Jooju Boobu 第52回
(2005.9.04更新)
Hold Me Tight/Lazy Dynamite/Hands Of Love/Power Cut(1973年)
今回より、「Jooju Boobu」は第5層に入ります。つまり、第1回の『With A Little Luck』からほぼ(執筆当時の)私のお気に入り順に紹介している中で、第5段階に集められた全12曲の紹介へかかってゆくのです。第1層に比べるとだいぶ私の思い入れが少なくなってきていますが(汗)、それでも私の中で平均よりはぐっと上の曲たちが勢ぞろい。有名なシングル曲は少ないですが、結構ファンの間でも受け入れられている「あの曲」や「この曲」も登場します。どうぞ期待と共に当コラムをお見守りください。
さてそんな第5層の先陣を切るのは、1曲・・・というより4曲の集合体です。・・・とくれば、中級以上の(笑)ポール・ファンの方ならすぐ察しがつくはず。そう、初期ウイングスのアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」(1973年)の終わりを飾る大規模な4曲メドレーです。『Hold Me Tight』『Lazy Dynamite』『Hands Of Love』そして『Power Cut』。その合計演奏時間は、なんと10分を越えます。ポールのソロでは初にして珍しい試みといえる構成です。このメドレーでは、いかにもポール節の4曲が集結して、これでもか!というほどのポップらしさを発揮しています。ポールそしてウイングスの味を味わうにはうってつけの内容となっています。では、それぞれどのような曲なのでしょうか?メドレーとしての醍醐味も含めて1曲1曲の魅力を語ってゆきたいと思います。
ウイングスの2枚目のアルバムにして初期の「名盤」の呼び声高い「レッド・ローズ・スピードウェイ」。1973年に発表され、『My Love』の大ヒットと共にウイングスそして何よりビートルズ解散後のポールの名声を確立するきっかけとなった一枚です。このコラムでも既に『One More Kiss』『Get On The Right Thing』を取り上げていますが、その項で触れたように、ポールらしいメロディ・メイカーぶりが炸裂した、ポップ・センスやバラード・センスのあふれる聴きなじみのよい佳曲がたっぷり詰まったアルバムでした。1曲1曲はあまり目立たず有名ではないですが、洗練された楽曲群は今でも多くのファンを生んでいます。
そんな「レッド・ローズ・スピードウェイ」のセッションでは、多くの楽曲が録音されました。この時期ポールは、ウイングスを何とか軌道に乗せようと躍起になっていて、ツアー中の休暇などを利用しては積極的に作曲活動に取り組んでいたそうです。そして、1972年を通してじっくり録音が進められたこのセッションにおいて、そうした経緯で生まれた楽曲を怒涛のごとく取り上げたのです。当初はアルバムを2枚組で発売する予定だったというエピソードからも、そのマテリアルの多さが分かります。結局、アルバムは1枚組・全9曲(しかも2曲は1971年のアウトテイク)となり、残された楽曲はシングルで発表されたか、お蔵入りになってそのまま未発表になる運命になってしまいました。当時のポールの凄まじい勢いを感じさせますね。なんといっても、全部で30曲近くあったとのことですから・・・!
結局「レッド・ローズ・スピードウェイ」のために書き下ろした多くの曲が未発表にならざるを得なかったのですが、そんな中で未完成だった曲がいくつか存在しました。いくら無敵のポールでも、アイデアが煮詰まらずにいた曲もあったのです(あれだけの曲数があれば無理もないですが・・・)。しかし、ポールはなんとかしてこうした未完成の曲も録音して少しでも多くアルバムに収録する曲目を増やしたいところ。当初は2枚組を目指していたほどですから、その容量を満たすにもこうした楽曲をかき集めることは必至でした。そうした考えの末、ポールはあるアイデアに行き着きました。それが、アルバムの最後を未完成の楽曲をつなげたメドレーで締めくくろうというもの。そして、これが今回紹介する4曲メドレーとして実現するのでした。
ポールとメドレーといえば、誰しもまず最初に思い浮かべるのが、1969年に発表されたビートルズの「ラスト・アルバム」である「アビー・ロード」のB面に収録された、8曲から成る壮大なメドレーでしょう。プロデューサーのジョージ・マーティンと共に、主にポールが積極的になって仕上げたと言われるメドレーは、曲間を違和感なくつなぐ効果的なリンクと、フィナーレに向けて徐々に盛り上がってゆく感動的な仕上がりが当時から今まで多くの人の心を揺さぶり、多くの人に愛されていますが、ポールはそこでの経験にヒントを得て、今回の4曲メドレーに挑戦することにしました。このメドレーの制作に、「アビー・ロード・メドレー」が強く意識されていたことは明らかでしょう。「アビー・ロード」の際にはビートルズの他メンバーやマーティン先生の助言などもありましたが、今度はポールのセルフ・プロデュース。ポールにとってはちょっとした冒険だったに違いありません。もちろん、曲もすべてポールの書き下ろしです(「アビー・ロード・メドレー」にはジョン・レノンの曲もある)。
このメドレーのために用意された4つの新曲は、いずれも未完成の状態で残されていたもの。それは、4曲ともすべてほぼ1つのパターンの繰り返ししかないことで裏付けられています。普段のポールであったら、ここからさらに曲を展開させていって大サビなどを加えて1つのしっかりした曲構成を生み出してゆくのですが、それができずにいた曲です。これらの曲は、このままの状態で1つずつばら売りで発表していたら、恐らくアルバムの中でも小振りな曲、悪く言えば「没個性的な」曲になっていたことでしょう。ポールならアレンジで聞かせることもできそうですが、それでもどうしても弱めの楽曲になってしまうことは、現在聴けるメドレーを曲単位に想像してみると分かるでしょう。そこでメドレー構成によってその弱さを補強した・・・というわけですが、これもただ単に曲をつなげただけでは、弱い楽曲の陳列にしか他ならず、メドレー自体もたいそう陳腐なものに成り下がってしまいます。アルバムの最後を飾るどころか、未完成ぶりを露出した格好で無様に終わらせてしまうことになりかねません。
しかし、そこは「アビー・ロード・メドレー」を手がけたポール。そんな凡庸に終わってしまう人ではありませんでした。かつて、本来であればお蔵入りになるべき姿の未完成の曲を実に8曲も拾い集め絶妙につなげた名アレンジャーぶりで、この4曲メドレーを構築していったのです。曲数も演奏時間も半分で、いわゆる「ビートリー」な盛り上がりもないため、さすがに「アビー・ロード・メドレー」には及びませんが、この4曲メドレーも、効果的なリンクと構成で絶妙な仕上がりを見せています。その詳細はこれから追い追い解説しつつ、最後にその絶妙なアレンジの大きな源をご紹介しますが(この時点でコアなファンなら何を言っているかご存知のはず・・・!)、ポールのアレンジャーとしての力量を余すことなく発揮したアレンジで、小さな曲を最大限に聴かせることに成功しています。未完成だった4曲が、一転して完成度の高いメドレーとして生まれ変わったひと時なのです。まさに起死回生。1つでも多くの曲を生かそうという考えは、ソロ以降のポールがたびたび見せるメドレー風の楽曲にも見られますが、これはその真骨頂ですね。そしてそれを違和感なく美しく聴かせる職人技はさすが「アビー・ロード・メドレー」の人だけあります。後年、この4曲メドレーに倣ったメドレーをアルバム「追憶の彼方に」(2007年)でも披露してくれるポールですが、今も昔も変わらない巧妙な芸当ですね。
それでは、お待たせしました。ここからは4曲を個別に紹介しながら、メドレーを流れに沿って追ってゆきます。
まずは『Hold Me Tight』。このタイトルを見た瞬間、ビートルズのファンなら何か思い出すことでしょう。そう、ビートルズにも同じタイトルの曲があります。それが、アルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」(1963年)の収録曲である『Hold Me Tight』ですが、それとは別物の同名異曲です。そして面白いのは、ビートルズの『Hold Me Tight』もウイングスの『Hold Me Tight』も、両方ともポールの作曲・作詞によるものという所。そう、ポールはその生涯に同じタイトルの曲を2曲発表してしまっているのです。果たしてポールがその事実を知っていたか、そして今気づいているかは不明ですが、極めて珍しいケースです(ビートルズ関連ではこれが唯一の例では?)。ありきたりのタイトルなので、ダブっても仕方ない面もあるかもしれませんが・・・それでも10年も経過しないうちに書いています。まぁ、ビートルズの『Hold Me Tight』についてポールは後年「そんな曲の存在、忘れていたよ」なんて発言していますから、それがダブった原因かもしれませんが(苦笑)。
どちらの『Hold Me Tight』にも共通するのが、非常に小粒な楽曲という点でしょう。ビートルズの方は当然単体で発表されていますが、その存在感・人気のなさが小粒ぶりを象徴付けています(汗)。そしてこの曲も、この4曲メドレーに共通することですが1つのパターンのみで構成されており、非常に小粒です。よく言えばかわいらしい、悪く言えば単調な内容です(汗)。1曲単位だと明らかに埋没していたことでしょう。それが4曲メドレーに組み込まれて効果的に聞こえるようになった、というのは先に説明した通りです。では、ビートルズの方もメドレーにしていたらもっと人気が出たか・・・それはどうでしょう?(笑)
ビートルズの『Hold Me Tight』が初期らしいバリバリのロックンロールだったのに対し、こちらはミドルテンポのポップナンバーです。いかにもポールの作風といった所で、こういうポール像を描いている方も多いのではないでしょうか。非常に楽観的で、明るい雰囲気の軽快な曲です。跳ねるようなリズムはまさに「ポップ」そのもの。ビートルズ時代の『Martha My Dear』に似たニュアンスです。そして、メロディ・メイカーのポールらしい、メロディアスで起伏に富んだメロディライン。そのメロディは、1つのフレーズを少しずつ変えながら重ねていったかのような仕上がりですが、これは当時の未完成ぶりをちょっと思わせます。しかし、単純な1フレーズを印象的にさらっと聴かせるのはさすがポール。おかげさまでキャッチーさたっぷりです。歌詞も、これまたシンプルなもので、単純明快なラヴソングです。タイトルのように「抱いて」という内容で、あとはもうほとんど韻でできているようなものです。ちょっと書き殴った感もあります(汗)。しかし、楽観的な雰囲気にはぴったりであることは確かです。ちなみに、ビートルズの方とは違う歌詞なのであしからず(苦笑)。
イントロはポールによるピアノ弾き語りから始まります。前曲『Loup(1st Indian On The Moon)』の異様な雰囲気の後始まるので、このイントロでほっとするリスナーも多いはず(苦笑)。静かな幕開けを、やや力強く歌うポールのヴォーカルと共に迎えます。そして、ウイングスらしいコーラスがやさしく包みます。ポールの歌うタイトルコールをちょっと変形させたようなユニークなメロディが耳に残ります。『Silly Love Songs』や『With A Little Luck』などもそうですが、ウイングスのコーラスは耳に残る印象的なフレーズが本当に多いですね。これもそうした1つではないでしょうか。リンダやデニー・レインによるハーモニーは一時代を築いただけある美しいものです(特に出だし!)。第2節以降は、このバラードのイメージから一転してフルバンドによる賑やかな演奏に変わります。まるでお祭り騒ぎのようです(あくまで前半と比べての話ですが)。ここで、先述の跳ねたリズムが出てきます。一気にバラ色といった感じの、華やかで楽しい雰囲気に変わります。コーラスも前半に比べると楽しげに響きます(美しいのはそのままですが)。ちなみに、第2節のみコーラスはポールと同じメロディを歌っています。短い間奏があり、そこでは2本のギターによるソロが入ります。どちらがデニー・レインで、どちらがヘンリー・マッカロクでしょうか?この間奏の後もう1度サビのリピートを経て、最後は伸びやかなポールのタイトルコールでこの曲を締めくくります。
続いては『Lazy Dynamite』。メドレーに登場する4曲中一番スローで力強い曲です。そして、ポップやバラードが中心を占めた「地味な」アルバム中では、最もロック味を感じることのできる曲の1つといえるでしょう。『Hi Hi Hi』や『Live And Let Die』がアルバムから外された分、「ロック分」を補給する上では貴重な存在です。そして、この曲もメロとサビの1組があるのみという構成で、やはり未完成だったことをうかがわせます。新たな展開は見せずに、このメドレーに収まることとなりました。なお、アルバムクレジットではこの曲にリンダとデニー・シーウェル(ドラムス)が参加していないことになっていますが、明らかにドラムスは聴こえるし、リンダの声も聴こえます(汗)。これは一体どういうことなのか・・・不思議な曲です。
歌詞は、『Hold Me Tight』に続きラヴソング。ここでもタイトルコールの繰り返しが効果的で耳に残ります。どうやら求愛ソングのように取れる内容ですが、タイトルがなぜ「怠けたダイナマイト」なのかは不明です。何かの比喩なのか・・・真相はいかに。メドレー全体に言えますが(そしてアルバム全体に言えますが)、ポールの詞作がいつもの「ばかげたラヴソング」ぶりを発揮しているのがポールらしいです。ビートルズ解散後しばらくはジョンへの当てこすりや非難をこめた詞作が目に付きましたが、ここでそうした作風が消滅したことが分かります。
前曲『Hold Me Tight』がスパッと終わるのに間髪入れずこの曲のタイトルコールが入り、あたかも続けて演奏されたかのように聞こえるのが効果的です。録音は別々と思われるので、ポールのリンクの仕方の妙を感じさせます(ちなみに、この曲が始まるや否や誰かが息を吐くような音が入るのは一体・・・?)。この曲は、ほとんどをどっしりした雰囲気で進みます。ここでも基礎はポールの弾くピアノが据えてあります。ドラミングも初期ウイングスによく聴かれるのっしりしたもので、シーウェルらしいといえばらしいです(あ、でもクレジットされていませんでしたね)。ドンドンというバスドラムの音があたかもダイナマイトの爆破音を表現したかのよう。前半はそのドラミングもなく重々しさが滲みます。メロの部分で入るストリングスの音は、ポールが弾いているメロトロンによるもの。新旧変わらずポールお気に入りの楽器です。間奏の短いギターソロはヘンリー。そして、もう1つ目立つのがデニー・レインが吹いているハーモニカでしょう!これはあまりウイングスには聴かれない音です。全体的にフィーチャーされ、曲に独特の渋さを与えていますが味があります。まるでデニーその人を表したかのような(笑)。ちなみにデニーがハーモニカを吹くのはファンの間では有名な話で、後に自作曲『Time To Hide』でも自らその腕を披露していますし、ムーディ・ブルース時代には『Bye Bye Bird』という超強力ソングで超強力なソロを聴かせています(苦笑)。微妙にカントリー路線に片足を突っ込みかけているのは、このハーモニカのせいでしょう!
ポールのヴォーカルは、伸びやかながらここでは重々しさも携えています。たとえれば、大地のような雰囲気?(分かりづらいですか・・・)伸ばし方がやや大仰気味です。コーラスは、恐らくクレジットされていないリンダも参加してそうなのですが、ここではデニー・レインの声が目立ちます。特に高音を聴かせる箇所ではデニー独特の枯れた味わいが入ってきます。まぁ、リンダがクレジットから外れるのも分かる気がします、この内容では。そして、最後のタイトル繰り返しからタンバリンなどが入り、地味なこの曲としては珍しくパーカッシブになります。これが「次の曲に行くな・・・?」と感づかせる兆候なのですが、そのリズムに乗せて次曲の一節がポールのスキャットにより歌われ・・・。
この感動的な4曲メドレーを作り上げた5人編成の初期ウイングス。演奏者クレジットには謎が残る・・・?
次の『Hands Of Love』へ。前曲にのせて次曲のメロディが歌われるという、この『Lazy Dynamite』〜『Hands Of Love』間のリンクは、メドレー中最も技巧的で気分が高ぶる構成になっています。先の「アビー・ロード・メドレー」でいえば『Polythene Pam』〜『She Came In Through The Bathroom Window』間のつなぎに似た感じでしょうか。メドレー中3回登場するリンクでも一番凝っていますね。ギターフレーズ7音でこの曲に移りますが、ここでも別々に録音されたようで、ギターフレーズ7音までが『Lazy Dynamite』の録音と思われます。
さて、この『Hands Of Love』も『Hold Me Tight』に並ぶ親しみやすいポップナンバーで、ポールのメロディ・メイカーとしての才能を垣間見せてくれます。一度聴いただけで覚えて、口ずさんでしまいそうな楽しげなメロディはポールならでは。これまた、ポールの典型的イメージに合っていますね。この曲も、例に漏れず1パターンのみを何度も繰り返すという、いかにも未完成といった曲で単体だと若干弱めに感じられます。ただし、一番メロディがインパクトのある曲は4曲中これではないかと思うしだいです。単体でもそこそこいけたんじゃないか・・・そう思いますね。
曲は、アコースティックな演奏が中心となっているのが他曲とは異なる点です。『Hold Me Tight』とは違う趣のポップというわけですね。アンプラグドな演奏は初期ウイングスのほのぼの感にふさわしいですが、どこかポールの敬愛するバディ・ホリーに似た雰囲気があるのは気のせいでしょうか?(『Words Of Love』とか、あの辺)今度は曲の機軸はアコギに変わります。演奏はポール。なお、この曲はベーシストのクレジットがありませんが、曲中ではちゃんと鳴っています。どうも、「レッド・ローズ・スピードウェイ」のクレジットは信用ならぬところがあります(苦笑)。エレキ・ギターは珍しくデニー・レインのみで、間奏のソロもデニーが弾いています。デニーがリード・ギターを担当することは珍しい話です。曲のほのぼの感を壊さない程度の控えめなソロです。そこがいかにもデニーらしい。ではいつもはリード・ギターのヘンリーはといえば、この曲ではパーカッションに徹しているようです。そう、この曲はアコギと共にパーカッションも魅力のひとつです。シーウェルのドラムスと共に、軽やかさを出しています。同時に、アコースティックな手作り感覚の音作りを印象付けています。そして、手作り感覚といえば!2度登場する間奏にフィーチャーされたブラス・セクションでしょう!実はこれ、本物のブラス・セクションではなくポールがスキャットで出しているものです!まさに「マウス・サックス」です。ビートルズ時代の『Lady Madonna』や、この曲と同時期のリンゴ・スターの『You're Sixteen(You're Beautiful And You're Mine)』でもこんなスキャットを披露しているポールですが、本当に楽しそうです。これを聴くだけでも、思わずニコニコしてしまうのが、この曲のほのぼのした魅力を裏づけしていると思います。
そして、ほのぼのといってこの曲で忘れてはいけないのはヴォーカル面です。この曲は、全編をポールとリンダのデュエットで歌う形式となっています。これはウイングスでは『I Am Your Singer』に続くスタイルですが、結婚してまだ年の経たない2人の仲のよさが滲んだような、アットホームな雰囲気を出しています。そこには、ポールとリンダの共同名義のアルバム「ラム」の頃の作風に近いものがあります。リンダは当時まだまだ成長途中のシンガーで、お世辞にも別段上手とは言えませんが、それでもこの曲ではポールと息の合った歌いっぷりで存在感をアピールしています。そんなリンダとのデュエットにうれしさのあまりか、ポールは間奏直前になるとシャウトを聞かせます。これがまたおかしな声で、雰囲気を壊すどころかますますこの曲のほのぼのムードを高めてくすりとさせるのでした(笑)。そんなアツアツな2人の歌う歌詞は、まさしく「ばかげたラヴソング」一直線。一目ぼれした気持ちを正直に歌った、ラヴソングの真骨頂です。たいしたことのない内容ですが、こういう歌詞を書かせたらポールは天下一品です。アルバムに通じるアマアマムードてんこ盛りの、ちょっとはずかしくなりそうな歌詞です。ポールとリンダのデュエットにはぴったりの題材と言えるでしょう!
こんな風に、一言で言えば「ほのぼの」した、手作り感覚が非常に楽しいキャッチーな曲です。恐らくポール・ファンでこれを嫌いな人はいないでしょう!そう断言できそうなほど、ポール節たっぷりの内容です。
そんな『Hands Of Love』がポールの素っ頓狂なシャウト(苦笑)をもって徐々にフェードアウトしてゆくと、代わりに登場するのが・・・そう、メドレー最終楽曲『Power Cut』です。前曲のフェードアウトにこの曲がフェードインしてくるという、クロスフェードの形を取っていて、これは明らかに別録音ということが分かります。そのため、メドレー内のリンク中一番凝っていないのがこれになるのですが・・・(汗)。この曲も、また1パターンのみでなる単調な楽曲で、淡々としたメロディがかえって不思議な感覚に襲わせます。メドレー4曲中では最も独自のカラーがなく、没個性的な印象を受けます(汗)。1曲で発表した暁にはどうなっていたことか・・・。恐ろしく地味な楽曲になっていたに違いありません。
演奏の中心は、ここで再びポールの弾くピアノに戻ります。何気にこのメドレー、キーボードが主体となっています。同時期の曲もそうなのですが、ピアノがメインのスタイルが当時のポールの特徴です。そのピアノが中心のイントロから、いかにもインパクトのなさを象徴付けていますが(汗)、その後もあまり盛り上がらずに淡々と進行してゆきます。再びバンドスタイルですが、『Hold Me Tight』なんかに比べてはるかに地味なのは気のせいでしょうか・・・。なお、この曲でもベーシストのクレジットがありませんが、ちゃんと曲中で鳴っています。またもやクレジットの信憑性を問いたくなってきます(苦笑)。シーウェルのたたくドラミングは奇妙なリズムをしていて、レゲエ風でもあり行進曲風でもあり・・・。リンダはエレキ・ピアノを演奏。そして、澄んだ高音が印象的な間奏のチェレスタはポールによる演奏です。この曲で唯一、インパクトのある演奏と言ってもいいかもしれません(汗)。
しかし、この『Power Cut』の盛り上がりのない単調さは、この後に続くメドレーの存在意義であり、一番の聴き所・・・そう、絶妙なアレンジの大きな源を感動的に聞かせるための措置とも取れます。もしかしたら、その部分を強調するために、あえて『Power Cut』は無味なカラーをしているのかもしれません・・・。
ちなみに、この曲のタイトルは「停電」を意味します。これが生まれるエピソードにはいろいろ説がありますが、ウイングスのヨーロッパ・ツアー中に起きた出来事がきっかけのようです。コンサート中の停電か、エレキ・ピアノを演奏するリンダに対しての野次「ピアノの電源を落とせ(Turn the power cut)」が元になっているそうですが・・・。後者だとしたら、しっかりこの曲でエレキ・ピアノを披露していますね、リンダさん。そして、歌詞ではそれを恋の例えにしています。つまりは、この曲でも楽観的な「ばかげたラヴソング」なのです。こう4曲ハッピーなラヴソングが相次ぐと、ポールらしさとアマアマムードが部屋を充満してきますな。ポールのヴォーカルもこれまた淡々としていて、個性なしです。コーラスも、ウイングスにしてはずいぶん地味なもの。そう、これもきっとこの後訪れる感動のためにセーブしているのかもしれません・・・!
さぁ、いよいよやって来ました。4曲が出揃って、いよいよメドレーも終盤に到達して現れるパート。このメドレーの一番の聴き所であり、ポールのアレンジャーとしての手腕が大いに発揮されたワンシーンです!それは、『Power Cut』の演奏とコーラス“Baby I love you so”にのせて登場します。再度復活したメロトロン(ストリングス系の音色)が予感させ、ポールのシャウトによって導かれるもの・・・それは、メドレーの残り3曲(つまり『Hold Me Tight』『Lazy Dynamite』『Hands Of Love』)の冒頭一節のメロディが繰り広げるギターバトルでした!そうなのです、このメドレーの最後はこれまで紹介してきた4曲が入り混じって締めくくられるのです。まず右チャンネルから『Lazy Dynamite』、次に真ん中から『Hands Of Love』、そして左チャンネルから『Hold Me Tight』という順にギターソロが披露されます。そして、その3つが最後は一斉に各チャンネルから流れ、『Power Cut』のリズムとコーラスに絡み合います。長い長いメドレーを通しで聴いて、ここで初めて4曲が一堂に会しました。「アビー・ロード・メドレー」では最終曲『The End』で3人のメンバーによるギターバトルが披露されましたが、このメドレーではちょっと趣向を変えてすべての曲のメロディを一斉に聴かせるという手法を取ったのです。メドレーで聴きなじんだメロディがリプライズのように登場すると、ちょっとほろっと来てしまいますね。最後は4曲がごちゃごちゃになっていますが、それを聞き分けてみるのも楽しいでしょう。
これだけでも驚きなのですが、さらに何かお気づきの方、鋭いですね。そうです、なんとこの箇所で登場する4曲のフレーズ、全部が同じコード進行になっているのです!どうりできれいにギターバトルができるわけです。3つのギターソロが、ぴったり『Power Cut』のコード進行にはまって繰り返されてゆきます。先述のように未完成状態の曲を集めたにしては偶然に感じられ、最初からメドレーを意識して作られたのか・・・?と勘繰ってしまいますが、これが感動のもう1つの要因です。ただ効果的に全曲を一斉に演奏するのではなく、それがちゃんと体系的に裏付けられているのだからすごいです。選曲の妙もそうですが、ポールのアレンジャーとしての力量に脱帽です。「アビー・ロード・メドレー」のように感動的なバラード作品などは一切ないですが、出来損ないの未完成作品をここまで有意義に活用して大きなメドレー作品にしてゆく・・・そんなアプローチに感動してしまいます。その点で、「アビー・ロード」や「追憶の彼方に」のメドレーとは違った楽しみ方ができます。同じコード進行から4曲も違うメロディを同時期に生んでしまうのはポールの音楽の引き出しの広さを感じさせます。この後ポールはこうした手法を『Silly Love Songs』『Wanderlust』などのコーラスで披露してゆきますが、ポールの非凡な才能が発揮されています。
こうして、11分以上にわたるメドレーを見てきましたが、後はぜひ実際に曲を聴いてみてください!ポールらしい楽観的な雰囲気漂うポップな作風と、メドレー構成能力の高さをうかがわせる効果的に計算されたアレンジを十二分に堪能することができます。そして、最後のギターバトルは本当に感動的です!ぜひ一聴あれ!
最後にちょっと補足しておきます。4曲全く別録音の曲を効果的にくっつけたメドレーだけに、その原形が気になる所ですが、残念ながらアウトテイクは発見されていません・・・(一部ブートにはオリジナルをそのまま収録)。ただし、『Hands Of Love』だけはスタジオのテイクではないですが後にTV番組「ジェームズ・ポール・マッカートニー」(1973年)にウイングスが出演した際、この曲をリハーサルでデモ演奏する様子がブートで残されており、ブートで聴けるようです(私は持っていないので未聴)。この曲はリハーサルのみで、番組本編では演奏されていません。また、メドレーというせいか、ライヴでは披露されることはありませんでした。これがそっくりそのまま再現されていたらもうそれこそ感動だったと思いますが・・・ギタリストが3人いない時点でウイングスには再現は無理だった・・・?
個人的には、この4曲メドレーはアルバムの中でもかなりのお気に入りですね。一番の理由は、やはり全曲ポップセンスたっぷりで、歌詞もばかばかしいほどにラヴソングぶりを発揮している点でしょう。ポールといえばやっぱりこういうイメージが浮かんじゃいます。曲ごとでは、好きな順に『Hands Of Love』『Hold Me Tight』『Power Cut』『Lazy Dynamite』ですね。特に『Hands Of Love』はほのぼのした雰囲気がくせになります。思わず一緒に口ずさんじゃいそうです(笑)。マウス・サックスや素っ頓狂なシャウトが最高!3箇所登場するリンクでは、『Lazy Dynamite』〜『Hands Of Love』間が好きですね。一番凝っていて、メドレーらしくて。そして、最後のギターバトルはなんといっても圧巻。「アビー・ロード・メドレー」(特に後半)には到底かないませんが、没個性的の曲をここまで大きく華やかに聴かせられるのはポールだからこそでしょう。独力でできたというのが大きな成果ですね。これが成功したのも、ウイングスの他のメンバーの助力のおかげもあるかもしれません。そして、そんな理屈抜きに最後のメロディが重なる箇所では思わず各曲のメロディを移動しながら歌ってしまうのでした。皆さんもそうじゃないですか?(笑)
今回のイラストは、4曲分ということで描くのが大変でした(そうでもなかったですけど)。4曲分を1枚に詰め込んでしまいました。そのため、毎回恒例の歌詞の対訳が今回は入りませんでした・・・。こう絵で見ると結構歌詞の内容って違いますね。改めてそう思いました。
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「フランスの光景」。お楽しみに!!
(2009.3.14 加筆修正)
アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」。ポールらしさが戻ってきた、ウイングス初期の名作。ポップとバラードがたっぷり味わえます!