Jooju Boobu 第106回

(2006.3.23更新)

It's Not True(1986年)

 今回より、再び私のお気に入り順に(時によって若干のずれはあるものの)ポールの曲を紹介してゆきます。今回より12曲は、私のお気に入りの第9層にあたります。第1回の『With A Little Luck』から比べるとそのお気に入り度は歴然としてきましたが、それでも最下位候補の「某曲」や「某曲」よりはずっとましなラインアップで、最近好きになった曲や、生産調整(爆)でここまで紹介できなかったお気に入りアルバムの曲なども含まれています。いわば「中レベル」の曲たちといえるでしょう。

 その中の先手を切るのが、もう何も言わなくてもお分かりでしょう、私のお気に入りアルバム「プレス・トゥ・プレイ」(1986年)の収録曲です。ポリスなどのプロデュースで知られるヒュー・パジャムを迎え、ポールらしからぬ打ち込みサウンドを多用した'80年代エレクトリック・ポップが一般リスナーどころか往年のファンのポール離れを引き起こし、今でも「最悪の駄作盤」と不当に称され続ける「影の名盤」(←私の持論)で、発売20周年にあたる今年に入ると当のポールからも「曲目を見ると、なんでこうなるんだ、と思ったよ」と見放された悲しいアルバムです。しかし、打ち込みサウンドがポールの毛色に合わなかっただけで、実際のところ曲自体はポップ・バラード・ロックすべてにポールらしさのあふれる佳曲ぞろいという、決して忘れてはいけない名盤なのです。

 このサイトをごらんの方ならご存知の通り、私が「ロンドン・タウン」と並んで大変お気に入りのアルバムで、既にこの「Jooju Boobu」でもほとんどの楽曲が語りつくされました。そして今回は、シングル「Press」のB面として発売された後、CD版「プレス・トゥ・プレイ」に収録された『It's Not True』をいよいよ語ります。力強いロッカバラードであるこの曲は、打ち込みサウンドが嫌われてあまり語られることのない曲ですが、実は非常にポールらしいよいメロディをしています。常のポールなら甘いバラードにしてしまうところをロックテイストをつけることで、歌詞にこめた思いを表現することにも成功していて、決してできの悪い曲ではないのです。むしろ「隠れた名曲」的な面もあります。

 この曲は発売にあたり、7インチシングルに収録されたヴァージョンと、12インチシングルに収録されたヴァージョンの2種類がありますが、今回は私が聴いたことのある後者を中心に語ってゆきます。前者は未CD化だからです。(実は、この事実こそ、この曲を誤解してしまう大きな要因なのですが・・・)

 アルバム「プレス・トゥ・プレイ」についての話は以前に散々やったので飛ばして、この曲は当時としては珍しいポールの単独作です。というのも、当時は10ccのエリック・スチュワートとタッグを組んでいろいろ曲を書いていたからであり、アルバム収録曲の半数ほどが2人の共作だからです。ポップ職人2人が寄れば相当メロディアスな曲が生まれますが、もちろんポール1人でもメロディアスな曲は書けます。今回の『It's Not True』も、元々はメロディアスなミディアムテンポのバラードでした。少しAORがかっているのは、当時の音楽的風潮にポールが影響されたのでしょう。『Only Love Remains』とか『Tough On A Tightrope』のようなバラードもそうですし。

 しかしポールは、レコーディング途中でこの曲をロックにアレンジし直します。この曲にとっては運命的な変化でした。カルロス・アロマーがハードなギターを加え、そこにジェリー・マロッタが力強いドラミングをのせれば、一気にパワフルなロッカバラードへと生まれ変わったのです。別段シンセや打ち込みを使用しているわけではないのですが、アルバムのカラーとあいまってエレクトリック・ポップ色が格段とつきました。この変化は、軟派から硬派へ転向して心機一転を図ろうとしたポールの考えを読みとることができます。普通にポップやバラードを発表しても、もはや売れないだろう、だったらロック風にアレンジすれば、流行に追いつけばヒットするのではないのか・・・。「パイプス・オブ・ピース」「ヤァ!ブロード・ストリート」の2枚で失敗したポールの一種の焦りが表れています。

 この曲は先に述べましたが、2種類のヴァージョンがあります。発売にあたっての経緯が複雑なので、まずそれを語ってしまいましょう。まずこの曲は1986年7月にシングル「Press」のB面として発売されたのですが、このシングルには7インチと12インチの2種類がありました。7インチに収録されたのがオリジナルで、4分ちょっとの演奏時間です。一方の12インチには、ジュリアン・メンデルソンによるリミックス・ヴァージョンが収録されました。こちらは6分近くもの演奏時間があります。続いてこの曲は、アルバム「プレス・トゥ・プレイ」発売にあたりCD版のみのボーナス・トラックとして『Write Away』『Tough On A Tightrope』と共に収録されました。この時は、この曲だけオリジナルではなくリミックス・ヴァージョンが収録されています。そして時代が経ち、現在のCD「プレス・トゥ・プレイ」にはリミックス・ヴァージョンがそのまま収録され、元々オリジナルだった7インチヴァージョンは今なおシングルのみでしか聴けない未CD化ナンバーという結果になっています。

 これが何を意味しているのか、といえば現在聴くことのできるこの曲はリミックス・ヴァージョンなのです!つまり、私達は実質的にリミックスでこの曲のよさを判断しなければならないのです。オリジナルは聴くことが極めて困難なのです。リミックスは、曲をいじくりまわして「おまけの遊び」といった感の強いヴァージョンで、オリジナルに比べると劣る場合が多く、この曲の場合リミックスだとエンディングがやけに引き伸ばされて明らかに質を落としています(オリジナルを聴いていないので断言はできませんが)。リミックスを聴いた私達は、「この曲は退屈で、よい曲ではない」と思います。しかしそれはあくまでリミックス。この曲の本当のよさは未CD化の7インチヴァージョンを聴かねば分からないのです。この曲のよさを誤解してしまう現行のCDに、少しながら疑問が残ります。私みたいなPTPファンはいいんですけど、初心者にとっては誤解を招く仕様です。なんでアルバムにリミックスを入れたんだろう・・・。

 というわけで悲しくもオリジナルは入手困難、リミックスだけが世に広まり「質の悪い曲」と誤解されているのですが、そのリミックスの曲の感じを語りましょう。いきなりドカドカしたドラムスから始まり、「いかにもリミックス!」といった感じです。大げさにエコーのついたコーラスも、リミックスにしかないものだそうです。そして、それが途切れるとエレピをバックにヴァースが始まります。この辺のミックスの仕方も実にリミックス的。ヴォーカル、ドラムスといった音処理もどこか冷たく感じられます。サビの部分で力強い演奏になりますが、ここにも冒頭のエコーつきコーラスが入ります(これもオリジナルにはない)。そして間奏は、オリジナルにはないサックスが入っています。これだけは成功したアレンジで、AOR風味をうまく引き出していると思います。後半になると、シンセサイザーの音が印象的です。ちょっと冷たい感じもしますが、感情を込めたヴォーカルとあわせてちょっと不気味な感じが出ていいです。そして最後が・・・リミックスらしく延々とサビのインストが続きます。大げさエコーのコーラス“It's not true,oh oh”も延々とフィーチャーされていて、「まだ終わらないのかい!」といった感じになるでしょう(私は全然気になりませんが)。そして何度目かの“It's not true”で曲が終了・・・と思いきや数秒後に“Oh oh”が突如現れてこれで終了。いかにもリミックス的な終わり方です。

 という風に、今聴かされているリミックスはいかにも、といった感じのアレンジ(特にイントロ、アウトロ)が顕著で、こういうアレンジが嫌いな方にとってはなじまないでしょう。しかしそれで引いてしまったらいけません。これは「リミックス」と考えた上で、いろんな楽器に耳を澄ませてみましょう。ドカドカしているドラムスはあまり褒められたものではありませんが(私は好きですが)、間奏のサックスなんか実にムーディーじゃないですか。これはオリジナルにはないのでこの点リミックスの方が勝っています。退屈するアウトロも、ハードなギターを聴いてみましょう。ただし、オリジナルではカルロス・アロマーのギターソロがより多くフィーチャーされているそうです。そして何よりも聴き所はベースラインでしょう!もちろんポール本人の演奏ですが、これが実にメロディアス。ベーシストとしてのポールの魅力を堪能できる1曲です。つまらなくなった時には、ぜひベースラインに耳を傾けてみてはいかがでしょうか。

 ちょっとしたバラードからロックへと変貌したこの曲。メロディのよさは埋もれてしまったものの、この変化は歌詞を表現するにはもってこいだったかもしれません。タイトルはその名の通り「それは本当のことじゃない」。曲中に登場する「彼女」を悪く言う世間に対してのコメント、といった感じですが、明らかにこれは愛妻リンダさんのことでしょう。古くはフィアンセのいたポールと結婚しビートルズから遠ざけた張本人として非難され、夫とステージに立つこともフェミニストから非難されたリンダさん。いろいろ彼女を悪く言い立てるマスコミ集団に対し、ポールはこの曲を通じて反論したのです。「彼女がメロディを書くのを手伝ってくれれば、いい曲ができる」というくだりは、まさにポールの作曲活動を支えてきたリンダさんそのものではないでしょうか。

 そんな意思表示を、ポールは力強く歌い上げます。曲のロック色が濃くなったことでその感情をより強く表現できています。'80年代以降ロック・ヴォーカルを披露することの少なくなったポールが、この曲をはじめ「プレス・トゥ・プレイ」収録曲の随所でシャウトを聴かせてくれるのはうれしいことです。この曲では、節(メロ)の部分はせつなく、サビでは力強く歌うパターンが取られています。音処理のせいか少し冷ややかな感じも否めませんが、せつない中にも感情的な一面が読みとれる、そんな歌い方です。特に間奏後の第3節はシンセもあいまって心を揺さぶる歌い方です。延々と続くアウトロではついにシャウトを始めます。これが分かりやすくて結構面白い(爆)。個人的には、“Don't you know it isn't true?”の部分の歌い方が面白いです。“No saying what she may do”や“Some people say I don't love her”も面白いですね。オリジナルにはバッキング・ヴォーカルは入っていないと思いますが、リミックスには散々述べましたエコーつき大げさコーラスがイントロ・サビ・アウトロに入っています。個人的には好きです。

 ブート盤では、ロッカバラードになる前のこの曲を聴くことができます。当サイトでも紹介している「The Alternate Press To Play Album」とか、ブートの名盤「Pizza And Fairy Tales」などに収録されています。まだAORバラード色が強いシンプルな初期テイクで、演奏時間も3分ちょっとと短めです。ギターはまだ入っていなく、エレピとベース、ドラムスが淡々と演奏されるだけの、ある意味緊張感のないテイクです。ポールのヴォーカルも発表されたヴァージョンのような感情的な歌い方はまだしていません。シンプルな分、この曲のメロディのよさ・ベースラインの魅力に浸るにはうってつけです。ちなみに、このテイクにはサックスがフィーチャーされています。まだ試し録りといった感じの演奏ですが・・・。もちろん正規に手に入れることはできませんが、この曲の本当のよさが知りたい方はぜひ調べてみてください。

 この曲は、個人的には「プレス・トゥ・プレイ」の中ではそんなに好きな曲ではないです。とはいってもポールの曲全体で比べると非常に高い水準ですし、なんといっても「プレス・トゥ・プレイ」収録曲ですから!(爆) 最近ブート収録の初期テイクを聴きだしてもっと好きになっています。やっぱりメロディがいいですね。こんなにポールらしいメロディなのに、なんで注目されないのかと思いますね。この曲のみならず『Only Love Remains』とか『Write Away』とか『Tough On A Tightrope』とか、典型的なポールファンの好きそうな曲がごまんとあるのに・・・。やはり「駄作」という不当なレッテルと、「打ち込み」という先入観でみんな判断してしまうのですね。だとしたらすごく悲しいことです。まぁこの曲の場合、実質的にリミックスしか聴くことができないというのは問題ですが。やはり、未CD化のヴァージョンやアウトテイクももれなく収録した「プレス・トゥ・プレイ」3枚組限定版を発売しなければ・・・。発売20周年で時期的にはちょうどいいんですけどね。当のポールがこの先入観に囚われているからなぁ。もったいないです。

 私もリミックスしか聴けていないのですが(初期テイクは聴けていますが)、打ち込みや大げさなリミックスにある程度許容できる私にとっては意外と楽しめるリミックスだったりします。大げさな部分は味わうのではなく面白おかしく聴いています。歌い方とか最後のシャウトとか面白くて仕方ない(爆)。最初聴いた時は冒頭のドカドカドラム+大げさコーラスから冷ややかなヴォーカルに入る瞬間にドキッとしてしまいました。この不気味な悪寒は、私にとってはビートルズの『Don't Let Me Down』を最初に聴いた時以来のことでした。『Don't Let Me Down』も、暗い感じの音の中を同じ歌詞の繰り返しやエレピの音に不気味さを感じたものですが、こちらはリミックスとあって(不気味さをわざと出しているので)それ以上の驚きでした。エンディングの数秒空いての意外な終わり方も、すごくインパクトありました。おかげで、次の『Tough On A Tightrope』がえらく心に残らなかったのを覚えています(今では思い入れは逆転していますが)。そんなこんなで、個人的にはこの曲は不気味さを今でも感じています。この曲がひどく音飛びしたこともありますし。(←「プレス・トゥ・プレイ」の聴きすぎが原因)

 さて、熱く語りすぎてしまいました。このコラムに未登場の「プレス・トゥ・プレイ」の曲はボーナス・トラック含めてもあと2曲となってしまいました(すごい!)。某「S」と某「OUALA」です。最初と最後と言った方が分かりやすいでしょうか(爆)。この2曲はいつ出てくるのでしょうか・・・。

 そして次回紹介する曲のヒントは・・・「アメリカではA面に」。1974年か1977年か1983年か・・・!?お楽しみに!

  

(左)シングル「Press」。7インチにオリジナルヴァージョン(未CD化)、12インチに現在アルバムで聴くことのできるリミックスを収録。

(右)アルバム「プレス・トゥ・プレイ」。今年で発売20周年!今なお不当なレッテルを貼られたままの影の名盤。打ち込みサウンドの奥にポールらしさが眠っています。

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