Jooju Boobu 第96回

(2006.2.06更新)

Loup(1st Indian On The Moon)(1973年)

 今回の「Jooju Boobu」は、またもやマニアックに戻ります(笑)。しかも、このコラムでは久々に取り上げるインストゥルメンタル・ナンバーです!『Frozen Jap』以来でしょうか。今回ご紹介するのは、初期ウイングスのアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」(1973年)に収録された唯一のインスト『Loup(1st Indian On The Moon)』です。「レッド・ローズ・スピードウェイ」といえば、ポールらしいメロディアスで甘美なポップやバラードの佳曲が多く詰まっていて、ウイングスはもちろんビートルズ解散後何かと非難され続けていたポールの名声を復活せしめたアルバムですが、そんな中でこの曲は明らかに異彩を放っています。それは悪く言えば「浮いている」という意味にもなるのですが・・・(汗)。それゆえにファンの間でも評価は芳しくありません。しかし、この曲には「アルバムの流れをぶった切る厄介なインスト」として切り捨ててしまうにはもったいない魅力があります。たとえ歌はなくとも、たとえ異色でも、アレンジ面をはじめ楽しめる要素がたくさんの曲だからです。ポールが公式発表したインスト・ナンバーの中でもかなり練られた部類に入るこの曲の聴き所を語って、この曲の魅力をお伝えしてゆきたいと思います。

 ポールは、よく「稀代のメロディ・メイカー」という呼び名で称賛されることがあります。ポール・ファンならそのようなことはあえて言わずとも周知のことでしょう。そしてポールは実際に、その称号に十分恥じないほど数多くの楽曲を書いてきました。少年時代から60歳代に突入した現在まで、ほとんど休むことなく書き続けてきたのです。ビートルズやウイングス、そしてソロとして公式発表された曲だけでも数え切れないですが、レコーディングされたもののボツになってしまった曲や、デモテープの段階で却下されてしまった曲、さらにはポールの頭の中にしか残されていない曲も加えて、すべてを合わせると実に膨大な量になります。もはや書いた本人も把握しきれていないのではないでしょうか(苦笑)。いかにポールがメロディ・メイカーであるかがこれだけでも分かりますが、量産しすぎるゆえにすべてを発表できないという贅沢な悩みも生じてきます。先に触れたような過程で未発表に甘んじている曲は、なんと公式発表されたものに追いつかんほどの数に上ります(ブートで流出している分だけでもすごいです!)。つまり、公式発表曲はポールが生み出した音楽の「氷山の一角」に過ぎないのです!そう考えると、レコーディングにこぎつけただけでも幸せなもので、実際にアルバムやシングルに収録されるのは奇跡に近い出来事・・・なんですね。何10年もお蔵入りになったり、何度も拾われかけたものの結局は発表されなかった曲があることがその裏付けです。いわば、公式発表曲は「熾烈なオーディション」を勝ち抜いてきた一級品というわけです。

 そうしたプロセスの中で、当然ながらあまり出来がよくないものはオーディション段階で落選してしまい、あるいはオーディションに参加すらできず、未発表の憂き目に遭ってしまいます。誰が聴いても名曲の軍配が上がる曲ですら勝ち残るのが厳しい環境なのだから当然のことです。それを審査するのはもちろんポール本人であり、あるいはプロデューサーや往々のバンドのメンバーかもしれません。この時不利な状況になりがちなのが、インスト・ナンバー、つまり歌が入っていない音楽だけの曲です。特に、目的もコンセプトもなくただただ取り留めなく録音したインストは質がよくないとして切られてしまう傾向にあり、ほとんどはデモ段階あるいはアルバムの選曲段階で候補から漏れ、お蔵入りになるのが常です。ビートルズが現役時代に公式発表したインストがほんのわずかなのは象徴的ですね。しかし、一級品を追求するポールもごく稀に、このようなインストを公式発表することがあります。決して数は多くないですが、お遊び感覚の強い「マッカートニー」「マッカートニーII」といったアルバムや、シングルB面などには変てこなインストが結構生き残っています。ビートルズ解散後、特にセルフ・プロデュースのアルバムに多いのは「選曲に指図する人間がいなくなって、質の悪い曲まで採用するようになった」という意見もあるようですが(汗)。それでも、完成度の高い、いわゆる“普通の”アルバムにインストが収録されることが(相当な理由がない限り)難しいのがポールです。

 さて話は変わって、ウイングス2枚目のアルバムである「レッド・ローズ・スピードウェイ」が、'70年代初頭酷評ばかりもらっていたポールの音楽活動を好転させたことは皆さんご存知ですよね。ビートルズの元メンバー(特にジョン・レノン)との険悪な対立が続く上に、評論家集団からは「ビートルズを解散させた男」という不当な悪名を着せられ、ソロ・アルバムは相次いで難癖をつけられ・・・四面楚歌状態に陥っていたポールが新たなパートナーである妻リンダと共に結成したバンド、ウイングス。しかし、1971年末のデビュー・アルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」がラフな音作りが災いして再びこき下ろされ、こちらも前途多難でした。ポールは生まれたてのウイングスを何とか軌道に乗せようと奮闘し、一から出直しのライヴ活動を重ねる合間に新曲を量産してゆきました。そして次なる一手として始まったのがニュー・アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」のセッションです(1972年3月〜10月)。この時は前作の不発を反省し、レコーディングに十分な時間を充てじっくり制作。バンドの結束力も高まり、たどたどしかった演奏も徐々に息の合ったものになります。そして何より、怒涛のようにポールが書き下ろした新曲はアルバムを作るのに十分な量でした。しかも、美しいメロディを重視してポールの長所を生かした曲ばかりが揃いました。さらに、2枚組にできるほどの数あったものを9曲に厳選したことで、洗練されたポップやバラードが主流の内容となり完成度は飛躍的に向上しました。このように念入りに作られていったアルバムが「ポールらしさ」を求めるリスナーに多く受け入れられ、ファンはもちろん頭の固い評論家たちまでもうならせたのは言うまでもありません。マッカートニー・バラードの名曲『My Love』を筆頭としたシングル・ヒットも重なり、ウイングスそしてポールはその評価を一気に高めました。ポールの人生が再び「赤いバラ色」に染まった瞬間でした。

 『My Love』に代表されるようにポール節満開の“ごく普通の”曲が並んだその「レッド・ローズ・スピードウェイ」に、なぜか取り留めのない変てこなインストが1曲収録されています。そう、それが『Loup(1st Indian On The Moon)』です。「ウイングス・ワイルド・ライフ」収録の2曲の短いリンクを除けば、「マッカートニー」以来のインストです(ウイングスでは初めて)。先述のように、インストが生き残ること自体大変厳しいポールのアルバム・・・しかも“普通の”アルバムにおいては極めて異例の事態。それも、ポップやバラードで占められる中にぽつんと、B面の片隅に無造作に奇怪なインストがあるのですから!そもそもアップテンポの曲がほとんどないというのに(他に『Big Barn Bed』『Get On The Right Thing』と4曲メドレーのみ)。A面からバラードナンバーが4曲も続いた後で、アルバムを華やかに締めくくるあの4曲メドレーの手前というのも面白い位置です。「レッド・ローズ・スピードウェイ」で断然異色の存在となり、1曲だけ浮いているかのように見えるのも無理はありません。また「甘い採用基準でポールが暴走している」という声が聞こえてきそうです(汗)。

 しかし、だからと言って「インストだからきっと陳腐でつまらないんだろう」と決め付け聴かないでいるのは非常にもったいないです。冒頭のお話に戻りますが、アルバム全体のカラーからはちょっと離れているものの、実は聴いていて結構楽しめる曲なのです。聴くたびに新たな発見がある、そんな感じでしょうか。ポールの取り留めないインストには、あまりにも単調すぎるか、あまりにも斬新すぎるかに偏ってしまいとっつきにくいという難点がありますが、この曲はインストとしては非常によく練られていて完成度が高い上に、程よく前衛性を帯びていて刺激的で、コアなマニアでなくとも割と聴きやすく仕上がっています。そこはさすが洗練されたアルバムの収録曲ということなのでしょうね。どんな所が面白いのか、この曲の魅力をこれから見てゆきましょう。

 まず、タイトルに珍しく副題がついているのが印象に残ります。「1st Indian On The Moon」つまり「月の上に立った初めてのIndian」という意味ですが、この「Indian」がいわゆる「アメリカ先住民」を指すのか、それとも「インド人」を指すのかはポールのコメントがないので不明です。もし「アメリカ先住民」の意味だとすれば、ブラジル先住民を題材とした『Kreen-Akrore』(1970年・「マッカートニー」収録)に続きマイノリティがタイトルに登場するインストになり、興味深い所です。ちなみに、月の上に立ったのならきっと宇宙飛行士かもしれないと思い、実在するか少し調べてみたのですが、名前に「Loup」がつくのはただ1人(Jean-Loup Chretien)、しかも彼は初めて宇宙に行った“フランス人”でした(笑)。また、初めて宇宙に行ったインド人(Indian)はRakesh Sharmaという名前でした(しかも月には行っていない模様)。さらに2人とも'80年代に活躍した人物ということで、どうやらこの曲の「Loup」は宇宙飛行士とは無関係の、ポールが勝手に作り上げた想像上の人物と思われます。まぁ、「Loup」自体人名なのか全く分からないんですけど(汗)。「レッド・ローズ・スピードウェイ」発売2ヶ月前の1973年3月に発表されたピンク・フロイドのアルバム「狂気(The Dark Side Of The Moon)」にインスパイアされたという一説もあります。

 由来不明のこの奇妙な副題からは、「Indian」と「月」という突拍子もない2つのキーワードを挙げることができます。そしてこの曲は、この2つのキーワードを掛け合わせたかのようなアレンジが全体に施されていて、そこがまた面白いです。言い換えれば、この曲では「エスニック」と「スペーシー」2つの味を混ぜ合わせた一種ユニークな作風が繰り広げられているのです!・・・意表をつきすぎて一言ではあまりぴんと来ないですよね(汗)。そのゆえんはこれから説明してゆきますが、ポールが描いた曲想自体興味をそそるのに加え、さらにこの曲はその2つの味を上手く活用した複雑な構成をしているのが大きな特色です。まるで複数の異なる曲を1つに纏め上げた感じの一種の組曲的展開を持っているのです(実際は最初から単体の1曲として作られたと思われるものの)。複雑な構成による組曲形式は、同時期の『The Mess』『Live And Let Die』を彷彿させますし、この後も大ヒット曲『Band On The Run』をはじめしばしばポールが試みている手法ですが、綿密に練り上げたことによってアルバムの他の収録曲にも負けない完成度の高さを誇っています。では、そんな曲構成を順を追って見てみましょう。

 まず、最初はバスドラムを効かせた重いイントロで静かに幕を開けます。ずっしりずっしりと、遠くから何かがやって来るように。ドラマーはもちろん、当時のウイングスのメンバーであるデニー・シーウェル。そして、そのビートに絡まってくるエレキ・ギターは同じく「レッド・ローズ・スピードウェイ」の頃までのメンバー、ヘンリー・マッカロク。ブルージーな風味滲んだスライド奏法はヘンリーならではで、初期ウイングスのトレードマークでもあります。それに導かれるように、シャッフル気味の速いリズムにのせて、コーラスがフィーチャーされるメイン・パートに入ります。この曲では唯一のヴォーカルであるコーラスは、先のスライド・ギターと同じメロディで「ウーウーウー」を延々と繰り返すだけ。歌っているのはウイングスの5人全員とクレジットされていますが、デニー・レインの声が一番目立っている気がします。メロディというメロディは「ウーウーウー」だけで、よってコード進行も極めて単調なものの繰り返しです。しかし、そのコーラスを支える各楽器の演奏がそれぞれ個性的で、一見退屈しそうな所をなかなか飽きさせません。特に、ポールが弾くベース・ラインはあえて「第2のメロディ」と呼べそうな耳に残るリズミカルかつメロディアスなリフです。これは皆さん必聴です!ポールのベース・プレイのファンなら特に!また、ヘンリーとデニー・レインさらにはポールの3人によるエレキ・ギターもたっぷり詰め込まれて曲を彩ります。リンダさんはオルガンを演奏。高音の持続音が幻想的な雰囲気を出しています。これにシーウェルのシャッフル・ドラムがあり、インストながら、いやインストだからこその緊張感漂う息の合った演奏をいろいろ楽しめるわけなのです。ウイングスのバンドとしての実力がデビュー当時から格段に向上したことも確認できます。このメイン・パートは、先のキーワードで言えば「エスニック」の味わいが打ち出されているでしょう。コーラスが醸し出す異様な雰囲気、引きずるようなリズムから匂う泥臭さは、東洋を意識したとも取れそうですよね。そうした意味では、「Indian」は「インド人」なのか・・・?インド音楽では全然ないですが。むしろ「アメリカ先住民」としての「Indian」っぽい?

 やがてリズムがストップしコーラスも終わると、しばしの静寂が辺りを包みます。リンダによるオルガンの持続音がバックで流れ続ける中、何やら信号音のような電子ノイズやパーカッションがランダムに鳴り響きます。前衛的で無機質なこのパートは、一転して「スペーシー」。まさに宇宙空間に投げ出されたかのような気分に駆られるアレンジがなされています。ここで例の「Loup」は月に着陸した、という設定なのでしょうか。信号音はどこか見知らぬ世界からの発信を例えたように聞こえますし。そんな中でもベースが単音を爪弾いていて、ここでもベーシスト・ポールを堪能できます。つかの間の幻想は、シンバルのジャラジャラ鳴る音でかき消されてゆきます。未知の隕石が遠くから飛んできたかのように・・・。すると今度はまた曲調が変わって、ジャズ風の跳ねたリズムのパートに移ります。なぜいきなりジャズなのかはポールのみぞ知る所ですが(苦笑)あっと驚く展開です。ここでは「エスニック」「スペーシー」どちらの雰囲気にも寄らない、また独特の雰囲気が出ています(ある意味日頃のウイングスの作風に一番近いパートかも・・・)。シーウェルの跳ねたドラミング、再度大活躍のポールのベース、そしてブルージーさ本領発揮のヘンリーのリード・ギターの3者による、いかにもジャジーなコンビネーションが絶妙。メイン・パートに劣らず聴き所でしょう!その間も、バックではリンダのオルガンが持続していて、やはり月面を歩いている気分にさせられます。

 ジャズ・パートも長くは続かず、力強いビートが入るとブレイクしてしまいます。そして、前半登場した「エスニック」なメイン・パートに戻ってゆきます。最初のうちは先のシャッフル調のリズムでドラムソロとなり、そこにあのメロディアスなベースが絡み合うというニクいアレンジがクール(蛇足ですが、この箇所は後の2005年に発表された公式マッシュアップ・アルバム「ツイン・フリークス」に収録された『Oh Woman,Oh Why』に大変面白い形で素材として使用されています)。多彩な信号音やパーカッションに紛れて、明らかにリンダさんと思われる声でかすかに“one”と聞こえるのが個人的にツボです(笑)。いや、入るタイミングがお見事なもので・・・。その後は前半と同じアレンジで、「ウーウーウー」のコーラスの繰り返しが帰ってきます。シーウェルのドラミングも相変わらずシャッフルもどきを刻んでいますし、ヘンリー&デニー・レイン&ポールのギター合戦も健在ですし、リンダのオルガンはまだまだ続いています。しかし、前半にはなかった1つの楽器が後半になると加わります。そして、これぞこの曲の音楽面で最も特筆すべきことです。終盤に分厚い重低音でうねりを上げている楽器・・・それはムーグ・シンセです!

 ムーグ・シンセは1964年に開発された電子鍵盤楽器で、現在のキーボード・シンセサイザーのさきがけに当たります。ロックのレコーディング・シーンには'60年代中期に持ち込まれたそうですが、中でもジョージ・ハリスンはその可能性に早くから目をつけていて、「電子音楽の世界」という実験的なソロ・アルバムまで出しているほどです(1969年)。ジョージはもちろん、ポールの大親友でありポールと同じビートルズの元メンバー。そのビートルズはジョージの先導でアルバム「アビイ・ロード」(1969年)でムーグを随所で効果的に使用し、このことが世間のムーグに対する関心を集める結果につながりました。きっかけはジョージでしたが、新しいものに何でも飛びついてしまう癖のあるポールも、やがてムーグのとりこになってゆきます。時を同じくしてビートルズ解散後、ウイングスを結成するためにポールはリンダさんにキーボードの特訓をして、実際にレコーディングやステージで演奏できるまでに成長させていました。もしかしたら、その頃からポールはムーグを実演させたかったのかもしれません。そして、従来品より小型化して使いやすくなったミニ・ムーグが出回るようになると、ついにポールは自身の音楽制作に本格的に導入します。それがちょうど「レッド・ローズ・スピードウェイ」の頃でした。そしてポールがムーグを試験的に採用してみた最初の曲・・・それが、この曲だったのです。つまり、この曲はポールにとってジョージの「電子音楽の世界」と同じポジションというわけですね。アルバムでもこの1曲にしか登場していない所からも、まだ試行錯誤の段階にあることをうかがわせます。この楽器でどのような効果を出せるのか、それを確かめるにはプログレッシブなインストであるこの曲は最適だったことでしょう。実際、この曲のスペーシーな雰囲気を出すのにムーグの重低音は大きく寄与しています(演奏しているのはポール)。まるで銀河系の暗黒の闇に吸い込まれてゆきそうな音です。この後、ポールは次作「バンド・オン・ザ・ラン」からその次の「ヴィーナス・アンド・マース」にかけてを中心にムーグ・サウンドを盛んに導入し、その使用法も単なる効果音からインパクトあるソロ・フレーズを奏でるためへとシフトしてゆきます。リンダさんの指一本弾きによる『Band On The Run』『Jet』『Venus And Mars/Rockshow』などでの印象的なソロは皆さんよくご存知のことでしょう。それもこれもすべて、この曲での試験的導入の成功がなければ、聴くことはできなかったかもしれません。そう踏まえると、ムーグがポール(特にウイングス)の音楽性に与えた影響を考える上で、この曲は欠かすことのできない原点なのです。一見単なるインストにそうした歴史的瞬間があるなんて、感慨深いですね。

 さてさて、このムーグがうなり声を上げると曲はいよいよフィナーレに向かいます。シーウェルのドラミングも荒々しくなり、何度か「ウーウーウー」が繰り返された後、前半と同じようにメイン・パートはブレイクします。限りなく音が分厚くなって高みに達した後は、再び静寂へと変わってゆきます。冒頭のようにずっしりしたバスドラムが重々しいリズムを刻みながら徐々にフェードアウトしてゆき、曲を通して流れていた不思議なノイズも、闇の彼方へ消えてゆくかのように聞こえなくなってゆきます・・・。そして、間髪入れず4曲メドレーの最初の1曲『Hold Me Tight』のイントロのピアノが始まり、4分以上に及んだ不気味な宇宙旅行からポール節たっぷりの現実へと引き戻されるのです。

 このように、普通なら単調なメロディの退屈なインスト・ナンバーで終わってしまう所を、斬新でありながら巧みに計算された複雑な曲構成とリズム変化や、各楽器が名演で個性を発揮しつつも一体感を保っている演奏、タイトルにある2つのキーワードを見事に具現化したアレンジなどで、何度聴いても飽きない完成度の高いインスト・ナンバーに昇華させていることがお分かりになったでしょうか?ここまで仕上げてしまうのも名アレンジャー・ポールの敏腕だからこそですね。確かに、この曲はバラードやポップが中心の「レッド・ローズ・スピードウェイ」では異質で浮いてしまっているのは否定できませんし、同じセッションで録音されてお蔵入りになってしまった未発表曲(例えば『Best Friend』『Night Out』『Tragedy』)の方が公式発表にふさわしいクオリティを備えているのも事実です。アルバムを当初の2枚組の構想から1枚組・9曲入りに変更した際に、なぜこの曲が多くのライバルを押しのけて生き残ったかについては、確かに不可解な所があります(汗)。しかし、この曲はポールが作ったインスト・ナンバーの中では稀に見るほどしっかり作りこまれていて、クオリティは圧倒的に高いです。何度聴いても飽きない魅力がたっぷりなのです。「アルバムの流れを断ち切って邪魔だから不要だ」「インストだしつまらないから聴かない」という意見で食わず嫌いをしている方は、本当に損をしていると言っても過言ではないでしょう!創意工夫がいろんな形で盛り込まれているので、たった一度聴いておしまいにするよりも、何度も聴いた方が断然楽しめるタイプの曲ですから、ぜひ繰り返し聴いて新たな発見を探してみてはいかがでしょうか?ヴォーカル(つまり歌詞)がない分、各楽器に焦点を当てて聴くことに集中すれば、この曲をいっそう楽しめると思います。

 この曲の聴き所を余すことなく語った所で、最後にアウトテイクの話を。「レッド・ローズ・スピードウェイ」セッションでは先述のポールの奮闘ぶりから20曲以上もの新曲が用意されたものの、最終的には1枚組に絞られて発表されたため、未発表曲がたくさん生まれてしまいました(ポールが未発表曲集「Cold Cuts」を構想するきっかけになる)。その中には当時シングルになったり、何10年もお蔵入りになった後陽の目を見たものもありますが、今なお未発表のままの曲もいくつか残されています。そうした曲を、アルバム収録曲のアウトテイクを交えて1つにまとめたブートが出回っており、そこで「レッド・ローズ・スピードウェイ」セッションの全貌をつかむことができます(「Red Rose Speedway Sessions」など)。その中に、なんとこの曲のアウトテイクも収録されています!これはセッション途中のラフ・ミックスで基本的には公式テイクと同じ内容ですが、随所でミックスが異なっています。公式テイクではオミットされてしまったギター・フレーズやパーカッション、ムーグなどが入っているので、公式テイクより心なしか多彩なサウンドになっている気がします。中でも、重低音を効かせたあのムーグが前半のメイン・パートからフィーチャーされているのには驚きです。初期段階ではもっとムーグ色が濃かったことがうかがえます。中盤のドラムソロもかなり印象が変わっていて、リンダさんの“one”がこちらでははっきりと聞こえます(苦笑)。他にも、イントロ前にポールのカウントがあったり、全体的にクリアなステレオ配置になっていたりと、衝撃的とまでは行かないものの違いを楽しめます。まぁ、コアなマニアでないと最初はなかなか違いに気づけなさそうですが・・・(汗)。

 個人的には、ポールが公式発表した自作のインスト・ナンバーでも上位に入るくらい、実は結構お気に入りの曲です。この曲と互角に渡り合えるのは他に『Zoo Gang』『Frozen Jap』『Front Parlour』くらいでしょうか・・・。はい、マニアックですね(笑)。エスニックで東洋風でもあるこの曲、私はこれを聴くといつも「時代劇のサントラにありそうだなぁ」と思ってしまいます。水戸黄門とか大岡越前とか(笑)。冒頭のバスドラムに乗せて悪代官がゆっくり登場し、メイン・パートで侍たちが斬り合いを繰り広げ、スペーシーな部分では夜中に代官屋敷の屋根裏で忍びの者が聞き耳立てる・・・そんなイメージが沸いてしまって仕方ありません。何かの時代劇でBGMで効果的に流したら、異様にはまりそうな予感がします。「ウーウーウー」のコーラスもいかにもって感じに聞こえるし(苦笑)。そんなイメージが面白くて面白くて、おかげさまで私は普通のポール・ファンよりもこの曲を楽しく聴けております。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「小人のプレスリー」。さらに、番外編ではついに「あの人」の持ち歌も登場する予定です!お楽しみに!

 (2010.12.05 加筆修正)

アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」。ポールらしいバラードの佳曲に紛れて奇妙なインストが・・・。でもぜひ聴いてみてくださいね。

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