Jooju Boobu 第50回

(2005.8.29更新)

Simple As That(1986年)

 おかげさまで今回で「Jooju Boobu」も50回目。日頃のご愛顧ありがとうございます。ここまで続けられたのも応援していただいている皆様のおかげです。今後とも、当コラムをよろしくお願い致します。

 さて、そんな記念すべき50曲目に紹介するのは、よりによってポールの曲でも非常に目立たない(汗)1曲です。その曲とは『Simple As That』。ポールの長いソロキャリアにおいて特にスポットの当たることのない曲ですが、それもそのはず、発表された当初はポールのオリジナルアルバム・オリジナルシングルには未収録だったからです。ポールの楽曲の中でも、特に入手が困難な、非常にレアな音源だったのです。それでは、一体どんな形で世に出たのか?そこから話を始めてみましょう。語ることが非常に少ないため、今回はすぐに話が終わってしまいそうですが(汗)。この曲はどんな曲なのか・・・に触れてゆきたいと思います。

 たいていのアーティストがそうなように、ポールにおいても普段楽曲を発表する場はアルバムであり、シングルであります。ポールの場合、オリジナルアルバムに収録されず、シングルでのみ発表されるケースが多々あり、その一部は今となっては入手困難ですが、それに輪をかけてレアなケースがあります。それが、アルバムにもシングルにも収録されなかった一部の(ポールではほんの一握りの)楽曲です。ではそうした楽曲は何に収録されたのかといえば・・・サントラ盤やチャリティ・アルバムといった企画盤、オムニバス盤の類です。そうしたアルバムにポールが楽曲を提供した例というのがいくつか見られますが、ポールの場合そうした楽曲はその後自身のアルバムやシングルに収録しないことが多いのです。結果、こうした楽曲はポール名義ではない、しかもあまり枚数の出回らないアルバムでしか聴くことのできないレア・アイテムとなってしまうのです。こうした例はウイングス時代にはあまり見られませんでしたが、'80年代から徐々に増えてゆき、特に近年のポールではよく見られるスタイルとなっています。たとえば、エルビス・プレスリーのトリビュート盤に提供した『It's Now Or Never』や、映画の主題歌としてサントラ盤に提供された『Maybe Baby』『Vanilla Sky』『A Love For You』などが挙げられます。ポールの楽曲をすべて揃えたいポール・マニアにとっては、こうした楽曲の存在は非常に厄介なものなのでした(苦笑)。

 さて、この曲もそうしたオリジナルアルバム・シングル未収録曲でした。代わりにこの曲が収録されたのは、「リヴ・イン・ザ・ワールド(IT'S A LIVE-IN WORLD)」という2枚組・計30曲収録のチャリティ・アルバムでした。このアルバムは、アンチ・ヘロインを掲げて企画されたもので、ポールの他にエルビス・コステロやリンゴ・スター、ワムといった約25ものアーティストが曲やコメントを提供しています。1986年11月24日に発売され、日本でも翌1987年に楽曲を17曲に厳選した1枚組の形で発売されています(この曲も収録されています)。チャリティ・アルバムの収益は、薬物中毒患者の救済機関に寄付されました。豪華な面子が揃ったオムニバス盤ですが、現在は未CD化の憂き目にあっています・・・。そんなアルバムの趣旨に同意したポールが提供したのが、この曲『Simple As That』というわけです。ちなみに2枚組アルバムの2枚目のA面1曲目という位置に置かれ、ポールは優遇されているなぁと思わせるのでした。

 ちょうどこの時期のポールは、同年9月に発表されたアルバム「プレス・トゥ・プレイ」が予想外の不振に陥り、'80年代の一連のスランプのピークに達していた頃です。アルバムと一連のシングルカットの大失敗を受けて、次の目標を見失っていた頃です。ファンにとっては、久々のオリジナルアルバムが持つサウンドの斬新さに驚き戸惑っている最中のリリースとなりました。このチャリティ・アルバムが当時どのくらいファンに認知されていたのかは不明ですが、熱心なポール・ファンはポールの次なる展開に期待しながら、ちゃんとこのアルバムも購入していたと思います(笑)。そして、当時購入しなかったファンにとっては、やがてこの曲はアルバムの廃盤に合わせて幻のレア音源となっていったのでした。アルバムが一向にCD化されない中、ファンは「聴くことができないのか・・・」とジレンマを抱いていたことでしょう。中にはブートに手を出して入手した人もいるかもしれません(苦笑)。

 しかし、発表から7年後の1993年、そうしたファンを喜ばせる出来事が起こります。ポールのオリジナルアルバムが「Paul McCartney Collection」というシリーズとしてリマスタリングされた際、この曲がアルバム「パイプス・オブ・ピース」(1983年)のボーナス・トラックとして収録されたからです。そしてこの時、ようやくこの曲もCD化に至りました。このボーナス・トラック化&CD化により、当時チャリティ・アルバムに手を出せなかった人もこの曲を容易に聴くことができるようになりました。この曲だけのためにチャリティ・アルバムを当時購入した人にとってはちょっと複雑だったかもしれませんが(汗)、こうして現在では容易に入手することのできる、別段レアでもない曲となりました。時期的には「プレス・トゥ・プレイ」期なのに、なぜ「パイプス・オブ・ピース」に収録されたのかは不明ですが・・・。同じ「パイプス・オブ・ピース」のボーナス・トラックでは、当時映画の中でしか聴くことのできなかった超レア曲『Twice In A Lifetime』が初ソフト化されるという快挙も成し遂げており、一連の「Paul McCartney Collection」はいい仕事をしてくれたのでした。とはいえまだまだ未CD化・入手困難曲は数多く、これらも容易に入手できるようにしてほしいのが実情ですが・・・(この時期だと『Ode To A Koala Bear』とか『Hanglide』とか)。

 以上、この曲が発表されてからの経緯をまとめてみました。ここからはこの曲の核心に迫ってゆきたいと思います。

 ただでさえ「幻の1曲」というイメージの強かったこの曲ですが、その存在感を薄くしているのはリリース形態のみならず、曲のイメージも大きいでしょう。というのもこの曲自体が非常に目立たないイメージだからです。その原因となっているのがポールにしては珍しくマイナー調である点でしょう。いつもは明るく陽気で、前向きなメジャー調の曲を輩出してくれるポールにしては、全体的に暗く沈鬱とした曲調を持っています。そのため、非常に地味な感じが漂っています。さらに、全体的に無機質でアレンジに変わり映えのない一辺倒な演奏で貫かれている点も地味さを強調しています。これも、名アレンジャー・ポールにしては珍しい仕上がりであります。この曲のインパクトがいまいちないのは、こうしたアレンジも影響していると思います。

 この一辺倒なアレンジの背景に考えられるのが、レコーディング時期でしょう。この曲が録音されたのは1986年1月頃と言われています。この時期は、ポールが「プレス・トゥ・プレイ」のレコーディングを終わらせ、アルバムの発売準備を進めていた頃に当たります。「プレス・トゥ・プレイ」はもうコラムで散々触れたようにポールが創作意欲を爆発させた自信作でしたが、発売前からあまり自信がなかったのでは?と勘繰れる行動(=大量のリミックス・ヴァージョンの制作)が目に付くなど、ポールは音楽の方向性を見失っていました。自分があるべき音楽スタイルとは何か・・・?そうしたことを日々考えていたポールが次に取り上げたのがこの曲だったのでした。そのため、この曲のプロデュースは「プレス・トゥ・プレイ」のヒュー・パジャムではなく、ポールのセルフ・プロデュースだと言われています。そうしたポールの悩みがセルフ・プロデュースに如実に表れ、この曲のメリハリのないアレンジを生み出したのでは・・・というのは私の推測です。音作りは「プレス・トゥ・プレイ」特有の冷ややかな無機質さを思わせますが、デジタルサウンドを多用していない点はパジャムのプロデュースと異なります。この曲の録音と「プレス・トゥ・プレイ」の発売後、ポールはフィル・ラモーンをプロデューサーに迎えて新たなアルバム制作を試みますが(結局未発表・・・)、そこで聴かれるAOR的イメージともまた異なります。まさに、ポールの試行錯誤の中で生まれたアレンジと言えそうです。

 なんだか後ろ向きな文章になりつつあるのですが(汗)、そんな混迷の中でもポールらしさが感じられるのは救いでしょう。そのポールらしさでも特筆すべきなのがリズムでしょう。この曲のリズムはレゲエのアレンジになっていますが、このレゲエ調はポールがお得意とする所です。このコラムではレゲエ調の曲は初登場だと思うので一応説明しておきますが、ポール(と、妻リンダ)は生粋のレゲエファンとして知られています。たとえばジャマイカに別荘を持っていたり、「レゲエの神様」ボブ・マーリーを敬愛して彼の代表曲『One Love』のプロモ・ヴィデオに出演していたり、ポールがDJを担当したラジオ番組「ウーブ・ジューブ」(←ちなみに、このコラム名の由来)でレゲエ・アーティストの曲を流したり・・・といった風に。そして、自らもレゲエ風の楽曲に挑戦し、自らの音楽と融合させています。その代表作が『C Moon』であるのは言うまでもないですが、その他にも『How Many People』『Good Times Coming』、リンダの『Seaside Woman』といった楽曲もレゲエの影響を強く受けています。そしてこの曲も、そうしたレゲエ好きポールの本領発揮の場となったのでした。面白いのは、先述のようにこの曲はマイナー調のため、陽気なイメージの強いレゲエとは一線を画している点でしょう。これはポールのレゲエ作品では珍しい特徴です。といっても、マイナー調のレゲエは別段異質というわけでもなく、先のボブ・マーリーも『Sun Is Shining』や『So Much Trouble In The World』といった楽曲はこの曲のような陰を持った曲調です。そして、この曲はそうしたマイナー・レゲエの特徴を上手く捉えています。さすがマーリーを聴き倒したポールだけあります。

 このレゲエのリズムにのせて聴かせる演奏は、先述のように全体的にメリハリのない、淡々としたスタイルで進行してゆきます。一般的なレゲエのイメージからするとややキレイにまとまりすぎている感がありますが、これは「プレス・トゥ・プレイ」の残り香を匂わせます。どこか後期マーリーに近いニュアンスですね。ちなみに、演奏者についてのデータは詳細不明ですが、「プレス・トゥ・プレイ」セッションの演奏者が再度集まったのか、それともポールのソロ・レコーディングなのか・・・。しっかりした良質の演奏から考えると、後者は(大半の楽器がポールとしても)ちょっと考えられませんね・・・。レゲエのリズムをキープするドラムスは、'80年代後期のポールらしく硬質なイメージですが、「プレス・トゥ・プレイ」に比べると大仰さが薄まっているのはプロデュースのせいか淡々としているせいか。特にリズムパターンの変化はありません。右チャンネルから聞こえるリズム・ギターがいかにもレゲエチックで軽快ですね。エンディングではその音色でソロを聞かせてくれます。派手でないのがまたこの曲の淡々さらしい(苦笑)。あとはキーボードが入っていますが、こちらも「プレス・トゥ・プレイ」のきらびやかさはありません。アドリブっぽいピアノのフレーズが随所に入るのが結構印象に残ります(これはポールであろう!)。無機質な演奏の中でもひときわキレイな音をしています。『Write Away』の間奏のピアノソロ並みの美しさですな、これは。エンディングのシンセの入り方が、後期マーリーを思わせてしまいます。これもマーリーを聴き倒して上手く特徴をつかめたからか?・・・こう考えると、「プレス・トゥ・プレイ」の面子での演奏というのもちょっとなさそうな気がします・・・あっさり目な点が(それともプロデュースのせいか?)。

 歌詞は、アンチ・ヘロインのチャリティ・アルバム用の曲だけあって、その趣旨に沿った内容となっています。ただ単に出来合いの曲を提供したわけではないことが分かります。歌詞の内容は、薬物に手を染めようとする人を引き止めるというもの。「君は生きたいの、それとも死にたいの?(Would you rather be aliver or dead?)」という一節が重要なメッセージとなっています。まさに究極の選択ですが、ポールはそれを「簡単なことさ(It's as simple as that)」と歌います。この点は生来楽観的な思考を繰り広げてきたポールらしいですね。マイナーな曲調の中で、希望の光を見出させてくれます。どんなに誘惑を受けてどんなに悩んでも、自分の気持ちを変えて生きる道を選ぶのは簡単だよ、というポジティブなメッセージです。そして、その後に待ち構えているのは「愛」だと・・・。この曲がボーナス収録された「パイプス・オブ・ピース」で二元的対立の解決法を「愛」だと歌いかけたポールですが、ここでもその精神が受け継がれています。実際にそういう人がいたかどうかは分かりませんが、仮に薬物に手を染めようか悩んでいる時にこの曲を聴いたら、たちまちやめる決断がつきそうです。ポールは、自信たっぷりの割にはメッセージソングが苦手という欠点を持つ人ですが(汗)、この曲で問いかけられているメッセージは上手に伝えられていると思います。ポールらしい楽観的な考えが上手くはまっているからでしょう。少なくとも、'90年代ポールが量産する一連の「環境保護ソング」よりはましかと思いますが・・・(笑)。レゲエでメッセージソングを歌うというのも、ボブ・マーリーに代表されるレゲエの典型に従っていますね。

 しかしながら、ポールのヴォーカルはさほど楽観的に歌われていないのがまた面白い点(苦笑)。ここでの歌われ方は、演奏共々非常に淡々としています。これがまた、この曲の一辺倒なイメージ、存在感のなさにつながっているかもしれません・・・。アグレッシブなヴォーカルスタイルを披露してきた「プレス・トゥ・プレイ」とは、これまた一線を画しています。それでも、後半は控えめながらもシャウト交じりのヴォーカルを聞かせてくれます。徐々に熱を帯びてくるスタイルですね。ミドル部分の、伸びやかに歌う箇所が印象に残ります。メッセージを伝えたい!という気持ちは、後半のヴォーカルで伝わってきます。先の2フレーズが繰り返し登場するのも印象的かつ効果的ですね。そして、コーラスにはリンダとエリック・スチュワートが参加していると言われています(リンダの参加は聴けば明らか)。エリックは'80年代ポールをサポートし、「プレス・トゥ・プレイ」ではその右腕として活躍した重要人物ですが、ちょうどこの頃は「プレス・トゥ・プレイ」セッションを通してお互い意見の隔たりに気づいて気まずくなっていた時期でした・・・。そんな中、リンダと共に印象的なタイトルコールを歌っています。そしてこの曲を最後にエリックはポールから離れてゆき、この曲はエリックが参加した最後のポールの曲となってしまいました・・・。この箇所を除くコーラスはポールの多重録音と思われます。エコーのように入る追っかけコーラスがフィーチャーされています。

 ・・・と、ここまで来て既に書くことが尽きました(汗)。これもレア・ナンバーの宿命か・・・。この曲自体レアなので、当然アウトテイクも見つかっておらず、またライヴでも演奏されていません。ポールのアルバム・シングルに収録されていない点が災いしていますね・・・。

 私は、実はこの曲をそれほど好きではありません。「ではなぜ今回紹介するんだ!?」と思われるでしょうが(汗)、これは先日の『Wild Life』と同じく最近(注:執筆当時。2005年8月)ちょっとしたお気に入りになっているからです。皆さんもよくありません?なんかこの曲ちょっといいかも、とふと思うことが。この曲も、そんな理由で今回選曲されました。ということは、普段なら実際の順位はもっと下になるのですが・・・(汗)。でも、ポールのレゲエ風の曲は概して好きですよ。レゲエ、ことにその先駆者のボブ・マーリーといえばメッセージソングですが、この曲はそこら辺を上手く捉えていると思います。ちょうどマーリーも麻薬常習者を歌った『Pimpers' Paradise』という曲を残していますし。ただし、マーリーの詞作のほとんどは反体制・反植民地運動に関するものであり、こっち方面は珍しい詞作といえるのですが・・・。ポールの方は、チャリティ・アルバムにはもってこいの曲だったといえるでしょう。きっとこの曲を聴いて立ち直った人もいたことでしょう。マイナーでも、基本は楽観主義ですね、ポールは。この曲は運良くボーナス・トラックでCD化、容易に聴けるようになりましたが、ポールにはまだまだ多く残されている未CD化曲・入手困難曲を整理して容易に入手できるようにしてほしいですね。

 蛇足ですが、日本盤「パイプス・オブ・ピース」の歌詞の対訳が聞き取り間違いで意味不明になっていましたね(苦笑)。「リンガフォンをしないかい?」とか(笑)・・・「リンガフォン」って何!?そしてもう1つ蛇足。今回はイラストをどうするかで非常に苦労しました・・・タイトルがあまりにも抽象的すぎて(汗)。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「お化けが出てきそうな曲」。お楽しみに!!

 (都合で1日更新が遅れてしまったことをお詫び申し上げます。)

 (2009.3.07 加筆修正)

アルバム「パイプス・オブ・ピース」。現在この曲はこのアルバムのボーナス・トラックに収録されています。

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