Jooju Boobu 第56回
(2005.9.18更新)
Old Siam,Sir(1979年)
今回の「Jooju Boobu」は、ポールがこれまでに発表してきたすべての作品の中でも最もヘヴィーな部類に入るナンバーを語ります。その名も『Old Siam,Sir』。ウイングスのラスト・アルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」(1979年)に収録された曲です。このアルバムは、ウイングスひいてはポールのアルバムでもロック色が強い作風が特徴ですが、この曲はそんなアルバム特有のロック・テイストが最も色濃く表れています。ステレオタイプのポールしか知らない人にとっては、「えっ、これがポール!?」と驚いてしまうような衝撃的な内容ですが、この曲からは、ポールがその時々の流行の最先端を行く音楽を意識した音作りに挑戦している様子を垣間見ることができます。その辺も交えながら、ポール史上「異色」と言っていいほどヘヴィーなこの曲を語ってゆきます。
まずは、これまでに『Getting Closer』『To You』などを紹介してきたアルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」についておさらいしておきます。このアルバムは、前作「ロンドン・タウン」(1978年)でメンバー2人を失ったポールが、新たにローレンス・ジュバーとスティーブ・ホリーをメンバーに招いて、再び5人に増員されたウイングスによる初のアルバムです。新しいラインアップになったことからか、それとも「ロンドン・タウン」がおとなしめに仕上がった反動からか、ポールがこの新作にかけた意欲は並々ならぬものがありました。数回に分けられて行われたセッションでは、大物ミュージシャンをたくさん集めての一大プロジェクト「ロケストラ」も含めて多くの新曲を生み、さらにはアルバム発売に合わせてプロモ・ヴィデオを多数制作するなど、ポールのアルバムへの自信は固いものとなってゆきました。ウイングスを原点である「卵」に戻して、心機一転やり直そうと考えた、ウイングスにとって新たな出発点となる内容だったのですが・・・結果的にはいろいろあってこれが新ラインアップによる唯一のアルバムにしてウイングス最後のアルバムになってしまいました。
そんな中、「バック・トゥ・ジ・エッグ」で特徴的なのが、冒頭で述べたように常のポールに比べるとロック色が非常に濃いこと。特に、当時隆盛を誇っていたパンクやニューウェーブの影響を強く受けた作風が多く見られます。ロック色の濃いアルバムはそれ以前のウイングスでも見られていましたが、ここでは単なるロックではなく、一癖・二癖あるハードエッジな演奏・アレンジが目立ちます。これは、新たにウイングスの一員となったローレンスやスティーブの影響もありますし、共同プロデューサーにピンク・フロイドやロキシー・ミュージックなどを手がけた売れっ子プロデューサー、クリス・トーマスを抜擢したことも作用していると思いますが、なんといってもポールがパンクやニューウェーブに並々ならぬ興味を示していたことが大きいでしょう。実はこうした音楽は、1977年頃から既に英国はじめ世界を席巻しつつありましたが、その時はポールはこうした流れに迎合せず、あえて我流をつらぬき穏やかなポップやバラードを発表していました。その結果が『Mull Of Kintyre』であり「ロンドン・タウン」であるのはご存知の通り。しかし、それらが(特にアルバムが)チャートで伸び悩んだことからか、それともポールにとってこうした台頭が無視できなくなってきたからか、「バック・トゥ・ジ・エッグ」では一転してこうした流行音楽を意識した音作りがなされるようになりました。アルバムからの先行シングルとして発売された『Goodnight Tonight』は当時流行りのディスコ・ミュージックを意識した斬新な曲ですし、「バック・トゥ・ジ・エッグ」収録曲の『Spin It On』や『To You』からはパンクの影響を、『Arrow Through Me』からはテクノ・ポップの影響を感じさせます。
しかしながら、流行の最先端を行くこれらの音楽に感化されつつも、結果的には本格的にこうした音楽にのめり込むことがないのがポールらしい所。よく「これはパンクではない」「テクノ・ポップではない」という意見がありますが、それもそのはず。ポールは流行りのスタイルを強く意識しても、決して型にはまったように模倣することはない(というより、できない)のです。これはポールの長所なのですが、パンクを意識しても本場のパンクにはならず、ニューウェーブを意識しても本場のニューウェーブにならない。雰囲気は捉えつつもその中身は紛れもなくポールの本領であるポップやバラードの血が流れる、いわば「もどき」作品を生んでいるのです。これはアルバム「マッカートニーII」とテクノ・ポップとの関係を指摘する上でも言えますが、ポールは最先端のミュージック・シーンに敏感に反応し果敢に挑戦することはあっても、深入りはせず自分なりに吸収した上で独創的な音楽を生み出すのです。
といっても、やはり「バック・トゥ・ジ・エッグ」は、同じロックなのに他のウイングス作品とは違った個性的な作風が目に付きます。ポールがパンクとニューウェーブとディスコとテクノ・ポップの洗礼を受ければ、こんなに印象が変わるものなんですね。前作「ロンドン・タウン」と比べればその差は歴然でしょう!そして、こうした異色のロック・ナンバーが大勢を占めるアルバムにおいて、ことさら異色なのが・・・今回ご紹介する『Old Siam,Sir』です。
この曲、実は発売から2年ほど遡った1977年に原型が生まれています。ちょうど「ロンドン・タウン」セッションの中盤戦、ヴァージン諸島での洋上セッションが終わってポールやデニーが自宅スタジオでデモ・レコーディングを行っていた頃です。この時期ポールたちは即興でいろんな曲を取り留めなく演奏し、テープに残していましたが、この曲もそうした何気ないセッションで生まれたものでした。その演奏は今はブートで聴くことができますが・・・すみません、この音源を私は聴いていないので詳しくご説明できません(汗)。この時のタイトルは『Super Big Heatwave』。話によるとまだインスト状態だったようです。この時リンダがキーボードで弾いたリフが、ポールにこの曲のアイデアを思いつかせました。下手すればその他の未発表曲と同様、取り留めないままお蔵入りに終わり、ポールも忘れ去っていただろう、この『Super Big Heatwave』をプロトタイプに、この後「バック・トゥ・ジ・エッグ」セッションで大きな発展を見せるのでした。
というわけで、そのデモ・レコーディングから1年経った1978年夏、ローレンスとスティーブを迎えた「バック・トゥ・ジ・エッグ」セッションでこの曲が復活します。この間にポールがいろいろ書き加えて曲を完成させていると思いますが、元々リンダの弾いたリフが元になっているだけあって、サビのメロディはそのリフそのまんまです(『Super Big Heatwave』を聴いていないのでなんとも言えませんが・・・)。メロの部分も、そのサビをちょっと変形させたようなメロディで、全体的にあのリフの発展形と言える非常にシンプルなものです。間奏を除いてEmのコードでできているのはその証しでしょう。そのおかげで、そのリフが非常に印象的に響くこととなったのですが・・・。そして、完成したこの曲の印象を決定付けたのが、パンクとニューウェーブの存在でした。ポールにとって興味津々だった目新しい音楽のフィルターにかけられた結果、この曲はポール史上最もヘヴィーで力強い曲となることになったのです。この曲ほどにハードエッジなマッカートニー・ナンバーと来て思い浮かぶのは『Helter Skelter』『Morse Moose And The Grey Goose』そして『Rinse The Raindrops』と・・・それだけでしょうか?ローレンスとスティーブによる新たなロックセンスあふれる演奏、前傾的なアーティストを多く手がけたクリス・トーマスによるプロデュース、そして時代を先行くパンクとニューウェーブに目を輝かせていたポール(苦笑)の影響の賜物と言える、ポールにとっては稀に見る重さを発揮しています。リンダいわく「イギリスの今の雰囲気(=1979年当時)に合った」内容です。
それでは、ポールのニューウェーブ節が発揮されたと言われるこの曲の異色なサウンドについて見ていきましょう。この曲は、リンダいわく「ほとんどライヴの状態で演奏した」そうで、基本的にはオーバーダブなしのバンド編成で演奏されています。デニーとローレンスがギター、ポールがベース、リンダがキーボード、スティーブがドラムス。一部噂では「リンダがドラムスをたたいた」という話もあるようですが、明らかな誤りです(苦笑)。そして、リンダの言うとおり、演奏からはセッションでの緊張感がそのまま感じられるかのような張り詰めた空気が漂います。まだこの編成になってから久しくないウイングスですが、ここではすっかり息の合ったかっこいいバンド・サウンドを聞かせます。これも多くリハーサルを重ねてきたおかげでしょうね。
演奏の中心を担うのはデニーとローレンスの弾くエレキギター。これが非常にハードエッジなサウンドです。冒頭から入るリフが曲全体にたびたび登場し耳に残りますが、これからもう既にいつものポール・ロックとは違った雰囲気が漂います。重低音が強調されているせいでしょうか?それともいつもはおとなしめであまり目立った演奏をしないデニーが珍しく表に出ているからでしょうか?いずれにしても、ここは新メンバーのローレンスの面目躍如ですね。『Baby's Request』のようなジャジーな演奏から、この曲のような飛び切りハードな演奏までこなせるんですからすごいです。間奏ではそんなローレンスがデニーと一緒に切れ味抜群のツイン・リード・ギターを披露します。2度登場するこの間奏は、曲のハイライトと言ってもいい出来で、聴き所です。ダーティーな雰囲気の漂う曲中でも一番やかましいひと時であります。そして実にパンクっぽい。エンディング近くでもこのノイジーなトーンで速弾きをします。いつもは地味なデニーもここではよく頑張っています。ポールのベースも、これに合わせて重低音を効かせた太い演奏です。さすがニューウェーブに感化された人だけある(苦笑)。2本のギターにベースが絡み合って、この曲の飛び切りハードでヘヴィーなサウンドを形作っています。
そして、そんなギターサウンドに2つの楽器がユニークな演奏を加えることで、この曲は単なるロックを越えてニューウェーブっぽい異様な雰囲気を醸し出しています。1つが、この曲を生む要因となったキーボードのリフ。『Super Big Heatwave』の時同様、リンダが弾いています(リンダでも弾きやすいシングル・ノート)。先述のようにこれはサビのメロディそのまんまなのですが、イントロからエンディングまで何度も何度もしつこく登場します。そして、これが非常に耳に残るんです。あのメロディを繰り返すだけで、それ以外の演奏がないのが効を奏しているからでしょう。ギターの方が重低音気味なので、唯一の高音として浮き上がっているのもまた1つの要因かもしれません。先述のように間奏を除いてEmのキーのみでできているのはまさにこのリフの影響。おかげでこのリフは曲中至る所に出ることが可能となったのです。この曲を生むことに大きく貢献したことがあってか、リンダはこの曲をアルバム中一番のお気に入りに挙げています。もう1つが、スティーブのドラミングです。これまたギターに負けず劣らずのハードエッジぶりで、非常に力強い演奏です。大きくミックスされているのでそのダイナミックさが直に伝わってきます(シンバル類が極めてクリアに聞こえるのもいい感じ)。面白いのが、ドラムパターンが次から次へと変わっていく点。これもニューウェーブを意識したのかどうか。新たなスタイルを模索しているのは明らかでしょう。メロとサビではパターンが異なるのですが、この切り替わりが早いためドラムパターンの切り替えもめまぐるしいのです。そんなにくるくる変わるとちょっと滑稽でもありますが。それでいて正確にリズムを刻んでいるのはスティーブらしい所でしょうか。エンディングも、フェードアウトしながらそれでもまだパターンをころころ切り替えています。ドラムスも、やはり間奏の部分で一番のハイライトを見せ、迫力満点のフィルインをフィーチャーします。ローレンスもそうですが、スティーブも新メンバーの面目躍如ですね。このラインアップでの演奏をもっと聴きたかったですね・・・。
そして忘れてはいけないもう1つのヘヴィーな要因、それがポールのヴォーカルでしょう!この曲は、ウイングスのアップテンポナンバーでも珍しくポールのシングル・ヴォーカルのみで構成されている曲なのですが、そのヴォーカルスタイルときたらインパクト大です!ロックするポールを知らない、「ポールはポップやバラードを書く軟派な人だ」などと考えている人が聴いたらきっとたまげてしまうでしょう。この曲でのポールは、とにかくシャウトをしまくるスタイルを取っています。これまたパンクやニューウェーブのスタイルを模倣したのかは分かりませんが・・・。この凄まじさは聴いてもらえばよく分かりますが、あらん限りの声を出してシャウトしまくっています。ちょうどこの時期を挟んで、ポールの声が一時期枯れた感じになるのですが(ドラッグの影響という説あり・・・)、それが「バック・トゥ・ジ・エッグ」で随所に聞かれます(『To You』『Winter Rose』など)。そんな枯れ気味の声で、この曲ではシャウトを披露するのです!このまま喉をつぶして声が出なくなるのでは・・・?と心配にさせるほど終始気張った歌い方がされます。これにはあの『Jet』さえも脱帽してしまうほどです。枯れた声がこの曲の荒々しさを表現するにはうってつけになっていて効果的です。ポールといえばポップやバラードの人だと思われがちですが、この曲のようにこんなにも激しいヴォーカルを歌うこともできるのです。まぁ、ポールをよく知るファンにとってはそんなこと常識の話で、ポールはこのヴォーカルスタイルを60歳を過ぎても披露する人なんですが・・・。知らない方はぜひ聴いてみてください。ハードでヘヴィーな演奏のテンションを上げるような、こちらも耳に残るヴォーカルです。ポールのシャウト風ヴォーカルの中でも、ベスト・プレイに値する内容でしょう!
このように、ハードエッジで重低音を効かせたサウンド、奇抜で斬新なアレンジ、そして終始シャウトするポールのヴォーカルと、ポールの音楽史でも極めて異色の内容です。そしてこれこそ、「バック・トゥ・ジ・エッグ」期に炸裂したポールのニューウェーブ節、パンク節の真骨頂でしょう!「バック・トゥ・ジ・エッグ」でのロックに傾倒したポール作品の中には、ストレートな『Getting Closer』、めちゃくちゃに速い『Spin It On』、ひねくれた『To You』といった楽曲もありますが、やはりこの曲が最も強力と言わなくてはいけないでしょう。時代に追いつかんと最先端にかじりついた、その結果が、この異色のヘヴィー・ロックナンバー。ニューウェーブの熱心なファンからしたら「こんなのニューウェーブではない!」と言われるかもしれませんが(汗)、新たな風を入れることにより、ポールのロックに斬新なスタイルが導入され、他のどこにもないオリジナリティあふれる、なんとも不思議な曲が生まれたわけです。
一方、歌詞は曲のハードさ・ヘヴィーさとは関係ありません。ポールお得意の物語風の詞作が繰り広げられます。「オールド・サイアム」の村からイギリス(Old UK)へやって来た女の不運な人生を描いたものです。歌詞中に登場する「ウォルサムストウ」「スカボロー」そして「イースト・エンド」共にイギリスに実在する地名です。この女は男を探してあちこち回り、ある男と結婚するのですが、この男にひどい仕打ちを受けてしまい、またもや「道に迷って(lost her way)」しまいます。そんな話を、ちょっと皮肉っぽいナレーションの立場で語っています。女の出身地と言われる「サイアム(Siam)」とは「シャム」、つまり昔のタイを意味する言葉ですが、となると主人公はタイ出身か?だとすればパンクらしからぬエキゾチックな歌詞というわけです。まぁ、ポールもそこまで深く考えてなかったでしょうし、この曲のヘヴィーさを前に歌詞など意味を持ちませんから・・・。
と思いきや、この歌詞に実は「深読み」説が存在し、話がややこしくなっています(苦笑)。その中心人物となるのが、なんと日本のサディスティック・ミカ・バンドの福井ミカ(加藤ミカ)。なんで唐突に日本のグループが出てくるのか・・・?といえば、「バック・トゥ・ジ・エッグ」の共同プロデューサー、クリス・トーマスが絡んでくるのです。日本のロック・ファンの皆さんならご存知の通り、サディスティック・ミカ・バンドは加藤和彦が奥さんのミカと共に結成したバンドでした。そのバンドのセカンド・アルバム「黒船」(1974年)をプロデュースしたのがクリス・トーマスだったのです。で、ここからが問題の核心ですが、ここでトーマスと出会ったミカは、こともあろうか加藤和彦を尻目にトーマスに不倫してしまったのです。これがきっかけで加藤夫妻は離婚、1975年11月にサディスティック・ミカ・バンドは解散に追い込まれてしまいます。その後、ミカは英国にとどまりトーマスと交際を続けたそうですが・・・、いい発展もなく数年で別れてしまったそうです。で、これと『Old Siam,Sir』のどこが関係するのかといえば・・・、「深読み」説ではポールはこの一連の不倫劇を皮肉ってこの曲の歌詞を書いたのでは?と言われているのです。つまり、「オールド・サイアム」から英国へやって来て男を見つけたものの、道に迷った不運な女が、日本(タイと同じアジア!)から英国へやって来てクリス・トーマスと不倫したものの別れてしまった福井ミカの隠喩というわけなのです。実は、「バック・トゥ・ジ・エッグ」の収録曲『Baby's Request』もポールとミカとの会話が元になったというエピソードがあり、この時期ポールとミカにはちゃんと接点があります。さらにアルバムプロデュースをトーマスが担当していることもあり・・・あながちウソとは言いがたい説です。果たしてミカやトーマスがこの揶揄に気づいたかは不明ですが・・・。こんな深読みもできてしまう興味深い歌詞です。
さて、ここからは補足的な内容をば。まずはシングルについて。この曲もそうですし、他の曲もそうですが、新たなメンバーを迎えて新たな音楽に挑戦してみた・・・そんな自信作「バック・トゥ・ジ・エッグ」からはポールの並々ならぬ意欲がよく伝わってきます。しかし、実際に発売されてみるとアルバムは思ったより売れず、チャートで苦戦しました。ウイングスにとってデビューアルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」以来の不振という事態は、内容の豪華絢爛ぶりと時代に即した曲目から考えると非常に意外な結果と言えるでしょう。「ウイングスの七不思議」の1つに数えてもいいくらいです。そして、アルバムからのシングルカットも苦戦に立たされることとなりました。そんな中、英国での第1弾シングルとして選ばれたのがこの曲でした(B面は『Spin It On』)。リンダの言うとおり「イギリスの今の雰囲気」にぴったりだったゆえの抜擢でしょう。しかし、ポールの創作意欲旺盛な内容にもかかわらず、35位止まりと中ヒットに終わってしまいました。ポールにとっては大ショックな出来事だったことでしょう。米国・日本ではこの曲の代わりに『Getting Closer』が第1弾シングルに選ばれたもののこちらも不振に・・・。この曲は米日では第2弾シングル「Arrow Through Me」のB面として発売されました(しかし、これまた全米29位と中ヒット・・・)。なぜか、この時期のポールは「売れない」人となっていたのでした。理由は、はっきり言って分かりません(汗)。これだけ時代にも合った素晴らしい内容なのに・・・。
この時期、アルバム制作と並んでポールが力を入れていたのがプロモ・ヴィデオです。ポールは「バック・トゥ・ジ・エッグ」をヴィデオ・アルバム化する構想も持っていたらしく、同時期に録音した8曲ものプロモ・ヴィデオを制作しています。これらは1981年に英国のTV番組で特番として放送されるに至るのですが、その中でこの曲のプロモ・ヴィデオも制作されました。監督はポールのプロモでおなじみのキース・マクミラン。このプロモは「バック・トゥ・ジ・エッグ」セッションの舞台ともなったリンプ城の中で撮影され、スタジオ・ライヴの模様がそのまま収録されています。これが実にウイングスらしい内容です。というのも、ウイングスにしてはとてつもなくハードでヘヴィーな曲というのに、シリアスなムードと滑稽なムードが入り乱れているからです(笑)。言い換えれば、シリアスに演奏している人と、滑稽に演奏している人がいるのです(苦笑)。さぁ、それは一体それぞれ誰なのか?
まず、この曲の雰囲気さながらにシリアスに演奏しているのが、ポールとスティーブ。ポールは大胆にもTシャツ1枚の姿でベースを演奏しています。そしてこれがかっこいいんですよね。表情もいつも以上に険しく眉間にしわを刻み、シャウトしまくります。きっと汗だらだらになっているのでは・・・?と思わせる顔つきです。これは曲のイメージどおりです。同じくスティーブも真剣そのものです。注目して見ていると、かなり原曲に正確なドラミングをしていることが分かります。前任ドラマーの演奏を忠実に再現した『I've Had Enough』のプロモもそうですが、曲に合わせて相当練習したんでしょうね。力任せに迫力あるドラミングを見せる姿はこれまたかっこいいです。シリアスと滑稽の半分の位置にいるのがリンダ。キーボードを指一本弾きで披露しているのですが、曲にマッチしたシリアスな表情・・・をしているつもりなんでしょうが、ちょっとオーバーリアクション気味で笑えます(笑)。首を振って懸命に険しい表情にしようとしているには分かるんですが・・・。そして!曲調を無視して滑稽な仕草を繰り広げているのがデニーとローレンスです。この曲ではハードなツイン・リード・ギターを披露するかっこいい役回りなんですが・・・2人並んでおふざけしております(苦笑)。演奏しているのは確かですが、真剣でないのは明らかで、リンダ以上にオーバーリアクション。しかも表情は笑顔そのものです(特にデニー)。さらにそんな笑顔でカメラ目線だから笑っちゃいます。特に間奏でクローズアップされる2人ですが、一斉にカメラに向かってギターを振ってみせたり、お互いのギターに近づいて話しかけてみたりとやり放題です(笑)。一番デニーがふざけていると思います(笑)。でも、これがウイングスなんですよね。こういうユーモラスな面があるのが、ただただかっこいいだけでないのが。(デニーの存在がそうしているのか?)特に最終ラインアップであるこの時期はそう感じさせますね。中でもデニーとローレンスの仲良しコンビは他にも『Goodnight Tonight』のプロモでもおふざけしていたり、見ていてなかなか面白いです。そしてこういう所が、私がデニー好きな理由の1つです。お茶目で。このプロモ、残念ながらプロモ集「The McCartney Years」未収録です・・・。これは絶対入れてほしかったのに・・・!
この曲のアウトテイクは、先述したプロトタイプ・ヴァージョンの『Super Big Heatwave』の他に、「バック・トゥ・ジ・エッグ」セッションでのアウトテイクが残っているようなのですが・・・私はまだ聴いていないので解説できません(汗)。「エッグ」もののブートはまだ持っていないんですよね・・・。
「バック・トゥ・ジ・エッグ」の曲は、発売してから数ヶ月経った後、1979年末に行われた英国ツアー(結局ウイングス最後のコンサート・ツアーになるのですが・・・)でもその多くが演奏され、ポールの自信の程がうかがえます。そんな中で、この曲も当然ながら演奏されました。ロックナンバー目白押しのコンサート前半を総括するように登場しましたが、これに対する観客の受けが相当大きいです。(やけに気張った)曲紹介がされるや否や大歓声が巻き起こっていますし、イントロでは手拍子すら聞こえます。チャートでは振るわなかったのが本当に不思議な程です。ニューウェーブに影響を受けた曲だけに、なかなかライヴでの再現が難しそうですが、それでもきっちり演奏をこなしています。もちろんリンダのキーボードのリフも健在(ややソフトな音になってはいますが・・・)。ハードエッジなツイン・リード・ギター、スティーブの力強いドラミングもそのままです。そしてポールのシャウトヴォーカル。若干テンポが速いのはライヴならではか。エンディングもここではきちっと締めています。スタジオ・テイクももちろんですが、ライヴ・ヴァージョンもライヴならではのホットな雰囲気があります。この時の演奏は、グラスゴー公演の模様がブートの名盤「LAST FLIGHT」に収録されています。「エッグ」の多くの曲と同じく、このツアーでしか披露されていないのが残念な点でしょうか。
ウイングス解散後はフィーチャーされることもなくなったこの曲ですが、そんな中、2005年に発表されたリミックス集「ツイン・フリークス」はこの曲にスポットが当たる絶好の機会となりました。ポールの'04年ヨーロッパ・ツアーのプレショーのためにDJ.フリーランス・ヘルレイザーが過去にポールが発表した曲をリミックスしたものを集めた「ツイン・フリークス」ですが、この中に『Lalula』という曲があります(12インチシングル「Really Love You」B面でもある)。「ツイン・フリークス」では唯一の「新曲」ですが、実はこの曲、『Old Siam,Sir』からかなりのフレーズを抜粋しています。その内実、事実上『Old Siam,Sir』というタイトルにしても違和感ないくらいです。曲調はかなり前衛的で、ダンサブルなドラムビートを基調にしていますが、そこに『Old Siam,Sir』のフレーズが分かりやすく入っているのですから面白いです。前半はドラムンベースのソロに始まり、やがて緊張感あるストリングスが入ります。と、そこに『Old Siam,Sir』をほうふつさせるギターフレーズが入ってきます(『Old Siam,Sir』じゃないかもしれませんが・・・)。この前半は大して「おっ」と思わせるものはないのですが、面白いのは後半です。なんと、『Old Siam,Sir』のイントロのギター・リフがそのまま登場するのです!曲に合わせてテンポが速めになっています。これにはちょっと笑ってしまうかもしれません。それに導かれるようにして出てくるのが、『Oh Woman,Oh Why』(1971年、シングル「Another Day」B面)のギターフレーズ。しばらくは『Oh Woman,Oh Why』モードになりますが(前半のストリングスも入ってくる)、そこに今度は『Old Siam,Sir』の間奏のギターフレーズが入ってきます。そう、「ツイン・フリークス」お得意の2曲のマッシュアップです。ここで『Oh Woman,Oh Why』と『Old Siam,Sir』夢の共演というわけです(笑)。さらに『Old Siam,Sir』のキーボード・リフもアレンジされて入ってきて、曲はますます面白い、混沌とした様相を見せてゆきます。耳なじんだメロディが、別曲と同時進行で流れているのは本当に面白いです。他の「ツイン・フリークス」収録曲もそうですが、ヘルレイザーの手腕には脱帽です。ちなみに、『Old Siam,Sir』は同アルバムの『What's That You're Doin'?』のサビにシンセ・リフが利用されており、ここでもマッシュアップが実現しています。何かとリミックスに使いやすい曲というわけですね。
この曲に関しては「百聞は一聴にしかず」ですね。ここでは「ヘヴィー」だの「シャウト」だの書きましたが、そうした言葉がいらないくらいに衝撃的な曲です!「バック・トゥ・ジ・エッグ」でも一番ロック色が出ていて、力強く荒れていると思います。ベスト盤には全く収録されていませんが、これを聴かねば「ロックするポール」は分からないまま、と言っても過言ではないほどです。ポールのシャウトの凄まじさには脱帽ですね。この調子でセッションでツアーでこのシャウトを繰り返し繰り返し歌ったと思うと・・・。ポールが先日全米ツアーを始めましたが、この曲も歌ってくれないかなぁ・・・。年齢的に無理か(苦笑)。リンダが好きな曲ですが、私も好きな曲ですよ!あと、この曲といえばデニーのお茶目なカメラ目線が楽しいプロモ・ヴィデオでしょう!これは「The McCartney Years」に収録されなかったのが重ね重ねも惜しいです・・・。
今回のイラストは・・・すみませんノーコメントで(汗)。というのも、珍しくタイトルからイラストが思い浮かずイメージがわかず、おまけに描く時間もなく思いきり手抜きしたからです・・・。やはり週2で2枚描くのはきつい・・・。
さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「レゲエとロック」。お楽しみに!
(2009.4.11 加筆修正)
当時のシングル盤。/アルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」。ロック色の強いポールの自信作にしてウイングスのラスト・アルバム。個人的にお勧め。