Jooju Boobu 第85回

(2005.12.31更新)

Summer's Day Song(1980年)

 今年最後の「Jooju Boobu」は、当サイトにとっては非常になじみの深い1曲です。というのも、当サイトにあるコンテンツと同じタイトルの曲だからです(笑)。当サイトでは、ポール・マッカートニーのビートルズ解散後の楽曲の歌詞で使用された英単語をリストアップし、どの単語がどの曲で登場したか一目で分かる単語使用度集のページを設けております。現在は管理人多忙のため、ページの作成・更新がストップしていますが・・・(汗)、当サイトのポール関連のコンテンツでは本シリーズ「Jooju Boobu」と並ぶ大規模プロジェクトです。・・・で、そのプロジェクト名を、実は今回紹介するポールの曲のタイトルから拝借、命名しているのです。これが「なじみの深い」理由です。

 そして、その単語使用度集と同じタイトルの曲とは・・・、『Summer's Day Song』であります。ポールが1980年に発表したソロ・アルバム「マッカートニーII」に収録された曲です。ご存知のように「マッカートニーII」は、ポールが音楽的な冒険を試みた実験的な異色作として知られていて、それゆえに何かと酷評を受けがちなのですが、この曲はそんなアルバムの中でも比較的評価を得ている曲として知られています。それは、「マッカートニーII」で炸裂している「らしくない」雰囲気が、この曲では薄まっているからです。しかし、それと同時に「マッカートニーII」らしい独特の特徴もよく表れているという側面もあり、なかなか興味深い曲であります。今回は、決して有名ではないけど、ファンの間では認められている『Summer's Day Song』の魅力に触れてゆきたいと思います。単語使用度集の宣伝はしませんのでご安心を(笑)。

 それでは、まずは例によって曲が作られた当時について振り返ってみます。1980年5月に発表されたアルバム「マッカートニーII」は、ポールにとって約10年ぶりとなる久々のソロ・アルバムでした。'70年代のほとんどをウイングスというグループで過ごしてきたポールですが、その活動が'80年代を迎え停滞する中でのリリースでした。この1年後、ウイングスが1枚も新譜を出さずに空中分解的に解散してしまうこともあり、このアルバムはポールにとってウイングス後のファースト・アルバムとして、新たな出発点として位置づけられることが多いです。しかし、実はその録音自体はウイングスが活動休止する以前に済ませてあったことは、今では有名な話です。なんと、ウイングスの「ラスト・アルバム」である「バック・トゥ・ジ・エッグ」が出た直後の1979年夏に制作されていたのです。そして「マッカートニーII」のセッションで録音された曲たちは、元々公式に発表する予定はありませんでした。当時のポールは、ウイングスでの音楽活動にマンネリ感を感じ始めており、何か違うことがやりたかったそうで、このセッションでは思いつくがままに即興で曲を書き、気ままに録音するというスタイルを導入しました。レコードを出すためでなく、自分の趣味の一環としてのプライベート・レコーディングだったのです。そのため、録音はすべて自宅のスタジオで行われ、さらにすべての楽器とほとんどのヴォーカルをポール単独でプレイしています。即興性が高くお遊び的要素の強い曲が多いことも、発表する意思のないことの表れでした。ポールによれば、カセットに入れて車の中で聴く程度の音楽だったのですが、友達の間で意外と受けがよかったので、公式発表しようと思うに至ったそうです。

 そんなプライベート音源が世に出た「マッカートニーII」は、久々のソロ・アルバムという事実に加え、1980年1月にポールが日本で逮捕される事件の直後に発売されたこともあって、当時は大きな話題を集め物議をかもし、セールス的にもヒットを記録しました。ところが、今では自宅での1人多重録音による、まるでチープなデモ・テープのような散漫な内容ゆえに残念ながら評価は芳しくありません。制作したポール自身ですら、「黒歴史」の1つだと暗に示しているほどです(汗)。元々仕事の合間の息抜きとしてお遊びで録音した曲を集めたアルバムだから、完成度も高くなく、そう言われても仕方ないのですが・・・。また、ポールが当時流行のテクノ・サウンドに影響を受けてシンセを多用したリズム重視の曲を多く残していることも注目されましたが、これも今では「らしくない」ポール全開ということで評価を下げてしまっている要因になっています(汗)。ポールにとっては新たな流行に追いつかんと積極的にテクノを吸収して自分のものにした成果だったのでしょうけど。最近では、シングル発売されヒットした『Coming Up』を聴くためだけのアルバム、という極論まで出ており、実に悲しいことです。

 しかし、そんな一辺倒の低評価に隠れてしまった名曲・佳曲も「マッカートニーII」には多く存在することは紛れのない事実です。『Temporary Secretary』のようなテクノ・ポップを上手くポール流に消化したアップテンポの作品や、『On The Way』のようなポールにしては珍しいブルース・ナンバーなどなど、その魅力をよく知るコアなファンに愛される曲は多いです。そして特に、バラード作品は他の時期に負けじと質の高い名曲揃いです。さすが天性のメロディ・メイカーにしてバラード職人のポール、どんな時でも、たとえそれが自宅での即興録音でも素晴らしいバラードを生み出してくれます。「マッカートニーII」はテクノ丸出しの「らしくない」アルバムだ、と言って敬遠してしまっては、こうしたバラードに目をつぶってしまうこととなり実にもったいないです!

 面白いことに、この時期のバラードは、普段のポールのバラードには見られない味付けがされている所に大きな特徴があります。いわば、バラードを「マッカートニーII」流の味に料理しているというのです。自宅でポールが1人「狂った教授」のように引きこもって行き当たりばったりで創作意欲を炸裂させレコーディングしたセッションの味と言えば、一体何なのか瞬時には想像がつきませんが、それはテクノ・サウンドを模倣した曲が多いという所でキーワードが見えてきます。・・・そう、その味付けとはシンセです!「マッカートニーII」収録のバラード作品は、テクノ・ポップ風の曲で導入したのと同じように、シンセが大々的に使用されているのです。普段のポールなら、バラードと言えばギターや生ピアノなどで演奏し完成させますが、この時代はそこから1つ先に足を踏み入れてシンセに挑戦しています。いつもその時々の流行の最前線を見据えて音楽活動をするポールにとって、テクノに影響されてシンセ主体でバラードを作るというのは当然至極の結果なのかもしれませんが、画期的な冒険に値することを容易にやってのけてしまうのはやはり旺盛な創作意欲の表れでしょう。シンセをうまく利用したことにより、ここでは同じバラードでも深遠さがよく出た幻想的な音作りに仕上がっています。「マッカートニーII」でのシンセの使い方は、ポールが慣れない作業の中で1人で演奏したせいあって(しかも機材もハイクオリティではなかった)、チープさと無機質さが露骨に出ている例が多く見受けられますが(汗)、バラードではそうした不自然さは感じられないのは不思議な話です。バラードだけあって実験的要素は控えめにしたのでしょうか?それともポールもバラードに合ったシンセの使い方を心得ていたのでしょうか?その例が、アルバム随一の名曲と評される『Waterfalls』。オルガンを基調に、幾重にも重ねられたシンセが歌詞やヴォーカルの美しさとあいまって何とも言えない崇高さを感じさせます。これがたとえピアノ・ソロの名演だったとしても、これほど深みのある不思議な感触は手に入れられなかったかもしれません。この時期ならではのシンセがうまく機能した作風です。また、シンセは未使用ですが、アコギ弾き語りの『One Of These Days』もヴォーカルにエコーがかかっていて、この時期独自の幻想的な雰囲気を出しています。

 そして、アルバムでもう1つのバラードが、今回紹介する『Summer's Day Song』です。アルバムの中ではあまり目立たない存在ですが、ゆったりとしたシンプルなメロディは端麗で美しく、『Waterfalls』や他の時期のいろんなバラードにも負けないくらいポールらしさたっぷりで絶品です。ポールのバラード職人の技をいやと言うほど見せ付けてくれます。そして、この曲も『Waterfalls』のようにテクノ・ポップ直系のシンセ・サウンドを大々的に導入した編成による、ポールにしては異色の音作りのバラードなのです。ここからは、そんな「マッカートニーII」らしい独自性あふれる作風を見てゆきたいと思います。

 この曲を聴いてぱっと気づくのが、ほとんどがシンセの多重録音で構成されている点でしょう。実は、この曲ギター類が全くと言っていいほど入っていないのです!この点で、既に多くのマッカートニー・バラードとは性格を異にしていることがお分かりかと思います。バンド・サウンドになっていないのは、ウイングスから離れて単独録音に臨んだこの時期だからできたことですね。また、ドラムスも小音量でわずかにビートが刻まれるだけで、ほとんど弾き語りの状態になっています。その分、シンセのイメージがより強くなっています。そして、同じキーボードでも生ピアノが全く使われていないことも特筆すべきでしょう!弾き語りスタイルのマッカートニー・バラードは、アコギか生ピアノが主流ですので、完全シンセ弾き語りというのがどれだけ異色かが分かります。ポールがシンセのとりこになっていた当時ならではですね。さて、シンセと言ってもいろいろなキーボードがあり、ポールはこの曲ではそれらを適材適所で使い分けています。ポールのアレンジャーとしての力量を痛く感じさせるのですが、それをちょっと紐解いてみましょう。

 まず、メインのメロディを奏でるのはフルートのような柔らかい管楽器の音です。心地よい雰囲気がどこからともなく漂ってくるやさしい音色ですが、これはメロトロンによる演奏です。メロトロンとは、'60年代に開発された磁気テープを媒体としたアナログ式のサンプル音声再生楽器で、キーボードを弾くことによってテープに収録された音が流れるという仕組みの鍵盤楽器です。ビートルズがこの楽器にいち早く注目していたことは有名ですね。あの名曲『Strawberry Fields Forever』にもイントロで使用されています。中でもポールはメロトロンがお気に入りのようで、シンセサイザーが開発され普及するようになってからも愛用し続け、現在に至るまでしばしば自らの音楽に導入しています。ポールがDJをつとめたラジオ番組「ウーブ・ジューブ」などでもメロトロンのことを自慢しながら解説していました。そうした経緯あってか、この曲でもメロトロンが多用されています。人工的な音色がちょっと生楽器にない独特の雰囲気を出していますが、無機質さは感じさせません。フルート風という辺り、前述の『Strawberry Fields Forever』に似ていますね。そのメロトロンを後ろで支えるのはストリングスですが、これも生演奏ではなく人工的に作り出した音色です。こちらはギズモという楽器による演奏。ギズモは、ギター用に開発されたアタッチメントで、10ccのメンバー(ゴドレー&クリーム)による発明品です。ギターの音色を歯車の回転により持続音に変えるという装置で、「ギターさえあれば誰でも気軽にオーケストラの音を出せる」という夢の楽器でした。新し物好きのポールはすぐにこれを入手、『I'm Carrying』(1978年)からこの時期までしばらくご愛用していました。『I'm Carrying』もそうでしたが、この曲でも実際のストリングスの演奏とは違い、低音が強調されて深みのある音色になっているのが特徴です。この画期的な2つの楽器に加え、他にオルガンのようなシンセサイザーがポールの手により演奏されています(もちろんメロトロンもギズモもポールの多重録音ですが)。ギズモの高音部分にあいまって、すかすがしい感じに響きます。

 メロトロン、ギズモ、シンセサイザー。これらの組み合わせでこの曲の音は成立しているのですが、シンセの多重録音とはいえ分厚く重々しくなっていないのがポイントでしょう。あまりシンセ・サウンドがごちゃごちゃしているとずっしりしてしまい聴きづらいのですが、ここではメロトロンのフルートに代表されるようにあくまで薄化粧にとどめています。ギズモによるストリングスを除けば、低音が少ないというのは大きく作用していますね。『Waterfalls』になるともう少し重厚なシンセ・サウンドになりますが、それよりも軽く柔らかいタッチです。こうした工夫のおかげで、この曲は非常に爽やかに聞こえます。心地よい風が吹き、暖かい日差しが顔を覗かせてくるような、そんな印象を持たせてくれます。さらに、そこにシンセならではの人工的な耳触りがあることによって、同時に幻想的なイメージも出すことに成功しています。普通の「ピアノ+ストリングス」形式のマッカートニー・バラードにはない、まるで夢を見ているかのようなテイストは、なかなか生楽器には出せません。シンセに傾倒した当時のポールだからなしえた世界なのです。「マッカートニーII」はポールとしては異質の作風で、あたかも宇宙の闇に投げ出されたかのような不気味な曲が並ぶアルバムですが、バラードもバラードなりにその作風に足並みを揃えるとこんな感じになる・・・といった所でしょうか。それでいて機械的には感じさせないのは、すべての楽器がポールが実際に演奏したものだからですね。「マッカートニーII」はテクノに挑戦したもののほとんどの楽器がポールの人力によるもの、という面白い現象が起きていますが、アナログのフィーリングを大切にするポールらしいですね。この曲でも、シンセを取り入れつつも最後はアナログでやってのけているのです。

 さて、そんな幻想的で深みのあるサウンドが聴いていて心地よいこの曲。元々はインストゥルメンタルでした。これは、「マッカートニーII」をアルバムとして発売する前にポールが収録曲を2枚組のアセテート盤にテスト・プレスした時の音源が証明してくれます。なぜかそれが「The Lost McCartney Album」などのブートで流出していまして・・・(苦笑)。その中に収録されているこの曲が、インスト・ヴァージョンなのです!公式テイクで聴き慣れていると驚いてしまうことでしょう。しかし、ポールの作曲過程では、元々インストだった曲に歌詞をつけた・・・という例は結構あるようで、例えば『Pretty Little Head』は即興で作ったインストからできたものですし、『I've Had Enough』もなかなか歌詞ができなかったと言います。とりわけ、ポールがお遊びで思いついたメロディをその場で録音していった「マッカートニーII」の場合はそうであっても当然と言えましょう。現に公式発表された曲でも『Front Parlour』『Frozen Jap』の2曲がインストですし、同じセッションで録音されてお蔵入りになった未発表曲にも『Blue Sway』や『Bogey Wobble』といった奇妙なインストが存在します。歌のある曲でも、『Check My Machine』『Darkroom』に象徴されるようにアドリブで作った歌詞を何度も繰り返すだけのものもあるくらいですから、『Summer's Day Song』が元々インストでも何らおかしなことはありません。それがレコーディング後に歌詞をつけられたのですが、このことから、この曲はいわば「マッカートニーII」セッションで生まれたインストの中から完成度の高いものとして選び抜かれた1つと言えます。恐らく数あるインストの中でもポールが気に入ったのでしょう。それで、発表するにあたって歌詞をつけてちゃんとした歌として完成させよう、と・・・。もしこの曲がインストのままだったら、「マッカートニーII」の中盤はインストが立て続けに3曲続くことになっていたでしょうが(ただし2枚組アセテート盤の曲順は公式発表版と異なる)、この曲が「歌」に昇格することにより、マンネリ化することは防がれました(苦笑)。この曲も、ポールにその素質を認められてよかったですね。場合によってはインストのままお蔵入りという可能性もあったのですから・・・。でも、インストでも十分美しく、このまま世に出しても通用し、それなりの評価を得ていたことでしょう。だって、それほど素敵な演奏なんですから!インスト・ヴァージョンは先述のようにブートで聴けますが、メロトロンやギズモの幻想的な音色を余すことなく堪能できて聴きごたえたっぷりです。メロトロンの音色がお好きな方にはたまらない音源でしょう。それから、自宅で簡易カラオケもできますよ(笑)。

 その後付けされた歌詞ですが、インストだった曲に後から加えたという過程を辿ったことが反映されてか、非常にヴァース量の少ない曲です。たった3文しかないのですから!(まぁ、マッカートニー・ナンバーにはたった2文の『The Lovely Linda』や、1文を2回繰り返すだけの『Be What You See(link)』などもあるでよ。)既に決まってしまったメロディに歌詞をのせるため逃れられない宿命だったのですが(汗)、そんなとっても短い歌詞でも、その内容は実は非常に意味深です。

 誰かが悪夢にうなされている/明日になればそれも終わる/やがて世界が目覚めてゆくから/夏の日に・・・

 たったこれだけの歌詞なので、まぁどうってことないと言われればそれまでなのですが(汗)、ずいぶんと詩的な表現を用いた芸術的な歌詞だと思いませんか?短いゆえに、まるで日本の俳句のような美がそこに詰まっている気がします。そして、「悪夢」「夏の日」と抽象的な表現が登場しますが、これは何かをたとえているかのようです。比喩を多用した詞作と言えば『Waterfalls』が真っ先に思い浮かびますが、それよりも意味深に感じられます。では一体ポールはこの曲の歌詞に何を表現し、何を伝えようとしたのでしょう?ポール自身のコメントがないため、ここからは推測になってしまうのですが(汗)、私なりにちょっとこの歌詞を深読みしてみます。

 まず、「悪夢」ですが、これは単なる夢ではなく、悪い出来事のことを言っているのではないかと思います。そしてひいては、1つの出来事ではなく、1つの時代のことを指しているのでは・・・?と思う次第です。つまり、「誰かが悪夢にうなされている」というのは、「暗い、つらい時代が続いている」ということのたとえではないか?というわけです。それが、明日になれば終わり、世界が「夏の日」に目覚めてゆくと歌われるのですが、これはつらい時代がやがて終わりを告げ、「夏の日」・・・つまり「明るい未来」が訪れる、という意味だと私は解釈しています。要するに、この曲では世界の明るい未来への展望を比喩しているというのです。「やがて未来はよくなる」。そうしたメッセージをポールは伝えたかったのではないでしょうか。折しも録音時は'70年代が終わりを告げ、期待と不安の'80年代が始まろうとしていた頃(発表時は'80年代が始まったばかりの頃)。ポールは「'80年代も明るい時代が来るよ」とポジティブに歌いたかったのでしょう。『Coming Up』でもそうした明るい未来への期待が歌われていましたが、この曲では詩的な表現を使って暗に示しているのが特徴でしょう。そして、これが短いながらも胸に染み渡る、妙に心に残る歌詞なのです。直接的ではない分、じっくり味わって感動できる、そんなタイプの詞作です。詩のようなスタイルは普段のポールにはあまり見られないので、大変貴重と言えるでしょう。それにしても、'80年代はこの曲のように上手くはいかず、世界のみならずポール本人にとっても、日本での逮捕劇、ジョン・レノンの死、ウイングス解散、チャートでの失敗・・・と不幸な出来事が立て続けに起こってしまったのは皮肉な限りです。

 その詩のように美しい歌詞は、曲中間奏を挟んで2度登場します。実は元々フルートが奏でていたメロディそのものなんですが(汗)。歌詞と同じくとってもシンプルなメロディが耳に残ります。それを歌うポールのヴォーカルは、当然後付け(ブートで聴けるインスト・ヴァージョンには未収録)。そしてこのヴォーカルも、シンセ主体の演奏と同じく深遠さをたたえた幻想的なムードたっぷりのスタイルなのです。間奏前はシングル・トラックで、間奏後はダブル・トラックで歌われており区別化されているのが印象的。シングル・トラックの箇所は、ポールらしいやさしくソフトな歌声を堪能できます。やっぱりマッカートニー・バラードと言えばこうした歌い方がしっくりきます。同時進行で流れるフルートのメロディのように心地よく、そのままうとうと眠ってしまいそうな気持ちよさです。聴いているだけで心が洗われてきますね。そして圧巻は間奏後のダブル・トラック。ここはポールが1人多重録音を駆使して幾重にもコーラスをつけていますが、このハーモニーの美しさはもう筆舌に尽きます。バックのストリングスのように澄み切っていて、かつ幻想的な感じも前面に出ています。たとえるならば、教会の讃美歌といった所でしょうか。低音から高音まで、すべてツボを押さえていて絶妙な響き具合になっているのが感動的ですが、それが全部ポール1人によるものというのだからまた素晴らしいですね。ポールってコーラスのイロハをしっかり熟知しているんですね。こうした讃美歌的唱法は『Waterfalls』でも取られていますが、シンセが生み出した夢見心地の不思議な雰囲気を出すにはうってつけです。「マッカートニーII」では、ヴォーカルにエコーをかけたり変声処理をしたりとヴォーカル面でも冒険をしていますが、バラード系ではいずれも曲の雰囲気を増幅させるに成功していると言えるでしょう。

 ・・・と来た所で書くことが尽きました(汗)。まぁ、単なるアルバムナンバーなので、そんなに書くこともないのですが・・・。というわけで、ここからは私自身の思い入れを書いてゆきます。

 冒頭でも触れたように、この曲のタイトル「Summer's Day Song」を、当サイトのポール・マッカートニー単語使用度集の名前に拝借させて頂いておりますが、なぜこの曲を選んだのかと言えば、そもそも「歌」の歌詞についての企画だったので「Song」がタイトルについているマッカートニー・ナンバーに引っ掛けたかったからです。で、いろいろ考えた結果、『Silly Love Songs』は凡庸すぎるし、『The Song We Were Singing』はあまり好きな曲じゃないし(苦笑)・・・と来て、次に思い浮かんだのがこの『Summer's Day Song』でした。ちょうどマニアックな曲で他のサイトさんでも似たようなコラムでタイトルに使っていないだろうと思って命名を決定しました。最近は多忙のためなかなか更新されていないのが痛いですが(汗)、訪れた皆さんが「おおっ!」と思えるようなページにしたいです。現在暫定的に「F」まで完了しました(注:2010年2月現在)。ゆくゆくは最近のアルバムや入手困難曲・未発表曲も含め「全曲」を対象にしたいです。あと、ページをより見やすいようにリニューアルを検討中です。いつ完成するか分かりませんが(汗)、「Jooju Boobu」をはじめ当サイトをごらんのポール・ファンのあなた!ぜひ一度足を運んでみてくださいね。

 『Summer's Day Song』という曲自体は、そうした経緯からちょっと思い入れが強いです。さすがに屈指のお気に入り『Waterfalls』にはかないませんが、結構好きな曲です。「マッカートニーII」自体お気に入りだし(笑)。シンセ主体の音作り(特にメロトロンのフルート)や端麗なメロディ、歌詞の少なさなどがかわいらしい曲ですね。歌詞の中身はそんなかわいらしい感じはしないんですけどね・・・。ちなみに、初回執筆当時は「なんか女の子がイメージできちゃいそう(おいおい)」なんて書いていましたが、それが今となってはしっかり女の子のイメージが根付いてしまっています(苦笑)。個人的には愛読のマンガ「らき☆すた」のキャラクター、柊つかさのイメージがしています(このページのイラストの娘です)。なので、聴く時はつかさがぱっと思い浮かんだりしますね(笑)。あとは、間奏後のダブル・トラックのヴォーカルで、“Tomorrow it will be over”を間奏前とちょっと違うメロディで歌っているのがツボだったりします。

 この曲は、数あるポールのバラード作品の中でも、この時期特有の幻想的な美しさを持っています。これはこの時期にしか味わえない独特の作風ですので、大変貴重です。「マッカートニーII」は好き嫌いが分かれる(拒否反応を起こす人が多い)アルバムですが、バラードの3曲(『Waterfalls』『Summer's Day Song』『One Of These Days』)はテクノもどきのサウンドが嫌いな人でも十分堪能できます。先入観なしにぜひ一度聴いてみてください。メロトロン好きの方には最高の1曲です(特にアウトテイクのインスト・ヴァージョンがお勧め!)。

 さて、2005年の「Jooju Boobu」はこれでおしまい。さらに、2006年からはちょうど区切りよく私のお気に入り順の第8層が始まります。いつもより多めの14曲が対象となりますが、生産調整(笑)をしている「プレス・トゥ・プレイ」や「ロンドン・タウン」など例外を除けば、一気に私の関心がなくなっているのが選曲していて目に見えて実感できました。『With A Little Luck(しあわせの予感)』から85曲、ついに並み程度の所まで思い入れが落ちてきました(汗)。もうここまで来たら「お気に入り」とは言いづらくなり始めます。しかし、まだ「あ、結構聴くなぁ」「気に入っている箇所がある」といったような程度ですので、そこはご安心を。

 その14曲を見てみると、思い入れが薄まったせいか曲の特徴にばらつきが見られます。シングル曲が2曲(B面も2曲)、ベスト盤収録曲はシングル曲と同じ2曲。この2曲はいわゆる「メジャー級」です。他はマニアックな曲と人気の曲が混じっていますが、あの伝説のエピソードを持つ「あの曲」からマニアックなインストの「あの曲」までバラエティ豊かに行きたいと思います。さらに、番外編が一挙に3曲出ます!

 そして、その第8層の始まりを告げる曲のヒントは・・・「スタジオ・ヴァージョンが未発表」。お楽しみに!

 来年も引き続きご愛顧の程よろしく願い致します。

アルバム「マッカートニーII」。ポールらしくないテクノもどきサウンドが炸裂の異色の問題作。バラード3曲がいずれも隠れた名曲であることに注目。

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