日本語版の原曲は同年の「LAST NIGHT」。

 7.ガラスの破片・・・アルバム『as close as possible』より。松尾さんのハーモニカが味わい深い、不思議な雰囲気のバラードナンバー。

 8.君の倖せを祈れない・・・オフコースのシングル「夏の日」B面(1984年)。松尾さんの代表曲といえる、力強いロッカバラード。

 9.There's No Shoulder・・・ソロアルバム『Breath』(1990年)より。元々稲垣潤一に提供した曲を、松尾さんが英語詞でセルフカヴァー。

 10.せつなくて・・・オフコースのアルバム『We are』(1980年)より。穏やかなAORナンバーで、松尾さんの代表曲のひとつ。

 個人的には、「君を待つ渚」「哀しき街」「2度目の夏」「ぜんまいじかけの嘘」が収録されているとよかったと思います。あと「愛よりも」!!(笑)

 

ディスコグラフィ 〜松尾一彦・シングル〜

 

普通のオフィスレディ

普通のオフィスレディ

(1986年7月2日発売・ファンハウス)

普通のオフィスレディ/Wrapped Woman〜風 are you〜

 松尾さんのソロデビューシングル。ソロデビューアルバム『Wrapped Woman』に先駆けて発売されました。2曲ともアルバム収録曲です。

 松尾さんのやさしさが伝わってくる、心地よい曲ですがヒットどころか注目もされず(汗)。このシングルはレアアイテムとなっています。

 

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