London Town Sessions
(2008.5.18更新)
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ウイングスのアルバム「ロンドン・タウン」(1978年)。落ち着いた感じの作風と、当時大ヒットにつながらなかったことから、ウイングスの諸作品の中でも地味な存在として語られることの多いアルバムです。しかしながら、ポールの英国回帰路線と、デニー・レインとの共作の大きな貢献により、英国・アイルランドの伝統音楽(トラッド)風の佳曲が散りばめられた「ロンドン・タウン」は、ポールをよく知るファンの間では「癒し系」のアルバムとして隠れた人気を放っています(私もそのひとりです)。突出したヒット曲は少ないですが、絶頂期ウイングス最後の栄光を感じさせるバンド・サウンドと、ポール&デニーのタッグによるプライベート・サウンドの融合した、独特の空気感を味わえます。
その「ロンドン・タウン」のレコーディング・セッションは、よく知られるように様々な紆余曲折を経て行われ、比較的長期間に及びました。そのため、多くの未発表曲や未発表テイクが残されています。一連のセッションをざっと分けてみても、最初期のアビーロード・スタジオでのセッション(『London Town』などを録音)、有名な洋上セッション(『With A Little Luck』などを録音)、キャンベルタウンでの『Mull Of Kintyre』レコーディング、2人のメンバーの脱退後の一連のレコーディング(『Backwards Traveller』などを録音)、といった風に様々なセッションがあり(厳密には6つに分けられる)、時・場所によりいろんな音源が残されています。これに1977年初頭のホーム・レコーディングを加えると、「ロンドン・タウン」期の未発表音源は結構な数にのぼります。
ブートでは、「ロンドン・タウン」セッションもののアルバムがいくつか出ていますが、膨大な量の音源を一手に集めるのはなかなか困難ですし、集めた所でいっぺんに聴くとつらい所もあります。3枚組アルバム(「Water Wings」)も出ていますが、相当なファンでなければとっつきにくい内容も多々あります。そこで、一連のセッションから有名どころの音源を適度にピックアップしていてお勧めなのが、この「London Town Sessions」(misterclaudelレーベル、mccd-04)です。
本ブートは、1枚組CDいっぱいの演奏時間に、20曲の音源を詰め込んでいます。そのことからも分かるように、このブートでは「ロンドン・タウン」セッションの全音源のうちほんの一部しか収録されていません。そのため、「ロンドン・タウン」好きな方には物足りないかもしれません(そういう方は「Water Wings」をお勧めします)。しかし、必聴音源をダイジェストで収録しているため、セッションの全体像が分かりやすい構成になっており、アルバムをそれほど聴き込んでいない人にもとっつきやすい内容となっています。このブートでは、主に「洋上セッション」音源と「キャンベルタウンでのデモ・レコーディング」音源を収録しています。
ブートの前半は、5人編成だった頃のウイングスがヴァージン諸島に浮かぶヨットで録音した洋上セッションで取り上げた曲が中心となっています。オーバーダブを加える前のラフ・ミックスや、リハーサル・テイクが中心ですが、中でも歌詞が未完成の『I've Had Enough』や、アコギ完全弾き語りの『I'm Carrying』、ポールとデニーのヴォーカルが分離された『Deliver Your Children』は聴き所です。『Find A Way Somehow』はデニーのヴォーカルによる未発表曲。いずれも、アルバム制作の舞台裏を垣間見るようで興味深いです。また、『London Town』『With A Little Luck』『Mull Of Kintyre』『Girls' School』は、当時のプロモ・エディットを収録しています。うち、『London Town』のエディット・ヴァージョンは他のブートでもなかなか入手できないレアもの。初回版CDのみ収録の『Girls' School(DJ Edit)』も、ここで入手してしまいましょう。CD前半で、音源同士がクロスフェードでつながるように編集されているのは難点でしょうか。
ブート後半は、一転して『Mull Of Kintyre』レコーディング前後のデモ・テイクを収録しています。ここでのお勧めは、なんといっても『Backwards Traveller』の初期テイクです。公式テイクは1分に編集されていますが、ここでは3分半ほどの演奏で、ファルセット・スタイルを堪能できます。また、ファンの間では有名な未発表曲『Waterspout』『Boil Crisis』や、歴史的大ヒット『Mull Of Kintyre』の初期テイクなど、ポールの気ままなデモ・セッションの雰囲気を味わうことができます。デモ・テイクのため完成度は高くないですが、ポールの作曲過程を知ることができる貴重な音源です。
このブートは、「ロンドン・タウン」セッションもののブートとしては、初心者向けとしてお勧めできます。あまりディープに聴かない方には最適です。ディープな「ロンドン・タウン」マニアの方には、「Water Wings」をお勧めします!
このブートで特にお勧めする音源は、『I've Had Enough』の初期テイクと、『Backwards Traveller』の初期テイク・完全版です!
1.London Town
「ロンドン・タウン」のタイトル曲で、アルバムからの第3弾シングル。「ロンドン・タウン」セッション最初期に当たる、アビー・ロード・スタジオで録音された。この曲のアウトテイクはリハーサル音源(一部のみ)しか発見されていなく、ここにはラジオ向けに制作されたプロモ・エディットを収録。間奏がカットされていて、まったり聴いていると「あれっ?」と思ってしまいます。このショート・ヴァージョンは、「Water Wings」など他のブートでも入手できないレア音源で、そういう意味で注目です!
2.Cafe On The Left Bank
「ロンドン・タウン」収録曲。この曲から『Morse Moose And The Grey Goose』までは、ヴァージン諸島での洋上セッションより。この曲はラフ・ミックスを収録。全体的には公式テイクと大差ないが、ミックスがかなり大雑把で、パーカッションやコーラスの聴こえ方が違う。いかにも本番前といった感じの、気の抜けたポールのヴォーカルやリンダのコーラス(もちろん公式テイクではカット)が微笑ましいです。
3.I'm Carrying
「ロンドン・タウン」収録曲で、ポール単独の録音。オリジナルには美しいギズモ(ストリングス風の音色を出すギター・アタッチメント)がオーバーダブされているが、ここでは完全アコギ弾き語りのテイクを収録。この曲のメロディの美しさを純粋に楽しめる、聴き応えあるヴァージョンです。
4.I've Had Enough
「ロンドン・タウン」収録曲で、アルバムからの第2弾シングル。公式テイクのハードな雰囲気は見られない、気だるい感じの軽く流した演奏を収録。しかし、この時点で曲構成や間奏のギター・ソロなどのアレンジが決まっているのは興味深い。ポールは歌いながら曲構成を指示している。中でも注目なのが歌詞で、ここではサビを除いて全く完成していなく、ポールは適当な歌詞や「ナナナナー」といったハミングをつけている。とりわけ面白いのが間奏後のハーフ・スポークンの部分で、公式テイクとは全く違う。「It isn't milk shake, honey」という一節が唐突で面白いです(笑)。ポールが「歌詞はロンドンに戻ってから書き上げた」というコメントを残していますが、それを裏付けるアウトテイクです。個人的には(曲自体もそうですが)お気に入り&お勧めのアウトテイクです!なお、このブートでは、この曲まではすべてクロスフェードでつながっているのが残念。
5.With A Little Luck (Rough Mix)
「ロンドン・タウン」収録曲で、アルバムからの先行シングルとなったヒット曲。ここでは、ドラムマシーンをバックに演奏されたアウトテイクを収録。シンセを多用したオリジナルに比べるとはるかにシンプルなアレンジで、ユニークなコーラスもまだ入っていない。ポールのヴォーカルも、後半アドリブを交えたシャウト風のアレンジは聴かれない(間奏含め後半も普通に歌っている)。しかし、『I've Had Enough』と同じく全体的な曲構成・アレンジは既に決まっているのが興味深い。個人的に一番好きなポールの曲ですが、シンプルなアレンジのこのヴァージョンも違った味わいがあってお気に入りです。
6.With A Little Luck (Promotional Edit)
『With A Little Luck』の、ラジオ向けに制作されたプロモ・エディット(DJエディット)。間奏などを大幅にカットして約半分の長さに編集したもの。このショート・ヴァージョンは「オール・ザ・ベスト」(米国版)及び「ウイングスパン」でCD化済み、容易に入手できます。スティーブ・ホリーのウイングス初仕事となったプロモ・ヴィデオもこのヴァージョンです。オリジナルのロング・ヴァージョンももちろんですが、このショート・ヴァージョンもお気に入りです。まぁ、曲自体一番好きなポールの曲ですから、どう転んでも悪くなるはずがありません(笑)。
7.Famous Groupies
「ロンドン・タウン」収録曲。ここではリハーサル・テイクを収録。ポールのヴォーカルがオリジナルに比べかなりリラックスしていて、緊迫感は大幅に薄れている。最後の台詞も完成こそしているものの気が抜けています。ポールは『I've Had Enough』に続きこの曲でも曲構成を指示(「Pause!」と言っている)。コーラスも入っていなく、間奏・エンディングでは代わりにコーラス風のシンセが聴かれます(公式テイクでも隠し味で入っているかも?)。その他、歌詞に合わせて挿入される楽器がまだ入っていない。
8.Deliver Your Children
「ロンドン・タウン」収録曲。ジミー・マッカロクとジョー・イングリッシュのウイングス脱退後に仕上げられた曲で、ここではラフ・ミックスを収録。共作者のデニーとポールのハーモニーヴォーカルが味わい深い曲だが、ここでは2人のヴォーカルが左右に分離された面白いミックスがされています(左がデニー、右がポール)。聴き比べができて面白いです。私はどうしても左に耳が行ってしまいますが(苦笑)。曲が終わった後には話し声が聴こえる。
9.Don't Let It Bring You Down
「ロンドン・タウン」収録曲。ポールの静かなカウントから始まるリハーサル・テイク。この時点では、印象的なフラジョレット(縦笛)や、ジミーのエレキ・ギターが入っていない。そのためか、アコギを中心としたアコースティック感たっぷりの演奏となっている。第1節は低音で、それ以降はファルセットで歌う構成は完成している(ただしオリジナルほど高音は出していない)。この曲のアコースティックな魅力を再確認できる、味わい深いテイクです。
10.Morse Moose & Grey Goose
「ロンドン・タウン」収録曲(正式なタイトルは「Morse Moose And The Grey Goose」)。ラフ・ミックスを収録している。ここでの最大の特徴は、なんといってもインスト状態であること。ポールのヴォーカルやコーラスが全く入っていない。ジャム・セッションから発展してできたと言われているが、それを裏付けるかのよう。また、派手なブラス・セクションやストリングスも挿入される前の状態であるため、オリジナルでは聞き取りづらい演奏も鮮明に聴こえ、アドリブ的なバンド・サウンドが堪能できる。特にポールのピアノ演奏は後半テクニカルで驚きます。「Grey Goose」部分は未完成で、ノイズが入っているだけの状態。インストなので、『Coming Up』を歌えば「ツイン・フリークス」ヴァージョンが再現できます(笑)。
11.Mull Of Kintyre (Promotional Edit)
「ロンドン・タウン」セッション中、キャンベルタウンで録音された曲で、アルバムに先駆けてシングル発売され英国で空前の大ヒットを記録したスコットランドご当地ソング。「ロンドン・タウン」期を代表する名曲で、デニーの貢献が一番高くトラッド嗜好が一番よく表れた楽曲です。このブートでは複数のヴァージョンを収録しているが、これはラジオ向けに制作されたプロモ・エディット。第2節から一気に最後のリフレインに飛んでしまうショート・ヴァージョン。これもまったり聴いていると「あれっ?」となります(苦笑)。プロモ・ヴィデオ(スタジオで撮影されたヴァージョン)もショート・ヴァージョンだが、ここではそれよりもサビが1回分少ない。この曲を冗長に思っている人(いるかな・・・)にとっては聴きやすいかも?
12.Girls' School
シングル「Mull Of Kintyre」B面(米国ではA面)。現在は「ロンドン・タウン」のボーナス・トラックに収録されている。洋上セッションでの録音。ここでは、ラジオ向けに制作されたプロモ・エディットを収録。エンディングが大幅にカットされて1分半短くなっている。実は、1989年に最初に「ロンドン・タウン」がCD化された際には、このエディット・ヴァージョンが収録されていて容易に入手可能だったという、いわくつきの音源です(1993年以降の再発時には本来のロング・ヴァージョンを収録)。現在は入手困難でブートでもなかなか入手できない音源ですが、初回版CD「ロンドン・タウン」を買うのであれば、このブートで揃えてしまいましょう!(事実、私もこのブートでようやく入手できました・・・)
13.Find A Way Somehow
デニー・レインの作曲・ヴォーカル曲で、洋上セッションで録音された未発表音源。とはいっても、デニーのソロ・アルバム「アー・レイン!」(1973年)に収録されていて、シングル発売もされた発表済みの曲。ウイングスでは未発表ということになる。「ロンドン・タウン」セッションで取り上げたのは軽いリハーサルのためか。私はデニーのオリジナルは聴いていませんが、彼の個性あふれるのびのびした雰囲気&へろへろしたヴォーカルがデニー・ファンにはたまりません(笑)。ここで聴ける音源はちょっと冗長な気もしますが(汗)、シングルB面でもいいのでウイングスでも発表してほしかった、と思うような佳曲です。
14.Waterspout
ジミー&ジョーの脱退後に録音された未発表曲。ポールらしさ満開のポップ・ナンバーで、未発表曲集「Cold Cuts」に収録予定だったため何度もリミックスされている。また、1987年のベスト盤「オール・ザ・ベスト」に収録予定だったがお蔵入りとなってしまった(代わりに発表されたのが『Once Upon A Long Ago』)。ポール・マニアの間では非常に有名で非常に定評の高い曲です。ここでは、「Cold Cuts」に収録する以前のデモ・テイクを収録。後のヴァージョンに比べるとかなりラフで、パーカッションが目立つ音作りです。個人的には、HN名にするほどのお気に入りです。ちなみに、旧サイトでは「With A Little Luck」でした(笑)。いかに私が「ロンドン・タウン」好きかが分かる一瞬です。
15.Backwards Traveller
「ロンドン・タウン」収録曲。ジミー&ジョーの脱退後に録音された。公式テイクは2人のメンバーを失った痛手を影響させてか、1分で終わってしまう演奏だが、ここでは3分半にも及ぶ完全版のデモ・テイクを収録。オリジナルでは登場しない歌詞も出てくる。また、オリジナルではロック調の演奏にのせてポールのシャウトが聴かれるが、ここではドラムマシーン(&ポールのドラムス)をバックにほとんどファルセット風で歌っていて全く印象が違う。また、おふざけ風のシャウトが入っていたりと、オリジナルの緊迫感とはまた違う、気ままなセッションの雰囲気が味わえます。このブートでは1,2を争う必聴音源でしょう!私も、この初期テイクを聴いてこの曲を一段と好きになりました。
16.After You've Gone
これまた、ポール(&デニー?)によるデモ・テイクより。未発表曲だが、ポールの曲ではなくトラディショナル・ナンバー。ポールによれば家族とよく一緒に歌った曲という。なお、この曲の版権はポール(MPL)が所有していて、ポールのお気に入りの程が分かる。ここでは、ドラムマシーンをバックに前半はバラード風のポップで、後半はシャッフルのアレンジで歌っている。ポールがDJをつとめたラジオ番組「Oobu Joobu」でもこの音源が紹介されているが、そこでは一部しか聴けない。MPLのサイトでは、この曲のオリジナル・ヴァージョンを聴くことができますが、「同じ曲でも人とアレンジによってずいぶんと変わるもんだなぁ」と思わせます。
17.Boil Crisis
未発表曲。ポールが、娘ヘザーのパンク・ロック好きに感化されて「自分もパンクを書こう!」と思い立って作ったロックナンバー。タイトルは「オイル・ショック(Oil Crisis)」をもじったもの。ハーフ・スポークンで歌われる物語風の詞作が面白い。ここで聴けるのは、ポールによるデモ・テイク。なお、1982年のアルバム「タッグ・オブ・ウォー」用に再録音されていて、そちらの方が完成度が高いですが、個人的には荒っぽさが楽しいこちらのヴァージョンの方が好きです。変てこなコーラスが入っているのがよい味付けです(笑)。
18.Jamaican Hilite
ポールとデニーによるデモ・テープに収録された未発表曲。録音は「ロンドン・タウン」セッション前の1977年初頭と思われる。ムーグのリフを中心とした単調なインスト・ナンバー。未発表になったのは分かりますが、個人的にはなぜか気になってしまう曲です。リフのメロディが意外にキャッチーだからかもしれません。それとも、「ロンドン・タウン」マニアだから?(苦笑)なお、「ロンドン・タウン」セッション前後に、ポールとデニーは数多くのデモ・テープを残しており、「ロンドン・タウン」関連ブートに未収録のものもかなりあります(『Hello,How Do You Like The Lyrics?』『Emotional Moments』などなど)。こうした音源を全部揃えるのは至難の業ですが(私もほとんど揃えていません)、マニア以外は手を出さない方が無難でしょう(笑)。
19.Mull Of Kintyre (Instrumental Studio Demo)
『Mull Of Kintyre』のスタジオ・デモ。恐らくキャンベルタウンでの録音と思われる。アコギをバックに、リコーダー風の音色のムーグでメロディラインが演奏されるインスト・ヴァージョン。短いですが、この曲の牧歌的な雰囲気を味わうことができます。キーはオリジナルより高めです。
20.Mull Of Kintyre (Studio Demo)
同じく、『Mull Of Kintyre』のスタジオ・デモ。こちらはポールがアコギ弾き語りで歌い、デニーがハーモニーをつけている。歌詞は既に完成している(ただしエンディングは早めにフェイドアウトしている)。バグパイプの部分は再びリコーダー風ムーグで演奏されているが、チープ感は抑えられています。この時点でバグパイプのメロディラインも確立している。