The Lost McCartney Album

(2007.10.26更新、2011.6.30追記)

 


[DISC 1]
 1.Front Parlour 5'08"
 2.Frozen Jap 5'33"
 3.All You Horseriders 3'14" *
 4.Blue Sway 6'34" *
 5.Temporary Secretary 3'05"
 6.On The Way 3'33"
 7.Mr. H Atom 2'18" *
 8.Summer's Day Song  3'19"
 9.You Know I'll Get You Baby 3'46" *
10.Bogey Wobble 3'20" *
[DISC 2]
 1.Darkroom 3'41"
 2.One Of These Days 3'28"
 3.Secret Friend 10'05"
 4.Bogey Music 3'27"
 5.Check My Machine 8'41"
 6.Waterfalls 4'36"
 7.Nobody Knows 2'46"
 8.Coming Up  5'30"
 
*は1980年当時の未発表曲)

 日本での一連の逮捕劇、ウイングスの活動休止、そしてジョン・レノンの死と、ポールにとっては激動の1980年に発表された久々のソロアルバム「マッカートニーII」。当時は、先行シングル『Coming Up』のヒットや、逮捕事件による話題の急騰などがあり、ウイングスの諸作品と肩を並べるセールスを記録しました。しかし、現在ではこのアルバムがファンの間で不評の一枚、さらにポール自身も暗に苦言を呈していた(時期が少なからずあった)アルバムであることは、ファンならば周知の事実でしょう。

 その要因となったのが、ファースト・ソロアルバムの「マッカートニー」と同じく、ポールが自宅ですべての楽器・ヴォーカルを単独で担当した音作り。「マッカートニーII」は、1979年夏にウイングスが活動を休止している間にポールが自宅にこもって録音したもので、当初は発表の意図がなかったものを、友人に勧められて逮捕後の1980年に発表した、という経緯を持ちます。「当初は発表の意図がなかった」のは、このアルバムが、絶え間ないポールの創作意欲のはけ口であったことにあります。思いついたメロディを、その日のうちにとりあえずテープに録音する。それを展開させてひとつの曲を作る。演奏も即興で思いついたものを重ねてゆく。当時ポールが刺激を受けていたテクノ・ポップやブルースの影響を受けた収録曲は、シンプルなメロディの繰り返しと、ラフな音作りが際立った、他のポールのスタジオ作品とは一線を画した作風となりました。しかし、その単調さ・ラフさゆえに、現在ではファンの間で人気のない、定評の低いアルバムとなっています。

 さて、この「マッカートニーII」セッションでは、判明しているだけで計19曲が録音されています。うち、『Wonderful Christmastime』は、ポールにとって久々のソロ名義で1979年冬にシングル発売されました。「マッカートニーII」を発表するにあたり、ポールは残る18曲をアルバムに収録しようと思い立ち、アセテート盤にテスト・プレスを行いました。当初は2枚組での発売が予定されていました。しかし、結局は2枚組での発売は取りやめとなり(2枚組では売れないというレコード会社の思惑もあったはず)、ポールは11曲に絞込み、1枚組のアルバムとして公式発表されるに至りました。アルバム未収録となった7曲のうち、『Check My Machine』と『Secret Friend』はシングルのB面に収録されましたが、残る5曲は未発表となりました。この、当初発売予定のオリジナル・アセテート盤が、このブート「The Lost McCartney Album」(VOXXレーベル、VOXX-0007-01/02)に収録されている内容です。当初発売された形態と同じく、2枚組となっています。

 このブート(つまり、当初の構成)での収録曲のほとんどは「マッカートニーII」収録曲のため、公式発表版と雰囲気ががらっと変わるわけではないですが、曲順は公式発表版とは大幅に異なります。なんといっても出だしが『Front Parlour』『Frozen Jap』とインストの連続ですし、2枚目の最後が公式ではオープニングの『Coming Up』ですから。1枚目に10曲、2枚目に8曲という構成で、シングルで先に発表された『Wonderful Christmastime』は収録されていません(この曲のアウトテイクは、結局2011年に「Paul McCartney Archive Collection」の「マッカートニーII」に収録されて初めてその存在が明らかになった)。アセテート盤から直接音を取っているため、お世辞にも音質はよくありません。レコードのスクラッチ・ノイズは入っていますし、曲間には前曲のエンディングや次曲のイントロが残響音になってしまっています。また、全曲一様にピッチが高くなっています。

 しかし、音質は置いておいて、このブートには興味深い点がいっぱい詰まっています。まず、5曲ある未発表曲ですが、これはお世辞にも発表できるクオリティには至っていません。いずれもインストや、それに準ずるもの(同じフレーズを繰り返すだけ)です。これが公式発表されていたら、「マッカートニーII」の評価はますます下がっていたことでしょう(汗)。しかし、純粋に「音を楽しむ」音楽として聴けば、なかなか面白いです。お遊び感覚で作った曲がほとんどですが、純粋に楽しめます。『All You Horseriders』や『You Know I'll Get You Baby』では、声質を変えて歌っていて、あのアルバムに典型的です。『Mr.H Atom』はリンダがヴォーカルを取っていて貴重です。インストは『Blue Sway』と『Bogey Wobble』の2曲ですが、特に前者は結構凝った音作りをしています。ヴォーカルを入れれば、『Secret Friend』並みの楽曲になっていたと思います(2011.6.30追記:この願いは'80年代後半に既にかなっていたのですが・・・!)。

 それ以上に興味深いのが、公式発表された曲。実は、13曲中6曲が、公式発表の際に大幅に編集を加えられているのです。このブートでは、編集を加える前の完全版を聴くことができます!ただ、ほとんどの曲は完全版の方は若干間延びした感が否めなく、編集して発表したのには理解できます。しかし、やはり完全版を聴けるのはファンにとってはうれしい所。興味深いのは、公式発表では大幅に手を加えられた『Check My Machine』の8分ヴァージョン、カットされた部分ではシャウトも聴かれる『Darkroom』など。『Summer's Day Song』はヴォーカルを入れる前のインスト・ヴァージョン。そして、なんといってもハイライトであり必聴なのが『Coming Up』の完全版でしょう!公式発表版では4分弱ですが、完全版は5分30秒に及ぶ演奏です!ここでは、幻の第4節(“You want a better kind of future〜”)があったり、後半の繰り返しが長くなっていたり、最後にもう一度第1節が登場したりと、大変興味深いです。そして、最後に発せられるアドリブ“Pretty baby, I say”、これはウイングスのライヴ・ヴァージョンで出てきたフレーズですが、実はこの時に既に存在していたことが確認できます。

 現在、最も定評の低いアルバムと言われる「マッカートニーII」。このブートでその汚名が払拭される、とはお世辞にも言えませんが(かえって不評になる・・・?)、公式発表版もそうですが「お遊び感覚のアルバム」として聴くと、非常に楽しめると思います。未発表曲5曲は、まさにそうした「マッカートニーII」の真髄を表していると言えるでしょう。特に『Blue Sway』は凝っているので聴きがいあり。完全版の方では、まずは『Coming Up』。これ目当てに買うのもいいでしょう。それから、『Darkroom』『Check My Machine』といったポール史上最強の変てこソング(笑)の完全版も楽しいですよ。

 なお、2011年に「Paul McCartney Archive Collection」シリーズで「マッカートニーII」がリマスター盤として再発売された際に、このブートに収録されている未発表曲5曲と、既発表曲の完全版6曲はすべてボーナス・トラックに収録され、30年越しに公式発表されました。ポールの監修で公式に発売したものですから、当然このブートよりも音質は格段に優れていますし、一様に高くなっていたピッチも本来あるべき形で聴くことができます。これまで未発表だった音源はすべて網羅されてしまったため、今ではこのブートを入手する価値はほとんどなくなってしまいました(汗)。とはいえ、当初想定されていた2枚組の構成・曲順を再現しているのはいまだにブートだけですし、実は未発表曲のうち『Mr.H Atom』『You Know I'll Get You Baby』『Bogey Wobble』はリマスター盤に収録される際に編集やリミックスが施され、演奏時間が短くなっているものもあります。ブートのマストアイテムとまでは言いませんし、相当のポール・マニアでなければリマスター盤「マッカートニーII」で揃えるのが賢明ですが、「マッカートニーII」が好きな方、あのセッションの全貌を正確に知りたい方にはお勧めです。

 ちなみに、『Temporary Secretary』『On The Way』『Waterfalls』『Nobody Knows』『Bogey Music』『One Of These Days』『Secret Friend』は、公式発表版と全く同じか、ほぼ同じ(フェードアウトのタイミングなどが違うだけ)です。


[DISC 1]

1.Front Parlour

 「マッカートニーII」6曲目。このブート、つまりオリジナルの2枚組の構成では1曲目に選ばれている(ずいぶんと大胆な曲順ですが・・・)。オリジナルは3分ほどに編集されたが、ここに収録されているのは5分ほどの完全版。カットされた部分も、基本的には公式に聴ける部分と同じメロディ・アレンジ。完全版はちょっと冗長かもしれません。

2.Frozen Jap

 「マッカートニーII」8曲目。ご存知、逮捕事件後に発表されたため日本で物議をかもした(苦笑)曲。これも、『Front Parlour』同様2分ほど長い完全版を収録。ドラムソロの部分が長く聴ける上、もう一度ドラムソロが登場する。『Front Parlour』同様、カットされた部分も公式に聴ける部分と同じようなアレンジ。ドラムソロが長いのがちょっとした聴き所。

3.All You Horseriders

 1980年当時の未発表曲。ただし、1986年に放送されたリンダの愛馬のドキュメンタリーにBGMとして使用されている。1975年に書いた曲だとされている。リズミカルな曲調と馬の鳴き声のようなSEと共に、ポールがハーフスポークンで延々とタイトルなどを歌う単調な曲。2011年に「マッカートニーII」のリマスター盤でボーナス・トラックとして陽の目を浴びた。

4.Blue Sway

 1980年当時の未発表曲。前曲とのメドレー構成で始まる。シンセを多用した6分半にもわたるインストで、音作りは「マッカートニーII」の中では完成度が高い。ポールのヴォーカルが一部でフィーチャーされている。途中、『Wonderful Christmastime』に似たシンセのメロディが登場するのが興味深い。2011年に「マッカートニーII」のリマスター盤で、1986年に追加録音が行われたリミックス・ヴァージョンと共にボーナス・トラックとして陽の目を浴びた。幻想的なオーケストラと新たなメロディによるヴォーカルをフィーチャーした1986年リミックスの方が完成度の点では上ですが、ポールの宅録の雰囲気をより味わえるのはこちらのテイクでしょう。5曲ある未発表曲の中では一番必聴です。

5.Temporary Secretary

 「マッカートニーII」2曲目。12インチシングルでシングル発売もされた。このブートのライナーノーツには「元々若干速いテンポだったのをスピードを落として公式テイクにした」と書いてあるが、実際には単にこのブートのピッチが高いだけである。

6.On The Way

 「マッカートニーII」3曲目。これも『Temporary Secretary』同様、ブートのライナーノーツには「元々若干速いテンポだったのをスピードを落として公式テイクにした」と書いてあるが、実際には単にこのブートのピッチが高いだけである。

7.Mr.H Atom

 1980年当時の未発表曲。リンダがヴォーカルを取る、シンプルなロックナンバー。構成はタイトルを繰り返すだけというもので、ポールがコーラスと台詞をつけている。「H」とは水素のこと、「Atom」とは原子のこと。短いですが、なかなか楽しい曲です。2011年に「マッカートニーII」のリマスター盤でボーナス・トラックとして陽の目を浴びたが、そこに収録されたのは別ミックスで、リンダのヴォーカルが一部でオフになっている。本来意図されていたヴァージョンを聴けるのは、いまだブートだけです。

8.Summer's Day Song

 「マッカートニーII」7曲目。オリジナルには讃美歌のような美しいヴォーカルがフィーチャーされているが、ここではヴォーカルを入れる前のインスト・ヴァージョンを収録。元々はインストとして作られたと伺わせるような、興味深いヴァージョンです。カラオケにもなります(笑)。

9.You Know I'll Get You Baby

 1980年当時の未発表曲。テクノ・ポップを意識したかのようなクールでメカニカルな演奏にのせて、ポールが声を変えながらタイトルを繰り返すという単調な曲。イントロはすごくきまっていて、その後の展開を期待させる出来なのですが、歌が入ると突然お遊び風になってしまう、このギャップが面白いです(笑)。タイトルをコーラスにして(もちろんもっと真面目な歌い方で)、ヴォーカルを入れたら素敵な曲になったかもしれませんね。2011年に「マッカートニーII」のリマスター盤でボーナス・トラックとして陽の目を浴びたが、そこに収録されたのは前半の1節分をカットしたショート・ヴァージョン。完全版を聴けるのは、いまだブートだけです。

10.Bogey Wobble

 1980年当時の未発表曲。『Bogey Music』と同様、レイモンド・ブリッグスの小説「Fungus The Bogeyman」に触発されて作った曲。こちらは、小説の舞台となった海底都市(ボギーランド)のイメージに合った、泡の音をフィーチャーした実験的な曲。リズムは『Bogey Music』に近いです。2011年に「マッカートニーII」のリマスター盤でボーナス・トラックとして陽の目を浴びたが、そこに収録されたのは冒頭のSEや後半の一部分をカットしたショート・ヴァージョン。完全版を聴けるのは、いまだブートだけです。

 [DISC 2]

1.Darkroom

 「マッカートニーII」10曲目。公式発表版は2分20秒だが、ここでは3分41秒の完全版を収録。公式発表版の後半(1'41"の部分)が編集ポイントで、カットされた部分は基本的にはタイトルコールの部分の繰り返し。しかし、ポールがシャウトしているなど、公式に聴ける部分とは若干趣が違う。また、途中で演奏が崩れかかりポールが「Wait a minute」と言っている(もちろん演奏しているのはポールだけですが・・・)。また、リミックス集「ツイン・フリークス」(2005年)収録のこの曲のリミックスの冒頭のSEも、このカットされた部分から。

2.One Of These Days

 「マッカートニーII」11曲目。公式発表版とほぼ同じです。

3.Secret Friend

 12インチシングル「Temporary Secretary」B面で発表された曲。公式発表版より早くフェードアウトする以外はほぼ同じです。

4.Bogey Music

 「マッカートニーII」9曲目。公式発表版とはほぼ同じです。ただ、ピッチが高いため変に聴こえてそこがまた面白いです(笑)。

5.Check My Machine

 シングル「Waterfalls」B面。公式発表版も6分弱と非常に長いが、ここではさらに輪をかけて長い8分半の完全版を収録!収録曲中最も編集した箇所が多い曲で、新たな発見がいっぱいです。冒頭は、2人の男の語り(「Hi,George」「Morning,Terry」)と「ウーイ」がカットされ、いきなり「Go!Go!Go!」から始まります。一方のエンディングは、公式では語りがかぶさってフェードアウトしますが、完全版では語りがかぶさらずしっかりエンディングを迎えています!そしてその後に、シンセの即興演奏をバックに語りが入っています。その他、前半に1節多くなっていたり、中盤のシャウトする部分からタイトルコールに戻る箇所が長くなっていたりと、実に8箇所ものポイントがあります(冒頭・エンディング含む)。公式発表版よりもバンジョーが目立っているのにも注目。個人的には構成を覚えてしまうほどのお気に入りなのですが(笑)、この完全版は非常に興味深いです。

6.Waterfalls

 「マッカートニーII」4曲目で、アルバムからの第2弾シングル。公式発表版とほぼ同じです。手持ちのブートでは、歌い出しがわずかに欠けて始まります・・・。

7.Nobody Knows

 「マッカートニーII」5曲目。公式発表版とほぼ同じです。こう見ていると、2枚目に公式発表版とほぼ同じものの収録が多いですね。

8.Coming Up

 オリジナル・アセテートの最後を飾るのは、公式発表版「マッカートニーII」では1曲目にして先行シングルの大ヒット曲。そして、このブート一番の必聴アウトテイクです!オリジナルより1分半以上も長い完全版です!ミックスは、ベスト盤「ウイングスパン」(2001年)収録のものと同じ(「マッカートニーII」などとは違う)。また、第3節の後に幻の第4節が登場します。この箇所は、公式発表版では後半にアドリブで登場していた“You want a better kind of future〜”のくだりで、カットされた第4節では普通に歌われています。また、エンディングの繰り返しが長くなっていて、サックスの演奏がアドリブ的になっているのが興味深いです。そして、そのまま終わらず、第1節の“You want a love〜”に戻ります。そこから公式発表版の“Coming up,yeah/Coming up,anyway”の箇所に帰ってくるわけですが、その時に登場するアドリブが、ライヴ・ヴァージョンでおなじみの“Pretty baby, I say”です。ライヴでのアドリブと思われてきましたが、実はスタジオ録音時に既に登場していた、というわけです。不思議と、この曲に関しては完全版でも間延び感がありません。このブート内で一番お勧めできます。

 

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