Jooju Boobu 第9回

(2005.4.07更新)

Venus And Mars/Rockshow(1975年)

 今回が初の木曜日更新となる「Jooju Boobu」。第9回目となる今回は、絶頂期ウイングスの大ヒットアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」(1975年)の冒頭を飾ったメドレーを語ります。アルバムのタイトル曲であり、序章のような『Venus And Mars』と、ウイングス屈指のロックの名曲『Rockshow』の2本立てです!この2曲は、アルバムではばらばらの曲として扱われていますが、シングルではメドレー形式の1曲として見なされ、ベスト盤「ウイングスパン」でも同じ扱いとなっています。そこで今回は、2曲まとめて話していきます。元々切っても切り離せない2曲ですし、ね。この2曲は、まさにこの時期のウイングスを象徴する、といっても過言ではないほど、当時のエッセンスを凝縮しています。全くイメージの違う2曲ですが、それぞれがこの時期のポール・サウンドを代表しています。中でも『Rockshow』は、ウイングスの歴史を語る上では欠かせない、大切な曲です。2曲分語ることとなるので、文章がかなり長くなりそうですのでご容赦ください(笑)。

 まずは「Jooju Boobu」初登場のアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」についてから。1973年冬、「バンド・オン・ザ・ラン」のヒットでウイングスの地位を確固たるものにしたポールは、その勢いに乗ってコンサート・ツアーに出ることを考え、それを前提とした強力なアルバムを制作しなければならないと思っていました。翌1974年、当時3人だったウイングスにジミー・マッカロク(ギター)とジェフ・ブリトン(ドラムス)を加え、米国・ナッシュビルにて『Junior's Farm』などのセッションを行います。ジェフは程なく脱退してしまいますが、すぐさま替え玉にジョー・イングリッシュを呼びます。そしてこの瞬間、ウイングスは世界に名を残す最高のラインアップとなったのです。一行は米国・ニューオーリンズへ飛び、そしてアラン・トゥーサンのスタジオ(シーセイント・スタジオ)でレコーディングを開始。こうして(若干の紆余曲折はあったものの)完成したアルバムが1975年の「ヴィーナス・アンド・マース」です。先行シングルの『Listen To What The Man Said(あの娘におせっかい)』の大ヒットに続き、このアルバムも全英・全米1位の大ヒットを記録。アルバム後のコンサートツアーも人気を博し、ウイングスの人気はまさに絶頂に向けてうなぎのぼりとなりました。

 「ヴィーナス・アンド・マース」収録曲は、1974年のアビー・ロード(ロンドン)でのセッションと、1975年のニューオーリンズでのセッションの2つから成り立ち、それぞれジェフとジョーがドラムをたたいていますが、大部分の楽曲は後者のセッションで、今回紹介するこのメドレーもそちらに属します(つまりドラムスはジョー)。

 「ヴィーナス・アンド・マース」を語る上で重要な点は、アルバムに込められたコンセプトです。完成したアルバムは、ビートルズの「サージェント・ペパー」(1967年)にも似たコンセプト・アルバムだったのです。ストーリー作りの大好きなポールは、アルバム全体も「ストーリー仕立て」にするのが得意で、「ペパー」「ヴィーナス」の他に、ウイングスの「バック・トゥ・ジ・エッグ」(1979年)もコンセプト仕立てにしています。この「ヴィーナス〜」にポールが与えたコンセプトは、「コンサートのセットリスト」。今回紹介する曲ではないですが、まさに「ロック・ショー」がコンセプトなのです。冒頭には今回取り上げるメドレー『Venus And Mars/Rockshow』を置き、一方のB面(アナログ盤)の冒頭には『Venus And Mars』のリプライズが収録されています。リプライズの位置こそ違いますが、「ペパー」のタイトル曲(アルバム1曲目)のリプライズがB面で登場する形に似ています。また、一部楽曲がつながっていたり、最終曲の後にクロージングにふさわしい『Crossroads』を置くなど、コンサートを意識したかのような曲順でした。

 しかし、「ペパー」が、ライヴ活動を停止していたビートルズが架空のバンドに歌わせる形で、凝ったスタジオワークであったのに対し、この「ヴィーナス・アンド・マース」は明らかに「現実の」ライヴを意識しています。その証拠に、「ペパー」のような過度なオーバーダブは少なく、収録曲も『Rockshow』を筆頭にライヴ映えする曲が並んでいます。また、ポールのみならず、デニー・レインやジミーといった他メンバーにも持ち歌を披露する場を与えています。このようなことから、同じ「コンセプト・アルバム」でも、ロックナンバーを中心とした、ライヴでの再現が可能なヴィヴィッドなアルバムに仕上がったのです。そして実際、ポールらウイングスはこのアルバムのほとんどの楽曲を携えてコンサートツアーに臨むのですが・・・。このお話は後述します。

  

 それでは、今回紹介する『Venus And Mars/Rockshow』のメドレーを、1曲ずつ個々に説明をしていきます。まずはアルバムのタイトルソング『Venus And Mars』。次曲『Rockshow』につながる、序章的なイメージが強い、1分ちょっとの短い曲です。実はポールはSF好きで(当時SF映画を作りたかったそうな!)、普段はあまりそれが音楽活動に表れることはないのですが、この時期にはあふれんばかりに炸裂します。『Nineteen Hundred And Eighty Five(西暦1985年)』はまさにこの先鞭です。ポールの頭の中で思い巡らすSFの世界が、アルバムのカラーを決定付けたのです。ポールによれば、「教会に座る男の元に、宇宙から乗り物がやって来て、男を宇宙へ誘う」という思い付きからアルバムタイトルが決まったそうです。そのタイトル「ヴィーナス・アンド・マース」。「ヴィーナス」=「金星」、「マース」=「火星」と、2つの惑星が選ばれましたが、この2つは地球の直近の惑星だということを、ポールは意識していなかったようです。この「金星と火星」が、アルバムジャケットやブックレットにもふんだんに使用され、コンセプト・アルバムとしての統一感を生み出しました。それも、ポスターやステッカーなど、「ペパー」も顔負けの付録付きでした。(CDではもはやその面影はないですが・・・。紙ジャケ版では再現されていたようですが。)

 有名なアルバムジャケットは、金星と火星に見立てて黄色と赤のビリヤードボールを撮ったもの。なお、ポールによれば「黄色と赤になったのは偶然」だそうですが、どうやったらそんな偶然が生まれるのか、意識的に選んだとしか思えないんですけどねぇ(苦笑)。ジャケットは「アルバム・カヴァー・オブ・ジ・イヤー」に選ばれています。ファンの間では「センスがない」という意見も耳にしますが・・・(汗)。個人的には好きなんですけどね。アルバムのためのTVCMでも、ジャケットになぞらえてビリヤードを楽しむウイングスの姿を捉えています。このプロモ(!?)がまた面白くて、特にデニーの仕草が笑えます。なぜかひげ付きだし・・・。曲はアルバムより『Venus And Mars』『You Gave Me The Answer』『Listen To What The Man Said』『Treat Her Gently/Lonely Old People』『Medicine Jar』『Venus And Mars(Reprise)』が使用されていました。以下のような感じです。

 さて曲の方ですが、こちらは「挨拶もしないうちに相手の星座を尋ねる、占星術好きのガールフレンドの話」を元にしているそうです。ポールのSF節が炸裂しています(笑)。それゆえ、歌詞にも「星を追いかける友達」が出てきます。しかし興味深いのは、冒頭の「アリーナのスタンド席に座ってショーが始まるのを待っている」という一節です。これは明らかに、次の曲『Rockshow』を意識しています。そして、明らかにコンサートを意識しています。ポールのコンサートにかける意気込みが、歌詞にも込められているのです。SFチックな歌詞の中に、アルバムのコンセプトである「ロック・ショー」の幕開けを告げるようなメッセージをも含んでいるのです。そういうことで、短いながら非常に重要な意味を持つ曲なのです。

 サウンドは、アコースティック・ギターを中心にした穏やかなもの。まるで、コンサートが始まる前の静かなひと時のようです。アコギはポールによる演奏だそうです。また、12弦ギターはデニーの演奏。当時のコンサートでは12弦と6弦のダブルネックのギターを使用していたのを思い出します。澄んだ音色が曲調にぴったりです。そして、忘れてはいけないのがムーグ・シンセの音。現在のシンセの前身にあたる楽器で、ビートルズにジョージ・ハリスンが持ち込んだのは有名な話ですが、ポールもアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」(1973年)辺りから多用しだし、この頃にはウイングス・サウンドを彩る欠かせない音となっていました。演奏するのはもちろん!ポールの愛妻リンダさん。映像作品などを見ればご存知の、指一本弾きです。楽器が得意でないリンダさんでも弾けるようなシンプルなメロディが、逆にポールの分かりやすいメロディを強調しています。『Jet』や『Band On The Run』、『Zoo Gang』などでも印象的なムーグの演奏ですが、この曲ではポールのSF趣味の世界を印象付けるような幻想的な美しい音色で聞かせてくれます。この時期のウイングスの象徴的サウンドであるムーグを使用した代表格であることも、忘れてはいけません。ヴォーカル面では、よく聴けば分かりますが、“Red lights,green lights・・・”の部分からバッキング・ヴォーカルも入っています(デニーの声が目立つ)。ポールのヴォーカルも、まだこの時点では非常に穏やかな歌い方がされています。次曲のために声をセーブしているかのようです・・・。

 ヴォーカルが終わると、ドラム(シンバル類)も加わり、いよいよ何かが起こりそうな気配を見せます。ここでも12弦ギターとムーグの音色が印象的です。そして、急に激しいエレキ・ギターの音が聴こえた瞬間、次の『Rockshow』へと突入するのです・・・。

 ということで、続いては『Rockshow』について語ってゆきましょう。もう、言わずもがその名の通りのハード・ロックナンバーです。ポールとロックについては前々回『Beware My Love』の時に触れたので割愛として、繰り返しにはなりますがウイングス期のポールはバンドを意識したゆえかロック色がよく現れていました。特に、ジミーとジョーが在籍していた時期は、ロック・スピリットあふれる2人(特に若手ロッカーのジミー)に影響されて、ポールはロックナンバーを次々と送り出しています(これも話しましたね)。この『Rockshow』もその流れから生まれた楽曲で、ハードロックらしい激しさと重々しさと、ポールらしいポップさとメロディアスさを足した、極めてキャッチーなロック・チューンです。まさに、アルバム&コンサートのオープニングにはうってつけのインパクトです。

 面白いのが、3つのパートから成り立っていること。複数の異なった楽曲をくっつけて、1つの楽曲に纏め上げてしまうのはポールの得意とするところです。メドレー形式の曲を除いても、かの有名曲『Band On The Run』もそうですし、『The Mess』『The Pound Is Sinking』『Pipes Of Peace』、未発表曲では『Cage』『Love Mix』辺りなんかもそうです。この曲も『Band On The Run』と同じく3パートから成り立っており、第1パートの間に第2パート・第3パートを挟んだ格好となっています。それぞれ明らかにメロディが違うので、別々の曲をつなげたことは分かるのですが、それでいて不自然さを感じさせないのはアレンジャー・ポールの面目躍如。先に挙げた曲にしてもそうですが、本当に違和感なくポールの編曲の妙を感じさせます。

 この曲は、極めてタイトな、メリハリのついたバンドサウンドに仕上がっています。コンサートを意識していることもあり、バンドサウンド以上の楽器はここにはほぼありません。ライヴで再現できるような音作りなのです。各演奏者ともロック色の強い演奏をしていますが、やはりジミーのエレキギター(スライドギター)とジョーのドラムは迫力たっぷりで刺激的です。彼らの影響を受けて生まれた楽曲に、ソリッドでハードな演奏でお返ししています。第3パート後のギターソロとドラムスのコンビで特に彼らが輝いています。ポールのベースも結構大きめにミックスされていて、重々しさを支える大黒柱となっています。ちなみに、ベースラインがビートルズの『Dizzy Miss Lizzy』のそれと似ているという指摘を某所で目にして、なるほどと思いましたね(笑)。源泉はそこだったのか!シンプルなバンドサウンドなのですが、アルバム全体の印象や、3つのパートを備えた曲という影響か、きらびやかな感じに聴こえるのが面白いです。(確かに、第2パートではベルの音なんかも入れていますが・・・)

 特筆すべきは、2人のゲストが演奏に参加している点でしょう。ピート・タウンゼントとフィル・コリンズじゃないですよ?(笑)それは前回紹介の曲で、今回のゲストは、アラン・トゥーサンとアフロです。前者のトゥーサンは、ニューオーリンズを中心に活躍したシンガーソングライターです。主に'70年代にアルバムを出していますが、それよりも有名な彼の側面が、プロデューサーとしてでしょう。特に'60年〜'70年代、ベニー・スペルマンやドクター・ジョンなどのプロデュースでニューオーリンズでは大御所的存在です。'70年代にはシーセイント・スタジオを設立、ここにウイングスがやって来て「ヴィーナス・アンド・マース」セッションを行ったわけです(残念ながら、シーセイント・スタジオは2005年のハリケーン・カトリーナで全壊してしまったそうです・・・)。この縁あってか、ポールからのお礼あってか、この曲ではピアノで参加しています。全編通してフィーチャーされていますが、元々ピアニストとしてのキャリアからスタートしたトゥーサンのアドリブを交えたピアノ演奏はさすが貫禄のあるものです。ポール以上です。特に後半では曲の盛り上がりを印象付ける役割を果たす、躍動感あふれる演奏となっています。一方のアフロは、コンガで参加しています。

  

 ポールのヴォーカルは、こうしたロックナンバーでは当然のようにシャウト系のヴォーカルを披露しています。『Jet』『Junior's Farm』に負けず劣らずの熱唱です。前々回の『Beware My Love』とは違い、あくまで溌剌としているのがキャッチーさを与えています。他メンバーによるコーラスとの相性も抜群です。第1パートの“Rockshow!”“Long hair!”“Rock'n'roll!”がかっこよく決まっています。第2パートはポールとコーラスが共に歌う格好です。そしてがらっと雰囲気が変わる第3パートでは、「オイ!」という掛け声がなんともマッチョでハード・ロックの曲調にぴったりです。この部分のポールはかなりハーフ・スポークンが入っていて、声も太めに歌われています。その後第1パートに戻る箇所でも騒ぎ声が入っていて、この第3パートは他の部分とは違うコントラストを持っています。エンディングの繰り返しでのポールのアドリブもかっこいい。眉間にしわを寄せて・・・まではいきませんが、十分にロックしたヴォーカルを堪能できます。3つのパートがあるので1曲で3粒おいしいですね(笑)。

 歌詞はといえば、こちらも『Venus And Mars』と同じく実際のコンサートを意識した内容となっています。ロック・ショーを前にした観客たちの興奮気味の感情をそのまま歌にしたかのようです。誰しも、ライヴを見に行った人なら感じるであろう気持ちの高ぶり、です。「コンセルトヘボウ」「マディソン・スクエア」「ハリウッド・ボウル」と、コンサート会場になりそうな場所(前者がオランダ、後者2つが米国)が登場するのが面白いです。また、歌詞には「ジミー・ペイジ」「(プロフェッサー・)ロング・ヘアー」と実在のミュージシャンも登場します。面白いことにジミー・ペイジ(元レッド・ツェッペリン)もプロフェッサー・ロングヘアーも、アルバム「ヴィーナス・アンド・マース」の完成記念パーティに出席しています。また、プロフェッサー・ロングヘアーの曲『Mardi Gras In New Orleans』をこの時期ポールはカヴァーしていて(未発表)、それを元に半ばパクったのが、現在「ヴィーナス〜」のボーナス・トラックに収録されている『My Carnival』・・・という逸話もあります(笑)。また、「ジミー・ペイジのギターは別次元の遺跡のようだ」と歌われる辺り、「未来か異世界でのコンサート」をコンセプトにしているようです。ここでも、ポールのSF節が炸裂しているわけです。

 この曲は乱暴に言えば「第4パート」も存在します。といっても、アウトロのようなもの、なのですが・・・。曲がいったんエンディングを迎えた後、トゥーサンのピアノに導かれて始まるスローなパートです。この部分はジャム・セッションのような仕上がりで、トゥーサンのピアノが一番目立って活躍しています。その演奏にのせて、ポールがアドリブで掛け声を繰り広げているのです。なんだか挑発的に聴こえなくもないですが・・・(苦笑)。また、前曲以来のリンダさんのムーグが復活し、これまた指一本弾きで聞かせます。その後、ドラムのフィルインに乗せて次の『Love In Song』とクロスフェードし、約5分半にわたる長いこの曲が終わります。つながっている前曲と次曲を合わせれば、実に9分半にもわたる演奏です。ライヴを意識した構成となっています。

  

 さて、『Venus And Mars』を紹介したついでに(ついでかい!)、同曲のリプライズ『Venus And Mars(Reprise)』もあわせて紹介しておきましょう。こちらは、アナログ盤のB面の冒頭に収録されています。メロディは、『Venus And Mars』そのままで、基本的なアレンジも同曲と同じです(もちろん演奏は違いますが)。出だしがアコギというのも似ていますが、こちらにはムーグは使用されていません。また、イントロが短い代わりにアウトロが引き伸ばされており、さらに第2節もあります。歌詞も書き直されていて、結果的に『Venus And Mars』よりもポールのSF節が大炸裂することとなりました。ポールが頭に描く近未来の宇宙像はこんな感じか?と思わせる内容です(笑)。「火星でも金星でも、どこへでも行く円盤を持ってるなんてすてきだね」と言うポールならではの詞作で、「コンサートが始まるのを待つ」のが「乗り物(もちろん宇宙船21ZNA9!)が来るのを待つ」になっていたり、星に届かんとしていたりと、『Venus And Mars』よりも宇宙的です。また、アウトロを中心に、ハープやピアノで幻想的な雰囲気を出していたり、SEやエコーのかかったコーラスを多用したりと、サウンド面でも暗黒の宇宙へ誘ってくれるようです。そして、エンディングのコーラスとクロスフェードする形で、次曲『Spirits Of Ancient Egypt』が始まります。ここでも、ライヴを意識したような曲間のカットが図られています。

 実はアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」セッションはアウトテイクが豊富に残っており、実質全曲分のアウトテイクがブートで聴くことができます(「Venus And Mars Sessions」など一連の関連ブートに収録)。アウトテイクでは、曲が完成するまでの経緯や、各曲を連結する前の状態を知ることができて大変興味深いです。『Venus And Mars/Rockshow』にも、アウトテイクが多く残されています。それらで概して一番興味深いのは、やはり2曲が連結される前の状態を確認できることですが、それ以上に、『Rockshow』の一部かと思われていた、あの始まりのギターフレーズ(ちゃらら、ちゃっちゃっちゃー)が、実は『Venus And Mars』の領域であったことが分かります。そう、あの箇所は元々は『Venus And Mars』のエンディングだったわけです!CD化の際、この部分は『Venus And Mars』側のトラックに収録されていましたが、この切り方は間違いではなかった、というわけです。とはいえ、この2曲は当初よりメドレーとしてくっつけるつもりではあったと思われますが・・・。以下、それぞれのマニアックなアウトテイクを語ってゆきます。

 まずは『Venus And Mars』から。この曲には2種類のアウトテイクがあります。1つはインスト・ヴァージョン。演奏はオリジナルと同じ。しかし、さっき言ったように『Rockshow』とは切り離されていて、先述のフレーズでエンディングを迎えています。演奏後にポールの話し声が聞こえます・・・。もう1つは、これにヴォーカルを加えたもの。エンディングはやはり切り離されています。続いて『Venus And Mars(Reprise)』。これも2種類のアウトテイクがあります。1つはカウントから始まるラフなテイクで、まだハープやSEなどのオーバーダブがされていないシンプルな演奏です。アコギとピアノがメインになっています。エンディングは早めにフェードアウト。もう1つはエンディングが『Spirits Of Ancient Egypt』と切り離されているヴァージョン。だいぶオーバーダブが加えられていますが、ハープが入っていないなどまだ若干音が足りません。

 それから『Rockshow』ですが、こちらは3つのアウトテイクが存在します。まずはラフ・ミックス。オリジナルと同じ構成・アレンジですが、演奏はまだかなりラフさを残しています。イントロは当然、「ちゃらら(以下略)」抜き。演奏面ではトゥーサンのピアノが目立っている感があり、ハード・ロック色が薄らいでいます。ポールのヴォーカルもまだ流し歌いのような趣で、カウントを入れるなど、構成を確認しているようです。面白いのは、この時点で第4パートのアウトロが存在している、という点でしょう。しかもこの時からオリジナルと大して変わらない演奏です。2つめはオリジナルとほとんど同じテイクで、『Venus And Mars』『Love In Song』各曲と切り離されているヴァージョン。これもイントロは「ちゃらら〜」抜き。代わりに演奏前に音をチェックしているようなものが聴こえます。「ほとんど同じ」なのは、一部が微妙に違っているためであり、第3パートの「オイ!」を聴けばお分かりでしょう。第4パートのアドリブも、オリジナルでは一部カットされていたものをフルに聴くことができます。

 そして、もう1つが一番興味深いアウトテイクで、いわゆる初期テイクです。これは、オリジナルとは構成もアレンジも異なり、雰囲気も全く異なっています!ギター、ベース、ドラム、ムーグという非常にシンプルで骨太な演奏ですが、特にポールのベースが強調されています。ドラミングはオリジナルに比べるとまだ単調です。イントロは第2パート→第1パートのつなぎのギターフレーズで始まっています。既に第1〜第3パートが存在していますが、構成は大げさにではないですが異なっています。それ以上に注目なのがポールのヴォーカルです!この初期テイクにコーラスは全く入っていなく、ポールのシャウト交じりのヴォーカルが生々しく響きます。特に、後半のムーグとエレキギターをバックにして延々に続くシャウトは圧巻です!オリジナルでもこれくらいシャウトしてほしかった!と思うほどのロッカー・ポールが炸裂しています!演奏時間が7分以上というこの初期テイクは、ポールの数あるアウトテイクでも必聴ですよ!!

  

 さて、アルバム「ヴィーナス・アンド・マース」でひとまず成功を収めたウイングスは、今度はそのアルバムからの新曲を携えワールド・ツアーに出ます。ツアーは英国を皮切りに断続的に続けられましたが、その時のオープニングとして(案の定)このメドレーが選ばれたのです。元々コンサート用に書かれた曲ですので、これがオープニングになるのは想像に難くなかったことでしょう。逆にこれがオープニングじゃないことが異常ですか・・・。この一連のワールド・ツアーでは、『Venus And Mars』と『Rockshow』の他に、当時から世界的にヒットを飛ばし有名だった『Jet』をメドレーに付け加え、まさにライヴ向けの構成をした、無敵の幕開けを作り出したのです。『Jet』も疾走感たっぷりのロック・チューンですから、否応にも「ロック・ショー」を強調することとなりました。英国・オーストラリア・ヨーロッパ各国そしてアメリカと、ウイングスが世界中を駆け巡ったワールド・ツアー(1975年〜1976年)で、期間中ずっとこのメドレーがオープニングを飾り、各地でファンの喝采を浴びたのでした。大成功を収めた全米ツアーを中心に、世界の頂点に輝いた絶頂期ウイングスを象徴する楽曲として、強く人々の心に記憶されることとなったのでした。ウイングスの歴史に欠かせない、というのはこのことなのです。全米ツアーの模様は、音源が公式ライヴ盤「ウイングス・オーヴァー・アメリカ」に、映像が映画「ロック・ショー」(ずばりそのままのタイトル!)に収録されています。コンサートの静かな幕開け『Venus And Mars』から、一気に熱い『Rockshow』の演奏に突入し、さらに『Jet』でますます盛り上がる構成は、これしかない!という曲順。映画「ロック・ショー」の映像は、公式プロモ集「The McCartney Years」に収録されているのでご覧になった方も多いと思いますが、ポールをはじめ各メンバーが本当にかっこいいですよね!(私はデニーに目が行きがちですが・・・)第3パートでこぶしを挙げて「オイ!」と掛け声をかける部分が好きですね。

 一方、この『Venus And Mars/Rockshow』のメドレーは、アルバム「ヴィーナス・アンド・マース」発売後に『Letting Go』に続いてシングルカットされました。英国ではなぜか(本当になぜか!)チャートインすらしませんでしたが、米国では12位とそこそこのヒットを記録。当時のポールはアルバムからのシングルカットをたくさん行っていますが、ビートルズ以来ポールが持ち続けている「シングル・アルバムにはそれぞれ独自の楽しみを持たせる」信条があってか、シングルに収録されたこのメドレーは、部分部分が大幅にカットされて3分ほど短くなっています。(アナログ盤7インチシングルに収録できる長さに短くする必要もあったのでしょうが・・・)これが、いろいろな部分を大胆にばっさり、ずたずたに切っていて、アルバムで聞き慣れていると「あれ?」と思うことでしょう。

 シングルに収録する際編集した箇所は以下の通りです。『Venus And Mars』は「イントロ」「アウトロ」の2ヶ所、『Rockshow』は「第2パート丸ごと」「第3パートの冒頭」「第3パート→第1パートに戻る部分のフィルイン」「アウトロ(第4パート丸ごと含む)」の4ヶ所。特に、『Rockshow』の第2パートとアウトロをカットしたことは大きく、確かに余計なインスト部を削ったことでシンプルにまとまってはいますが、物足りなさがいっぱいなのは『With A Little Luck』のDJエディットと同じです。そういうわけで、ファンの間ではかなり悪評のシングルヴァージョンです(苦笑)。なお、ベスト盤「ウイングスパン」にはこのシングルヴァージョンを収録しています(26年経ての初CD化)。また、1975年英国ツアー(グラスゴー公演)の模様がプロモとして使用されていますが、この時もご丁寧にシングルヴァージョンと同じエディットが施されています。何も手間暇かけてそこまで短くしなくても・・・と思いますね(苦笑)。プロモは以下のような感じです。「The McCartney Years」未収録です。

  

 私は、初めに聴いたときはそれほどこの2曲を好きではありませんでした(最初聴いた時『Rockshow』がビートルズの『Birthday』をほうふつさせるな・・・と思ったことは覚えています)。しかし、意外なきっかけで徐々に興味がわいてきました。よりによって、先述した悪評高きシングルヴァージョンです(笑)。あれがすごく新鮮に感じられたんですよね・・・。そのせいか、今でも個人的には(人には決してお勧めできませんが)シングルヴァージョンの方が好みなんですよね・・・(普通は逆だろうに)。『Rockshow』の第3パートが特に好きですね。「オイ!」の掛け声が楽しくて。『Venus And Mars』は・・・単体では取り立ててお気に入りではないですね(汗)。

 この曲は、ウイングスに限って見れば、「名曲」「代表曲」のひとつに上がってくると思います。もちろんウイングス史上でも大変重要な曲です。最盛期ウイングスのライヴを盛り上げた曲のひとつですし、ポール作のロックナンバーでも上等のできです。まだ聴いていない方は要チェックですよ!!もちろん、完全に聴くことのできるアルバムヴァージョンをお勧めします(シングルエディットは物足りなくて飽きますから・・・)。ジョン・レノンに比べてポールは軟弱だ、と思っている方はぜひ聴いてください。ここにはポール流ロックが生きています。『Venus And Mars』におけるポールのSF節にも注目!(笑)あと、『Rockshow』の初期テイクも必聴ですね!(ブートのみだけど・・・)

 ・・・って、『I've Had Enough』以降ほとんどロックナンバーを紹介している・・・。これは全くの偶然ですからね!!

 さて、次回は再び日曜日の更新ですが、紹介する曲のヒントを出しておきましょう。・・・「地下鉄」。お楽しみに!!

 (2007.12.30 加筆修正)

    

(左から)アルバム「ヴィーナス・アンド・マース」。きらびやかな印象のウイングスの人気作。/当時のシングル盤。問題のシングルヴァージョンを収録・・・。

『Venus And Mars/Rockshow』の頃のウイングスのメンバー。この絶頂期ラインアップは1974年から1977年まで続いた。

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