Jooju Boobu 第20回
(2005.5.15更新)
Tough On A Tightrope(1986年)
今回で「Jooju Boobu」は20回目。記念すべき20曲目の今回は、1986年のソロ・アルバム「プレス・トゥ・プレイ」の時期に作られたポップバラード『Tough On A Tightrope』を語ります。このコラムでも既に『Only Love Remains』『Angry』『Press』(同時期の曲だと『Spies Like Us』も)を紹介している所からも、管理人の思い入れの強さを思わせますが(苦笑)、この曲は特に私がお気に入りの1曲です。言葉では表現できないほど大好きです。20曲目の紹介ですが、今集計し直したら実は「お気に入りのマッカートニー・ナンバー」ベスト5に入ってしまう勢いです。いや、事実そうです(笑)。ついには、『With A Little Luck』に続いて、当サイトの2代目サイト名になってしまったほどですから。個人的イメージもあいまって、この曲は聴けば聴くほど私のお気に入り度が上がっています。
「プレス・トゥ・プレイ」期のポールは低迷期にあったのは前にもお話しましたが、その大きな要因として、当時のポールは打ち込みサウンドを多用したエレクトリック・ポップに凝っていて、そんな異色の作風が従来のポール・ファンを困惑させてしまった、ということがありました。そんな「プレス・トゥ・プレイ」において、この曲は珍しくさっぱりした味わいに仕上がっています。ポールの全曲の中でも目立たない位置にある曲ですが、ポールのメロディ・メイカーとしての側面がよく表れ、いつものポール節を堪能することができます。それでは、私の思い入れたっぷりに語ってゆくこととしましょう(笑)。
もうこのコラムでは何度も取り上げているので今さら説明は不要ですが、アルバム「プレス・トゥ・プレイ」は、低迷期に入りつつあったポールが名誉挽回を図るべく、ヒュー・パジャムをプロデューサーに迎えて当時流行のサウンドに挑戦した意欲作です。結果的には、従来からのファンの反感を買ってしまい空回りしてしまうのですが・・・(汗)。結局挽回どころかますます低迷してしまったのは皮肉的ですが、今聴くと意外と新鮮に感じられるのがポール・マジックでしょうか。世間が言うほど、そしてポールが言うほど悪い内容でないことは確かでしょう。
その「プレス〜」セッションでポールは、10ccのエリック・スチュワートと共同作業を行いました。元々「タッグ・オブ・ウォー」以来、'80年代のポールのアルバムに影ながら参加してきたエリックでしたが、ここで本格的にポールの右腕として活躍したのでした。この「プレス〜」セッションでは、ポールとエリックは11曲を共作してます(うち2曲は当時お蔵入りとなり、後に10ccで発表された)。ポールとして発表された曲のうち、「プレス・トゥ・プレイ」(注:アナログ盤)に収録されたのは6曲、シングルで発売されたのが3曲。そして後者3曲のうちの1曲が、この曲『Tough On A Tightrope』なのです。
ポールとエリックの共同作業は、『Press』や『Angry』の項で既に述べた通りですが、共同プロデュースを任せられたと思っていたエリックと、過剰なまでのオーヴァーダビングを加えて「裸の王様状態」(エリック・談)となっていたポールの考えが一致せず、結局は長続きせずに終わってしまいました。しかし、エリックとの共作が、低迷していたポールに刺激を与え、創作意欲を膨らませたことは確かでしょう。そして、シンプルなロックナンバーからメロディアスなポップまで、いつも以上に磨きのかかったメロディが生み出されていったのです。ポールとエリック、2人の天才メロディメイカーの能力がぶつかり合っての相乗効果でしょう。『Stranglehold』『Move Over Busker』『Write Away』『Footprints』・・・そしてこの曲。いずれもが生き生きとしたポール節(+エリック節)が満開です。アレンジの面で方向性が変わってきてしまいましたが、土台となるメロディの上では非常に相性のよかったポールとエリックでした。中でも、この『Tough On A Tightrope』は、何のてらいもないシンプルなポップナンバー。それだけに、無性にメロディアスさが目立ちます。「これぞポール!」と思う方も多いはずです。何もない分、非常に「ポップ」「メロディアス」の純度が高い曲です。
「プレス〜」セッションで録音された曲は、こうしたエリックとの共作曲のように、元々はポールらしいメロディアスな曲が多かったのですが、当時の流行に飛びついたポールは、何重にも機械的な打ち込みサウンドを重ねてしまったため、出来上がったアルバムは硬派で無機質な作風となってしまいました。これには、「生々しいR&Bでポールを甦らせよう」と意気込んでいたエリックも落胆の色を隠せなかったことでしょうし、リスナーの拒否反応を引き起こしアルバムの失敗の原因となったわけですが・・・、この曲に関してはそれほどエレクトリックで無機質な趣を感じさせません(強いて言うなら、アルバム全体に共通する力強いドラムスだけでしょうか)。「プレス〜」期の曲で「硬派」「機械的」に当てはまらない曲と言えば、他に『Footprints』『Only Love Remains』『Write Away』が挙げられるくらいですが、この曲はその中でも輪をかけてさっぱりしたアレンジになっています。つまり、この曲ではいつものポールの作風に近い雰囲気が漂っているのです。異色作として知られる「プレス〜」でも、典型的なポール・サウンドを想像して聴いても違和感を感じない仕上がりなのです。
さて、そんなメロディアスこの上ない『Tough On A Tightrope』は、ちょうど「ポップ」と「バラード」の中間をいくような、ゆったりしたテンポの曲です。そのためか、全体的にのどかな雰囲気が漂います。こじんまりとした感じは曲の存在を地味にしていますが、その代わりに「隠れた名曲」のオーラを漂わせています。知る人ぞ知る、分かる人には分かる名曲といったところでしょうか(苦笑)。もちろん私はそのよさを知っている者の1人なのは言うまでもありませんが。
気になるアレンジですが、この曲では他の曲ほどに過剰なオーヴァーダブは施されていません。あまり音をいじくらなかったため、本来のポールの持ち味が発揮されています。しかし残念なことに、少し無理なアレンジをしていることも否めなく、部分部分で「あれ・・・?」と疑問符をつけたくなるようなアレンジが見受けられます。この辺は個人個人の好みの問題でもあるのですが、そうした点がこの曲に対する評価を落としてしまっています。よく指摘されていることですが、曲にマッチしない音が時々入っているのです。それは例えば強めのドラムスであり、ストリングスアレンジであったりします。また、タイトルコールのメロディが不自然といった声も聞きます。この曲を大のお気に入りに挙げている私ですら、「ちょっとこれは・・・」というアレンジが実はあったりします。例えばイントロのフルートとか後半のハードなギターサウンドとか(苦笑)。これらは、当時のポールが自分の音楽に方向性を見出せなかったことが原因だと思います。長い期間をかけてセッションを行い、オーヴァーダブやリミックスを繰り返しても、自分の満足のいくようなアレンジにならなかったのでは・・・と。そしてそれが、リミックスの量産にもつながっていったのでは・・・と。スランプにはまっていないいつものポールであれば、これくらい余裕に乗り越えて、この曲も完璧な名曲に仕上げられたのに・・・。
サウンドはだんだんと音が増えていく、というポールおなじみのアレンジで展開していきます。ベーシックトラックは、エレキギター・アコギ・ベース・ピアノ・ドラムスというシンプルなバンド編成で、演奏もポールとエリックの他にはジェリー・マロッタ(ドラムス)のみ。ドラムスに少しエコーが効いているのがこのアルバム流でしょうか。そこに、シンプルなシンセが随所に加えられています。曲のあっさりした雰囲気を壊さない程度に効果的に挿入されていますが、後半の繰り返しで入るハープシコードっぽい音色がなんだかいいなぁ、と思いますね。イントロには先述したフルートがフィーチャーされていますが、これは個人的には違和感を覚えてしまいます(汗)。大サビからはストリングスが入りますが、これまた流れるようなメロディで聴いていて心地よいです(人により不要論はあるものの・・・)。あんまり分厚いと大仰な感も出てきますが、この曲では最小限の装飾に済ませていてそこがいい感じです。間奏は2本のエレキギターのソロですが、メインの旋律を奏でる方が少しトロピカルぽさもにじませていて、これまた心地よいです。もう1本はハードで曲に似つかなくて個人的には好きになれませんが・・・(汗)。この間奏を挟んで、ドラムスもフィルイン交じりとなり盛り上がりを見せてゆきます。エンディングはタイトルコールを繰り返しつつ、ストリングスとエレキギターのソロでフェードアウトしてゆきます。ここでも、ハードなギターソロが邪魔に感じられて仕方ありません(苦笑)。あと、この箇所での女性&男性コーラスの掛け合い(愛妻リンダも参加している)が、なんか違和感たっぷりで・・・(苦笑)。個人的には、エンディングはもうちょっとましなアレンジにならなかったかとポールに問いたいですね。大好きな曲だけに。
まぁ、このように難点を探せば愚痴が止まらないが残念なのですが(汗)、そういうところに目を瞑れば非常に聴きやすい曲であることは確かですし、たとえば「パイプス・オブ・ピース」や「レッド・ローズ・スピードウェイ」といった他のバラード系アルバムに収録してもさほど違和感がないほど、普段のポールが書きそうなメロディアスな曲です。いろいろ酷評が絶えない「プレス〜」期の曲ですが、この曲ばかりは従来のポールのファンも当時から満足して聴くことのできた曲だと思いますね。
一方、もう1つポールらしさ満開なのが歌詞です。ポールといえば、特に楽観的で前向きなラヴ・ソングに定評が高いわけですが、この曲は楽観的とまではいきませんが、ごく普通のラヴ・ソングです。「プレス〜」期では、アレンジのみならず詞作面でも実験的な試みをしていたり、韻の踏み方に凝っていたりしていますが、そんな中でもこの曲の詞作は非常にシンプル極まりありません。「もしきみが僕を愛してくれたら 僕もきみを好きになるよ(If you only love me,I'll love you)」なんて、実にストレートじゃないですか!タイトルは、「きつい綱渡り」といった所でしょうか。実はうちのサイトの名前そのものでもあるんですが(苦笑)。切り抜けるのが難しい人生でも、きみだけは僕を愛してくれる・・・そんな内容の詞作です。“僕”の“きみ”への想いと、“きみ”の“僕”への愛情を共に感じ取ることができます。やはりポールにはこういう詞作が一番似合います。ポールお得意の「バカげたラヴ・ソング」ですね。個人的には、“Hear me right〜”のくだりが節ごとに少しずつ歌詞が変わっていくのが、なんだか好きです。
そんな普通のラヴ・ソングを歌うポールのヴォーカルは、若干かすれ気味にも感じられます。しかし、それがまたいい味となっています。前半は抑え気味に、後半はメロディを崩しつつシャウト交りに歌います。まるで『With A Little Luck』のような構成です(あそこまでメリハリはないですが・・・)。エンディングでのアドリブがまたいい感じです(この辺は言葉ではうまく表現できません・・・でもいい!)。コーラスは歌の部分ではエリックが入れており、ここでもポール&エリックのタッグが強調されています。一方、先述しましたが、エンディングではリンダさんのコーラスとエリックのコーラスが入り乱れる構成となっています。このアレンジは個人的には・・・(汗)。特にエリックの低音コーラスが違和感ありすぎです。
この曲のアウトテイクが発見されており、「プレス・トゥ・プレイ」関連のブート(「Pizza And Fairy Tales」「The Alternate Press To Play Album」など)で聴くことができます。アウトテイクでは、元々シンプルな出来のオリジナル以上にシンプルな仕上がりとなっています。なんといっても、曲の中心がポールの弾くピアノになっているのが一番の違いです。おかげさまで、ピアノポップのイメージが非常に強くなっています。元々ピアノで作った曲なのかな・・・?と作曲過程も考えさせられます。既に曲構成・歌詞そして基本的なアレンジが完成していますが、音作りはピアノを中心にアコギ・ベース・ドラムスそして最低限のシンセのみという極めてシンプルなものです。あのフルートやストリングス、エンディングのコーラスなどはまだ入っていませんので、各箇所が嫌いな方には聴きやすくてお勧めかもしれません(苦笑)。また、ポールのヴォーカルもガイド・ヴォーカルであるせいか、かなりラフで崩し歌いです。エンディングではタイトルが“Up on a tightrope”になっている箇所も・・・。シンプルな分物足りなさも若干ありますが、この曲のメロディアスさを再確認できる恰好のアウトテイクです。
この曲は、アナログ盤で発売された「プレス・トゥ・プレイ」(10曲入り)には収録されませんでした。しかし、当時まだ普及していなかったCDには、この曲と『Write Away』『It's Not True』がボーナス・トラックとして収録されました。当時は画期的な試みだったCDのみのボーナス・トラックという形で、かろうじてアルバム未収録の憂き目は逃れました。そして現在では、この曲含め3曲はすっかり「プレス・トゥ・プレイ」の一部と化してしまっています。アナログ盤を完全復刻したとうたわれた紙ジャケット盤にもちゃっかり収録されていますし。
アナログ盤では、アルバムからのシングルカット「Only Love Remains」のB面に収録されました。このコラムをごらんの方ならご存知ですが、『Only Love Remains』も非常にポールらしさ満開の名曲であり、私も大のお気に入りなのですが、つまり個人的には最高のカップリングなのです(笑)。しかも、当時シングル「Mull Of Kintyre」がこのシングルと抱き合わせで再発されたそうで、『Mull Of Kintyre』も私のお気に入りですから、もう本当に最高のシングルだったわけです・・・私にとっては。
7インチシングル(白ジャケット)にはCD版「プレス〜」と同じヴァージョンが収録されましたが、12インチシングル(茶ジャケット)にはリミックス・ヴァージョンが収録されました。リミックスを手がけたのは、後にポールのアルバム「オフ・ザ・グラウンド」のプロデュースをすることになるジュリアン・メンデルソン。実はこの「プレス〜」セッションが初顔合わせでした。当時彼が手がけたもう1つのリミックスが、かの悪名高き『It's Not True』の12インチヴァージョンなのですが・・・(苦笑)。このリミックスで特徴的なのは、アコギとストリングスがメインに据えられていることでしょう。そのせいか、オリジナルよりアコースティック感が強いミックスとなっています。イントロはアコギのストロークがコーラスと共にフェードインする形で始まりますが、これがオリジナルと違う心地よさです。ストリングスも、前半から大々的にフィーチャーされていますが、これも心地よくて仕方ありません(若干大仰さは強まっていますが・・・)。また、リミックスの王道らしくオリジナルより圧倒的に長い7分近い演奏時間に引き延ばされています。後半がドラムソロを挟みピアノソロとなり、そこにコーラスが入って再び盛り上がるのも、いかにもリミックスぽいです[ちなみに、リミックスではフェードアウトせずしっかりストリングスで締めくくります]。第2節の歌詞が大幅に割愛されているのもそう。しかし、個人的にはそうした王道的リミックスはこの曲に合っていないのでは・・・?と思います。そもそも、シンプルであっさりしているのが魅力なこの曲のリミックス・ヴァージョンを作るのもどうかと思います。アコギとストリングス中心のアレンジはなかなかいいと思うので、エンディングを通常の長さにして歌詞をフルに入れたら魅力的なヴァージョンになったのでは・・・?このリミックスは、他の「プレス〜」期のリミックスと同様未CD化で入手困難です。
ここからは個人的な思い入れの話を。この曲が好きで好きで、ついには自身のサイト名にまで起用してしまうほどの私ですが、実は意外なことに、「プレス・トゥ・プレイ」を聴き始めた当初は、この曲を好きではありませんでした。正確に言うと、存在感がなかったのです(汗)。どのくらいかといえば、メロディすら全く覚えていない状態でした・・・。しかし、ある事件を契機に私のこの曲への待遇はがらりと変わることになります。これがまたかわいそうなことに、この曲が不幸にも音飛びしてしまったのです(汗)。それだけ、当初から「プレス〜」を聴き込んでいたということになりますが・・・。音飛びは機械で直して無事に復活し、その後よくよく聴いてみるとメロディアスでポップな美しい曲だということに気付かされ、以降どんどん好きになっていきました。
さらにお気に入り度に拍車をかけたのが、個人的イメージです(笑)。『Only Love Remains』の項でも、個人的イメージが「雪広あやか」と答えていましたが、この曲では同じくマンガ「魔法先生ネギま!」のキャラクター、明石裕奈[あかし ゆうな]が個人的イメージとなっています(このページのイラストの娘です)。イメージ・・・というより率直に言いますとこの曲は私にとって「明石裕奈へのラヴ・ソング」になっています(苦笑)。彼女のおかげで、私のこの曲に対する思い入れがますます加速していきました。それは今でも同じで、いまやポールの曲でベスト5に入る勢いのお気に入りです。私は「プレス・トゥ・プレイ」をこよなく愛しており打ち込み主体の作風も問題なく楽しんで聴いていますが、この曲はそれとはまた違う面で好きです。聴いているだけでもうとろけてしまいそうです(苦笑)。ここで触れたように、若干アレンジに不満が残りますが、そんなことどうでもよくなってしまいます。『Only〜』もそうですが、何よりも歌詞が素敵ですね。こういう素直なラヴ・ソングが一番ポールらしくて一番はまっていると思います。そうそう、うちのアシスタントの南サクホも、この曲がお気に入りとのことです。
この曲の歌詞を、私自身で対訳したものを、このページに掲載してあります。私が持っている「プレス〜」は日本盤ではないので、訳す際にはかなり苦労しました(“Get it right”とか、結構意訳した箇所が多いです・・・正しいかどうか)。裕奈のことを想いつつ訳したのは言うまでもありませんが(笑)。この曲のシンプルで暖かいラヴ・ソングぶりを堪能してみてください。
この曲は、「プレス・トゥ・プレイ」特有の打ち込みサウンドが苦手な人でも気軽に聴くことができます。それはもちろん、ポールならではのポップ感覚あふれる曲だからです。もっと注目されてもいいのに(少なくともファンの間で)・・・と思っています。ポールにはライヴで演奏してほしいですが、まず無理でしょうね(汗)。
次回紹介する曲のヒントは・・・「スコティッシュワルツ」。お楽しみに!!
(2008.9.13 加筆修正)
(左から)シングル「Only Love Remains」。A面も佳曲です。12インチにはリミックス・ヴァージョンを収録。/アルバム「プレス・トゥ・プレイ」。打ち込みサウンド満開の意欲作。