Jooju Boobu 第64回
(2005.10.16更新)
Zoo Gang(1974年)
今回より「Jooju Boobu」は第6層に突入します。この第6層では12曲がチョイスされましたが、前回の最後に予告した通り、ほとんどがマニアックな曲です(笑)。比較的有名な曲やシングルナンバーも多かった第5層とは打って変わって、ポール・マニアが思わずうなってしまうような展開が待ち構えていますので、楽しみにしていてください(苦笑)。そんなマニアックさを象徴している事実として、12曲のうちインストが約3曲(「約」というのには理由があります・・・)も占めているという実態があるのですが、今日はそのうちの1曲をもう紹介してしまおうと思います(笑)。つまり、今回紹介する曲はずばりインスト・ナンバーであります。しかもポール・マニアの皆さんが思わずにやりとしてしまう超マニアックなインストです。その曲とは・・・『Zoo Gang』です。どうでしょう、にやりとしましたか?(苦笑)この曲は、ウイングス時代の1974年にシングルのB面で発売されたのみというアルバム未収録曲であり、非常に無名でマニアしか知らないのも納得いくような存在です。さぁ、早速そんなマニアックなこの曲についてたっぷり語ってゆきます。(・・・そんなに語れるか?)
まず、この曲が録音された時期について触れてゆきます。これまでこのコラムで紹介してきた曲とはレコーディング・セッションがまた異なりますので、時代背景なども含め解説します。この曲のレコーディングが行われたのは、1973年11月だと言われています。これはちょうど、ウイングスの名盤「バンド・オン・ザ・ラン」がリリースされる直前に当たります。アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」が、メンバー2人の脱退を受けて危機的な状況を迎えている中残された3人(ポール、リンダ、デニー・レイン)で制作されたことは有名な話ですが、この11月の時点でもいまだにウイングスは3人編成でした。ただし、この頃には既に「バンド・オン・ザ・ラン」の一連のセッション(ナイジェリアや英国で行われた)は終了しており、この11月のセッションは「バンド・オン・ザ・ラン」とは関係ないものでした。レコーディングの地はパリのEMIスタジオ。ポールとしては珍しくフランスでの録音だったのです。なぜ突如パリだったかは不明ですが・・・気分転換でもしたかったのでしょうか(苦笑)。このセッションでは4曲が取り上げられました。1つは、翌1974年に「カントリー・ハムズ」名義で発表される『Bridge Over The River Suite』。ベーシック・トラックが録音されています。続いて、リンダがヴォーカルを取る『Wide Prairie』『I Got Up』の2曲。これらはいずれもリンダ没後のソロ・アルバム「ワイド・プレイリー」に収録されます(蛇足ですが『I Got Up』は個人的にお気に入りであります)。そして、もう1曲が今回ご紹介する『Zoo Gang』でした。これらパリのセッションで録音された4曲はいずれも後にウイングスのアルバムに収録されていないことから、このセッションは次なるアルバム制作のためではなく、仕事の合間にちょっと作ってみた、という感じの軽いものだったと言えるでしょう。事実、「バンド・オン・ザ・ラン」の次作となるアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」のセッションは、メンバーが補充されるのを待ってから、このセッションの約1年後にスタートすることとなりました・・・。
それでは、そんな中途半端な時期に録音されたこの曲の特徴に触れてゆきましょう。冒頭で述べた通り、この曲はインスト・ナンバーです。そのため、ヴォーカルは一切入っていません。このコラムでそうした完全インストをご紹介するのは前回の『エロイズ』に続き2度目でしょうか。そしてこの曲、インストであるだけでなくさらに演奏時間も短く、たった2分で終わってしまいます。そのため、『エロイズ』に比べたら圧倒的に「小曲」のイメージが強いです。これでは存在感が薄くなるのも仕方ないでしょうか・・・。しかし、この曲にも個性的で印象に残る魅力的な演奏が光っているのです。そこは凡人の作る音楽とポールの作る音楽との違いなのですが、インストならではの、インストだからこその演奏面の魅力を紐解いてみましょうか。
この曲を大雑把に分ければ、ポップに分類されると思います。ストレートなポップかと言えば、そうでもないので力説はできませんが・・・(汗)。というのも、この曲はリズムが結構ユニークなのです。これを何と形容すればいいのかちょっと言葉を選ぶのに悩みそうな、そんな個性的なリズムです。ポールが書く典型的なポップのリズムとは一味違うのは明らかでしょう。中には「レゲエっぽい」という意見も聞かれますが、確かにそんな要素も感じられます(特に中間部分)。こんな変てこなリズムを思いついたのはきっとポールなのでしょうが、やけに楽しくて、耳に残って仕方ありません。なんだか椅子取りゲームのBGMにありそうなリズム(笑)。(そう思いませんか・・・?)一方でメロディはとてもシンプルなもので、この辺りは天性のメロディ・メイカーであるポールらしい所でしょうか。歌がなくても、インストでも印象的で覚えやすいフレーズを生み出してしまうポールの力量を感じさせます。特にメインのメロディは強力です!ただし、このメロディは明らかにインスト向けで、あれに歌をつけろと言われたら困ってしまいそうです(苦笑)。非常につまらない間延びした歌になりそうですな。
この曲が録音された時のウイングスは、前述のようにポール・リンダ・デニーの3人編成だったため、この曲も3人のみで演奏しています。その割にはラフさを感じさせない、しっかり作りこまれた音になっているのは、3人の強い結束力のおかげでしょう。「バンド・オン・ザ・ラン」では少し感じられたぎこちなさも、この曲では払拭されています。思わず「5人編成の時の演奏か?」と勘違いしてしまいそうです。数ヶ月3人でやってきたからでしょうか、違和感もなく聴きやすくなっています。この曲はシンプルなバンドサウンドで構成されており、骨格はやはりギター・サウンドです。デニーとポールによる2本のエレキ・ギターがフィーチャーされていて、一部ではメインのメロディを奏でています(中間部分の演奏が特に目立つ)。他のウイングスナンバーのように特段印象に残る派手なプレイはありませんが(汗)、堅実なノリでリードしてゆきます。ポールの弾くベースラインもオーソドックスですが結構音量が大きめで耳に残ります。ドラムスはドラマーが欠員のためここでもポールがたたいています。先ほどのレゲエか何か分からない独創的なリズムを繰り出しています。レゲエか何かをポール流に解釈した結果なのか否や・・・。部分によってパターンが変わるのが印象的で、あまり個性の少ないこの曲にメリハリをつけています。この曲のリズムが変てこに聞こえるのも、素人ドラマー・ポールのおかげかもしれません。恐るべし、ポール・・・!
そして、ギターやドラムス以上に目立っているのがキーボードです。もちろん!弾いているのはリンダです。この時代のキーボードは「ムーグ・シンセ」と呼ばれ、機械的ながらもレトロな音を出しますが、ちょうどポールは1973年頃からウイングス・サウンドにこのムーグを導入した所でした。『Loup(1st Indian On The Moon)』はその先鞭でしたし、この曲のちょっと前に録音した『Band On The Run』『Jet』ではリンダの弾くフレーズはあまりにも有名です。そしてこの曲を経て、「ヴィーナス・アンド・マース」でさらに多用され、ウイングス・サウンドに欠かせないものとなるのですが・・・。ポールが当時はまっていたSF小説の世界を体現するにもぴったりな楽器でした。ここでポールの偉い所は、ムーグをただやたらに使用するのではなく、専らシンプルなフレーズの演奏に使用し、ムーグの音色が効果的に聞こえるように工夫している点です。これは『Band On The Run』しかり『Jet』しかり。キーボード初心者のリンダが弾きやすいように簡単なメロディをこしらえたというのもありますが、指一本弾きでも演奏できるフレーズがムーグのインパクトの大きいあの甲高い音で奏でられると、元々覚えやすいメロディがさらに際立つのです。この曲のメロディが単純明快で覚えやすいということは先述の通りですが、この曲でもそれをムーグで演奏することによって、ますますメロディの印象が強くなっています。長めの2音が繰り返し登場する箇所は、この曲をうろ覚えの方でも思い出せることでしょう。「『Zoo Gang』といえばムーグ!」という方も多いかもしれません。それほど、この曲の演奏でも特に目立つパートです。ムーグならではのレトロな音色がおしゃれな雰囲気を出していますが、イントロなど随所で入るメロディを奏でるアコーディオンみたいな音もどこか古きよき時代を思わせます(個人的にはこの音が大好き)。これもムーグによる演奏でしょうか。
演奏面についてこのくらいしか語れないのが、この曲の個性のなさを示していますが(汗)、それでもムーグ・シンセの奏でるメロディを筆頭に、アコーディオン風のレトロな音、少ない出番の中でメイン・メロディを聞かせるギター、そしてユニークなドラムスと、短いながらも意外なほど魅力的です。私みたいにここまでこの曲を語ったり聞き込んだりする人もそうそういないと思いますが(汗)、少しでもこの曲の魅力が分かっていただけるとうれしいですね。そう、ポールは歌が入っていなくても印象に残る素敵な曲を生み出してくれるのです。
さて、ビートルズがインスト・ナンバーを公式発表することが稀だったこともあり、ビートルズからポールのソロを知るとポールがインストを書くという事実は意外に思えますが、実はポールは思った以上に結構たくさんのインスト・ナンバーを公式発表しています(最近はそうでもなくなりましたが・・・)。未発表曲も含めるとそれこそ大変な量になります。ポールのインストに特徴的なのは、何の目的もなく気ままにレコーディングされた、言ってしまえばたいしたことのない(汗)ものが多いということです。即興で作ったデモテープの延長線上のような曲もばんばん公式発表するほどです(苦笑)。ポールの悪い癖でもあり、ポールの音楽の幅広さ・アバンギャルドさを体感できるチャンスでもあるのですが、この曲はそうした気ままなインストとちょっと違います。というのも、この曲の場合は、インストを書くれっきとした理由があったからなのです。そのきっかけが・・・TVドラマでした。
この曲は、実はTV番組の主題歌として書かれたものでした。番組のタイトルは、ずばり「The Zoo Gang」。まさにこの曲のタイトルと同名であります(厳密には番組名は「The Zoo Gang」で、曲名は「Zoo Gang」)。「The Zoo Gang」は、英国の放送局・ATV系列で1974年4月〜5月に全6回放送されたシリーズもののTVドラマです。ポール・ギャリコ原作の同名の小説を基にした作品で、内容はアクション・アドベンチャーものです。今回いろいろ調べてみましたが、バリー・モース、ジョン・ミルズ、ブライアン・キース、リリー・パルマーの4人が主人公を演じています。この4人演じるキャラクターは、第2次世界大戦時に南フランスで結成された5人組の地下組織「ズー・ギャング」のメンバーであり、戦争から30年後経った頃、もう1人のメンバーを戦時中に殺した男と再会したことを機に「ズー・ギャング」が再結成する所から話が始まります。そして、4人は年齢のハンディを乗り越えて、フランスの地で詐欺師や犯罪者といった様々な悪に立ち向かってゆく・・・というスリリングな展開の内容だそうです(ひょっとしてこの曲がフランスで録音されたのはドラマの舞台だから?)。もちろん私はドラマを見ていないので本当にこういう内容かどうか断言できないですが・・・(汗)。4人のメンバーには「象」「虎」「ヒョウ」「キツネ」といった動物のコードネームがつけられていて、これが「ズー・ギャング」たるゆえんなのでしょう。毎回多彩なゲストが登場したためか、英国では結構人気のドラマだったらしく、2007年にDVD化されているようです。ドラマの詳しいあらすじやキャスト・制作スタッフなどは、こちらのサイト(注:全編英語です)が参考になりますので、興味のある方は覗いてみてはいかがでしょうか?ドラマからのキャプチャ写真も載っていて、雰囲気がよく分かります。私は、今回このサイトでいろんなことが分かりました。
そんなアドベンチャー・ドラマの主題歌を書き下ろしたのがポールでした。きっとATV側からオファーがあったのでしょう。さすが天才メロディ・メイカーで知られるポールでありますが、ドラマが1974年4月放送で、主題歌の録音が1973年11月ということは相当前にオファーがあったということでしょうか。こうして出来上がったのがこの『Zoo Gang』なのですが、一見シリアスそうな内容のドラマに、ちょっと陽気なこの主題歌。果たしてドラマにぴったりだったのかは、ドラマを見ていないので分かりません(汗)。でも、レトロな雰囲気は中年たちが主人公で南フランスが舞台のドラマにはお似合いかもしれませんね(笑)。そして無事に、この曲は実際に番組の主題歌として6回分の放送で使用されました(ポールが担当したのは主題歌のみで、劇中音楽はケン・ソーン)。英国のポール・ファンは、ひょんな所でポールの新曲を聴くことができてうれしい思いをしたのでしょうね。まぁインストですけど(苦笑)。ちなみに、ポールはこの曲の後も英国のTV番組のためにいくつか曲を録音しています。同名メロドラマに使用された『Crossroads』(1975年)と、「Mother's Pride」という番組のために書いた『Proud Mum』(1974年、結局使用されず、曲自体も未発表)がそれに当たりますが、この時期ポールはTV番組とのコラボレーションを積極的に行っていたのでした。興味深いことに、これらすべてがインスト・ナンバー。英国のTVドラマというのは、インストの主題歌が好まれる(好まれた?)のでしょうか。現代日本のTVドラマ事情を考えるとちょっと不思議ですね。日本は歌とのタイアップばかりですから。
ここからはマニアックな話を・・・したいのですが実は話すことがないのです(汗)。というのも、この曲はアウトテイクも発見されていない上、ライヴでも演奏されていないからです。補足することがないのです(汗)。まぁこの曲をライヴで突然やったりしたらちょっと恐ろしい気もしますが・・・。一日だけならやってもいいかも(笑)。
さて、ポールがドラマに提供した曲の音源は、1974年6月発売のウイングスのシングル「Band On The Run」(アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」からのシングルカット第2弾)のB面で発表されることとなりました。ドラマの放送時期が4月〜5月ですので、ちょうどいいタイミングで世に出ることとなりました。実際この曲目当てでシングルを買ったドラマのファンがどのくらいいたかは不明ですが・・・。ただし、シングルに収録されたのは英国だけ。米国・日本ではB面は「バンド・オン・ザ・ラン」から『西暦1985年』を代わりに収録したからです。これは、よりヒット性を重視した米国のレコード会社が「こんなインストを入れるよりは、『西暦1985年』を入れた方が売れる」と考えての措置かもしれません(笑)。まぁ、英国でのみ放送されたドラマでしたから、ドラマを見ることのできない米国や日本のリスナーにとっては入手できてもありがたくない退屈なインストにしか思えなかったでしょうし・・・。そして、この曲はその後のアルバムに収録されることはなく、シングルでしか聴けない非常にレアな曲となりました。まして、B面が違った米国・日本では長い間未発表作品となってしまったのでした。かくして英国以外では10年以上も超レア音源となったわけですが、結局はポールのアルバムのCD化の際にアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」のボーナス・トラックに収録されたことで、ようやく日米でも聴くことができるようになりました。今では全然レアではなく、容易に聴くことができます。この曲は時期的には「バンド・オン・ザ・ラン」と同じ頃なのですが、「ヴィーナス・アンド・マース」に追加収録されてもさほど違和感がないのは、ムーグ・シンセのおかげかもしれません。
この曲は、個人的にはポールの数あるインスト・ナンバーの中でも大好きですね!なんともマニアックですが(笑)。今回調べてみて、TVドラマ「The Zoo Gang」が面白そうに感じられたので余計好きになりました。DVD化されているようですが、日本では未発売のようでドラマを見ることはできなそうですが・・・(内容を理解するには英語に堪能じゃないといけないし)。今回のイラストは、そういうわけで「The Zoo Gang」からです(加筆修正以前はタイトルからイメージしたものを描いていましたが、変更しました)。ドラマの雰囲気が分かっていただけるとうれしいですね。この曲では、先述のようにアコーディオンのような音がお気に入りです。レトロというかおしゃれというか・・・。ドラマの写真を見て以来、これを聴くとリリー・パルマーの顔が思い出されます(苦笑)。残念ながらもうお亡くなりになられたようですが・・・。インストなので退屈する面もあるかもしれませんが、聴き所も実はいっぱいありますので、皆さんもぜひ深く味わって聴いてみてください!本当はドラマを見ながらの方がより楽しめるのかもしれませんけど。とりあえずこのページの写真で雰囲気を味わってみてください(笑)。
最後に豆知識。ポール・マッカートニーの全曲をABC順に並べるとこの曲が一番最後になります。まぁ「Z」ですから(笑)。ずいぶんマニアックな「しんがり」だこと・・・。
さて、初回からマニアックぶりを発揮しておいて、次回紹介する曲のヒントは・・・「混迷するポール」。お楽しみに!(これもかなりマニアック!)
(2009.7.27 加筆修正)
アルバム「ヴィーナス・アンド・マース」。現在はこのアルバムのボーナス・トラックに収録されています。