Jooju Boobu 第40回

(2005.7.24更新)

I'm Carrying(1978年)

 おかげさまで「Jooju Boobu」も第40回目。そして今回で私のお気に入りの第3層が終了します。そんな節目の今回は、前々回の『No Words』、前回の『Heather』に続きバラード系の曲を紹介します。曲は『I'm Carrying』。ウイングスの影の名盤「ロンドン・タウン」(1978年)の収録曲です。「ロンドン・タウン」は前にも触れたように、私のお気に入りのアルバムなのですが、今回はそんな中でもたいそうなお気に入りであるこの曲を語ってゆきます。

 このコラムでも何度かお話しましたが、アルバム「ロンドン・タウン」はウイングスにつきもののメンバーチェンジを挟んで完成されました。ご存知、レコーディング途中でのメンバー2人(ジミー・マッカロク、ジョー・イングリッシュ)の脱退です。いろいろと裏事情はあったようですが、こうした経緯のため収録曲の約半数は5人編成の、もう約半数は3人編成のウイングスでの録音です。このうち、前者の5人編成時の曲のほとんどがカリブ海はヴァージン諸島の海に浮かぶヨットで録音されたのも周知の通り。そしてそれがデニーの無鉄砲な意見が元だったのも周知の通り(苦笑)。そして、今回紹介する『I'm Carrying』もこの一連の洋上セッションで録音された曲のひとつなのです。

 ただし、この曲と他の洋上セッションで録音された曲とは、大きな違いがあります。それは演奏者です。この時期録音された曲は、いずれもが当時の5人編成ラインアップによる充実したバンドサウンドを堪能できるのですが、この曲に限っては演奏に参加しているのはポールだけです。他のウイングスのメンバーは参加していません。セッション後半の3人編成時こそ混乱の中「やっちゃった」感の強い(苦笑)『Cuff Link』を一人で制作し、アルバムに収録していますが、この洋上セッションはフルバンド揃っている時期。しかもこの時ポールはメンバーとヨット上で半共同生活をしていました。他メンバーとの結束を否応にも感じていたはずなのに、なぜこの曲だけ単独録音だったのかは不明です。恐らく、後述する曲のアレンジとかが原因なのでしょうけど・・・。この曲の録音を他メンバーが知っていたかは不明ですが、みんなに黙ってこっそり一人で録音したとしたら、どうでしょう。ポールにとってのウイングスの位置づけがまた違った風に見えてくるかもしれません・・・。ちなみに、ウイングスの曲でポールしか参加していない曲はといえば数少なく、この曲の他には先述の『Cuff Link』と、『Warm And Beautiful』しかないのではないでしょうか?

 そんなわけでウイングスとしては珍しくポール一人で録音されたこの曲について語ってゆきます。曲自体は、非常にシンプルなバラード作品で、節を単純に繰り返すのみという構成でできています。そのためか、「小曲」というイメージが強くなっています。イントロなしに始まり、ゆったりと聴かせてゆきます。メロディラインはどこかあやふやで、歌い出しなんかは今にも崩れてしまいそうな繊細さを持っています。メジャーキーを多用し覚えやすいメロディを紡ぎだすポールにしては珍しいタイプかもしれません。

 構成もシンプルですが、アレンジもシンプル極まりありません。単独録音のせいか使用されている楽器も非常に少ないです。それもそのはず、この曲はほとんどアコースティック・ギターのみでできているからです!アコギ以外の楽器は、その上にかぶせられたストリングスのような音のみ。完全とまではいきませんが、アコギ弾き語りのスタイルなのです。アコギはダブル・トラックとなっており、2本分入っています。ポールのアコギ弾き語りといえば『Blackbird』『One Of These Days』『Calico Skies』と名曲も数多いですが、ここでもポールの技の妙を堪能することができます。他に何もない分、爪弾かれる澄んだ音に耳を奪われてゆきます(特に完全弾き語りの第1節!)。やはりこの辺の楽曲はこなれていますね。さらっと演奏しています。ちなみに、この弾き語りはわずかなテイクで完成してしまったそうです。まぁポール単独ですから自分さえ満足すればいかなる風にもまとめられますから、ね。

 第2節から入り、アコギと共に美しい音世界を繰り広げているストリングスかホーンのような音は、「ギズモ」という楽器。聞き慣れない名前ですが、これはギター用に開発されたアタッチメントです。ギターの音色を歯車の回転により持続音に変えるという装置で、「誰でもギターさえあれば気軽にオーケストラの音を出せる」という歌い文句で市販されましたが、売れなかったそうです(汗)。ちなみに考案者は10ccのゴドレー&クリーム。この2人、ギズモの開発に相当ご熱心だったようで、10ccを脱退した理由のひとつにもなったとか・・・。なんでもマンチェスター工科大学の協力も得て作ったそうですから。熱中できることがあるって、素晴らしいですねぇ(苦笑)。そんなこんなでバンドの運命を変えるほどの力作・ギズモの話題を、新し物好きのポールはどこかでかぎつけたのでしょう。あるいは親交のあったゴドレー&クリームから直接プレゼントされたのかもしれません。早速この曲でギズモを導入したのでした。普通のストリングスと違いどこかシンセを思わせる音作りになっているのは、ギズモを使っているからです。後半になると低音も含んだ深みのある「えせ」ストリングス・サウンドを繰り広げています。高低それぞれの音が混ざってきれいです。ちなみに、この後も『The Broadcast』や『Summer's Day Song』でも使用されているギズモです。

 この曲で見られるアコギ弾き語りにストリングスがかぶるというパターンは、かの有名な『Yesterday』や、それを意識して後年ポールが書いた『Here Today』にも見られますが、この曲では主に高音を使っているのがポイントでしょう。幻想的で澄み渡った雰囲気を出しています。これは本物の弦楽四重奏ではなくギズモを使用しているのが大きいですね。そして、このシンプルで美しいサウンドが、落ち着いた感じの楽曲が多いアルバム「ロンドン・タウン」にはぴったりです。ゆっくりまったりした感のあるアルバムの作風を、この曲は見事体現しています。最高の安らぎを得ることのできる、まさに「ヒーリング・ミュージック」と言って過言ではないでしょう!

 歌詞は、男がカーネーションを持って恋人のもとへ行く過程を描いたもので、これがどこか気障(きざ)な感じです(笑)。言葉少なめに歌われるのですが、夜明け前にそっと忍んで訪れる様子がなんともかっこいい主人公です(苦笑)。こういう「バカげたラヴソング」な歌詞だといかにもアマアマになりそうですが、ポールはべったり甘くはせず、割かしクールに歌っています。そのせいか気障な歌詞なのに嫌みがないんですよね。逆にアコギの細い音色にぴったり似合っています。どこかあやふやな歌い方ですが、それがメロディラインにあいまって繊細な美しさを出しています。その繊細さゆえに、「誰かさん」から絶賛を頂くことになるのですが・・・(次に触れます)。歌は後半はハミング中心になるのですが、これがまた気持ちよさそうにハミングしています。そこまで気持ちよく歌われると、こっちまで穏やかな気分になるのだから驚きです。最高のリラクゼーションですね。

 さて、その「誰かさん」についてのエピソード。発売当時のインタビューで、この曲の魅力を絶賛した人がいます。それはずばり、繊細さで来たら誰にも負けないジョージ・ハリスンです。ビートルズ解散後はポールに対して辛辣な発言の多かったジョージですが、ここでは「刺激的だった。僕はいつもポールの叫ぶようなロックンロールよりメロディアスな曲の方が好きだった」と言わしめています。確かに、繊細でポールにしてはちょっとひねったようなメロディラインや、アコギ弾き語りスタイルはジョージが好きそうなアレンジですね。もしかしたら「この曲を俺が作っていたら!」と悔しがったのかもしれません。ジョージがこの曲を歌うのもなんだか想像できてしまいそうです。ジョージだったら“I'm carrying something for you〜”の箇所にもっとコブシを入れそうですが(苦笑)。ポールもこのコメントにはうれしかったに違いありません。ヒット曲でないものの、ジョージからお墨付きを頂いた栄えある楽曲となりました。ジョージもちゃんとポールのアルバムを聴き込んでいたんだね、と思うと感慨深いです。

 アルバム「ロンドン・タウン」では、この曲は(アナログ盤だとA面の)3曲目に収録されました。この「3曲目」という位置は、ポール特にウイングスのアルバムにとってバラードの「指定席」にあたり、この曲が収録されたのも常套手段といえるでしょう。『Bluebird』『Somebody Who Cares』『Jenny Wren』などがその例ですが、特にウイングスでは『Love In Song』『We're Open Tonight』そしてこの曲といったアコースティックの小曲が入るのが印象的です。アルバムではたいてい前半(アナログ盤でいえばA面)はアップテンポの曲でぐいぐい迫るのが主流ですが、ポールはその途中でこうしたバラード作品を置いて一息つかせるスタイルが好きなようです。

 さて、ここからは補足的な話題を。まずは例によってアウトテイクです。この曲のアウトテイクが発見されており、「Water Wings」「London Town Sessions」といった「ロンドン・タウン」関連のブートで聴くことができますが、これがさらにシンプルさに磨きが掛かったアレンジです。というのも、公式テイクに収録されているギズモの音色が、ここでは全く入っていないのです!つまりそれは、完全アコギ弾き語りという意味で、ここではポールのアコギ1本(厳密にはダブル・トラックなので2本ですが・・・)の演奏を堪能することができます。ギズモの入った幻想的な公式テイクも魅力的ですが、それすらそぎ落としてもっとシンプルになったアウトテイクもなかなかです。『One Of These Days』のような完全弾き語りスタイルですから。ポールのアコギ演奏をお腹いっぱい味わいたい!という方にはうってつけの音源です。ジョン・レノンのアルバム「アコースティック」のポール・ヴァージョンが出たら間違いなく収録されることでしょう(笑)。

 この曲はアルバムで発表されただけでなく、アルバムからの第3弾シングル「たそがれのロンドン・タウン」のB面にも収録されています。シングルはあまり売れなかったですが(汗)。

 アルバム「ロンドン・タウン」自体シングルヒットの少ない「影の名盤」といった趣で、1曲1曲に強いインパクトがないせいか、この曲も例に漏れず一般的には知られていません。しかし、実はこの曲、後に映画のBGMに使用されているのです!そう、マニアならご存知のコメディ映画「The In-Laws」(2003年)です。私は映画を見ていないので、どんなシーンに使用されているのか不明なのですが(汗)、ロマンチックな雰囲気は映画のBGMにはぴったりかもしれません。同名のサントラ盤にも収録されています。使用されたのは「ロンドン・タウン」と同じヴァージョンだったようで、サントラにも同じものが収録されているようです。ただし、マニアの方ならご存知ですが、このサントラにはポールが「ラム」の頃に作った未発表曲『A Love For You』(あの「Cold Cuts」収録候補!)と、『Live And Let Die』の再録ヴァージョン(1974年録音)という超レア音源が収録されてあり、ポール・マニアにとっては必携だったりします(苦笑)。そういう私は持っていません(汗)。日本盤の発売はないようです。

 ここで書くことが尽きました。元々「ロンドン・タウン」は私の一番好きなポールのアルバムなのですが、この曲もその中でも指折りのお気に入りです。特に歌詞が好きですね(苦笑)。気障ではずかしいけど、ポールらしい。夜明け前の情景も浮かんできて美しいです。サウンドの要であるギズモについては今回詳しく調べてみましたが、ギターをストリングスに変えるなんて大発明ですね。例によって新し物好きのポール、きっとゴドレー&クリームか、後年共作するエリック・スチュワートあたりから仕入れてきたのでしょうね。心地よく、幻想的なサウンドには思わず聴きほれてしまいます。「ロンドン・タウン」好きな私は、よく田舎道でのドライヴで「ロンドン・タウン」をかけながら走るのですが(これが田舎景色にマッチして最高!)、この曲に入ると毎回心が癒されてしまい、ついついスピードを落として「まったり運転」になってしまいます(苦笑)。ジョージが絶賛していたことは興味深いですが、ジョージのカヴァー・ヴァージョンというのも聴きたかったような・・・。へろへろなヴォーカルスタイルでコブシ入れまくりで・・・。

 さぁ、第40回目の今回で第3層は終了です。小粒ながらファンの間では好意的に受け入れられている曲が中心でしたが、いかがでしたでしょうか?さて次にやって来る第4層は、11曲です!今回はヒット曲・名曲の割合が多く、シングル曲6曲(うちベスト盤収録曲5曲)。かなりメジャーな「あの曲」や「この曲」もついに登場します!アップテンポの曲が多いのも特徴です。だんだん管理人のツボから外れていますが、メジャーな曲では好きな方に入ります。どうぞ今後も「Jooju Boobu」をよろしくお願いします。

 さて、その第4層のスタートとなる次回紹介する曲のヒントですが・・・「車での旅」。お楽しみに!!

 (2008.12.23 加筆修正)

アルバム「ロンドン・タウン」。英国風情緒漂う、ゆったりした独特の空気が流れる、ウイングスの名盤!

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