Jooju Boobu 第5回

(2005.3.13更新)

I've Had Enough(1978年)

 今回が「Jooju Boobu」第5回にあたるわけなのですが、前回までと打って変わって急にマイナーな曲になりました(笑)。ここら辺から管理人の趣味がだんだん見えてくるようになります(なると思います)。今回紹介するのは『I've Had Enough』。この曲は、第1回の『With A Little Luck(しあわせの予感)』と同じく、1978年のウイングスのアルバム「ロンドン・タウン」に収録されました。邦題は「別れの時」(東芝EMIさん、歌詞の内容にそぐっていません)。書くことがなさそうで意外と深い、今日はこの曲を語っていきます。

 この曲をはじめ、「ロンドン・タウン」の収録曲の約半分は、1977年に西インド洋のヴァージン諸島に浮かんだヨット「フェア・キャロル号」で録音されました。これが、デニーの突拍子ない意見が元だったのは以前書いたとおり(笑)。この時のウイングスはご存知1975年から続いた5人体制の黄金期のラインアップで、この曲をはじめ『Girls' School』『Cafe On The Left Bank』など多くの楽曲では、この5人によるウイングスらしいバンド・サウンドを満喫することができます。なお、この洋上セッションの後ジミー・マッカロクとジョー・イングリッシュが相次いで脱退してしまい、ウイングスのロック・ショーを支えた2人を失うことになります。そのため、「ロンドン・タウン」の残り半分の曲は残された3人(ポール、リンダ、デニー・レイン)によって録音され、完成に至りました。

 曲は5人編成のバンド・サウンドにぴったりな軽いノリのシャッフル調のロックンロールで、その作風にはパンクを思わせるものがあります。当時、パンクは時代の流行の最前線で、ポール率いるウイングスの作風であるポップ、ラヴソングは軽くあしらわれていました。この曲はそんな時代の傾向に対する回答とも受け取れます。また、常に時代の最前線の音楽と自分流の音楽センスを融合させた作曲を心がけるポールの姿勢の表れとも取れます。しかしながら、「ロンドン・タウン」の時期にはポールは、あえてパンクとの融合をはからず、それまでの自分流ポップにメンバーのデニーが興味を持つイギリスやアイルランドのトラッド・ソング(伝統音楽)を融合させた曲を作り、時代の流れにさからっています。それは、世界中でウイングスを成功させたポールがイギリスを回顧した結果ともいえますし、『Silly Love Songs』で歌ったようにあくまで我流をつらぬくというポールの固い意志が影響しているともいえます。そのため、パンク風味のこの曲はアルバムの空気から少し浮いているようにも感じられます。むしろ、1979年のロック・テイストあふれるウイングスのラスト・アルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」に収録されておかしくないでしょう。『Spin It On』とか『To You』とか、ああいう系統だと思います。

  

 もともとポップやバラードを主な活動領域にしているポールは、しばしばファンに言わせると「安っぽい」ロックを作ることがあります(この曲と同時期の『Girls' School』とか、「エッグ」期のロックとか)。コードが単純で、メジャーキーが多いのはポールならでは。ことに、『Junior's Farm』以降(ジミーの参加以降)のウイングスではポールはこうした軽いノリのロックを大量生産しています。中には『Beware My Love』をはじめとした重厚なロックもありますが、こうした軽いノリはロックに耳が肥えた人からは定評が芳しくありません。ことに有名どころでないこの『I've Had Enough』などは、「安っぽい」という意見をよく目にします。しかし、私は十分ハードでかっこいいと思います。むしろ、ウイングスのキャッチーな側面と融合できていて、ウイングスらしさを出せていると思います。ロックやパンクうんぬんを知らない私にとっては、十分に「ロックしてるね!」とうならせてしまう、そんな曲です(笑)。もちろん、ポールの書くロックやパンクは、あくまで「ポール流」であり、ことにパンクに関しては「全然パンクっぽくない!」という意見があって当然。ポールが生み出す音楽は他の誰にも似通わない「マッカートニー・ミュージック」なのですから。

 この曲は、基本的には前回の『Waterfalls』のように「節〜サビ」の繰り返し、という構成ですが、単純明快にしたおかげでこの曲の軽いノリが引き立っています。そして、ポールが得意とするアレンジの妙に耳を奪われます。よく使用される、次第に音が加わってゆく構成で、飽きの来ないアレンジです。余計な間奏などがないため、ずんずんとエンディングに向かって進んでゆきます。そして、忘れていけないのはウイングスの各人の演奏のノリ。それぞれが演奏を主張しながらも、全体のまとまりはしっかり固まっています。最高ロック・ショーをもって全米ツアーを大成功に導いた5人が、さらに結束を固くして演奏面でももっとまとまりある、かっこいい演奏をするようになったことが分かります。特に、ジミーのリード・ギターとポールのベース、ジョーのドラムスとの連携はこの曲の聴き所です。

 イントロは手拍子とディストーションを効かせたギターで始まり、重低音がすごいベースとドラムスがそれに加わっていきます。ここまでで既にノリノリです(笑)。手拍子は一緒に叩きたくなってきます。第2節に入るとピアノが入り、音が増えてゆきます。続く第3節はドラムパターンが変わり、力強さを全面に出しています。コーラスが入るのもこの部分です。ここまでは間奏・つなぎ一切なしで、第3節の後に登場する間奏では、ギターソロ(ジミー?)がクール。そして一瞬静かになる第4節を経て繰り返し。繰り返しではイントロに入っていた手拍子が復活しています。最後はすぱっと終わって爽快です。ちなみにこの曲はアナログ盤ではA面の最後に当たり、実に爽快な構成だと思います。

  

 以上サウンド面について語りましたが、むろんポールのヴォーカルだってかっこいいですよ、必聴ですよ!少し乱暴っぽいですが、決して雑というのではなく、パンクっぽい雰囲気を出しています。間奏後からは崩し歌いになっていて、第4節はハーフ・スポークンでセリフ風です(この部分ではバックのサウンドが小さくなってヴォーカルが強調されています。これがまたお気に入りのアレンジ!)後半にかけては、シャウトが多くなり、ポールの歌い方もワイルドになってゆきます。歌詞は誰かに文句を言っているもので、相手の態度にいらだち、怒りをぶちまけているようです。第3節は、内容からして税金を軍事費に使う当時のイギリス政府に対しての文句にも取れます(深読みのしすぎか?)。タイトルの「I've had enough(もうたくさん!)」を崩し歌いで何度もシャウトするポールは、何か不満を抱えていたのでしょうか。決して、当時のウイングスや洋上セッションに飽き飽きしていたわけではなさそうですが・・・。

 ポールは、インタビューで「この曲の歌詞は長い間完成していなかった。ロンドンに戻ってから完成させた」と語っていますが、アウトテイクがそれを裏付けています。アウトテイクは決してインストではなく、ちゃんとポールのヴォーカルも入っていますが、かなりでたらめに歌っています。さすがにタイトルコールは完成していますが、歌詞が完成していない箇所は「ナナナナナー」といった風に適当に歌っていますし、発表されたものと歌詞が大幅に異なる箇所もあります。第4節はハーフ・スポークンというのも変わりませんが、これも全く違います。「It isn't milk shake honey!(ミルクセーキじゃないんだよ、ハニー)」とまで言っています(笑)。ただ、このアウトテイクで興味深いのは、曲の構成やアレンジはほぼ完成している点です。オリジナルと聴き比べるとほとんど変わりないのに驚くことでしょう。間奏のギター・ソロもほぼ変わりありません。所々、ポールが「コーラスの繰り返し」「エンディング」といった風に曲構成を指示しているのが面白いです。このアウトテイクは、「Water Wings」「London Town Sessions」といったブートで聴くことができます。

  

 アルバム「ロンドン・タウン」は、全体的におとなしめなので、この曲はだれるのを防ぐいいスパイスになります。でも、逆説的にいえばやっぱりこの曲は浮いて聴こえるんでしょうか・・・。私は「ロンドン・タウン」のアルバム全体が好きなので、この曲は浮かないんですけど・・・。周り(『Girlfriend』と『With A Little Luck』)が私のお気に入りだということもあるのでしょうが・・・。「バック・トゥ・ジ・エッグ」も確かに私のお気に入りですけど・・・。

 一般的には知られない上に、一部の人間には定評もよくない(苦笑)この曲ですが、実はシングルカットされているのです!アルバムからの第2弾シングルとして、1978年6月12日に発売(B面はデニーとの共作『Deliver Your Children』)。英国42位、米国25位とそこそこの記録を出しました。「ロンドン・タウン」収録曲は、(第1弾シングルの『With A Little Luck』を除いて)1曲ずつが強力ではなく、アルバム全体で初めて強力になる、アルバムソング型。そのため、この結果はしょうがないですし、むしろシングルカットする必要はなかったと思います。だって、『With A Little Luck』のB面が既に変てこな『Backwards Traveller〜Cuff Link』ですよ?最初からもうネタ切れの感を匂わせているのに、第3弾シングル(「London Town」)まで出すんですから。どうせシングルを出すなら、同時期の未発表曲『Waterspout』あたりをシングル発売すればよかったと思います。あの最強ポップであれば、もっとシングルが売れていたと思います。あと、どうでもいいのですが、英国版シングルのジャケット、気味が悪いですね(目が飛んでる・・・)。大好きな曲なのに、これはいただけないなぁ。

 この曲にはプロモ・クリップもあり、スタジオ・ライヴの様子を見ることができます。これまた、キース・マクミラン監督作品です。(注:このコラムでここまでマクミラン作品が並んだのは偶然ですよ!)アルバム発売時に撮影したため、ここでは脱退したジミーとジョーの代わりに、後にウイングスに加入することになるローレンス・ジュバーとスティーヴ・ホリーが参加しています。これが、ローレンスにとっては初出演となるウイングスのプロモ・クリップでした(スティーヴは『With A Little Luck』で参加済み)。プロモでは、薄暗い部屋で5人が演奏しますが、もう「かっこいい」の一言ですね。リンダさんですら、首をぶんぶん振ってキーボード弾いていますから。ポールは言うまでもありません。マイクに向かってベースを弾きながらシャウトするポールは、やはりひときわ目を引きます。オリジナル通り忠実にシンバルを乱打するスティーヴ、オリジナルに参加していないので、よく研究しましたね(笑)。ローレンスは半ば跳ねながらギターを弾いています。私が注目しているデニーも、汗をかきながらの熱のこもった演奏でかっこいい!です。ジミー&ジョーで見たかった気もしますが(思えばライヴ映像の抜粋を除いてこの2人を同時にフィーチャーしたプロモはない!)、ローレンス&スティーヴも十分かっこいいです。デニーとポールが目配せ(!?)する箇所は、ちょっと面白いですね。最後にポールが見せる両手クロスのポーズもきまってますね。ちなみに、このプロモには出だしが若干違うヴァージョン違いが存在します。

  

 また、この曲は「ロンドン・タウン」収録曲で唯一ライヴ演奏された曲です!すごいでしょう!(いや、ここは「ロンドン・タウン」収録曲が演奏されていない事実を嘆くべきか・・・)「ロンドン・タウン」固有のツアーはなかったので、その次の、結果的にウイングス最後のツアーとなった1979年の英国ツアーで演奏されたのですが、このことからもこの曲が「バック・トゥ・ジ・エッグ」寄りであることが分かります。恐らく、ローレンス&スティーヴがプロモで演奏した実績があっての採用でしょう。同ツアーは「エッグ」発売後に行われ、同アルバムからは5曲(と、当時のシングル1曲)が演奏されています。いずれもロックやパンク風の実験的な曲であり、そこにこの曲も加わったことで全体的にロック色の濃い作風のセットリストとなっています。ライヴ音源は残念ながら公式発表はされていないのですが、先に紹介したブートの名盤「LAST FLIGHT」で聴くことができます。最終日・グラスゴー公演の模様ですが、オリジナルとは微妙に演奏のニュアンスが違います。シャッフルのリズムが強調されているように聴こえます。ポールのシャウトはここでもかっこよく聞かせています。出だしで観客の手拍子が起こったのは言うまでもありません(演奏前のMCでポールが手拍子を促している)。なお、1980年に予定されていた日本公演でも演奏される予定で、ウイングスのリハーサル映像でこの曲も見ることができます。

 この曲、私としては5回目に取り上げるほど大好きで、もっと評判がよくてもいいのではないかと思いますが・・・。「アルバムで浮いている」という声もありますが・・・。発表する時期を間違えてしまったのでしょうか・・・。じゃあやっぱり「エッグ」に入れるべきだったのか・・・。「エッグ」に収録されているこの曲・・・想像できません(笑)。私はやっぱりこの曲は「ロンドン・タウン」のスパイスだと思っていますし、なんといっても、この曲のすぱっと切れるエンディングから次の私の一番好きな『With A Little Luck』への流れがたまらなく好きなので・・・。皆さんは、この曲は「ロンドン・タウン」「バック・トゥ・ジ・エッグ」のどちらに入っていた方がよいですか?ちなみに、この曲に関しては私はオリジナル、アウトテイク、ライヴ・ヴァージョンすべて好きですね。最近は他の曲が台頭してきてTOP 5からは落ちましたが(汗)、それでも今でも大好きな1曲です。

 ということで、また後期ウイングス(+「マッカートニーII」)の曲を紹介してしまいましたね。『With A Little Luck』『Goodnight Tonight』『Coming Up』『Waterfalls』そしてこの曲・・・管理人の好みが浮き彫りになっています(苦笑)。しかも、『With A Little Luck』以外はプロモがキース・マクミラン作品(これは偶然!)。そろそろ違う時代の曲も出さないとマンネリ化してしまいそうですね・・・。違う時代で私のお気に入りの曲・・・次回どうなるかお楽しみに!もしまた同じ時代でも懲りずにまた来てくださいね(笑)。

 さて注目の次回の曲のヒントですが・・・「雪広あやか」。当サイトをくまなくごらんになっている方には簡単に分かる、そうでない方には絶対分からない、きわめて個人的なヒントです(笑)。お楽しみに!

 (2007.10.13 加筆修正)

    

(左から)当時のシングル盤。ジャケットは日本盤、英国盤の順。英国盤のはちょっとグロテスクで・・・(汗)。

アルバム「ロンドン・タウン」。トラッドとバンド・サウンドが融合した、リラックスした雰囲気のアルバム。私のお気に入りで、お勧め!

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