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1996年に発売された元ウイングスのデニー・レインのアルバム。ウイングスおよびポールへのトリビュートという形で、ウイングスやポールの曲をカヴァーしています。収録曲14曲のうち、10曲がウイングスの曲。うち2曲はデニーの自作、3曲はデニーとポールの共作、5曲はポールの作品です。さらに、ビートルズ時代のポールの曲『ブラックバード』もカヴァーしているので、このアルバムでのポールの曲のカヴァーは6曲になります(共作除く)。
デニー・レインといえば、結成から解散までウイングスに所属していたことで知られています。相次ぐメンバー脱退の中でもポール&リンダと共にバンドを影から支えてきた「ウイングス第3の男」ですが、意外とその功績はポールの陰に隠れて知られることがありません。また、ウイングス解散後の活動があまりにも地味だったため、今では存在感を失っている人でもあります。
しかし、デニーがウイングス、ポールにとって欠かせない人物であったことは確かです。前述の通りバンドに残り続けたこともそうですが、彼はジョン・レノンに次いで多くポールと共作した人物であり、ことに1977年〜1978年には彼お得意のフォーク・ソング(民謡)風の曲を大量に発表し、ウイングスの一時代のサウンドを担っています。また、自作曲を発表したり、ヴォーカル曲があったりとポールの歴史、ことにウイングスの歴史を語る上で彼は鍵となる人物なのです。またポールとデニーは気が合い、ポールはデニーに絶大な信頼を置いていたそうです。このことからも、たとえ一時期でもポールにとってデニーは重要人物だったのです。
そんなデニーが、ウイングス解散からだいぶ経って発表したこのカヴァー集。録音したのは彼のアルバム「リボーン」(1996年)の後だったそうです。彼のファンの間ではこのアルバムのリリースへの要望が強かったのですが、当初デニーは乗り気ではなく、この曲目でツアーを行い反響がよかったので録音することにしたそうです。プロデューサーはブライアン・アダムス。演奏にはポールはじめウイングスの関係者は不参加。リリースは国によってまちまちで、ジャケットや曲順も国によって異なります。
さて肝心のカヴァーされた曲ですが、バンドサウンドで演奏した2・5・6・10・14はウイングス時代に比べると若干迫力・演奏の技巧は落ちますが、それでも'70年代を飾った男の栄光を感じさせます。それよりも、彼らしいフォーク・ソングのアレンジがされた残りの曲は彼らしく調理されています。どのように変わったかは各解説にゆだねますが、主にアコースティック・ギターによる弾き語り(3・4・7・8・12・13)と、フィドルをフィーチャーした半バンド・サウンド(1・9・11)に分けることができます。ことにデニーの能力が存分に発揮されたアルバム「ロンドン・タウン」の時代の1・3・11辺りはさすが彼にはまっています。ポールがデニーにプレゼントした8・13もはまっていることを考えると、ポールはデニーの得意分野をよく知っていたといえるでしょう。
しかしながら、デニーのやる気がいまいちなかったせいか、このアルバムのできは不十分と言えます。演奏者もウイングスに比べると知名度でアリと象ほどの差がありますし(苦笑)、演奏も決してよいとは言えません(むろんデニーのギターを除く)。低予算で作られたとの噂もあるほどです。また、年をとってデニーの声がかすれてしまっているのも不安材料。ほとんどがオリジナルよりシンプルになっていることもあり、あの栄光のウイングスをイメージして聴くと裏切られます。
とはいえ、デニー好きの人・アイルランドやスコットランドの伝統音楽が好きな人・アルバム「ロンドン・タウン」が好きな人にとっては恐らくはまるアルバムといえるでしょう。そして何より、デニーのポールやウイングスへの愛情がよく伝わってきます。私は「ロンドン・タウン」やデニーの好きな人ですが、彼独特の枯れた味わいの魅力を再確認できましたよ。フィドルのアレンジも新鮮でどこか懐かしい感じですし。現在手に入れることが不可能に近いCDですが(私も苦心の末ようやく・・・)、興味を持った方は探してみてはいかがでしょうか。
1.夢の旅人・・・デニーとポールの共作。オリジナルは1977年にウイングスのシングルで発売、英国で爆発的に売れた。オリジナルのバグパイプのかわりに、ここではフィドルを使用。もともとはスコティッシュワルツだが、ここではアイルランド民謡のようだ。デニーも楽しそうに歌ってます。
2.やすらぎの時・・・デニーの曲で、オリジナルは1976年のウイングスのアルバム「スピード・オブ・サウンド」で発表。ここでもオリジナルと同じバンドサウンドだが、絶頂期ウイングスに比べると若干色あせる。特にオリジナルではポールがうなるように聞かせたベースは圧倒的に差がある。しかし、さすがデニーの名曲。ドラムスは個人的にはこちらの方がいいかも。
3.チルドレン・チルドレン・・・デニーとポールの共作。オリジナルは1978年のウイングスのアルバム「ロンドン・タウン」で発表。ここではギター弾き語りとなっているが、味わい深い。
4.ブラックバード・・・ポールがビートルズ時代の1968年に「ホワイト・アルバム」で発表した曲。ウイングスのレパートリーにもなっていた。オリジナル同様のギター弾き語りで、デニーが歌うとこうなるのか〜と思わせる。ポールへの敬愛が感じられるカヴァー。
5.心のラヴ・ソング・・・ポールの曲で、オリジナルは1976年のウイングスのアルバム「スピード・オブ・サウンド」で発表した大ヒット曲。バンドサウンドをバックに、デニーはかなりのびのびと歌っている。第2節の歌詞が若干違う(「she」と「you」)。サウンド、コーラス含めオリジナルよりは劣化している・・・?
6.ゴー・ナウ・・・デニーがウイングス加入前に所属していたバンド、ムーディー・ブルースのレパートリーとしていた曲で、ムーディー・ブルースによるカヴァーはナンバー1ヒットとなっている。ウイングスのライヴにも採用され「ウイングス・オーヴァー・アメリカ」に収録。ここでもバンド・サウンドでの演奏。デニーの十八番ですな。
7.アゲイン・アンド・アゲイン・アンド・アゲイン・・・デニーの曲で、オリジナルは1979年のウイングスのアルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」で発表。オリジナルはバンド・サウンドによるポップだったが、ここではギター弾き語り。デニーらしい味があふれていますが、個人的にはオリジナルの方が好きだなぁ。
8.ピカソの遺言・・・ポールの曲で、オリジナルは1973年のウイングスのアルバム「バンド・オン・ザ・ラン」で発表。オリジナルでは第1節をデニーが歌っていた。オリジナルはかなり複雑な構成だが、ここではシンプルな弾き語り。もともとデニーの声質に合っている曲なので、よくはまっています。
9.あの娘におせっかい・・・ポールの曲で、オリジナルは1975年のウイングスのアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」で発表。オリジナルは完璧ポップだが、こちらはフィドルをフィーチャーしたのどかな感じの半バンド・サウンド。あまりにもの変貌ぶりに笑ってしまいます。タイトルも「Listen To What The Man“Says”」だし(笑)。ちょっとヴォーカルが・・・(苦笑)。
10.セイ・ユー・ドント・マインド(構わないと言って)・・・デニーの曲で、オリジナルはエレクトリック・ストリング・バンド在籍中の1967年に発表。ウイングス活動停止後の1980年にアルバム「ジャパニーズ・ティアーズ」でもリメイクされている。ここではフィドルをフィーチャーしたバンド・サウンドで、ある意味1967年のオリジナルに近いアレンジ。デニーらしいポップな曲で気に入っています。
11.子供に光を・・・デニーとポールの共作で、オリジナルは1978年のウイングスのアルバム「ロンドン・タウン」で発表。パーカッションにのせ、オリジナルのスパニッシュ・ギターの代わりにフィドルを使用。さすがデニーは歌いこなしていて、シンプルなのが心地よいです。しかしこのフィドル、お化けが出そうなおどろおどろしい感じ・・・。
12.愛はこれほど・・・これもムーディー・ブルースのレパートリーだった曲。1965年のムーディー・ブルースのアルバム「ムーディー・ブルース・ファースト・アルバム」にも収録。ギター弾き語りで聴かせます。
13.君のいないノート・・・ポールがデニーにプレゼントした曲で、オリジナルは1976年のウイングスのアルバム「スピード・オブ・サウンド」で発表。当時のヴォーカルもデニー。オリジナルはバンド・サウンドだが、こちらはギター弾き語り。この曲はこっちの方がよかったかな、と思うほど味わい深くなっています。
14.バンド・オン・ザ・ラン・・・ポールの曲で、オリジナルは1973年にウイングスの同名アルバムで発表した大ヒット曲。コピーバンドのようにオリジナルに忠実な演奏だが、オリジナルに比べると明らかに弱い。ただし、ドラムスはオリジナルのスタジオ録音よりは勝っているかも。