Jooju Boobu 第19回

(2005.5.12更新)

No Values(1984年)

 前回に引き続き、今回の「Jooju Boobu」もかなりマイナーでマニアックな曲を紹介します(笑)。今回は、1984年に公開された、ポールが制作・脚本・主演を担当した劇場用映画「ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards To Broad Street)」のために書き下ろされた新曲『No Values』を語ります。映画で実際に使用されたほか、同名のサントラ盤「ヤァ!ブロード・ストリート」(1984年10月)に収録されています。'80年代前半は「ソフトな」印象が強かったポールですが、この曲はそんな時期にしては珍しいロックンロール・ナンバーです。前回の『One More Kiss』と同様、語るネタが少ないと思いますが(汗)、私の気に入っている曲なのでできるだけ長く語ってゆきたいと思います。

  

 それでは、まずはこのコラムで初登場の映画「ヤァ!ブロード・ストリート」について概略を簡単に解説しておきます。ポールがこの映画のアイデアを思いついたのは1982年のこと。車に乗っている時に渋滞に遭ったことがきっかけとなっています。元々映画を作りたいと考えていたポールは、反戦映画を作る気でもあったそうですが(ちょうど「タッグ・オブ・ウォー」「パイプス・オブ・ピース」を制作していた頃ですし)、結局の所はポール自ら主人公として「ミュージシャン」を題材に取ったロック・エンターテインメント映画になりました。早速ピーター・ウェッブを監督に迎え、同年11月には撮影が開始していますが、特筆すべきは、この映画の主演のみならず脚本までもポールが取り組んでいることでしょう。1967年にビートルズの自主制作映画「マジカル・ミステリー・ツアー」を意欲的に制作していたポールですが、その頃の映画にかける思いが再び頭をもたげてきたという所でしょうか。事実、ポールのこの映画に対する自信は相当大きいものだったようです。しかし、結論から言ってしまえば、ポールの書いた脚本はやはり素人同然のものであり(本業がミュージシャンですから仕方ないですが・・・)、あまつさえ結末も非常に適当なものだったため(苦笑)、1984年秋に無事世界中の劇場で公開されたものの、興業的には大失敗に終わってしまいました。映画会社も経営するジョージ・ハリスンからは「あれでポールは謙遜になった」という辛口発言を浴びせられたほどです。映画に関しては、こちらで詳細に解説しています(ネタバレ注意!)。

 失敗作となってしまった映画ですが、一般大衆には受けが悪かったものの、ファンにとってはやはりうれしい内容だった映画でした。特に話題を呼んだのは、ポールが過去に発表した楽曲が映画内で再演されたことでした。ビートルズ、ウイングス、ソロ時代と、ポールのオールキャリアから10曲。特に、'70年代は意識して避けていたビートルズ・ナンバーを再演したことはファンにとっては待望の出来事でしたし、ポールのビートルズへの意識の変化を裏付けるものでした。その反面、この映画のために新たに書き下ろされた新曲は、意外なことにインストナンバーを除くとたった3曲にとどまっています。主題歌『No More Lonely Nights』と、『Not Such A Bad Boy』。そして、今回紹介する『No Values』です。既発表曲の再演(特にビートルズ・ナンバー)に注目が集まってしまったため、ヒットナンバーとなった『No More Lonely Nights』を除けば、数少ない新曲はいまひとつ存在が薄れてしまっています。

 映画「ヤァ!〜」がポール・ファンにとってうれしい内容だったのは、楽曲だけではありません。ポールは、自らが映画の主人公となったことから、その他の登場人物も自らの友達を出演させたいと思い、たくさんの友達に映画への出演を依頼しました。その結果、妻のリンダはもちろん、リンゴ・スター(と、妻のバーバラ)やエリック・スチュワートといった当時の「マッカートニー・ファミリー」や、ジョン・ポール・ジョーンズやジェフ・ポーカロなど大物ミュージシャンが出演するなど、豪華な顔ぶれとなりました。ポールの「音楽の先生」にあたるジョージ・マーティンもちらっと登場しています。また、英国随一の名俳優であるラルフ・リチャードソン卿(ジムおじさん役)は、この映画が遺作となっています。その豪華な音楽仲間は、単に映画で演技をするだけではなく、演奏シーンでの演奏にも参加しています。まさに、この映画のためだけのスーパー・バンドが組まれたわけなのです。そしてその演奏は、そのままサントラ盤にも収録されたので、映画のみならずアルバムでもそのスーパー・バンドぶりを堪能することができます。

  

 さて、そんな映画の新曲となったこの曲ですが、それができたきっかけが実に面白いものです。ポールの作曲過程に関するエピソードでも、極めて異質のものと言っても過言ではないでしょう!実は、この曲のきっかけとなったのは、ポールが休暇中に見た夢だったのです。ポールによれば、その夢の中でこの曲が流れていたというのです。しかも、その曲を演奏していたのが、ローリング・ストーンズだったというのですからすごいです!ポールによると夢に出てきたのは当時のメンバー4人編成だったようですが、ミック・ジャガーやキース・リチャーズがこの曲を演奏しながら“Seems to me you've still got no values”などと歌っていたというのです。そして、その歌にすっかりご満悦のポールが、目覚めてから「おや待てよ・・・」と考え直せば、結局その曲はローリング・ストーンズの曲ではなく、ポールが夢の中で作ったオリジナルだった・・・という結末。

 他のバンドが演奏し歌う夢を見るのはミュージシャンだからありそうですが、寝ているだけで曲が1つできてしまうなんて、ポールもうらやましい限りです(笑)。かの『Yesterday』も、目覚めた直後にぱっと浮かんだメロディだったという有名なエピソードがありますが、つまり目覚めの前後のポールは無敵状態なのでしょう。そんなすごい才能をポールが持っている、ということで。常に作曲活動にいそしむポール、ついに夢の中でも作曲してしまったのです。ちなみに(『Yesterday』の時にも似ていますが)、自作曲かもと思ったポールは、この曲がストーンズのものでないことを今一度確認してから、夢の中では一部分しか歌われていなかった曲を完成させます。そしてポール、このエピソードはローリング・ストーンズのメンバーには誰にも言わなかったそうです。その理由、「ミックに教えたらきっとあいつは権利を主張するに違いないから」とのこと・・・。

 そんなエピソードを持つこの曲。きっかけとなった夢ではローリング・ストーンズが演奏していたということで、出来上がった曲も荒っぽいロックンロールです。'80年代前半のポールは、ウイングス時代から路線転換したかのようにバラードを中心としたソフトな作風が目立っていましたが、この映画ではゲストのミュージシャンとの共演もあってかロック色の強い曲もいくつか録音されています(とはいえやはりバラードメインではありますが・・・)。この曲も、「ストーンズが演奏していた」というエピソードにうなずいてしまうカラーです。そんな作風に拍車をかけているのが、他の映画用の曲のほとんどがそうなように、映画の撮影と同時にライヴ録音されている点です。これは、ポールがいわゆる口パクを嫌ったためですが、半ライヴ・ヴァージョンともいえる録音は、各曲に臨場感・躍動感を与えています。そして、撮影と同時録音したものをそのまま使用しているため、この曲でもオーバーダブは一切加えられていません。ギター、ベース、ドラムス、パーカッションのみのバンドスタイルとなっているのです。

 この曲は、映画では中盤にあたる倉庫での一連の演奏シーンで最後に登場する形で使用されています(他に『Not Such A Bad Boy』『So Bad』を演奏)。そして、そこで演奏された音源がそのままアルバムにも収録されています。カウントからエンディングの会話までそのまま収録されています。この曲で参加したミュージシャンは、ポール(ベース)、リンダ(パーカッション)、デイヴ・エドモンズ(ギター)、クリス・スペンディング(ギター)、ジョディ・リンスコット(パーカッション)、そしてリンゴ・スター(ドラムス)という顔ぶれ。この曲でもポールとリンゴの共演が実現したことになります。ちなみに、映画では前曲『So Bad』でエリック・スチュワートが参加していますが、この曲が始まる前にどこかにいなくなってしまいます(苦笑)。代わりにデイヴが演奏に参加するわけですが・・・。また、アナログ盤「ヤァ!〜」では、『So Bad』がオミットされているため、この曲は『Not Such A Bad Boy』に続いて演奏される形となっています。そして、映画ではルーク・マクマスターズ扮する悪徳商人ビッグ・ボブがこの曲の演奏中に初登場を果たします。

  

 先述のように、バンドスタイルでのライヴ録音だけあって、荒っぽさが感じられる演奏です。といっても、決して「雑」ではなく、まとまりを感じさせる内容です。確か、倉庫のシーンが映画で最初に撮影されたと思いますが、即席にしてはよく息が合っているなぁと各演奏者の力量に感心してしまいます。私としては、フィルインを交えつつ曲をリードしてゆくリンゴのドラムスが特にいいなぁ、なんて思いますね。女性陣の演奏によるパーカッションもこれにあいまって曲のスピード感を出していますね。そして、映画でもアルバムでも、曲がいったん終わるとブルース調のインストに突入します。ここではデイヴとクリスの2人のギタリストが掛け合いでギターソロを繰り広げますが、これがとっても渋くてかっこいいです。映画では、ポールが「ハリーが持ち逃げしたマスターテープをビッグ・ボブに売り渡す」という妄想(笑)を繰り広げるため、ポールが演奏をしくじる(もちろん演技で)ため、このジャムは途中で唐突に終わってしまいます。[関係ないですが、この映画でのポールはなぜか妄想癖が強い感がある・・・]このジャム部分は、サントラに収録する際に収録時間の関係上短く編集されてしまっていますが、映画では長く聴けて断然お得です!ポールの妄想シーンにもぴったりですし。なお、サントラではこのジャムが『No More Lonely Nights〜reprise』と記載されていますが、実際は次曲『For No One』の冒頭に加えられた短いストリングス・インストのことです。この誤記に長い間私はだまされ続けてきました・・・(汗)。

 荒いのは演奏だけでなく、ポールのヴォーカルもかなりラフでぶっきらぼうに歌っています。歌詞の一節一節が長いため、ハーフ・スポークンとまではいきませんが、それに近い崩し歌いで歌われています。ストーンズのイメージとして挙げられる「不良」な雰囲気はよく出ていると思います。後半になるとシャウト交じりで歌ってくれますが、それにしても他の時代に比べると結構流して歌っているような感があります。タイトルの部分はコーラスが入りますが、これがスピード感を増幅させるようで効果的な挿入となっています。映画を見ていると、リンゴも歌っているのが確認できます。ということは、リンゴもコーラスに加わっているかもしれません(オフ・マイクで声が拾われていないかもしれませんが・・・)。ポール楽曲でのリンゴの初コーラスは、『Beautiful Night』(1997年)が通例とされていますが、実はこの曲が最初だったりして・・・?メインのコーラスはデイヴとクリス、そしてリンダさんであることは間違いないです。後半の追っかけコーラスも彼らでしょう。そしてヴォーカル面では、ポールが妄想を繰り広げた末に演奏を止めてしまう要因となった“Don't do it!Don't do it!”も名演でしょう!(苦笑)・・・いや、ちゃんとその後で“Sorry,my fault(ごめん、僕の間違いだ)”と謝っているのでいいんですけどね。

 歌詞は、ストーンズが夢の中で歌っていた一節からイメージを膨らませて書いたため、深い意味は込められていないようですが、上流階級社会を皮肉った辛らつなものに仕上がっています。曲の荒々しさやヴォーカルのぶっきらぼうさにはぴったりです。タイトルの通り「あんたには何の価値もない」と歌われていますが、ポールの本音だったのか、ただ適当に書いた歌詞だったのかは分かりません。ポールが上流階級に恨みを持っていたとは思えませんが・・・。映画では、第2節にビッグ・ボブの登場シーンが重なりますが、この箇所では「街の詐欺師(the city shark)」が歌詞に登場します。これが、映画でハリーからマスターテープを買い取る(とポールに妄想されている)悪徳者ビッグ・ボブのイメージに図らずもぴったりです。[ちなみに、ビッグ・ボブの配役に元ウイングスのジョー・イングリッシュをあてたら面白いと思うのは私だけでしょうか・・・?]悪徳者に付きまとわれながら苦労を重ねる下流社会の人間と、ロールス・ロイスの親友となり立派な奥さんと立派な車を持つ上流社会の人間を対比させた、ポールにしてはピリッとした歌詞です。

  

映画「ヤァ!ブロード・ストリート」に登場する悪徳商人、ビッグ・ボブ。元ウイングスのジョー・イングリッシュが適役だった!?

 ・・・これで書くことがなくなりました(汗)。やはりアルバムナンバーとなると情報量が少なくなってきますね。ちなみに、この曲のアウトテイクは発見されていません。

 私は、2度聴いたくらいからこの曲が大好きになりました。ウイングス時代の『The Mess』のように、荒っぽさがかっこいいですね。でたらめに歌っているようなヴォーカルも、面白いですね。歌詞が上流社会の皮肉というのが痛快です(まぁ、先に述べたように歌詞についてはポールが夢で見た歌からアイデアを膨らましていったもので、特別意味はなさそうですけど・・・)。歌詞の量が多いので、好きな曲なのになかなか覚えていません・・・。個人的には間奏後の展開が特に好きですね(低い声のバッキング・ヴォーカルが入ってくる部分です)。あまり意識しないで聴いていましたが、ドラムスはリンゴだったんですね。ポールとリンゴの共演は、純粋にうれしいものがありますね。映画でも2人の楽しげな様子が伝わってきます。最近は他の曲のお気に入り度が上がってきて、この曲を取り立ててお気に入りにすることはなくなりましたが、それでも個人的には並み以上に好きな曲です。'80年代のポールはライヴ活動を休止していたため、この曲がライヴで演奏されていたことはありませんが、'80年代にポールがライヴ活動をしていたら間違いなくレパートリー入りしていたことでしょう。そして、もしポールがこの曲を覚えていたら、一度でもいいからポールにはこの曲をライヴで取り上げてほしいですね。

 この曲は、興業的に失敗に終わった(汗)映画の主題歌であること、再演曲が注目される中での数少ない新曲であること、収録アルバムがサントラ盤であることなどから、一般的には全く知られていません。しかし、ソフトなポップやバラードをメインに作るようになっていた'80年代前半のポールにとって、この曲は稀に見るロックンロールです。確かにローリング・ストーンズが演奏していた夢がきっかけということもありますが、それでも貴重であることには違いありません。バラードナンバーが多いサントラでも、いいスパイスになっています。ぜひ聴いてみてください。映画と一緒に味わうとより楽しめます!

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「明石裕奈」。当サイトをくまなく見ている方はすぐ絞ることができるかと思います(笑)。お楽しみに!!

 (2008.9.06 加筆修正)

アルバム「ヤァ!ブロード・ストリート」。同名映画のサントラ盤。ビートルズナンバーの再演と、豪華な出演者が話題となった。

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