Jooju Boobu 第45回
(2005.8.11更新)
Wild Life(1971年)
今回の「Jooju Boobu」は、ウイングスの記念すべきデビューアルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」(1971年)から、タイトルソング『Wild Life』を語ります。ポールが、愛妻リンダとステージに立ちたい!という願いから俄仕立てで結成したバンド、ウイングス。そのデビュー作のジャケットは、川に集うメンバーを撮った和やかなもの。しかし、この曲はそんなムードとは逆に、ポールの「叫び」を秘めた力強い歌です。この曲にはポールのどんな思いが込められているのでしょうか?そんな所を中心に語ってゆきたいと思います。
まずは、今回が初登場となるアルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」について。ウイングスが結成されるまでの道のりと、アルバムの制作経緯についてお話しましょう。
ビートルズ解散を挟んでソロ活動を始めたポール。しかし、ポールには批判が絶えませんでした。ポールが表明したいわゆる「ビートルズ脱退発言」を起因として、ポールは「ビートルズを解散させた男」として不当な評価をされてしまったのです。その証拠に、「マッカートニー」「ラム」の2枚のアルバムは評論家から「駄作」と言われてしまいます(ファンは決してそうは思っていませんでしたが・・・)。そんな逆境の中、ポールのそばには励ましてくれる人もいました。それが結婚したての愛妻リンダです。いつしかポールは、心強いパートナーのリンダと一緒にステージに立ちたい、と夢見るようになります。しかし、そのためにはバンドが必要(2人で活動するという手もなくはなかったのですが・・・)。ポールは夢を実現すべく、新たなバンドのメンバーを探します。結果集まったのがデニー・レイン(ギター)とデニー・シーウェル(ドラムス)。1971年8月、「2人のデニー」にポール&リンダを加えたグループ、「ウイングス」が誕生した瞬間でした。
バンドがめでたく結成されたのもつかの間、早くコンサート活動をしたいポールは、すぐさまメンバーと共にスタジオに入り、初めてのアルバム制作を開始します。十分なリハーサルもままならず始まったこのセッションは、なんとレコーディングをたった3日で済ませてしまいました。いかにポールが躍起になっていたかが分かるエピソードですが、急ピッチで集中的に行われたおかげでなんとかアルバムとして形を成すことができました。それが、年末に発売されることになった「ウイングス・ワイルド・ライフ」です。そしてこれが、ポールとリンダの夢のグループ、ウイングスの記念すべきデビュー作となったのでした。ポールが新たな夢の実現へとはばたいていった・・・のですが、即席で結成されたグループによるラフな演奏と、「ウイングス」の知名度の低さが災いしてチャートでは失敗、おまけにまたしても評論家からたたかれる始末となってしまいました・・・。ポールにとっては苦難の出発となってしまいました。
そんなデビューアルバムのタイトルソングが、今回紹介する『Wild Life』です。タイトルは「野生の暮らし」を意味します。アルバムジャケットはそれにあやかってか、緑豊かな川のほとりでウイングス4人がたたずむ光景となっています。ウイングスは自然の中で暮らすグループだ!と主張しているかのようです。4人とも和やかでリラックスした表情(特にポールがとぼけている・・・)。ほのぼのした雰囲気がたっぷり感じられる、平和で穏やかな世界が広がっています。しかし、そんな能天気なジャケットとは裏腹に、この曲の詞作はいたってシリアスです。実はこの曲は、ポールとしては珍しいメッセージ・ソングです。そしてこの曲こそ、「ばかげたラヴ・ソング」を作り続けて久しいポールにとって初めてとなるメッセージ・ソングだったのです。
元々ポールは、自分の歌に政治的なメッセージをこめることは敬遠してきました。ビートルズ時代の相棒であったジョン・レノンが平和を訴えたメッセージ・ソングを発表してゆくようになったのと対照的に、ポールはあくまでデビュー以来書き続けてきたラヴ・ソングやストーリー性豊かな詞作を展開させてゆきました。それがポールの詞作の典型的イメージとなってゆくのですが・・・。ポールはメッセージ・ソングを書かない理由として、「それは政治家の役目だ」とか「言いたいことがあるなら、インタビューでだって言える」と発言していますが、ポールはあくまで音楽活動と私的な主義主張とを切り離して考えていたのでした。
しかし、そんなポールにショッキングな出来事が起きました。それは1969年頃、当時から付き合っていたリンダと一緒にレストランで羊肉を食べていた時のこと。ふと外を見ると、そこには羊の群れがたむろしていました。それを見たポールは、罪悪感にかられたと言います。「今食べている肉は、あの羊を殺してできているのか・・・」、と。身勝手な人間の行動に猛省し、これを契機にポールとリンダは動物の肉を食べないベジテリアン(菜食主義者)になりました。そしてポールの思いはやがて、そこから発展させて「動物愛護」へ向かってゆきます。元々田舎の農場で馬や羊や犬を飼っていたポールは動物への愛着が強かったのですが、この後ポールは盛んに動物愛護を訴えるようになります。
そしてそんなポールのメッセージが最初に送られたのが、この曲だったのです。動物が日々殺され、酷使されている現状に憂い、思い悩んだ末にポールが下した決断は、動物愛護の精神を自らの活動である音楽によって直接訴えかけることでした。ポールの音楽活動のスタンスが変わった瞬間でした。そう、ほのぼのした響きのあるタイトル『Wild Life』には、動物が野生で生きることの大切さを訴えるメッセージが込められているのです。
歌詞を見てみると、随所でポールの我々人間に対するメッセージが登場します。人間の都合だけで動物園に入れられた動物たちの様子をかわいそうだと嘆き、それをよそにナンセンスな政治を繰り広げる人間を批判しています。そして「人間も偉いなら、動物も偉い」「だから君たちは動物を守らなければ」と、動物の地位向上と愛護の必要性を徹底的に訴えています。そして動物にとって最良な環境は「野生の暮らし」つまり「ワイルド・ライフ」なんだ、と結論付けています。冒頭の「“野生”という言葉は君と僕にぴったりさ」というくだりが心に残ります。ポールが初めて手がけたメッセージ・ソングですが、ポールの主張はよく伝わってきます。そして、動物を人間の一方的な虐待から解放しよう!というポールのメッセージには共感できるものがあります。確かに、動物の視点から見てみれば、動物園に入れられているのは理不尽なことかもしれません。人間と動物を対等な存在として一度見直してみると、人間の動物に対する扱い方はポールの言うとおり残酷な面も浮かんできます。
ところが、当時のロック界というのは「革新的なもの」を求める傾向にありました。それが自然環境に対する革心ならよかったのですが、あいにく当時は政治的なメッセージ・ソングがもてはやされていました。しかも、ポールは当時先述のように「ビートルズを解散させた男」としてまともに評価されてもらえず、「'60年代ロックの腐敗」とまで言われていました。ポールの音楽は後進的と見られていたのです。残念ながら、この曲に込められたポールの怒りのメッセージは議論に取り上げられることはなく、見向きすらされませんでした。'70年代当時はまだ今ほど環境問題や動物愛護について真剣に語られる風潮もなく、こうした危機に対する意識も世界的に低かったこともあり、この曲で歌われた内容が人々の心に浸透するには時間がかかることとなりました。こうしたことがあったためか、ポールもこれ以降長らく動物愛護や環境問題を訴えた政治的なメッセージ・ソングを書かなくなりました(この曲の直後に『アイルランドに平和を』という超政治的な曲を書いてはいますが・・・)。
ポールが再び「環境ソング」に手を染めるのは1989年の『How Many People』でのこと。折しも地球サミットをはじめ環境問題への国際的な意識が高まりつつあった時代だったため、今度はポールのメッセージは注目されるようになりました。そして『Wild Life』で歌われた動物愛護の精神も、『Long Leather Coat』『Looking For Changes』といった曲で強く訴えられ、着実に引き継がれてゆくようになりました。また、音楽活動以外の世界でもポール(とリンダ)の動物愛護の精神はこの時期から顕著になってゆきます。ポールがことあるごとに「ベジテリアンになろう!」と叫び、マクドナルドやケンタッキー・フライドチキンを目の敵にしているのは周知の通りですし、アザラシや鯨の捕獲に関しても強く抗議の意を表しています。リンダがベジテリアン向けの料理本を出版したり、娘ステラが自らのファッションショーに動物の毛皮を使用しないのも有名な話ですね。こうしたポールの活動はちょっと過激な面も見られ、共感できない節もあるのですが(苦笑)、ともかくポールの動物愛護の精神は今なお絶えないのでした。その原点がこの曲にあると考えると、ポールにとってこの曲の重要性が非常に高いことがうかがえます。
さて、ここまでこの曲の詞作について語ってきましたが、ここからは曲本体について語ってゆきます。この曲のタイトル『Wild Life』からは、さっきから何度も言っているようにほのぼのした空気が伝わってくるのですが、実はこの曲にはそんな雰囲気は全然ありません。むしろそれとは逆に、緊張感の漂う、重々しい空気が流れています。アルバムジャケットからは想像もつきません。これはやはり、歌詞に合わせてメッセージ・ソングの典型であるロックスタイルに仕上げたというのがあるのでしょう。しかし、ここで興味深いのは、ブルースのアレンジになっている点です。ポップでキャッチーな曲調が典型的なポールにとっては珍しいスタイルといえますが、実はこれもポールの最新の流行に対する関心があってのことでした。ちょうどブルースは'70年代初頭に世界を席巻してちょっとしたブームとなっていたからです。それにあやかって・・・といった所なのでしょう。早速自作曲でもそのスタイルを模倣してみたというわけです。ポールが流行の音楽スタイルを自分なりに消化する傾向は'70年代後半から顕著になりますが、それはこの時期も相変わらずだったようです。事実、この時期に書かれ未発表のままになっている『1882』という曲は、もろにブルースの影響を受けています。また、ブルース特有の重々しさは、初期ウイングスの諸ロックナンバーののっしりしたサウンドの源泉となっています。
この曲は、ポールのアコギ弾き語りでイントロなしに始まります。先に触れた「“野生”という言葉は君と僕にぴったりさ」のくだりが歌われます。やさしさが滲む弾き語りなのですが、そんな空気はすぐに終わってしまいます。続いて登場する低音のキーボード(ハープシコードに似た音)が入ると、ドラムスのフィルインに導かれるようにして重々しいブルースの空気に切り替わります。スローなリズムにのせて、やけに重低音なベースとドラムス、そして先のキーボードが曲をリードしてゆきます。ドラムスを除いては単調気味で、そこら辺はリハーサル不足の影響でしょうか(苦笑)。それとも意図的なのか・・・?フィルインを随所に混ぜつつスローなリズムを決めているドラムスはデニー・シーウェル。この曲で唯一表情を変える演奏でアピールしています。中盤、“You better stop”という歌詞が出てきた後に歌詞通りに演奏を止めてしまう箇所がかっこいいです。間奏のギターソロはデニー・レインで、この間奏を挟むと様々なギターフレーズを聞かせますが・・・渋いです。エンディングはフェードアウトですが、これが最後の歌詞が終わってから2分ほどと非常に長いです。これも即興性の強いブルースに影響を受けたものと思われますが、ちょっと長すぎな気がします(汗)。演奏が単調なので余計冗長に聞こえてしまいます・・・。おかげさまでこの曲の演奏時間は6分半以上という長さです。このセッションでは、結構演奏時間が無駄に長い曲があり、それが評価を落としているのかな・・・と思うしだいです。
「ウイングス・ワイルド・ライフ」の収録曲は、結成したてで練習不足のバンドがたった3日間で仕上げただけあって、その演奏にはラフな面が多く残っています。そこを評論家集団に非難されてしまうのですが、この曲に限ってはそのラフさが逆にこの曲の荒々しさを生み出しています。他の曲に比べて演奏もこなれた感じですし、一発録り風のレコーディングが演奏のホットな空気を残すことに成功しています。そして何しろこの曲には緊張感が漂っています。同じアルバムの『Bip Bop』や『Love Is Strange』辺りは肩の力が抜けすぎてしまいちょっと陳腐な出来に終わっていますが(苦笑)、この曲にはそうした手抜きは感じられません。きっとウイングスはこの曲を集中的にリハーサルしたんでしょうね(ポールにとって重要なメッセージ・ソングだし)。各メンバーの意気込みが感じられる、まさにタイトル通りの「ワイルド」な演奏です。
この曲の聴き所といえば、ブルースチックな演奏もさることながら、ポールのヴォーカルもそうでしょう!メッセージ・ソングだけあって気合いも満タンです。冒頭の弾き語り部分では穏やかな歌い方がされるのですが、それ以外は演奏に負けじと力強い声で歌われます。半ば叫びながらのヴォーカルですが、動物愛護の必要性を訴える、切々とした雰囲気です。先に述べた“You better stop”がきまっています(笑)。これが曲が進むにつれ徐々に力強さが増してゆきます。崩し歌いも増えてゆき、シャウトを披露してゆきます。エンディングでの自由自在なシャウトが耳に残ります。ただ、あまり本気ではないのが特徴で、それが逆に切々と訴えているという雰囲気を増幅させていて、ちょうどよい程度のシャウトだと思います。そして、ヴォーカル面では途中から入ってくるコーラスワークも耳に残ります。コーラスはリンダとデニー・レインですが、これが曲の雰囲気とはちょっと違って美しいハーモニーです。後にウイングスの一時代を築く2人のコーラスですが、この時からその息の合い方は健在です。この曲ではちょっと気だるい仕上がりなのが特徴でしょうか。終盤に延々と繰り返される“Wild life,whatever happened to”が印象的です。暗い雰囲気の曲中でちょっとした癒しのオアシスとなっています。
アルバムの中核となっていて、さらにはポールがぜひとも世界に発信したいメッセージ・ソングだけあって、この曲がライヴで演奏されるのは必然的でした。ウイングスはアルバム発売後、新メンバーにヘンリー・マッカロク(ギター)を加え5人編成になった上で、翌1972年から英国の各大学を巡業するウイングス初のコンサート・ツアーに赴きますが、ここで早速演奏が披露されました。レパートリー不足だけあって「ウイングス・ワイルド・ライフ」収録曲のほとんどが演奏されているのでまぁ演奏されて当然なのですが・・・果たして観客である学生たちにはどのくらいポールのメッセージが届いたのでしょうか。この大学ツアーの時のリハーサル映像は、最近になってポールのプロモ・ヴィデオ集「The McCartney Years」のメニュー画面に使用される形で公開されました。鮮明なカラー映像で貴重です。(蛇足ですが、「The McCartney Years」のエンド・テロップのBGMが全ディスクこの曲の未発表ライヴ音源になっているのは、ポールなりの動物愛護のアピールか・・・?)
大学ツアーの後も、ポールは引き続きこの曲を取り上げ、結果的に1973年までのすべてのコンサート・ツアーで演奏されることとなりました(1972年のヨーロッパ・ツアーと1973年の全英ツアー)。よって、初期ウイングスのライヴの定番曲となりました。こうしたライヴ演奏はブートで楽しむことができますが(苦笑)、私の手持ちだと前者は「Wings Over Switzerland」(スイス・モントルー公演)、後者は「Live In New Castle 1973」(英国・ニューキャッスル公演)に収録されています。どちらのツアーでも、オリジナルには存在した冒頭の弾き語り部分をカットしていきなりブルースチックな演奏で始まる構成となっています。そして、ライヴ・ヴァージョンは何と言ってもオリジナル以上に迫力があります!ギタリストが1人増えているのも要因でしょうし、ポールもオリジナル以上にアドリブ交じりにシャウトしまくっています。特に1973年ツアーのヴァージョンは非常に重低音を効かせた迫力満点の名演です。エンディングも延々と繰り返すのをやめて、しっかりハードに締めくくっています。後のブルースナンバー『Let Me Roll It』もそうですが、スタジオ版以上に聴き応えのあるライヴヴァージョンでした。ヘンリーとデニー・シーウェルが脱退しウイングスがメンバーチェンジしてからはライヴ演奏されていませんが、動物愛護主義にすっかり傾倒した最近のポールが演奏してもおかしくはないですな(笑)。
また、この曲のアウトテイクが発見されています。ただし、残念ながら断片のみで、合計30秒ほどがぶつ切りで残っているだけです(汗)。「ウイングス・ワイルド・ライフ」セッションは3日間でレコーディングを終わらせただけあって、ほとんどアウトテイクが見つかっていないのです・・・。「Wings Wild Life Sessions」などのブートで聴くことができます。
個人的には、実はあまり「好き!」というわけではありません。同じアルバムなら、「あの曲」や「あの曲」の方が実は好きだったりします(苦笑)。ではなぜ今回紹介したかというと、最近(注:執筆当時。2005年8月)自分の中でマイ・ブームになっているからです。その理由は、まぁいろいろということで(笑)。ポールの「環境ソング」は、しばしば曲と歌詞の世界が合わさらず違和感ありすぎの「駄作」となってしまいますが、この曲ではメッセージを歌うヴォーカルと、演奏が共にワイルドで雰囲気が一致していると思います。ラフな音作りもこの曲では生きています。ポールの言いたいことも、共感できる所がありますし、動物と共生することは大変重要なことだと思います。これを1971年の時点で発表したポールは先見の明がありますね。ポールみたいにベジテリアンになるかはともかく(苦笑)、この曲の詞作は、環境問題・動物愛護問題が深刻化している今だからこそ味わい直してみるべきなのかもしれません。
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ライヴの定番、大人気の名バラード」。前回の「Jooju Boobu」の予告は誤報でした・・・(汗)。お楽しみに!
(2009.2.07 加筆修正)
アルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」。ウイングスがその翼を広げた、正真正銘デビューアルバム。勢いを感じる、ラフながらも快心作。