Jooju Boobu 第70回

(2005.11.07更新)

Frozen Jap(1980年)

 最近はシングルナンバーが多かった「Jooju Boobu」ですが、今回はまたマニアックに戻ります。だって、インストなんですから!既にマニアックなインストをこのコラムでも紹介してきていますが(笑)、今回紹介する曲は、ポールがビートルズ解散以降のソロやウイングスのキャリアで書いた一連のインスト作品の中では最も有名かもしれません。まぁ、有名といっても世間一般に認知されているわけでなく、あくまでもファンの間では、という話なんですが・・・(汗)。そして特に、我々日本のファンにとってはこの曲はインストと言えども大きな関心事であるはずです。それはそのはず、実は今回紹介する曲・・・ポールとしては珍しく「日本」を意識したものなのですから。と来れば、そう、皆さんもうお分かりでしょう?

 今回は、'80年代ポールにとって初の作品となったソロ・アルバム「マッカートニーII」(1980年)に収録された、その名も『Frozen Jap』を取り上げます。ポールの曲をあまり知らない初心者のファンの方なら、「あのポールが日本を題材にした!?」という驚きと共に、ポールと日本の意外な接点に喜ぶことでしょう。しかし、この曲の裏事情をよく知るファン、特にリアルタイムでこの曲を聴いた人にとっては、この曲の存在は非常に複雑なものとなっているのです(汗)。それは、ポールが起こした有名な「あの事件」が背景にあるのですが・・・。どうしてこの曲がいわくつきの問題作になってしまったのか?その理由も含め、今回はポールにとって異色の作となった、日本を意識したこのインストについて語ってゆきたいと思います。

 この曲を語る上で、もう欠かせない事件があります。ポール・ファンなら、特に日本のファンなら大抵の方が知っている衝撃的な出来事です。1980年1月16日。その日付を克明に覚えている方も多いことでしょう。この曲の魅力を触れる前に、この曲と切っても切り離せないその一大事件についてまずは説明しつつ、ポールと日本の関係を見てゆきましょう。我々日本のファンにとっては、大変興味深い内容であります。

 ポールが初めて来日したのは1966年。ビートルズのワールド・ツアーの一環でコンサートをしにやって来ました。そう、かの有名な武道館公演です。この時の日本での反響についてはいろいろなエピソードが語り草になっていますよね。武道館の使用を巡っての議論や、前座に登場した当時の日本の売れっ子ミュージシャンたちの話など・・・。ポールは、分刻みの過密なスケジュールと厳重な警備体制が印象に残ったと述懐しています。また、日本で見た警官の持つ銃をヒントに同年のビートルズのアルバムが「リボルバー」というタイトルになった・・・という説も残っています。しかし、ビートルズはその後ライヴ活動を停止するためポールと日本との接点はしばらくなくなります。逆に、ポールの相棒であったジョン・レノンの方が日本人であるオノ・ヨーコと結婚してから日本に大きな関心を抱くようになり、ビートルズ解散後にはしばしば私用で来日するようになります。それでは我らがポールはといえば・・・、次にポールが日本に接近するのは1975年のことです。ビートルズ解散後に結成したグループ、ウイングスが大成功を収め、いよいよワールド・ツアーに乗り出していた頃でした。かの有名な絶頂期ラインアップを引き連れて、英国・オーストラリアと足を伸ばしてきた一連のツアーの地にポールが次に選んだのが、日本だったのです。ビートルズ解散後、ウイングスとしては初の日本公演ということで、ファンの間では大きな期待が膨らみました。コンサートは11月19日から21日までの3日間、日本武道館で開催される予定でした。しかし、これは「予定」に終わってしまいます。そう・・・、実はこの時日本公演は実現しませんでした。なぜなら、来日1週間前になって突然ポールの入国許可が取り消されてしまったからです!その理由は、ポールが以前大麻所持で逮捕された経歴があるから。いったん許可しておいて、この措置とは当時の法務省もシビアすぎる感があります。まして、逮捕歴は日本国外での出来事だというのに・・・。ポールも、非難声明を出して仕方なくそのまま休暇に出てしまいました。一応、日本のファンへのお詫びとして『Bluebird』の弾き語りを録り下ろしたヴィデオを作り、テレビで放映されたようですが・・・。法務省の冷淡な決定のため、ここで一時ポールの来日公演はお預けとなり、おかげで絶頂期ウイングスのステージを日本で見ることはかないませんでした・・・(汗)。

 そしてそれから5年の歳月が経ち、いよいよ運命の時がやって来ます。1980年、ウイングスはメンバーも入れ替わり新たなスタートを切っていました。昨年末には英国ツアーと「カンボジア難民救済コンサート」を敢行し勢いをつけ、再びワールド・ツアーに出るのも時間の問題でした。そして新年早々、ポールがウイングスの海外ツアー最初の地として選んだのが・・・日本でした。5年前に直前で入国できずコンサートを断念せざるを得なかった、ポールにとっては悲願の日本公演です。コンサートは1月21日〜2月2日の間に東京・名古屋・大阪で全11公演が開催されることが決定し、ツアー・プログラムも作成されました。ウイングスはリハーサルを重ね、日本での演奏初披露に備えました(この時の映像はなぜか流出しブートで見ることができる)。5年間「生ポール」をお預けにされていたファンにとっては前回以上に期待の膨らむニュースは大きな話題となり、チケットは完売。わくわくしながらポールの演奏を堪能できるその日を待ちわびました。

 そして、運命の日。1980年1月16日・・・ポールはウイングスのメンバーや家族と共に成田空港に降り立ちました。久々に日本の地を踏み、笑顔で報道陣の熱烈な出迎えを受けるポール。ファンもたくさん空港に駆けつけ、歓迎ムード漂う中、すべてが順調に行くように見えました。しかし、そのポールは何時間経ってもみんなの待つ場に姿を現しませんでした。その間、ポールには信じられない事件が訪れていたのです・・・。税関の手荷物検査で、ポールのスーツケースの中に悪びれなく入っていた、そのものとは・・・!?

 219グラムのマリファナでした。5年前にこれが理由で来日許可が取り消されたというのに、ポールは何を考えていたのやら・・・。しかも、今度は入国を拒否されたのみならず、大麻不法所持のかど(大麻取締法違反)で現行犯逮捕されてしまったのです!そう、これこそポール・ファンの間で有名な日本での逮捕劇です。ポールは早速身柄を拘束され、東京・中目黒の関東信越地区大麻取締官事務所に移送されました。このショッキングなニュースは瞬く間に世界中に広がり、驚きと共に報道されました。このような状況では当然ながらウイングスの日本公演は中止(1月17日発表)。日本のファンは、1975年に続いて再びポールのコンサートをお預けにされてしまいました。まさかの逮捕という形で待望のライヴがなくなってしまったファンの悲しみは計り知れません。拘置所や武道館の周りには毎日のようにファンが集まり、歌を歌って泣きながらポールの釈放を求めました。ウイングスのメンバーは帰国してしまい、愛妻リンダのみが日本に残りポールを見守りました。一方ポールは、毎日のように麻薬捜査本部に連行され、事情聴取を受けていました。そして、日本の監獄生活を味わった数少ない海外ミュージシャンとなります。あのポールが留置場生活、しかも日本で!という事実は本当に衝撃的です。ポールによれば、独房では言葉の通じない日本の囚人と適当な単語をお互い言い合って打ち解けるなど、思ったほどに悪い印象ではなかったようで、結構楽しんでいたみたいです(苦笑)。結局ポールは10日間に及びこの拘留生活を送りました。そして1月25日、起訴猶予となったポールはようやく釈放されました。それもつかの間、ポールは英国への強制送還が決定し、その日のうちに成田空港から飛び立ってゆきました。こうしてポールは一度も演奏することなく去ってゆき、またしても日本公演は幻となりました。

 「看守もよくしてくれたし、みんな親切だったよ」とコメントしていたポールですが、英国に戻った後は自宅に引きこもってしまいしばらく公の場から姿を消します。いくら楽しいこともあったとはいえ、やはりそこは留置場。言葉の通じない極東の島国で10日間も監獄生活を送ったことは、ポールに大きなショックを与えたのでした。まぁ、そうなった原因は大麻を持ち込んだポールにあると言われても仕方ないんですけどね(汗)。当時は「陰謀説」もささやかれていましたが・・・。また、ポールの逮捕事件は世界にもショックを与えます。特に日本のファンのショックは大きく、ポール来日の暁には共にレコーディング・セッションを行う予定だったYMOがポール逮捕のニュース速報を挿入した『Nice Age』という曲(アルバム「増殖」収録)を発表したり、コントユニットのスネークマンショーに痛烈にパロディされるなど、日本ではマスコミも大々的に取り上げる大きな話題となりました。また、コンサートが中止となったウイングスも逮捕事件により活動休止、日本公演の後予定されていた全米ツアーもおじゃんとなり、結局は目立った活動もなく自然消滅してしまいます(おかげでウイングス最後のライヴは「カンボジア難民救済コンサート」に・・・)。ウイングスのデニー・レインは、この逮捕劇に触発され、嘆き悲しむ日本のファンを題材にした『Japanese Tears』という曲を書き同名のソロ・アルバムで発表しました。

  

1980年1月16日、成田空港にて大麻不法所持の現行犯で逮捕されたポール。

 こうして引きこもり生活をしていたポールですが、しばらくして重い腰を上げ活動を再開させます。それが、ポールにとっては久々のソロ・アルバム「マッカートニーII」の発売でした(1980年5月)。元々はポールがお遊びで録音し個人的に聴くために制作した作品群でしたが、友人からの勧めもありポールは引きこもっている間にしっかりしたアルバムに仕上げたのです。「マッカートニーII」は、ソロ・デビュー作「マッカートニー」を意識したかのようにすべての楽器をポール1人で演奏した自宅録音の曲で占められていることと、当時流行の最前線であったテクノ・ポップに大きな影響を受けた無機質な作風が随所で登場することから、これまでのポールの作品に比べると明らかに異色でした。普段のポールを想像して聴くと「えっ?」となるような、ポールらしからぬスタイルが展開されるアルバムでしたが、久々のソロ・アルバムということと、逮捕事件後ということで話題となり、英国1位・米国3位とその内容としては異様な程の好セールスを記録したのでした(今から考えるとちょっと信じられませんが・・・)。もちろん、来日公演が消えてしまった日本のファンも喜んでアルバムを買ったことでしょう。抽選で4万人に幻となってしまった日本公演のプログラムが当たるという特典もあり、ファンはポールの新譜に癒される・・・はずだったのですが。

 「マッカートニーII」に、日本で大きな物議をかもすことになった曲が収録されていたのです。そう、それこそ今回ご紹介するインスト・ナンバー『Frozen Jap』です。みんなが注目したのは、そのタイトルでした。タイトルを直訳すると「凍った日本人」。まるで日本人が冷淡かの印象を与えかねない「Frozen」という形容詞がついています。そして、「Jap」といえば言わずもが・・・、英米では日本人への蔑称として使われている言葉。日本人が目に、耳にしたくない言葉です。それが堂々と曲のタイトルを飾っているのです。まして、1月にポールが日本で逮捕されるという事件があったばかり。誰もが、この曲から逮捕事件を連想し、そしてそこからポールの日本への恨みを連想してもおかしくない話です。さすがに、日本ではポールの指示によりタイトルが「Frozen Japanese」に変更となり、日本語表記も「フローズン・ジャパニーズ」として発売されるという配慮がされましたが、それも火消しとはならず、日本では深刻な問題となりました。さらに、同じアルバムには監獄を思わせるタイトルの『Darkroom』という曲が収録されたことも問題視されました。私は残念ながらこの時代生まれておりませんので(汗)どういった論議がなされたのかは後追いで知るしかないのですが、「自分で大麻を持ってきたというのに、恨みを抱くなんてけしからん!」という論調だったのでしょう。さらに、ポールは当時の日本のテレビ番組「ワールド・ナウ」での独占インタビューの中で、自分が大麻を持参した非を認めつつも、「大麻はそんなに悪いものではない」「すべてが僕のせいじゃない」という風な発言をしています(釈放された頃は「日本の法律がそんなに厳しいとは知らなかった」と言っていましたが)。これには賛否両論分かれそうですが、こうした不用意な発言もあり、『Frozen Jap』とポールの印象はファンも含めて日本人にとって悪いものとなってゆきます・・・(汗)。

 しかし、意味深すぎるタイトルのこの曲に関して、ポールは当時から「恨みで作ったんじゃない」と話しています。これは、先の「ワールド・ナウ」の独占インタビューでも真っ先に曲の真意を聞かれて答えていますが、「Jap」という言葉を使ったことに関して、「英国ではそんなに悪い意味じゃない。軽い気持ちで使っただけ」と弁解しています(その根拠としてヨーロッパには「JAP」という名のブティックもあると説明している)。また、1990年の別のインタビューでは「英国人らしいタチの悪いジョーク」だと言っています。また、『Frozen Jap』というタイトルになったことについては、曲想を冬の富士山のイメージから思いついたことに由来する、と語っています(日本の絵葉書をイメージしたらしい)。それで、とにかくその雰囲気をタイトルに書きとめようと、あまり長い名前にならないように考慮しつつ適当に記したのが、「Frozen Jap」だった、と。つまり、「Frozen Jap」は即席で作った仮題だったらしいのです。ポールいわく「Frozen Landscape」でもよかったとのこと。しかし、ポールは「Jap」が悪い意味を含有しているとは深く考えず、結局は仮題が採用されたそうです。さらに、インタビューでポールは「偏見があるんだったら、日本になんか行かないし、悪口だったらちゃんと言うよ」と付け加えています。

 これらの弁解がどこまで本心なのかはポールのみぞ知る所ですが、1つだけ確かなことがあります。インタビューでもポールが語っているように、実はこの曲、日本での逮捕事件以前に既に作られ、完成していたのです。つまり、日本で逮捕されたことに腹を立てて書き上げたわけではないのです。というのも、「マッカートニーII」のセッションは逮捕事件の半年前に当たる1979年夏に行われていたからです。今でこそ誰もが知っていることですが、「マッカートニーII」は元々、ウイングスの活動に停滞感を感じたポールが、グループが活動を休止させた1979年夏に自宅に引きこもって気ままに録音したデモ音源です。それは、収録曲『Coming Up』が1979年末の英国ツアーで披露されていることからも明白。当初ポールは先述のように「マッカートニーII」を発表するつもりはなく、そのまま放置していたのですが、年が明けて一転して発表しようと思い直します。そんな経緯があって、本来1979年には存在していた『Frozen Jap』が、たまたま逮捕事件後に世に出ることとなってしまったわけです。録音した後に偶然にも逮捕劇が起きたがために、この曲はあらぬ疑いをかけられることとなってしまったのです・・・。曲にとっては本当不運ですね。ということで、ポールの「恨みで作ったんじゃない」という主張は正しいと思われます。ただし曲が歌詞のないインストゆえに、元々はもっと別のタイトルで、逮捕後に怒って『Frozen Jap』と名づけたと考えることも、できなくはないのですが(苦笑)。ここら辺は各自がポールを信用するかしないかにかかってきますね。それにしても、ポールの主張が正しいにせよ、この曲は変なタイミングで発表されてしまったものです。逮捕を受けて自粛すれば、あるいはタイトルを変更すればよかったのに・・・。ポールのプライドがそうはさせなかったのでしょうか。「Frozen Landscape」か「Mt.Fuji」みたいなタイトルだったらよかったのかもしれません。最低でも「Frozen Japanese」であれば・・・。おかげさまで、この曲の印象は日本人の間では芳しいものではなくなってしまいました。もしポールの弁解が正しかったら、こんなにもったいないことはありません。折角日本を意識して書いた曲なのに・・・。ましてインストなので、歌詞でポールの心情を把握できない、ポールの真意が全く伝わらないという結果を招いてしまいました。もうちょっと気を配ってリリースしていたら、要らぬ誤解を受けずに済んだのに・・・と、ちょっと残念に思います。一応日本盤「マッカートニーII」には日本のファン向けのメッセージを書き添えたそうですが・・・。

 1980年の逮捕事件を受けて、ポールは入国管理局のブラック・リストに登録されてしまい、二度と来日できないか・・・?と思われていました。しかし、文化的貢献を評価され大目に見てもらい、その後3度に渡ってポールは来日を果たしています。1990年に今度はソロ・アーティストとして悲願の来日公演を達成し、多くのファンに歓迎されたのは周知の通りですね。1993年、2002年にも来日公演を行っています。ポールも決して日本は嫌っていないそうで、アルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」の来日記念盤が出たり、「ウイングスパン」「裏庭の混沌と創造」「追憶の彼方に」といったアルバムには日本のみのボーナス・トラックがついたりと、日本のファンへのサービス精神も忘れていません。まずは、一安心ですね。ポールも喜んで「モウカリマッカー?」とか関西弁の真似していますし(笑)。その反面、『My Brave Face』のプロモ・ヴィデオで日本人コレクターが逮捕される話を作ったり、「僕を素直に入国させてよね」と言うかのように『Let 'Em In』を日本で「特別に」演奏したりと、相変わらず配慮のない面も見せています(汗)。

  

当時の日本のテレビ番組「ワールド・ナウ」の独占インタビューより。この曲についてかなり詳しく語っています。

 ・・・さて、逮捕事件の話とタイトルのエピソードが長くなってしまいましたが、ここからは純粋に『Frozen Jap』という曲そのものについて語ってゆきます。

 ポールがインストを発表することはソロになって以降ちょくちょくありますが、「マッカートニーII」にもこの曲と『Front Parlour』という2曲のインストが収録されています。さらに、同じ「マッカートニーII」セッションでは他にもいくつか未発表のインストが残されています。ポールのインストはほとんどが、即興で作られ気ままに録音されたものであり、それゆえに完成度も高くなく未発表になったりシングルのB面に追いやられたりする例が多いのですが(「マッカートニーII」期の未発表曲がまさにそれ!)、この曲は一連のインスト作品でも比較的しっかりした構成・演奏をしており、聴き応えがあります。アルバムに収録されたのも納得ですね。さすがにいつもの完成度の高いアルバムにぽんと放り込まれたら違和感がありますが・・・(汗)。

 さて、「マッカートニーII」セッションについては先程2つばかり特徴を挙げましたが、この曲にもこの2つの特徴が見事反映されています。1つずつ見てみましょう。まず、テクノ・ポップに影響を受けている点。これは既に『Temporary Secretary』『Check My Machine』『Darkroom』などの項で既に似たような話をしていますが、自宅にこもって制作した「マッカートニーII」でポールは「何か新しいことをしたかった」と語っているように、従来のアプローチとは違う切り口で音楽を作りたいと思っていました。そこでポールが目をつけたのが、テクノ・ポップです。ニューウェーブやパンクなどめまぐるしく新たなスタイルが台頭してきた'70年代末ですが、そんな中テクノ・ポップも流行の最前線として世界を席巻しつつありました。ポールは昔から今まで、しばしば最先端の音楽スタイルを自分の音楽に取り入れることがありますが、ここでも案の定テクノの斬新性に心を奪われ、早速自らの実験精神と融合させてしまったのです。シンセサイザーの多用、一定のリズムを刻む打ち込み風のドラムス、ヴォコーダーを意識したかのようなヴォーカルのエフェクト・・・。ポールはテクノのエッセンスをこの引きこもりセッション(笑)の随所に散りばめたのでした。これが異色のアルバムと呼ばれるゆえんとなるのですが、『Frozen Jap』にもそうしたテクノへの飽くなき挑戦が色濃く表れています。この曲に関しては、当時テクノ・ポップの牽引役であったYMOの演奏をテレビで見た数日後に録音を開始したそうで、直接影響があったのは確かでしょう。くしくもYMOは日本人であり、逮捕事件の際にはポールとのセッションを予定していたグループであり、さらには『Nice Age』を発表しています・・・。YMOに影響されて『Frozen Jap』ができ、ポールの逮捕事件を受けて『Nice Age』ができる・・・。すごい奇遇ですね。

 しかし、そんな本場テクノ・グループのYMOのようにいかないのがまたポールの短所であり長所であります。というのも、テクノ・ポップに影響されて出来上がった曲を聴いても、それは本物のテクノとは呼べないレベルなのです(汗)。ポールが「これはテクノ・ポップだ!」と豪語したら、テクノを愛聴するリスナーの袋叩きに遭いそうです。そのくらい、YMOとポールとでは差があるのです。言ってしまえば、ポールの方はテクノもどきです。これは、ポールがテクノが何たるかをよく知らず「シンセを入れて、ドラムパターンを一定にしたらテクノっぽくなったよ!」と満足してしまっているのも要因ですが・・・、いくら最先端の音楽に影響を受けても、それを吸収する際にポールなりの解釈を加えることで本場とは一味違うオリジナリティあふれるいわば「マッカートニー・ミュージック」に出力してしまう、というポール特有の癖が起因しています。つまり、いくらテクノを作ろうたって、ポールにかかったらテクノにはならないんですね。あくまでテクノの、他のどこにもない「マッカートニー・ミュージック」になるのです。これは、ポールの一種の長所でしょう。

 そんなわけで、この曲もまたテクノもどきのスタイルに仕上がっています。それを際立たせる要因が、「マッカートニーII」のもう1つの特徴・・・つまりすべての楽器をポール1人で演奏するというワンマン・レコーディングです。いくらマルチ・プレイヤーのポールとはいえ、1人で録音するのと何人かで集まって録音するのとではノリも迫力も違います。まして、斬新なテクノ・ポップを1人で再現しようとするのですから、無理が生じるのも否めません。この時点で本場テクノに劣ってしまいます(苦笑)。さらに、実験的なレコーディングとは言いながら、実は「マッカートニーII」セッションではほとんどコンピュータ・プログラミングを使用していないのも特徴です。これは元来アナログ人間であるポールゆえですが、この曲でもほぼすべての楽器がポールの生演奏です。これを人工的で非常に複雑に作りこまれた本場テクノ・サウンドと比べるまでもないでしょう。ポールの方が明らかにチープです(汗)。よくできたデモ・テープにしか聞こえないほどです。そして、さらにこの曲をチープにさせているのが録音環境。ポールはこのセッションでは自宅をスタジオ代わりにしています。これだけでも本格的なレコーディングと性質を異にしているのは明らかですが、その上にポールは普通24トラック使う所を16トラックに抑え、なんとミキシング・コンソールも不使用。これでは本場テクノと雲泥の差が出るのは当然でしょう!

 この曲の演奏を見てみると、重厚そうに聞こえる割には、実は非常に使用されている楽器数は少ないです。本場のように作りこまなかったポールらしいです。曲のほとんどはシンセでできていて、この点はテクノを意識したでしょう。逆にギターやベースは使用されていないと思います(ですよね?)。基礎となる低音パートは無機質気味なシンセ。その上に、高音のシンセがメロディを奏でるという構図です。高音部はクリスタルのように透き通った、ひんやりとしたイメージがあり、これがポールの言う「雪の積もった富士山」のイメージなのでしょう。確かに、音色に聴きほれながら目を閉じれば冬の富士山が目に浮かんできそうです。我々日本人なら想像しやすいですね。で、そのメロディが意外と印象的で、ポールらしくキャッチーです。何回か聴けば頭にこびりつきます。後半輪唱ぽくなるのも面白いです。ちょっとエスニックさも携えたメロディはポールいわく「東洋風、アジア風」とのこと。確かにそんな感じに響きますが、今ひとつ題材となった日本風に聴こえない辺りが「西洋人から見た日本のイメージ」といった趣が出ていて面白いです。「サムライ、フジヤマ」といった先入観ですね(笑)。実は、先に触れたデニー・レインの『Japanese Tears』も歌詞に合わせてアジアン・テイストにしていますが、思い切り日本を曲解した中華風のサウンドがホントに笑えます(笑)。ある意味ポール以上にぶっ飛んでいます。こちらは入手困難ですが、日本のポール・ファンは一度聴いても損はないでしょう!

 ・・・脱線しました(汗)。ポールはこの時期、YMOの影響かは知りませんが東洋風のメロディやアレンジを含んだ実験的な曲を結構残しています。例えば『Check My Machine』が日本のお囃子に似ているとか(笑)、『Darkroom』のコーラスとか、ワールド・ミュージックの匂いも漂う『Secret Friend』とか。もしかして、これらを録音した当時から日本公演を予定していて、それで東洋っぽい曲を書いていたのか・・・?そして、シンセ以外はなんとドラムスしかありません。それほど実は薄っぺらい音作りなんです。ここで聴かれるドラミングは、当然ポールの生演奏。しかし、ここでは気迫たっぷりの力強い演奏で打ち込みドラムぽさを出しています。ほぼ一定のパターンで統一されているのも効果的です。この点は、同時期の他の曲にはない魅力です。ポールの自信ゆえか、途中にはドラムソロまでフィーチャーされています(YMOを意識した?)。これがなかなか聴き応えあってまた痛快なのです。ポールのドラミングもよしあしですな、本当に。突如終了するエンディングも、力強さをアピールするフィルインで締めくくります。なおポール、この曲のように力強いドラムビートを生み出すために、キッチンで録音したそうです・・・。そんなドラミングを強調するかのように、途中では固めの手拍子も入ります。これがまたいいアクセント。それと、ノイズみたいな音も入りますが、これだけは人工的に作ったものかもしれません。

 さて、この曲にはアウトテイクが発見されています。いや、厳密に言えば、完全版が発見されています!「マッカートニーII」は、実は当初2枚組になる予定で、ポールがアセテート盤にテスト・プレスをしていたほどだったのですが、レコード会社の反対やセールスを考慮したことなどもあり結局現在の1枚組の形に収まりました。その際、何曲かはオミットされてしまい収録曲はご存知の11曲となるのですが、さらにその11曲のうち数曲は一部を編集して短くした上で収録されることとなりました。その曲とは、『Coming Up』『Front Parlour』『Darkroom』、そしてこの曲『Frozen Jap』です(他にシングルB面となった『Check My Machine』も公式発表にあたって短くされている)。つまり、現在普通に聴ける『Frozen Jap』は、エディット・ヴァージョンなのです。その完全版は、なぜかテスト・プレスのアセテート盤が流出してブートとなっており、「The Lost McCartney Album」などのブートで入手できます。なお、当初はこの曲、アナログ盤1枚目のA面2曲目という極めて目立つ位置に収録されていました。しかも、前がインストの『Front Parlour』、次が歌にもなっていないお遊び『All You Horseriders』(未発表)、さらにその次が長い長いインスト『Blue Sway』(未発表)と、「ポール、ホントに発表する気だったの?」と耳を疑いそうな曲順です(笑)。

 公式発表版の演奏時間は3分半ですが、なんと完全版は5分半もあります!・・・といっても、カットされた部分も基本的には公式で聴ける部分と似た演奏なので、別段完全版であっと驚く点もないのですが(汗)。編集ポイントは4箇所あります(私もそんなにこの曲をじっくり聴いていないので間違っていたらごめんなさい・・・)。まず、メインメロディが2度目に登場する部分(公式発表版の1'00"付近)で、ここは実はもう1節あったものがカットされています。その中には、短いながらもドラムソロも登場し、完全版は元々2度ドラムソロがあったことが分かります。続いては公式発表版で聴ける唯一のドラムソロ(完全版では2度目のドラムソロ)。これ、実は編集で短くなっており、実際にはもっと長く演奏が続いているのです!これはちょっと驚き。公式発表版のドラムソロが10秒ほどで終わるのに対し、完全版は全長20秒ほどです。続いて、シンセのメロディの輪唱が始まる箇所(公式発表版の2'22"付近)。この部分も実際は若干長く、輪唱がもう1度登場します。そして、その後もメインメロディが登場する箇所(公式発表版の3'10"付近)でもう1回分メインメロディが抜けています。このように、公式発表にあたってはかなりカットされていますが、5分半も似たような演奏、しかもインストが続くとさすがにだれてしまうので、カットしたのは正解だと思います。まして、当初の2枚組ヴァージョンの曲順で聴かされたら・・・。蛇足ですが、ブートで聴ける2枚組ヴァージョンは、私のように相当「マッカートニーII」が好きでないとついてゆけません(苦笑)。

 という所で、この曲については一通り語りつくしたと思います。ほとんど逮捕事件の話でしたが(笑)。さて、「Jap」の1人である私はどう感じているかと言いますと・・・。私は1984年生まれのため、逮捕事件を知りません(汗)。生まれてすらいません・・・。さらに、ポールが日本で逮捕された事実も、ビートルズ・ファンになって以降も知らずにいました。なので、最初に「マッカートニーII」を手にしてタイトルを見た時にはたまげてしまいました。だって「Jap」ですよ!?しかも「Frozen」とくる。日本との接点を知ったのはよかったのですが、ポールがまさか日本を侮蔑しているなんて・・・。どんな歌詞をしているのか、きっと辛らつで耳を覆いたくなるような皮肉を繰り広げているんだろう・・・と思い描いていました。結局インストだったんですけど。その後、「マッカートニーII」のライナーノーツで逮捕劇について知り驚き、さらにこの曲に対するポールのコメントを知ります。リアルタイム世代はじめ一部ファンの方は時代背景ゆえにこの曲を好きではない人が多いかもしれませんが、私は後追い世代ということもあり案外すんなり曲を楽しめています。ポールの言い分もそこそこ納得できますし(「大麻は悪くない」「日本の法律見直した方がいいんじゃないかな」はちょっとどうかと思いますが)。日本との接点があることをポジティブに受け止めています。「マッカートニーII」自体かなりの頻度で聴くお気に入りのアルバムですし(マニアック!)。ポールの作ったインストの中では屈指のお気に入りです。ただ、ちょっと配慮が足りないリリースだったとは思いますね、時期が時期だけに・・・。その後3度来日しているポールですが、次に来日公演があった暁には特別にこの曲を演奏してくれないかなぁ・・・(笑)。実はポール自身インタビューで「ウイングスの日本公演でやる予定だった」なんて言っていますし。今からでも遅くないですから!あ、でも実際やったらブーイングも起きるかな・・・。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ジョンへの非難?」。お楽しみに!

 (2009.10.18 加筆修正)

アルバム「マッカートニーII」。日本での逮捕事件直後に発表された、テクノ・ポップに影響を受けたワンマン・レコーディングによる異色のソロ・アルバム。

Jooju Boobu TOPページへ