Jooju Boobu 第65回

(2005.10.20更新)

Backwards Traveller/Cuff Link(1978年)

 えー、今回の「Jooju Boobu」も、かなりマニアックですー(笑)。前回の『Zoo Gang』に負けず劣らずのマニアックぶりで参りたいと思います(苦笑)。今回は、後期ウイングスのアルバム「ロンドン・タウン」(1978年)より、『Backwards Traveller』と『Cuff Link』のメドレーを取り上げます。この2曲は別録音のものをつなげたものであり、CD時代の現在ではそれぞれ独立したトラックに分離されていますが、アナログ盤時代は明確に分離されていなかったほど密接に関係しています。そんなこの2曲は、ポールお得意のメドレー形式になっているとはいえ、双方とも短い小曲で、2曲合わせても3分ちょっとしかない作品です。また、前者には歌詞がありますが、後者にいたってはインスト・ナンバーです(つまり、このコラムで3連続インストが登場することになるのですが・・・)。邦題はそれぞれ「なつかしの昔よ」と「カフ・リンクをはずして」。あまり使わない人の方が多い邦題ではないでしょうか・・・?英国やアイルランドを思わせるトラッド(伝統音楽)風の作風と独特の穏やかな空気が、地味ながらもコアなファンを中心に支持を集め、再評価されつつある名盤「ロンドン・タウン」において、今回ご紹介する『Backwards Traveller』と『Cuff Link』のメドレーは、明らかにその作風から外れており、極めて異色のカラーを持っています。短い曲の上、その内容ゆえに端的に言えばアルバムになくてもよい、聴くに至らぬといった感じなのですが(汗)、一見アルバムの雰囲気を壊していそうなこのメドレーは、「ロンドン・タウン」の「影」の部分を知る上では実は必要不可欠の存在なのです。同じく人気のない『Name And Address』もその系統に入るのですが・・・。今回は、このメドレーの名誉回復(大げさ!)を図るべく、「ロンドン・タウン」の大ファンである私がその魅力を語ってゆきます。曲が曲だけに例によって書くことがすぐ尽きるかもしれませんが(笑)。

 まず、アルバム「ロンドン・タウン」についておさらいを。既にこのコラムでは何曲も紹介しているのでいまさら説明は不要かもしれませんが(汗)。「ロンドン・タウン」といえば何と言ってもポールが英国回帰のトラッド風ナンバーを多く残したことが知られていますね。同時期のシングル曲『Mull Of Kintyre』を始め、『London Town』『Deliver Your Children』『Don't Let It Bring You Down』といった曲には、英国やアイルランドといった西欧諸国の古きよき音楽の要素が詰まった懐かしい雰囲気が感じられ、地味ながらも味わい深い作品となっています。世界を制覇した後、再び故郷のよさを見直したポールの軌跡が分かります。そんなこの時期において、ウイングスでポールのよき相棒として働いたメンバーのデニー・レインが大きな活躍をしたことは言うまでもありません。アルバムにはポールとデニーの共作が多く収められ、トラッドに興味を持つデニーの嗜好が色濃く表れることとなりました。さらに、トラッド独特のまったりしたムードが『With A Little Luck』『I'm Carrying』のようないわゆる「非トラッド」曲にも作用して、アルバム全体的にゆったりした空気が流れていて、それがまた魅力的なのも知られる所です。私も含め、こうした雰囲気に癒しを求めるファンは少なくありません。「隠れ名盤」と呼ばれるゆえんです。もうちょっとウイングスを知る人なら、『I've Had Enough』や『Morse Moose And The Grey Goose』のような黄金期ウイングスのロックの傑作が詰まっていることを知っていて、そうした点も魅力に感じていることでしょう。ワールド・ツアーを経てますますパワフルで一体感のあるタイトなバンド・サウンドを展開していったウイングスの軌跡が分かります。これが「ロンドン・タウン」第2の魅力です。しかし、相当聴き込んだ人でない限り、ファンでさえ見落としがちな「もう1つの側面」が、このアルバムには存在します。・・・それは、「ロンドン・タウン」のいわば「影」の側面です。

 「ロンドン・タウン」で有名なのは、楽曲の個性だけでなく、場所を変えて長期にわたったレコーディング・セッションもそうでしょう。そして、それが「影」の側面を読み解く鍵となります。「ロンドン・タウン」の収録曲の大半は、1977年春に行われたヴァージン諸島での優雅な洋上セッションでレコーディングされました。この時のウイングスは、ワールド・ツアーを成功に導いた5人編成。いわゆる「絶頂期」のラインアップです。ギタリストのジミー・マッカロクと、ドラマーのジョー・イングリッシュが、そこにはいました。この5人編成でヨット生活を行いながら、先のタイトなバンド・サウンドを味わえるロック・ナンバーや、息の合ったトラッド・ナンバーを生み出しました。まさにヨットのように順風満帆にセッションは進み、ポールも出来に満足していました。これがいわばアルバムの「光」の部分です。ところが、この後ウイングスに予想外の出来事が起こります。有名な『Mull Of Kintyre』セッションを挟み、ジミーとジョーが相次いで脱退してしまったのです。「もっとパワフルな演奏をしたかった」というジミーと、「ソロで大成するか確かめたかった」というジョー。実はジミーはドラッグにおぼれてトラブルを起こしポールが泣く泣く解雇、ジョーは軽いホームシックを起こしたとも言われていますが(汗)、これによりウイングスは再び3人編成となってしまいました。このことはポールにショックを与えますが、その一方でグループに残ったデニーと共にロンドンでセッションを継続、『Girlfriend』や『Deliver Your Children』といった名曲を生み出してゆきます。アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」の頃のように、逆境に強いポールだからこそ危機的な状況下でも続行し、完成できたセッションだったのです。「ジミーもジョーもちゃんと仕事をしてからやめていった」と当時インタビューで答えていたポール、中途半端に投げ出すことなくアルバムを仕上げたのですが、そうとはいえやはり突然2人もメンバーを失った痛手は決して小さくありませんでした。そして、そうした心情の影響はアルバムにごく微量ながらにじみ出てしまいます。メンバー脱退の衝撃、これこそが「ロンドン・タウン」の「影」の部分なのです。そして、これが表れてしまったのが、『Name And Address』と、今回ご紹介する2曲のメドレーなのです。

 それでは、こうしたメンバー脱退によるポールの「ショック」と「混乱」が、いかに一部の楽曲に影響を与えたかを、『Backwards Traveller』と『Cuff Link』を通じて論じてゆきます。『Name And Address』もまた別の特徴をもってこれを説明できるのですが、今回は当然2曲メドレーの紹介ですので・・・(苦笑)。『Name And Address』についてはその曲が紹介された時にまた・・・。

 このメドレーとポールの心情との関係はいくつかの点が挙げられますが、まず大きいのは、当然ながらメンバーが2人脱退した後に残った3人で録音したため、通常のバンド・サウンドからはかけ離れていること。3人編成になるのは「バンド・オン・ザ・ラン」以来のことでした。さらに、この時期リンダは長男ジェームズを出産し産休に入っていたため、レコーディングは実質ポールとデニーの2人のみで行われました。『Backwards Traveller』は、ポール&デニー(+リンダ)という、絶頂期ウイングスからは考えられないラインアップで演奏されているのです。そしてさらに、『Cuff Link』に至ってはデニーすら参加していなく、すべての楽器をポールが演奏した、ポールの単独録音です(詳しくは後述します)。いくら表向きは平然としていたといえ、メンバーを失った痛手が、もろに演奏に表れた格好となりました。

 『Backwards Traveller』の演奏について解説します。この曲では、ギターをデニーが、残る楽器をすべてポールが演奏しています。そのため、ベース、ギター、キーボード、そしてドラムスはポールが一手に引き受けています。さすが元祖マルチ・プレイヤーであるポール、いざとなればどんな楽器もお手の物です。ウイングスがグループとしての形をかろうじて保てたのも、ポールが何でもできたおかげでしょう(むろんデニーの存在も大きいですが)。ここでやはり注目してしまうのは、「ドラマー・ポール」の登場でしょう。実に「バンド・オン・ザ・ラン」セッション以来久々にポールのたたくドラムスを聴くことができます。ポールのドラム・プレイについては皆さんご存知の通り。素人ドラマーならではの癖が出ているものの、一見下手そうに聴こえて意外と押さえる所はしっかりつかんでいるというスタイル。言ってみれば「ヘタウマドラムス」といった所でしょうか(苦笑)。また、録音状態のせいか、ここではやけに乾いた音に聴こえます。思えば「バンド・オン・ザ・ラン」期もドラムスがそんな音をしていました。ポールによる「ヘタウマドラムス」とその音質のため、この曲のドラムスはどこか『Band On The Run』(曲の方)を思い起こさせます。変拍子も難なくこなしているのはさすが。ここで否応にもジョーのドラミングとの比較をしてしまいますが、その道のプロと素人ドラマーとの違いは相手がポールだとしても歴然としています。これはこれで独特の味はありますが、ドラマー不在の影響でいつものウイングスのバンド・サウンドとは全く違う雰囲気が漂うこととなりました。また、この曲ではギターが異様に目立っていません。同時期に『With A Little Luck』はあるものの、ここまでギターが目立たないのもウイングスにしては珍しいこと。さすがのポールでもカヴァーできなかったのか、こちらもリード・ギタリスト不在の状況が色濃く出てしまいました。アルバムの「光」である洋上セッションの曲からは想像もつきません。一方、目立っているのがポールの演奏するシンセ・サウンド。様々な音色のキーボードが使用されていて、実験的な雰囲気も漂います。ギターが目立たず、ドラムスがヘタウマという状況下、ここぞとばかりにサウンドの中心に躍り出ています。ポールの嗜好が反映された結果なのか・・・。オルガンのような高音も入っていますが、全体的に重低音なのが印象的です。中でも、時折登場する「ブクブクブク・・・」といった感じの音が耳に残ります。かつてのアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」の頃のようなSF的な音色は、タイトルのごとく時をさかのぼって異世界へ連れて行ってくれるかのようです。

 続いて指摘できるのが、楽曲の発表のされ方。このメドレーは、演奏のみならず編集の仕方でもポールの混乱ぶりが伝わってきます。まず公式発表されたテイクですが、『Backwards Traveller』はまるでリハーサルかデモ・テープの音源をそのまま収録してしまったかのようなラフな演奏が目に付きます。じっくり時間をかけて行われたセッションであるのにもかかわらず、アルバムで聴くことのできるこの曲は荒削りな感じが露骨に出ており、誰が聴いても「もっと洗練したロック・ナンバーにできたのでは・・・?」と思ってしまうほどです。さすがに、デモ・テープがそのまま世に出る格好で発表されたアルバム「マッカートニーII」よりはしっかりしたサウンドですが・・・。しかし、キーボードやベースでかろうじて重厚な雰囲気は多少出ているものの、詰めの甘さが十分感じられる内容です。フルバンドのスタイルだったら、そしてもっとリハーサルを繰り返していれば、さらなる成長が見込めたのではないか・・・そう思えてなりません。まぁそこがこの曲の魅力でもあるのですが(苦笑)。ポールとデニーだけでもまとまりある演奏の上にストリングスやブラス・セクションを効果的に導入して「名盤」と呼ばれるまで聴くに堪える作品に仕上げた「バンド・オン・ザ・ラン」とは、ここでは全く逆です。「バンド・オン・ザ・ラン」が100%としたら、60%くらいで止めてしまった感があります。さらに、続く『Cuff Link』はまさにポールの気ままなソロ・レコーディングがそのまま収録されています。しっかりとしたスタジオで録音されているため、さすがにデモ・テープとは趣旨は違うと思いますが、未完成ぶりがここでも強く出ています。これも、ポールのみならずウイングス全員で録音していたら、もっと進化していたかもしれません・・・(想像はしづらいですが)。

 そして、『Backwards Traveller』には未完成さを示す決定的な事実があります。実はこの曲、元々の演奏は3分ほどあったのですが、アルバムに収録する際にこれを編集して、1分ちょっとにまとめてしまっているのです!なぜ、しっかりした構成で演奏したものをわざわざ短くして発表したのか・・・。3分の演奏ならラフながらもまだ聴きうる楽曲になったというのに、それを大胆にもばっさり切り落としてしまうとは。非常に疑問が残る行動です。ちなみに、この公式テイクのコンプリート・ヴァージョン、「ロンドン・タウン」ファンなら誰でも非常に気になる所ですが、現時点でブートなどでも流出しておらず謎のままのようです(後述するアウトテイクにその面影を読み取ることはできますが)。曲の冒頭も、まるでテープを途中から再生したような、いい加減さが丸分かりの始まり方です。明らかにあれは編集して前半をカットしてあるはず。そして、唐突に始まったと思ったら1分過ぎにすぐに、しかも唐突に終わってしまい(いかにもお粗末なアウトロが面白くもありますが)、『Cuff Link』につながってゆく・・・。名曲どころか「小曲」になってしまうのも、これでは仕方ないですね(汗)。演奏が荒削りなだけに、余計無様に聴こえます(失礼)。さらに続く『Cuff Link』も、方向性のないインスト・ナンバー。何の意図もない、あまりにもやっつけ仕事的なメドレーです。むろんアルバムの収録時間の関係もあったのでしょうが(事実「ロンドン・タウン」は当時としては異様に長い50分あまりの演奏時間を持つ)、完成していた曲をあえて短くして、しかも単独録音の変なインストとくっつけて収録してしまうとは・・・。しかも、この時期他に何もなかったわけではなく、『Waterspout』や『Did We Meet Somewhere Before?』といったポールらしさたっぷりの珠玉の名曲がお蔵入りになっています。こうした曲を捨ててまで、そこまでしてこんな形で入れる必要があったのでしょうか・・・?こうした未完成ぶりからは、ジミーとジョーの脱退にショックを受けたポールの迷走をうかがうことができます。バンド一丸となって作ってきたアルバムを放り出されて、やけくそになって録音した曲を残るスペースにめちゃくちゃに放り込んだポールの心情が想像できます。これが絶頂期ウイングスがずっと続いていたら、きっとこのメドレーの方こそお蔵入りになっていたに違いありません・・・。ポールの単独録音などまず入らないでしょうし。「やっちゃった」感の強いこんな未完成の曲が、こんな形で公式発表されてしまったのも、バンドの時代背景とも無関係ではないでしょう。図らずも、「ロンドン・タウン」に様々なカラーが生まれ、一部から「統一感がない」とお叱りを受けてしまうこととなってしまうのでした・・・(汗)。

 もう1つ、何と言ってもポールの混乱ぶりを印象付けているのが歌詞です。歌詞といえば、『Cuff Link』はインストなのでむろん『Backwards Traveller』のことです。『Backwards Traveller』は「時をさかのぼる旅人」という意味ですが(「夢の旅人」じゃあありません。それは『Mull Of Kintyre』の邦題ですね)、タイムトラベルのようなタイトルからは、まるでポールが栄光を築いたウイングスの過去に思いをはせているかのような心境が読み取れます。しかも、そこでは「歌いながら航海し、月に向かって泣きむせぶ(Sailing songs,wailing on the moon)」と歌われています。ウイングスを船に見立て、メンバーの突然の脱退に大きなショックを受けたポールが、「船」を今後どう舵取りしてゆけばよいのか分からずに混乱していることを叙述しているかのようです。そのフレーズが何度も繰り返されますが、ポールも自分で自分に歌いかけ、なんとか正気を保とうとしたのかもしれません。黄金期ウイングスがあまりにもあっけなく崩壊したことに対するショックが、強く感じられます。「バンド・オン・ザ・ラン」ほどの衝撃はないと語っていましたが、ポールの悲嘆は小さくはなかったことがうかがえます。この後、デニーの協力もあってさらなるメンバーチェンジを経てさらなるパワーアップを果たすウイングスの将来を考えれば、まだほっとできるかもしれません。これがそのまま解散していたら、もうまともに聴いていられないでしょう(汗)。そんな悲観的な歌詞を歌うポールのヴォーカルは、ここでは力強く勇ましく歌われます。絶頂期ウイングスのシャウト交じりの熱いロック・ヴォーカルをほうふつさせるスタイルは、ここではまるでリスナーにウイングスの末路を訴えているかのようです。力強いからこそ逆に悲壮感が浮かんできます。音質や荒削りな感じもあいまって、非常に生々しく聴こえてきます。コーラスは、デニー(と恐らくリンダ)が参加しています。相変わらずこの手のコーラスはウイングスらしいなぁと思わせるのでした。

 さて、『Backwards Traveller』にはアウトテイクが発見されており、「Water Wings」「London Town Sessions」といった「ロンドン・タウン」関連のブートで聴くことができます。このテイクは「ロンドン・タウン」セッション中にポールとデニーが録音したデモ・テープに収録されていたものであり、1977年後半〜1978年初頭のものだと思われます。そしてこれが非常に興味深いものです。というのも、このデモ・ヴァージョンはテイクこそ違えどこの曲をしっかりした構成で聴けるコンプリート・ヴァージョンであり、さらにこの曲の初期状態を知ることができる貴重なテイクなのです。まず気になる構成ですが、公式テイクのメロディを繰り返す内容ですが、幻となってしまった第2節の歌詞が登場するのが面白いです。あの続きがあったとは正直驚きです。第1節の後唐突に終わらず、つなぎを経て第2節へ進む流れは感動的でもあります。さらに、間奏があり、“I am the backwards traveller〜”のくだりが繰り返されます。公式テイクもこの構成で聴きたかった!と思わせます。演奏時間は3分半と、公式テイクもこんな風だったかと感じさせます。演奏面は、公式テイクよりもロック色が薄れ、軽めのリズムになっているのが印象的です。やはりそこはデモだからでしょうか・・・。あの重厚感はありません。ドラム・マシーンをバックに、生ドラムとギター、ベースが入ります。公式テイク同様、ポールがデニーのギター以外のすべての楽器を多重録音しています。あれほど目立っていたキーボードがここには全くないのが新鮮です。また、演奏以上に耳を奪うのがポールのヴォーカル・スタイル。なんと、ここでは公式テイクの力強さに変わって、ほぼ全編ファルセットで歌われているのです!これはちょっと新鮮な取り合わせですね。元々ファルセットが得意なポールですが、ここでは半分おふざけで歌っているようです。あの力強さとは全く印象が異なり、あたかも別曲を聴いているかのような錯覚を覚えます。出だしのメロディを「ドゥッ、ドゥドゥ・・・」と歌うイントロが衝撃的であります。ほんの一部、ヴォーカルがポールの地声に戻る瞬間がありますが、はっとさせるのは『Girlfriend』や『Dress Me Up As A Robber』と同じ現象。ポールはヴォーカルを多重録音していますが、コーラスの役割は果たしていない上になぜかおふざけモード満載のもので笑えます(笑)。リラックスしたデモの雰囲気がよく出ていると思います。終盤になるとポールの歌い方もわざと力んだものに・・・。「ロンドン・タウン」セッションのアウトテイクはどれも魅力的で意外なものが多いですが、その中でもこれは1,2を争う必聴音源と言えるでしょう!完全な構成、幻の歌詞、軽い演奏、そしてファルセット・ヴォーカル・・・。公式テイクの唐突さ・力強さとは一線を画す仕上がりに、あなたもきっと驚かされることでしょう!なお、ブートによってはイントロの長いヴァージョンとアウトロの長いヴァージョンの2種類が入っていることがありますが、大差はありません・・・。また、一部ブートには「ロンドン・タウン」のアセテート盤(テスト・プレス)の音源が収録されていますが、そこでは『Backwards Traveller』と『Cuff Link』との間に数秒の空白があります。2曲が別々に録音されたことを象徴付けるような、特筆すべき箇所です。

 さて、以上のことだけでも『Backwards Traveller』の異常なほどの混乱した世界(苦笑)がお分かり頂けたと思います。ラフで荒削りな演奏、3分の曲を1分にカットした強引な編集、そして深刻な歌詞。ポールがショックのあまり混乱とやけくそに陥った様子が痛く分かります・・・。しかし、そんな『Backwards Traveller』に輪をかけたような混沌とした世界を醸し出すのが、メドレー形式で続いて登場する『Cuff Link』です。冒頭で触れた通り、この曲の方は歌の入っていないインスト・ナンバーで、タイトル通りの「リンク(つなぎ)曲」といった意味合いの強い曲です。まるでロック調の『Backwards Traveller』と、アイリッシュ・フォーク調の『Children Children』とを違和感ない流れで聴かせるために「だけ」存在するかのようです。「だけ」というのは失礼かもしれませんが・・・(汗)。タイトル「Cuff Link」自体はカフス・ボタンの意味ですが、当初のタイトルが『Off The Cuff Link』(邦題「カフ・リンクをはずして」はこの原題より)で、「off the cuff」には「即興的な」という意味があることから、タイトルは「カフス・ボタン」と「即興」の2つを掛け合わせたものと言えそうです。

 『Cuff Link』は、『Backwards Traveller』と同時期に録音されたと言われていますが、これとはまた違うセッションで取り上げられています。というのも、先述の通り、この曲にはウイングスに居残ったデニーすら参加していないのです。つまり、デニーもいない、さらにはリンダもいないということで、この曲はポールのワンマン・レコーディングで仕上げられたのです。そのため、ただでさえ3人編成の不完全バンドは違和感があるというのに、それに輪をかけた異色ぶりです。ウイングスでポール1人しか録音に参加していない曲は数少なく、他に『Warm And Beautiful』『I'm Carrying』などくらいしかありませんが、この曲の場合はアレンジのためではなく明らかに最初から1人で録音するために作られたと言ってよいでしょう。メンバーを失ったポールが、その混乱で勢い余って「やっちゃった」曲なのです(苦笑)。単独録音の曲をウイングス名義で発表してしまうポールの大胆さにも驚かされますが、これが混乱の結果なのでしょう。これにデニーが猛反発でもしたらきっとグループは解散せざるをえなくなったかもしれませんが、誰も何も言わず、結局これも「ウイングス・ナンバー」となってしまいました。勢いというものは怖いものですな。

 さて、この曲でポールはベース、ギター、キーボード、ドラムスとすべての楽器を自分で演奏しています。これほど多彩な楽器を操れるのも、元祖マルチ・プレイヤーであるポールだからできたことでしょう。デニーが同じことしようとしても無理ですね(汗)。混乱に乗じてこんな風に暴走できるのもポールの特権ですね(苦笑)。この曲でサウンドの中心となっているのは、シンセサイザーです。これは、「ロンドン・タウン」の他の曲、ことさらジミーとジョーが在籍していた時期の曲とは一線を画しています(まぁ『With A Little Luck』という曲もあることはありますが)。これはリード・ギタリストの不在ゆえにギターが目立たない音作りになってしまったのも大きいですが、ポールのソロ・レコーディングのためにポール個人の音楽嗜好が色濃く出てしまったのかもしれません。バンド・サウンドに縛られない、自由な想像によるスタジオワークが、ここでは確立されています。シンセ中心の音作りというのは、まるでこの後1980年に発表することとなるソロ・アルバム「マッカートニーII」をほうふつさせますが、もしかしたらこの時既にこういったスタイルの音楽制作を内心目指していたのかもしれません。この時期まだポールはテクノ・ポップに出会っていないと思われるので、直接の因果関係はなさそうですが、この曲の数年後に同じアプローチでアルバムを作るというのは興味深いです。そういうわけでこの曲は「マッカートニーII」の序章と言えるかもしれません。

 そんなシンセ・サウンドが、この曲では全体を貫きます。前曲の唐突なエンディングに間髪入れずのっけから入る「ブブブブブン、ミョミョミョミョミョー」という音が明らかにウイングスとかけ離れた異質さを感じさせます。同時にちょっととぼけた感じが笑えて仕方ないのですが(笑)。その後は、この音がメイン・メロディを奏でます。音の不明瞭さのせいか、メロディにどこか取り留めのない感があるのは否めないでしょう。バックでは様々な音色のシンセが前曲の異世界への誘いに続きダークでスペーシーな雰囲気を展開させていますが、中にはブラス・セクションのような音もあります。改めていろんな音が出せるのがシンセの利点だなぁと思います。その分バンドはないがしろにされますが・・・。こうしたサウンドの繰り返しで程なく曲は終わり、結局どこに行くのか方向性の感じられない演奏はまさに「off the cuff」といった印象ですが、混沌とした感じはまるでポールの苦悩を音に表したかのようです。歌がない分、無言の訴えといった所でしょうか・・・。ポールも恐らく明確な目的もなく録音したのでしょう。先述のように勢いでできたんでしょう。この曲でのシンセは、この時期ならではの今聴くとちょっと古めの音色でどこかチープでもあるのですが(汗)、ちゃんとしたスタジオで録音したためか、後の「マッカートニーII」のような露骨な無機質さはないのが不思議です。いくら即興とはいえ、ここではしっかり作りこまれているのです。これが「ロンドン・タウン」が「マッカートニーII」とは違う高品質を保っているゆえんかもしれません。そういう意味では聴きやすいです。つかみ所はないですが(汗)。他の楽器では、やはりドラマー・ポールに耳が行きますが、若干ドタバタしながらも味のあるドラミングなのは相変わらずです。2連続もポールのドラムスが出てくると、ジョーの本格派ドラムスが恋しくなりますが・・・(さらに2曲ポールの独壇場が続くし・・・)。

 このように、混乱のあまり取り留めない曲に仕上がってしまったこの曲ですが、思えば苦悩に陥っていた時期ほどポールは変てこで方向性や目的のないインスト・ナンバーを多く発表しています。ポールのワンマン・レコーディングとして有名なのは「マッカートニー」と「マッカートニーII」という2枚のアルバムですが、これらはいずれもポールが当時リードしていたグループの活動に行き詰まり、自らを見つめ直していた時期に制作されています。ポールにとってまさに苦悩の時だったわけですが、ポールの場合こうした時は歌詞のある曲にそうした影響がにじみ出るだけでなく、インスト・準インストを多く発表しているのです。普段のポールであれば、こうした行き当たりばったりのインスト・ナンバーはデモ段階で切り捨てられ、かなりがボツになってしまいますが、苦悩の時期にはそうした「選曲センサー」が狂ってしまい、こういう曲をも収録してしまうのでしょう。または、混沌なインスト・ナンバーに「自分は今悩んでいる!」という訴えを込めたくなるのでしょう。「ロンドン・タウン」セッションは、メンバーの相次ぐ脱退のためにポールがこうした悩みを抱えていた時期であり、その結果この曲が生まれたと考えれば、あのアルバムで一見浮いているように見えていても、収録されていることは何らおかしいことではないのです。「マッカートニー」や「マッカートニーII」は終始苦悩の時期だったのに対し、「ロンドン・タウン」はセッション中に苦悩が発生したため、このメドレーのような曲と、元来のポール・サウンドがごっちゃになっているだけなのです。そう思えば、「ロンドン・タウン」収録曲のカラーの多様性はあってしかるべきですし、このメドレーがアルバムで持つ存在意義の大きさに気づかされるはずです。

 これまで『Backwards Traveller』と『Cuff Link』がいかにポールの「ショック」と「混乱」に影響を受けてきたかを語ってきましたが、曲を聴かずともその異様さがお分かり頂けたかと思います。「ロンドン・タウン」でも1,2を争う異色ぶりを発揮しているこのメドレーですが、実はなぜかアルバムからの第1弾シングルにして全米No.1を記録したヒット・シングル「しあわせの予感(With A Little Luck)」のB面に収録されているのです!これには驚き。他にもちゃんとした曲はたくさんあるのに(さらにアルバム未収録曲も多いというのに)、なぜいきなりこのメドレーを選んだのかは謎です。確かに、シングルB面には似合いそうですが・・・(かの『Check My Machine』もシングルB面になったほどだし!)。しかし、初っ端からB面でネタ切れを匂わせているのは、これは「ロンドン・タウン」からシングルカットすること自体にそもそも問題があるからなのです。といって、「ロンドン・タウン」収録曲の質が悪いと言うわけでは決してありません。ではなぜかと言えば、それは「ロンドン・タウン」の収録曲はアルバムの中だからこそその独特のまったりした空気と魅力を発揮しえるタイプであって、シングルでばら売りにすると明らかに弱くなるからです。アルバムではシンボリックな『London Town』や、程よいスパイスとなっている『I've Had Enough』が、シングルカットされるとヒットしなかったのもそれが理由です。例外なのは『With A Little Luck』と、(アルバム未収録ですが)『Mull Of Kintyre』くらいでしょう。・・・あとは未発表曲の『Waterspout』とか。ポールも、アルバムだから輝ける各曲の魅力をシングルだと殺してしまうことに気づき、何をB面に選ぶか迷った挙句、こんなメドレーを選んでしまったのかもしれません・・・。ある意味正解だったかもしれませんが。

 普段ならまずアルバムに収録しないであろうものをぽんと入れてしまう、ポールの「選曲センサー」に狂いが見られた理由は、やはりショックでしょう。今回いろんな点から検証してきて、改めてそれが浮き彫りになりました。ショックによる混乱のあまりに『Backwards Traveller』を未完成のまま、わざと短くした上で収録し、さらに自分1人でインスト・ナンバー『Cuff Link』を即興で録音してしまい、それもそのまま収録してしまった。黄金期ウイングスの崩壊の衝撃は、一番長く続いたラインアップだっただけにポールにとっては大きかったのでしょう。あまり曲に自分の感情を出すことのないポールが、ウイングス在籍中に珍しく私情を見せた貴重な瞬間。現在、アルバム「ロンドン・タウン」およびデニー・レインの再評価がファンの間でなされていることは、アルバムの大ファンである私にとっては大変うれしいことですが、トラッド・スタイルやバンド・サウンドといった「光」のみならず、ウイングス解散の危機に影響された「影」の部分も見落とすべきでないと思います。深刻なショックゆえに楽曲の質としてはラフで悪く言えば「捨て曲」ですが(汗)、この時期のウイングスを総合的に捕らえる上では欠かせないです。ファンの方も、ぜひ一度その点を注意して聴いてみてください、新たな発見があることでしょう。ポールも苦悩が曲作りにもろに出ることもある、それがよく分かります。ちなみに、私はこのメドレーを2曲とも普通以上に楽しめています(笑)。アルバムがアルバムだけあって、普通以上の頻度で聴いています。「ロンドン・タウン」マニアがなせる業ですね(苦笑)。『Backwards Traveller』は、アウトテイクもお勧めです。曲の印象がかなり違っていて、評価がかなり変わること間違いなしです!どちらが好きかは人それぞれかと思いますが・・・。個人的にはアウトテイクもいいなぁ、と。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「万年2番」。さぁ、名曲かマニアックか?お楽しみに!!

 (2009.8.01 加筆修正)

  

(左)アルバム「ロンドン・タウン」。最近再評価が進んでいるウイングスの名盤。お勧めします!もちろん、全曲!

(右)シングル「しあわせの予感」。このメドレーがB面なんて・・・。この時期の曲は、アルバムだからこそ輝いているのです。これがスーパーヒットだ!!(笑)

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