Jooju Boobu 第131回
(2006.7.14更新)
Mamunia(1973年)
今回は、『Lunch Box/Odd Sox』みたいな異常なマニアックさはないのでご安心を(爆)。それでもけっこうマニアックかもしれません。いや、マニアックでもないか、アルバムがアルバムだけに・・・。今回は、ウイングスの「最高傑作」と評されるアルバム「バンド・オン・ザ・ラン」(1973年)より、B面の冒頭に収録された『Mamunia』を語ります。「バンド・オン・ザ・ラン」は、ポール・リンダ・デニーの3人となったウイングスがアフリカはナイジェリアで録音したアルバムというのはよく知られる話ですが、この曲はそのレコーディングの地・ナイジェリアの影響をもっとも色濃く受けた作品です。今回はこの曲の持つすがすがしい魅力について語ります。
アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」について改めて語る必要はないでしょう。グラミー賞までも受賞したウイングスでもっとも有名なアルバムで、「最高傑作」という言葉が独り歩きするほど絶賛されている一枚です。『Band On The Run』『Jet』など、今でも多くの人々に愛され続けている有名な楽曲が多く収録されており、ポール自身も多くの曲をコンサートで演奏してきました。ポールのアルバムを熟知している人たちにとっては当たり前すぎてかえってあまり好きになれないのですが、それでも珠玉の楽曲が並んでいることを誰も否定することはできません。
そしてこのアルバムの有名なエピソードが、2人のメンバー(ヘンリー・マッカロク、デニー・シーウェル)の脱退によりポール、リンダ、デニー・レインの3人でレコーディングをしたというものです。逆境に強いポールが残されたメンバーと力を合わせて一発逆転、大成功を収めたという筋書きが奇跡のアルバムとしてのこのアルバムを作り上げたからです。マルチプレイヤーのポールによる演奏は、お世辞にもよいとは言いがたいですが、独特の魅力があります。そして、もう1つ有名なのがレコーディングの地にナイジェリアのラゴスを選んだことです。シーウェル脱退の原因にもなった(らしい)、ポールの気まぐれで選んだ酷暑の地で、一行はさらに災難にあい続けます。強盗、スコール、熱中症・・・こんな悪環境の中で制作されたというのも、奇跡化にはうってつけの筋書きとなりました。
メンバーに逃げられて、強盗にマスター・テープを盗まれて、ひどい雨にあい、熱中症に倒れ、さらにスタジオは作りかけという最低最悪の状態だったラゴスでのレコーディングを、しかしポールはいやな思い出にはしませんでした。それは、アルバムが大成功に終わったという結果論的なこともありますが、ポールがアフリカ滞在を通していろいろなことを学べたことが大きいと思います。音楽的にも、当初は地元音楽家との衝突があったものの、結果的には友好的にアフリカ音楽の雰囲気を習得できたのですが、『Bluebird』や『Mrs.Vanderbilt』といった楽曲はアフリカ滞在なくしてはできなかった、あるいはイメージが発展されなかったといえるでしょう。そして、何よりも今回紹介する『Mamunia』は、アフリカ滞在抜きには絶対存在しなかった1曲でしょう。
ということで、まずはこの曲のできる経緯から入ってゆきます。先ほど触れたように、ナイジェリアでポールは絶え間ない災難に見舞われます。その中でも最初にポールの度肝を抜いたのが、折からの雨期で起こったスコール(豪雨)。きっと向こうはからっと晴れて休暇にはぴったり・・・なんて安易に考えていたのでしょうが、人生そんなうまくいかないものです。というより、ポールは向こうが雨期だということを確認しなかったのでしょうか。プールまで予約していたようですし・・・。シーウェルが脱退したのも、それをきちんと計算した結果か?結局数日間一行は一歩も外に出られない状態で、ポールもうんざりしてしまいました。まぁ、自分が考えたんだからしょうがないですね。
すっかり雨がいやになってしまったポールは、それを題材に曲を書いてしまいます。それが、この『Mamunia』なのです。それほど雨にうんざりしたのでしょう、そう考えるポールもすごいですが。しかし、歌詞を見ると意外にもそうでもないように感じられます。かえって、リスナーに雨のよさを教えているようにさえ取れます。誰にでも不快なものと映りがちな雨を必死で擁護しているみたいに・・・。「空から降る雨が海を満たす川を満たし、そこから君と僕の人生が始まる」と歌っていますし、「地下で誕生を待っている植物の種にとって、雨は必要なもの」とも歌っています。雨は人間にも植物にも大切な命の源としているのです。確かに、それはうなずけます。そして、何度も繰り返されるのは「君のために降る雨に文句は言わないで」という一節。これはまさしく雨を肯定的に受け止めて、というメッセージです。何日も降り続ける雨で予約したプールにも行けなかったポールが、なんでその雨を擁護するのか・・・?そのヒントが、後半の歌詞に隠されています。「傘をたたんで、レインコートを脱ごう/君は雨を友達と思ってこなかった/君の背中を伝ってゆくまでは・・・」という箇所です。つまり、家の中で雨宿りしないで雨にじかに接することで雨を好きになってゆく、肯定的に思えるようになってゆくよ・・・ということ。そう、ポールもナイジェリアで体験した豪雨を間近で体験したことで、雨のよさに気づいたのです。そして、この曲で雨を肯定的に歌ったのです。そして、あれほどの豪雨を体験していないのに、文句は言わないでと。ポールは改心したわけです。
まさに、アフリカ行きがなければ書かれなかったであろう詞作です。思いつきで飛び立ち、蓋を開ければ災難の連続だったナイジェリアでしたが、ポールにとっては音楽的なこと以外にも雨を見直してこの曲を書いた、といういい思い出ができたのです。面白いことに、この後1977年にロンドンでウイングスのレコーディングをしている時、降り続ける雨を題材に『London Town』という楽曲を書いています。そして、雨降るロンドンからヴァージン諸島への「脱出」が図られたのです。まさにこの曲とは逆のパターンで、ポールの人生に新しい冒険が書き加えられたのです。そして、その後再びメンバーを失ったのでした(爆)。こう考えると「バンド・オン・ザ・ラン」の時と「ロンドン・タウン」の時ってデジャヴのように共通点が多いですね。
タイトルの「マムーニア」とは、現地の言葉で「永遠の御子」という意味だそうです。ラゴスの街で見かけた看板の文字を元にポールが名づけたそうなので、曲の内容とは直接関係なく、単に発音がよかったからだと思われます。
さて、ナイジェリアで遭遇した豪雨を題材にしたこの曲が、アフリカ風にならないわけがありません。ポールは、曲作りにおいてもアフリカ音楽を積極的に取り入れました。もちろん数ヶ月のレコーディングでアフリカ音楽の極意を学べるわけもなく、さらに地元音楽家から「秘伝の音楽を盗まれるのではないか」と警戒された事件もあったのでポールがこの曲で本格派アフリカ音楽を作ったわけではなく、ちょっとした味付け程度になっていますが、新しく出会った音楽を積極的に取り入れ、自分なりに再構築するのは昔から今までポールの長所です。
曲自体は特にアフリカ風でなく、お得意のアコースティックな小品となっています。特に'70年代前半の「ラム」頃からはアコギ片手にそうした曲を量産していて、「ウイングス・ワイルド・ライフ」「レッド・ローズ・スピードウェイ」には多くのアコースティックナンバーが収録されています。こうした小曲にこそポールらしさが表れますが、この曲もポールらしくやさしげで親しみやすいメロディを、穏やかな演奏で聞かせています。「バンド・オン・ザ・ラン」の後、メンバー補充を経てロック化してゆくウイングスにこうした曲はあまり見られなくなるので、そうした意味では一連のアコギナンバーの終着点とも言えそうです。
曲の中心はもちろん、左チャンネルで聴こえるすがすがしいアコギの演奏です。ちょっと田舎っぽい感じは、アフリカの大地も感じさせます。イントロからは、太陽が昇ってくるような穏やかな明るさを想起させます。B面のトップという位置も、そんなほっとするひと時を与えてくれます。ミキシングの成果か、非常に美しく聴こえます。ポールやデニーの演奏が上手だということももちろんありますが。アコギ中心だとスカスカになりがちですが、そこは音数の少ないベースが太くフォローしています。特に技巧的にならず、単調な間隔で淡々と進んでゆきますが、落ち着いた感じのこの曲にはぴったりです(『Let Me Roll It』ではどうかと思いますが)。そのベースも、タイトル部分では流れるような演奏になり、リズムの心地よさを出しています。
デニー・シーウェルが脱退したため、ドラマー不在だった当時のウイングスにおいて代理ドラマーはマルチ・プレイヤーのポールでした。「バンド・オン・ザ・ラン」の曲にはポールのドラミングが聴かれますが、録音状況もあってお世辞にもいい出来とはいえません。微妙に上手いけど、プロに比べるとなんか下手みたいな感じのドラミングは、一部ではいい味を出していますが、『Jet』や『Let Me Roll It』などではグルーヴさを欠かせる要因となっています。しかし、この曲ではそんな心配は不要です。ドラムセットは使われていないからです。代わりに大活躍なのがパーカッション(といってもボンゴだけ)。まさにアフリカ魂を感じさせる楽器で、きっと現地にあったものを調達したのでしょう。これを演奏しているのは数説ありますが、アルバムで唯一ゲスト参加したレミ・ケバカだと思われます。レミは現地出身のパーカッション奏者で、ジンジャー・ベーカーのエアフォースのメンバー。一時エアフォースにいたデニー・レインとは仲がよく、ラゴスのスタジオの紹介や、地元音楽家との衝突の和解も彼によるものでした。感謝したポールは、レミに特別ゲストとして参加させます。どの曲に参加したかクレジットされていませんが、恐らく『Bluebird』とこの曲でしょう。この曲の演奏を聴くと、表情を変えてゆく曲においてつぼを押さえたようなリズムです。後に『Goodnight Tonight』のプロモでボンゴを闇雲にたたいたポールの演奏かもしれませんが(爆)。ドラムセットを使わずに、ボンゴという抑え目な楽器でのリズムパートは、この曲のアコースティックさを保持しています。同時に、アフリカっぽさも出しています。
最後に興味深いのが、曲後半になってようやく入るムーグ・シンセ。一本弾きでお分かりの通り、リンダさんの演奏です。これだけ人工的な感じの音ですが、違和感がないのに驚きです。逆に、アフリカの大地の朝焼けのようなイメージがします。曲の盛り上げにも欠かせなく、この曲に必要な音です。最後の最後でなぜ右から左に音が移動するかは謎ですが・・・。ムーグを多用していた当時のウイングスですが、「バンド・オン・ザ・ラン」でもタイトル曲はじめ多数の曲で使用していました。前回の『Lunch Box/Odd Sox』もそうですが、ムーグが効果的に使用されています。この曲は最後はムーグのフェイドアウトで終わり、完全に消える前に次曲『No Words』の美しいイントロが始まります。
そしてウイングスらしさが光るといったら、ヴォーカル・コーラスワークでしょう。特にこの時期はポール・リンダ・デニーの3人だけで、絶妙なハーモニーを心ゆくまで堪能できます。まずはポールのヴォーカルですが、アコギに負けない爽やかさです。時折、「アー」と溜息をつくのがなんだかユニークです。そして、それに絡んでくるのがリンダさんとデニーのコーラスです。この3人の声の絶妙なマッチは『Silly Love Songs』で折り紙つきですが、この曲でもそれをほうふつとさせる3声のコーラスを聞かせます。ことに後半の互い違いのタイミングで入ってくるコーラスは効果的で、文字通り美しいです。特にデニーのちょっとかすれた声が印象的に聴こえます。メンバーを相次いで失った頃、デニーはポールにとって大切な相棒だったのです。その期待にこたえるようにコーラスではデニー大活躍となりました。リンダさんはポールと一緒に、デニーが追いかけるように歌っています。そしてもちろん、タイトルコールは3人で一緒に歌います。思わずこちらも一緒に歌いたくなってしまうような、覚えやすいフレーズにのせて。この箇所もちょっとアフリカっぽさが入っています。セッションの楽しさがいかにも伝わってきますが、終盤ポールは楽しくなってアドリブみたいなものを言っています。
「名盤」「最高傑作」となったためポールからも割と厚遇されている「バンド・オン・ザ・ラン」。大ヒットした『Band On The Run』と『Jet』はもちろん、数多くの曲がベスト盤に収録されたり、コンサートで演奏されたりしています。が、この曲はあまり注目されることはありません。さらに、アルバム中もっとも目立たない曲にまでなっています。あまりにもシンプルで何の取り柄もないからかもしれませんが、アルバムではもっともラゴスの影響を受けた曲。ポールの思い出がたっぷり詰まった歌詞や演奏。ウイングスらしいハーモニー。ポール自身、この曲に対する思い入れは口にしないだけで大きいのではないでしょうか。「名盤」という言葉が独り歩きして、大名曲のイメージだけが先行している「バンド・オン・ザ・ラン」ですが、一番そのアルバムらしいのはこの『Mamunia』ではないでしょうか。ポールの諸作の中では手の届きやすいアルバムですから、きっとこの曲も早い段階で聴くことでしょう。その時にはぜひ、この曲に心地よさを感じながら、雨を肯定的に考えてみてください。そして物好きな方は、CDを持って雨期でスコールのやってきたラゴスに飛びましょう(爆)。ラゴスじゃ遠すぎるようなら、台風直下の沖縄に行きましょう(爆)。きっとこの曲のポールの気持ちがよく分かるでしょう。私は実行しませんけどね。それと、このコラムを見てラゴスか沖縄に飛んで災難にあっても私は補償できませんので念のため(爆)。
ちなみに、今回のイラストは何を描こうか非常に迷った末に思いつきで「ネギま!」の釘宮円を描きました。ひさしぶりに描いたのであまり上手ではないですが・・・。なんでクギミーが出てきたのかは謎です。こっちの曲なら納得行きますけどね。
さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「NOW」。お楽しみに!!
アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」。名盤の裏にラゴスでの思い出あり。ポール&リンダ&デニーの結束とアフリカののびのびとした空気が伝わってきます。