Jooju Boobu 第55回

(2005.9.15更新)

She's My Baby(1976年)

 今回の「Jooju Boobu」は、前回紹介した『Silly Love Songs』と同じく、ウイングスのアルバム「スピード・オブ・サウンド」(1976年)に収録された『She's My Baby』を語ります。邦題は「僕のベイビー」。当たり障りなく、まぁ妥当な所でしょう(苦笑)。この曲は、『Silly Love Songs』とは打って変わって、絶頂期ウイングスにしては地味な小曲ですが、小曲だからこその隠れた魅力が詰まっています。ファンの間でも比較的人気があることがそれを裏付けています。今回は、マイナーながらもついつい気になってしまう、そんなこの曲を紹介します。語ることが少ないのですぐ終わってしまいそうですが(汗)。

 アルバム「スピード・オブ・サウンド」については、既に前回概略を説明しているのでご承知だとは思いますが、一応改めてざっと説明しておきます。「スピード・オブ・サウンド」は、当時ワールド・ツアーを展開していたウイングス(当時は後年「絶頂期」と称される5人編成)が、その成功の頂点であり最大目標としてきた米国ツアーを狙って強力な新曲を投入すべく、1976年初頭に集中的に、短期間に行われたセッションでレコーディングされた作品で、その米国ツアー前に発売されて大ヒットとなりました。その牽引役が『Silly Love Songs』だったことは、前回お話した通り。また、当時のメンバー全員をフロントマンとするいわゆる「ウイングス民主主義」を徹底すべく、ポール以外のメンバーがヴォーカルを取る曲が約半数を占めるという内容でも知られており、現在ではそれが要因で低評価気味となっている作品でもあります(汗)。そんな中で、今回ご紹介する『She's My Baby』は、アルバム内で数少ない貴重な、ポールがヴォーカルを取る曲です。

 この曲は、ワールド・ツアーの合間を縫って手軽なロンドンで急ピッチに行われた一連の「スピード・オブ・サウンド」セッションで録音され発表に至っていますが、この曲を書いたのはそれよりも以前ではないか・・・?と思われます。これはアルバム「ワーキング・クラシカル」(後述)のライナーノーツからの推測ですが、そこには「ビートルズ解散後からそう年月経たない間に、ある夜ロンドンでピアノを使って作られた」と書かれています。「そう年月経たない間(early years)」とあることから、遅くとも1973年頃にはできていたのでは・・・?と思わせます。ただし、これはポール自身がつづったものではなく、確実な情報とは言えず、それを示すアウトテイクなども残っていないので(この曲のアウトテイクは全く発見されていない)真相は不明です・・・。

 さて、この曲自体を見てみると、ポールらしいポップナンバーに仕上がっています。キャッチーでシンプルなメロディに、うきうきしてくるような跳ねるリズム。ポールは無数のポップナンバーを生み出していますが、その中でも遜色しない出来です。思わず口ずさんでしまうようなメロディはポールならでは、です。しかし、この曲には他のポップナンバーと比べてどうしても冠されてしまう形容詞があります。私も既にこのコラムで使用してしまいましたし(汗)、多くの人がそう思っていることでしょう。前回の『Silly Love Songs』や多くのマッカートニー・ポップと違う点・・・それは「地味」というキーワードです。

 と、なんだかネガティブな言葉が飛び出してきましたが(汗)。しかし一聴した時点で、皆さんもきっとそう思ったかもしれません。この曲は、明らかにポールのポップとしては非常に地味な作品です。確かに、この曲が収録されたのはA面の3曲目という比較的目立ちやすい位置というのに、あまりこの曲が語られることを目にすることはありません。つまり、全然目立っていないのです(汗)。まぁ、「スピード・オブ・サウンド」というアルバム自体、ポール以外のメンバーがヴォーカルを取る曲が多くを占めてしまったのと、全体的に小粒な印象が拭えないため、シングルとなった『Silly Love Songs』と『Let 'Em In』以外がぱっとしないというのもありますが・・・、そういったアルバム事情を除いて単体に見ても、この曲は地味です。では、どんな所に理由があるのか?そして、地味ながらのこの曲の魅力は・・・?そういった点から、この曲を詳しく見てみましょう。

 まず、使用されている楽器が非常に素朴なのが一聴して分かります。同じくポップナンバーである前年の『Listen To What The Man Said』や、この曲と同時期の『Silly Love Songs』のサウンドがきらびやかなのに比べるとその差は歴然としています。まして、この時期はハードでゴージャスな演奏が「絶頂期」とまで評されるほどにインパクトの強い最強ラインアップのウイングス。ブラス・セクションまで動員してロック・ショーを繰り広げていたというのに、この曲はなんとも大人しめに響きます。しかもバラードならまだ分からないでも、この曲はポップナンバー。いくらでも明るく賑やかに仕上げられたはずが、一転してシンプルな(もっと言えば、スカスカな)演奏になっているのは、ポールの思惑があったのかなかったのか・・・。これが、この曲の地味さを生んでいる大きな要因です。

 曲のメインを張るのは、ポールが弾くローズ・ピアノ(エレクトリック・ピアノ)。先述のライナーノーツでは「ピアノを使って作られた」と書いてありますが、そのエピソードを裏付けるかのようです。そのまま弾き語りで演奏してくれるポールが目に浮かぶかのようです。アコースティックでなくローズ・ピアノを使用しているのが面白い点でしょうか。後は、当時のウイングスの編成そのままに、ギター、ベース、ドラムスというシンプルなバンドサウンドで構成されていますが、どれも控えめな演奏で、それほど目立ちません。よって特筆すべき演奏もないのですが(汗)。デニー・レインとジミー・マッカロクの2人によるエレキ・ギターも間奏でソロをフィーチャーしている(ベースとユニゾンになっている)以外は目立った動きをしていません。(と言いつつも実は結構いろんなメロディをちゃんと演奏しているのですが・・・ミックスのせいか?)そして、思ったほどハードに聞こえないのも、没個性的であります(汗)。この後の全米ツアーではバリバリのロック・ギターを披露しているジミーも、ここではすっかり落ち着き払っています。同じくツアーではダイナミックなドラミングを聴かせるジョー・イングリッシュも、ここでは実にあっさりと、淡々とした演奏に終始しています。後半ほんの少しばかりメリハリがつきますが・・・。

 唯一、ここぞとばかりに表に出ているのがポールの弾くベースです。シンプルなこの曲において、ベースラインまでもシンプル極まりないのですが、ここで侮ってはいけません。なんと、そのベース、どうやら多重録音されているようなのです。楽器数が少なくトラックが余ったから入れたのか、意図的にベースを太くしようとしたかは不明ですが、忙しいセッションの間としては割と凝っていますな。そのおかげで、通常以上に太い音のベースが生まれることとなりました。前回の『Silly Love Songs』も、歌うようなベースが大きなミックスで収録され、ディスコ・ミュージックのはしり・・・?という仮説はその時にしましたが、この曲ももしかしたらダンス・ミュージックのミックスを意識した・・・のかもしれません。

 そして、地味さを生んでいるのが、アレンジ面。同時期の『Let 'Em In』や『Silly Love Songs』も単純なメロディをベースにしながらも、そこから変化をつけた効果的なアレンジでぐっと聴かせるという手法を使ってリスナーに印象を与えることに成功していますが、この曲にはそれがありません。つまり、目立ったアレンジもなく淡々と進んでゆくだけなのです。名アレンジャーの名をほしいがままにしているポールにしては珍しい展開です。こうした淡々としたアレンジは、なぜか「スピード・オブ・サウンド」の時期に固まっており、『Must Do Something About It』や『San Ferry Anne』などの登場によりアルバムの印象を目立たなくしているのですが(汗)、ポップナンバーであるこの曲もその片棒を担いでいるのです。ここは同じくシンプルな演奏の『Let 'Em In』とはちょっと違う点ですね。

 曲は、特筆すべき盛り上がりもなく始まり、終わってゆきます(汗)。こう書くとぶっきらぼうに見えますが、事実その言葉がふさわしい展開です。イントロもなく、いきなりポールのぼそっとしたヴォーカルが入ります。そして、上記のエレピ、ベース、ギター、ドラムスによる演奏が始まりますが、それからはどれかが増えるでも減るでもなく、何か印象的なソロやフィルインを繰り出すでもなく、ただただ進んでゆきます。演奏面の地味さは先述の通り。しかもかなりスカスカです。ミドルテンポだから余計そう聞こえるのかもしれません。メインの“She's my baby〜”のくだりでは必ず一呼吸置くのがちょっとしたアクセントになっているくらいでしょう。間奏付近から、若干ドラミング(シンバル類)にメリハリがつき始め、間奏ではブレイクを置くといった工夫も施され始め、さらにはその後のヴォーカルにコーラスも入り賑やかになるのでは・・・?と予想させるのですが・・・残念ながらそうはならず。すぐにフェードアウトしてしまいます。そして、クロスフェードで次曲『Beware My Love』の導入部のアコーディオンのような音が入ります。プログレを意識したと言われるリンクです。ちなみに、『Beware My Love』はシングルB面に収録される際この曲と切り離されたヴァージョンが作られましたが、この曲に関しては次曲から切り離されたヴァージョンはありません。したがって、オリジナルCDにこの曲を収録する際は、自分でフェードアウトするよう細工する必要があります(苦笑)。アルバムでは、この曲まで全3曲が淡々とした印象であり、次に来る激しいロック『Beware My Love』を際立たせているかのようです。

 このように、演奏も薄っぺらくシンプルで、淡々としたもので、さらには大きなアレンジの変化もない・・・となると、いかにこの曲が地味なイメージが強いかが分かります。おまけに演奏時間は3分ちょっと。当時としてはかなり短い部類に入ります。「スピード・オブ・サウンド」のアルバムナンバー(特にポールのヴォーカル曲)が一貫して地味めなのは、曲自体が短く小粒な印象を持つからかもしれません。同じA面3曲目のポップナンバーである『Get On The Right Thing』(アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」収録)に比べると遥かにインパクトに欠けていることが分かることでしょう(汗)。

 しかし、地味だからといってこの曲が質の悪い、駄作だというわけではありません。目立たないけれど、目立たないなりにポール節を発揮しているのが、この曲といった所でしょう。その源になるのが、覚えやすいシンプルなメロディと、地味な演奏ながらもポップなリズムでしょう。そのポップさは、メロディを切り取って考えるといかにもポールらしいもので侮れないものがあります。また、演奏が地味で淡々としているがために、この曲のポップなメロディが分かりやすい、という逆効果もあります。変なアレンジでごまかすことなくそのままメロディが強調される形になっていますが、その時点でポール節を大いに感じることができるのですから、これは伊達ではありませんね。例えれば、シンプルなアレンジにした『Hello Goodbye』といった所でしょうか。ヴォーカルのメロディはもちろんのこと、ベースラインのツボをついたような覚えやすさも『Hello Goodbye』に近いものがあります(特に間奏のメロディが)。結局、どこを切り取ってもポップなポール、というわけでした。

 そんなポール節はメロディやリズムのみならず、歌詞からも感じ取ることができます。タイトルの意味はもちろん「彼女は僕のベイビー」。自分のベイビー(=恋人)について自慢しつつ歌ったものです。そして、こうした曲ではポールお得意の「バカげたラヴソング」ぶりを堪能することができます。彼女に愛されて、すっかり有頂天になって喜んでいる主人公の甘〜い恋模様が伝わってきます(笑)。まさにこれぞポールといった内容のラヴソングです。それもそのはず、この曲は愛妻・リンダに捧げられました。つまりここでの「ベイビー」はリンダのことです(ポールにとっては)。ポールいわく「当時の僕たちの関係を蓄積していった日記から取ったようなもの」とのこと。先のライナーノーツを信じれば、書いたのはビートルズ解散後数年も経たない頃だそうですから、まさにポールとリンダの結婚生活が農場暮らしを経てますます明るくなっていた時期。ポールがこんなアマアマな歌詞を書くのも分かる気がします。「最後の一滴まで彼女の愛を搾り取ろう」と陽気に歌われますが、リンダに直接歌いかけただけあって、この詞作にかけるポールの真剣度も高いことでしょう。他愛ないといえばそれまでですが、まぁ、かわいい恋人ができたらこんな風に自慢したくなるものなのでしょう(苦笑)。

 アマアマな歌詞を、ポールはイントロなしに披露します。ヴォーカルもここでは控えめで、ほとんどがポールの単独ヴォーカルです。前半は間奏なしに淡々と歌われてゆきます。ポールなら甘い歌詞をなんとも甘く歌うこともできますが、この曲のヴォーカルはただ甘いだけでなくちょっとユニークな声で歌われています。同じくアマアマな『One More Kiss』も妙なアクセントで歌っていたポールですが、ここでもそんなスタイルで直球を避けているかのようです。ここで普通に歌ってしまったらそれこそ曲が没個性的になりますが(汗)、地味なこの曲にあってちょっとしたアクセントになっている、気の利いた歌い方です。そのユニークさが炸裂するのが、終盤になってようやく入るコーラス。恐らくリンダは不参加でデニー辺り(もしくはポールの多重録音)だと思うのですが、ヴォーカルの鼻に掛かった感じを強調した格好で締めくくります。このコーラスが入るとただ甘いだけでなく面白みも感じられる、微笑ましい効果ですね。繰り返される一節の発音が面白いからかもしれません。「もっぴにあー、もっぴにあー」って(笑)。残念ながら程なくフェードアウトしてしまいますが・・・。個人的には、間奏に入るアドリブ(?)も結構気になります。ポール自身、リズムに合わせて拍子を取っているかのようです。

 ウイングスの全米ツアーを補強すべく発売された「スピード・オブ・サウンド」ですが、意外にも新曲はうち4曲しか披露されず、多くの曲はライヴで披露されることはありませんでした。中でも、この曲は演奏された4曲に次いでアップテンポでライヴ映えしそうな曲というのに、ライヴでは取り上げられませんでした。やはり、オリジナルの淡々とした演奏が災いしたか・・・(汗)。この曲と『Beware My Love』のメドレーの再現・・・というのも面白かった気がしますが。

 それ以来、注目されずに来てしまったこの曲ですが、一度だけ特別に取り上げられたことがあります。それは、1999年に発表されたポールのクラシック・アルバム第3作「ワーキング・クラシカル」でのこと。このクラシック作品では、新曲のみならず、過去にポールが発表した楽曲をストリングス・アレンジで演奏したものが収録されていましたが、その中の1曲としてこの曲が選ばれました。このアルバムは、ちょうど1年半前に亡くなったリンダに捧げられており、過去に書かれた曲は『Maybe I'm Amazed』『My Love』『The Lovely Linda』と、リンダへの直接的な愛を歌ったものが選ばれています。そんな中で、一見無名なこの曲が選ばれていることから、ポールがこの曲に込めたリンダへの深い想いが伝わってきます。他愛なさそうな歌詞も、ポールからすれば大切な思い出なんですね。そう考えると単なるポップソングも重みを増して感じられます。演奏はローマー・マー・カルテットによる弦楽四重奏です。ちなみに、私はポールのクラシック作品にはまだ手を染めていないため、このヴァージョンを聴いたことがありません・・・(汗)。

 ・・・と、ここまで書いてもう書くことがなくなりました(汗)。まぁそれほどマイナーで地味ということで・・・。しかしながら、ポールらしいポップナンバーであることは確かです。演奏も控えめ、アレンジも控えめ、ヴォーカルも控えめ、それなのに自然と心がうきうきしてくる。マッカートニー・ポップの真髄と言える作品でしょう。余計な装飾をすべて排除してもポールのポップはポップであることがよ〜く分かります。そう考えると、『Silly Love Songs』からこの曲まで、地味ながらも「スピード・オブ・サウンド」ではポールのポップ職人ぶりがよく発揮されていますね。こういう曲がもっと多かったらアルバムの定評はもっとよかった・・・?よくポールの曲はアルバムナンバーにその真髄が表れると言われることがありますが、ポールのポップ・テイストを手頃に味わうにはうってつけと言えるでしょう。シンプルですが、その分飽きは来ないと思います。アルバムにしか収録されていない、しかも小曲に値する曲にも、ポールの魅力をたくさん楽しむことができるのです。

 私個人的にも、地味すぎてこの曲の存在を忘れてしまうことがしばしばです(汗)。しかし、たまにアルバムで聴いてみると「いいなぁ」と改めて思う、その繰り返し状態にあります。決して嫌いな曲ではないし、「スピード・オブ・サウンド」では上位に好きな曲です。この曲とリンクしている次の『Beware My Love』が私のお気に入りナンバーであることも遠因かもしれません。この曲の歌詞はかなり好きですね、アマアマなラヴソングで(笑)。なんだかんだいって、こういう楽観的な恋模様を描く時のポールが好きですね。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ハードなロックンロール」。お楽しみに!!(今回は手抜きみたいですみません!)

 (2009.4.04 加筆修正)

アルバム「スピード・オブ・サウンド」。地味な曲が多めだが、佳曲がたっぷり詰まったアルバム。

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