Jooju Boobu 第35回
(2005.7.07更新)
Flying To My Home(1989年)
今回の「Jooju Boobu」は、マイナーなシングルB面曲からのセレクトです。よってかなりマニアックです(笑)。今回は、1989年の大ヒットアルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」からの先行シングル「My Brave Face」のB面曲・『Flying To My Home』です。ポールが暗闇の'80年代からの「復活」を遂げたことで知られる「フラワーズ・イン・ザ・ダート」のセッションでレコーディングされ、その「復活」を強く印象付けたシングル「My Brave Face」に収録されたこの曲は、どのような魅力があるのでしょうか?相変わらずのマニアック節で語ることも少なめですが(苦笑)、とりあえず話を始めてみます。
まず、「フラワーズ・イン・ザ・ダート」で復活を遂げたバンド・サウンドについて。これは、この曲を語る上でも重要な要素となってきます。'80年代は総じて封印してきたポールのバンド魂の復活への道のりを振り返ってみます。
'80年に活動を休止していたウイングスが解散して以来、ポールの音楽活動の中心は専らスタジオでした。解散直後、「必ずしもバンドに縛られることはないよ」とポールは会見していますが、バンドを失った「タッグ・オブ・ウォー」以降、'80年代のポールの活動はライヴ活動を行わず、スタジオでアルバムを制作することに絞られてゆきます。その中で様々な名盤・名曲を生み出していくのですが、そんなスタジオワークにもスランプが待ち構えていました。「タッグ・オブ・ウォー」は大ヒットしたものの、ポップやバラードを中心にすえた軟派の「パイプス・オブ・ピース」「ヤァ!ブロード・ストリート」が不振に終わると、今度は打ち込みサウンドを展開させた硬派な作風で起死回生を計った意欲作「プレス・トゥ・プレイ」が大コケに終わったのです。さすがのポールも、不振の連続にはショックを隠せなかったようです。スタジオ活動に重きを置いた'80年代も低迷期を迎え、そろそろこの方針も限界を見せつつありました。
そんな中、ポールは1985年の「ライヴ・エイド」、1986年の「プリンス・トラスト」や「ロイヤル・バラエティー・ショー」で、久々にステージで歌いました。これがポールにとってはとてもいい刺激だったようで、当時のインタビューで「陶酔しちゃったよ!毎晩だってやっちゃうよ」と語っていました。そして、そのインタビューで「だからバンドを組みたい」と、久々にバンドへの関心を強く見せたのでした。それ以降、ポールは方針を転換、一転してバンドを組んでのライヴ再開へ向けて突き進んでゆきます。「プレス・トゥ・プレイ」の後にフィル・ラモーンと共同で制作した幻の「The Lost Pepperland Album」セッションはスタジオワークの結晶だったものの、それがご破算になると、ライヴ再開へのリハビリを兼ねたロックンロール・セッションを行い(後の「CHOBA B CCCP」)、その後いよいよバンドとライヴ再開を強く意識したニュー・アルバムの制作にかかります。こうして生まれたのが、アルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」でした。
ポールが「フラワーズ・イン・ザ・ダート」セッションを始めるにあたって準備したのが、ライヴ再開を共にするバンドを念頭に置いたレコーディング・メンバー。ライヴ再開には当然バンドが必要だったのです。先のロックンロール・セッションやレコーディング・セッションを通じ、メンバーを探していたポールの元に現れたのが、クリス・ウィットン(ドラムス)、ヘイミッシュ・スチュワート(ギター)そしてロビー・マッキントッシュ(ギター)。セッションやTV番組、ミニ・コンサートへの出演を通じて、この3人はポールとすぐに意気投合し、息の合った演奏が徐々に聴かれるようになりました。そして、ポールの音楽活動には欠かせない存在となってゆきます。こうして強力な音楽仲間に出会い、常に活動を共にすることで、ついにポールにバンド・サウンドが復帰したのでした。『My Brave Face』『This One』『Figure Of Eight』などなど・・・。そしてその後、ポール・“ウィックス”・ウィッケンズ(キーボード)と愛妻リンダを加えた総勢5人が、ポールの劇的な復活コンサート・ツアー(通称「ゲット・バック・ツアー」)でのバンドメンバーになったことは皆さんご存知ですね。ウイングス解散から約10年、ポールがステージに戻ってきた瞬間でした。
さて、今回紹介する『Flying To My Home』も、アルバムには収録されなかったものの「フラワーズ・イン・ザ・ダート」セッションで録音された曲でした(1988年4月〜7月頃と言われている)。そして、この曲でも甦ったバンド・サウンドを久々に聴くことができます。ミディアム・テンポのロックナンバーですが、同じロック色の濃い「プレス・トゥ・プレイ」の収録曲と比べると、明らかにストレートに響きます。まさにこれが、凝ったスタジオワークとライヴ感あふれるバンド・サウンドとの違いです。スタジオワークで多用されていた打ち込みサウンド(プログラミング)を極力排して、生演奏を重視している所に生き生きした感を覚えます。様々なプロデューサーを迎えて行われた「フラワーズ・イン・ザ・ダート」セッションの中でも、この曲はポールの単独プロデュース。それゆえに、「バンドでやるんだ!」という意気込みが十分に伝わってくる音作りです。曲構成もコード進行もきわめて単純明快で、その点も好感を生んでいるのかもしれません。
この曲に参加したのは、ポールとリンダ以外には先述のクリスとヘイミッシュのみ。まさに、後のバンドメンバーだけのレコーディングで、これもバンドらしさを引き出しています。バンド・サウンドということで、使用楽器もきわめてシンプル。主にギター・サウンドを中心に仕上げているのは、ライヴを意識してのことでしょう。エレキギターはポールとヘイミッシュの2人ですが、タイトでハードな演奏はロックナンバーにぴったりです。どこかビートルズ時代をも思わせるのは気のせいでしょうか?(ポールが「若返った」から?)演奏者のクレジットによると、印象的なスライド・ギターはヘイミッシュによるもののようです。この後、ポールの片腕として特に貢献してくれるヘイミッシュが既に実力を見せています。間奏で左右から違うギターソロが入るのが、いかにもバンドでの演奏を印象付けています。エンディングも結構ハードな演奏を聞かせます。クリスはもちろんドラムスでの参加。こちらもタイトな演奏で、全体を引き締めています。ロックといえどもシャッフル調のリズムが印象的です。ゆったりとしたテンポのようですが、しっかりタイトなリズムになっています。やはり、打ち込みでない生ドラムスの迫力は一味違います。間奏後に低音をドコドコ聞かせたパートが入るのが効果的です(エンディングでも復活する)。おかげで少し行進曲のようなイメージもありますね。
この他に、キーボード類がいろいろ使用されていますが、ここでは分厚くなるまでは使わず、あくまできれいな音を入れるべく、おまけ的に演奏されています。これもストレートなバンド・サウンドを目指してのことでしょう。シンセサイザーの演奏はヘイミッシュが行っているようです(!)が、透き通るような高音のシンセストリングスが後述する歌詞のイメージ通り「空を飛んでいる」気分にさせてくれます。第2節から入るオートハープがきれいな音をしています(弦を爪弾くような音)。またクレジットにはないですが、隠し味としてアコーディオンが入っているようで、しかもそれを演奏しているのはドラマーのクリスらしい・・・!ウイングスもそうでしたが、このバンド(通称ランピー・トラウザーズ)も意外とマルチ・プレイヤーが多いんですね。
このように、'80年代(特に中期)で多用していた打ち込みサウンドや過度なシンセ音よりも、バンドのフィーリング一発のイメージあふれるシンプルなバンド・サウンドを重視したことで、この曲にはライヴ感が戻っています。A面の『My Brave Face』は、ビートルズ直系のキャッチーなポップナンバーで大いに注目されましたが、リアルタイムでシングルを入手して聴いた世代の方は、きっとB面のこの曲でも「ようやく聴けた、バンド・サウンド!」と思ったことでしょう。そして、ライヴ再開もそろそろか・・・?と思いを巡らせたことでしょう。ポールの「復活」を告げるには効果的なカップリングでした。
歌詞は、タイトルの示すように「家へ飛んで帰るよ」と歌う内容。夕暮れ時になって、家で待ってくれている最愛の人の元へ帰ってゆくというラヴ・ソングです。ただ帰るのでなく、「飛んで帰る(flying)」のが、家に着くのが待ちきれない気持ちを表しているかのようで面白いです。本当に日暮れの鳥のように、スカイダイビングしつつ帰ってゆく光景が目に浮かんできそうです(笑)。それでは『Off The Ground』のプロモ・ヴィデオになってしまいますか。そんな歌詞を書いたポールはといえば、コンサート・ツアーの際にはしばしば自家用ジェットでまっすぐ家に帰っているそうです(恐らく英国国内での話でしょうけど・・・)。別の意味で「飛んで帰って」いるようです(笑)。そして、家に帰ると待っているのが「愛しの人(sweet majesty)」です。ここでは最愛の人への愛情も歌われています。ポールの場合、リンダさん(と、子供たち)であることは言うまでもないでしょう。そう考えると、この曲はリンダさんへの思いも込められているのかもしれません。家庭を大事にするポールらしい、ハートウォーミングな詞作です。
バンド・サウンドと並んで特徴的なのが、ポールのヴォーカルです。面白いことに、ここでは2種類の異なるヴォーカルスタイルを堪能することができます。かねてから様々な楽曲でエルビス・プレスリーからファルセットまで「七変化ヴォーカル」を披露してきたポールですが、ここでもその喉の見せ所といわんばかりです。出だしはイントロなしのアカペラで始まります。ハーモニーと共にほっとする静かなひと時が流れます。この導入部は、ビーチ・ボーイズ(特にブライアン・ウィルソン)を意識しているそうです。思えばかつての『Here,There And Everywhere』でもそんな導入部を作っていたポールです。しかし、そこにオルガンがフェードインしてくると、曲調はがらりと変わります。先述したシャッフルのタイトなリズムと、バンド・サウンドです。そして、ポールのヴォーカルも一転します。そしてこれが、なんと形容していいか分からない風変わりなヴォーカルスタイルです。鼻に掛かったような、やけに気張った感じです。恐らくこのスタイルはこの曲だけではないでしょうか?歌の部分はもちろん、間奏でのシャウトまでこのスタイルで貫いています。ポールがなぜこのようなスタイルにしたかは分かりませんが、やたらと面白おかしいです(笑)。冒頭の“The sun is fading in the west〜”とか。音を伸ばす箇所が特に変な発音となっています。演奏が結構乾いた音なので、それにはぴったりのヴォーカルとなっていますが・・・。出だしのアカペラから全く想像がつきません。風変わりゆえに、これにはどうもファンの間で好き嫌いがあるようで、「鼻について好きになれない」という人もいるようです・・・(汗)。ちなみに、私は好きですよ、この歌い方(苦笑)。
間奏以降にはコーラスも入ります。“I haven't been back so long〜”の部分は、1度目はポールのソロヴォーカル(もちろんさっきの風変わりヴォーカルで)ですが、2度目に登場する時にはヘイミッシュがハーモニーをつけていて、単調な構成の曲にメリハリをつけています。この部分ではドコドコしたドラムスが入っているので、同じフレーズでも雰囲気が異なって聞こえます。そしてエンディングには、ポールにとっての「愛しの人(sweet majesty)」リンダのコーラスが待っています。タイトルコールを、ポールを追いかけるかのように歌われます。そして、最後はそのコーラスをメインに繰り返してゆきますが、例のドコドコドラムスの入っているおかげで、まるで家に行進しているみたいでなんだか笑えます。
というわけで、早くもネタが尽きました(汗)。シングルB面となると、情報量も語ることも少なくなってくるものですね・・・。ちなみに、アウトテイクは発見されていません。また、ライヴでも演奏されていません。シンプルでストレートなバンド・サウンドだけに、ライヴでも聴きたかった気もしますが・・・シングルB面に回された時点で無理だったか・・・?ライヴでこの曲を演奏したら、すぐ家に帰るポールが見たかったかも(苦笑)。
この曲は、結局アルバム未収録に終わり、シングル「My Brave Face」のB面(CDではカップリング)で発表されました。ですので当初からCD化されていましたが、シングルを持っていない人にとってはちょっとしたレア音源でした。しかし、今では「フラワーズ・イン・ザ・ダート」のボーナス・トラックに収録されています(1993年の再発時に収録された)。ですので現在この曲の入手は容易です。ただし、1990年にポール来日を記念して日本のみで発売された2枚組限定盤「フラワーズ・イン・ザ・ダート〜スペシャル・パッケージ〜」には未収録なので要注意です(まぁ、限定盤は入手困難なので間違えて買うことはないでしょうけど・・・)。
私は、最初に聴いた時からこの曲は好きな部類に入っていました。何と言っても、ポールの風変わりなヴォーカルが楽しいですね(苦笑)。真似して一緒に歌いたくなります。このせいで演奏の方もちょっと風変わりに聞こえるのがまた何とも言えないですね。ギターサウンドも、時系列順に聴くと久々にストレートに響いて聞こえます。ちなみに、最初聴いた時あのシャッフルのリズムが、日本のDREAMS COME TRUE(ドリカム)のシングル曲『WHEREVER YOU ARE』に似ているなぁと感じました。曲の雰囲気はけっこう違いますけど・・・。なので私の中では今でもこの曲はその印象が強いです。
シングルB面ということで、一般的には知られない曲ですが、バンド・サウンドとユーモラスさを同時に堪能できる佳曲ですのでぜひ一度聴いてみてください!
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「Twin Freaks」。お楽しみに!!
(2008.11.12 加筆修正)
(左)シングル「My Brave Face」。これぞポールが「復活」した瞬間だった。この曲はアナログ盤・CD共にすべてのフォーマットに収録。
(右)アルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」。バンド・サウンドを久々に堪能できる傑作。この曲はボーナス・トラックとして収録。