Jooju Boobu 番外編(6)

(2006.2.16更新)

Love Is Strange(1971年)

 忘れた頃にひょこっと顔を出してくる「Jooju Boobu」番外編。これまで5曲を紹介してきました。その5曲はいずれもリンダやデニー・レインといったポール以外のウイングスのメンバーによるヴォーカル曲でしたが、番外編は何もそれだけが対象ではありません。ビートルズ解散後のウイングス時代・ソロ時代にポールが取り上げた他人の曲・・・いわゆるカヴァー曲も、本編とは別にこの場で紹介してゆきます(『Walking In The Park With Eloise』のみ、ポールの肉親が書いた曲なので特別に本編で紹介しています)。私のお気に入りの曲から順に取り上げてゆく中これまで偶然その機会がなかっただけで(汗)、例えばロックンロールのカヴァー・アルバム「CHOBA B CCCP(バック・イン・ザ・USSR)」や「ラン・デヴィル・ラン」の収録曲なども今後紹介してゆく予定です。(2011.3.30追記:このページの執筆当時私がその2枚をまだ聴いていなかった、というのは大きく響きました。)そして、当コラムでついにポールによるカヴァー曲の先陣を切ることとなるのが、今回ご紹介する番外編第6回、『Love Is Strange』です。本編で同時紹介している『Some People Never Know』と同じく、ウイングスのデビュー・アルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」(1971年)に収録された曲ですが、ウイングスが公式スタジオ・アルバムで発表した数少ない、非常に珍しいカヴァー曲となっています。ポールが他人の曲をカヴァーする時、オリジナルを忠実に再現する場合と、自分なりの解釈を加えて大胆にアレンジする場合とではっきり分かれるのですが、今回の『Love Is Strange』は後者に当たります。そしてこれが実にウイングスらしく、ポールらしい仕上がりなのです。もはやオリジナルとは別の新曲といった趣も感じられるこの曲のカヴァーですが、ポールはどのようなアプローチで切り込み、「マッカートニー・ミュージック」として消化していったのでしょうか?聴き所などと合わせて語ってゆきたいと思います。

 思えば、ポールは'70年代・・・つまりウイングス時代にカヴァー曲を公式発表することはほとんどありませんでした。そもそも、その前にポールが在籍していたビートルズもアルバム「4人はアイドル」(1965年)を最後にシングル・アルバム双方の収録曲をメンバーの自作曲のみで固めていましたから、ポールがレコードで他人の曲を歌うのを我々リスナーが聴く機会は長いことなかったわけです。そこには、ポールの創作意欲がますます勢いを増し、わざわざカヴァー曲を取り上げなくとも自作曲で十二分にアルバムを満たすことができるという強力な理由が反映されていることは言うまでもありません。まして、ビートルズ解散後の一時期(特にウイングス時代)はポール自ら書いたビートルズナンバーですら一部がライヴで演奏されたのを除いて頑なに拒んできたほどですから、「過去を振り返らず、新曲で勝負しよう!」という意気込みは相当強かったのです。事実、ウイングスが公式発表した曲の95%以上はウイングスのメンバーが何かしら作曲にかかわっていますし、残り5%ほどのカヴァー曲も大半はライヴでしかお目見えしていない曲です(デニーのヴォーカルによる『Richard Cory』『Go Now』、「カンボジア難民救済コンサート」での『Lucille』)。そして、スタジオ・レコーディングに絞るとウイングスによるカヴァー曲はなんと!たった3曲しかありません。1つは「ヴィーナス・アンド・マース」のラスト・ナンバー『Crossroads』、それからザ・カントリー・ハムズ名義の『Walking In The Park With Eloise』(ただしポールの父親の曲!)、そしてもう1つが今回ご紹介する『Love Is Strange』です。さらに、「歌のあるスタジオ・レコーディングのカヴァー曲」は・・・『Love Is Strange』1曲しかありません。無論ウイングスはジャム・セッションやリハーサル、そしてコンサートではカヴァー曲を結構な数演奏していますし、1972年にはトーマス・ウェインのヒット曲『Tragedy』をアルバム用に正式録音しつつもお蔵入りに・・・というエピソードも残していますが、結果的にはこれらカヴァー曲は、ウイングスが他人の曲を演奏し、歌うのを楽しめる非常に貴重な音源となっています。'80年代後半以降、ロックンロールのカヴァー・アルバムやライヴ盤、トリビュート・アルバムなどで積極的にカヴァーを披露している現在のポールからは少し想像できないですね。

 さて、そんなレアなカヴァー曲『Love Is Strange』のオリジナルは米国のデュオ・グループ、ミッキー&シルビアが1956年11月にデビュー・シングルとして発表したフォーク・ソングです。元々音楽学校の先生もしていたミッキー・ベイカーが、当時相次いでいたデュエット・ブームに可能性を見出し生徒のシルビア・ロビンソンと結成したのが始まりのミッキー&シルビアですが、この曲は全米最高11位を記録し、結果的に彼らにとって最大のヒットとなりました(ミッキー&シルビア自体は'60年代中盤まで活動していたそうですが)。1987年に映画「ダーティ・ダンシング」に使用されたので、このオリジナル・ヴァージョンは日本でも結構有名らしいです。邦題は「恋は異なもの」。ウイングスの方には採用されていない、古臭い邦題ですね(笑)。作曲は後にセッション・ギタリストとして大成するミッキーと、イサー・スミスとの共作名義です。ミッキー&シルビアのヴァージョンは、いかにも'50年代後半といった感じのフォーク調で、「ペンペン」という音をしたエレキ・ギターとパーカッションが耳に残るゆったりとした演奏です。そこにミッキーとシルビアがほぼ全編に渡って息の合ったデュエットを聞かせます。後半には2人がお互いの名前を呼び合う形の微笑ましい台詞もフィーチャーされています(これはウイングスでもポール&リンダで聴きたかった・・・)。どことなくポールが敬愛するバディ・ホリーの作風にも似ていますが、そのバディも密かにこの曲をカヴァーしていて、死後1969年になってその音源が陽の目を浴びたというのが面白い話です(ビートルズも取り上げたバディの『Words Of Love』のギター・フレーズに影響を与えたという一説も)。また、エバリー・ブラザーズやボ・ディドリーなど著名アーティストによるヴァージョンもいくつかあって、'50年代を生きてきたミュージシャンの間では一種のスタンダード・ナンバーとして定着しているようです。

 これを、オリジナルが発表されてから15年も経った1971年に、我らが天下のポール・マッカートニーがカヴァーし公式発表に至りました。ビートルズ解散後にポールが愛妻リンダと共に結成したバンド、ウイングスの記念すべきデビュー・アルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」でのことでした。「ウイングス・ワイルド・ライフ」については、同時紹介の『Some People Never Know』で制作背景を長々と振り返っておりますのでここでは割愛しますが(汗)、ポールの「新たな仲間(特にリンダ)と一緒に早くステージに立ちたい!」という強い思いからわずか3日ですべての録音を済ませてしまったという、いわくつきのアルバムであり、リハーサルもままならぬ未熟な状態で発表を強行したことが災いしてチャートで惨敗を喫し、評論家たちから酷評を浴びせられたのはご存知の通りです。今では、ラフながらも佳曲が詰まっている点が隠れた魅力として再評価されていることは、『Some People Never Know』の方で触れてあります。その「ウイングス・ワイルド・ライフ」において、この『Love Is Strange』は紅一点のカヴァー曲であり、さらにはウイングスはもとよりポールのビートルズ解散後初のカヴァー曲。ポールがカヴァー曲を発表するのは1965年以来なので、アルバムとは別の意味で「記念すべき」と言えますね。いくら当時ヒットしたとはいえ、1971年の時点で既に活動していないグループの15年前の曲をなぜ突然取り上げようと思ったのかはポールのみぞ知る所ですが・・・(苦笑)。ポールは自分が青春の真っ只中だった1957年頃の曲を特に愛聴し、何かにつけて頻繁に演奏する傾向にあるので、もしかしたらその一環かもしれません。ハイペースで新曲を量産する多作のポールが率いているはずなのに他人の曲が混じっているのは、デビューしたてのウイングスが深刻なレパートリー不足に陥っていたためなのは確かでしょう。いくらポールでも新しいグループの結成に奔走していては曲作りも追いつかなかったでしょうし、顔を合わせて間もないメンバーが3日間という無理難題の超短期間でアルバムを完成させるにはコードもメロディもシンプルな練習しやすい曲を用意しないと到底間に合わず、やむなくスタンダードである『Love Is Strange』で穴埋めをした・・・という苦労が見えてきそうです。特にこの曲に関しては、ジャム・セッションとリハーサルと本番のレコーディングを全部いっぺんに兼ねてしまったかのようです(汗)。ウイングスが下積み時代をたっぷり経験したバンドだったら、そしてデビュー・アルバムに多くの時間を割いていたら・・・きっとこの曲は取り上げられなかった、最低でも公式発表はされなかったかもしれません。そうは行かなかったのがウイングスらしくていいんですけどね。

 しかし、だからといって完璧な手抜きで終わってしまわないのがウイングスの、そしてポールのすごい所です。まぁ、他の時期に比べると手抜き気味なのは制作背景を見れば仕方ないですが・・・(汗)。ポールは、『Love Is Strange』を単なるカヴァーでは終わらせませんでした。オリジナルに沿っただけの凡庸なものになるどころか、ミッキー&シルビアが聴いたらきっと動転してしまうような意表をついた方向から原曲をぶち壊しにかかったのです!しかもそのアレンジはかなり凝っていて、同時にウイングスならではの魅力が全面に押し出されているのですから、これは只者ではありません。ここではもうすっかりオリジナルの手を離れて、ポールによる唯一無二の音楽空間・・・言うなれば「マッカートニー・ミュージック」に再構築されてしまっています。その特徴についてはこれから述べてゆきますが、あの忙しい時期に短期間で原曲を練り直し、自分なりの解釈で新たなアレンジを計算し尽くしてしまうなんて、ポールにしかできない芸当ですね!「CHOBA B CCCP」や「ラン・デヴィル・ラン」でも、誰も想像し得なかった大胆なアプローチでスタンダード・ナンバーをカヴァーして我々を驚かせているポールですが、この曲はその先駆けに挙げられるでしょう。それでは、コンポーザーとしてのみならずアレンジャーとしても優れた才能を発揮するポールの奇抜なアイデアを早速見るとしましょうか。

 まず一番驚かされるのは癖の強いリズムでしょう。面白いことに、ウイングスは元々フォーク・ソングであるこの曲をレゲエ・アレンジにしているのです!こんなアレンジ他に誰が思いつくでしょうか(笑)。だって、フォークとレゲエですよ?どう頭をひねったらこんな答えが出てきたのやら・・・。バディ・ホリーやエバリー・ブラザーズといった先輩格が基本的にオリジナルに忠実な軽い弾き語りでカヴァーしているのとは正反対です。バディを敬愛してやまないポールなら素直に右に倣いそうでもありますが、その期待をことごとく裏切ってくれました。おかげで、オリジナルで漂っていたほのぼのした雰囲気はそのままに、気分はすっかり真夏の海にいるかのよう(苦笑)。リズムだけ取ってもすっかり別物です。何とも陽気なこのレゲエ・アレンジ、実はポールの人一倍嗅覚の鋭い音楽嗜好が多大に関係しています。

 '60年代後半にスカというリズムから発展してジャマイカで誕生したレゲエは、今でこそ世界中で広く親しまれるポピュラーなジャンルに成長していますが、'70年代初頭にその存在を知る人は少ししかいませんでした。あのレゲエの神様、ボブ・マーリーですらメジャー・デビューする前で、ジャマイカ国内で活動していました。それに早くから注目していたのがポールです。長いキャリアの中でポールはロックの枠にとどまらず、クラシックやジャズからテクノやハウスまでどんな音楽にでも深い関心を示し、自作曲にもそのスタイルを果敢に取り込んでゆくという寛容な長所を持っているのですが、まだ無名だったレゲエにも強い影響を受け、当然のごとくはまっていったのです。新婚の奥さん・リンダもまたレゲエが好きだったのをよいことに、レゲエのレコードを聴きあさるのはもちろん、実際にジャマイカに旅して別荘まで設け、レゲエ・フリークぶりを急速に高めてゆきました。こうなれば、自らの曲作りにレゲエのリズムを導入するのは時間の問題。'70年代に入るとポールは数々のレゲエ風ナンバーを残すようになります。ポール&リンダご推奨の『C Moon』はその最高峰ですし、『Good Times Coming』『How Many People』やリンダの『Seaside Woman』もそう。そしてその皮切りとなったのが、この『Love Is Strange』で見せたレゲエ・アレンジなのです。自分でレゲエを書く前に、とりあえず他人の曲をレゲエにしてみようか・・・という考えだったのか否や。ジャマイカとは全く無縁のフォーク・ソングが実験台というのが変な目の付け所ですが・・・ともかく、ポールのレコードに初めてレゲエ・ナンバーが登場した瞬間となりました(ビートルズ時代にスカを取り入れた有名な『Ob-La-Di,Ob-La-Da』があるものの)。後に『赤鼻のトナカイ』や『Got To Get You Into My Life』『Tomorrow』まで何でもかんでもレゲエ化してしまう人だから今は別段不思議でもありませんが、当時は斬新な試みとしてファンの間で大変驚かれたことでしょうね。アルバムがヒットしなかったのであまり注目されなかったかもしれませんが(汗)。無二の親友ジョン・レノンもかつて「いつかレゲエの時代が来る」と予言しましたが、レゲエが世界的な評価を得ていなかった頃にその魅力を知らしめたポールの先見の明を感じる、カヴァーとはいえ興味深い1曲です。

 フォーク・ソングをレゲエに大変身させてしまった上で、さらに妙な曲構成を採用しているのがまた面白いです。前半の約1分半をずっとインスト状態にして、後半になってようやく歌が入っているのです。これは、元々場当たり的に演奏していた所から発展したためインスト・ナンバーにする予定だったのを、急遽方針転換してヴォーカルを追加したことによって起きた現象と言われています。まるで2001年の『Heather』に似たユニークな構成ですよね。もはやミッキー&シルビアの影も形もありません。ただ、中盤以降もたびたび長い間奏を挟むので、イントロが1分半も続くのはちょっと長い気もしますが(汗)。何せ、3分ちょっとで終わるオリジナルに比べ、ウイングス・ヴァージョンは演奏時間が5分近くもありますから・・・。いつまで経っても先に進まないだらだらした展開に飽きてしまうという論評もあるほどです。この辺は、発表を急ぎすぎたポールのプロデュース不足が仇になったかなぁと思います。確かにユニークだけど極端にやりすぎたというか。『Some People Never Know』の方にも書きましたが、レパートリーが少なかったので、各曲の演奏時間を水増ししてLPとしての体裁を保とう、という意図が予想できてしまいます。レゲエにしてしまうというアイデアがすごいだけに、詰めの甘さが残念ですね・・・。

 「ウイングス・ワイルド・ライフ」では、別時期に既に録音されていた『Dear Friend』以外は外部ミュージシャンを招かず、結成当時のウイングスのメンバー4人のみで演奏しているので、この曲もごくシンプルなバンドサウンドに仕上がっています。一応ギターとパーカッションが後にオーバーダブされていますが、それも最小限に抑えてあり決して分厚くはありません(むしろ薄っぺらで物足りないかも・・・)。先述のように、結成したばかりのバンドがジャム・セッションとリハーサルを兼ねて本番に臨んでいるので、その後のウイングスの諸作に比べるとたどたどしく統一感に欠け、デモ・テープさながらの散漫さが残ってしまっています。そこを評論家たちに叩かれてしまったわけで、人気が低迷している要因なのですが、好意的に捉えれば何の装飾も施さないことでバンドのグルーヴが率直に表れたエネルギッシュな演奏と言えます。何より、メンバーの誰もが新しいバンドとして一緒に演奏できる楽しさを味わっているのが音だけでも伝わってくるのがうれしいですね。たとえ演奏は下手でも、行動を共にした時間は短くても、気持ちは既に1つに固まっていたのです。ウイングスで「最もいい加減」だとこき下ろされることがしばしばの「ウイングス・ワイルド・ライフ」A面ですが(汗)、やたら長いのを無視すればこの曲はA面4曲の中でもかなりまとまっていると思います(少なくとも『Bip Bop』よりは)。

 曲はカウントから始まり(ただし音量を相当上げないと聞こえない)、例の長い長いイントロが1分半続きます。主役はやはり、曲想を思い切り変えてしまったレゲエ・ビートを繰り出すドラムスでしょう。演奏はもちろんウイングスの初代ドラマー、デニー・シーウェル。ポール&リンダの共同名義で発表した前作「ラム」のセッションに参加したのがきっかけでウイングスに加入したのですが、ポールはシーウェルを選んだ理由について「タムタムのたたき方が上手だったんだ」と語っています。タムタムが上手といえば、ジョー・イングリッシュやスティーブ・ホリーといったウイングスの歴代ドラマーもそうであり、一貫してポールのこだわりだったのでしょう。この曲では、そんなポールを満足させるべくシーウェルがタムタムをたっぷり盛り込んだプレイを早速聞かせてくれます。何度か登場する比較的長めのドラムソロでその巧妙さをじっくり堪能できますが、典型的なレゲエ・ビートともだいぶ異なるパターンは何と言うか・・・「変てこ」という形容詞がぴったりです(苦笑)。恐らくこんなドラミングは本場ジャマイカでは通用しないでしょう。これを思いついたのがシーウェルなのかポールなのかは不明ですが、様々なジャンルに手を突っ込みつつ決して深入りはせずに自分なりに消化してゆくポールらしさが表れていますね。『C Moon』に顕著な、ポールのレゲエ“風”ナンバー特有の似非っぽさが既に垣間見られます。

 そのリズムを中心に据え、右チャンネルにオルガン、左チャンネルにエレキ・ギターが入ります。2音が延々と繰り返されるだけのオルガンを弾いているのは、明らかにキーボード練習中のリンダさんでしょう。'50年代ならではのコード進行がシンプルなこの曲は初心者が挑戦するにはうってつけですよね。必死に他メンバーについてゆこうと頑張る姿を想像すると微笑ましいです。ギターは左寄りと中央寄りの2本ありますが、前者がデニー・レイン、後者がポールによるオーバーダブでしょう(たぶん)。イントロでの音色は「ペンペン」していて全然レゲエらしくないですが、かといってミッキー&シルビアのようにバディ・ホリーっぽくもありません。ポールはベースも弾いており、いつも通りツボを上手く押さえています。長いイントロが明けて歌が入ってからは、レゲエ風の中に普段のロックらしい演奏も顔を覗かせてきます。左寄りのリズム・ギターは依然として「ペンペン」のままですが(笑)、中央寄りのギターは間奏で伸びやかなソロを聞かせ、徐々に曲はハードさを帯びながら盛り上がってゆきます。

 メンバーの当時の個性と力量を最大限引き出した演奏だけでも十分ウイングスらしく再構築していると思うのですが、ヴォーカル面がさらにウイングスの魅力を強くアピールしています。そう、後年ウイングス最大の武器となる美しいハーモニーを、この曲で早くも堪能できるのです!デュオ・グループだけあってハーモニーが一番の売りであるミッキー&シルビアのオリジナルに負けず劣らず、です。ウイングス・ヴァージョンも、オリジナルとは構成が違うもののほとんどの部分がハーモニーで歌われています。リード・ヴォーカルはポールで、それをリンダとデニー・レインが支える格好ですが、各自の独特な声質を生かしながらも、3声がきれいに均等に混ざり合っています。このトリオが以降10年に渡って奇跡的なコーラスワークを多くの名曲で残してゆくことになるのは改めて言うまでもありませんが、既にデビュー・アルバムで奇跡は生まれていたのです。わずかな制作期間で、リンダに至ってはヴォーカリストとしての腕も未熟だったのに、この曲や『Tomorrow』『Some People Never Know』で絶妙なハーモニーを披露しているのだから本当にすごいですね。これが「手抜き」と誰が言えるでしょうか!また、ただ3人が全編通して一緒に歌うだけでないのもポイントで、途中一部分だけポールが単独でヴォーカルを取る箇所も登場します。他のマッカートニー・ナンバーにも共通しますが、ずっとハーモニーが続いた後でいきなりポールの単独ヴォーカルが来ると、不思議な新鮮感があって思わず惚れ直してしまいますよね(笑)。その後は演奏と合わせて一気に華やかに盛り上がり、リンダ&デニーが大きな声で“La,la,la,love is strange〜”と繰り返し歌う中、ポールのテンションは最高潮に達します。当初のソフトな声質とコントラストを効かせた、熱のこもったアドリブ・ヴォーカルはとってもかっこいいです!ちょっと『With A Little Luck(しあわせの予感)』のスタイルを予感させたり・・・。そして、エンディングはレゲエとは到底かけ離れたハードなギター・フレーズと派手なドラミングにのせて、意外すぎる展開で締めくくります。この部分での3人のハーモニーも必聴です。オリジナルはフェードアウトしてしまいますが、カヴァーする際にしっかりエンディングを決めるのはビートルズ譲りのポールがよく使う手法ですね。このように、コーラスを重視することで他のロック・バンドと一線を画したウイングスの魅力が、いろんな工夫によって細かく計算され、巧みに散りばめられているのです。ここまで徹底したのなら、オリジナルにあった台詞部分もポールとリンダで再現してほしかったですが・・・(苦笑)。歌詞も恋愛について歌った「バカげたラヴ・ソング」だし。

 フォーク・ソングの『Love Is Strange』がすっかり「マッカートニー・ミュージック」として消化され、ウイングスに似合うように生まれ変わったことがよくお分かりになったかと思います。さて実はこの曲、当初は「ウイングス・ワイルド・ライフ」からシングルカットされる予定でした。年を越して1972年早々にはB面に「I Am Your Singer」を収録したシングルを発売すべくテスト盤を制作し、カタログ・ナンバー(型番)も準備されていました。つまり、この曲がウイングスの記念すべきデビュー・シングルとなるはずだったのです。しかし・・・残念なことに、この計画はおじゃんとなってしまいます。言わずもが、1月30日に北アイルランドで起きた「血の日曜日事件」に憤慨したポールが、事件を非難したプロテスト・ソング『Give Ireland Back To The Irish(アイルランドに平和を)』を急遽書き上げたためです。この新曲をいち早く世界に発信したかったポールは、企画進行中だったシングル「Love Is Strange」の発売を取りやめ、即行で録音を済ませた『Give Ireland Back To The Irish』を代わりにシングル化することを決定。2月25日にウイングスのデビュー・シングルとして発売されるに至りました。こうして、予想外の展開により『Love Is Strange』は単なるアルバムナンバーに終わってしまうことに(汗)。結局「ウイングス・ワイルド・ライフ」からのシングルカットは1つも実現しませんでした。それほどポールにとって「血の日曜日事件」の衝撃が大きかったということですね。それにしても、もし何も起こらずこの曲が無事ウイングスのデビュー・シングルになっていたら、リスナーが抱くウイングスの印象もだいぶ変わっていたことでしょう。ロック節炸裂のプロテスト・ソングと、ほのぼのしたデュエットによるフォーク・ソングですから・・・。さらに、ほとんどの楽曲がメンバーの自作曲で占められているのに、カヴァー曲がデビュー・シングルという異様な事態が生じたことになります。ビートルズ時代、プロデューサーが用意した他人からの提供曲を断ってまでオリジナルでデビューを果たしたポールが、なぜ自身のグループのデビュー・シングルにカヴァーをあてがおうとしたのかには謎が残りますね・・・。

 デビュー・シングルの座を追い払われた後について少しだけ。「ウイングス・ワイルド・ライフ」の売上不振でほろ苦いスタートを切ったウイングスは、リード・ギタリストにヘンリー・マッカロクを迎えて5人編成となり、「血の日曜日事件」直後の1972年2月からポール念願のコンサート・ツアーに赴きました。ファンの間では有名な「大学ツアー」です(英国各地の大学を行き当たりばったりに訪れてゲリラ・ライヴを開くというもの)。このツアーではアルバム制作に続き相変わらず深刻なレパートリー不足に陥っていたため、演奏された曲のほとんどが「ウイングス・ワイルド・ライフ」収録曲かカヴァー曲でした。そういう状況下では当然この曲の出番も期待できそうなのですが・・・不思議なことにセットリスト入りすることはありませんでした。それどころか、その後のウイングスのコンサートでも演奏されず、結局ウイングスはスタジオ・ヴァージョンの発表後一度も公に取り上げていません(汗)。これは意外です。ポールのレゲエ嗜好や、ウイングスのハーモニーの美しさをアピールするにはこの上ない曲だし、アルバムのセッションで散々練習してこなれているはずなのに・・・。その割に大学ツアーではリトル・リチャードの『Lucille』やビル・モンローの『Blue Moon Of Kentucky』といった新たなカヴァー曲にも挑戦しているのも不思議な話です。

 そうしているうちにウイングスは解散し、ポールも円熟したソロ活動に邁進・・・と誰もが忘れかけていた頃にふと取り上げるのだからさらに不思議です(笑)。なんと、ポールはウイングス解散後に一度だけこの曲を再演しているのです!それは「ウイングス・ワイルド・ライフ」から実に15年後の1986年11月4日のこと。ちょうどポールが暗黒の'80年代に突入し急速に求心力を失っていた頃ですね。この日ポールは、米国はアリゾナ州にある「Halfway Station」というレストランで、新曲『Stranglehold』(アルバム「プレス・トゥ・プレイ」収録)のプロモーション・ヴィデオの撮影に臨みました。翌1987年にマッカートニー作品のプロデュースに携わるフィル・ラモーンも同席する中、「プレス・トゥ・プレイ」に参加したドラマーのジェリー・マロッタや数人のブラス・セクションたちと共に録ったマイミング(口パク)による『Stranglehold』の演奏シーンはプロモ・ヴィデオで堪能できますが、この本番前にちょっとしたジャム・セッションをやっていて、その音源がなぜかブートで出回っています(「Arizona Soundchecks 1990/Cactus Club Arizona 1986」などのブートで聴ける)。ほとんどはあまり聴くに値しないと評される即興曲なのですが、その中に『Love Is Strange』が含まれているというのです。ウイングスのライヴでは演奏しなかったのに、なぜこのタイミングで演奏したのでしょうか・・・?残念ながら私は一連の音源を入手しておらず、この曲に関しても一度だけ聴く機会があったのみ(しかもうろ覚え)なので詳しい解説はできませんが(汗)、ウイングス・ヴァージョンともミッキー&シルビアのオリジナルとも全然違うアレンジだったはずです。ブラス・セクションも参加していますから。なお、現在発見されているこの曲のアウトテイクはこれだけで、「ウイングス・ワイルド・ライフ」セッションのアウトテイクは残されていません。

 さぁ、書くことがなくなりましたのでここまでにしましょう(苦笑)。この曲はいろんな面でユニークで、そこがお気に入りのポイントです。レゲエもどきのリズムはもちろん、長い長いイントロや意表をついたエンディング、ウイングスならではのハーモニーと、1曲の中で様々な個性が発揮されていますよね。私は(当然のごとく)ウイングスのカヴァー・ヴァージョンを先に聴き、だいぶ後になってミッキー&シルビアのオリジナルを聴いたのですが、あまりのアレンジの違いに「これが同じ曲!?」と驚いてしまいました。ミッキー&シルビアの方も微笑ましい台詞があって面白いのですが、やっぱりポールの方が一枚上手に思えます。何しろ、最初聴いた時てっきりポールの自作かと勘違いしてしまったほどですから。メロディもシンプルでキャッチーだし、お得意のレゲエだし、歌詞もストレートなラヴ・ソングだし・・・。それほどポールが上手くオリジナルを料理して自分のものにしているということなのでしょう。ウイングス史上稀に見るカヴァー曲ですが、今まで見てきたようにすっかりウイングスらしい仕上がりに消化されているので、ポールが取り上げたカヴァー曲の中では皆さんにもかなりお勧めです。アルバムを通して聴くと、やや冗長な感じが強まりますが・・・(汗)。

 同時紹介の『Some People Never Know』もそうでしたが、タイトルがあまりにも抽象的なため今回イメージ・イラストを何にしようか非常に悩みました(苦笑)。そして結局、ヴァレンタイン・イラストを兼ねた形で(注:初回執筆日は2月16日)マンガ「魔法先生ネギま!」のキャラクター、柿崎美砂・釘宮円・椎名桜子を描いただけという、何だか分かったような分からないような感じのイラストに落ち着きました(笑)。恋は異なものです。

 本編第99回『Some People Never Know』もぜひご覧ください。次回の番外編は果たしていつになるでしょうか・・・?

 ※2011.3.11 このページの加筆修正中に、東北関東大震災に遭いました。震度5強という非常に強い揺れでしたが、幸い最小限の被害に済みました。

 (2011.3.30 加筆修正)

アルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」。実は意外と佳曲の多いウイングスのデビュー・アルバム。本来ならこの曲が第1弾シングルに・・・。

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