Jooju Boobu 番外編(7)

(2006.4.13更新)

Time To Hide(1976年)

 さて、番外編が再び登場です。今回は、デニー・レインがウイングス時代に発表した『Time To Hide』を語ります。邦題は「やすらぎの時」。ウイングスの結成から解散まで、すべての時代においてマッカートニー夫妻を音楽的に影で支えてきたデニーですが、この曲はそんな彼がウイングス時代に残した諸作の中でも名曲に数えることができるでしょう。トラッド音楽に興味のあることや、顔や声から来る印象のせいかデニーには「穏やか」だとか「女々しい」だとかいうイメージがどうにも一般的なのですが、必ずしもそんなことはない!ということを、この曲は示してくれます。ムーディー・ブルースや、ウイングス解散後のソロ活動もひっくるめても、この曲はもっともデニーがロックしている曲といえるでしょう。そんなこの曲の持つ魅力を語ってゆきたいと思います。

 今ではデニー・レインに対する再評価もだいぶされるようになってきました(ポールがDVD「ウイングスパン」にデニーを招かなかったのは不可解ですが)。メンバーチェンジの激しかったウイングスにおいて、いつでもポールのよき相棒として付き添っていたデニー。そんな彼からポールが学んだことは、たとえポールの才能がデニーの何倍もあっても、けっこうあったのではと思います。その成果の代表的な例が、アルバム「ロンドン・タウン」であり大ヒットシングル『夢の旅人』なのです。デニーのトラッド音楽嗜好をうまく取り入れたからです。また、ポールと多くの共作を残した人物としてジョン・レノンやエリック・スチュワート、エルビス・コステロらと肩を並べるくらいですし、「バンド・オン・ザ・ラン」の時期においてはマッカートニー夫妻以外の唯一のメンバーとして精神的な支えともなりました。このように、デニー・レインという人が'70年代のポール、そして何よりもウイングスに与えた影響は計り知れないのです。

 しかし、そんなデニーがウイングス時代に発表した単独作曲曲は、意外にも少ないのです。『Mull Of Kintyre』『No Words』などはポールが予め作っておいたものにデニーがアイデアを与えたものですし、『Deliver Your Children』『London Town』などデニーが主に書いた曲にもポールの手が加わっています。それはデニー&ポールのタッグの素晴らしさを語るものですが、裏返せばデニーが自らの才能を惜しみなく発揮できる時、つまりデニーが主役の曲がウイングスにはあまりなかったのです。あくまでも縁の下の力持ちでいようとしたのでしょうか。結局、ウイングスとしてデニーが発表した自作曲は『Again And Again And Again』と、今回紹介する『Time To Hide』しかないのです(未発表では後にソロで発表した『I Would Only Smile』『Weep For Love』があるけど)。

 そして、ようやく自分が主役の曲を発表できたといううれしさからか、その2曲しかない自作曲はどちらも力作で、ファンの間では「傑作」として親しまれています。特に、この『Time To Hide』はデニーの曲で一番好き、という声をよく耳にする1曲で、デニーの代表曲と言えるでしょう(ウイングス時代以外でデニーが代表曲に相応する曲を出していないのも原因ですが・・・)。それは何より、この曲がデニーにしては珍しくロックであることが要因でしょう。あの頼りない笑顔と枯れた感じのヴォーカルが印象的なので、いつしか「女々しい」といったイメージが私たちの間で定着してしまいましたが、この曲にそんなデニーはいません。また、ムーディー・ブルース時代のどこか間の抜けたロックナンバー(例:『Bye Bye Bird』)とは違い、迫力満点です。デニーを「かっこいい!」と思える瞬間が、この曲を聴けば誰にでも訪れることでしょう。それくらい、デニーにしては真剣なロックなのです。

 しかし、ウイングス解散後のソロ時代の曲などを聴けば分かりますが、お世辞にもデニー1人ではどうも上質のアレンジで曲を聞かせることはできていません。これはデニーの才能の限界、といったところなのでしょうけど・・・。この曲も、自分がプロデュースした格好でソロで発表していたら、とてつもなく弱弱しい、いつものデニーの曲にありそうなものになっていたでしょう(汗)。しかし、そうはさせなかったのがウイングスのメンバーたち、そしてポールです。やはり相棒いてこそのデニー、といったところでしょうか。この曲を「デニーの最高傑作」に仕立て上げたのは、曲を作ったデニーよりも、プロデュースしたポールの貢献の方が実は大きいのかもしれません。(と言うとデニーの立つ瀬がなくなりそうですが)そして、ウイングスの演奏力が、一番大きな貢献をしたといえるでしょう。この曲が発表されたのは、1976年のアルバム「スピード・オブ・サウンド」です。当時のウイングスのメンバー全員がヴォーカルを取ったことで知られるアルバムです。この時期のウイングスはまさに絶頂期の5人編成で、ロック色が濃くなっていました。この曲がロックアレンジになったのも自然の出来事だったのです。以下、この曲の音作り・演奏について見てみます。

 曲はミドルテンポで、なぜかフェイドインで始まります。ジョー・イングリッシュがタイトで迫力あふれるドラミングを披露しています。それに絡まってくるのが、この曲最大の聴き所と称されるポールのベースです。重低音を効かせてうねるそのベースラインは、ウイングス時代のポールの名演に容易に挙げられるでしょう。ビートルズ時代は、他メンバーの曲で素晴らしいベースラインを披露していたポール、そのくせが出たのでしょうか。自作ではなくデニーの曲で素晴らしいプレイを披露したのです。「ポールのベースラインを聴くためにこの曲を聴け!」とよく評されるほどです(デニーの立つ瀬がないですが)。とにかく、このドラム&ベースのコンビが曲にヘヴィーな感じを出しています。そこに、ウイングスいちロックしていたジミー・マッカロクが間奏で泣きのギターソロを聞かせます。また、当時のライヴにも参加していた4人組によるブラス・セクションが、よりこの曲を重々しくさせています。独特の渋さも味わえます。オルガンがフィーチャーされているのにも注目。これはリンダさんでしょうか。まさに、バンドが一丸となってデニーの曲にロック・パワーを与えているといえるでしょう。ウイングス初の自作曲で、最高のアレンジ&名演を与えられるなんてデニーは幸せですね。ウイングスで、しかもこの時期のラインアップで演奏されて、初めてこの曲が名曲に輝いたと言っても過言ではないです。特に、ポールの究極ベースラインとジミー&ジョーのロック魂の貢献は大きいですね!

 そして、デニー本人も他のメンバーに負けてはいませんよ!!この曲では、力強いハーモニカを聞かせているのです!元々ハーモニカは上手なデニーはムーディー・ブルース時代にも『Bye Bye Bird』でめちゃくちゃなハーモニカを吹いていましたが、この曲ではそれとは違う、力強さの中に味わい深い演奏です。少しカントリー要素が混じって感じられるのは、デニーの作風とうまく作用しているのからかもしれません。イントロ・間奏で聴かれるソロは誰にも負けてはいません。・・・ということで、この曲はメンバー全員が力強い究極の演奏で貢献している、世にも珍しい曲と言えるでしょう。しかも、ポールの曲ではなくデニーの曲で実現しているのにはびっくりです。曲は最後は、不気味なアコーディオンのような音のソロを挟んで次の曲・・・ジョーが主役の『Must Do Something About It』に続きます。

 デニーのヴォーカルは、ここでも枯れた味わいを見せています。しかし、いつもながらの弱弱しいイメージはなく、デニーなりに最大限叫んでいます。デニーなりのロック、といったところでしょうか。ポールやジミーのような迫力こそありませんが、いつもよりはずっとかっこよく決まっています。それを応援するかのように、ポールやリンダさんがタイトルコールで一緒に叫んでいます。また、間奏後はウイングスらしい追っかけコーラスが入っています(リンダさんの声が目立って聴こえる)。演奏だけでなく、ヴォーカルも各メンバーが頑張っています(ジョーは歌っていなそうですが)。

 さて、アルバム「スピード・オブ・サウンド」が全米ツアーのためにレパートリーを増やすために急ごしらえで作られたアルバムというところからも分かるように、この曲もライヴでのデニーのレパートリーを増やす目的で録音されたのかもしれません。そして実際、この曲はアルバム発売後に行われた全米ツアーで演奏されました。ウイングス史上最高のツアーと評されるこの時の音源は、アルバム「ウイングス・USA・ライヴ!」で公式に発表されています。ここでは、スタジオ・ヴァージョンよりさらにロックに進化しています!ジョーのドラミングももっと力強くなっていますし、ポールのベースも「これでもか!」というほどにうなりまくっています。オルガンとブラス・セクションも入っていますが、あまり大きくミックスされていないせいか、ドラムとベース中心の重低音が強調された感じに聴こえてこれがまたヘヴィーでいい感じです。そして当のデニー本人といえば、ギターは弾かずにハーモニカだけを演奏しています。その姿は、まさに主役!ヴォーカルもラフに決まっています。ポールですらデニーのバックバンドに見えてしまいそうです。イントロではリンダさんとジミーを紹介していますし。『Go Now』と並んで、デニーのハイライトと言えるでしょう。

 このように、バンドが一体となって名演を披露、全米ツアーでも迫力ある演奏だった、デニー史上最高にロックしたこの曲をデニー本人も気に入っているようで、ウイングス解散後も何かにつけて取り上げています(『Go Now』ほどではないですが)。デニーのライヴに関してはよく知らないのですが、十八番みたいです。まあ、ウイングス時代の彼の曲で一番知られていますからね。2006年1月に、アラン・パーソンズと共に東京の「コットン・クラブ」で演奏した時には、ファースト・ナンバーとして取り上げられました。このライヴには、デニー好きを公言する私も行ってまいりました。アラン・パーソンズのゲストで来日という情報を得ていたので、ウイングスの曲は演奏しないんだなと思っていたので、この曲をはじめ多くのウイングスナンバーを目の前で演奏してくれた時は感動してしまいました!特にこの曲は、歓声と共にデニー@老眼鏡(爆)が登場した直後に演奏されたので印象的でした。全米ツアーと大体同じアレンジの演奏で、もちろんデニーはハーモニカを吹いていましたよ!私の行った公演では、間奏の時にハーモニカを落としてしまいましたが・・・(汗)。さすがに昔のようなシャウトは再現できていませんでしたが、デニーが健在だと確認できてうれしかった瞬間でした。なお、この時のレポートはこちらをごらんください。演奏後のMCでデニーはこの曲の収録アルバムを忘れていました。

 また、1996年にはウイングスナンバーのセルフカヴァーアルバム「アット・ザ・サウンド・オブ・デニー」の中でこの曲をセルフカヴァーしていますが、こちらはお世辞にもあまりよくありません。なんだかまとまりすぎているようで、ベースもグルーヴ感に欠けていますし、なんといってもデニーの声が出ていないのが悲しいです・・・。デニーがこの曲を、ウイングスを好きなことだけは分かりますが。まあ名も知れぬ演奏者たちと低予算で作ったから仕方ないのかもしれませんけど・・・。

 この曲は、とかくデニーの名曲と言えるでしょう。『Go Now』(カヴァーだけど)、『Mull Of Kintyre』『Again And Again And Again』『Say You Don't Mind』と肩を並べて、デニーの代表曲です。そして、デニーのロックする姿を垣間見ることができます。デニーは女々しくて嫌い、という方もこの曲を聴けば少し見方が変わってくることでしょう。また、デニーには不憫ですがウイングスのロックサウンドを堪能する上でも欠かせない1曲です。何しろ、各メンバー気合いの入った演奏ですから!特にポールのベースは彼のファンなら必聴です。デニーのハーモニカプレイも、この曲が最高です。別にセルフカヴァーの方は聴かなくていいので(爆)、「スピード・オブ・サウンド」か「オーヴァー・アメリカ」で聴いてみてくださいね!

 個人的には、敬愛するデニーの曲なのでやはり好きです。来日の時にこの曲を目の前で演奏してくれたことは一生の思い出です。ハーモニカを熱心に吹きながらシャウトするデニー@老眼鏡は、今でもまぶたの中に思い出されます。また来てくれないかなぁ・・・。

 走り書きしてしまったので、かなりめちゃくちゃな文章になっていましたらご容赦を・・・。とりあえずこれでおしまいです。「Jooju Boobu」本編の方はもう少しお待ちを・・・(汗)。

  

(左)アルバム「スピード・オブ・サウンド」。ウイングスのメンバー全員がヴォーカルを取った地味な一枚。デニーのヴォーカル曲は2曲収録。

(右)アルバム「ウイングス・オーヴァー・アメリカ」。1976年全米ツアーの模様を収録。デニーの『Time To Hide』や『Go Now』も収録。

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