Jooju Boobu 第57回

(2005.9.22更新)

Good Times Coming/Feel The Sun(1986年)

 今回の「Jooju Boobu」は、すっかりこのコラムでおなじみとなってしまったアルバム「プレス・トゥ・プレイ」から再び取り上げます。もはやアルバムの大半の楽曲を紹介しきっている所に私のお気に入り度の高さをうかがうことができます(笑)。今回紹介するのは、序盤に登場する2曲のメドレー『Good Times Coming/Feel The Sun』です。「プレス・トゥ・プレイ」がポール史上最もチャートで失敗を喫し「人生の汚点」とまで評されるアルバムで、ポール本人も最近になって痛烈に非難を続けているのはご存知の通りですが(汗)、作者にまでけなされるほどそんなに悪いアルバムか、と言えば実はそんなに悪い内容ではないんだよ、ということは生粋の「プレス・トゥ・プレイ」マニアである私がこのコラムの場を通して何度も申し上げてきた通り。そんなアルバムにあって、今回紹介するこの曲も、「プレス・トゥ・プレイ」が不振に陥っていなければもっと評価されていたであろう、もっと評価されても全くおかしくない佳曲です。その魅力とは?マニアらしく語ってゆきたいと思います(苦笑)。

 以前からこのコラムをご愛読の方は、もう読み飛ばしていただいてもかまいませんが(笑)、「プレス・トゥ・プレイ」はポールが再びソロ・アーティストとして歩む中、スタジオワークに凝っていた時期の1986年に発売されたアルバムです。数年前からチャートで低迷をし始め、「ポールの曲は軟派だ」と言われ始めていた状況下において、挽回を図ろうとポールが自信満々で作った意欲作でした。それまでのジョージ・マーティンのプロデュースをやめ、当時売れっ子だったヒュー・パジャムをプロデューサーに迎え、'80年代の盟友エリック・スチュワートと本格的にタッグを組み、作曲やレコーディングで共同作業をしたのです。その結果、セッションで生まれた曲のほとんどが、当時ミュージック・シーンで流行となっていたコンピュータ・プログラミングを多用したエレクトリック・ポップとなりました。力強いドラムスと多彩なシンセ・サウンド。ロック色の濃いハードなギター・プレイ。シャープでロック・テイストあふれる斬新なミックス。いずれもが過去のポールにはない音作りでした。これはポールが「硬派」なイメージを生み出そうとした表れであり、常に最先端の音楽に興味を持つ新し物好きのポールが時代に追いつかんと奮起した結果でもあったのです。

 しかし、ポールが挑戦したこうした奇抜で革新的なアレンジは、安定した「マッカートニー・ブランド」を求めていた従来のファンを戸惑わせてしまいました。さらには新たなファン層の獲得にもつながらず、そのためアルバムは英国8位・米国30位とチャート上で大不振に終わり、ポールの低迷期はますます深まってしまいました。その数年後ポールは「復活」を果たすわけですが、このアルバムはこうした惨憺たる結果を受けてポールの「暗黒時代」として今でも世間一般的にはタブー視される傾向の強い、悲しい運命に遭っています。おまけに最近になってポール本人までもが「あれはやらなきゃよかった」「駄作だ」と言い出す始末。この発言はニュー・アルバム(=「裏庭の混沌と創造」)への自信あってこその蔑視だと信じたいのですが・・・。発売から20年以上経つ今でも続く酷評には、あまりにもかわいそうでなりません。

 というのも、「プレス・トゥ・プレイ」を聞き込んでいる方ならお分かりと思いますが、実はこのアルバム、世の中が騒いでいるほど悪い内容ではないのです。アレンジこそ'80年代テイストを凝縮した癖の強いサウンドですが、『Only Love Remains』『Press』『Stranglehold』をはじめ、ポールらしい親しみやすいメロディを持つ「隠れた名曲」が多いからです。エリック・スチュワートとの共作も、結果的には不完全燃焼に終わったものの、メロディアスな佳曲を多く生み出したという点で大きな役目を果たしています。アルバムが大失敗した事実に目をつぶれば、実は意外と楽しめる、バラエティ豊かな魅力あふれる作品の集合体なのです。私のように盲目的なマニアにならずとも、ぜひ今こそ再評価をしていただきたい、そう切に願わずにいられないアルバムです。そして、今回紹介する『Good Times Coming/Feel The Sun』も、不評と非難の嵐に飲み込まれてしまったものの、聴き逃せないものが詰まっています。'80年代サウンドの中に、ポール節が随所で垣間見れる、ポールらしさあふれる曲だからです。それでは、この曲のポールらしさを紐解いてゆきましょう。

 この曲は『Good Times Coming』という曲と『Feel The Sun』という曲から成る2曲のメドレーですが、いずれもポールが単独で書いた曲です。アルバムの大半を占めるほど、エリックとの共作を量産していた当時のポールにしては珍しい純粋なマッカートニー・ナンバーです。複数の曲を最初からメドレー形式として発表するという手法は、ポールがソロ時代になって好んで取り入れていて、『Hot As Sun/Glasses』や『Uncle Albert/Admiral Halsey』がその先駆例というわけですが、この曲も別録りされた2曲が連結されており、1曲として扱われています。そして、この曲が現時点で最後の公式発表されたメドレー作品となります。メドレー中、前半の『Good Times Coming』が3分半ほど、後半の『Feel The Sun』が1分半ほどを占めています。『Feel The Sun』はメドレーにするにあたって明らかに短く編集されていますが、公式テイクの完全オリジナル・ヴァージョンは発見されていません。(・・・ただし、後述するアウトテイクで完全版が聴けます!)

 それでは、まず前半の『Good Times Coming』から語ってゆきましょう。この曲でまず耳に残るのが、レゲエのリズムを曲調に取り入れていることでしょう。後述する歌詞の世界をイメージさせてくれるようなレゲエ・アレンジですが、ポールが大のレゲエ好きなのは有名な話。『C Moon』を筆頭にポールの書いたレゲエ・タッチのナンバーは結構あります。既発表の自作曲をレゲエ・アレンジで演奏することもあるほど。そんなポール、この曲と同時期の'80年代後半には他にも『Simple As That』や『Don't Break The Promises』などで盛んにレゲエを取り入れているのが興味深い所です。ポールのレゲエは曲によって印象が違いますが、この曲では『C Moon』などに見られる陽気な雰囲気(=レゲエの典型的イメージ)はありません。その一方で、レゲエ独特の癖のあるリズムラインがとても印象に残る仕上がりです。この曲では、純粋な「リズム」としてのみレゲエが取り入れられていると言っていいくらいです(むろん歌詞のイメージも要因でありますが・・・)。これはなぜか・・・といえば、当時のポールが果敢に挑戦していたエレクトリック・ポップ路線に起因しています。エレクトリック・ポップを導入するにあたり、ポールはドラムビートにパワフルで一辺倒のアレンジを加えたからです。その勢いでベーシック・トラックをしばしば打ち込みドラムスで作り上げるほどでしたが、その結果、この時期のポールはいつになくリズムを強調する「リズム主義」に走ることになりました。これがファンから「メロディありきのポールが、メロディをないがしろにしている・・・」と言われてしまうわけなのですが・・・(汗)。アルバムをお聴きになれば、ドラムスの耳触りの違いが一目瞭然で分かるはず。機械的なリズムトラックは賛否両論分かれますが(個人的には嫌いじゃないです)、こうしたリズム中心の作風がこの曲のレゲエのリズムラインを強調させるに至りました。

 そんなリズムを展開させるドラミングをはじめ、この曲では「プレス・トゥ・プレイ」特有のエレクトリック・ポップ節が炸裂しています。ドラムスは先述の通り打ち込みさながらの機械的でドカドカとした音をした力強くシャープなもの。出だしを始め随所に入るフィルインがやや大仰な感があるのは否めません。それ以外の演奏も、全体的に無機質に響きます。特にそれを印象付けているのはシンセ・サウンド。アルバムを象徴付ける要素となっているシンセは、この曲ではそれほど多用されていませんが、第2節以降に入るストリングス系のキーボード・サウンドはどこか冷ややかです。間奏のソロもしかり。ノイズのような電子音も行き来します。あまり音を詰め込みすぎず賑やかな音色になっていないことも手伝って、レゲエの陽気な雰囲気とは程遠い、レゲエらしからぬ少し不気味なアレンジとなっています。ポールがレゲエ調のこの曲をなんでそんなアレンジにしたのかは不明ですが、この辺はヒュー・パジャムの色が濃く出ていると言えるでしょう。打ち込み風ドラムに無機質なシンセと、まさに'80年代ならではのサウンドが繰り広げられているわけですが、それがこの曲の評価を落としてしまっているのかもしれません。特に、リアルタイムでポールを聴いてきたファンや、打ち込みサウンドの苦手な方にとっては敬遠したくなるようなアレンジでしょう・・・。ポール・ファンに訴求しなかった「プレス・トゥ・プレイ」失敗の要因が、ここでも匂いを漂わせています。

 しかし、そんな大仰で取っ付きにくそうな'80年代サウンドの裏側に、この曲の真の魅力が潜んでいます。「リズム主義」とエレクトリック・ポップ風アレンジに隠れてしまってなかなか注目されませんが、この曲にもちゃんとポールらしさがあるのです。それは・・・メロディラインです。「リズム主義」に走ったおかげで、「メロディをないがしろにしている」と言われたポールですが、実はメロディを切り取ってみると「プレス・トゥ・プレイ」は意外にもポール節(&エリック節)の嵐なのです。『Only Love Remains』『Press』といったポップナンバーはもちろん、『Talk More Talk』や『However Absurd』といった一見リズムやサウンドを重視していそうな楽曲もポールらしく親しみやすいメロディが詰まっているのです。そしてこの曲といったら、何と言ってもサビのタイトルコールの箇所でしょう!キャッチーで覚えやすいそのメロディは、思わず一緒に口ずさんでしまいそうなかわいらしいもの。何度も繰り返されるこのフレーズを聴いているうちに楽しい雰囲気に包まれていることでしょう。音こそ冷たさが感じられますが、メロディはハートウォーミング。ポール印満点です。さすが天性のメロディ・メイカーだけありますね。決してリズムやサウンドに偏りすぎてメロディをないがしろにしているわけではないのです。このサビのフレーズはコミカルさすら感じさせ、ドカドカしたフィルインやコロコロ変わるリズムパターンにあいまって憎めない雰囲気を生み出しています。今までこの曲のサウンドを苦手に思って敬遠していた方、今度はぜひメロディに耳を傾けてみてはいかがでしょうか?そうすればそれをきっかけにリズムやサウンドにも面白みを見出せるようになるはずです。

 もう1つこの曲を楽しい雰囲気にさせるのが、冒頭部分。この部分では、静かな波の音をバックに例のサビのメロディのコーラスが入ります。アコースティック・ギターのみの演奏にのせて徐々にフェードインしてくるコーラスは、曲本編の無機質でハードな雰囲気とはちょっと趣を変えたのどかなもの。まるでハワイかどこかでウクレレ片手に歌っているかのような雰囲気にさせてくれます。歌詞の世界にはまさにうってつけなのですが、コーラスがとっても和やかで楽しそうです。笑い声まで聞こえると自然と笑顔になってきますね。この冒頭部分が示すように、この曲は単にエレクトリック・ポップしているだけではないのです。こうした点からも、この曲の親しみやすさを探し出せるかもしれません。

 演奏者の顔ぶれを見てみると、カルロス・アロマーとエリック・スチュワートがギター、ポールがベース、ジェリー・マロッタがドラムス、エディー・レイナーがキーボードと、ヒュー・パジャム陣営が多いことが分かります。カルロスはデヴィッド・ボウイのバンドメンバーですし、エディー・レイナーは元スプリット・エンツですし。これが無機質なアレンジの要因になってしまっているのか否や・・・。シンセとドラムスに耳が行きがちですが、実は結構ギター・プレイも堪能できる曲で、そう考えるとロック色の濃い曲でもあります。ギターは主にレゲエのリズムにのせたカッティングを聞かせますが、間奏になるとハードなソロを披露してくれます(演奏はカルロス)。シンセの不気味な雰囲気を切り裂くようなとげとげしい演奏で、この曲(『Good Times Coming』)随一のロック・シーンです。そして、ポールのベースで注目すべきは、珍しくチョッパー・ベース(スラップ奏法)を披露している点でしょう!といっても私自身チョッパー・ベースとは何ぞやということに詳しくないので偉いことは言えませんが(汗)、主にファンクで使用される演奏法だそうで、ポールが演奏するのはとても珍しいそうです。ポールのレアな奏法も堪能できてしまう、お得な曲なのです、実は。他に、トロピカルなオルガンが目立たないながらサビで入りますが、こればかりはレゲエを意識しているのでは?と思います。

 ヴォーカルは、ハードな演奏とは一転してやさしげなスタイルで歌われています。ポールのささやくような、かすれた声は歌詞に見られる揶揄性も感じ取ることができます。そんなスタイルで歌うので、サビのタイトルコールがとってもかわいらしく聞こえます。メロディもそうですが、歌い方もサビのキャッチーさに一役買っているのではないか、と思います。第2節からはそのサビにハーモニーも入りますが、どこか淡々と乾いた感じに歌われるのがポールのヴォーカルと対比して逆にコミカルに感じられます。エンディング付近のポールの“Good,good”とハーモニーの“Good times coming”との掛け合いが面白いです。間奏のエコーの効いたヴォーカルは・・・まぁご愛嬌ですか(苦笑)。ちょっと滑っている気もしますが、この時期ならではです。コーラスといえば先述の冒頭部分の和気あいあいとしたコーラスが印象に残りますが、これにはポールのいとこでコメディエンヌをしているケイト・ロビンスと、ルビー・ジェームズが参加しています。ちょうどセッションをしていたサセックスのスタジオが海沿いだったため、波の音共々スタジオの屋外で録ったそうです。なんと便利な。余談ですがヒュー・パジャムはいつでも海景色を見ることができるこのスタジオがお気に入りだったそうな・・・。

 さて、そんなポールのヴォーカルとハーモニーが掛け合いを繰り広げ、曲が崩れると・・・メドレーの後半部分、つまり『Feel The Sun』が始まります。実際の録音は別々に行われたと思われますが、スクラッチノイズのような音を介してつながっています。そして、この『Feel The Sun』で繰り広げられる世界は・・・まさに「ロック」です。

 『Good Times Coming』がロック色が濃いながらレゲエのリズムだったのに対し、『Feel The Sun』はれっきとしたロックナンバーです。この時期、ハードエッジ寄りに傾きつつもリズムやアレンジ面で奇をてらったため純粋なロックナンバーの少なかったポールですが、ここでは何の小細工もないシンプルなリズムとアレンジで聞かせてくれます。ミドル・テンポながら、ロックとしての純度は「硬派ロック三傑」(『Stranglehold』『Move Over Busker』『Angry』)に次ぐものがあります。『Good Times Coming』とは打って変わって、からっとした、生演奏を強調したサウンドです。そうした意味では、『Good Times Coming』よりは聴きやすいかもしれません。また、メロディがこれまた覚えやすいもので、これまたサビのメロディのシンプルさが目に付きます。ここでもポールのメロディ節が発揮されています。

 この曲での演奏編成は前曲と同じですが、ここでは明らかにエレキギターをメインにしています。ディストーションも効かせる演奏で、エンディングではソロも聞かせています(これはちょっとした聴き所)。前曲はシンセが目立っていましたが、この曲ではメインにはならず装飾程度に抑えられています。その点、この曲はよりバンドサウンド的な音作りと言えます。凝ったスタジオワークの結晶だった「プレス・トゥ・プレイ」でも珍しい例と言えるかもしれません。'80年代サウンドっぽい無機質な雰囲気もここでは払拭されていて、生楽器ならではの味を楽しめます。ただ、それでもやはりどこか機械的な雰囲気が残っていて、理路整然とした単調なアレンジになってしまっているのはちょっと残念な点です。この点、よりライヴ感の強い「硬派ロック三傑」に劣ってしまいます。特に、ドラムスはアルバム特有の力強いものであり、ちょっと鼻についてしまいます・・・(出だしのエコーかけまくりのドラミングは特に・・・)。また、終盤に入るシンセはきらびやかさを出してはいますが、ちょっと余計というか、'80年代の匂いがきつい気もします(汗)。

 と、前曲同様なんだか欠点も出てしまうのが残念ですが(汗)、やはりこの時期ポールが生き生きとロックしてくれているのはうれしい話です。シンセや打ち込みドラムでお茶を濁しがちな「プレス・トゥ・プレイ」において、しっかりバンドサウンドで勝負しているのですから。ポールの共同作業者であったエリックは、元々生々しいR&Bサウンドのアルバムになると期待していたようですが、そんな願いがここではちょっとかなえられています(残念ながら全編そうはなりませんでしたが・・・)。ポールのヴォーカルも、ロックだけあって太いヴォーカルを聴かせます。前曲のささやくような声とは打って変わって、です。そして、少しラフながらシャウト風の力を込めた歌い方になってゆきます。これはうれしい所。愛妻リンダとエリックによるコーラスもそんな曲に彩りを添えます(個人的には、ちょっとこれも理路整然ぽくて好きになれないのですが・・・ごめんなさい)。エンディングに向けて、ここでもポールとコーラスの掛け合いが聴かれます。

 しかし、何と言ってもこの『Feel The Sun』に関して残念なのは、編集で1分半しか聴けないことです。そのため、「サビ→第1節→サビ」と来てすぐリフレインになり程なくフェードアウトしてしまいます。実際にはもっと長い演奏で、ポールのロック節が炸裂しているだろうにもっと長く聴きたいのですが・・・この長さでは消化不良の感が否めません。始まったと思ったらもう終わっているという感じです。そのせいで、この曲単体にするとかなりインパクトのない、目立たない曲になってしまうかと思います。皆さんの中でも、この曲ピンではあまり印象に残らない・・・と思っている方も多いかもしれません。いい曲だけに発表のされ方が惜しいです。(・・・とお嘆きの皆さん、後述のアウトテイクが今までの鬱憤を見事晴らしてくれますよ・・・!)

 さて、無機質ながらもコミカルなレゲエナンバー『Good Times Coming』と、生演奏が映えるロックナンバー『Feel The Sun』の2曲のメドレーを見てきましたが、この2曲にはメドレーになってしかるべき大きな共通点が1つあります。それが歌詞です。歌詞を読んでいただければ分かりますが、2曲とも「夏」「太陽」というキーワードが浮かんでくる、一種のサマーナンバー的な内容となっているからです。『Good Times Coming』のレゲエのリズムや、冒頭の波の音がイメージとぴったり一致するような、そんな詞作です。まず『Good Times Coming』ですが、この歌詞についてはポール自らがインタビューで説明しています。第1節〜第3節までありますが、それぞれの節で違った「夏」、全部で3つの「夏」を取り上げているとのことです。第1節はポール自らの幼少時代の夏を思い出して書いています。ポールによるとキャンプでの思い出だそうです。続く第2節は成長してビートルズ時代の夏を歌います。“That was a silly season,was it the best?(本当にバカげた季節だったよ、あれが最高だったのかい?)”という一節は、ポール自身アルバム中最も気に入っている歌詞だそうですが、どこかビートルズ時代の暮らしを揶揄したかのようです(それを先のささやくようなヴォーカルで歌っているので、皮肉っぽく聴こえます・・・)。まだビートルズを素直に受け入れられないポールがいる気がします。そして第3節は、戦争の来る前の黄金の夏。自分史だったこれまでの節に比べずいぶん不気味ですが、バックで鳴るシンセ音がその不吉な空気を助長しているかのよう。しかし、どの「夏」にも「素晴らしい時代が来る(Good times coming)」と歌われているのは、楽観的思考のポールらしい所でしょうか。コミカルなメロディ・ヴォーカルに合わせて最後は楽しい気分にさせてくれます。

 一方の『Feel The Sun』は、その名の通り「太陽を感じよう」と歌われる内容。発表されている歌詞が少ないので具体的な内容はないですが(これはアウトテイクでぱっと世界が広がります)、一応ラヴ・ソングらしいです。「太陽」を題材にしているだけに、『Good Times Coming』で歌われる「夏」のイメージをそのまま想起させてくれます。それにしても面白いのは、2曲とも「夏」や「太陽」を歌っているというのに、底抜けた明るさが感じられないこと。『Good Times Coming』はどちらかと言えば暗い雰囲気のアレンジですし、『Feel The Sun』もマイナー・キーが登場するなど陰りを滲ませます。ここら辺が微妙で面白いのですが、楽観的なポールと言えどもはち切れんばかりの夏にはならなかったようです。それでも、レゲエだし波の音は入るし、夏の雰囲気も漂ってはいる・・・というなんとも不思議な曲です。

 さて、このメドレーと来て触れなければならないのがアウトテイクです!「プレス・トゥ・プレイ」収録曲のアウトテイクは、公式テイクより不必要なオーバーダブなどが少なく、曲本来のよさが分かりやすいことからオリジナル以上の定評を浴びるヴァージョンがあるほど、アルバムの再評価のためには必聴なのですが、中でもこの『Good Times Coming/Feel The Sun』はお勧めです。それはなぜか・・・といえば、もう一言めも二言めもこれに尽きるでしょう!『Feel The Sun』の完全版が聴けるからです!

 このアウトテイクは、「The Alternate Press To Play Album」や「Played To Press」といった「プレス・トゥ・プレイ」関連のブートで聴くことができますが、『Good Times Coming』も『Feel The Sun』も初期テイクを収録しています。恐らくレコーディングは個別に行われているはずですが、ブートでも2曲が連結したメドレー状態になっています(ここでもスクラッチノイズのような音を介してつながっている)。それでは、早速曲ごとに内容を見てみましょう。

 まず『Good Times Coming』ですが、ここでも冒頭はコーラスのフェードインで始まります(公式テイクとは別テイク)。公式テイクより長く、音量も大きめに収録されているのがうれしい所でしょうか。その後の演奏では、オリジナルでは大仰だったドラムスが生ドラムになっていて圧倒的に聴きやすくなっています。また、一部シンセやギターソロもまだ入っていません。そのため迫力には欠けますが、ミックスもエコーなどをかける前の状態のため、バックの演奏が聴きやすいです。ポールのチョッパー・ベースは楽しみやすいかも。ヴォーカルもガイド・ヴォーカルで、リラックスした雰囲気が伝わってきます。アドリブのスキャットも多め。しかし、公式テイクではかすれた声で歌われている所を、ここではしっかり歌われています。他にも、コーラスの入る位置が違ったり、第3節の歌詞が未完成だったりと細かな違いがあります。

 そして、いよいよ本題(笑)、『Feel The Sun』の完全版です。公式テイクとは全く違う録音の初期テイクですが、まず特筆すべきが3分半にもわたる演奏で、しかも完奏している点。公式テイクは編集された上フェードアウトで終了ですが、ここで元来の姿を聴くことができます。さらに驚くべきことに、このヴァージョンでは公式テイクに全く登場しないメロディが大幅に登場するのです!公式テイクの味気ない構成で聴き慣れていると「おおっ!?」と思うこと間違いなし。まさに新曲を聴く気分になれます。逆に、公式テイクの“All the beauty,all the pain〜”のくだりは全く登場せず、元々は違うメロディだったことが分かります。歌詞ももちろん違うもので、よくよく聴いてみると、友達を慰めるような歌詞のラヴ・ソングであることが分かります。公式テイクの歌詞よりこっちの方が個人的にはお気に入りであります。しかし、この完全版の魅力はこれだけではありません。続くは演奏面。公式テイクでは力みすぎの感のあるドラムスをバックに、重厚で理路整然とした雰囲気の単調気味な演奏になって没個性的でしたが、ここでは圧倒的に軽めのバンドサウンドになっています。『Good Times Coming』同様、生ドラムの響きが心地よいです。若干スカスカでラフな格好ではありますが、曲本来のヴィヴィッドさをよく理解できます。こんなにフットワークの軽い曲なんです、実は。きらびやかに入っていたシンセの代わりには、中盤からエディー・レイナーによるキーボードソロがフィーチャーされますが、これが実に爽快です。このヴァージョンの主役と言っていい名演です。

 そして、完全版最大の魅力が、ポールのヴォーカルです!初期テイクだけあって、公式テイクの太めのヴォーカルに比べるとかなりリラックスした穏やかな歌い方になっていてそれだけでも新鮮ですが、聴き所は中盤から。実は、この完全版では中盤以降公式テイクにはない転調をするのですが、なんと!それ以降ポールはシャウトを連発するのです!もちろん本気ではないですが、実に気持ちよく崩し歌いで“Feel the sun〜”とシャウトする歌声は痛快です。そのテンションでエンディングまでぐいぐい引っ張ってゆくのですが、これが実にかっこいいです!公式テイクでは想像もできない素晴らしい展開。エンディングもきれいにかっこよく決まっていてこっちの方が断然よい締め方。正直これだけかっこいい曲だとは思っていなかったです。しっかりした曲構成に、軽快な演奏、そして転調しながらのポールのシャウト・・・これを聴いてしまったらもはや公式テイクが物足りなくて聴いていられなくなるはずです。この内容なら、1曲単体で発表しても十分よかったのではないでしょうか。というか、シングルカットしても結構売れ線だったのでは?「プレス・トゥ・プレイ」をあまり批判したくない私ですが、この曲に関してはあのような形で発表してしまったのが本当に残念でなりません。それほど、この完全版は最高です!皆さん、機会がありましたらぜひ聴いてみてください!この曲に対する見方が180°変わると思います。

 というわけで、これでこの曲について語ることが尽きました。しかし実に熱く語った気がします(苦笑)。個人的には、元々「プレス・トゥ・プレイ」が大のお気に入りアルバムなので、この曲も大好きです。『Good Times Coming』も『Feel The Sun』も好きなのですが、最近は(というより完全版を聴いてからは)『Feel The Sun』の方がお気に入りです。あれだけ自由闊達な演奏&ヴォーカルを繰り広げていたとは・・・。ポールには何とかしてでも2曲とも完全版で入れてほしかったですね。これは本当に惜しい。最後に超個人的なお話ですが、『Feel The Sun』を聴くとなぜか(本当になぜか)私のお気に入りのマンガ「魔法先生ネギま!」のキャラクター、釘宮円(通称「クギミー」)[注:イラストの娘です。]が思い浮かんで仕方ないんですよね。理由は不明です(苦笑)。このクギミーをフィーチャーした、この曲の対訳のページを作ってみました。こちらです。

 熱心なポール・ファンにも、ポール本人にも嫌われた「プレス・トゥ・プレイ」ですが、この曲などを聴いていると「こんな素敵なメロディを持つ佳曲を嫌うとはもったいない・・・」と思います。ぜひ一度じっくり聴いて、再評価してみてください。新たな発見・新たなお気に入りが見つかることでしょう。この曲も、若干の無機質さ・大仰さに目をつぶれば十分楽しめますよ。そして、ブートで聴ける『Feel The Sun』の完全版は必聴です!ぜひ探し求めください!

 ・・・ということで、このコラムで紹介した「プレス・トゥ・プレイ」収録曲(初回CDの13曲)は、ついに8曲になってしまいました!残るはあと5曲。「S」と「F」と「PLH」と「HA」と「INT」・・・ですね(苦笑)。私のアルバムに対する思い入れが強いから、これらは直に出るのでしょうか?それとも意外と後回しなのでしょうか?それはお楽しみに!

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「気軽に歌えるポールの最強ポップ」。お楽しみに!

 (2009.4.28 加筆修正)

アルバム「プレス・トゥ・プレイ」。今だからこそ再評価!リズム主体のエレクトリック・ポップが痛快な、ポールの'80年代的アプローチの意欲作。

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