Jooju Boobu 第71回
(2005.11.11更新)
Too Many People(1971年)
事情あって1日遅れの更新です(汗)。今回の「Jooju Boobu」は・・・、お待たせしました!このコラムで今まで1曲も紹介されてこなかった「あのアルバム」からの第1弾です!私がまだ1曲も紹介したことのないアルバムは、最新作(注:初回執筆当時)「裏庭の混沌と創造」を除けばたった2枚。それぞれ、'70年代と'90年代に・・・(苦笑)。「あれ」と「あれ」ですね。それでは、今回はそのどちらか?といえば'70年代の方です。毎回ご愛読頂いている皆さんなら、お分かりですね。そう、つまり、1971年に発表されたポールの名盤「ラム」です!実は、このコラムで「ラム」収録曲を紹介するのは今回が初めて。つまり、「ラム」に私がすごくお気に入りの曲が少ないということの裏づけになるのですが・・・(笑)。ファンの間では大変親しまれているアルバムというのに。すみません異端で(汗)。で、記念すべき「ラム」からの第1弾となる今回は、そのオープニング・ナンバー『Too Many People』を紹介します。この曲は、シングル発売はされていないものの、ある程度ポールを聴いたファンならご存知の1曲です。そして、「ラム」の頃のポールに特徴的な作風がにじんでいる曲でもあります。それはどのような点なのか?「ラム」期の時代背景と共に、今回は『Too Many People』の魅力を語ってゆきます。
まずは、このコラムでようやく初登場となるアルバム「ラム」について、簡単に紹介してゆきたいと思います。ここで「ラム」を語るのも初めてですので・・・(汗)。「ラム」は、ポールのソロ活動の本格的なスタート地点となったアルバムです。1970年にソロ・デビュー作となったファースト・アルバム「マッカートニー」をリリースしたポールは、その直後にビートルズの解散を体験します。これは「マッカートニー」リリースの際に掲載したポール自作のインタビューが引き金になったのでありますが・・・。グループが消滅し身軽となったポールは、ビートルズ後期において常々願ってきたライヴ活動の再開を実現に移そうとします。しかし、既に酷評を受けていた「マッカートニー」だけではライヴは不可能な状況でした。そこでその下準備として、当時心の支えとなっていた新婚したての愛妻リンダと共に新たなアルバムの制作に取り掛かります。2人は渡米し、NYのスタジオでレコーディング・セッションを開始。自宅で1人で録音したことでラフな音作りが目立つ「マッカートニー」の失敗を教訓に、じっくり時間をかけた本格的な曲作りが行われることとなりました。セッション・ミュージシャンとして名ギタリストのデヴィッド・スピノザとヒュー・マクラッケン(ちなみに2人とも後年ジョン・レノンのアルバムに参加しているのが面白い)、そしてポールに才能を見出され後にウイングスの初代ドラマーとなるデニー・シーウェルを招き、数曲ではニューヨーク・フィル・オーケストラが参加するなど、前作以上にしっかり作りこまれた楽曲が生まれてゆきました。リンダはほぼすべての曲でコーラスで参加、さらには作曲を手伝うに至るまで貢献します(といってもインスピレーションを与える程度だったと思いますが・・・)。ポールにとってはリンダは私生活のみならず音楽面でも新たなパートナーとなっていたのです。そのためか、完成したアルバム「ラム」は、「ポール&リンダ・マッカートニー」と夫妻名義で発売されることとなります。
アルバムは、当時スコットランドの田舎に隠遁して久しかったポールらしく、何とも牧歌的な雰囲気の漂う、アコースティック感が心地よい内容に仕上がりました。ポールにとってはビートルズ解散後初のアルバムであり、リンダと共に新たな音楽活動を始める第一歩となる自信作!だったのですが・・・。チャートでは英国1位・米国2位と好調なセールスを記録したものの、評論家たちからは散々にけなされる始末となってしまいました。ローリング・ストーン誌に「'60年代ロックの腐敗」と書かれてしまったのは有名な話。「マッカートニー」に続いて「ラム」においてもポールは批判と酷評の対象となり、その後もしばらく苦難が続くこととなります・・・。ポールにとってこれほど不快な話はなかったでしょう!しかし、評論家集団がこぞって酷評したのは、ポールを「ビートルズを解散させた男」という嫌悪感を通してしか見られなかったことと、「ラム」で聴かれるのんびりした作風を「革新性」ばかりがもてはやされていた当時において「退化した」音楽と一方的に決め付けることしかできなかったことが要因であり、決してちゃんと音楽を聴いた上での評論ではありませんでした。そう、出来の悪いアルバムでは全然なかったのです。それなのに、「ラム」はこうした変な論調のために長い間「駄作」という不当なレッテルを貼られてしまいました(汗)。こうしてボロクソに言われたままだった「ラム」ですが、一方でファンは発売当初から好意的に捉えており、たくさんの人が愛聴していたことは確かでした。そして、最近では当時の先入観・嫌悪感抜きに純粋に音楽を聴き、その高い音楽性に魅了されることで再評価が進み、多くのファンがお気に入りに挙げる「名盤」として語られるまでになりました。『The Back Seat Of My Car』『Uncle Albert/Admiral Halsey』『Heart Of The Country』などなど・・・ファンの間で人気の曲も多いです。ポールも大変お気に入りらしく、まさに面目躍如のアルバムと言えましょう。
そんなアコースティックでのどかな雰囲気が魅力のアルバム「ラム」の冒頭に、この曲『Too Many People』は収録されています。オープニング・ナンバーに取り上げるほどですから、「ラム」収録曲の中でもことさらポールが力を入れていたことでしょう。事実、この曲からはポールの自信と強い主張がひしひしと伝わってきます。まさに、ビートルズ解散後初のアルバムの1曲目にふさわしい曲です。そして、そこには当時のポールならではの作風が色濃く見え隠れしているのですが・・・。ここからは、そんな力強いこの曲の魅力を語ってゆきます。
この曲はミドルテンポのロック・チューンと言えるものであり、カントリーやフォーク風の曲やバラードの多いアルバム中では『Smile Away』『Monkberry Moon Delight』と並んで最も力強い部類に入るのですが、他の時期のポールのロック・ナンバーに比べるとそれほどハードに聴こえないのが面白い所。これは、「ラム」特有のアコースティック感が前面に出ているのが要因でしょう。田舎生活の中でアコギ片手に曲を量産していた当時のポール、ロック・ナンバーにもその影響が如実に出てきているのがこの時期の特徴であり魅力です。演奏はシンプルなバンドサウンドで成り立っており、ポールがベースとギター、前述のスピノザとマクラッケンがギター、シーウェルがドラムスで参加しています。他には、わずかにホーン・セクションが入るだけです。オーバーダブの少ない、生の肌触りが楽しめる「ラム」の真骨頂と言える演奏です。曲の主役となるのはアコギです。普段ならエレキ・ギター主体にしそうな曲調ですが、そうならない辺りがこの時期らしいです。曲を通してアコギの演奏が基調となって曲を支えています。
イントロはそんなアコギのストロークにポールの伸びやかなシャウトがかぶさり、そこにホーンが滑らかに入るのですが、アルバムの始まりと同時に、これから長く長く今に至るまで続くポールのソロ・キャリアの始まりを高らかに告げているかのようです。ポールのリンダと共に歩み始める音楽活動への意気込みを感じることができます。曲はサビとメロの繰り返しで展開してゆきますが、サビではテンポよく力強い演奏を、メロでは静かに抑え気味の演奏を、というパターンでアレンジの区分けがされていて、そのコントラストが印象的です。こうした抑揚ある気の利いたアレンジのおかげで、サビの明朗さが際立つんですね。サビはタイトルコールも出てくる印象的なメロディで、軽快さが強調されています。それをアコギが引っ張っているのは先述の通り。一方のメロでは、シーウェルがドラムロール風の独特なドラミングを披露します。この後ポールに気に入られて初期ウイングスで活躍するシーウェルの独創性あふれるプレイは、既にここから堪能することができます。ホーンが入るのもこのメロ部分ですが、大々的に使わないのがいい按配ですね。
前半はアコギ主体のミックスで文字通りアコースティック感あふれる演奏なのですが、間奏に入るとロック色も顔を出してきます。そう、アコギに負けじとエレキ・ギターが本領発揮しているのです。間奏では粘っこいエレキ・ギターのソロがフィーチャーされ、ここばかりは少しハードで緊張感ある雰囲気になります。ギターは誰がどれを演奏しているのかは私はよく分かりませんが(汗)、もしかしたらポールかもしれません(スピノザかマクラッケンかも・・・)。パーカッションも緊張感をあおります。間奏後は再びサビ→メロと展開するのですが、前半以上にエレキが絡んできます。そして、アウトロでついにロック魂が爆発します。間奏以上にディストーションを効かせて激しさを増したギター・ソロが登場(相変わらず粘っこい)、しかもかなり長く続きます。ドラミングも軽快さを何歩も踏み出した荒々しいものとなり、さらにはパーカッションが入り乱れある種の混沌さを醸し出します。ここにはポールのシャウトも入り、まるで狂気のような盛り上がりを見せていると言えるでしょう!普通のドラムセットの音とは明らかに違う「ざくっ、ざくっ」というビートが混乱ぶりに拍車をかけます。前半の穏やかな雰囲気からは程遠い賑やかさには驚きですが、そんな中においてもアコギのフレーズが大々的に使用されているのがポイントでしょう。ビートルズ時代の『Wild Honey Pie』をどこか思わせる音色ですが、適当に弾いている感じが強くこれまた狂気の沙汰です・・・(苦笑)。こうして、ハチャメチャな空気を残しつつ、混沌としたまま曲はフェードアウトしてゆきます。
このように、やさしさを包含した穏やかなメロと、ロック色の強いサビと間奏、そして何とも言えない狂気の盛り上がりを見せるアウトロと、部分部分でコントラストを成しているため変てこな感じも見受けられる曲ですが、不思議なことに全体を通してほのぼのした心地よさが漂っているように聴こえます。間奏以降は結構ハードなはずなのに、中和されてしまっているのです。これは、アコースティックな音色を大切にしていることがやはり大きいでしょう。あの変なアウトロにさえ、アコギの澄んだ音色が登場するのですから!スコットランドの農場の香りがそこはかとなく匂ってきそうな演奏になっているのは、ポールがリラックスしてセッションに臨んでいたことの証しでしょう。この曲をさらに狂気の沙汰にぶち込んだかのような『Monkberry Moon Delight』さえも、おどけたようなのどかな感じに聴こえてしまうほどですから・・・。これが、ポールのアレンジャーとしての力量が惜しみなく発揮された「ラム」のマジックでしょう。ロック系の曲も、カントリー系の曲も、バラード系の曲も、みんな1つの統一感ある落ち着いた雰囲気にまとまっている、そこにファンは魅了されるのかもしれません。
さて、先程アウトロの様相を「狂気」と表現しましたが、この曲では演奏以上に「狂気」しているものがあります。それが、歌詞です。この曲では、ポールにしては異例と言って過言ではないほどの特徴的な詞作が目に付きます。そしてこれが、名盤「ラム」のもう1つの作風なのですが・・・。それでは、今度は詞作面について語ってゆきましょう。
ポールの紡ぎ出す詞作といえば、よく知られるのがラヴ・ソングでしょう。ポジティブで甘い恋を歌うものが多いのが特徴で、ファンに愛される大きな魅力となっています。また、物語風の詞作もポールがよく手がけるものであります。このように普段のポールは、第三者の立場で第三者の恋や物語を歌う歌詞を書くことが多く、あまり自らの心境を直接歌詞に吐露することはありません。しかし、'70年代初頭・・・つまりちょうど「ラム」の頃のポールは例外でした。この時ばかりは、ポールは自分の感情を曲作りに直接影響させていました。実は当時、ポールには自分の怒りや疲れといったやり場のない感情を歌詞に吐露させるに十分な出来事が起きていたのです。言うまでもなく、それはビートルズの解散と、それが引き起こしたジョン・レノンやジョージ・ハリスンとの不仲でした。
ビートルズは、1968年頃から徐々に4人の個性が際立ち始めそれゆえにセッション中に険悪なムードが漂うことも多くなってきて、ジョージやリンゴ・スターが脱退しかける事件も起きました。そして翌年、4人の中で一番ビートルズに嫌気をさしていたジョンが内輪での会議中で「俺はビートルズを脱退する!」と宣言。グループ内部に生じた亀裂は決定的となりました。ポールはといえば、ジョンを何とかしてグループにつなぎ止めようと日々腐心し、それゆえにジョンが公に脱退を表明することは避けられたのですが、それが1970年になってジョンとポールの立場が一変してしまいます。先述した、「マッカートニー」発売時にポールが発表したインタビュー、例の「ビートルズ解散宣言」です。元々自分が始めたグループを自ら「解散宣言」したかったジョンは、その役目を(よりによって)当時一番憎きポールに奪われてしまい大ショック!精神療法(プライマル・スクリーム)を受けるほどのダメージを受けます。そして、混迷から立ち直るとますます嫌悪感をあらわにし、ポールに牙を向けるようになりました。ジョンがビートルズ解散後初めて発売したソロ・アルバム「ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)」(1970年12月)では、『God』で「ビートルズなんて信じない」と衝撃的な一言を歌い、さらに『I Found Out(悟り)』に至っては「キリストやポールといった宗教も見てきた」とポールを名指しで批判したのです。さらに、当時はジョンの肩を持っていたジョージまでもがポールを非難する側に回ります。ちなみに、ジョージは「ラム」を「こんなのを演奏させられなくてよかった」と痛烈に批判しています(汗)。リンゴは当初ちょっとこじれただけでポールとは深刻な仲たがいはしませんでしたが、ポールがビートルズを法的に解散させるために残る3人を訴えた訴訟問題もあり、ポールVSジョン&ジョージの溝は深くなり、ポールは日々人間関係に頭を悩ませることとなりました。(さらに、評論家集団がたたいてくるのですから、たまったもんじゃないでしょう!)
そんな当時のポールの心境は、「マッカートニー」の詞作にもいくつか反映されています。しかし、続いて発表された「ラム」の詞作とは決定的にその中身が違います。「マッカートニー」では、主に解散をめぐるゴタゴタによる「疲れ」や、ポールが心のより所とした「家庭・家族」を歌ったものが中心でしたが、「ラム」では一転して、ソロ活動を始めたポールがジョンを「非難」しているのです。いわば、「ジョンの魂」に対する反論です。「ラム」収録曲、特にA面の曲の歌詞を見てみると、「これってジョンのことじゃないの?」と思わせるものが多々出てきます。『3 Legs』『Ram On』『Dear Boy』と・・・。そして、この『Too Many People』もまた、そうしたジョンへの非難を匂わす歌詞なのです。B面の曲は新たなパートナー・リンダのことを歌った曲が主流ですが、A面はほとんどがジョンへの非難に費やされている感があり、ポールにしては珍しくパーソナルで攻撃的な印象を受けます。これが、ほのぼのとした印象の強い「ラム」の、もう1つの特徴です。表向きのイメージから考えるとちょっと意外ですね。リンダへの愛を歌った曲もいわばパーソナルな曲ですから、「ラム」はポールの心情が歌詞に色濃く表現されたアルバムなのです。
では、この曲の詞作を具体的に見てみましょう。この曲の歌詞は、タイトルの通り「やたらと〜するヤツがいる」と、街中のいろんな人たちを非難する、という内容です。愛に満ち溢れたラヴ・ソングの名手という印象の強いポールらしからぬ、怒りにあふれた歌詞です。それほど当時のポールはやり切れぬ思いがあったのでしょうか・・・?力強い曲調にはぴったりではありますが。そんな中、間奏後に「やたらと説教したがるヤツがいる(Too many people preaching practices)」という一節が登場しますが、これがジョンへの非難を思わせます。つまり、「ジョンの魂」でポールに攻撃を仕掛けてきたジョンを指しているというのです。また、「やたらと地下にもぐりたがるヤツがいる」という箇所は、当時流行だったアンダーグラウンド・ブームへの批判とも取れますが、ジョンがこうした風潮を応援していたことを考えると、この辺も意味深です。そして、もっと具体的にジョンに反論していると思わせるのがメロの部分です。「それは君の最初の間違いだ、君がそのチャンスをぶち壊したんだ」と歌われますが、これは当時ジョンやジョージ、さらに評論家共から「ビートルズを解散させた男」という悪名を浴びせられていたポールが、「本当に脱退したかったヤツはお前じゃないか!お前がビートルズを壊したんだ!」とジョンをなじっているかのように取れます。確かに、ポールといえばビートルズのメンバーで最後の最後まで脱退もソロ活動もせずグループの存続を願ってやまなかった人です。それなのに一方的に悪者扱いされるのですから、「最初に放棄したのはジョン、お前だろ!なんで俺が非難されなきゃいけないんだ!」と言いたくなる気持ちはよく分かります。そんなメッセージを内包したこの曲を収録した「ラム」が、不当な評価を受け、さらにジョージにけなされた時にはポールはぶち切れたことでしょう・・・。また、最後の「僕は愛が芽生えたことに気づいた、彼女は僕を待っていてくれる」という一節は、リンダのことを歌っていると思われます。こうしたやり場のない怒りが、曲を聴いて感じられるいつにもない攻撃的な匂いを漂わせているのです。もしかしたら、アウトロの混沌とした雰囲気は、憤慨してのた打ち回るポールの姿を表現したのかもしれませんね(汗)。ちなみに、後年ポールは「ジョンに向けて歌ったのは“やたらと説教したがるヤツがいる”の部分だけだ」と弁解しています。確かに「駐車場の罰金を払うヤツ」や「夜遅くまで起きることのないヤツ」はジョンとは無関係っぽいです。でも、メロの部分は明らかにジョンに向けたと思いますが、真相はいかに・・・?
このように、ポールが珍しく怒りをあらわにしたこの曲の詞作ですが、ジョンほどに露骨に歌詞に表れないのがまたポールらしいです。ポールは、直接ジョンを名指しして非難することはせず、あくまで間接的に、さりげなく表現したのです。むろん、歌詞中に「ジョン」の一言も出てきません。どんなに攻撃的になろうと、最後は曲の体裁を考えたのでしょうか。それとも名指しするまでは気が向かなかったのか・・・。いずれにせよ、ジョンの書いた「非難ソング」とは大きく異なります。これはきっと、ジョンとポールの性格上の違いでしょう。この後、「ラム」での反論を読み取ったジョンがアルバム「イマジン」でポールを痛烈に非難し、それにポールがアルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」で答えていますが、こうした非難の合戦場においてもこの違いは歴然と引き継がれることとなります。
演奏面については先述の通り、アコースティックさとロック色が上手に絡み合って、この歌詞のイメージをほうふつさせる力強いものなのですが、ポールのヴォーカルもまた力強いです。恐らく、「ラム」の中では随一のロック・ヴォーカルではないでしょうか?(『Monkberry Moon Delight』もすごいですけど・・・)イントロの伸びやかなシャウトは先述のように長い長いソロ活動への出発の号令のようですが、これは“piece of cake(1切れのケーキ)”と言っています(最初のサビでも出てくる)。面白いことに、演奏と同じくヴォーカルもサビとメロでは抑揚のコントラストがついています。サビでは力強さを強調した、太めでシャウト交じりの歌い方がされていてポールの怒りが伝わってくるのですが、反面メロではささやくようなファルセット・スタイルを取っています。あえて怒りを鎮めたかのようですが、逆にジョンを揶揄するような格好に聴こえて興味深いです。と思いきや、アウトロでは気が狂ったかのようにシャウトしまくります!(笑)この変貌ぶりが聴いていて痛快ですね。ポールといえば七変化ヴォーカルも魅力の1つですが、この曲でも硬軟2つのスタイルを楽しめるわけです。ポールの絶妙なアレンジの賜物ですね。要所要所を叫ぶように歌う印象的なコーラスにはリンダも参加していて、勇ましさが出ています。メロのバックコーラスは、後のウイングスでの美しいハーモニーを予感させる仕上がりです。
ここからは補足的な話題を。まず、マニアックなアウトテイクから(苦笑)。「ラム」セッションでは20数曲が録音されたと言われ、当時のポールの量産ぶりを痛感するのですが、残念なことに「ラム」収録曲自体のアウトテイクはわずかしか出回っていません。そんな中、この曲には別ミックスが存在するらしいです。「らしい」と言うのは、私がその別ミックスを未入手で未確認だからです(汗)。「ラム」関連のブートは持っていないんですよね・・・。
それから、アルバムからのシングルカットにしてポール・ソロ初の全米No.1ヒット「Uncle Albert/Admiral Halsey」のB面にも収録されました。演奏はアルバム収録のものと全く同じ。なお、「ラム」からのシングルカットは英・米・日各国で曲目が異なっており、このシングルは米国でのみ発売されました。
そして、「ラム」と来て「ラム」マニアなら必携なのが、アルバム「スリリントン」ですね(苦笑)。このアルバムは、パーシー・“スリルズ”・スリリントンなる人物が「ラム」の収録曲全曲をオーケストラ・アレンジでカヴァーしたインスト・アルバムで、1977年に発表された謎の作品です。しかし、実はこのアルバムはポールの作であり、スリリントン氏はポールの変名でした。さらに、録音は1971年に既に済ませていたというから驚きです(ポールの版権会社・MPLのカタログ数増産のために発売となったらしい)。アレンジをつとめたのは『The Long And Winding Road』『My Love』なども手がけたリチャード・ヒューソン。ちなみに後年CD化もされていますが、現在は廃盤となっておりレア・アイテムです(ちなみに、私も持っておりません・・・)。「ラム」と同じ曲順で収録されているため、この曲はここでも冒頭を飾っています。最初は誰のものか不明なざわめきが入っており、やがて演奏が始まるという構成なのが印象的です。オーケストラ・アレンジのため、ヴォーカル・パートやギター・ソロはブラス・セクションがメロディを再現していますが、これが何ともいい味であるのです。抑揚ある展開や、だんだん明るくなる演奏、ドラムロールのようなドラミングはそのままです(ドラムパターンはかなり忠実)。随所にはエフェクトのかかったコーラスも入っていて、オリジナルと同様に盛り上がるエンディングはこれが混沌とした味を引き出すのに一役買っています。「スリリントン」は入手が困難ですが、「ラム」の完成度の高い音楽性をオーケストラで見事再現できているので、特に「ラム」好きの方ならぜひチェックしてみてください。
また、最近になってもこの曲に関して動きが見られました。まず、2001年のベスト盤「ウイングスパン」に収録されたことです。シングル発売されたわけでもなく、別段有名でも人気でもないこの曲が、DISC 2「HISTORY」サイドに収録されたのです。「HISTORY」サイドは事実上ポール自身のお気に入りを集めた選曲なのですが(本来は「ウイングスの歴史上重要な曲」という名目)、この曲を収録したのはジョンを意識してか・・・?どうやら単にポールが「ラム」好きだからというだけのようで、深い意味はないようですが。ちなみに、「ウイングスパン」には「ラム」から5曲も選曲されています。ポールは自分のソロ・キャリアでお気に入りのアルバムに「マッカートニー」と「ラム」を挙げていますが、家族とのんびり田舎暮らししながら気楽に曲を作ることができたこの時期が一番思い出深いのでしょうね。
2005年全米ツアーでこの曲を演奏するポール。『She Came In Through The Bathroom Window』とのメドレー。
そして、2005年。この年開催されたポールの全米ツアーでレパートリーに加えられ、この曲がついにコンサートで演奏されました!「ラム」当時はコンサートに出ることがなく、その後のウイングスやソロのライヴでも取り上げられていなかったので、実に足掛け34年で実現したライヴ・ヴァージョンです。これはポール・ファンにとってはまさにサプライズ人事(某T幹事長じゃないですが・・・)だったことでしょう。なぜなら、1989年にソロとしてライヴ活動を再開して以降のポールは、ビートルズナンバー偏重型のセットリストを毎度のように組んでいて、ソロ時代・ウイングス時代の曲は1回のコンサートで多くても5,6曲程度しか演奏されないからです。有名なヒット曲でさえ一度もライヴで演奏されていない事実があるというのに(例:『With A Little Luck』『No More Lonely Nights』)、忘れかけられていたかのような(ある種マニアックな)アルバムナンバーがいきなり演奏されたのですから、マンネリ化してきていたセットリストに飽き飽きしていた(苦笑)ポール・マニアにとっては新鮮な選曲だったと言えるでしょう。この点はポールに「グッドジョブ!」と言いたいですね。他は相変わらずですが(汗)。ライヴでは、続いてビートルズ時代の『She Came In Through The Bathroom Window』(この曲も2005年が初演)がメドレー形式で演奏されていますが、2曲ともマニア受けしそうな曲でファンサービスといった所でしょうか。ライヴ・ヴァージョンはかなりオリジナルを忠実にコピーしていて、バンドメンバーの力量に感心してしまいます(演奏もコーラスも)。さらに、この若手バンドらしいパワフルでハードな演奏により現代風にリフォームされオリジナル以上にロックしています。ポールのヴォーカルも年齢を感じさせない艶のあるものでかっこいいです。映像(DVD「The Space Within US」に収録されています)で見られる、ヘフナー・ベース弾きながら歌う姿がいいですね。ただ、イントロで「これはウイングスのファンのために演奏するよ!(This is for the Wings' fans!)」とMCを入れているのが・・・(汗)。[この曲って、ウイングスナンバーじゃなくてポールのソロですよね・・・?ポールも記憶があいまいになってきたか・・・(汗)]なお、この曲と『She Came In Through The Bathroom Window』のメドレーは、その後もカナダ・ケベック市政400周年記念コンサート(2008年7月20日)などでも演奏されており、たまーにセットリストに入るようです。ポールが今でも演奏してくれる数少ないソロ時代の曲なので、一度生で聴いてみたいものです。よってポールの来日を強く希望します(笑)。
実は大変恥ずかしながら、私にとって「ラム」はそれほど好きなアルバムではありませんでした(汗)。取り立てて悪いとも思わないし、かえって名曲揃いだと思うし、今はお気に入りの曲が増えつつあるのですが・・・。このページ執筆当初(2005年)は関心がほとんどありませんでした(汗)。そんな中、昔から今まで「ラム」で一番好きなのはこの曲ですね。普段のポールにはない狂気じみた雰囲気が、演奏・歌詞・ヴォーカルとすべてで炸裂していて痛快だからです。怒りを込めた歌詞だというのに、サビのノリはかなり楽しいです。やはり、ほのぼのした「ラム」の雰囲気がそうさせているのか・・・?あと、エンディングも忘れてはいけませんね。あれは楽しい(笑)。ジョンにとってはちっとも楽しくない曲だったかもしれませんが・・・(『How Do You Sleep?』を書くほどですし)。最近思い出したかのようにライヴでやってくれるのがちょっとうれしいですね。『Mrs.Vanderbilt』もそうですが、この調子でポールのライヴにもウイングスやソロ時代の曲がどんどん復活してゆくことを願わんばかりです。「ラム」だけ取ってもファンが「演奏してほしい!」と思っている曲はいっぱいあるはずです。
そういえば、最初聴いた時からずっと思っていたことなのですが、この曲の雰囲気や構成、そして詞作が、ビートルズ時代にポールがジョンと共作した『Baby You're A Rich Man』(1967年)に似ていると思いませんか?サビとメロで抑揚のついたアレンジ(ヴォーカルスタイルがまさしく!)とか、人を揶揄するような歌詞とか、ちょっと大げさっぽいコーラスとか・・・。『Baby You're A Rich Man』も独特の狂気ぽさが出ていて楽しい曲なのですが(ちなみに個人的に屈指のお気に入りのビートルズナンバーです!)、まさかポールはそれに似せて作ったとか・・・?もしそうなら、ジョンも一緒に書いた曲を元にして仕返すなんてジョンに対する痛烈な皮肉ですね。
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「大海原への航海」。これは名曲ですね!お楽しみに!
(2009.10.29 加筆修正)
(左)アルバム「ラム」。ジョン・レノンへの非難と思わせる攻撃的な詞作が多い反面、のどかでアコースティックな田舎風味が心地よい、ファンに人気の1枚。
(右)ベスト盤「ウイングスパン」。「ラム」からの選曲が多いのは興味深い所です。