Jooju Boobu 第88回
(2006.1.11更新)
Morse Moose And The Grey Goose(1978年)
今回の「Jooju Boobu」は、ウイングスの1978年のアルバム「ロンドン・タウン」のラストを壮大に飾る『Morse Moose And The Grey Goose』を語ります。一応の邦題(?)は、「モース・ムースとグレイ・グース」。まぁ直訳そのまんまなんですが・・・(汗)。「ロンドン・タウン」は、紆余曲折の末完成したアルバムのため、全く異なる3つの要素が混在しているのが大きな特徴に挙げられていますが、この曲ではその3つの要素のうち、2つが同時に含まれているというとても興味深い1曲です。「バンドサウンド」と「英国・アイルランドの伝統音楽(トラッド)」という、一見すれば相反しているような要素が、この曲では見事に交差し、絶妙に絡み合っているのです。今回は、私が一番好きなポールのアルバムでもある(苦笑)「ロンドン・タウン」をある意味象徴しているようなこの曲の魅力を語ってゆきたいと思います。
ウイングスにとっては6枚目のアルバムとなる「ロンドン・タウン」は、既に同アルバムの収録曲を紹介した際に述べているように、ウイングスのレコーディング史上ではずいぶん複雑な過程を経て出来上がった作品です。ここで今一度そのセッションをおさらいしておきましょう。まず、長い長い「ロンドン・タウン」セッションが開始したのは1977年2月のこと。昨年には怒涛の全米ツアーを大成功のうちに終え、しばらく休養を取っていたメンバーが、ポールの招集によりスタジオに集まりました。そして新たなアルバムのためのレコーディングを開始するのですが、その直後にレコーディングの舞台を大きく変えることとなります。それが、有名な洋上セッションです。カリブ海のヴァージン諸島に浮かぶヨットの上で新曲を録音してゆくという画期的な試みは、デニー・レインの唐突な提案がきっかけだったようですが、ヴァケーション気分を満喫しながらセッションがしたかったポールの願いと見事に符合し、5月に1ヶ月間かけてこの優雅なセッションは実行に移されました。ここまでは順調な滑り出しのように見えたのですが・・・、カリブ海から帰国するとしばらくウイングスの活動は停滞します。そして、8月にこの年の大ヒット曲となる『Mull Of Kintyre』のレコーディングを行ったのを前後して、ギタリストのジミー・マッカロクとドラマーのジョー・イングリッシュが相次いで脱退するという事件が起きます。その要因にはいろいろ諸説あるようですが(汗)、ウイングスの全盛期を支え最強ラインアップと言われた5人編成があっけなく崩壊してしまったことにポールは大いなるショックを受けます。しかし、ここで頓挫することはありませんでした。ポールは残りのレコーディングをバンドに残留したデニーと一緒に続行し、何とかしてアルバムを完成させます。愛妻リンダは産休を取っていたため、この頃のセッションは実質ポールとデニーの2人だけで行われています。さらにポール単独録音の曲も収録し、年が明けた1978年3月。1年近く続いたセッションが終わり、ようやく新作「ロンドン・タウン」が世に送り出されました。このようにメンバーの脱退を挟んだために、実に多種多様な演奏形態の曲が集まった異例のアルバムとなったのです。
そのようにして生まれた「ロンドン・タウン」は、こうした複雑な時代背景が原因で、アルバムを特徴付ける要素は大きく分けて3つに分類することができます。まず、1つはウイングスらしいバンドサウンド。これは、ジミーとジョーが脱退する前の曲・・・とりわけ洋上セッションで録音された曲のほとんどが該当します。1975年以降相次ぐヒット曲・名盤を世に送り出し、世界中でコンサート・ツアーを成功させた絶頂期ウイングスの勢いが感じられます。2つ目は、英国やアイルランドの伝統音楽の影響。これは、各地のトラッドに深い関心を寄せていたデニーの貢献が大きいです。この時期、ポールは新たな作曲パートナーとしてデニーを選び多くの共作曲を残していますが、世界中を駆け巡ったポールが祖国を顧みたこともありウイングスの諸作では最も英国の香りが漂う仕上がりとなりました。そして最後は、メンバー2人の脱退に困惑したポールの心の内が表れたかのようなアレンジ。当然セッション後半戦によく見られる現象ですが、未完成の曲が入っていたり、混乱した様子がそのまま詞作に表現されていたりと、ラフな面が色濃く残されています。このように3つも全く異なるカラーがあるというのに、アルバム全体に流れるまったりとした空気は不思議なトータル感を醸し出し、アルバムに統一性を生み出しています。この辺はポールの後処理の巧みさが発揮されていて、素晴らしいの一言です。
さて、それでは今回ご紹介する『Morse Moose And The Grey Goose』はと言えば、セッション前半戦に当たる、5月の洋上セッションでレコーディングされています。つまり、この当時はジミーとジョーも含めた5人編成ですから、この曲の演奏もこの5人によるものです。この洋上セッションでは、最終的に「ロンドン・タウン」に収録されることとなる曲も含めて10曲前後が録音されたと言いますが(アルバムの歌詞カードでは洋上セッションの曲に船のマークが記されている)、この曲は他とはまたちょっと違ういきさつで生まれています。というのも、ほとんどの曲はカリブ海に到着する前に既にポールやデニーが書いていたものをヨットに持ち込んで録音した・・・という形なのですが、この曲だけは洋上セッションを始めてから作られているからです。そして、もっと言えばこの曲、元々は気ままなジャム・セッションから生まれた曲だったのです!つまり最初は完全たる即興で演奏していたものが、いつしか1つのまとまりある曲に形作られていったわけです。それは、歌詞が繰り返しばかりで出鱈目な節も多々見られるという点や、単純な構成とコード進行などで如実に出ていますね。そんな経緯でできたため、この曲は洋上セッションのカラーを色濃く反映することとなりました。
この曲は、タイトルが物語っているように、『Morse Moose』と『Grey Goose』の2つのパートに分けることができます。『Morse Moose』パートが『Grey Goose』パートをサンドイッチするという構成になっています。双方でメロディは全く異なり、あたかも別の2曲をつなぎ合わせて出来上がったかのようです。組曲的構成でドラマチックな曲作りを展開させるのが得意なポールらしいですが、後半の『Morse Moose』パートで『Grey Goose』のメロディが出てくるため、全然関係のなかった2曲を持ってきたわけではなさそうです。ちゃんとコード進行など計算されての合体技となっています。
さて冒頭で、この曲では「ロンドン・タウン」の3つの要素のうち、「バンドサウンド」と「英国トラッド」を同時に楽しめるとお話しましたが、それでは「なんじゃらほい」と思われる方が多いと思うので(汗)、ここで単純明快な答えを出しましょう。実は、この曲のうち『Morse Moose』では「バンドサウンド」を、『Grey Goose』では「英国トラッド」を楽しめるのです!2つのパートに分かれるこの曲は、パートごとに全くイメージの異なるアレンジがされています。そして、それを見事にくっつけることで一見して相反する2つの要素を1曲にミックスすることに成功しています。これも、複雑な過程を経て生み出された「ロンドン・タウン」ならではの現象ですが、何の違和感もなく絶妙にマッチしている辺りに、ポールのマジックを感じさせます。「バンドサウンド」と「英国トラッド」の共存。想像がつきにくいですが、それを実現させているのですからすごいですね!
では、全く異なる性格を持つ2つの要素がこの曲にいかに表れているかを、1つずつ詳しく語ってゆきます。まずは「バンドサウンド」。つまり『Morse Moose』のパートです。このパートの醍醐味は、何と言っても絶頂期ウイングスによるロック色の濃い息の合った演奏でしょう。先述のように、洋上セッション当時のウイングスは1975年から2年続いたラインアップで、この時点で既に多くの名盤・名曲をヒットさせてその実力は折り紙つきでした。ウイングスの歴史を振り返って、この時期が「絶頂期」「最強ラインアップ」と評されるのにも納得です。そして、当時のウイングスは結成時に比べて圧倒的にロック色を強め、名実共にロック・バンドと成長していました。これは流動的メンバーであったジミーとジョーの若さあふれるダイナミックなプレイの賜物と言えますが、ポールも彼らに刺激を受けてハードなロックナンバーを量産、ロックに傾倒してゆきました。1975〜1976年のワールド・ツアーの演奏を耳にすれば一目瞭然です。それは洋上セッションの際にも変わらず、ここでは『I've Had Enough』『Girls' School』と言ったノリのよいロックナンバーが録音されています。むしろ、バンドとしてのまとまりはこの時点においてますます洗練されて勢いのあるものになっていました。この直後ジミーとジョーの脱退であえなく崩壊してしまう絶頂期ラインアップですが、この先あと何年か続いていたらロック・バンドとしてさらに大成していたかもしれません。
そんなウイングスの成長ぶりを、『Morse Moose』パートでよくうかがえます。この箇所は、一口に言えばハード・ロック調の仕上がりになっており、まさに絶頂期ウイングスにぴったりです。アップテンポでノリがよいリズムと、パワフルな演奏は、『I've Had Enough』『Girls' School』を凌駕する勢いを感じさせます。ウイングス・ロックの代表曲『Jet』『Rock Show』などさえも圧倒してしまうようなスケールの大きさは、バンドの飛躍を物語っています。ただし、ジャムからできた曲であるため、コード進行や構成さらには基礎となる演奏自体もいたって単調であるのは他のウイングス・ロックにはない点で面白いです。ある意味異色とも言えるでしょう。また、その単調さとハードエッジさから、当時世間を席巻しつつあったニューウェーブやテクノの影響すら感じさせるのも興味深いです。「ロンドン・タウン」でポールは、英国・アイルランドのトラッド風の大人しめな作風を前面に出すためあえてこうした新しい流行音楽を避けて通っていますが、この曲では例外的にそうした風潮に答えているかのようです。この後「バック・トゥ・ジ・エッグ」でハードエッジなニューウェーブに、「マッカートニーII」でシンセを多用したテクノ・サウンドに挑戦するポールですが、その片鱗がこの曲で既に見られるというのは面白いです。
この曲の演奏体制は、ポールがベースとピアノ、デニーとジミーがギター、ジョーがドラムスという、ウイングスらしいものとなっています。そして面白いアクセントとして、曲中の至る所に信号音や無線のようなノイズが散りばめられています。冒頭からエンディングまで、絶えず流れているこの音は、ハードエッジさを強調すると共に、無機質な実験的テイストも出しています。どうしてこれを入れることになったのかは不明ですが・・・、非常に印象に残ります。イントロはその信号音で始まり、続いて「ジャーン」というブレイクが何度か繰り返されます。ギター、ベース、ピアノに加え、洋上セッションから帰国後にオーバーダブされたブラス・セクションが分厚く入っていて、パワフルな上に派手なアレンジで、この曲のスケールの大きさをアピールしています。しばらくして本編に入るのですが、こちらはファンキーなリズム・ギターとピアノが曲を引っ張ってゆきます。どこか数年前の『Nineteen Hundred And Eighty Five(西暦1985年)』にも似ていますが、それよりも幾分ファンク方面に舵を切っているかのようです。ベースもよく動いたメロディラインで、曲のノリをつかんでいます。ドラミングはフィルインを多く含んでこれまたファンキー。単に力強いだけでなく、複雑で技巧的なのが特筆です。その上で正確にリズムキープをしていて、ジョーの腕の確かさを感じさせます。単純なコード進行のため、演奏はドラムスを除きほぼ同じフレーズの繰り返しになっているのが先述のように異色であります。曲はすぐに崩れ、再び「ジャーン」の繰り返しが入ります。そして、もう1つのパート・・・『Grey Goose』へ移ります。
『Grey Goose』については後ほど語るとして、このパートとクロスフェードして再度「ジャーン」が始まり、『Morse Moose』パートが復活します。今度もギター、ベース、ピアノにブラス・セクションが派手に繰り出していますが、前半と違い粘っこいリード・ギターが絡み合います。ジミー独特のゆがんだ音色は絶頂期ウイングスならではですね。そして、ジョーの複雑なフィルインに導かれるように、ファンキーな演奏が再開されます。今度は、前半よりややアップテンポでかつハイテンションになっていて、後半は勢いに乗って突っ走ってゆくような感じです。相変わらず信号音は入ったままで、ちょっと混沌さもあります。ファンキーなリズム・ギター、躍動感あるベースライン、裏で活躍するピアノはそのままに、これまた帰国後にオーバーダブしたストリングスやブラス・セクションが分厚く入り、スリリングな雰囲気を出しています。また、途中ではいったんパワフルな演奏を休めて静かになって、メリハリをつけています。基本は単調なものの、こうした気の利いたアレンジでバラエティ豊かに聞かせている所にポールのアレンジャーとしての妙を感じさせます。静かになった後は、最後の力を振り絞るかのように再び華やかになり、ジョーが繰り広げる豪快なドラミングを交えつつこれ以上なく盛り上がりながら派手に締めくくります。ブラス・セクションも大々的にフィーチャーしたこのエンディングは、ウイングス随一の大味なものです。これに追随できるのは恐らく『Beware My Love』くらいでしょう!
このように、非常にファンキーでダイナミックな演奏を、派手なアレンジで味付けするというのがこの曲のバンドサウンドですが、6分という演奏時間もあいまって大変壮大に感じられます。「ジャーン」の繰り返しや後半のオーケストラは、派手すぎるゆえに「大げさだ」という評価も耳にしますが(汗)、絶頂期ウイングスの息の合った演奏を、より強烈に印象付ける上で大変効果的に機能していると思います。それまでのウイングス・ロックを軽く超越するパワフルさは、各自の力量はもちろんのこと、こうしたアレンジ面によってますます磨き上げられているのです。それにしても、単なるジャム・セッションからこれほどにもハードなロックナンバーを生んでしまうウイングスもすごいですね。「ヴィーナス・アンド・マース」から「スピード・オブ・サウンド」、そして「ロンドン・タウン」まで来て、2年間セッションやコンサートを共にしてますますロック・バンドとしての絆と貫禄をものにしてきたウイングスにロックが体中に染み渡っていったことの証明でしょう。特にロック畑出身の若手であるジミーとジョーの演奏はバンドを引っ張るものでとてもかっこいいです!そこにリーダー格のポールが負けじと追いついてきて、ウイングス史上最も壮大なロック・シンフォニーが生まれたのですね。
そんな壮大な曲がアルバムのラストにどかーんと置かれたわけですが、演奏時間が長くスケールの大きいハード・ロックナンバーをラストナンバーにするというケースは、実はウイングスを含むポールの歴代のアルバムを見ても多くはありません。というのも、ポールのアルバムのほとんどは感動的なバラードで締めくくるというパターンばかりだからです。ことに'80年代以降のアルバムでその傾向が顕著になるのですが、これもバラード職人の名で知られるポールらしい所でしょうか・・・。この曲と同じようにロックで締めくくるパターンと言えば、「バンド・オン・ザ・ラン」(1973年)の『西暦1985年』と、「ドライヴィング・レイン」(2001年)の『Rinse The Raindrops(雨粒を洗い流して)』だけです。この2曲はいずれも演奏時間が長めで、終盤に大きく盛り上がる構成となっており、この曲に似ています。特に『Rinse The Raindrops』は10分を超えるハードな演奏と、ジャム・セッションから発展してできたという辺り、この曲の進化形とも取れそうです。
ここまで、この曲の「バンドサウンド」の側面を見てきましたが、もう1つ「ロンドン・タウン」の重要な要素である「英国トラッド」を味わえるのが、中間部に登場する『Grey Goose』パートです。ここでは、『Morse Moose』で聴かれるロック色が薄まり、代わりにトラッド色が前面に出されています!『Morse Moose』パートの「ジャーン」が一段落した後に始まるのは、ファンキーな雰囲気とは正反対の世界です。さっきまで活躍していたエレキ・ギターは姿を消し、今度は一転してアコースティック主体に。アコギ弾き語り中心で繰り広げられるメロディは、哀愁漂うフォーク・ソング(民謡)調です。かっこよさとは裏腹に泥臭さが強く感じられるこのパートは、まるで場末のパブで歌う酔っ払いの船歌と言った趣です(苦笑)。しまいにはアコーディオンまでフィーチャーされて、ますます昔懐かしい民謡の世界にいざなってくれます。そんな中でも、『Morse Moose』パートで鳴りっぱなしだった信号音やノイズはそのまま入っているのが面白いです。一見ミスマッチしているかのように聞こえますが、意外とフォークの泥臭さには相性がよく、不思議な雰囲気を醸し出しています。そして、しばらくアコーディオンの演奏があって、再びクロスフェードで『Morse Moose』の「ジャーン」に戻ってゆきます・・・。
壮大なロック・シンフォニーらしからぬこの『Grey Goose』パートですが、このパートに大きく貢献したと言えるのが、デニーです。先述のように、「ロンドン・タウン」の時期は世界を制覇したポールが本国を振り返ったことが影響して、英国やアイルランドの香りあふれる曲がたくさん生み出されることとなったのですが、その大きな後押しをしてくれたのがデニーでした。これも先述しましたが、元よりデニーは各国のトラッドに深い関心を寄せており、そんな嗜好性が当時のポールの指針に見事一致したのでした。デニーのトラッドへの造詣と蓄積された知恵が、ポールが作曲するにあたってよいアドバイスとなったのです。折しもこの時期、ポールはデニーとの共作活動を始め、一緒に曲を作り上げてゆく喜びを再びかみしめていましたが、デニーの嗜好がポールの英国回帰現象を加速させたのは言うまでもありません。デニーが「バグパイプを入れよう!」と提案して大ヒットにつなげたスコティッシュ・ワルツ『Mull Of Kintyre』、アイリッシュ・フォークぽい『Children Children』『Don't Let It Bring You Down』などは、いずれもこの時期にポールとデニーが共作した曲です。そして実は、この『Morse Moose And The Grey Goose』もまた、そうした「McCartney-Laine」ナンバーなのです。具体的にそれぞれがどのくらい作曲に貢献したのかは不明ですが、恐らくファンキーなロックである『Morse Moose』パートをポールが、泥臭いフォーク調である『Grey Goose』パートをデニーが主に書いたと推測できます。それぞれの得意分野が各パートに生かされることとなりました。ロック・ナンバーに英国トラッドが絡みつくというちょっと異様なコラボレーションがなされたのは、まさにこの時期のポールとデニーのタッグだからこそできたことですね。
さて、この曲のアウトテイクが残されており、そこでこの曲の原型を知ることができます。「Water Wings」「London Town Sessions」といった「ロンドン・タウン」関連のブートに収録されているラフ・ミックスです。ベーシック・トラックは公式テイクと同じもので、ジャムとはいえ既にある程度の形になった段階のテイクなのですが、公式テイクとは大きな違いが数点あります。まず、カリブ海から帰国後にオーバーダブされたブラス・セクションとストリングスが入っていない点。そのため、ここではロック・バンドとしてのウイングスの演奏をより純粋に堪能できます。重厚さは減っていますが、それでも腕に磨きのかかったバンドのノリは健在です。特に、後半ストリングスにかき消されがちだったポールのピアノがはっきり聞こえ、これが意外と曲を引っ張っているのが分かります。演奏も結構技巧的です。次に、この段階ではヴォーカルがまだ入っていません。つまり、完全インスト状態というわけです。まさにジャム・セッションから生まれたことの証明で、ヴォーカルのメロディは後で書かれたのかな・・・と思わせます。そして最後に、この時点では『Grey Goose』パートが存在しません!なんと、ここでは『Grey Goose』パートの部分は延々と信号音が入るのみで、演奏も歌もメロディすらもない状況です。公式テイクではそんなことを微塵も感じさせないので意外な事実ですが、『Grey Goose』パートは曲として完成させる段階で新たに書き加え、録音したものだと思われます。ということは、当初はポールが1人で書いたものに後でデニーが手を加えたこととなり、トラッド風味は後付けであった・・・というわけで興味深いです。
ジャム・セッションの段階では単なるインストだったこの曲に、後ほどヴォーカルが加わることとなったのですが、これも『Morse Moose』パートと『Grey Goose』パートではそのスタイルが大きく違い一線を画しています。まず『Morse Moose』パートですが、こちらは同じ歌詞をひたすら繰り返すという格好になっています。この辺はさすがジャム出身だけあります。単調な曲構成・コード進行だけにあまり進展しなかったということですか。ポールがリード・ヴォーカルを取りますが、この同じ文句をファンキーな演奏にのせてとにかくひたすらシャウトし続けます。ただそれだけなのですが(汗)、このシャウトが絶品です!ポールのロックナンバーでも屈指のシャウトと言っても過言ではないくらいに。「ロンドン・タウン」セッションでは、大規模なコンサート・ツアーを終え喉を休めるかのように落ち着いたヴォーカル・スタイルの曲が多いのですが、それでもこの曲や『I've Had Enough』などでは世界中を熱気に沸かせた迫力のロック・ショーで披露した熱いシャウトを聞かせてくれます。ウイングスは演奏面でもロックに円熟味を帯びてきましたが、ポールのヴォーカルもロックナンバーではさらにロックを意識したものとなっていたのです。この曲の後半にかけてのシャウトの連発を聴いていると、血気盛んなポールが眉間にしわを寄せて叫ぶ様子が目に浮かんできそうですね。よく聴くと時々歌い回しを変えているのが分かります。単調なメロディをバラエティ豊かに聞かせるポールならでは。最後の方は歌い疲れているのか声がかすれ気味になっていますが(汗)、それでも力を振り絞ってシャウトするのがホントかっこいいですね!後半には“This is the Morse Moose coming”というコーラスがフィーチャーされていて、これがリズムの疾走感に拍車をかけています。デニーの声がちょっと目立っているような気がしますね。そしてそのデニーと言えば・・・、『Morse Moose』パートが復活し『Grey Goose』のメロディが歌われた直後に、ちらっと歌っているのがうっすらと聞こえます。「どぅ、どぅ、どぅ、いぇえぇ〜」といった風に。リード・ヴォーカルはポールなのに、ジャムの楽しい雰囲気の中でデニーも歌いたくなったのでしょうね(笑)。緊迫感あふれる演奏の合間に、ウイングスの和気あいあいとした姿を見ることができて面白いですね。そういえば『Let 'Em In』でも最後の最後でデニーが歌い出していましたっけ・・・。
一方、これが『Grey Goose』パートになると雰囲気が一変します。こちらは共作者であるポールとデニーが一緒になって歌っていますが、あれだけ連呼していたシャウトは影を潜めています。その代わりに、フォーク調の演奏に合わせて実に泥臭い感じの歌い方になっています。まさに場末のパブでの酔っ払いの船歌です(苦笑)。ちょっとアクセントに訛りが入っているのも、これがトラッドであることを強調しています。この辺りの工夫も、デニーの知恵が大きく役に立ったに違いありません。『Morse Moose』パートとは一気に表情が変わってしまうのですが、後半部で『Grey Goose』のメロディが再登場することや(この部分は普通の声で歌われています)、全体を包むノイズなどによって違和感を感じさせない仕上がりになっています。逆に、熱いシャウト唱法と泥臭い酔っ払い唱法(笑)を同時に味わえるという、大変おいしい1曲となっているのです。
ヴォーカルと共に後付けでできた歌詞は、「海」がキーワードとなっています。これは、否応にもレコーディングの舞台となったヴァージン諸島の海を連想させてくれます。洋上セッションで録音された曲は、それ以前に書き溜めていた曲がほとんどのためあまり現地の風土に影響されていないのですが(それでも『With A Little Luck』のシンセなんかは波を連想させてくれますが・・・)、この曲はまさにヨットの上で即興で作り出した曲だけに海をストレートに意識した内容となっています。もしかしたら海で泳ぎ、潮風を感じている間にインスピレーションを得たのかもしれませんね。『Morse Moose』パートは、海底からモース・ムースが人を呼ぶ、という内容です。このモース・ムースと言うのは海の精霊のような存在なのでしょう(定かではありませんが)。ポールのシャウト連発にあいまって魂の力強さを感じさせます。一方、『Grey Goose』パートは一転してグレイ・グースという名の船が主役となります。そこでは、グレイ・グースが月夜の晩になぜか空に飛んでゆくという一種混沌とした不思議な物語が繰り広げられるのですが、全体的に昔話のようでこれがトラッドの雰囲気にはぴったりなのです。まさに、酔っ払いの歌う船歌です(笑)。『Deliver Your Children』もしかり、ポールとデニー(恐らくデニーの影響が強いでしょう)は民謡ぽい歌詞を書くのが非常に上手ということですね。海の精霊に空飛ぶ船と、真っ青で美しいカリブ海から想像を広げたような世界観を持つ詞作は、ポールの洋上セッションでの思い出の記録と言ってもいいでしょう。期間中にはサメに襲われたり、おぼれそうになったり、ヨットの船長と喧嘩したり大変なこともあったそうですが(汗)、ポールにとっては結局いい思い出だったのでしょうね。当初「ロンドン・タウン」のアルバム・タイトルを「ウォーター・ウイングス」と名づける予定だったくらいですし。
『Morse Moose』ではハードでファンキーな演奏をバックにポールがシャウトし続けるのに対し、『Grey Goose』では共作者デニーの面目躍如で泥臭いフォーク・ソングに早変わりと、「ロンドン・タウン」の大きな特徴である「バンドサウンド」と「英国トラッド」がいっぺんに味わえる曲ということがお分かり頂けたでしょうか?しかし、ジャム・セッションからこれほどまでのロック・シンフォニーを完成させてしまうのはやっぱりすごいと思います。ジミーやジョーの演奏が秀逸で、バンドとして楽しめたので残すことに決めたのでしょうが、後付けのヴォーカルや『Grey Goose』パートも後付けの割には違和感なくはまっていますね。全体を通して流れる信号音や、クロスフェードでの編集が功を奏したのでしょう。ストリングスやブラス・セクションも、この曲の壮大さを出す上で実に効果的です。これほどハイテンションな曲はウイングスでも稀でしょう!ちなみに、デニーはソロ時代に『Mistral』(1985年、アルバム「ホームタウン・ガールズ」収録)という曲でこの曲のようなロック・シンフォニーに再挑戦していますが、この曲ほどのテンションは残念ながらありません。この曲がこんなに迫力のあるロックになったのは、絶頂期ウイングスの最強ラインアップでの演奏だったからでしょうね。バンドとしての団結を固くし、ますます成長していった5人の軌跡がここにあります。そう考えると、直後にウイングスを襲ったジミーとジョーの脱退は何とも残念なものです。いまやジミーはこの世にはいないし、さらに進化したウイングスを見ることは不可能となってしまいました・・・。
最後に面白い蛇足を。一介のアルバムナンバーとしてさほど注目されず、「ロンドン・タウン」発表後コンサートに出なかったこともあってライヴで演奏されたこともなく(これは非常にもったいない!絶頂期ウイングスで聴きたかったですね)、いつの間にか忘れ去られてしまったこの曲ですが、それから何十年も経ってちょっと注目される出来事がありました。それは、2005年に発売されたリミックス・アルバム「ツイン・フリークス」です。ポールが過去に発表してきた楽曲を、DJ.フリーランス・ヘルレイザーがリミックスを施したものを集めたものですが、そこにこの曲が収録されたのです。・・・と言っても、曲目リストには『Morse Moose And The Grey Goose』のタイトルはどこにも見当たりません。では、一体どこに収録されたのかと言えば、11トラック目の『Coming Up』です。『Coming Up』はご存知1980年発表の大ヒットシングル曲。どこに『Morse Moose〜』との関係があるのか?と思う方が大半でしょう。でも、それはこの「ツイン・フリークス」ミックスの『Coming Up』を聴けばすぐ分かるでしょう・・・!実は、歌(ヴォーカル)は『Coming Up』なのに、バックの演奏は『Morse Moose〜』そのままなのです!!のっけからあの信号音で始まり、「ジャーン」が入るという構成は、どうやって聴いても『Morse Moose〜』。さらに、イントロもファンキーなギターやピアノがそのまま入ります。しかし、そんな演奏をバックに歌われるのは、“You want a love to last forever〜”(笑)。でも、後ろでは『Morse Moose〜』が流れ続けています(笑)。複数のマッカートニー・ナンバーのマッシュアップで注目を浴びた「ツイン・フリークス」ですが、『Morse Moose〜』と『Coming Up』をマッシュアップさせたこのリミックスは最強の出来でしょう!ポール・ファンなら大爆笑間違いなしです。2曲ともコード進行が単純だったので成しえた技とも言えますが、ヘルレイザーの神業には驚くばかりです。「ツイン・フリークス」はアナログ盤とネット配信のみの発売で入手困難ですが、これは必聴です!これを聴いたら、『Morse Moose〜』を聴くたびに“You want a love〜”と歌いたくなるはずです(苦笑)。お勧め!
「ロンドン・タウン」は、冒頭で触れたように私の一番好きなポールのアルバムなのですが、この曲は収録曲の中では下の方になります(汗)。それでも、ポールの曲全体で考えるとかなり上にランクされますよ!ウイングスらしい一体感ある演奏がかっこいいですし、デニーのトラッド嗜好もお気に入りの路線なので、『Grey Goose』パートも好きですし。「ロンドン・タウン」はまったりめなポップやバラードが多いので(そこが魅力であるのですが・・・)、ちょうどいいスパイスになっていると思います。ライヴで再演してくれたら、どれだけかっこいいことか・・・。最近のポールでもライヴであれだけのシャウトが出せるのですからまだ大丈夫でしょうし・・・。そして最近では、「ツイン・フリークス」ミックスの『Coming Up』の影響でまた一段階お気に入りになっています(苦笑)。マッシュアップの面白さが一番伝わってくるリミックスですね、あれは。今度立場を逆にして、『Coming Up』の演奏をバックに“Right on down at the bottom of the sea〜”と歌うヴァージョンも出たらいいのに・・・(笑)。
えぇっと・・・、今回この曲と同時公開予定だった「番外編」の「某曲」の紹介は、また今度ということで(汗)。すみません。
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ポール流サイケ」。お楽しみに!
(2010.3.11 加筆修正)
アルバム「ロンドン・タウン」。バンドサウンドとトラッドが織り成すまったりした空気に癒される、ウイングス影の名盤!この曲での壮大なエンディングが印象的。