Jooju Boobu 第53回

(2005.9.08更新)

Cafe On The Left Bank(1978年)

 今回の「Jooju Boobu」は、コアなポール・ファンならきっとお気に入りであろうミディアム・テンポのロックナンバー、『Cafe On The Left Bank』を語ります。邦題は「セーヌのカフェ・テラス」。東芝EMIさんによる独自の解釈が加えられた意訳ですが(苦笑)、歌詞の雰囲気には合っています。この曲は、ウイングスのアルバム「ロンドン・タウン」(1978年)で発表されましたが、この曲ではウイングスがロック・バンドとして成熟した姿を楽しむことができる上で、独特の味わいを楽しむことができます。アルバムで随一のアップテンポナンバーながら注目されず目立たない存在ではありますが、そこには見逃しがたい魅力があります。ファンの間では結構人気のある、この曲について語ってゆきます。

 この曲が収録されたアルバム「ロンドン・タウン」については、既にこのコラムでも6曲を紹介しているので皆さんもその内実はご存知の通りでしょう(それほど私が「ロンドン・タウン」を気に入っていることの証しなのですが・・・)。一応復習してみますと、レコーディング・セッションは長い期間をかけて複数の地で行われたものの、そんな中で2人のメンバー(ジミー・マッカロク、ジョー・イングリッシュ)が脱退する事件が起きているため、黄金期ラインアップによる5人編成で録音された楽曲と、残された3人(=「バンド・オン・ザ・ラン」期と同一ラインアップ)で録音された楽曲が約半分ずつの割合で並存しているという紆余曲折の中で生まれた作品です。作風的には、黄金期ウイングスのバンド・サウンドと、デニー・レインの影響を色濃く反映した英国回帰現象ともいえるトラッド(伝統音楽)嗜好性の強いプライベートなサウンドが共存しながら、全体的にまったりした落ち着いた空気が流れていて、それがポールを愛聴する多くのファンの間で高い定評を得ているというのは周知の通りですね(笑)。もちろんこの私もそんなアルバムの魅力に惹かれている人間の1人であることは言うまでもないですが。

 そんな「ロンドン・タウン」セッションのうち、前半戦(つまり、5人編成の時期)の多くを割いたのが有名な「洋上セッション」でした。デニーの唐突で無計画なアイデア(笑)に好奇心旺盛なポールが飛びつき実現した夢のセッションです(結局は一概に夢とは言えない内容だったようですが・・・)。ヴァージン諸島を舞台に、ポールはもちろんウイングスの全メンバーが海に浮かぶヨットで生活し、そしてヨットでレコーディングを行うという、いかにも開放的な印象のひと時でした。実際には開放感と共に閉塞感もあったようですが・・・。3隻もヨットをレンタルしたということですから、ポールの財力には感心してしまいます。レコーディングが行われたのはそのうちの1つ、「フェア・キャロル号」。ここでアルバムからのシングルカットである『With A Little Luck(しあわせの予感)』や『I've Had Enough(別れの時)』をはじめ10曲近くが録音されました(アルバムブックレットでは歌詞のページに船のマークが描かれています!)。バンドとしての結束を固めると共に、再崩壊へのきっかけとなってしまった?とも憶測される(汗)この洋上セッションですが、その最初に取り上げられた曲・・・実はそれが今回ご紹介する『Cafe On The Left Bank』でした。

 面白いことに、この洋上セッションで録音された楽曲は、そのロケーションを思わせる、開放的でその通りに海の匂いをも感じさせる作風のものと、そうでないものとに分けることができます。これは、ポールがセッションを行った場所の雰囲気にいろいろ影響を受けることの証明でもあり、逆にポールが思い描く作風がどんな場所においても揺るがないことの証明でもあり、なんとも複雑な所なのですが、一辺倒にどちらかに流れる人でないということでしょう(苦笑)。開放感たっぷりの『With A Little Luck』や『Girls' School』、そして海を題材にした『Morse Moose And The Grey Goose(モース・ムースとグレイ・グース)』なんかは前者に当たるのは言わずもがですが、一方でトラッド風味たっぷりの『Famous Groupies(伝説のグルーピー)』『Don't Let It Bring You Down(ピンチをぶっとばせ)』といった楽曲もあり、これは後者に入りますね。そしてこの曲はといえば・・・また違った空気が流れています。それはどんなものなのか・・・?早速語ってゆきましょう。

 この曲は、大雑把に言えば冒頭で述べたとおりロックナンバーです。テンポはそれほど速くなく(冒頭で触れたようにミディアム・テンポ)、バリバリのロックナンバー!と言えるものではないですが、全体的にまったり目なバラードが大勢を占めるアルバムにおいては貴重なアップテンポナンバーです。こうしたアップテンポの楽曲の存在が、アルバムを聴いていて途中でだれることのない一工夫になっていて重要なのですが、この曲は2曲目に収録されており、『London Town(たそがれのロンドン・タウン)』でゆったり始まったアルバムを一転して盛り上げ、流れをスムーズにする役目を担っています。この曲がこの位置にあるのとないのとでは印象がかなり違ってくると思います(A面最後の『I've Had Enough』しかりB面最後の『Morse Moose〜』しかり)。アルバム内では程よいスパイスとして機能しています。

 そして、もう1つこの曲の特徴として挙げなくてはならないのは、ポールにしては珍しくマイナー調のメロディを持っている所でしょう!ポールという人は普段はメジャーキーべったりな曲を書くのが主流であり、それがポールの曲に分かりやすさを生んでいる要因なのですが、この曲ではほぼ全編にわたってマイナーキーで統一されています。ここまでマイナー中心というのはポールでは異例のことです。何がきっかけでそんな展開のメロディを生んだのかは不明ですが、こうしたコード使いの結果、アップテンポのロックなのに物悲しげな空気が流れるというなんとも言えない絶妙な仕上がりとなっています。さらに、それでいて物悲しさたっぷりかと言えばそうでもなく、常のポールらしいポジティブな空気も感じられる・・・という、どこかあやふやとした不思議な感覚がつきまとっています。このちょっとした違和感が、この曲のちょっとした魅力であります。微妙な位置関係にある、ポールにとっては冒険のような作風ですが、ちゃんと「マッカートニー・ミュージック」の枠内に入っているのでご安心を(違和感はあくまで、「ちょっとだけ」)。マイナーキーの生み出す陰りを絶妙に生かした、そんな1曲です。

 そんな「不思議なロック」を披露する演奏は、洋上セッションでの録音・・・ということで、5人編成ウイングスによるフルバンドサウンドです。セッション途中で脱退してしまうジミーとジョーもしっかり参加しています。洋上セッションで録音された楽曲の大きな魅力が、やはり絶頂期を作り上げたラインアップによるロック色の濃いダイナミックな演奏ですが、この曲でもそんなウイングスの円熟した演奏を堪能することができます。前年に一大ロック・ショーとなった全米ツアーを敢行し名実共に世界を制覇した5人が、この編成になって2年が経過しいよいよもってその結束力と演奏のノリを向上していったことがよく伝わってきます。ただ力強いだけでなく、適宜に肩の力を抜いた、リラックスした余裕も感じられる。これがライヴとセッションを重ねて成長したウイングスのかっこいい姿でしょう。そんな側面を見せ始めた洋上セッションが、結果的にそのラインアップの崩壊を招いてしまったというのが残念な所ですが・・・、絶頂期ウイングスがその名誉に甘んじることなく日々進化していった、その最後の記録が「ロンドン・タウン」のスパイスとして残されました。

 演奏は絶頂期ウイングスならではのタイトな音作りながら、先述のようにリラックスした雰囲気も感じさせてくれます。ただ緊張感が漂うだけでないのは、洋上セッションの開放感も作用したのか・・・?「ロンドン・タウン」の空気感からさほど外れない位置にいるのも、このおかげかもしれません。曲の機軸はやはりギター・サウンドで、なんといっても聴き所はジミーの演奏でしょう。(別にデニーがだめとかそういう話じゃないですよ・・・?)ウイングスのメンバー中最も若々しいロックテイストあふれる演奏で人気の高いジミーですが、そんな魅力がここでも楽しめます。特に、イントロ、2度登場する間奏、そしてアウトロで披露されるソロフレーズがストレートでジミーらしい独創的なものです。他のソロは思いつかないほどの印象的なフレーズはさすが天才ギタリストだけありますね(そんなジミーがこの2年後に早世してしまうとは思えないです・・・)。ただハードなだけではないのがジミーです。マイナー調のため、ストレートながらどこか渋みも感じさせる演奏です。2度目の間奏での泣きの入ったソロにも注目!そしてもう1人ロック・スピリットあふれるジョーのドラミングはここでは堅実にリズムをキープしています。ミドルテンポながらメリハリがついているのはジョーの演奏のおかげでしょう。派手な演奏はないですが、2度目の間奏終了間際のフィルインに注目です。ジョーのドラムスと一緒にパーカッションが入っているのが結構耳に残ります(特にカウベル系の音色)。アップテンポ感を出しているのはこのパーカッションのおかげ・・・?(ジョーの小刻みなハイハットもかなり影響していると思いますけど・・・)

 と、ここまで書くと普段のウイングスのロックナンバーなのですが、一筋縄でいかないのがこの曲です。そう、例のあやふやとした不思議な感覚が、演奏面でも出ているからです。これが、単に熱のこもったストレートなロックでは終わらせず、それどころか、そのロック色をちょっと中和してしまっているのが面白いです。その感覚を生み出しているのが、もう1つメインを張る楽器・・・キーボードです。この曲では、ギターに負けじとキーボード(オルガン類)が多用されています。ウイングスはキーボードもよく使うバンドでありましたが、この時期の曲では『With A Little Luck』と並んでキーボードをよく使用しています。恐らく演奏はポールか、簡単なフレーズはリンダかと思われますが、リンダでも弾ける(笑)シンプルなメロディが覚えやすく、耳なじみがよいです。今聴くとちょっとチープですが(苦笑)。そんな演奏がイントロから大々的に使用されています。聴くと結構派手に入っているのが分かると思いますが、その結果、タイトなギター・サウンドから不思議とロック色が薄まり、なぜか実際よりも落ち着いた、ポップ感すら感じてしまう演奏に聞こえます。決してベーシックな音作りはマイルドになっていないのに(ジミーとジョーがあんなにロックしているのに!)、キーボードが入るだけで印象ががらりと変わります・・・恐るべし。次にお話する歌詞の世界とあいまって、ヨーロピアンな「異国情緒」が感じられるのが面白いですね。この異国情緒も不思議な感覚の源かも・・・というお話を次にします。

 この曲のロック色を薄くしている原因のもう1つが、その歌詞です。なんと、音からは想像もつかない内容が歌われているからです。タイトル『Cafe On The Left Bank』とは「左岸のカフェ」という意味。そう、この曲では川沿いに立つカフェ付近の「情景」が歌われているのです!ロックにありがちなラヴソングではなく、そのイメージとはかけ離れた内容は、物語風詞作の得意なポールの面目躍如といった所でしょうか。しかもその描写は、思い入れなどを入れているわけでなく、ただ淡々と風景を書き綴ったようなもので、この点曲とは反対に実にさらっとしています。さらに、この曲に登場するカフェは、どうもポールが暮らす英国のものではなく、(ポールからすれば)異国の景色を歌ったものと思われます。歌詞には直接地名は出てこないのですが、「シャルル・ド・ゴールの演説を聴くフランス人の群集」という一節から、この曲の舞台はフランスであると想定できます(ただし「意訳」された邦題のようにセーヌ川のほとりなのかは一切触れられていない)。['60年代フランスで大統領をつとめ、'70年に死去しているシャルル・ド・ゴールが出てくる辺り、当時からしても時代を感じさせる内容ですが・・・]つまり整理すれば、一聴してただのロックナンバーとは打って変わって、歌詞の世界ではフランスのカフェ付近の情景が繰り広げられているのです!

 そして、この歌詞で展開される異国情緒が、ロック色を薄めているのでは?と思います。歌詞を念頭に置いて聴くと、演奏面にもヨーロピアンなカラーを感じてしまい、もうただのロックナンバーとしては聴けなくなってきます(苦笑)。ポップ色が濃く聴こえるのも、フランスのイメージが由来しているのかもしれません。これがただのギター・サウンドだったらまた事情は違ったかもしれませんが、この曲でフィーチャーされたキーボードが図らずも歌詞のイメージにぴったりはまっていてロックから逸脱させるわけです(笑)。「深夜のダンス」「カクテル・ウェイトレス」といった色鮮やかな、油絵のような情景が広がる視覚的な詞作は、作風を決めてしまうほどにインパクトの強い題材です。そしてそんな詞作は、実はアルバム「ロンドン・タウン」の作風にもぴったりはまっています。冒頭で述べましたが、この時期のウイングスは「英国回帰」の趣を見せ英国やアイルランドに題材を求めたトラッド嗜好に走っていましたが、この曲も演奏はロックながら、歌詞はフランスを歌ったというまさに「西欧的」な内容。英国色・アイルランド色の濃いアルバムに違和感なくマッチしてしまっています。まして、前曲が『London Town』というロンドンの街並を淡々と歌った曲だけに余計その存在意義が出てきています。英国やアイルランドを行き来する作風の中で、ロンドンからフランスに行ったというわけですね。トラッド風の曲が多いアルバムの中で数少ないストレートなロックなのに違和感を全く感じさせないのは、歌詞のおかげと言ってよいでしょう。なお、歌詞の最後に「(フランスで)ドイツのビールを飲んでいる英語圏の人たち」が登場するのはポール流のジョークでしょうか?

 絶頂期ウイングスがロックを繰り広げつつ、歌詞では異国情緒が繰り広げられているという、不思議な取り合わせの曲ということがお分かりになったと思いますが(苦笑)、ポールのヴォーカルはその中間を行くようなスタイルで歌われます。前者から言えば、ロック魂を感じさせるシャウト交じりの熱いヴォーカルと取ることができます。特に間奏やアウトロでのアドリブは前年にライヴを重ねてきたポールのフィーリングを伝えています。逆に後者から言えば、ロックにしては穏やかな歌われ方がしてある・・・と取ることができます。確かに、同時期の『I've Had Enough』なんかに比べればかなり落ち着き払った歌われ方で、ポップ色が強くなるのも仕方ない・・・?そしてイントロにちょろっと入る話し声(“Oh,what's near?”)は異国情緒を盛り立てるにはぴったりです。これも後者のカラーに近いスタイルですね。この曲のヴォーカルをコピーする上では、前半の“speech”の箇所をしっかり発音することと、2回登場する“〜drinking German beer”を歌うタイミングをしっかり変えることが重要でしょうか(笑)。一方のコーラスはウイングスらしさたっぷりです。リンダとデニーの声がやはり目立ちますが、それがウイングスらしさを引き出しているのかもしれません。“in the bar〜”と伸ばす箇所や、アウトロのタイトルコールでそんなキャッチーなコーラスを聞かせてくれます。

 ここで、この曲について書くことがなくなりました(汗)。それにしては我ながらよく話を引っ張ってこれたなぁと思います(笑)。かなりマニアックで語ることが少ない曲ですから・・・。最後に補足としてアウトテイクについて触れておきます。この曲のラフ・ミックスが発見されており、「Water Wings」「London Town Sessions」といった「ロンドン・タウン」関連のブートで聴くことができます。これは基本的には公式テイクとあまり変わらないアレンジなのですが、ラフ・ミックスのため随所でミックス違いがあり、音が足りなかったり音が増えていたりします(若干貧弱に聴こえるのはミックスのせいでしょう)。公式テイクよりパーカッションが大きめに入っているのが耳に残ります。ここまで大きいとなんだか笑えてしまいますが。ポールのヴォーカルもガイド・ヴォーカルとなっており、さながらリハーサルのようです。公式テイク以上に気の抜いた歌い方が微笑ましいです。ダブル・トラックのヴォーカルが微妙にずれている辺りも・・・。さらに、リンダのコーラスがこれまたリハーサルさながら・・・というより絶対やる気なさそうな歌い方で笑えます(苦笑)。間奏でもタイトルコールをだるーく歌っています。これが公式テイクに採用されなかったのはまぁ分かりますね。「ロンドン・タウン」のまったり感が妙な方向に強調された、聴いていて口元が緩むヴァージョンです。

 この曲はウイングスの「地味な」アルバムの1曲にすぎないため、目立たない存在であるのですが、小振りながらも成熟したウイングスのバンド・サウンドをお得意のロックで聴かせる所が評価されているのか、ポール・ファンの間では結構人気が高いです。そしてもちろん私も、「ロンドン・タウン」が一番お気に入りのポールのアルバムとあって好きな曲ですね。でもロック感覚より不思議感覚とフランス感覚が濃いです、個人的には(笑)。おしゃれな歌詞が心を奪います。ロンドンを歌った『London Town』もそうですが、実際にパリに行ったかのような気分にさせてくれます。ポールも英国人なのにフランスの心というものをうまく捕らえているようです。まぁ、ビートルズ時代の『Michelle』もそうでしたから。(片言で)「フランスに行こうか〜!」って。アルバムではほどよいスパイスになっているのでその点も注目ですね!当時ライヴをやっていたら、絶対セットリスト入りしていたはずです。絶頂期ウイングスで、生で聴きたかった曲ですね。5人中2人が天国の今となってはかなわぬ夢ですが・・・。2度目の間奏の盛り上がり方が個人的には一番好きですね。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ウイングス最大のヒット曲」。お楽しみに!!

 (2009.3.20 加筆修正)

アルバム「ロンドン・タウン」。トラッド風ナンバーを中心に、ゆったりとした空気の流れる名盤。ウイングスのバンドサウンドも堪能できます。私のお勧めアルバム!

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