Jooju Boobu 第47回
(2005.8.18更新)
Get On The Right Thing(1973年)
今回の「Jooju Boobu」は、初期ウイングスのアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」(1973年)より、『Get On The Right Thing』を語ります。「レッド・ローズ・スピードウェイ」は、ポールらしいメロディアスで小粒なバラードが多く収録されていることで知られていますが、そんな中でもこの曲は珍しく明るい曲調が目立つポップ・ナンバーです。いわゆるアルバムナンバーのため、他の収録曲と同じく一般的には知られていませんが、この曲でもポールらしい味を楽しむことができます。語ることは非常に少ないですが(汗)、今日はこの曲を取り上げてみます。
まずは、このコラムでは『One More Kiss』以来2度目の紹介となる、アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」について若干おさらいしてみましょう。
1971年にデビューしたウイングス。翌1972年には新たにヘンリー・マッカロクを迎え5人編成となります。そして、ポール念願のコンサート・ツアーに出向き、初っ端から酷評されてしまったウイングスの名声を回復しようと日々努力を重ねます。1972年のウイングスは主にライヴ活動がメインとなりますが、スタジオワークも怠りませんでした。デビューアルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」の失敗を反省して、じっくり時間をかけて新たなアルバムが制作されることとなったのです。それが「レッド・ローズ・スピードウェイ」でした。長期にわたるレコーディングで完成度を増し、十分に吟味された楽曲が、アルバムを飾ることとなります。発売はまた翌年の1973年になりますが、大ヒットシングルとなった『My Love』をはじめ、ポールの得意分野であるメロディアスで甘美なバラードを多く収録した内容に、これまでポールとウイングスをこき下ろしてきた評論家たちもさすがに認めないわけにはいかず、相次ぐシングルのヒットも重なり、ここにウイングスは結成以来初めて正当に評価されることとなったのでした。(この後すぐにこの5人編成が崩れてしまうのはなんともはかないですが・・・)
そんな初期ウイングスの努力の結晶となったアルバムに、この曲は収録されています。しかし、この曲は『My Love』を筆頭にアルバムの多くを占めたバラード作品ではありません。かといって、『Big Barn Bed』や『Loup(1st Indian On The Moon)』といったファンキーで前衛的な曲でもありません。では何かといえば・・・躍動感あふれるポップ・ナンバーです。ポップ職人として広く知られるポールですが、意外なことに「レッド・ローズ・スピードウェイ」にはそうした曲は少なく、この曲の他には最後の4曲メドレーしかありません。それほどバラードが多く収録されてしまっているわけなのですが・・・。比率が高いせいか、『My Love』の大ヒットの印象があるせいか、どうにもバラード作品が高評価を受けているアルバムですが、この曲で見られるポップ節を見捨てることはできません。「レッド・ローズ〜」で不足がちなポップ分を、この曲で余すことなく補給できるからです!むろん、一連のバラード作品と同じくメロディアスでポールらしい曲であることは言うまでもありません。また、ゆったりとした曲が多い中の収録なので、よく「地味」と評されるアルバム内でもかなり目立っています。前曲があの『My Love』という位置ですが、それに負けないくらいの存在感を出しています。これが他のアルバムだったら埋もれてしまっていそうですが・・・(汗)、バラードとはまた違ったポール色満開の魅力で我々リスナーに強くアピールしているのです。一般的には全く知られない曲ですが・・・(汗)。
さて、ここでちょっと驚きの事実。実はこの曲、「レッド・ローズ・スピードウェイ」のセッションでレコーディングされたものではありません!次々曲の『Little Lamb Dragonfly』もそうなのですが、1972年の一連のレコーディング・セッションで取り上げられたものではないのです。大々的にその事実が宣伝されているわけでないので、知らなかった方も多いことでしょう。ではいつ録音したのか・・・と言えば、実は「レッド・ローズ・スピードウェイ」から2年遡って2枚遡ったポールのソロ・アルバム「ラム」セッションの時だったのです。つまりは、元々は「ラム」のために書かれ、録音されたもののお蔵入りになり、2年後に見事復活を果たした・・・といういきさつなのです。
これには当時のポールの多作ぶりがうかがえます。ビートルズ解散後、不当な評価を受けていたポールは、その危機を打開すべく矢継ぎ早にアルバムをリリースしていますが、そのために実にたくさんの曲を量産しています。創作意欲も高かったのかもしれませんし、ビートルズという束縛から解放されて自由に作曲活動ができるようになったからかもしれません。その証拠に、「ラム」セッションでは20数曲が用意されたと言われます。ここでジョージ・ハリスンの「オール・シングス・マスト・パス」のように一挙に発表することもできましたが、ポールはそうはしませんでした。アルバムの統一感を考えての措置というのもありますし、何と言っても当時2枚組アルバムは売れないことを理由にレコード会社に嫌われていたのです。そこで、泣く泣くカットされてしまった曲が出てきました。この曲と『Little Lamb Dragonfly』も、そうした経緯で「ラム」収録曲候補から落ちてしまいました。しかしまだこの2曲は恵まれた方で、2年後に運命の女神(ポール?)が微笑みかけてくれたおかげで、見事復活に至りました。「ラム」落選者には、『A Love For You』のように30年以上もお蔵入りになっていた曲もあるのですから・・・。しかも、2曲が復帰した「レッド・ローズ・スピードウェイ」でも例の調子で多作ぶりを発揮し多くのマテリアルを残したため、ここでも多くの楽曲が泣く泣くカットされてしまっていますから・・・。ポールがこれを受けて未発表曲集「Cold Cuts」の構想を考え付いたというのも納得です。
「ラム」はウイングス結成以前のアルバムですから、当然ウイングスのメンバーが関わりない時代。そのため、この曲の演奏にはウイングスのメンバーであるデニー・レインとヘンリー・マッカロクは参加していません。もう1人のメンバーであるデニー・シーウェルは、ウイングス加入以前に「ラム」セッションに参加しているので、この曲でも演奏しているのですが・・・(あともちろん愛妻リンダも!)。代わりに、「ラム」セッションに参加したデヴィッド・スピノザがギターを弾いています。ポール、リンダ、シーウェル、そしてスピノザと、まさに「ラム」セッションのラインアップによる演奏なのです。これは、アルバムの演奏者クレジットを見て驚いた方も多いと思います。その後、「レッド・ローズ・スピードウェイ」で再び取り上げられた際にポールがオーバーダブを行って完成、発表されたようですが、『Little Lamb Dragonfly』同様アルバムで浮いていないのは素晴らしいです。説明を受けなければ、誰もこの曲を「ラム」のアウトテイクだとは予想もしないでしょう。逆に、「レッド・ローズ・スピードウェイ」のこじんまりとした、ほのぼのした空気感にぴったりはまりすぎていて、「ラム」に収録されているのを想像するのがかえって難しくなっていますね。牧歌的な雰囲気の「ラム」とはちょっとニュアンスが違っているように聞こえます・・・。「レッド・ローズ・スピードウェイ」の選曲がもうちょっと違っていたらまた違う印象で、アルバムから浮いていたかもしれませんが・・・この辺はポールの選曲の妙に脱帽ですね。さすが名アレンジャー。しかし、ウイングスの演奏でない曲をウイングス名義で出してしまうのも大胆といえば大胆ですね(苦笑)。デニー・レインやヘンリーは何と思ったことか・・・。まぁ半ウイングスだからいいとしますか(笑)。
曲はミドル・テンポのポップで、アルバムの中でも随一の明るさを持っています。アルバムでは『My Love』の若干大仰なスローバラードの雰囲気の次に来るので、再びエンジンスタートといった趣があります。曲を引っ張るのはポールの弾くピアノ。そんなに表立ったミックスではないのであまり意識しませんが、この曲のリズミカルさを生み出しているのはこのピアノかもしれません。サビでの軽やかなフレーズが結構印象に残ります。もっとミックスを大きくすれば、『Little Woman Love』のようなピアノ・ポップになったかもしれませんが・・・そうならない中途半端さがまた面白い所であります。その他はシンプルなバンド編成で、これがウイングス作品に紛れて違和感ない理由なのかもしれません。ギターは「ラム」でゲストとして招かれたスピノザの演奏というのはさっきお話しましたが、どうもポール自身も後にオーバーダブしているようです。実はギターもこれまた中途半端なミックスであまり目立っていないのが面白い。つまり、この曲ではどの楽器も際立って目立たず、すべてが対等な位置にあるわけです(苦笑)。面白いミックスですね、そう考えると。ギターサウンドで特筆すべきは、ブレイク部分で登場するかもめの鳴き声のようなエフェクトをかけたフレーズでしょう。かつての『Tomorrow Never Knows』のテープループを思い出してしまいそうな逆回転風の音色です。これがもしかしたら、後にポールが加えた音なのかもしれません。
シンバルとギターが絡み合う穏やかなイントロで始まりますが、若干長いような気もします(汗)。この箇所はベースとピアノの重低音にも注目。その後、前半はこの穏やかな雰囲気で進んでゆきますが・・・そこからだんだんと明るくなってゆきます。演奏は結構崩れる箇所が多く、そこではシーウェルのドラムスの見せ場となります(=フィルインがよくあります)。様々なパターンを聴かせるシーウェルのドラミングはさすが後にウイングスの初代ドラマーになるだけあります。そうして崩れながら進んでいった末に、タイトルの出てくるサビで一気に賑やかになります。イントロの穏やかな雰囲気からは予想もできない展開です。ここでのハイテンションぶりはまるでお祭りのよう(笑)。先述のポールのピアノがその賑やかさを引き立てます。(もう1つヴォーカルがその賑やかさの要因なのですが・・・これは後述します。)この後もサビが出てくるたびにパッと賑やかに切り替わってゆきます。特に最後のサビの繰り返しでは、シンバルクラッシュや手拍子までも入り華やかにフェードアウトしてゆくのでした。ここでイントロを思い出すと、テンションの違いに驚くはずです。『My Love』の終了から、じわーっと坂を上り、サビで一気に頂点に達する・・・という流れです。そして、このサビがアルバム中最もハイテンションなひと時。「地味な」アルバムで最もビビッドな瞬間です。
続いては詞作に関して。この曲が元々レコーディングされた「ラム」の頃のポールの詞作といえば、『Too Many People』に代表されるような、ジョン・レノンを非難する内容を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、当時のポールの詞作にもう1つ特徴的だったのが、愛妻リンダへの愛を歌ったもの。「ラム」ではB面の『Eat At Home』や『Long Haired Lady』なんかがその代表格です。そしてこの曲も、それらと同じく愛にあふれた、リンダさんに向けたハッピーなラヴソングです。タイトル「Get On The Right Thing」は、「きっとうまく行くよ」という意味。ポールらしい、極めて楽観的な考え方が見て取れます。『We Can Work It Out』『With A Little Luck』にも通じるものがありますね。リンダに「ちょっと愛してみようよ」と歌いかける内容は、新婚ほやほやのポールらしいです。前向きな姿勢は、この曲の賑やかな曲調にもぴったりはまっています。そして、楽観的なラヴソングという点では、最終的に収録されることになったアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」の諸作品に共通していて、そこがまたアルバムから浮かないようにしているのかもしれませんね。「レッド・ローズ〜」セッションの曲ほどではないですが、ポール独特のアマアマテイストも感じられる詞作です。
そして、この曲といって忘れてはならないのがポールのヴォーカルです。演奏面の個性が均一的なのに対して、ここではヴォーカルが主張しています。それもそのはず、低音から高音まで七変化するポールのヴォーカルをたった4分弱の曲でいっぺんに堪能できてしまうからです!刻一刻賑やかになってゆく演奏もあいまって、一見たいしたことのない曲を聴き所たっぷりのバラエティに富んだ1曲にしているのです。
出だしは、演奏と同じく穏やかな歌声で始まります。ほんのり甘ーい雰囲気が漂う声質はポールならでは(後年の『Ebony And Ivory』に近いヴォーカルスタイル)。と思いきや、いきなり素っ頓狂なシャウト(笑)が入りテンションが上がります。この突拍子ない、どこか間抜けたシャウトはこの後も随所で登場し、この曲のちょっとした聴き所となっています(苦笑)。第2節は再び元のヴォーカルスタイルに戻りますが、続くサビでは今度は渾身のシャウト交じりのヴォーカルを披露します。出だしの穏やかさとは対照的なパワフルなヴォーカルは、演奏面と同じくここでがらりとハイテンションになります。そしてここに入るのが、リンダによるタイトルコールです。ポールには出せない高音域をたっぷり使った甲高いコーラスです。ポールが歌うとすかさずリンダが返すパターンで繰り返される息の合ったこの掛け合いコーラスは、間違いなくこの曲のハイライトであり、この曲のサビを賑やかにしている最大要因といえるでしょう!ポールの楽曲で女性コーラスが起用されるようになるのはビートルズ解散後リンダをパートナーにしてからですが、ここではそんな女性コーラスの効果的な起用が新鮮に響きます。女性ならではの高音を上手に取り入れた賜物でしょう。「きっとうまく行くよ」とお互い歌い合う様子はこの2人が仲良いカップルであることを証明していますね。2度目以降のサビで、リンダの声を真似るべくポールが甲高くシャウトするものの思いきり素っ頓狂に(先の通り!)なってしまうのは、ご愛嬌ですか(笑)。
さらに、この印象的な掛け合いコーラスが終わると、“Get on the right thing do”の部分では一転して曲中最も低いヴォーカルになります。この高低の落差がたまりません。まさにこれぞ「七変化ヴォーカル」でしょう!この後も、先述したヴォーカルスタイルが次から次へと替わりばんこに登場します。「ほんのり甘い穏やかなヴォーカル」「シャウト風のヴォーカル」「思いきり低音」「素っ頓狂なシャウト(笑)」そして「リンダの底抜けて明るいコーラス」・・・、これほどヴォーカルがバラエティ豊かな曲はそうそうないのではないでしょうか。ポールの七変化ヴォーカルを堪能したいなら、この曲がうってつけ、そう断言できる程ですね。そして、リンダのコーラスが効果的に使用された、いい例だと思います。リンダはお世辞にも上手なシンガーではありませんが(汗)、ここでのメリハリの効いたコーラスはこの曲には欠かせないものです。掛け合いコーラスからはポールとの相性のよさも感じさせてくれますね。
というわけで、ここで語ることが尽きました(汗)。この曲のアウトテイクは発見されていませんし、この曲はライヴでも演奏されたことがありません。「レッド・ローズ・スピードウェイ」では随一のアップテンポナンバーだけに、ライヴで取り上げなかったのはもったいない気がします。アルバム発売後の全英ツアー(1973年)は、演奏曲数自体が少ないので、もうちょっとレパートリーを増やしてセットリストを充実していれば、その中にこの曲が入っていたかもしれませんね・・・。デニー・レインやヘンリーの不参加が影響したか?
私は、最初に聴いた時からこの曲が好きでした(次曲『One More Kiss』もそうですが)。特に、やはりサビの掛け合いコーラスはいつ聴いても微笑ましくて楽しい気分にさせます。「すべてうまく行くよ」というフレーズ、この曲を聴けば本当にそう思えてきそうです。ポールの素っ頓狂なヴォーカルも大好きです(笑)。あまり他で触れているのを見ませんが、あれも聴き所と思っています(苦笑)。ポールの七変化ヴォーカルの片鱗ですし、ね。蛇足ですが、今回のイラストはタイトルが抽象的なのでどんなコンセプトにするか少し迷いました(汗)。いやぁ、毎度イラストをつけるたび思うのですが、こういうタイトルで来られると非常に悩みます。
残念ながら、「レッド・ローズ・スピードウェイ」の他の多くの佳曲と同じく、この曲は一般的に知られず全くの無名ソングです。しかし、いつでも希望を捨てず楽観的な姿勢を崩さないポールの思い、リンダへの愛がこれほど楽しく凝縮された曲は例を見ません。さらに、天性のヴォーカリスト・ポールの七変化するヴォーカルスタイルを堪能できる恰好の曲。これはお勧めです。幸いファンの間でも好意的に受け入れられているようです。佳曲揃いのアルバムと一緒に、ぜひ聴いてみてください!!
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「大道芸人」。お楽しみに!!(なお、次回更新が月曜日になるおそれもあります。ご了承ください。)
(2009.2.21 加筆修正)
アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」。小粒ながらポール節大発揮の、バラードが中心のウイングス初期の佳作。