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このアルバムの収録曲中、ポールの自作曲は10曲です。残る7曲はカヴァー曲です。14のみ、ヘイミッシュ・スチュワートがヴォーカルを取っています。
このアルバムは、1991年1月25日にロンドンのライムハウス・テレビスタジオで収録されたMTVの音楽番組「アンプラグド・ショー」にポール・マッカートニーが招かれた時の音源を収録しています。2時間半に及んだこの番組では22曲が演奏されましたが、ここにはそのうちの17曲を収録しています(収録漏れとなった曲のうち、『今日の誓い』『ミッドナイト・スペシャル』は1993年のシングル「バイカー・ライク・アン・アイコン」に収録された)。曲順は公式発表の際にランダムに入れ替えています。ポールの場合、通常この手のTV番組の音源は公式発表されることはなく、「ジェームズ・ポール・マッカートニー」「アップ・クローズ」など非正規の海賊盤(ブートレッグ)で流通している状態ですが、この「アンプラグド・ショー」は、そうした事実を茶化したかのように「公式海賊盤(The Official Bootleg)」の副題をつけて公式発売されました。ジャケットは1988年にソ連限定で発売されたロックンロール・カヴァーアルバム「バック・イン・ザ・USSR」に似たデザインで、続編と位置づけているようです。
番組に参加したのは、ポールの他に妻のリンダ(オルガン)、ロビー・マッキントッシュ(アコースティック・ギター)、ヘイミッシュ・スチュワート(アコースティック・ベース)、ポール・“ウィックス”・ウィッケンズ(ピアノ、アコーディオン)、ブレア・カミンガム(ドラム)と、後に1993年のワールド・ツアーのツアーバンドとなるラインアップです。ブレア以外は1989年の「ゲットバック・ツアー」以来ずっとポールと演奏を続けてきただけあって、さすが息の合った演奏を聞かせてくれます。「Unplugged(=プラグを通さない)」というタイトルから分かるように、すべての楽器がアコースティックで使用されています。これは番組の趣旨あってなのですが、普段のバンド・スタイルとは異なる、温かみあふれるシンプルな演奏をライヴで堪能できるのです。
興味深いのは演奏された曲です。このアルバムに収録された曲のうち、ポールが書いた曲は10曲ですが、6曲をビートルズ・ナンバーが占めています。『恋を抱きしめよう』『シーズ・ア・ウーマン』など、この時にビートルズ以来の初披露となった曲もあります。ソロ時代の曲は3曲で、すべてファースト・ソロアルバム「マッカートニー」より。ポールがこのアルバムを気に入っていることが分かります。ウイングスの曲はありません。また、ポールが初めて書いた曲『アイ・ロスト・マイ・リトル・ガール』が披露されています。残る7曲はスタンダード・ナンバーのカヴァーで、ポールの興味がうかがえます。『エイント・ノー・サンシャイン』のみ、ヘイミッシュがヴォーカルを取っています。曲間には番組中のMCがそのまま収録されていて、あたかもポールたちが目の前にいるかのようです。各曲のエピソードについて話したり、ジョークを飛ばしたりとユーモラスな面を垣間見ることができます。
このアルバムは、基本的にはオリジナル・アルバムとは呼べない性質のため、ポール初心者の方にいきなり買えとは言えません。しかし、オリジナル・アルバムを揃え、ライヴ・アルバムなどに手を出すようになってからはマストアイテムになります。マニアックなブート盤では多種多数流通していますが、ポールが出演したTV番組の音源集で公式に入手できるのは、このアルバムだけだからです。全編アコースティックに演奏している点もポイントで、通常のコンサートではあまり見せないポールの違った魅力を知ることができます。特に、1989年から1993年までのツアーバンドによる演奏が好きな方には必需品です。選曲も、当時のポールの趣向が分かり、興味深いものがありますよ。ビートルズが好きな方には6曲のビートルズナンバーが魅力的でしょう。このアルバム、「バック・イン・ザ・USSR」よりはお勧めできます。
なお、「アンプラグド・ショー」の映像版は、2007年のプロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years(ポール・マッカートニー・アンソロジー)」を皮切りに一部が公式ソフト化され始めていますが、いつか全曲を完全収録した形で発売してほしいと願わんばかりです(アルバムの方も一部収録漏れだし・・・)。
1.ビー・バップ・ア・ルーラ・・・オリジナルはジーン・ヴィンセント(1956年)。ジョン・レノンも1975年にアルバム「ロックンロール」でカヴァーした。それを意識してか、実際の曲順とは異なりアルバムの冒頭に収録している。ジョンのヴァージョンは荒々しいが、ポールの方はどこか気だるい。
2.アイ・ロスト・マイ・リトル・ガール・・・ポールが14歳の時に初めて書いた曲で、シンプルなポップ・ナンバー。ポールの敬愛するバディ・ホリーを意識して書かれたためか、ここではバディ独特の「しゃっくり唱法」が登場する。この他にもピアノ・デモの録音が残っているが、公式発表されたのはこのヴァージョンのみ。
3.ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア・・・ビートルズの1966年のアルバム「リボルバー」収録のポール作のバラードの名曲。アコースティックにぴったりの1曲だ。ウィックスがアコーディオンを弾いている。1984年のサントラ「ヤァ!ブロード・ストリート」に次ぐ再演で、1993年のツアーではこのアルバムと同じラインアップで演奏している。
4.ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー・・・オリジナルはビル・モンロー(1946年)。エルビス・プレスリーもカヴァーしている。ここでは前半はオリジナルに近いカントリー風に、後半はエルビス風のアップテンポで演奏。初期ウイングスのライヴで披露したこともある。
5.恋を抱きしめよう・・・ビートルズ時代の1965年にシングル発売されたポールとジョンの共作曲。ここではウィックスがアコーディオンで、ヘイミッシュがハーモニーで参加。ポールが歌詞を間違えたためやり直しているが、直前のMCからやり直しているのが面白いです。「アンプラグド・ショー」の演奏を集めたオムニバス盤にも収録された。ポールは1993年のツアーでもこの曲を演奏した。
6.サンフランシスコ・ベイ・ブルース・・・オリジナルはジェシー・フラー(1960年)。ロビーのスライドギターが印象的。
7.夢の人・・・ビートルズの1965年のアルバム「4人はアイドル」に収録されたポールのフォークナンバー。1975〜1976年のウイングスのツアーでも取り上げられていたが、ここではオリジナルに忠実なアレンジ。
8.エヴリ・ナイト・・・ポールのファースト・ソロアルバム「マッカートニー」(1970年)に収録された曲で、1979年のウイングスのツアーや2002年のツアーで演奏しているほどポールお気に入りの1曲。ここではアコースティックな感じ漂うスローなアレンジ。
9.シーズ・ア・ウーマン・・・ビートルズのシングル「アイ・フィール・ファイン」(1964年)のB面曲。オリジナルと全く異なるアレンジで演奏されている。2004年のツアーでも演奏された。
10.ハイヒール・スニーカーズ・・・オリジナルはトミー・タッカー(1964年)。ポールの力強いヴォーカルを聴くことができる。
11.アンド・アイ・ラヴ・ハー・・・ビートルズのアルバム「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」(1964年)収録のポール作のバラード。オリジナルよりスローで、ピアノがフィーチャーされている。ヘイミッシュとのハーモニーが美しい。2009年にセットリストに復活した。
12.ザット・ウッド・ビー・サムシング・・・アルバム「マッカートニー」収録曲で、ライヴで披露するのはこれが初めて。オリジナルはすべて低音で歌われていたが、ここでは高音も聴かせる。
13.ブラックバード・・・ビートルズのアルバム「ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)」(1968年)収録の、ポールが1人で弾き語りした自作曲。ウイングス以来のポールの十八番で、ここでも大きな盛り上がりを見せている。直前のMCではADの女性が「blackboard(黒板)」と呼び間違えたのをしきりにネタにしていて面白いです。
14.エイント・ノー・サンシャイン・・・オリジナルはビル・ヴィザーズ(1971年)。この曲のみヴォーカルはヘイミッシュ・スチュワート。ポールがドラムを演奏するなど、この曲のみメンバーの担当楽器が大幅に変わっている。レゲエ風に調理しているのはポールらしいですね。1993年ツアーでも同じ面子で演奏された(ドラムはポール!)。
15.グッド・ロッキン・トゥナイト・・・オリジナルはロイ・ブラウン(1948年)。1993年のツアーのセットリストに加えられるほどのポールのお気に入りソング。
16.シンギング・ザ・ブルース・・・オリジナルはガイ・ミッチェル(1956年)。実際の番組では最後に演奏されただけあって観客の手拍子が印象的。間奏のポールの口笛、ウィックスのホンキー調のピアノソロが面白い。
17.ジャンク・・・アルバム「マッカートニー」収録曲。ただし、オリジナルでは「シンガロング・ジャンク」と題されたインスト・ヴァージョン。