Jooju Boobu 第68回

(2005.10.30更新)

Baby's Request(1979年)

 今回の「Jooju Boobu」は、ウイングスのラスト・アルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」(1979年)の最後を飾るナンバー『Baby's Request』を語ります。ラスト・アルバムのラスト・ナンバーということで、本当にウイングスの最後の最後というわけです。そんなこの曲、ポールそしてウイングスが「ロックへの回顧」を目指して制作した「バック・トゥ・ジ・エッグ」でも珍しくバラード系の作品です。そして、さらにポールがお得意とするジャズ風の作風も併せ持った曲です。また、数々のエピソードを持つことでも知られています。この曲にはどんな魅力があるのでしょうか?今回いろいろと触れてゆきたいと思います。前回までのマニアックな流れとはちょっと違う曲ですので、そちら方面を期待されていた方、すみません!(そんな方がいるかどうか疑問ですけど・・・)

 それではまず、この曲が発表されることとなったウイングスのアルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」について今一度ざっと復習してみましょう。既に『Getting Closer』『Old Siam,Sir』などを紹介しているので重複にはなりますが・・・(汗)。話は1978年春に遡ります。この頃前作に当たる「ロンドン・タウン」を発表したウイングスは当時再び3人編成となっていました。そこで、「ロンドン・タウン」発表前後に、新たなメンバーを増やします。ポールの相棒、デニー・レインの紹介を経て、ギタリストのローレンス・ジュバーと、ドラマーのスティーブ・ホリーが加入したのです。これにより、何度となくメンバーチェンジのあったウイングスは新たに生まれ変わります。そしてポールは、早速この新生ウイングスと共にニュー・アルバムを制作します。これが「バック・トゥ・ジ・エッグ」でした。新たなメンバーを迎えての作品ということや、ポールの創作意欲が高まっていた頃だったことから、新作はポールが相当の自信を持って完成への道をたどります。毎日のようにアグレッシブなレコーディングが繰り返され、期間中には'70年代のロック・スターたちとのビッグ・セッション「ロケストラ」が実現するなど、絶頂期ウイングスにも負けず劣らずの勢いで事は進んでゆきました。ポールのアルバムとしては初めて共同プロデューサーを設け、ピンク・フロイドやロキシー・ミュージックなどでおなじみのクリス・トーマスを迎えていることも、そうした意欲の表れでした。こうして完成したポールの自信作は1979年6月に世に出ました。・・・しかし、チャートではなぜか(本当になぜか!)伸び悩んでしまいます。原因不明のチャート・アクションにショックを受けたポールは、ウイングスの活動を停止してしまいます。その後英国ツアーなどはあったのですが、結局新作の出ぬままグループとしてのまとまりを失ったウイングスは1981年に自然消滅に近い形で解散してしまいます。このため、皮肉にもウイングスが生まれ変わって初のアルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」が、ウイングスの歴史に幕を閉じるラスト・アルバムとなってしまったのでした。

 謎の不振の影響で何かと過小評価されがちな「バック・トゥ・ジ・エッグ」ですが、現在はそうした誤った認識も解かれ見直されてきています。「エッグ」の特徴として、ポールがウイングスを活動の原点に戻そうと久々にロック色の濃い作品を大量に録音したことから、迫力のあるハードエッジなロック・サウンドが主流になっていることと、ポールが時代の最先端を鋭く捉えた音楽スタイル・・・つまり当時の流行だったニューウェーブやパンクの影響をもろに受けた作風が目立つことが挙げられ、ポールがいつも以上に「冒険」した曲が多いことが分かりますが、必ずしもそうした傾向一色だったかというと、実はそうでもありません。中には、常のポールらしいメロディアスなバラードもいくつか収録されています。そうした多くは、アグレッシブな曲が多いA面ではなく、普段はあまり注目されないB面に集まっており、『After The Ball/Million Miles』や『Winter Rose/Love Awake』などがその例です。そして今回お話する『Baby's Request』も、このバラード系の部類に入ります。ポールがロックぶりを発揮したアルバムでも、数少ないスローテンポの曲なのです。そして、この曲こそが、冒頭で触れたようにウイングスのラスト・アルバムのラスト・ナンバーです。

 さて、面白いことに、この曲は一連の「バック・トゥ・ジ・エッグ」期の楽曲の中でも一番後になってできたことが裏付けられています。そして、それに関するエピソードがいくつかありますので、ご紹介してゆきます。まず、この曲ができるきっかけになった出来事が起きたのは、1978年夏のことと言われています。既にこの時期、「バック・トゥ・ジ・エッグ」のセッションは開始されており、数曲が録音されていました。そんな合間を見計らって、ポールは家族と共に休暇で南フランスを訪れます。そして、そこで何気なく足を運んだ小さなクラブで(この曲にとっては)運命的な出会いを果たします。クラブで演奏していたのは、ミルズ・ブラザーズというグループでした。音楽に対する感受性の高いポール、彼らの演奏を聴いて何かひらめくものがあったようで、早速それにインスパイアされて翌日には1曲書き下ろします。そう、それこそ『Baby's Request』だったのです。異国の地でのささやかな演奏から、この曲の曲想は生まれたのです。この曲は、ある意味ポールにとって旅の日記のようなものだったのかもしれません。

 ポールは、英国に帰った後、完成させたこの曲を当初はミルズ・ブラザーズに直接プレゼントする予定だったと言います。素晴らしい演奏を聴かせてくれたそのお礼、ということでしょうか。それが実現していたらまた感動的な話だったかもしれませんが、ここで心変わりします。ポールの書いたこの曲を聴いた子供たちが、「パパ自ら録音したら?」と勧めたのです。本当は自身で録音するつもりはなかったポールですが、娘の言うこともなるほど一理あると考え直しました。そして結局の所この曲はウイングスとして録音することとなりました。ミルズ・ブラザーズへの提供があったかは情報がありませんが、もしかしたらそのまま忘れ去られてしまったのかもしれません(汗)。それはそれで残念ですが、逆に思いがけずポールが歌うこの曲が誕生することとなりました。こうした経緯から、実はこの曲、「バック・トゥ・ジ・エッグ」の当初のラインアップにはなかった曲です。実際録音が行われたのは、「ロケストラ」セッション直後の1978年10月のこと。同時期には『Getting Closer』も取り上げられていますが、アルバム収録曲中最後に録音されたことになります。

 これでめでたく「エッグ」で発表される運びとなったわけですが、ここでまた面白いエピソードが生まれます。ポールは、この曲をアルバムに追加収録する代わりに、既に決めていたラインアップから1曲をオミットしてしまいます。急な人事でアルバム未収録の憂き目を見てしまったその曲とは・・・『Cage』です。これを聴いた方はご存知かと思いますが、ポールらしい2つのパートを組み合わせた軽快なポップ・ナンバーです。この『Cage』が元々アルバムの実質的なオープニング・ナンバー(『Reception』と『Getting Closer』の間)として中心人物的存在になる予定だったのに、最終段階で『Baby's Request』に追い出される格好となってしまいました。『Cage』に感情があるとすれば(笑)この曲ほどうれしくない存在はないでしょう。悲しいことに、『Cage』はその後も何度かレコーディングに顔を出すものの現在まで未発表に終わってしまっています(幻の未発表曲集「Cold Cuts」には収録されていますが・・・)。『Cage』の運命を大きく左右してしまったこの曲、いやはや末恐ろしいものがありますな。『Cage』もかなり力が入った自信作ぽい出来なので、ポールは両方収録すればよかったのに・・・。

 こんな感じで、面白いエピソードを携えた『Baby's Request』。ここからはその魅力を語ってゆきます。

  

 この曲は、先述のようにバラードタイプの作風ですが、それだけではない特徴的な作風があります。そう、冒頭で書いたようにジャズ・スタイルが採用されています。それも、'30年代〜'40年代頃をイメージさせる、オールド・ジャズです。古きよき時代、例えれば『Goodnight Tonight』のプロモ・ヴィデオの雰囲気でしょうか・・・。こんな作風になったのは、やはり元ネタのミルズ・ブラザーズの演奏が大きく作用していると思われます(彼らが実際どんな演奏をしたかは不明ですが)。きっとこの曲をほうふつさせるこじんまりした演奏だったのでしょう・・・。同時期にはロックに前傾し、パンクやニューウェーブに影響されまくっていたポールが、他者の演奏に感化されてさらりとジャズ・ナンバーを書いてしまう。これはまさにポールの音楽的な守備範囲の広さを象徴する例であり、昔から今まで一辺倒ではなく様々なジャンルを果敢にかじってきたポールらしい行動です。これだからこそ、稀代のメロディ・メイカーとしてずっと世に君臨し続けることができるのです。音楽なら何に対しても貪欲。本来はそうあるべきとポールが教えてくれるかのような、そんなことを再確認してしまう曲です。

 ポールとジャズの関係については、既にこのコラムでもいろいろお話してきました。元々ロックの洗礼を受ける前はジャズやクラシックを聴いていたというポール。その影響の源がジャズ好きの親父さん・ジムであったことは周知の通りですね。そんなポールは、時折ジャズ・スタイルで往時をしのぶトリビュート的楽曲を発表しています。ビートルズ時代の『When I'm Sixty-Four』『Honey Pie』、ウイングス時代の『You Gave Me The Answer』。相当なジャズ・ファンでないとできない凝ったつくりはポールのジャズ風の曲に本格性を感じさせますが、面白いことにそれらは大抵が陽気なデキシーランド・タイプの曲でした。それこそフレッド・アステアか誰かが飛び出してきそうなイメージです。しかし、同じジャズ・スタイルを取っていても、この曲はそうしたデキシーランドではなく、じっくりしっとり聴かせるバラードになっているのが興味深い所でしょう。明るいジャズも書ければ、味わい深いスロー・ジャズも書けてしまう。ポールのジャズへの敬愛ぶりが伝わってきます。そのため、この曲は他のポール・ジャズとは一線を画したイメージです。そして、これがまた非常にウイングスらしく料理されています。ポールのデキシーランド系の曲は、どうしてもバンド色よりジャズ色が濃く出てしまいある種の癖があるのですが、この曲では不思議とそういうことがありません。つまり、この曲はジャズでありながらウイングスにマッチしているのです。

 その秘訣はポールが常日頃書いているバラードに近いことも挙げられますが、大きな理由があります。それは、この当時のウイングスがジャズ演奏に適したラインアップだったからです。ジャズを心得たメンバーによって録音されたから、ウイングスのカラーから逸脱しないでいるのです。アルバムの他の楽曲と並べて違和感がなく、浮いたように感じられないのがその結果でしょう。そんなジャズに精通したメンバーの1人が、「エッグ」で新規加入したローレンスです。実はローレンス、ウイングス加入前はナショナル・ユース・ジャズ・オーケストラに所属し、ジャズはお手の物でした。まさにこの曲なんかローレンスにとっては得意分野だったわけです。実際、この曲ではジャジーなフレーバーが味わえる素晴らしいギタープレイを聴かせています。これが一時代前のウイングスだったら、ジミー・マッカロク。ご存知生粋のハードロック・ギタリストです。雰囲気ぶち壊しとまでは言いませんが(汗)、ジミーだったらローレンスほどこの曲をムーディーに演奏できなかったことでしょう(実際、ジミー在籍時に録音された『You Gave Me The Answer』ではジミーの演奏は目立っていない)。まさに、この時期のウイングスだからこそはまったジャズ・アレンジでした。ウイングス・ナンバーとしてすっと聴けるのはローレンスをはじめとしたメンバーのこなれた演奏あってこそでしょう。ポールのジャズ・ソングはほとんどポールの独壇場になりがちで、それゆえバンド作品の中でも異質さを感じるのですが、ここでは他メンバーもしっかり個性を発揮している。だからしっかりウイングスのカラーを残せているのです。ジャズを会得していたローレンスには感謝ですね。そんなラインアップの後期ウイングスが同時にハード・ロックもタイトにきめているのは本当に面白いです。ポール以外のメンバーにも守備範囲の広さに感服してしまいます。特にローレンスの素養は素晴らしいの一言です。ポールも、「彼の知識とか才能にはまいっちゃうね。バンドの中では音楽の先生みたいな存在だ」とローレンスを一目置いて賞賛しています。さすがセッション・ミュージシャンとしてのキャリアを積んだ方だけある。

 曲は全体を通して非常に静かな印象を持って流れてゆきます。前曲にしてロケストラの演奏による『So Glad To See You Here』の賑やかさとはまるで正反対です。『So Glad To See You Here』でアルバムが終わっても自然だし、元々はその予定だったのですが、あえてこの曲で余韻を残しつつ静かに終わらせる辺りがポールらしい遊び心あふれるひねくれ方ですね。イントロは「ジャーン」といった風なアレンジで始まりますが、この部分もとても控えめです。演奏の中心となるのは、ポールが弾くピアノです。これがいかにもジャズといった感じで、しっかりツボを押さえています。さすがジャズを深く知った人だけあります。そのままピアノ弾き語りなんかもできそうですね。これに負けず劣らずのジャズっぷりを披露しているのが先述のローレンス。トーンを抑えたまろやかなギターフレーズがやさしく全編を包みます。じっくり聴くとそのよさが味わい深くかみ締められます。スティーブのドラムスはほとんどシンバル類しか使われておらず、この点も曲に静けさを与えています。ローレンスはもちろん、スティーブもちゃんとジャズを心得ているのです。間奏には短いクラリネット・ソロがあり、その後トランペットも入りますが、大々的ではなくあくまで控えめなのがいいアレンジです。ジャズ・ナンバーにクラリネット・・・といえば、ポールのジャズ・ソングは大抵がそうでしたね。このように控えめに徹している演奏は、スロー・ジャズの雰囲気がたっぷり味わえます。例えれば、夜のラウンジで生演奏か、ラジオかレコードから流れていそうな雰囲気です。元々のミルズ・ブラザーズよりはまっているかもしれない、そう思うとウイングスには脱帽です。

 ポールのヴォーカルも実にムーディーなもので、ゆっくり丁寧に歌われます。デキシーランド風のジャズもそうでしたが、ポールにこういう曲を歌わせるとホントぴったりはまります。'30年代〜'40年代のシンガーかと錯覚を起こしてしまいそうな仕上がりです。エンディング近くの鼻歌のように軽く流す感じが味わい深く、心地よいです。そして、いつものジャズ・スタイルであればここでポールの独壇場となってしまうヴォーカル面も、この曲ではちゃんとウイングスの他メンバーがバッキング・ヴォーカルを入れています。王道のリンダとデニーの絶妙なハーモニー。このアレンジも、ウイングスらしさもあふれるジャズ・ナンバーにこの曲が成長したことを示しています。中間部はポールとずっと一緒に同じ歌詞を歌い、相変わらず上手いのでした。

  

 興味深いのが歌詞です。この曲の歌詞は、アルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」の流れと絶妙にリンクしているからです。実はポール、元々は「エッグ」をコンセプト・アルバムにする予定でした。かの「サージェント・ペパー」の考案者ですから何も驚くことはないですが。結局の所は道半ばでコンセプト・アルバム化は終わってしまいますが、その断片は随所で発見できます。ポールがアルバムに与えたそのコンセプトは、「夜遅くヴァンに乗ってコンサート会場に向かう過程」でしたが、同時に「ラジオ」をほうふつさせる仕掛けを盛り込み、さながらラジオを聴きつつヴァンを運転しているかのようなイメージを与えてくれます。アルバムのオープニング・ナンバーはラジオの効果音をフィーチャーした『Reception』(「受信」を意味する)で、チューンが合った途端に始まる『Getting Closer』には「カーラジオが歌を奏でる」という一節が登場。アルバム後半には『The Broadcast』(こちらは「放送」の意味)と題された朗読を収録しています。コンセプト好きのポールらしい遊び心がアレンジや詞作に散りばめられていますが、この曲の詞作でもそうした「ラジオ・コンセプト」が生きています。

 タイトル『Baby's Request』は言わずもが「ベイビーのリクエスト」。一体何をリクエストしているのかといえば、それはラジオでかける音楽なのです。そう、この曲では主人公がラジオ局に「お願いだから、僕のベイビーのリクエストを流してよ」と懇願するのです。しかも、それは「もう1度だけ(one more time)」。つまり、ラジオ番組も最後の最後、アンコール・ナンバーをかけてくれ、といった趣なのです。アルバムを1つのラジオ番組として見たら、これ以上ニクい構成はありません。まるで、『So Glad To See You Here』で華やかに締めくくった番組を、リクエストに答えてこの曲を静かに追加して改めて終了するかのようです。まさにラジオ番組そしてアルバムのラスト・ナンバーにふさわしい小粋な歌詞なのです。実は後からアルバムに追加された曲だというのに!しっとりしたオールド・ジャズという点も、ちょっとしたアンコールにはうってつけ。意図的かそうでないのか、ぴったりコンセプトの一端を担っています。そんな印象的な歌詞ですが、主人公はリクエストの主である「ベイビー」とは既に別れてしまったかのような描写がされています。ちょっとせつない思い出を歌ったラヴ・ソングでもあるのです。また、リクエストをしているのは深夜であることが読み取れ、これまたアンコールっぽさを出しています。

 ちなみに、この歌詞に関してもエピソードがあります。その立役者が、日本のサディスティック・ミカ・バンドの福井ミカ(加藤ミカ)でした。なぜ急に福井ミカが出てくるかといえば、それは「エッグ」の共同プロデューサーであるクリス・トーマスつながりで、です。クリスはウイングスの数年前にサディスティック・ミカ・バンドも手がけていて、そんな中でクリスとミカが不倫関係になりミカと加藤和彦が離婚する要因となり、さらにはサディスティック・ミカ・バンド解散の要因となるのですが(汗)[一説によるとウイングスの『Old Siam,Sir』はこの不倫事件を揶揄した歌らしい・・・]、そうした関係でポールとミカとの間には親交がありました。そして実はポール、この『Baby's Request』の歌詞をミカとの間で交わされた会話を元に書き上げたらしいのです。これはミカが後にインタビューで答えているそうなのですが、何気ない会話から1曲生まれてしまったことにミカはいたく感動したそうです。この曲の背景に福井ミカがいたこと自体驚きですが、さらには会話が元ネタの歌詞がぴったりアルバムの「ラジオ・コンセプト」にはまっているのにはもっと驚きです。アルバムを洗練した締めくくりに仕立てたミカにも感謝というわけですね。蛇足ですが、ミカは1980年にウイングス来日公演に合わせて日本に帰国していますが、その際例のポールの逮捕事件が発生、これに触発されて書かれたYMOの『Nice Age』(アルバム「増殖」収録)でミカはポールへのメッセージを入れることとなります(しかもリンダの了承つきだったらしい)。不思議な縁ですね。

 さて、『Cage』を蹴落として(苦笑)アルバム入りしたこの曲は、シングルにも収録されます。英国での第2弾シングルカットにして英国でのウイングスのラスト・シングル「Getting Closer」のB面です(当時は両A面扱いであったらしいですが)。シングルとアルバムには同じヴァージョンが収録されています。シングルは60位止まりとなぜかヒットしませんでした・・・(『Getting Closer』もいい曲なのに)。米国・日本では「Getting Closer」は第1弾シングルでしたが、そちらはB面にこの曲の代わりに『Spin It On』を収録しています。ちなみに、シングルジャケット(裏ジャケットですね)には次にお話しするプロモ・ヴィデオからの写真がフィーチャーされていました。

 というわけで、プロモ・ヴィデオのお話です(笑)。「バック・トゥ・ジ・エッグ」の頃はサウンドのみならず映像作品も凝っていたポールですが、アルバムを宣伝するために、そして新生ウイングスをアピールするためにかなり多量のプロモ・ヴィデオを制作しています。ヴィデオ・アルバム化の予定もあったそうで、ポールの力の入れようが伝わってきます。プロモ・ヴィデオはシングル曲のみならずアルバムナンバーからも数曲が制作されていますが、この曲もそうした過程で選ばれました。プロモの監督はポール作品でおなじみのキース・マクミラン。同時期のウイングスのプロモはすべてマクミラン監督が手がけています。

 プロモの内容は、ジャジーな演奏から連想させて、ウイングスが英国軍の慰問団に扮するという架空の設定で演奏を繰り広げるものです。舞台となっているのは荒涼とした広原で、これはアルバムのレコーディングの地・リンプ城(同時期のプロモのほとんども撮影された)から40マイル離れた場所だそうです。そこにステージを設置し、ウイングスがこの曲を演奏してくれるのです。みんな軍服ぽい服を着ているのは設定ゆえですね。ポールはその中でも1つ偉い将校の役を演じているようです。なお、メンバーが弾いている楽器はスタジオでの編成と少し違っていて、ローレンスがギター、スティーブがドラムスという点は同じなのですが、デニーがピアノを、リンダがウッド・ベースを弾いています。リンダさんは弾いているふり・・・だと思います(苦笑)。そしてポールは楽器を持たずヴォーカルに徹しています。さらにはステージに固定するのではなく、歌いながら周辺を歩き回ります。さすがバンドのリーダー、他メンバーから抜きんでて主役となっています(笑)。カメラはそんなポールを追うように動きますが、実は終始1つのカメラアングルで撮影されているのがポイントです。つまりノーカットの長回しなのですが、NGを出したら一からやり直しという中、約3分間よく上手に撮れたと思います。ウイングス各自の演技力の賜物ですね。後にポールの『Only Love Remains』のプロモも同様の手法を取り入れています。ポールを追っているため、実は演奏シーンが映るのは最初と最後のみと意外と少ないです。そんな中でもポールの挨拶に受け答えるリンダやデニーの表情が微笑ましいです。反面、演奏シーン以上に堪能できるのがポールの演技。ここではお偉いさんの身分になっているので、それらしい表情や態度を随所で見せていて、これが実にはまっています。軍用車で現地に到着するもつかの間、バンドメンバーを激励し、電話に出て、ドリンクを頂き何かと忙しそうです。その間もほぼ歌い続けているのですから大変ですね。余裕の表情を見せつつも、どこか所在無さげな、寂しそうな表情をしているのは気のせいでしょうか・・・。何となく『Waterfalls』のプロモを思い起こさせる表情です。デニーのピアノにもたれる箇所なんかそう思いますね。まぁこれも演技なのでしょう。演技といえば何気に周辺にいる兵士役のエキストラたちも上手な演技で違和感ありません。本当にどこかの戦地を見ているかのようです。つかの間の平和をリラックスしながら味わう様子が見られます。最初と最後の空撮が、何ともいい味出している、撮影技術と演技力が惜しみなく発揮されたおしゃれなプロモです。なお、当時は通常のカラー映像のみが出回っていましたが、現在入手できるプロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」ではこれに加えて昔の映画を見ているようなフレームとノイズの入ったモノクロ映像も切り替えて見ることができます。どちらのヴァージョンもイメージにぴったりです。モノクロ・ヴァージョンは以下のような感じです。(ちなみに、この曲のプロモが収録されて、『Getting Closer』や『Old Siam,Sir』が未収録というのがまた微妙な力関係ですね・・・)

  

 この曲のアウトテイクは、発見されていません。というのも、当初のラインアップにはなかったためです。当初のヴァージョンは、『So Glad To See You Here』がエンディングを飾っています・・・。

 この曲はベスト盤にも入っていない、一般的にはそれほど有名ではない曲ですが、「隠れた名曲」と呼べる内容でしょう。ポールの得意なジャズ・スタイルと、ウイングスらしい演奏が見事にマッチした曲といえます。本当、ミルズ・ブラザーズにあげなくてよかったです(笑)。ウイングスで発表できてよかったです。お蔵入りになった『Cage』はかわいそうですが(汗)。だって、ニクいほどアルバムのコンセプトに完璧にマッチしていますから!しかも、偶然にもウイングスの有終の美を飾っているとなれば・・・。いかにも、といった感じのロケストラの『So Glad To See You Here』で終わるよりも100倍ニクい締めくくりです。演奏面ではローレンスに、詞作面では福井ミカに感謝といった所でしょうか(笑)。何気にエピソードが多いというのも面白いですね。おまけにプロモ・ヴィデオも素敵な仕上がり。意外とこの曲を語ると話が尽きません。個人的には、ちょっと上品ぽさを感じるのがお気に入りです。当時のウイングスはハードさに合わせて上品さも揃えていて面白いです。アルバム自体お勧めなので、ぜひ聴いてみてください!夜中にしんみり聴くととってもおしゃれですよ!

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ムーグとブラス」。お楽しみに!!

 (2009.9.11 加筆修正)

アルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」。新生ウイングスが、ニューウェーブにパンクに大活躍の影の名盤!コンセプトに耳を傾けてみるのも一興です。バラードも名曲多し!

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