Jooju Boobu 第99回

(2006.2.16更新)

Some People Never Know(1971年)

 今回でいよいよ「Jooju Boobu」も第99回。おかげさまで、100曲目まであと少しに迫ってきました。いつも当コラムをご愛顧頂いている皆様には本当に感謝致します。そんな一歩手前の今回は、ウイングスのデビュー・アルバムとして1971年に発表されたアルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」のB面冒頭に収録されたバラード『Some People Never Know』を紹介します。「ウイングス・ワイルド・ライフ」は、荒削りな印象が強いがためにリリース当時は非難の的にされることの多かった1枚でしたが、現在は主にメロディアスな佳曲を中心に再評価の声が聞かれつつあります。今回取り上げる『Some People Never Know』も、そうした流れの中で今まさに再評価中と言えるでしょう。ビートルズ時代から現在に至るまで数え切れないほど多くの美しいバラードを書いて世に送り出してきたポールですが、この曲では単に常日頃のポール節がたっぷりなだけでなく、'70年代初頭のポールならではの独特の不思議な味わいが感じ取れるのが興味深い所です。アルバムの一収録曲として目立たない位置にありますが、実にウイングスらしい、そして実にポールらしいこの曲の魅力を語ってゆきましょう。

 ポールが'70年代において活動基盤としたロック・グループ、ウイングスの結成からレコード・デビューまでは、ジェットコースターさながらの急ピッチぶりで進んであっという間でした。元々、1人で音楽制作をするよりバンドの一員であること(特にライヴ活動)が好きなポールは、'60年代後半にはメンバー間の関係がぎくしゃくしていたビートルズがバラバラになるのを何とかして防ごうと最後まで奮闘し、最後までビートルズにとどまっていました。しかし、1970年に懸命の努力もむなしくビートルズが解散するのを前後して、ポールは先が見えないままソロ活動を開始します。そんな折に心の支えとなったのが結婚したての愛妻リンダの存在でした。献身的なリンダの愛情と助言に心打たれ、やがて「リンダと一緒に音楽活動をしたい!」とポールが思うようになったのは自然なことでしょう。ポールはカメラマンだったリンダにキーボードとコーラスを教え、2人で試行錯誤しながら曲作りやレコーディングに打ち込みます。1971年5月に発表した2人の共同名義のアルバム「ラム」ではリンダが制作に全面的にかかわり、マッカートニー夫妻は音楽面でもパートナーシップを確立しました。

 次なるステップは、リンダと共にステージに立つことでした。もはやリンダはポールの音楽活動に欠かせない人になっていましたし、ビートルズ末期にライヴ活動の再開を提案しながら反対されてついぞ実現できなかったことへのリベンジの意味もあったでしょう。しかし、再開するには演奏を支えるバンドが必要。2人だけのステージなど到底可能なものではありませんでした。そこでポールは一転して、自らとリンダを中核とした新たなバンドの結成を思いつき、メンバー集めに奔走します。その結果、「ラム」に参加したドラマーのデニー・シーウェルと、旧知の仲で元ムーディー・ブルースのギタリストのデニー・レインを誘うことに成功し、メンバーに迎え入れられます。そして1971年8月3日。マッカートニー夫妻と「2人のデニー」による4人編成のロック・グループ、ウイングスが誕生し、ポールはビートルズ以来再びバンドの一員になりました。

 いざ結成されると、ウイングスは休むことなく次の段階へ移りました。顔を合わせたのもつかの間、直後には早速手頃なロンドンでアルバムの制作に着手しているのだから驚きです!それほどポールは出来立てほやほやのバンド(とりわけリンダ)と早くコンサートに出たかったのでしょうね。そのデビュー・アルバムのレコーディングをたった3日間でほとんど終え、わずか2週間でミキシングまで仕上げてしまったのは、有名な話です。それはまるでビートルズが1日でデビュー・アルバムのセッションを終えてしまったことを彷彿させますが・・・何年もの下積み時代を経て一人前のライヴ・バンドに成長していたビートルズと、結成したばかりでリハーサルもままならぬ中スタジオ入りしたウイングスとでは、バンドとしての力量は雲泥の差があると言わざるを得ません。いくらリンダを除く各メンバーがキャリアを重ねたベテランとはいえ、一緒に演奏した機会がまだ圧倒的に少ないようではぴったり息を合わせるにはさすがに限界がありました・・・。新曲もあまりストックがなく、一発録りで半ば即興的に完成させた8曲(+2曲)はお世辞にも完成度が高いとは言えないものでした。1971年12月、万全のプロモーションを後ろ盾にウイングスは急ごしらえのデビュー・アルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」で念願のレコード・デビューを果たします。ところが、ポールの期待とは裏腹にチャートでは苦戦を強いられ(英国ではTOP10入りも果たせず・・・)、さらにはポールを嫌う評論家たちからはここぞとばかりに酷評を浴びせられてしまいました。全体的な統一感に欠け散漫な印象を持つ曲目や、デモ・テープのような粗雑さが目立ってしまっては、ビートルズ時代の緻密なアレンジを求めていたリスナーに受けなかったのはまぁ無理もない話ですが(汗)。また、「ポップ・ミュージックは退廃的だ」という風潮であふれ返っていた当時においては、ほのぼのしたウイングスの作風は評論家がたたくには恰好の材料となってしまいました・・・。後にチャート上位の常連となり、世界中で聴かれ愛されるウイングスも、最初は苦難の連続だったのです。バンド結成から半年も経たない頃の出来事でした。

 しかし、「ウイングス・ワイルド・ライフ」は決して「ラフで陳腐だ」と簡単に切り捨ててしまえるような駄作ではありません。後年ポールがインタビューで語った「作るべきじゃなかった」「聴けたもんじゃない」も過小評価しすぎ!と言えます。もちろん伝説のロック・グループ、ウイングスの記念すべき処女作といった観点で重要な1枚ですし、あたかもスタジオの空気をそのまま詰め込んだような、一発録りによるライヴ感あふれる文字通り“ワイルドな”サウンドや、新たなメンバーで新たなスタートを切れた喜びが伝わってくる和気藹々とした雰囲気などは、他のウイングス諸作品ではお目にかかれない、このアルバムこその醍醐味です。確かに、アナログ盤A面の4曲は冗長でたどたどしい感が否めないですが(汗)、一方のB面はポールの本領が惜しみなく発揮されたメロディアスなポップやバラードを中心に構成されていて、一般的な知名度はないものの佳曲の宝庫として近年ファンの間で見直す動きが出てきています。俗に「バラード・サイド」とも呼べそうなこのB面(リンダいわく「女の子にキスをさせたい時に最適」)では、ベスト盤にも収録された『Tomorrow』が現在最も注目されていて、その次に『Dear Friend』がかなりの定評を誇っている・・・といった所ですが、何かと忘れ去られがちな佳曲がもう1つあります。それが今回の『Some People Never Know』です。「バラード・サイド」の幕開けを告げるこの曲も例に漏れずバラードナンバーなのですが、やはり知名度が低くアルバム全体と同様に地味な印象を受けます。それでも、ポール・ファンの間ではしばしばお気に入りに挙げられるほどの独特の魅力を放っています。恐らく、「ウイングス・ワイルド・ライフ」では『Tomorrow』『Dear Friend』に次いで広く愛されているのではないでしょうか?ここからは、一体どんな所がファンを魅了しているのか、この曲の特徴を1つ1つ見てゆきたいと思います。そこにはウイングスらしさ・ポールらしさと共に、“この時期の”ポールらしさも潜んでいるのが分かってきます。

 まず、伸びやかでやさしげなメロディラインは、リスナーが真っ先に惹かれる大きなポイントです。ポールがこの世界に稀見るバラードの名手であり、ビートルズ→ウイングス→ソロにおいて多くの名曲を生み出してきたことは皆さん誰でもご存知のことと思いますが、一見ラフで即興的というイメージに捉えられがちな「ウイングス・ワイルド・ライフ」においてもその才能が失われることはありませんでした。むしろポールのアルバムでは平均以上にバラードの比率が高く、しかもぐっと凝縮されていると言えるでしょう。それが炸裂したのはもちろん先述のB面「バラード・サイド」であり、その名に恥じないくらいメロディ・メイカーとしてのポールを十二分に堪能できる美しいバラード揃いなのです。この曲では一音一音を大切にするかのように、ゆったり伸びやかなメロディラインになっているのが特徴的ですが、少ない音数でまとめられているのでシンプル極まりないです。シンプルゆえに覚えやすいのはポールの長所の1つ。この曲のメロディを聴けば、誰もが「これぞポール・マッカートニー!」と思いつつうっとり夢見心地になってしまうことでしょう(苦笑)。サビでふとマイナーに転調するのもミソで、それが曲全体にメロウな雰囲気を漂わせています。気だるいというか、重々しいというか・・・。次曲の『I Am Your Singer』も同じ手法でメロウな仕上がりにしていますが、単に美しいだけでなく同時に憂いも感じさせてくれる、不思議な感覚を味わえます。これは他の時代のマッカートニー・バラードにはあまり見られない現象であり、'70年代初頭(「マッカートニー」〜「レッド・ローズ・スピードウェイ」)のポール特有の作風です。『Every Night』しかり、『Dear Boy』しかり、『When The Night』しかり。これは私が推測するに、後述する詞作に垣間見れる当時のポールの心情が左右しているのではないか・・・と思います。それにしても、ウイングス結成の準備でいろいろ忙しかった時期で、アルバム制作に費やした時間も少ない中、こんなに美しいバラードを書き上げたポールはやっぱりすごいです。その上、少し前には「ラム」セッションで新曲を量産しまくって多くがお蔵入りになり、翌年にはウイングス2枚目のアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」に向けて再び量産体制(多くのバラードの佳曲含む)に入っているのだから・・・!こんなことができるのはポールしかいないです。

 「ウイングス・ワイルド・ライフ」は基本的にはウイングスのメンバー4人だけで、しかも3日間で作り上げたため、この曲のアレンジも至ってシンプルなバンドサウンドです。そして、ベーシック・トラックのレコーディングは一発録りで行われています(その上にポールやデニー・レインがいくつかオーバーダブしている)。短期セッションで練習不足のまま本番を迎えているので、所々に詰めの甘さや強引なアレンジが散見されますが・・・そこはさすがプロ・ミュージシャン。全体的にはそれほどいい加減さを感じません。少なくとも、A面の一連のロック・ナンバーほどの露骨な粗っぽさは出ていません(笑)。きっとセッションではバラードを重点的に、入念にリハーサルしたのでしょうね。同じ「バラード・サイド」の『Tomorrow』『Dear Friend』ではピアノをメインにしていますが、この曲ではアコースティック・ギターが曲を引っ張っているのが大きな違いです。一発録りを考慮すると、弾いているのは恐らくデニー・レインでしょうか?穏やかに爪弾かれるイントロのフレーズが随所に登場するのが印象的。A面のグルーヴィーなサウンドに浸った後、レコードを裏返して針を落とすとこのフレーズ・・・ということで、A面での緊張感を解いてほっと落ち着ける至極のひと時ですね!弾き語りもできそうな素朴なアコギ・プレイは、田舎の香りいっぱいの前作「ラム」の系譜を継いでいるとも言えるでしょう。最初の間奏にはトーンを落としたエレキ・ギターのソロが入ります(ポール?それともデニー?)。ほのかに甘〜い味もする辺りは、アルバム発売後にウイングスに加入するヘンリー・マッカロクのスタイルにも似ていて面白いですね。「もう1人のデニー」ことデニー・シーウェルのドラミングも穏やかめですが、サビからメロに(つまりマイナーからメジャーに)戻る箇所での盛り上がりは忘れていません。例のアコギのフレーズでは必ずブレイクを伴っているのも気の利いたアレンジです。他に、隠し味として左チャンネルにピアノが、右チャンネルにハーモニウムが入っています。中高音で聞かせるピアノはかなり技巧的な演奏も飛び出すので、当時キーボード勉強中のリンダさんではなく、ポールが弾いているものと思われます(ポールはベーシック・トラックではベースを担当)。逆にハーモニウムのメロディは単調なので、こちらはリンダさんの確率が高いです。ちょっとたどたどしいし(苦笑)。アコースティック主体のバンドサウンドに必要最低限のオーバーダブを施しているだけなので、ポールのバラードナンバーでは非常にさっぱりと仕上がっています。オーケストラを交えたような分厚くて甘ったるいアレンジが苦手な方にはお勧めですね!アコギの音色から爽やかさも感じられますし(先述のように憂愁の色も混ざりながら・・・)。

 この曲の構成は、伸びやかなメロディのメロ部分と寂しげなメロディのサビ部分を交互に繰り返すだけなのですが、その繰り返しの回数が尋常ではありません。聴いているうちに「あれ、まだ終わらないの?」といった思いに駆られてしまいます。さらに、2パート間にはやたらと長いつなぎを幾度も幾度も挿入しているので、全体の演奏時間は・・・なんと!6分半にも及びます。いくらなんでもこれは長すぎではないでしょうか(汗)。しばしば現れるポールの悪い癖として、しつこいまでに繰り返しを使って演奏時間を長くしてしまうことが挙げられますが(例:『Waterfalls』)、「ウイングス・ワイルド・ライフ」では3日で仕上げたために、曲構成をきちんと練らないまま行き当たりばったりで録音してしまったと思えてしまう節が多々見受けられます。『Love Is Strange』のイントロの異様な長さや、これまた6分半の『Wild Life』、そしてラストに重々しく鎮座する『Dear Friend』。新曲が足りないこともあってか、どうも1曲1曲を水増ししてLPの収録時間を埋めているような気がしてなりません。それを上手く編集すればもう少し要領よく聞こえたのかもしれませんが・・・アルバムの売れ行きがイマイチだったのは、そうしたプロデュースの甘さが一因かもしれませんね。この曲に関しても、小曲を無理やり引き伸ばしたかのような印象を受け、特に中盤以降は徐々に冗長に感じられてきます(汗)。よほどこの曲が好きでない限り、たいていのリスナーは恐らく途中で飽きてしまうことでしょう・・・。折角メロディや演奏が秀逸なだけに、もったいないです。『I Am Your Singer』、せめて『Tomorrow』くらいコンパクトにまとめてほしかったですね。何を考えたのか、エンディングには妙にアフリカっぽいパーカッション・ソロをクロスフェードさせて延々と続けるし・・・。いや、個人的にはあのパートは好きなんですけどね。たたき方が何だか大相撲の呼び出しの太鼓みたいで(苦笑)。

 しかし、そんな余計なお世話ぽい曲構成なんかどうでもよくなってしまうほどの魅力が、この曲の弱みを見事にカバーしています。それがヴォーカル面、特にコーラスワークです。そしてもしかしたら、これがこの曲の最大の魅力かもしれません・・・!

 昔から、演奏と同時にヴォーカルでも決して手抜きしなかったポール。ビートルズ時代にはジョン・レノンやジョージ・ハリスンと美しい3声のハーモニーをレコードやライヴで披露し、ファンを感動させました。その心構えはビートルズ解散後のソロ・キャリアにおいても守られてゆきます。ポールの新たなパートナーとなったリンダは音楽面では全くの素人で、歌も決して上手ではありませんでしたが、ポールは「一緒に歌いたい!」という強い思いから愛妻にコーラスを一から丁寧に手ほどきしたのです。その熱意に押されてリンダもゆっくりながら腕を磨き、「マッカートニー」や「ラム」ではポールの期待に応える美しいコーラスでサポート。ポールとリンダが織り成すハーモニーは曲を重ねるごとに次第に洗練されてゆきました。そして、ウイングス結成で大きな転換点を迎えます。ポールとリンダの声に、繊細な声質が魅力のデニー・レインの声が加わったからです。ポール、リンダ、そしてデニー。まさに奇跡的とも呼べるこの3人の出会いは、それまで誰も聴いたことのないような、言葉ではとても表現できない絶妙のハーモニーを生み出しました!これはウイングスナンバーを実際に聴いて頂けばすぐに納得行くと思いますが・・・ビートルズとは違った魅力で、ウイングスは解散するまでの約10年間に3声ハーモニーで多くの感動を私たちに与えることとなります。ポール自身もこの威力に早くから気づいていたようで、コーラスワークを大切にした曲作りを心がけ、みんなで練習を重ねて、ウイングスの強力な武器に据えました。そして、『Listen To What The Man Said』や『Silly Love Songs』といった曲で最高水準に達するのです。

 ウイングス最初のレコーディングである「ウイングス・ワイルド・ライフ」でも、この秘密兵器が既に随所で用いられています。『Love Is Strange』『Tomorrow』でポールのリード・ヴォーカルに絡み合うバック・コーラスなんかがよい例です。あのブルージーな『Wild Life』にさえ、リンダ&デニーの美しくソフトなハーモニーが入るほどですから!一方で、リンダとヴォーカルを分け合うデュエット・ソング『I Am Your Singer』のようにデニーが絡まない曲もあり、そこは「ラム」の延長線上、まだ試行錯誤といった所でしょうか。さて、この『Some People Never Know』もまた、デニーが脇に引っ込んでポールとリンダの2人が主役です。特にメロはマッカートニー夫妻の独壇場となります。しかし、デニーがいなくてもこれだけ美しいのだから、デニーも一緒に歌っていたらどれだけ無敵状態だったか・・・。高音部を歌うリンダの音程がちょっと怪しいのはご愛嬌ですか(苦笑)。それでも「ラム」に比べると透明度が増していて、リンダの成長ぶりをうかがわせます。サビではリンダも姿を消してポールの単独ヴォーカルになりますが、コントラストが効いたアレンジです。せつなげな歌い方が、以前より触れている憂いを滲ませています(メロでもかなり気だるい歌い方ですが)。メロに戻る直前の「アア、ア〜」が心地よい高揚感を出しているのも素敵です。くどいほど繰り返しが続く中では、微妙に歌い回しを変えているのがリスナーへの親切に思えてしまいますが(笑)面白いのは3度目のサビ。なんとこの部分、ポールのリード・ヴォーカルがオフ・ミックスになってしまっています!かといって全然聞こえないわけでもなく、遠くからぼそぼそっとポールの歌声が聞こえてくるのが、また何とも不思議です。ポールの代わりに主役に躍り出ているのがコーラスで、ここではリンダに加えてデニーがようやく参加します(「ウー」とか「アー」だけですけど)。「ウイングス・ワイルド・ライフ」はミキシングも急ピッチで済まされているため、調整途中の段階で発表されてしまったと思しきものが散見されるのですが、この変なミックスはどうやらミスが原因の可能性が高いです(私はそう思っています)。しかし、バック・コーラスを強調するためにポールが意図的に仕組んだアレンジという説もあるので、真意はポールに尋ねないと分からないです・・・(汗)。それにしても、この3度目のサビでのリンダ&デニーのハーモニーは絶品です。これを聴くと、ポール&リンダの組み合わせよりも上手く混ざり合っているという意見にも納得できてしまいます。後のウイングス全盛期での息の合ったコーラスワークを十分予感させてくれる美しさで、この箇所だけでもこの曲は聴き逃せないと言っても過言ではないでしょう!

 興味深いのが詞作です。ポールが紡ぎ出す歌詞と言えば楽観的なラヴ・ソングや、個性的な登場人物をフィーチャーした物語風など、普遍的な愛や第三者のことを歌ったものが一般的であり得意分野であることはよく知られていますが、ごく稀にポール自身の内面を吐露したプライベートな内容の詞作が頭をもたげることがあります。歌詞にエンターテインメント性を追求するポールとしては珍しい例ですが、それらはたいていポールが人生や音楽活動に行き詰まり、自分自身を見つめ直した時に多く現れます。そして、ウイングス黎明期の'70年代初頭もそんな頃でした。今では到底信じられませんが、当時のポールは何をやっても非難を浴びせられるという八方塞の状況下にあったからです。その根源は、言わずもがポールによる「ビートルズ脱退宣言」。ポールにとっては最後までビートルズを愛し続けた末の苦渋の決断だったのに、これによってポールは「ビートルズを解散させた男」という言われなきレッテルを不当に貼られ、頭の固い評論家たちや、一気に険悪な関係に突入した元ビートル(特にジョンとジョージ)から憎まれてしまいます。その状況が「マッカートニー」発売から1972年頃まで続くのですが、その間ポールが発表した作品や音楽活動のほとんどが理不尽な評価によって否定されることに・・・(無論ウイングスも)。こうした苦境がポールの作風にも影響を与えたのは想像に難くありません。例えば「ラム」では、アナログ盤A面を中心にジョンを暗に非難したかのような詞作が目立ち、攻撃的な側面すら見せています。また、「ウイングス・ワイルド・ライフ」の『Dear Friend』では、ジョンとの関係修復への諦めを歌っています。ビートルズ解散訴訟が進展してジョンやジョージとの溝が埋まり、ウイングスが正当に評価されるようになるにつれてポールの詞作にも普段の明るさが戻ってきますが、リンダに直接捧げたラヴ・ソングと共に、当時ポールがどういう考えを持って生きていたかが歌詞からでもよく分かります。

 「ラム」に比べれば「ウイングス・ワイルド・ライフ」ではそうした詞作はぐっと減りましたが、そんな中この曲では「分からない人たちもいるものだ」と、自分のことを理解しない人たちについて歌っていて、ポールの私的なメッセージが込められているとファンの間ではよく言われています。少し前の『Too Many People』(「ラム」収録)で「やたらと〜するヤツがいる」と歌っていたのに通じる所がありますし、内省的な気分を表した後年の『Nobody Knows』のテーマに近いものもありますが、歌詞を読んでみるとどうやらポールやリンダを冷たくあしらう世間(特に評論家集団)に向けたものではないかと推測されます。確かに、出だしの「他の誰も分からないだろう、君が僕にとっても誠実なこと」は、やむことのないリンダへの中傷に対する反論に取れます。ポールを田舎に導いたことや、音楽の素養のないままステージに立ったことについて、リンダはマスコミや評論家や一部の心無いファンによってポール以上に厳しい非難の声を浴びせられていましたから・・・。そうした考えの「分からず屋」をポールは暗に皮肉ったのかもしれません。その点では『It's Not True』に近い内容ですね。その上で最後は「愛だけが試練に耐えうる」と締めくくり、リンダと共に歩んでゆく決意を表明しているのがまたポールらしいです。ちなみに、サビの「夜、眠れる人もいる(Some people can sleep at night-time)」というくだりから、ジョンがポールを痛烈にこき下ろした『How Do You Sleep?(眠れるかい?)』へのアンサー・ソングだとする意見もありましたが、ポールはこれを否定しています(いくらなんでも深読みでしょう)。いずれにせよ、ポールの詞作では珍しく重苦しいテーマを持っているのが興味深いです。曲全体に漂うメロウな雰囲気には、この詞作も大いに影を落としているに違いありません。そういえば、『Every Night』も『Dear Boy』も『Dear Friend』も、ポールのその時々の心情を直接反映していますよね。

 「ウイングス・ワイルド・ライフ」セッションは、たった3日という異例の短期間で終了してしまったため、アウトテイクもほとんど残されておらず、未発表曲もないと言われています。そんな中、数曲のラフ・ミックスが流出してブートで出回っていますが、この曲のラフ・ミックスも発見されています。これは基本的には公式発表されたものと同じテイクですが、部分的に各楽器・ヴォーカルのミックスが大幅に異なっていて実に面白いです(残念ながら音質はあまりよくありませんが・・・)。演奏面では、ハーモニウムとパーカッションが大きめ、ピアノが小さめで公式テイクで聴き慣れていると結構雰囲気に違いを覚えます。また、エンディングのフェードアウトが若干遅いため、パーカッション・ソロが数秒長く聴けるという蛇足っぽいおまけつき(苦笑)。しかし、それよりも「おっ!」と驚くのがヴォーカル面。ここでは、公式テイクでオフになっていたヴォーカルがオンになっていたり、その逆があったりと、不可解なミキシングの裏側に迫ることができるのです。例えば、エレキ・ギターのソロ前にはポールによる掛け声が入っていますし、そのソロの終わりにはポールとリンダが“Some people never know〜”と歌うのがはっきり聞こえます(公式テイクではオフ気味)。そして何より感動的なのが、3度目のサビ。このラフ・ミックスでは、消えかかっていたポールのリード・ヴォーカルが復活していて、逆にコーラスが全く入っていません!あのぼそぼそっとした歌声の正体は、こうだったのか・・・と大いなる謎が解けた気分です(笑)。この部分ではキーボードらしき音がヴォーカルとユニゾンで入っていて、公式テイクと比べて最も印象が変わっていると思います。このラフ・ミックスは、「Wild Life Sessions」など「ウイングス・ワイルド・ライフ」関連ブートで聴くことができます。

 さて、デビュー・アルバムが惨憺たる結果に終わるという苦い経験で始まったウイングスは、翌1972年に入ると当初のポールの願い通りいよいよコンサート・ツアーの開始に向けてリハーサルを繰り返します。その過程で、2人目のギタリストとしてヘンリーが新たにメンバーに招かれ、ウイングスは5人編成となりました。そしてバンドの結束力を高めた上で、2月9日にウイングス最初のコンサートが開催されるのですが・・・およそ元ビートルズのポール・マッカートニーとは思えないほど栄光からかけ離れたスタートは、いまや語り草となっています。メンバーや家族をヴァンに乗せて放浪し、英国各地の大学を転々と回ってはその場で交渉して一夜限りのゲリラ・ライヴを敢行するというこのツアー(通称「大学ツアー」)には、ウイングスを「ビートルズ神話」から離れた所から出発させたいというポールの強い思いが込められており、ウイングスのドキュメンタリー「Wingspan」で多くの時間を割いて振り返るなどポールにとっては思い出深いものになっているようです。

 この時点でも相変わらずレパートリー不足に悩まされていたウイングスは、ロックンロールのスタンダード『Lucille』『Long Tall Sally』を取り上げたり、「ラム」から『Smile Away』を引っ張ってきたりして何とかセットリストを組んでいました。中には当時未発表だった『My Love』『The Mess』や現在も未発表の『Thank You Darling』、ヘンリーのブルース・ナンバーやリンダの『Seaside Woman』も含まれていて今考えるとなかなか面白い顔ぶれなのですが、やはりセットリストの中心は「ウイングス・ワイルド・ライフ」収録曲でした。大学ツアーでは『Bip Bop』や『Wild Life』が演奏されているのが確認できます。そしてもう1曲、今回お話している『Some People Never Know』も演奏されました。この辺は何と言ってもヘンリー以外は一度スタジオ録音済みだったので、ポールも安心して加えられたのでしょうね。ヘンリーさえ覚えれば後は何とかなるでしょうから。でもって、その後3曲の明暗がきれいに分かれるのが何とも言えません。『Bip Bop』『Wild Life』が次のヨーロッパ・ツアー(1972年夏)で再び取り上げられたのに対し、この曲は大学ツアーが終わるとレパートリーから外れ、二度とライヴで演奏されることはありませんでした・・・(汗)。ヨーロッパ・ツアーでは『Mumbo』『I Am Your Singer』も追加で投入しているというのに・・・なぜ消えてしまったのでしょうか。おかげでこの曲のライヴ・ヴァージョンを聴くことができたのは、英国のポール・ファンのほんの一握り(主に大学生か?)という有様です。さらにゲリラ・ライヴだったために、大学ツアーの音源自体ほとんど発見されていなく、この曲に至っては2月11日・ハル大学公演のオーディエンス録音しか残されていません!!危うく歴史に葬り去られかねなかった、本当に本当にレアなライヴ・ヴァージョンなのです。そのハル大学公演の模様は「WINGS FIRST FLIGHT 1972」などのブートに収録されていますが、スタジオ・ヴァージョンに比べるとずいぶん荒々しくてすっかりロック色濃く生まれ変わっています。イントロなんかは微妙に『Give Ireland Back To The Irish』に似ていたりして(苦笑)。アコギのフレーズをヘンリーのリード・ギターが弾いているからかもしれません。一番の魅力であるコーラスワークがポール・リンダ共に雑っぽいのが気になりますが、初期ウイングスならではのエネルギッシュさがよく出ているのでいいとしますか。エンディングは意外とあっさりでスパッと切れます。

 この曲の魅力は、これで一通り伝えきれたでしょうか・・・?この曲は、マッカートニー・バラードでは珍しく「穏やかさ」と「憂い」が同居していて、2つが相互作用して独特の味わいを出しているのが面白いですよね(なんか、前回紹介の『Driving Rain』の時と似た解説になっているような・・・)。「ウイングス・ワイルド・ライフ」というアルバム自体なかなか手を伸ばす機会の少ない1枚である上に、6分半という異様な長さが聴く気をそいでしまうかもしれませんが(汗)ふとやさしいポールの声に癒されたくなった時聴くのがいいかもしれません。メロディも演奏も心地よいし、何よりコーラスワークがウイングス節満開ですし。ポールらしからぬ詞作も、ラヴ・ソングという側面から味わってみればそれほどイヤミには聞こえないと思います。私も、特別お気に入りというわけではないですが、たまに無性に聴きたくなって、「いい曲だなぁ」って再確認する程度に好きな曲です。「ウイングス・ワイルド・ライフ」では間違いなくかなり上位に入りますね。

 今回困ったのは、ずばりイメージ・イラストです(汗)。いつも「Jooju Boobu」には紹介曲のタイトルや内容をイメージしたイラストを描いて載せているのですが・・・、「分からない人たちもいるものだ」ではどう頭をひねっても絵が浮かんできませんでした(笑)。そこで困った挙句、私のオリジナル・キャラクターで、当サイトで連載中の4コママンガ「みなと×みらい」のキャラクターである、戸田ゆたかという娘を描きました。特に曲と何の関連性もなく(笑)。今回のような抽象的なタイトルにぶつかると何を描けばいいか本当に困りますね。そういう時は何でもいいからそれっぽいのを描くようにしています。別のコンテンツにも使い回しが利くように(苦笑)。なお、本ページの加筆修正時(2011.2.19)にイラストを最初から描き直しました。今度は、同じく「みなと×みらい」のキャラクターで、先の戸田ゆたかの友人・平沼なつきと野毛山こはるも一緒です。

 さてさて。今回で私のお気に入り順で第8層はおしまいです。誰もが知っている有名曲からマニアックなインストまで、かなり多彩だったかと思います。

 次回からはお気に入り順を少しお休みして、「Jooju Boobu」開始時には未発売だった新作「裏庭の混沌と創造」から、第8層までに相応する程度に私がお気に入りの曲を6曲語ってゆきます。つまり、必然的に「裏庭〜」で私が一番好きな曲が次回・・・記念すべき第100回を飾る曲となります!

 同時紹介の番外編もご覧ください。『Some People Never Know』と同じアルバムに収録のカヴァー曲です(あの曲しかない!)。

 (2011.2.19 加筆修正)

アルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」。出来は荒っぽいけど、佳曲たっぷり!ウイングスのデビュー・アルバム。

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