Jooju Boobu 第94回

(2006.1.31更新)

No More Lonely Nights(1984年)

 今回の「Jooju Boobu」は・・・お待たせしました、ひさしぶりの大ヒット曲です!今回は、ポール自らが脚本・主演・音楽を担当したことで話題となった劇場用映画「ヤァ!ブロード・ストリート」(1984年10月公開)の主題歌であり、'80年代のポールを代表するバラード『No More Lonely Nights』を語りたいと思います。邦題は「ひとりぽっちのロンリー・ナイト」。「ひとりぽっち」「ロンリー」と同じ意味の言葉が重複している、ある種の迷訳です(苦笑)。恐らく、孤独であることを強調したかったのだと思いますが・・・(最近は「ノー・モア・ロンリー・ナイツ」表記に修正されています)。まぁ、それは置いておいても、この曲は稀代のメロディ・メイカーの称号で親しまれているポールが生み出した数あるバラード・ナンバーの中でも絶大な知名度と人気を誇る1曲であり、'80年代はもとよりビートルズ解散以降のポールのソロ・キャリアの代表曲の1つとまでなっています。また当然のことながら、映画「ヤァ!ブロード・ストリート」には欠かせない存在であります。どんな所がファンの琴線に触れるのか?今回は、ポールの一大名曲の魅力を余すことなく語りつくしてゆきたいと思います。また、「ヤァ!ブロード・ストリート」のエンディング・テーマとなった同曲のダンス・ヴァージョン、通称「プレイアウト編」も今回あわせてご紹介します。そのため、かなりの長文になりそうですので、覚悟して読み進めてください(苦笑)。

 では、まずはこの曲とは切っても切り離せない関係にある映画「ヤァ!ブロード・ストリート」について、公開に至るまでの制作過程などをご紹介してゆきたいと思います。ある程度のポール・ファンならご存知のことばかりかとは思いますが・・・。

  

 ウイングス解散後、名盤「タッグ・オブ・ウォー」(1982年)とその続編「パイプス・オブ・ピース」(1983年)を相次いで世に送り出し、ソロ・アーティストとして'80年代も健在ぶりを世界中に示したポール。当時はコンサート活動を中止し、スタジオを拠点にレコーディングに専念する毎日を送っていました。そんな頃、ポールは突如として「映画を作りたい!」という思いに駆られ、以降その実現に向けてまっしぐらに突き進むこととなります。安定した音楽活動が持続する中でなぜ映画制作を始めたのかはポールのみぞ知る永遠の謎ですが(笑)、ポールの映画漬けの日々が幕を開けました。早速知り合いの映画関係者にこの構想を持ちかけた所、多くのCMを手がけて手腕を発揮していたピーター・ウェッブが推薦され、監督に任命されます。ポールとウェッブは映画のストーリーについて議論を重ねます。面白いことに当初は反戦映画になる予定でした。「タッグ・オブ・ウォー」「パイプス・オブ・ピース」の2枚のアルバムでポールが疑問を投げかけた二元的対立を題材に、愛と平和を訴えようとしたのです。これが実現していれば別の意味で注目を浴びたと思いますが(平和運動を推進したジョン・レノンが死んで間もないだけに)、この計画はご破算となってしまいます。代わりにポールが思いついたのは、よりポール自身に近い題材である「音楽活動」をテーマにした陽気なミュージカル映画でした。180°がらっと方針転換したのです。きっかけは、ある日車に乗っている時に渋滞に遭ったという出来事と、セックス・ピストルズのマスター・テープが消失したという騒ぎ。ポールはこの2つの無関係な事件を結合して、エンターテインメント性の高い架空のストーリーを練り上げました。

 ポールは映画の主人公を「ミュージシャン、ポール・マッカートニー」つまり自分自身に設定。ポールのニュー・アルバムのマスター・テープが行方不明になるという架空の事件を軸に、ポールの一日の音楽活動を描いてゆくことにしました。お話の骨組みが見えてきた所で、普通ならプロの脚本家に具体的な脚本を依頼するのでしょうが、ポールには「自分で映画を作るんだ!」といううずうずした気持ちが溜まっていました。また、かねてからの何でも1人でやりたいワンマン精神が災いしました。なんと、ポールは脚本を独力で書き上げてしまったのです。これには周囲の人から「なぜプロに頼まないんだ?」というアドバイスをもらってしまいますが、そうした周囲の意見を押し切り脳内に蓄積されたアイデアを纏め上げます(出来上がった脚本は他人の目からは支離滅裂で断片的な印象だったようです・・・)。さらに、準備万端でない状況のうちに、ポール自身何の目的で制作しているのかがはっきりしないまま、撮影を開始してしまいました(1982年11月8日にクランクイン)。これにはウェッブ監督も困ったことでしょう(汗)。結局翌1983年1月に20世紀フォックスが配給会社に決まり、この映画は劇場用映画になったのですが・・・。ポールもずいぶん無茶なことをするんですね(笑)。

 音楽活動に密着したミュージカル映画ということで、ポールは親しいミュージシャン仲間を相次いで招き入れます。その顔ぶれときたら、エリック・スチュワート(10cc)、ジョン・ポール・ジョーンズ(元レッド・ツェッペリン)、スティーヴ・ルカサー(TOTO)、ジェフ・ポーカロ(TOTO)、クリス・スペディング、デイヴ・エドモンズなどなど豪華絢爛。幅広い人脈を持つポールだから成しえた顔ぶれと言えるかもしれません。中でも注目を集めたのが元ビートルズで大親友のリンゴ・スターの出演。ビートルズ解散後もちょくちょく一緒に仕事をしていたポールとリンゴがついに映画で共演とだけあって大きな話題となりました。また、ミュージシャン役以外にもトレイシー・ウルマンやラルフ・リチャードソンといった名優を揃えました(ラルフ・リチャードソンはこの映画が遺作となる)。そして、ミュージカルに欠かせない音楽もすべてがポールの自作曲で占められることとなります。プロデューサーには「タッグ・オブ・ウォー」「パイプス・オブ・ピース」に続きビートルズ以来の恩師であるジョージ・マーティン“先生”が抜擢され、撮影と同様の念の入れよう。ポールは撮影の合間を縫って新曲をいくつか書き上げ録音。さらに、ビートルズやウイングスといった過去のグループで発表した曲、まだ真新しい'80年代ソロ・キャリアでの楽曲を数多く、新たに録音し直しました。特に、'70年代は意識的に避けてきたビートルズナンバーを6曲も再演したことはファンを驚かせました。様々な場所で撮影を繰り返しながらレコーディングにもいそしみ、1983年7月26日にようやく映画はクランクアップしました。こうして完成したのが、「ヤァ!ブロード・ストリート」(原題は「Give My Regards To Broad Street」)です。ポールにとっては脚本・主演・音楽の3点セットをすべて1人でこなしただけあって、まさに威信をかけた大事業でした。多くの親友やスタッフに支えられ、膨大な時間と予算を費やして制作した「ヤァ!ブロード・ストリート」に、ポールは並々ならぬ自信を抱いていたのでした。

 しかし・・・実際に映画が公開されると、その反応はポールにとってあまりにも予想外なものでした。1984年10月に米国で、11月に英国でプレミア・ショーが開催されたのですが(日本での公開は12月)、映画を見た人の評価は芳しくありませんでした。また、そうした巷の評判を受けてか、観客動員数は思うようには伸びず低迷しました。そう、「ヤァ!ブロード・ストリート」は見事に興業的な失敗を喫したのです。その理由は、やはりポールが独力で書き上げてしまった脚本にあるでしょう。いくら音楽面では唯一無二の才能を持つポール・マッカートニーでも、映画制作に関しては全くの素人。観客の心に響くような脚本を書くことはできなかったのです。まぁ、映画をご覧になった方ならお分かりだと思いますが非常に安っぽい内容ですし、結末に至っては一番やってはいけないオチでしたから・・・(汗)。ポールに興味のない、ファン以外の人にとっては楽しめる要素のない、つまらない映画だと捉えられても仕方ないでしょう。元ビートルズのジョージ・ハリスン(当時映画会社を設立していた)からは「あの映画の失敗で、ポールも目が覚めた」とかなり辛辣な発言をもらってしまいました。思えば、1967年にポールの主導でビートルズが自主制作した映画「マジカル・ミステリー・ツアー」も行き当たりばったりの撮影と支離滅裂なストーリーで当時酷評を得ました。その時の教訓をポールは生かせなかったのでしょうか・・・。手塩にかけて制作し、満を持して公開した映画だけに、ポールの心には大きなショックが残ることとなりました。そして、ポールの音楽活動は混迷の中へと突き進んでゆきます・・・。

 それでも、ポールがこの映画のために制作・録音した音楽はかろうじて一定の評価を得ることができました。全うな評価を受けたのは本業の音楽だけだったのです。劇中で使用された音楽のほとんどは、映画公開に3日先駆けて同名のサントラ・アルバム「ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards To Broad Street)」(1984年10月発売)で発表されましたが、米国では最高21位と伸び悩んだものの英国では1位を獲得しています。ファンにとって何と言っても目玉だったのがビートルズナンバー6曲の再演です。すべてポールが書いた曲だったとはいえ、ポールがスタジオ録音でビートルズナンバーを発表するのはビートルズ解散後初のこと(当初はジョンが書いた『Tomorrow Never Knows』もカヴァーする予定だったらしい)。映画本編以上にサントラが話題を呼ぶという皮肉的な結果を生みました。前述の通り、ウイングス時代やソロ時代の曲のリメイクもあります。一方、ポールが映画のために書き下ろした新曲は少数にとどまりました。BGMとして書かれたインスト・ナンバーを除いては、純粋な「新曲」はたった3曲しかありません。恐らく、撮影に忙しく新曲を書き上げる十分な時間がなかったことと、ビートルズナンバーの再演を中心にすえて客寄せを図ったことが要因と思われます。

 こうして、脚光を浴びた再演曲に対して新曲は陰に隠れてしまった感があるのですが、その中でも唯一負けじと注目を集め、今なおよく知られている曲があります。それはもちろん、今回ご紹介する1曲、映画の主題歌である『No More Lonely Nights』です。まぁ、主題歌だから注目されて当然なのですが(笑)。さすがのポールも主題歌までは過去の曲の再演にしようとは考えませんでしたね。かねてからポールは「映画には主題歌があるべき」という思いを持っていたそうですが、自信満々で制作した映画には自信満々の新曲が必要不可欠だったのです。

 意外なことに、映画の構想を思いついてからこの主題歌『No More Lonely Nights』が生まれるまでには相当時間がかかり、難産だったようです。当初は何のために撮影しているのか分からない状態だったから無理もありませんが(汗)。とりあえず片っ端からシーンを撮ってゆくという手法では、なかなか「主題歌」という発想に至りませんでした。実際、本来主題歌が飾るであろう映画の冒頭は何の工夫もなくいきなりストーリー本編が始まってしまっています。ポールがその昔経験したビートルズの映画とは構成が違いますね。ようやくポールが主題歌について考えるようになったのは撮影がある程度進んでから。全体像もだいぶ固まってきて、終盤のハイライトにあたるシーンを撮った時でした。台詞がないこのシーンには元々は効果音が少し流れるだけだったと言います。しかし完成後見直してみて、ポールは何か物足りなさを感じます。折角のハイライトなのにイマイチ盛り上がっていない・・・。そこでポールは機転を利かせ、「それならちょっと新曲でも入れてみようか!」とひらめきます。一番の見所に書き下ろしの主題歌を持ってくることに決めたのです。そうとなれば後は簡単。曲作りはスムーズに行ったようです。こうして、「ヤァ!ブロード・ストリート」に主題歌『No More Lonely Nights』が誕生しました。そしてそれは、ポールにとって'80年代の代表曲が生まれた瞬間となったのでした・・・!

  

 映画自体のお話はここまでにして、『No More Lonely Nights』という曲そのものについて語ってゆこうと思います。この曲は何を隠そう、ポールのソロ時代の一大名曲の1つとして当時から今まで多くのファンに広く親しまれています。ポール自作自演の映画の主題歌になって注目されたということももちろんありますが、この曲は主題歌という役目をしっかり果たすのみならず、映画抜きでも十二分にリスナーを魅了する素晴らしい要素をいっぱい備えています。それも、誰もが納得するような実に「ポールらしい」魅力が詰まっているのですから、この曲が「名曲」と呼ばれるのはもう当然至極の話なのです!ここからは、そうした『No More Lonely Nights』の素晴らしい要素にたくさん触れてゆきます。

 この曲は、聴いてお分かりの通りバラード・スタイルの曲です。幅広いジャンルに手を染めるポールが最も得意とする分野の1つとして、言わずもがバラードが挙げられます。『Yesterday』『Hey Jude』『Let It Be』『The Long And Winding Road』といった多くの傑作の名を挙げずとも皆さんご存知のことでしょう。ポールが紡ぎ出す甘くせつないメロディラインは、稀代のコンポーザーであるポールの代名詞となっています。そしてこの『No More Lonely Nights』もまた、一連の名曲たちと肩を並べるほどに、まさにポールの王道をストレートに行くような仕上がりのメロディとアレンジを持っています。そう、ファンが最も愛し、ポールに最も期待してしまうタイプの曲なのです。メロディだけを取ってみても、ポールならではの起伏の多い「メロディアス」な展開の中に、誰もが心惹かれる美しさとせつなさを感じることができます。そしてポールが得意とする、何のひねりもなくシンプルで分かりやすいメロディでもあり、一度聴けば忘れることができなくなる響きがあります。音数の少ないサビのメロディラインは特に印象的です。熱心なファンでなくともきっとどこかで聴いたことがあるでしょう。ポールが書いたバラードは数え切れないほどありますが、中でもこの曲ではそうしたポールらしい魅力が最大限生かされていて、マッカートニー・バラードの代表曲にふさわしい出来栄えです。暴言かもしれませんが、ポールの'60年代のバラードを『Yesterday』で、'70年代のバラードを『My Love』で代表すれば、'80年代のバラードの代表曲は『No More Lonely Nights』と言えるほど。それくらいポールの長所を凝縮したメロディなのですから。これを「ちょっと新曲でも・・・」という軽い気持ちで作れてしまうポールはやっぱり天才ですね!

 たとえメロディが最高級でも、演奏が陳腐であれば魅力も落ちてしまいますが、この曲は演奏がまた秀逸なのです。さらには曲構成・アレンジの面でも名曲の名に恥じません。ここでもポールらしさを前面に出していて、ファンにとってはたまらないものとなっています。曲は静かに幕開けします。イントロなしでいきなりポールのヴォーカルが入る歌い出しなのが非常に印象に残ります。“I can wait another day〜”、このたった数秒のたった数音で既にリスナーの心は鷲づかみになっているはずです(苦笑)。メロディ自体印象的なのは言うまでもありませんが(事実ポールはこのフレーズを気に入っているらしく映画の至る所に効果的に登場させている)、イントロを廃したことが功を奏しています。前半部分で穏やかでせつない雰囲気を醸し出すベーシック・トラックの演奏者を見てみると、ポールはピアノを弾いています(若干エレクトリックぽい音になっている)。弾き語りもできそうな感じです。普段ポールの担当楽器であるベースはハービー・フラワーズが演奏。彼は'80年代に大活躍を果たしたスタジオ・ミュージシャンです。力強くならない程度にタイトなドラムスは、アラン・パーソンズなどのセッションにも参加したスチュワート・エリオットがたたいています。そしてシンセは前衛音楽のグループ「Art Of Noise」のメンバーでもあるアン・ダドリー。この曲が世に出た2年後のポールの曲『However Absurd』ではオーケストラ・アレンジを担当することになります(その是非はともかくとして・・・)。このシンセの音色をはじめ、全体的にAORのムードが漂っているのが特徴的ですが、'80年代におけるポールのバラードは徐々にAORの風格を帯びてくるようになります。既に『Somebody Who Cares』『Through Our Love』といった曲でも垣間見られた現象ですが、映画の主題歌として積極的に取り組んだこの曲を契機にポールはAOR路線のバラードを量産してゆきます('90年代初頭までこの傾向は続く)。余談ですが、「ヤァ!ブロード・ストリート」公開と時を同じくして行われたセッションで取り上げられた未発表曲『Lindiana』は、まさにこの曲の進化版といった趣があるこてこてのAORバラードに仕上がっています。その時のプロデューサーがデヴィッド・フォスターであることからもその姿勢が伝わってきます。

 曲はサビに突入すると一気に盛り上がりを見せます。先述したように音数が少なくシンプルなメロディの部分であり、言わずもがこの箇所でタイトルコールとなります。否応にも印象に残る展開ですが、シンバル・クラッシュを多く交えたドラミングや高音を強調したシンセ('80年代の香りたっぷり!)など演奏も華やかに変わりコントラストが効いています。落ち着いた感じの前半から流れるようにサビに入ってゆく、この瞬間が何とも言えませんね。メロディも高く突き上げるかのようだし、聴いていてとっても気持ちいいです。華やかになっても全体に漂う甘さ・せつなさはそのままで、むしろ今まで溜めてきたものをタイトルコールと共に爆発させるかのようにせつなさがたっぷり充満してきて、本当に感動的な瞬間です。中盤以降はポールお得意のだんだん演奏が分厚くなってゆくアレンジで展開してゆき、3度登場するサビも後半ではストリングスが加わるなどアレンジを変えてきます。そして、中盤以降この曲の主役となるのが、リード・ギターです。これを弾いたのはデヴィッド・ギルモア。ご存知ピンク・フロイドのメンバーであり、1968年からグループの中核として活躍する傍ら、ソロ活動や他アーティストのセッションへの参加と今も幅広く動き回っています。ポール関連で言えば1979年にウイングスの「ロケストラ」セッションに参加しており、それ以来の共演となりました。ギルモアのギター・プレイは最初のサビから登場し、華やかになってゆくアレンジを支えていますが、彼の才能を堪能できるのは間奏とアウトロでしょう。高音を中心としたバラードにしてはややハードなソロを披露します。一見せつないバラードの雰囲気をぶち壊しにしているように取れますが、そんなことは一切ありません。それどころか逆に、この曲の持つせつなさを増幅させるのに大きく貢献しています。むやみやたらなディストーションをかけない、ギルモア独特の緻密で美麗なサウンドが、マッカートニー・バラードときれいに符合しているからです。さすがピンク・フロイドで歴史に残るギター・ソロを何10年も生み続けているだけあります。アウトロは、テンポが少しずつ速めになる上にマイナー調のためややハードロック風味が混じってきているのはまぁ仕方ない所ですが(汗)、とげとげしくならないギルモアの職人技は間違いなくこの曲に不可欠なハイライトとなっています。特にアウトロでの弾きっぱなしの長いソロは圧巻です!渾身のソロを成し遂げたギルモアは、これでポールに腕を高く買われ、1984年には先述のデヴィッド・フォスターとのセッション(『Lindiana』の他に『We Got Married』『I Love This House』も録音)に参加している他、1999年のロックンロール・アルバム「ラン・デヴィル・ラン」ではポールを全面的に補佐する立場となり、そのソロは大々的にフィーチャーされています。マッカートニー・ファミリーの仲間入りを果たしたギルモアの名演が光りながら、せつなく盛り上がった曲はフェードアウトしてゆきます。

 この曲を'80年代マッカートニー・バラードの代表曲としているゆえんは、ポールの歌声にももちろんあります。この曲で聞かれるポールのヴォーカルは、ほどよい甘さにせつなさを交えた味わい。ポールが持つ大きな魅力の1つであり、ファンが最もお気に入りのスタイルです。出だしの“I can wait another day〜”で心を鷲づかみにされるのには、その声にも大きな要因がありますよね(皆さんも声で虜になっていませんか?)。甘さよりはせつなさに比重が置かれているのも見逃せません。そこが'70年代の代表曲『My Love』とは違う点ですが、甘すぎない分くどさを感じずに聴くことができます。せつなさに比重を置いたことは、次にお話しする歌詞にもぴったりはまっていて正解の歌い方だと思います。そして、サビでの声を振り絞ってのタイトルコールは一番胸を打つ瞬間でしょう!もちろんロック風の激しいシャウトではなく、せつなさを一気に放出させたかのような感じです(スタジオワーク中心だったせいか、ややかすれ気味なのですがそこがいい味を出している)。ギルモアのソロではないですが、高音のメロディがよく生かされた歌い方ですね。相変わらずポールのヴォーカルの音域の広さも楽しむことができます。一方コーラスには愛妻リンダと、エリック・スチュワートが参加。エリックは「タッグ・オブ・ウォー」以降ポールの右腕としてたびたびセッションに参加しており、この時期にはリンダに次いで欠かせない人になっていました。映画「ヤァ!ブロード・ストリート」にもちらっと出演しています。そんな2人が繰り広げる「ナナナーナー、ナナナーナー」というバックコーラスが耳に残ります(楽譜によれば“Not another,not another”と歌っているらしい・・・)。そして間奏直前に入るコーラスの美しさは、「'80年代ウイングス」と例えられただけある絶品です。

 ポールは歌詞について「曲に合わせて書いただけ」と発言していて、別段深い思い入れを込めたわけではなさそうですが、これがまた曲のテーマであるせつなさにぴったりなのです。この曲の歌詞の内容は、ポールが得意としマッカートニー・バラードでも典型となっているラヴ・ソング。まさに「バカげたラヴ・ソング」の王道です。恋人と気まずくなってしまった主人公が、再び一緒になれることを願いながら「ひとりぼっちの夜はいらない」と繰り返し訴えます。電話したくてたまらない心を抑えて、誰もそばにいない夜を毎日過ごし続ける姿は「ひとりぽっち」「ロンリー」そのものですね。主人公の寂しい、せつない気持ちがいっぱいつづられているのです。2度目のサビから入る“Never be another(もうたくさんさ)”という掛け合いがその気分を強調しています。この歌詞には皆さんも結構共感したことがあるのではないでしょうか?逆に、こう恋人に歌いかけられたらきっとすぐに彼の元に飛んでゆきたくなるはずでしょう(苦笑)。これをポールがせつなさたっぷりに振り絞って歌ってくれるのですから、説得力100%ですね(笑)。そうした意味で、言葉の重複になっている邦題は的を射ていますね・・・!

 このように、シンプルで美しいメロディライン、洗練された演奏、ギルモアの名演、せつなさたっぷりのヴォーカルと歌詞・・・と、この曲が'80年代ポール、ひいては'80年代ポップ・シーンを代表する曲である理由がお分かりになったと思います。一度この曲を聴けば、誰も異論は唱えないはずです。AOR風味を取り入れた'80年代ならではのバラードですが、ポールの中でそれが最大限に成功した例と言えるでしょう。この後もポールは美しいバラードを書き続けますが、この曲を越えるほど隙のない曲は現れていません(残念なことでもありますが・・・)。それくらい、この曲の素晴らしさは完璧なのです。

 映画「ヤァ!ブロード・ストリート」では、この曲は先述した通り終盤のハイライトとなるシーンで登場します。マスター・テープと共に行方不明になったハリーを一日中探し続けたポールが、タイトルの由来でもあるブロード・ストリート駅にやって来てあてもなく歩く所で、この曲がBGMとして流れるのです。「ヤァ!ブロード・ストリート」のお話には、マスター・テープを今日一日中に探し出さないとポールのオフィスが身売りされるという(非常に無茶な)設定があるのですが、この時既に夜11時半。まさに絶体絶命のピンチにポールが立たされ、「この先一体どうなるの・・・?」と見ている者をハラハラさせる時に主題歌、という構成は非常に効果的です。ただ効果音を入れておしまいよりは、この曲を入れた方が明らかにぐっと来ますね。ポールは駅の中を歩き回るだけで曲を歌うことはないのですが、終電が発車してすっかり閑散とした駅の寂しげな夜景が曲調と歌詞のせつない雰囲気にぴったりはまっていて感動を覚えます。「ひとりぼっちの夜はいらない」ですし。その辺もきちんと計算してポールはこの曲を書いたのだと思いますが、ここまで場面設定にそぐったコンセプトの曲を的確に生み出せるのは本当にすごいです。ただ惜しむらくは、このシーンの長さの関係上、主題歌というのに途中がごっそりカットされたエディット・ヴァージョンになってしまっている点でしょうか・・・。やや拍子抜けしてしまいます(特に曲を先に知ってから見ると)。台詞のない状態を長々と続けてしまうのを避けるための措置とも考えられますが、もったいない気がします(汗)。なお、この曲はBGMとしてのみ登場し、演奏シーンで使用されたわけではないので、この曲を演奏しているデヴィッド・ギルモアやアン・ダドリーなどは映画には登場しません(リンダとエリック・スチュワートは別のシーンで登場)。口パクを嫌ったポールが映画撮影と同時にライヴ録音したケースが多い「ヤァ!ブロード・ストリート」のサントラでは、珍しく別録りしたスタジオ録音です。

  

映画「ヤァ!ブロード・ストリート」より、この曲が流れるブロード・ストリート駅のシーン。

 さて、映画は完成したものの、ポールはもう1つ肝心なものを作るのを忘れていました。それは、お話がすべて終わった後のエンドロール(出演者やスタッフなどのクレジットが字幕で流れてくるシーンのこと)で流すBGMです。まぁ、当初主題歌すらなかったことを考えればポールの失念も十分理解できますが(苦笑)。配給会社である20世紀フォックスに指摘されて、ようやくポールはこのことに気づきます。この時20世紀フォックスのスタッフは「観客が映画館を出る時のために、主題歌のアップテンポ・ヴァージョンを作ってくれ」とポールに依頼したそうです。配給する側としては、エンターテインメント性が非常に高い「ヤァ!ブロード・ストリート」を、キャッチーでハッピーな気分で締めくくらせたかったのでしょう。しかし、よく考えてみると主題歌である『No More Lonely Nights』はバラード・スタイル。いくら場を盛り上げるためとはいえ、曲を作る身になれば相当な難問です。稀代のメロディ・メイカーであり名アレンジャーであるポールでも、こればかりは実現不可能な要求では・・・と思いきや。ポールはこれをすぐに快諾したそうです。そして、映画の制作を始めた頃には全く予定になかった『No More Lonely Nights』のアップテンポ・ヴァージョンを急遽アレンジして録音、なんと実際に完成させてしまったのです!ポールの映画にかける情熱は伊達ではなかったわけです。こうして誕生したのが、「プレイアウト編」の通称で知られるヴァージョンです。(これに対して、主題歌の方は「バラード編」と呼ばれています。)

 ポールは、「バラード編」を「プレイアウト編」に再アレンジする際に、いくつかの工夫を施しています。さすがにただ「バラード編」のテンポを上げるだけという安直な方法はポールのプライドが許さなかったのでしょう。まず、アップテンポに合うようにメロディを崩しています。ラップまでは行かないものの、ポールがしばしば使うハーフ・スポークンのスタイルを導入したのです。これにより美しさよりも軽快な感じが押し出されたメロディラインに生まれ変わりました。続いて、コード進行を少し変え、曲構成も単純化しています。ミドル部分である“'Cause I know what I feel to be right〜”と、間奏前の“And I won't go away〜”がカットされているのですが、シンプルな「メロ→サビ」の繰り返しのみになったことで「バラード編」よりも分かりやすい構成となっています。サビの終わりも単調なものに書き替えられていて、単純化に一役買っています。それでもサビのメロディの覚えやすさは「バラード編」に負けず劣らず。それから、メロディの変更に合わせて歌詞も微妙に違うものに。アップテンポの曲調を好む若者世代を意識したようなくだけた表現となっていて、“I don't want no more lonely nights”とわざと文法間違いをしている所からもそれがうかがえます。このように、唐突な無理難題をこなしつつ自分のこだわりもしっかり具現化している「プレイアウト編」。ポールの創作意欲には本当に恐れ入ります。

 「プレイアウト編」はリズムや演奏のアレンジも劇的に変更していて、「バラード編」とは到底同じ曲と思えないような仕上がりです。演奏の機軸となっているのが、単調なパターンで繰り出すドラムビート。「バラード編」と比べるとかなりテンポを上げているのですが、それだけではなく、ここでのリズムは軽快なディスコ調に完全に姿を変えてしまっています。配給会社から指示された「アップテンポ」を、ポールは「ディスコ・ビート」と解釈したわけですね。そして、この無謀な試みが当時のミュージック・シーンにしっかり歩調を合わせているのだから面白いです。'70年代後半に隆盛を極めたディスコ・ブームは一段落しつつあったものの、それでもテクノやハウスといった新ジャンルを巻き込みながらそのダンサブルなリズムは'80年代も依然として支持される風潮にありました。様々なアーティストがこぞって12インチシングルを乱発していたのはその裏づけ。ウイングス時代、ディスコ全盛期には『Goodnight Tonight』(1979年)に挑戦したことのあるポール、この時も巷の流行を敏感に察知してディスコ・ビートに再挑戦したのです。元々、その時代ごとの最先端の流行音楽を貪欲に取り入れ、自分流のアレンジに消化してゆくのが大変上手なポールですが、この曲でも結果的にそうした姿勢がしっかり生かされた形となりました(それゆえ、今聴くとやや時代を感じさせるという側面もありますが)。きっかけはエンドロールのBGMでしたが、その依頼がなくともきっとポールはこの曲のようなノリノリのディスコ・ナンバーを作っていたことでしょう。テクノ全盛期に『Coming Up』を、ハウス全盛期に『Good Sign』を発表し、「ファイヤーマン」名義で前衛音楽にまで手を染めてしまう人だけありますね。

 映画が一通り出来上がってからの依頼だったため、「プレイアウト編」は急ごしらえのレコーディングだったようです。そのせいか、演奏のほとんどをすべてポール1人が担当しています。お得意のワンマンレコーディングですね。「マッカートニー」や「マッカートニーII」といったソロ・アルバムでの実績を知っている皆さんなら別に驚くことではないと思います。元祖マルチ・プレイヤーですから、ね。ギター、ベース、キーボードそしてドラムス全部ポールの多重録音で成り立っています。ポールにとっては朝飯前だったことでしょう。ポールのワンマンレコーディングと言うと、「マッカートニー」シリーズで失望させられた(?)ようにデモテープを聴いているかのようなチープさがどこか滲んでしまう欠点が付き物ですが、この曲はしっかりしたスタジオ環境での綿密なセッション、さらにはジョージ・マーティンの丁寧なプロデュース(「監視」と言い換えてもいいかも・・・)を経ているので単独録音ぽさは感じさせません。マーティン先生がいればポールも変な方向に暴走しないのです(笑)。やはり印象に残るのはディスコのリズムを刻むドラムスですが、これはポール本人の人力に加えて打ち込みもかなりの比率で使用していると思われます。ダンス・ナンバーらしいと共に、機械的で無機質な雰囲気は映画公開の翌年から制作が始まるアルバム「プレス・トゥ・プレイ」に通じる所もあります。フィルインがドタバタなのはポールの人力ぽいですが(苦笑)。キーボードが多彩な音色で楽しげな曲を華やかにしていますが、これまた無機質さが強いです。ポールが思い描くディスコのイメージなのでしょう、きっと。でもそれほど音は分厚くなく、むしろちょっとした味付けといった程度です(スカスカまでは行かないけど・・・)。「マッカートニーII」よりも現代的に響くのは、機種のせいか録音機材のせいかミックスのせいか、それともポールの奏法のせいか・・・。冒頭の「みょーん」一音が印象的。そして、さらに派手な演奏で曲を華やかにしているのがブラス・セクションです。同じく1人多重録音で済ませた『Coming Up』の時はキーボードで代用していましたが、今回はプロのミュージシャンを招いて生演奏をフィーチャーしています。この辺はポールの進歩なのか?おかげでチープさはありません。しかしながら、そのメロディラインは斬新というか何と言うか・・・メロディになっていないメロディ、といった感じです。のっけから衝撃的なフレーズをかましてくれますし(エンディングも印象的ですよね)。『Coming Up』でやったような「シンセで弾いています」といった雰囲気をポールは残したかったのでしょうか。いずれにせよ、無機質なディスコ・サウンドにマッチしているのは間違いないです。

 そしてポールのヴォーカル・スタイルも「プレイアウト編」では一変します。あのせつなさたっぷりの歌い方はどこの空、すっかり陽気なヴォーカルと化しています。大きな要因は、やはりメロディを崩したことでメロがハーフ・スポークン調になった所にあるでしょう。そこにダンサブルなリズムに合わせて(やや大げさに)抑揚をつけるので、もはや「バラード編」の面影は微塵もありません。全体的にラフなのもイメージを変えてしまっています。「バラード編」は非常に丁寧ですから・・・大差があります。そんな中でさりげなく芸達者ぶりを見せるのがポール。一様に同じスタイルで歌うのではなく随所で歌い方をアレンジしながらバラエティ豊かに聞かせてくれるのです。時にはぼそぼそと、時には目いっぱいシャウトして、さらには素っ頓狂な声を出したりと(苦笑)。単調なサビも、実はそれぞれタイミングを変えて歌っています。アドリブとも取れますが、こんな粋な一工夫がニクいですね。それにしても、これを歌っているポールは何だかものすごく楽しそうですね(笑)。スタジオをディスコ・ホールと錯覚しつつ体を揺り動かしながらノリノリになっているポールが目に浮かんできそうで微笑ましいです。ディスコ的に見て上手いか下手かは別として(汗)。そして、ここでもリンダ&エリックの「'80年代ウイングス」コンビがコーラスでサポートに入っています(演奏には不参加)。「バラード編」で見せた美しいハーモニーとは対照的に、ずいぶん明朗ではちきれた声でタイトルコールを一緒に歌ってくれます。しかし、ディスコ気分ですっかり熱くなっているポールに対して、いたって淡々としているのがポイントです。ポールとは違い崩し歌いも一切しません。このコントラストが絶妙で、かつ無機質なディスコ・サウンドぽいのです。そういえば『Goodnight Tonight』も、ヴォーカル対コーラスでそんなコントラストを描いているような。リンダとエリックを上手に配し、自分は好き勝手に歌う(笑)ポールの目論見は成功しています。メロではポールのヴォーカル(末尾の単語)に呼応する形で2人のコーラスがエコーのように響き、これまた斬新なアレンジです。

 ポールらしさ満点のAOR風バラードを、時代に即したディスコ・ナンバーに見事再構築した「プレイアウト編」は、20世紀フォックスとの約束通り「ヤァ!ブロード・ストリート」のエンドロールで実際に使用されました。まさかのオチに失望した観客は、最後まで聴いてから席を立つことはなかったでしょうけど・・・(汗)。こちらは悲しい編集がされた「バラード編」と違ってフル収録なのがうれしいです。ただし、ノリノリの曲調の割には映像は極めてシンプルなもの。ロンドンの街並(昼→夜に移ってゆく)を定点カメラで映して、その上にクレジットを流しているだけです。折角ポールがアップテンポのヴァージョンを用意してくれたのだから、もうちょっと凝った演出をしたら面白かったのに・・・これも拍子抜けしてしまいます。私は初めて見た時「え?これがエンディング・・・?」状態でした。

  

 さて、ここまで「バラード編」「プレイアウト編」それぞれの『No More Lonely Nights』の魅力を余すことなく語ってきました。いやいや、長かったですね(汗)。名曲の上に実質2曲分紹介しているので、本当に解説が長くなっています・・・。ここからは(ようやく)補足的な話題に移ってゆきます。しかし、ここからがまだまだ長いので、皆様覚悟して読み進めてください(汗)。

 『No More Lonely Nights』は、2ヴァージョン共にサントラ盤「ヤァ!ブロード・ストリート」に収録されています。うち、「バラード編」は主題歌だけあってアルバムの冒頭、1曲目を飾っています。アルバムに収録する際には、イントロなしの歌いだしの前にちょっとしたSEが加えられました。雨音と雷鳴をバックにファンキーなギター・フレーズの繰り返しが爪弾かれるというものですが、これは映画の最初に「Give My Regards To Broad Street」というタイトルが表示される際のBGM(ただし映画とアルバムではキーが異なる)。「バラード編」が流れるブロード・ストリート駅のシーンとは全く別のシーンです。雨音と雷鳴が聞こえるのは、冒頭の渋滞のシーンで雨が降っているから、だと思われます。また、“I can wait another day〜”のバックに、直前のBGMの残響音(高音のストリングス)がかぶさっています。「プレイアウト編」はと言うと、これまた曲が始まる前にちょっとした演奏があります。「バラード編」をジャズ・アレンジにしたようなインストで、「バラード編」そのものとは別録音です(誰が演奏しているかはクレジットされていない)。ここでの編成はアコギ、ベース、ドラムスをバックにエレキ・ギターがヴォーカルのメロディを弾くという形。せつなさを抑える代わりに素朴でリラックスした空気が流れていて、特にエレキ・ギターの音色が何だかとってもムーディーです。「バラード編」とは違い、こちらは映画でも元から「プレイアウト編」と連結して登場します。冒頭に入る雨音と雷鳴(再びですが・・・)がその証拠で、なぜなら映画最後のシーンでも雨が降っているからです。アルバムの音源と映画の音源との唯一の違いは、アルバムでは全く別のシーンの台詞がかぶさっている点。ブライアン・ブラウン演じるマネージャーが「マスター・テープを発見しました!」と身売り先の会社社長に報告している所です。サントラでは映画の臨場感を再現するためか曲前後にいろいろな台詞や短いインストをつなげていますが、全然別のシーンからのつぎはぎ中心なのが困りもの(汗)。映画を見たことのある人にとってはシーンが飛び飛びになって違和感を覚える構成です。

 ちなみに先のジャジーなインスト、映画ではサントラより長く聴くことができるシーンが存在します。お話の序盤、リンゴとのセッションを終えてエルスツリー・スタジオへ向かう途中の車内でのポールの回想で、ハリーが刑務所から出所した際に居酒屋でポールとハリーが会話しているシーンです。サントラおよび映画のエンドロール直前では20秒ほどで終わってしまいますが、この居酒屋のシーンではかなり先の方、サビまで流れています。ジャズ・ギターで奏でるタイトルコールが、居酒屋の雰囲気にぴったりですね。ぜひ映画を見て確認してみてください。

 そして「プレイアウト編」について厄介なのが、アナログ盤とCDの違い。「ヤァ!ブロード・ストリート」から、ポールのアルバムはアナログ盤とCDが同時発売されるようになりました。新たに登場した媒体・CDは、ご存知の通りアナログ盤より長時間の演奏を収録できます。そのため、より多くの曲を詰め込むことが可能になりました。実は、映画で使用した曲は演奏時間の関係上全曲をアナログ盤1枚に収めることはできませんでした。そのため、数曲はオミットせざるを得なくなり、さらに数曲は一部をカットしたエディット・ヴァージョンにする必要に迫られました。一方、CDではそうした制約がなく、最初から全曲をノーカットで収録できました。こうした経緯があって、「ヤァ!ブロード・ストリート」はアナログ盤とCDとで曲目・演奏時間が大幅に異なっているのです。CDにはアナログ盤から漏れてしまった『So Bad』『Goodnight Princess』が追加収録されているのが代表的な例でしょう。そして、もう4曲はアナログ盤ではエディット・ヴァージョン、CDでは完全収録という苦肉の策による面白い現象が生じました。その4曲とは、『Good Day Sunshine』『Wanderlust』『Eleanor's Dream』そして「プレイアウト編」。同じ「ヤァ!ブロード・ストリート」でも、「プレイアウト編」は2種類のヴァージョンが存在するのです!ではどこが違うのかと言うと、アナログ盤では4度目の「メロ→サビ」がごっそりカットされて約1分短くなっています。『Good Day Sunshine』や極端すぎる『Eleanor's Dream』ほど顕著な編集ではないですが、やはり大きな違いには変わりありません。どちらがお得か、それはもちろんCDヴァージョンですよね・・・?なお、アナログ盤のエディット・ヴァージョンは現在も未CD化です(私は持っていません・・・)。「アナログ盤に完全忠実!」をキャッチフレーズに日本限定で発売された紙ジャケ版も、収録されている内容はCDと同じです。

 さらに、サントラにはもう1つ『No More Lonely Nights』と題された曲があります。それが「バラード/リプライズ」です。このヴァージョンを語る前に、まず大いなる誤解を解く必要があります。1993年に発売され、現在一般的に入手することができるリマスター盤「ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズの「ヤァ!ブロード・ストリート」では、この「バラード/リプライズ」は10曲目の『No Values』と同じトラックとして表記されています。そのため、よく「バラード/リプライズ」は『No Values』がいったんブレイクした後に始まるブルース・ジャムのことを指していると言われています。ビートルズ・シネ・クラブによる日本盤ライナーノーツもそのように解説しています。しかし、実は「ポール・マッカートニー・コレクション」でのトラック区分は明らかな誤記です。なんと、「バラード/リプライズ」はその次の11トラック目にあるからです!これには恥ずかしいことに私もずっとだまされ続けてきました・・・(このページを執筆した直後の2006.2.04に当サイト常連の方から掲示板でご指摘を受けるまで・・・)。「バラード/リプライズ」の正体は、11トラック目の『For No One』が始まる前の13秒の短いストリングス・インストでした。アルバムを聴いているだけだと、「いや、それは『For No One』のイントロでしょう!」という反論が聞こえてきそうですが(私もそう反論していた過去あり・・・)、映画を見るとそれが明らかな間違いだと分かります。映画では『For No One』はイントロなしにいきなり歌から始まるからです。つまり、イントロにも見える13秒間は『For No One』の演奏ではないことになります。そして行方不明の13秒は・・・全く別のシーンに独立して登場します!『For No One』より前に遡って、ポールやリンゴたちが倉庫で『Not Such A Bad Boy』を演奏した直後、ハリーの恋人・サンドラ(トレイシー・ウルマン)をローディのトム(ジョン・ソールトハウス)が車で送るシーンで流れます。つまり、この13秒は独立した1つの曲─これこそ「バラード/リプライズ」─なのです。全く別の曲を、サントラに収録する際に例のつぎはぎで時系列を無視して『For No One』の前に置いてしまったために、同じストリングス演奏なのが災いして境界線が不透明になり、そこにトラック区分の間違いが起きて大きな誤解を与える結果になってしまった・・・というわけです。まぁ、本物の「バラード/リプライズ」自体単なるBGMの1つ(サントラでは「incidental music(付加的な音楽)」と表記されている)に過ぎないんですけどね(汗)。ぱっと聴いただけでは『No More Lonely Nights』とは判別できませんが、哀愁を帯びたメロディは「バラード編」直系と言えるものです。

  

 そして皆さんご存知のように、この曲はサントラ発売と映画公開に先立つ1984年9月24日にシングル発売されました。ポールが並々ならぬ自信を持って制作した映画の宣伝のためであることは言うまでもありません。そして、主題歌であるこの曲が問答無用で先行シングルに選ばれたのも、当然のことですね。A面に「バラード編」、B面に「プレイアウト編」を収録し、両面で2種類のアレンジの『No More Lonely Nights』を楽しむことができます。'80年代のソロ活動でも安定したヒット街道を走っていたポールですが、映画への期待も追い風となり英国で最高2位、米国で最高6位を記録。再びヒット・シングルとなりました(ちなみに、1985年のビルボード年間チャートでは72位につけています)。さすが、ファンがポールに一番求めている王道のマッカートニー・バラードだけあります。映画の主題歌としてのみならず、1つの曲としても大ヒットする要素をたくさん持っていますから。ただ、この後サントラの売上が米国で伸び悩み、肝心の映画が大コケに終わってしまうのは実に皮肉的ですが・・・(汗)。さらに、興業不振にショックを受けたポールは迷走を始め、「泥沼の'80年代後半」とも評される暗黒時代に突入。売上不振は悪化し、TOP 10に食い込んだシングルも「We All Stand Together」「Spies Like Us」「Once Upon A Long Ago」のみとなってしまいます。その後ポールが再注目されるようになっても、シングル・チャートでは現在に至るまで相変わらず苦戦。結局、この『No More Lonely Nights』がポールにとって英国・米国双方でTOP 10ヒットとなった最後のシングルとなり、さらには最後の世界的ヒット・シングルとなっています・・・。これは残念な所です(まぁ、ポールはまだ現役ですので、今後世界的大ヒット曲を生み出す可能性は十分ありますが)。ポールもこの曲をターニング・ポイントと感じているようで、2001年のベスト盤「ウイングスパン」では1970年からこの曲までを収録範囲としているほどです。

 「バラード編」「プレイアウト編」共に、シングルに収録する際は若干の編集を施していて、サントラに収録された演奏とは違いが見られます。まず「バラード編」ですが、冒頭につなげられていた雨音のSEとギターのメロディがカットされ、シングルでは純粋にイントロなしで始まります。ファンの心を鷲づかみにする“I can wait another day〜”からすっきり始まるシングル・ヴァージョンの方が自然なスタートだし、この方がポールのヴォーカルにぐっと引き込まれますよね。それを分かってか、後年発売される「オール・ザ・ベスト」「ウイングスパン」といったベスト盤にはシングル・ヴァージョンが収録されています。一方の「プレイアウト編」は、これも冒頭にあった導入部(「バラード編」のジャズ・インスト)をカットしています。キーボードの「みょーん」一音でスタートします。また、曲の長さもアナログ盤「ヤァ!ブロード・ストリート」のエディット・ヴァージョンと同じで、中盤の1節分がカットされています。このヴァージョン、なぜかベスト盤「ウイングスパン」のDISC 2「HISTORY」サイドに収録されていますが(“ウイングスの歴史を振り返る”ベスト盤なのに、なぜ1984年のポールのソロナンバーを?しかも1枚目に「バラード編」が収録されているのに。多分、ポールが2枚とも『No More Lonely Nights』で締めくくりたかったからなのでしょうけど・・・)、「ウイングスパン」では冒頭の「みょーん」が欠落していて、いきなりブラス・セクションで始まっています。このため、元々シングルB面に収録されていた「プレイアウト編」は未CD化という有様です。たった一音の差ですけど(苦笑)。

 ここまででも、サントラのアナログ盤とCD、さらにシングルに「ウイングスパン」と、細かなヴァージョン違いがたくさんあって頭が混乱してきそうなのですが、さらに厄介なものがあります。そう、それが12インチシングルの存在です。少し前に、「様々なアーティストがディスコを意識してこぞって12インチシングルを乱発した」と書きましたが、これはポールも例外ではありませんでした。1979年に「Goodnight Tonight」で初めて12インチを発売して以来、通常の7インチと並行して12インチにも手を出していたポールですが、この時もその慣例に従ったのです。それも、1種類であればまだ分かりやすいものの、収録曲を変えたものを複数出すのだから・・・!そして、12インチに収録された『No More Lonely Nights』は・・・ややこしい別ヴァージョンでした。

 “最初の”12インチシングルは、先述の7インチシングルと同日に発売されました。数週間後にはピクチャー・ディスクも制作されています。7インチではA面だった「バラード編」はB面に移動し(ヴァージョンは7インチと同じ)、さらにサントラより『Silly Love Songs』のリメイクがB面に加えられました。そして、7インチのB面だった「プレイアウト編」がA面に昇格しました。この時、「プレイアウト編」は7インチとは違うミックスに生まれ変わっています。それが通称「Extended Version」、12インチでは定番のロング・ヴァージョンです。'80年代には、ダンサブルなアレンジにリミックスしたロング・ヴァージョンを12インチで売り出すのが流行となっていましたが、新し物好きのポールもこれにすぐ飛びつき『Goodnight Tonight』『Say Say Say』で実践、この「Extended Version」は3度目のロング・ヴァージョンとなります。リミックスを担当したのはオリジナルと同じくジョージ・マーティン先生。元々は4分半だった演奏を2倍の約8分に引き伸ばしています。これがもう直球の'80年代ロング・ヴァージョンといった編集で、ディスコ・シーンで使用されることを念頭に置いたのは明らかです。'80年代の匂いがぷんぷん漂ってきて、今聴くとすごく時代を感じさせます(苦笑)。そんなアレンジをマーティン先生が手がけたというのは、クラシカルなイメージと違って意外な側面です。ポールのヴォーカルが入る歌の部分は基本的にはオリジナルに似たアレンジ(ただし打ち込みドラムが補強され、もやっとしたシンセが全体的にフィーチャーされている)なのですが、イントロと間奏が圧倒的に長くなり、そこが実に'80年代ぽいです。ドラムソロが延々と続くのなんか常套手段ですよね。間奏はパーカッションの乱打にブラス・セクションが絡んでリズミカルに変身。この部分は聴いていて面白いですね。他にも、イントロでサビのメロディを奏でるシンセは「いかにも!」って感じの音ですし、中盤でコーラスのピッチを低くしたお遊びもリミックスにありがちなものです。エンディングもフェードアウトせず爆発するかのように派手に締めくくります。演奏時間、特に歌のない部分が大変長い上に癖のあるアレンジがされているので、'80年代リミックスが苦手な方は抵抗感を覚えるかもしれませんが、リズミカルかつダンサブルなので難しいことを考えずに楽しめると思います。踊るには最適のヴァージョンですので、ぜひディスコ気分でノリノリになってみてください(笑)。6分前後にコーラスとエレキ・ギターが絡み合う箇所はちょっとした聴き所です。ポールとマーティン先生がロング・ヴァージョンに果敢に挑んだ「Extended Version」は、現在はアルバム「ヤァ!ブロード・ストリート」のボーナス・トラックで容易に聴くことができます(ポールのこの手のリミックスがCD化されるのは珍しいので貴重です)。

 この後、“別の”7インチと12インチが登場します。これは、アーサー・ベイカーが「プレイアウト編」のリミックスを独自に作ったことがきっかけでした。'80年代前半にヒップホップ界で頭角を現し、数々のリミックスを手がけてその名を知らしめていたベイカーの斬新なミックスを聴いたポールはその出来に感嘆し、すっかり気に入ってしまいました。「これをみんなにも聴いてほしい!」と思ったのか、最初のシングル発売から1ヶ月後の10月29日に、7インチB面の「プレイアウト編」と12インチA面の「Extended Version」をベイカーの作ったヴァージョンにそれぞれ差し替えたセカンド・プレスを急遽発売することにしました。こうして陽の目を浴びたのが通称「Special Dance Mix」です。おかげで、当時のポール・ファンは同じタイトルのレコードをもう1枚(コレクター的には2枚)買わされる羽目に(笑)。ファン泣かせのヴァージョンとなった「Special Dance Mix」ですが、もちろん「Extended Version」とは違うミックスであり、どちらかと言えば元々の「プレイアウト編」に近い構成とアレンジになっています。「Extended Version」にあったような露骨な'80年代的アプローチ(延々と続くドラムソロや大仰なエフェクト)がない分、聴きやすさは向上しています。歌の部分はよく聴き込まないとオリジナルとの違いが分かりづらいですが、ファミコン・サウンドのような高音のキーボードが大々的にフィーチャーされているのが面白い所。ファミコン世代の方には懐かしく思えるのではないでしょうか(苦笑)。また、打ち込みドラムが補強されている反面でファンキーなエレキ・ギターのフレーズが随所で追加されていて、生楽器の比率も高くなっています。イントロでは「みょーん」とブラス・セクションのフレーズが復活していますが、その後はリズムを強調したパートが挿入されていて、歌が入るまではやや長いです(例のファミコン・サウンドがよく楽しめます)。終盤は「Extended Version」よりサビの繰り返しが増え、そこではディスコ・ビートがいったんストップするアレンジに。ポールによるスキャット・ヴォーカルがバックに追加されているのがちょっとかっこいいです。大胆なアレンジ変更はありませんが、ダンサブルな仕上がりはそのままに聴きやすいので「Extended Version」よりはとっつきやすいかもしれませんね。なお、「Special Dance Mix」は7インチと12インチでは収録内容が異なります。7インチには4分半ほどのエディット・ヴァージョンを、12インチには7分近くに及ぶ完全版を収録しています。現在、前者は「ヤァ!ブロード・ストリート」のボーナス・トラックで容易に聴くことができますが、後者は未CD化のままです(未CD化曲などをまとめた企画ものブートにはよく収録されています)。完全版ではイントロが長く、歌の部分はCD版アルバム・ヴァージョンの「プレイアウト編」と同じ長さ、そしてエンディングには「Extended Version」にあったコーラス主体のパートを挟んでもう一度ブレイクが登場します。

 2種類の7インチ・12インチがあってますます頭が混乱してきた所に、さらにプロモ盤まで存在するのだからもはやお手上げ状態です(笑)。セカンド・プレス発売と同日に出た1曲入り12インチプロモ盤に収録されたのが「Mole Mix」。また別ヴァージョンの登場です。これはDJ用に300枚限定で制作されたもので、一般には発売されていない超レア音源です(未CD化。企画ものブートには収録されている他、公式にもネット配信されているようです)。DJに配布されたことからも分かるようにクラブ・シーンを意識したリミックスで、今までのヴァージョンよりも斬新です。一応「Special Dance Mix」が元になってはいますが、ほとんどがドラムソロで構成されていて歌はほとんど出てきません。たまに出てきても思い切りめちゃくちゃに編集されているので、断片ばかりでもはや歌にもなっていません(汗)。時折ポールの意味不明な話し声は入るし、それでいて8分も続くから変てこすぎてとても聴いていられません・・・。相当コアなポール・マニアでないとついていけないので、まぁ持っていなくても大丈夫です(笑)。また、ワレン・サンフォードなる人物がプロデュースした「Extended Edit」という7分に及ぶリミックスが彼の「Hot Tracks,Series 3」(1984年)というプロモ盤で出回ったようです(未CD化、私は未聴)。

 ・・・以上、『No More Lonely Nights』の多種多様なヴァージョン違いを見てきました。はい、疲れましたね(苦笑)。たった1年の間に、たった1曲にこれだけたくさんのヴァージョン違いを生んでしまうなんて、ポールはそれほど「ヤァ!ブロード・ストリート」に力を入れていたということですね。微妙な違いも含めて、公式発表された音源では恐らくヴァージョンが最も多いマッカートニー・ナンバーの1つではないでしょうか?以下に整理してみましょう。(CD・アナログ盤で公式発表されたものに限定。私自身把握しきっていないので、間違いや欠落がありましたらぜひ教えてください・・・)

 「バラード編」

 (1)アルバム・ヴァージョン (2)シングル・ヴァージョン (3)「バラード/リプライズ」

 「プレイアウト編」

 (4)アルバム・ヴァージョン(アナログ盤) (5)アルバム・ヴァージョン(CD) (6)7インチシングルB面(ファースト・プレス。ジャズ・インストの導入部なし)

 (7)「ウイングスパン」ヴァージョン(「みょーん」一音がない) (8)「Extended Version」

 (9)「Special Dance Mix」(7インチセカンド・プレス、4分半) (10)「Special Dance Mix」(12インチセカンド・プレス、7分)

 (11)「Mole Mix」 (12)「Extended Edit」

 なんと、12ヴァージョンもあるんですね・・・!(数字に下線があるヴァージョンは未CD化)

  

 さてさて。シングル発売されたので、当然ながらプロモ・ヴィデオも制作されました。しかも、「バラード編」と「プレイアウト編」の両方とも!これもポールが「ヤァ!ブロード・ストリート」の宣伝に躍起になっていたことを物語っています。どちらも非常に凝った映像作品に仕上がっていて、そこからもポールの力の入れようが伝わってきます。では、2種類あるプロモ・ヴィデオの内容をご紹介しましょう。

 まずはメインである「バラード編」。これは当時盛んに放送されたそうで、ご存知の方も多いと思います。再放送される機会も多く、私もNHK・BSでポールの特集番組が組まれた際に初めてこのプロモ・ヴィデオを見ました(録画したものはどこかにしまってあります)。監督を務めたのはキース・マクミラン。『Coming Up』『Ebony And Ivory』などポールのプロモではすっかりおなじみの顔です。プロモの舞台は、「ヤァ!ブロード・ストリート」の舞台でもあるロンドン。ロンドン・ブリッジやテムズ川が映るので、その袂と思われます。そこにある一軒の家(映画でラルフ・リチャードソン演じるジムおじさんが暮らすパブ「オールド・ジャスティス」と同じ建物という説あり)の部屋で、寝巻き姿のポールが暖かい飲み物を作るシーンでプロモは幕を開けます。ポールは誰かに電話をかけますが、相手につながりません。仕方なく電話を切るポールはタイトルのように「ひとりぽっち」な表情をしています。狭くて少し薄汚い感もある部屋からも哀愁を感じます。すると、隅でじっとしていた野良猫がネズミを追いかけ階段を上がってゆきます。その様子に何か感じるものがあったのか、ポールは服を着替え飲み物を持って後を追い、屋上へと出ます。ロンドンはたそがれ時、夜の帳が下りようとしています。そばには誰もいない、まさに「ロンリー・ナイト」がやって来る中、ふとポールが歌い出す・・・という流れで曲が始まります。寂しげな雰囲気をよく表現したこの導入部をポールは気に入っているようですが、当時TVで放送された際はカットされるケースが多かったそうです(汗)。その後はポールが歌いながら寂しげな面持ちで屋上を歩き回る様子が映し出されます。このプロモでのポールは本当に「ひとりぽっち」な演技ができていますね。一緒に映る周辺の夜景がそれを強調しています。そして、サビになるとポールの背後に打ち上げ花火が上がります。まるで華やかに盛り上がるサビの演奏を映像で表したかのようなこのシーンは非常に美しい仕上がりで感動的です。ポールがせつなそうに歌う姿もぐっと映えます。このプロモを象徴するような1こまだと思いますね。

 また、随所には「ヤァ!ブロード・ストリート」の様々なシーンが抜粋されふんだんに盛り込まれています。ポールの自信作である映画を公開に先駆けて紹介する形ですが、名場面を中心に取り上げた構成は予告編とも言えそうです。「エリナーの夢」のシーン、『Ballroom Dancing』や『Silly Love Songs』の演奏シーン、「オールド・ジャスティス」でのジムおじさんとのやり取り・・・ぬかりないですね。全体的に「エリナーの夢」の比率が大きいのは、ポールのお気に入りだからでしょうか。散々な結果に終わってしまった「ヤァ!ブロード・ストリート」ですが、このプロモを見る限りではハラハラドキドキの面白い内容に見えます。まぁ、あのオチを知らない段階での話ですが(苦笑)。一方ポールが歌う屋上はと言えば、後半になると青色のネオンサインが輝き始めます。そう、映画やアルバムジャケットでおなじみの「BROAD STREET」の文字です。しかし、最初のうちは「B」「S」「T」の3文字が点灯せず「ROAD TREE」になってしまっています。まぁポールなりのジョークということで意図的にそうしたのでしょうけど・・・。曲が最高潮に達するアウトロに突入した時、全文字が点灯して「BROAD STREET」が完成。同時に、マスター・テープを持った謎の男(ジャケットにも描かれている)をかたどった青いネオンサインも点灯します。そこに打ち上げ花火がたくさん舞い上がって、夜空に鮮やかに映し出される色合いが感動を誘います。街の明かりが一時的に全部消える演出や、高所から屋上を見下ろしたカットも秀逸です(クレーンで撮影したらしい)。最後はジムおじさんとポールの会話(ここだけ映画の音声も入る)を抜粋して「青い箱=マスター・テープ」がストーリーの核心であることを暗示するのも忘れません。そしてポールが屋上でたたずむ間、ずっと待っていた電話がむなしく鳴り続けるのでした・・・。このように曲というよりは映画を宣伝するためのプロモになっていますが、映画のシーンはもちろん撮り下ろしの屋上のシーンも必見です。ロンドンの夜景に花火、ネオンサインと視覚的にとっても美しい映像は、何度も言いますが本当に感動的です。曲の持つ「ロンリー・ナイト」というテーマにぴったりはまっています。ある意味映画よりも定評が高い(苦笑)このプロモは、現在は公式プロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」で見ることができます。ポールもコメンタリーを寄せていて、『Ballroom Dancing』のシーンでのリンダさんのパンチを絶賛しているのが微笑ましいです。

 これに対し「プレイアウト編」のプロモ・ヴィデオは、曲調と同様に「バラード編」とは趣向をがらりと変えた内容で制作されています。監督も異なり、こちらはデヴィッド・ヒリアーが担当しています。「バラード編」のプロモに続き手近なロンドンで撮影されましたが、ダンス・ヴァージョンだけあって舞台は夜の屋上から一転してディスコ・ホールとなっています。そしてポールは、そのディスコ・ホールでこの曲をカラオケで歌っているという設定なのだから面白いです!レコーディングの際はきっとスタジオをディスコ・ホールに見立てて熱唱したであろうポールが、このプロモでついに実際にディスコ・デビューを果たしてしまったわけです。御年42歳のおじさんがきらびやかなレーザー・ビームを浴びてハンドマイク片手にステージを歩き回りながら歌うその姿は・・・、確かに新鮮で貴重なのだけどちょっとダサさは否めませんね(苦笑)。若々しさを懸命にアピールしているつもりなのでしょうが、ちょっと似合いません。楽器を一切弾かずに歌に専念している点も要因でしょうか?(ポールが1990年に来日した際コンサートで『PS Love Me Do』をハンドマイク片手に歌い、これが思いのほか不評だったという話もありますし。)しかし、そんなことお構いなしにポールは実に楽しそうです。さすがに派手なアクションはないものの、体を動かしステップを踏んで青春時代に戻ってすっかりノリノリです(笑)。そんな痛々しい(?)ポールを盛り上げるべく、周囲にはたくさんの若手ダンサーたちが斬新なダンスを軽やかに披露しています。ディスコ世代だけあって曲のダンサブルなリズムやディスコ・ホールの雰囲気にぴったりですね。それだけに、ポールだけ余計不釣合いに浮いて見えて痛々しさが強調されてしまっていて・・・(苦笑)。まぁ本人が楽しいならいいとしますか。

 ゲストとして、愛妻のリンダさん、そしてシャラマーというソウル・ヴォーカル・グループのメンバーだったジェフリー・ダニエルの2人が出演しています(後半ポールと一緒に大写しで登場し歌っている所で分かる)。ジェフリーは米国出身のダンサーで、かの有名なムーンウォークをマイケル・ジャクソンに伝授した張本人だそうですが、ポールもその腕を高く評価しており実は映画「ヤァ!ブロード・ストリート」にもダンサー役として出演しています。『Silly Love Songs』の演奏シーンで印象的なパントマイムを披露しているのがジェフリーです。その縁があっての参加となりました。もしかしたら、若手ダンサーたちの華麗なダンスもジェフリーの演出なのかもしれません。また、ポールたちのディスコ・ホールのシーンの合間合間には、世界各地のいろんな人たちがダンスやスポーツなどをしている映像が多数挿入されていて、こちらも見所。ポールにとっての「ダンス」とは、こういうイメージなのでしょう、きっと。リズムに合わせた編集はお見事です。なぜかディスコの世界とはかけ離れた、'80年代当時でも既に十分時代を感じさせるようなやけに古臭い映像がほとんどで(大半はモノクロ)、相当昔のアーカイブを引っ張り出してきました、という感じなのが逆に見ている者の関心を誘います。特にアジアやアフリカ、ハワイ、ニューギニアといった非西洋のエスニックなものが多く、日本人力士が相撲を取るシーンまであります(これまた戦前に撮られたかのような超古い映像)。ディスコと完全にミスマッチしているのはポールのセンスの賜物か・・・(苦笑)。それでも視覚的に純粋に楽しめるこの「プレイアウト編」のプロモは、公式ヴィデオ「Video Aid」に収録されているものの「The McCartney Years」には未収録となり、残念ながら入手は困難です。プロモは以下のような感じです。ちなみに、使用された音源は「Special Dance Mix」の7インチヴァージョンです。

  

右写真でポールの左側にいるのがジェフリー・ダニエルです。

 名曲にもかかわらず、この曲のアウトテイクは発見されていません。そもそも「ヤァ!ブロード・ストリート」セッションでのアウトテイクは映画で聴ける別ヴァージョンを除いてはブート含めて出回っておらず、全貌は不明のままです。確か『For No One』は別テイクが見つかっていたようですが・・・。この曲のセッション過程がどんな風だったのか、知りたい気もします。

 長く長く続いたこの曲の解説もそろそろ尽きる頃でしょうか(笑)。ここまで「バラード編」「プレイアウト編」双方の魅力をたっぷりお伝えしてまいりましたが、さすがに長文すぎましたか(汗)。いや、とにかく語ることが多すぎなので・・・。この曲、特に「バラード編」は、間違いなく'80年代ポール、さらにはビートルズ解散後以降のポールを代表する曲と言えるでしょう。感動的な仕上がりの美しいバラードの名曲をたくさん輩出してきたポールの本領がこの曲では最高の状態で発揮されています!ポール・ファンの方なら誰しもこの曲に惹かれていることでしょう。これほど完璧な内容なら、映画の主題歌という話題性がなくとも十分ヒットしていたと思いますね。もちろん映画と合わせて楽しむともっと魅力が引き出されることは事実ですけど。「ヤァ!ブロード・ストリート」はポールが書いた肝心のストーリーが陳腐気味な所が難点ですが(汗)、豪華ゲストと一緒の演奏シーンあり、ポールやリンダ、リンゴなどの貴重な演技ありと、ファンなら必見のシーンがいっぱいです。現在はDVDでも廉価で発売されているので、ぜひ入手してみてください。曲自体も、各種ベスト盤に収録されているので入手は容易です。ポールのことをまだあまりよく知らない方にも大変お勧めできる曲ですので、ぜひ一度聴いてみてください!そして、ポールが時代の流行を上手く捉えることに成功した「プレイアウト編」も必聴です。たくさんある別ミックスはともかくとして(苦笑)、こちらもチェックしてみてください。「バラード編」「プレイアウト編」共にベスト盤「ウイングスパン」で揃えられますが、やはり映画と共にサントラ「ヤァ!ブロード・ストリート」で楽しむのが一番お勧めです。主要なヴァージョンを一挙に入手できますし、ね。

 私も、ポールのソロに入りたての頃「オール・ザ・ベスト」で最初に聴いた時に「ポールの王道だ!」と胸を震わせた覚えがあります。『Hey Jude』を初めて聴いた時と同じような感覚でしたね(特にメロディが)。ポールのバラードだと『Only Love Remains』なんかがとりわけお気に入りの私ですが、有名曲レベルで言えば今でも結構好きな曲です。AOR風味の混じった'80年代マッカートニー・バラードが総じてお気に入りということもあり・・・。『My Love』のようにこてこてのアレンジでない所が好感を持てます(『My Love』も別の意味で好きなんですけどね)。歌詞とヴォーカルは、「せつない」系のバラードでは最高峰だと思います。映画のシーン、プロモ・ヴィデオも感動的で繰り返し見たくなってきます(余談ですが、映画でポールが運転している自家用車がすごく気になります。一度あれに乗ってみたい!)。そして、ポールがディスコ気分でとっても楽しそうな「プレイアウト編」は、聴いていてこっちが楽しくなってきます。「バラード編」の長所をそのまま生かしていて、ポールが挑戦したダンス系の曲ではかなり聴きやすい仕上がりで。個人的にはオリジナルだと少し味気ないので、マニアックだけど「Extended Version」が一番お気に入りです(苦笑)。構成的には「Special Dance Mix」の12インチヴァージョンが一番でしょうか。

 1つ非常に残念なのは、ポールがライヴで一度もこの曲を演奏したことがないことでしょうか。'80年代にコンサート活動を中止していたとはいえ、その後も今に至るまで全く取り上げていないのはとても信じられません。ポールの代表曲の1つなのに・・・。この曲が生で披露されることを待望しているファンは世界中にたくさんいることでしょう。別にライヴで再現できないアレンジでもないし、きっと会場にいる観客全員を感動に浸らせるに違いないので、ポールが健在なうちにぜひとも披露してほしいですね。

 最後までお付き合い頂きまして、どうもお疲れ様でした(笑)。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「アースライズ」。今回ほどには長文にならないはずです(汗)。お楽しみに!

 (2010.10.13 加筆修正)

    

(左から)当時のシングル盤。7インチと12インチでは収録曲が異なります。さらにセカンド・プレスもあり・・・。

アルバム「ヤァ!ブロード・ストリート」。ビートルズナンバー6曲の再演と、大ヒット曲『No More Lonely Nights』が聴き所の、同名映画のサントラ盤。

映画「ヤァ!ブロード・ストリート」。ポールが主演・脚本・音楽を担当した問題作(笑)。ストーリーはチープだけど、演奏シーンなど見ごたえたっぷり、ファン必携!

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