Jooju Boobu 第86回
(2006.1.04更新)
The Mess(1973年)
明けましておめでとうございます。今年も「Jooju Boobu」をどうぞよろしくお願い致します。恐らく、今年中にはこのコラムも終焉を迎えるのではないかと予想しております。(2010.2.23追記:結局全然終わりませんでしたね・・・。)私のお気に入り順に紹介しているので、だんだんと興味の薄い曲になってゆくのが今からでも楽しみです(笑)。まぁ、今回から始まった第8層も、私の思い入れがかなり少ない曲が増えてきた所ですし、私にとって「つまらない」曲を紹介する日がじきに来ることでしょう(苦笑)。
さて、そんな第8層でも私の思い入れがまだまだ強い曲は多いです。序盤に比べたらお気に入り度はだいぶ落ちてはいますが・・・。今年初の紹介となる、今回取り上げる曲もその1つです。今年&第8層初回は、初期ウイングス影の名曲『The Mess』を語ります。ウイングスと言えば、天性のメロディ・メイカーであるポールの影響か「ポップ」のイメージが一般的ですが、実はロックの魅力も大きなシェアを占めています。それは時にポップの側面以上に重要な要素となっています。ウイングス全期に渡ってそのロック色を堪能することができるのですが、今回の『The Mess』はその中でも初期ウイングスを代表するロック・ナンバーです。そして、そのロック魂がより炸裂したのは、ライヴにおいてでした。ウイングスは何度か大きなコンサート・ツアーに出ていますが、そこではスタジオでのレコーディング以上にロック寄りのパフォーマンスを見せ、生演奏ならではの迫力とライヴならではの熱気にあいまってロック・バンドとしてのウイングスを前面に出していました。『The Mess』は、そんなウイングスのライヴ史を知る上で貴重な音源として影ながら注目されています。なぜってこの曲、初期ウイングス唯一の公式発表されたライヴ音源である上に、ライヴ音源でしか発表されていないんですもの!ウイングスの、そしてポールの音楽史上稀に見る発表体系です。ライヴ・ヴァージョンしか表に出ていない極めて珍しい曲ですが、そうなるのもやはりこの曲がウイングスのライヴを伝えるにふさわしい1曲だから。ではどのような点がライヴらしいのでしょうか?今回は、この曲の魅力を語りながら、初期ウイングスの魅力を見てゆきたいと思います。
それではまず、初期ウイングスの貴重なライヴ音源であるこの曲が公式発表されるまでの経緯を辿りながら、初期ウイングスのライヴの歴史を見てゆきたいと思います。ポールがウイングスを結成したのは1971年8月のこと。しかし、その前途は多難なものでした。いくら知名度が高い元ビートルズのポールがリーダーとはいえ、当時のポールは評論家集団から「ビートルズを解散させた男」として不当な評価をされ酷評の連続といった状態でした。熱心なファンはもちろんそんなことお構いなしにウイングスの音楽を聴いたのですが、世間一般の視線も冷ややかなものでした・・・。こうしてデビュー・アルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」は散々な結果に終わってしまいます。ポールにとってこれほど不本意な結果はなかったでしょう。そんな中、ポールはかねてから抱いていた「愛妻リンダと共にステージに立ちたい!」という思いを実現すべく、翌1972年が明けるとウイングスと共に早速コンサート・ツアーに出ます。何とか酷評を跳ね除けてウイングスを軌道に乗せたいという強い願いもあってのことでしたが、これにてウイングスの長い長いライヴ活動が幕を開けました。
ウイングス最初のコンサート・ツアーは1972年2月に始まりましたが、ポールの強い意向を受けて行き当たりばったりに大学を巡業するという何とも地味なものでした。メンバーや家族と共にヴァンに乗って国内を放浪しながら、予約もなしに各地を訪れてはその場で交渉し一日限りのライヴを行うというスタイルは、元ビートルズとはとても思えないものでした。まさに名誉も何もかもなげうって、仲間たちと1から始めたライヴでした。また、ウイングスという新生バンドをアピールすべく、過去の栄光の象徴であるビートルズナンバーを一切演奏しないというこだわりぶりを見せ、できたばかりの「ウイングス・ワイルド・ライフ」収録曲や、ロックンロールのスタンダード、さらにはツアーのためにポールが一生懸命書き下ろした新曲を披露しました。「ビートルズ神話」とは全く別世界でのスタートでしたが、ポールはあえてリスクを冒しながらもウイングスで大きな一歩を踏み出したのでした。
この大学ツアーは英国のみで行われましたが、これを足掛かりにウイングスはさらにライヴ活動にまい進します。しばらくの休養とスタジオでのレコーディング・セッションを経て、1972年夏に今度は国外に出て初のヨーロッパ・ツアーを敢行します。7月9日から8月24日まで、計9ヶ国にて全26公演が開催されたこのツアーは、ウイングスがついに世界に躍り出た瞬間でした。あえて地元・英国を外し、小規模なホールを会場とした点には、これまた「ビートルズ神話」から縁遠い所で演奏したいというポールの思いが表れていました。このツアーでも、引き続きビートルズナンバーは1曲も演奏されませんでした。代わりに、まだレパートリーの少なかった中でポールが再び新曲を書き下ろし、苦労の末に20曲前後をセットリストに盛り込んでいます。中には、当時未発表だった『Hi Hi Hi』『My Love』や、後年ライヴ盤でのみ発表された『Soily』、現在まで未発表の『Best Friend』『1882』などもありました。さらに、ポール以外のメンバーにもスポットライトを浴びせるべく、リンダやデニー・レイン、ヘンリー・マッカロクの自作曲も取り上げられました。ポールのウイングスに対する強い自信がうかがえます。ツアー中にはポールたちが大麻不法所持で逮捕されるという事件も起きるものの(汗)、新曲の大量投入も功を奏して大学ツアー以上の観声と高い評価をもらうことができました。評論家たちやマスコミは相変わらずの酷評ぶりでしたが、ファンの間では比較的受けがよかったそうです。コンサートを重ねるごとにメンバー間の結束も固くなり、演奏もまとまりあるものになってゆき、それがさらに評価を高める相乗効果を成しました。ウイングスの名声を確立しようと動き回ったポールの奮闘は、確かに実を結ぼうとしていました。
このヨーロッパ・ツアーで確かな手応えをつかんだポールは、早速そのライヴ音源をレコードで発表しようと思いつき、ミキシングを試みます。ポールにしてみれば自信たっぷりのコンサートを世界中の人に知ってもらいたかったのでしょう。その思いはツアーの翌年・1973年に実現することになります。そう、それこそが今回ご紹介する『The Mess』だったのです。この曲は、1973年最初の新譜として3月に発売され全米No.1の大ヒットを記録したシングル「My Love」のB面で陽の目を見たのですが、そこに収録されたのはまさしくライヴ音源でした。ウイングスは元より、ビートルズ解散後ポールのコンサートの模様がレコードになるのは、これが初めてのこと。シングルB面ながら、画期的な1曲だったのです。恐らく、この作業を踏まえて他の曲もミキシングされ、最終的にはライヴ・アルバムの発売も視野に入れていたのでしょうが、結局は発表されることなく、初期ウイングスのライヴで公式発表されたのはこれだけとなってしまいました・・・。場合によっては、この曲のようにシングルのB面などでシリーズ化して次々と発表される可能性もあったかもしれませんが、それは第1期ウイングスの崩壊で夢に終わりました(汗)。
そのため、この曲は初期ウイングスのライヴを知るための唯一の手段となっています(むろんブートではいろいろと聴くことができますが・・・)。大学ツアー、ヨーロッパ・ツアー、そして1973年中旬の英国ツアーとコンサート活動に力を入れてきた初期ウイングスでこれだけが公式発表されたライヴ音源ですから、いかに貴重なものであるかがお分かりかと思います。さて、『The Mess』のライヴ音源は先述のように1972年夏のヨーロッパ・ツアーからのもので、8月21日に開催されたオランダ・ヘーグ公演の模様が収録されています(ブートでは他にも各地公演でのこの曲を聴くことができます)。ちなみに、会場のコンセルトヘボウは後年ウイングスの名曲『Rock Show』の歌詞に登場します。ポールはツアーの様子を公式な記録として残すために、ヘーグ公演をしっかりとしたサウンドボード音源として録音することとしました。なお、お蔵入りとなった知る人ぞ知る未発表曲集「Cold Cuts」に収録予定だった『Best Friend』は翌22日のベルギー・アントワープ公演のライヴ音源で、翌日もライヴの録音に挑戦していたことが分かります。演奏は、7インチシングル盤の片面に収めるため後述のように編集が施されて若干短くなっています。思えば1979年英国ツアーからのライヴ音源『Coming Up』もエディット・ヴァージョンが収録されていました。完全版は未発表ですが、ブートで聴けるのは言うまでもありません(苦笑)。観客が隠し録りしたオーディエンス音源が出回っています。
ライヴの一部を切り取ってきただけあって、曲の前後はフェードイン&フェードアウト加工がされていますが、観客の盛り上がりはそのまま収録されていて、まさにライヴといった趣です(当時の日本盤シングル「My Love」には「実況録音」と記載されていましたね)。冒頭にはポールのMCも入っています(ただし演奏と同じく編集で一部がカットされている)。「次の曲をやった後、少し休憩します」と言っているのが聞こえますが、2ステージ制になっていたヨーロッパ・ツアーでファースト・ステージの最後を飾っていたのがこの曲で、MCはその証明になっています(ちなみに、セカンド・ステージのオープニングは『Best Friend』)。また、カットされた部分(ブートで聴けます!)では「次のアルバムに収録します!」とも宣言していますが、この曲はアルバムには未収録に終わってしまいます・・・(汗)。この日の観客のノリは上々だったようで、演奏後には盛大な拍手をウイングスに送っていますし、間奏ではポールに促されリズムにのせて手拍子をするのも聞こえます。当時のウイングスはまだまだビッグ・ネームではなく、まして外国では知名度は低かったですが、ライヴを見に来てくれる人も少なくはなかったのです。当然、ポールのファン(と言うよりビートルズのファン)の割合が圧倒的だったのでしょうが、中には純粋に「ウイングス」というバンドに興味を持った人もいたことでしょう。デビューから約1年、既にこの時点でウイングスはライヴを通じてファンの心を鷲づかみにしていたのでした。つまらない評論家どもが言うようなみすぼらしい状況では、決してなかったのです。ホットな空気がダイレクトに伝わってくるライヴ音源であるこの曲が、その最大の証しでしょう!バンドと観客の一体感を、余すことなく味わうことができます。
当時のウイングス。後ろ左よりヘンリー・マッカロク、デニー・シーウェル。前左よりポール、リンダ、デニー・レイン。
それでは、この曲が初期ウイングスの貴重なライヴ音源ということが分かった所で、この曲自体の魅力を見てゆきます。どんな特徴があるのでしょうか?
この曲は、一言で言えばヘヴィーなロックンロールです。冒頭で述べたように、ウイングスの大きな魅力の1つであるロックの側面を楽しめる1曲なのです。ポールのステレオタイプ的なイメージは「ポップ」「バラード」といった所ですが、そうした先入観とは違いウイングスにはロックの名曲がいっぱいあります。・・・というのは、ちょっとウイングスを聴けば誰もがお分かりですね(汗)。中でも絶頂期ウイングスのロック・ショーぶりは有名であり、最終ラインアップも実験的要素を強めた上でまたロック色が濃いのですが、初期ウイングスも実は負けず劣らずロック・バンドでありました。『My Love』に代表されるアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」のイメージが強いため、ほのぼのカントリーやバラードばかりという印象がどうしても拭えないのですが、それは全体の一部分であり、初期ウイングスがロックしていなかったなんてことは決してないのです!ざっと挙げるだけでも『Hi Hi Hi』『Give Ireland Back To The Irish』『Wild Life』と、この時期もロックナンバーをたくさん残していることが分かりますね。あの『Soily』もこの時期に既に作られているほどです。未発表曲『Best Friend』『1882』もしかり。そして、極め付けにライヴ・ヴァージョンのこの曲ですから!
初期ウイングスにロックナンバーが意外と多いその背景には、ポールのライヴ活動重視の方針があります。デビューして間もないバンド、ウイングスは実力不足の面が強く当初はラフな感じがそのまま演奏に表れてしまい、それが酷評につながっていました。それはメンバーの結束力強化によって解消されてゆくのですが、ポールは演奏を洗練されたものにするにはとにかくコンサートを重ねることが大切と考え、2度のツアーに赴きます。それが大学ツアーとヨーロッパ・ツアーですね。スタジオでの活動も精力的でしたが、それ以上にライヴに力を注いで能力を向上させたわけです。そのライヴといえば、やはり好まれるのがライヴ映えしやすいアップテンポの曲。ライヴに重きを置くにあたって、ポールがロックナンバーを量産するのは必然的でした。事実、1972年にポールがライヴのために書いた新曲の数々のほとんどがロックでした。そしてそれらは実際にコンサートで畳み掛けるように相次いで披露され、火を噴くような勢いのワイルドな演奏で観客を魅了し、一夜を盛り上げてゆきました。当時のウイングスのセットリストの約8割がロックという点は見逃せません(そのおかげで、「バラードは今までより悪くなった」と書かれてしまうのですが・・・)。スタジオワークではそれほど感じられないのですが、実はこの頃のウイングスはステージにおいてはある意味ロックに傾倒していたと言っても過言ではなかったのです。大躍進を図った怒涛の新曲作りの中でこの『The Mess』も生まれたのですが、この曲もまたライヴを盛り上げるために書かれました。骨太のロックナンバーはまさにライヴ映えしますね。この曲は既に大学ツアーで披露されていたそうで、ブートでその時の模様が聴けるそうです(私は持っていません・・・)。そして、ヨーロッパ・ツアーでも引き続きセットリストに入り、それが公式発表された、というわけです。
さて、ウイングスのロックナンバーは同じロックでも初期と絶頂期、そして後期ではそのテイストも違います。それは演奏者であるメンバーの個性も要因ですし、曲を書いた人・・・主にポールのその時々の作風も要因です。ではこの曲を含む初期はどんなテイストのロックなのかといえば、どちらかと言えば重々しくずっしりとした雰囲気にブルージーな演奏を携えた渋めのものが多いです。軽快さとストレートさにその魅力がある絶頂期や、ハードエッジさが特徴の後期とはまた別の魅力を発揮していて、そこにかっこよさがあります。初期ウイングスのロックにどうして渋めなものが多いのか?それは、ブルース・ギタリストであったヘンリーの影響、そして当時のポールがブルースにかぶれていた(苦笑)ことが挙げられます。そのいい例がバリバリのブルース・ナンバー『Wild Life』『1882』でしょう。この時期にしかない曲調です。また、『Hi Hi Hi』『Best Friend』『Soily』もノリがよいものの、初期ウイングスが演奏するとのっしりした感じに仕上がるから不思議です(これが絶頂期ウイングスが演奏すると激変するから面白い)。そして、この曲もまた、そうしたノリを重視しつつもブルージーに聞かせるロックナンバーなのです。この曲でも、重々しい感じが全体を包んでいるのです。
ライヴ録音そのままであるこの曲の演奏は、シンプルなバンド演奏で構成されています。後からのオーバーダブは一切ないので、当時のライヴのバンド編成が生かされた形となりました。しかしライヴとはいえ独特の重々しさが支配していて、そこが初期ウイングスらしいです。その要因は、デニー・シーウェルのドラムスとポールのベースを重点に置いたヘヴィーなサウンドに起因するものと思います。特にポールの弾くベースラインは終始曲をリードし、うねるようなメロディでずるずる引っ張るかのように進んでゆきます。主犯格はやはりポールであったか!(笑)太い音色が耳に残ります。シーウェルのドラミングはポールも絶賛したタムを駆使したリズミカルなもの。でもこれまたずるずる引っ張るように聞こえるから面白いです。中盤ではリンダがタンバリンをたたいてリズミカルさを強調します(さらに観客の手拍子が入ってよりリズミカルに・・・)。リンダは中間部から後半に移る部分ではちょっとだけオルガンを弾いています。一方で、ギター・サウンドもこの曲では重要な役目を担っています。演奏するのは当然デニー・レインとヘンリー。ロックナンバーらしくハード気味に、間奏とエンディングではワイルドなソロを聴くことができます。特に、時折繰り返されるリフが印象的です。で、これまた絶頂期に比べると圧倒的に渋ーい演奏なのは、ヘンリーの貢献が大きい所でしょう。さすが生粋のブルース・ギタリスト。全体的に歌のない部分が多いため、演奏がものを言う形になっています。こうした実にヘヴィーな演奏を、ウイングスは一体感をもってぐいぐいと聞かせます。単にヘヴィーなだけでなく、ノリも忘れていないからライヴにはもってこいです。エンディングもしっかり「じゃーん」と締めくくっており、そこはライヴならでは。ぴったり息が合っている所にウイングスの飛躍を感じさせます。この曲を聴くと、当時の酷評などどこかに消え去ってしまうような、バンドとしてのまとまりを痛感するはずです。1年でここまで成長するんだからすごいですね。
そしてもう1つ、この曲には演奏面に並んで特徴的なものがあります。それが曲構成。実はこの曲、シンプルなバンド編成の演奏とは対照的に、とても複雑な構成を展開しているのです!これは同時期の『Hi Hi Hi』などにはない現象です。この曲は、主に3つのパートに分かれています。うち1つめは古きよき時代のオールディーズにありそうなカラッとしたメロディで、イントロに導かれて第2節まで歌われます。バックの演奏もタイトで歯切れがよいです。しかし、これにてこのパートは出番が終了となります。続いて間奏を挟んで登場するのが2つめのパート。こちらはやたらとブルージーで渋い感じにメロディと演奏が変化します。初期ウイングスの本領発揮といった所でしょうか(苦笑)。印象的なリフを交えながらしばらくこのパートが続くのですが、これは突如終わりを告げ、最後の3つめのパートに移ります。今度は、これまでとは一転してテンポを落としたスローでまったりとしたリズムと演奏に切り替わります。あれだけ激しかったギター・ソロも影を潜め、ここではなぜかトロピカルな音色とフレーズになっています(笑)。「さっきまでと同じ曲なのか!?」という印象を強く持たせますが、このパートもリンダのオルガンが登場すると共に終了(蛇足ですが、そのオルガンのメロディがあまりにも単純すぎてそれが逆に新鮮で笑えます。さすが指一本弾き!)。再びアップテンポになって第2パートが復活します。あのリフも復活して、またブルージーな世界に顔を突っ込みます。そして、長い長いインスト部分を経て、曲は本当に終了・・・となります。
このように、『The Mess』という1曲なのに、その中で様々な表情を持つ複数のパートが矢継ぎ早に切り替わりながら登場してゆく・・・という面白い曲構成をしていて、実に刺激的です。単純明快で分かりやすい曲作りを目指しているポールにしては珍しい感がとてもあるのですが、このコロコロ変わる構成には、元ネタがありました。それは、ビートルズ時代に相棒であったジョン・レノンが書いた『Happiness Is A Warm Gun』(1968年)です。メロディもリズムも全く異なる3つのパートから成り立つこの曲は、ポールの持っていた既成概念をすべて打ち壊し、大きな刺激を与えたと言います。以降、ポールはビートルズ末期の『You Never Give Me Your Money』を皮切りにしばしば『Happiness Is A Warm Gun』に触発されたかのような複雑な構成を導入した作曲法に挑戦してゆきます。ビートルズが解散した後、ソロやウイングスにおいてもこうした作風は継承され、中でも『Band On The Run』はその代表例として知られていますが、そんな「組曲的構成」の時代のさきがけと言えるのが、この『The Mess』なのです。いわば、『Happiness Is A Warm Gun』直系の子供なのです。この曲を書いた当時はポールがこうした構成を手がけることはまだ少なく、ポールにとっては冒険のようなものだったと思われます。しかし、その後これをモノにしてゆき自らの秘密兵器の1つにしてゆくのですから、この曲は非常に興味深い位置にあるというわけです。面白いのはポールの場合、組曲的とはいえジョンのような支離滅裂さ・難解さはなく、各パート間の統一感を整えて不自然に聞こえさせていない点でしょう。ポールのアレンジャーとしての妙を感じます。衝撃度はそれだけ減りますが、聴きやすさは倍増します。この曲に関して言えば、全く別の3曲をつなげたというよりは、同じ曲をアレンジを変えて披露しているだけ、とも解釈できます。ポールの試行錯誤をうかがわせますね。
なお、ライヴで披露された実際の曲構成は、シングル「My Love」で公式発表されたものとは異なります。それはもちろん、シングルに収録するために編集を施したからであり、そのためライヴ音源とはいえライヴで演奏されたものそのままを収録したわけではありません!これはちょっと意外ですね。あまりにも違和感なく編集されているので、普通に聴いただけではその事実に気づかないままです。実際の曲構成は、ブートで聴けるオーディエンス録音で知ることができます。公式ヴァージョンでは第3パートを挟んで第2パートの歌の部分が登場するという形になっているのですが、実際には第2パートの歌の部分は第3パート以前に立て続けに登場しており、第3パートの後にはエンディングのインスト部分(ギター・リフ)しかありません。つまり、本当は「第1パート(2節分)→間奏→第2パート(2節分)→第3パート→エンディング」という構成だったのです。これが第2パートを分解した形に編集されたのですが、おかげで実際に演奏されたものよりも余計複雑な構成になってしまっています。これはポールも作曲当初は思いもしなかったことでしょう。まぁ編集したのはポールなんでしょうけど(笑)。
演奏面でもロック・バンドとしての実力を精一杯見せているウイングスですが、ヴォーカル面もまたしかりです。この曲でのポールのヴォーカルは、シャウト気味のワイルドな喉で披露しています。それは、あの『Hi Hi Hi』にも負けないほど。ましてこの曲はライヴ音源だから余計そうでしょう。ライヴでの熱気が伝わってくるような熱いヴォーカルです。特に、インスト部分での観客をノせるような掛け声や、第2パートでのブルージーな歌い方、そして圧巻であるエンディングの“Yeah,yeah,yeah!”は聴き所。ちょっとエコーが効いているのがワイルドさを強調していてミソです。これがホントかっこいいのは言うまでもなく!初期ウイングスは、何度も言いますが決してバラードばかりではなかったのです。この曲のようにたっぷりシャウトもしていたのです!この曲は初期ウイングスのロックぶりを伝える何よりの証明でしょう!そんなポールの熱唱をリンダとデニー・レインがコーラスで支えます。やはりこの2人のコーラスはウイングスの王道ですね。スローになる第3パートでは特に光っています。ちなみに、ポールが熱く歌い上げる歌詞は、恋人に置いて行かれて混乱(the mess)に陥る男を歌ったもの。多分ポールが何の思い入れもなく書いたものでしょう(苦笑)。でも曲のかっこよさにはぴったりだと思います。曲構成も「混乱」といったような印象ですし。リンダのオルガンも、いかにも「人生が終わった」かのようなメロディですし(笑)。
この曲の魅力を余すことなく語った後は、公式発表後のこの曲について触れてゆきます。初期ウイングスの貴重なライヴ音源シリーズ第1弾としてシングル「My Love」のB面で発表されたこの曲ですが、続いて発表されたウイングス2枚目のアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」(1973年5月)には収録されませんでした。あれほどライヴで「次のアルバムに収録します!」と予告しておきながら・・・。実は当初はこの曲もアルバム収録候補に挙がっていたそうなのですが、ポールがこの時期大量に新曲を書き上げ録音したことと、レコード会社がアルバムの2枚組での発売に反対したことがあり、この曲は惜しくも漏れてしまいました。そのため、この曲はシングルB面でしか聴くことのできないレア・ナンバーになります(汗)。それどころか、この曲のスタジオ・ヴァージョンはついぞ発表されることなく、結局現在に至るまでこの曲はライヴ・ヴァージョンしか公式発表されていない、大変珍しい1曲となったのでした・・・!ポールの楽曲でライヴ・ヴァージョンのみが世に出ているという例はごく少なく、あったとしてもライヴ・アルバムで公式発表された曲(例:『Soily』)くらいなので、本当にレア・ケースです。ポールもそのつもりは毛頭なかったと思いますが・・・。スタジオ・ヴァージョンについてはこの後意外なお話をしますが、この曲とライヴの結びつきを否応にも強調する出来事となりました。まぁ、それほどライヴ映えする曲だったということでしょう。なお、現在この曲は「レッド・ローズ・スピードウェイ」のボーナス・トラックに収録され、CD化はされていて入手も容易です。
大学ツアー、ヨーロッパ・ツアーと1972年ウイングスの定番的存在だったこの曲は、公式発表後も引き続きレパートリーに入り、ヘンリーとシーウェルが脱退するまでは演奏され続けました。コンサートでは、1973年5月〜7月に開催された英国ツアーで披露されています。この時の模様は未発表で、例によってブートでのみ聴けますが相変わらずノリノリな中に重々しさを携えたライヴ感たっぷりの演奏でぐいぐい迫ってきます。有名な最終日・ニューキャッスル公演(7月10日)では、かなり重々しさに拍車がかかっている気がします(公式ヴァージョン以上!)。キーボード・ソロが以前より増えているのにも注目。リンダさん頑張りましたね!観客も昨年に続き盛り上がりまくっています。このツアーでも『Hi Hi Hi』『Wild Life』『Live And Let Die』とまだまだロック魂むき出しのセットリストでしたから、見に行った人は相当楽しかったはずでしょう。それから、それに先立って4月に放送されたATVのスペシャル番組「ジェームズ・ポール・マッカートニー」でもこの曲が演奏されています(収録は3月)。初期ウイングスの魅力を知る上では欠かせない、ポール・マニアの間では大変有名なTVショーですが、その番組の後半のライヴ・シーンで登場しました。この時はライヴ・ハウスにて大勢の観客を前に『Maybe I'm Amazed』『Long Tall Sally』『Hi Hi Hi』そしてこの曲と怒涛のロックナンバー4連発を繰り広げたのですが、その盛り上がりが尋常ではありません!ここはぜひ映像で確認して頂きたいのですが、立ち上がって踊りまくる人が続出するほどです(笑)。この曲がいかにライヴ映えするかを象徴しています。ウイングスのノリも最高で、各自息の合った演奏を聞かせてくれます。特に長髪の頭を振りながら歌うポールがかっこよすぎます!間奏でのヘンリーやデニー・レインとのギター&ベースバトルも楽しそう。恐らく、数あるこの曲のライヴ・ヴァージョンでも、一番熱いのではないでしょうか?個人的にはベスト・テイクの1つです!こうしたヴァージョンを聴くと、この後1974年以降全くライヴで取り上げなくなってしまったことが大変残念に思えます。初期ウイングスだからこその曲だったのでしょうか・・・?ちなみに、公式発表後は英国ツアー、「ジェームズ・ポール・マッカートニー」共にシングル収録のエディット・ヴァージョンと同じ構成で演奏しています。面白いですね。
TV番組「ジェームズ・ポール・マッカートニー」(1973年4月放送)でこの曲を演奏するウイングス。
さて、訳あってライヴ・ヴァージョンのみが公式発表されたこの曲ですが、実はちゃんとスタジオでも録音されていて、しかもその音源が未発表ながら残っています!先程、未収録に終わってしまったと触れたアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」のセッション(1972年3月〜10月)で、ライヴ・ヴァージョンと同じ面子で演奏しているのです。先述のように、多くの新曲のせめぎ合いの中で蹴落とされてしまった(恐らく、既にライヴ・ヴァージョンが世に出てしまったため2度発売することもない、という見解もあったと思います・・・)この曲ですが、スタジオ・ヴァージョンが存在するという事実はとっても新鮮に響きます。未発表なので当然ブートでしか出回っておらず、「レッド・ローズ・スピードウェイ」関連のブートにはよく収録されています。公式発表されたヘーグ公演のライヴ・ヴァージョンより前に録音されたのか、後に録音されたのか気になりますね。これは、多くのマテリアルを生んだ「レッド・ローズ・スピードウェイ」セッションでも最も必聴の音源と言えるでしょう!
スタジオ・ヴァージョンの曲構成は、編集前のライヴ・ヴァージョンと同じもので、1972年は概してこの構成で演奏していたことが分かります。現在普通に聴ける構成は、完全に編集で生まれた作り物だというわけですね。面白いことに、ライヴではあれほどアップテンポでノリノリだったのがスタジオ・ヴァージョンではかなりテンポを落として丁寧に演奏されています。ライヴ・ヴァージョンで聴き慣れていると意外です。そこはやはりアルバムに収録する際の体裁を考えてのことなのでしょうか・・・?『Hi Hi Hi』のスタジオ・テイクより落ち着いているから驚きです。ライヴでの観声がない分、余計静かに感じられます。アレンジはほとんど同じで基本はバンドサウンドですが、ライヴでは演奏者がいなくて入れられなかったピアノがフィーチャーされていて、ちょっとオシャレであります。昔懐かしいオールディーズの香りがさらに漂うのはそのせいか?ハードなギターフレーズや重々しいベースは変わらないままですが、これまたライヴよりはだいぶ落ち着き払っています(中間部は一瞬ベースとピアノのみになる)。リンダさんのオルガンもそのまま(苦笑)。ライヴより目立ったミックスなのが新鮮だったり。ポールのヴォーカルも、あの熱気たっぷりのライヴに比べるとかなーり丁寧で素のポールがにじみ出てきています。コーラスはなく、ポールが終始単独で歌っています。エンディングはライヴと同じくフェードアウトせず終了しますが、これまた静かで・・・。
とにかく、ライヴ・ヴァージョンよりソフトなのが、このスタジオ・ヴァージョンの印象的な点です。これがアルバムに収録されていたら、ましてライヴ・ヴァージョンが未発表でこっちだけが出ていたら、かなりこの曲のイメージが変わっていたと思いますが、まぁ結果オーライではないかと思います。やっぱりライヴ映えしてノリノリの方がこの曲らしいですし。そうだからこそスタジオ・ヴァージョンが新鮮に聞こえるわけで・・・。元々レア音源のこの曲のさらにレアなスタジオ・ヴァージョンだけあって、初めて聴いた時にはかなり感動しますよ!ちなみに、『Soily』『Best Friend』もこの時期に一応スタジオ・レコーディングされている、らしいです。
以上、この曲の熱い魅力をいろいろ語ってきました。この曲は『Hi Hi Hi』のような知名度こそありませんが、初期ウイングスならではの重々しい中にノリを感じるロックサウンドが堪能できます。ウイングスのラインアップでもあまり注目されない初期ですが、この時期にしか味わえない独特の魅力です。バンドとしてのまとまりを感じさせてくれるかっこいい演奏に、ポールの熱唱と聴き所満載です。さらに、この曲はそんな初期ウイングスで唯一の公式発表ライヴ音源として大変貴重です。ウイングスのロック史、ライヴ史を知る上で本当に欠かせません!初期ウイングスの定番だったことも大きいです。ウイングスの人気は決して「バンド・オン・ザ・ラン」で始まったわけではないことを、観客の大きな拍手が示していますね。公式発表音源以外にもいろいろライヴ・ヴァージョンが残っていますが、中でも怒涛の「ジェームズ・ポール・マッカートニー」ヴァージョンはお勧めです!そして、忘れちゃいけないスタジオ・ヴァージョンはブートでしか聴けませんが、興味のある方はぜひお探し求めください。意外な魅力を発見できるかもしれません(苦笑)。ちなみに私はどっちのヴァージョンもそれ相応にお気に入りです。ポールはどちらとも発表すればよかったのに・・・。
最近のライヴでは『Hi Hi Hi』や『Rock Show』すらも演奏せず「ウイングス無視」を続けるポール。次のツアーでこの曲でも演奏したらみんな喜ぶと思うのは私だけでしょうか・・・?絶対盛り上がれる1曲だと思います。ポールもこの曲のことを忘れていなければ、そのシャウトが出なくなる前にぜひもう一度取り上げて頂きたいです。間奏では一緒に手拍子しますから!
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ポール史上最も変な邦題」。久々にとっても有名な曲です。お楽しみに!
(2010.2.23 加筆修正)
(左)シングル「マイ・ラヴ」。B面ながらライヴ・ヴァージョンを収録するという発表体系は画期的なものだった。
(右)アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」。現在はボーナス・トラックとして収録。アルバム自体はバラード中心ですが、ボーナス・トラックに『Hi Hi Hi』あり。