Jooju Boobu 第38回

(2005.7.17更新)

No Words(1973年)

 今回の「Jooju Boobu」は、1973年のウイングスの名盤「バンド・オン・ザ・ラン」より、『No Words』を語ります。ウイングスがその活動において初めて高い評価を得られ、多くのヒット曲・名曲を輩出したアルバムにあって、この曲は地味な存在に甘んじているのですが、ポールが天才メロディ・メイカーであることを再確認できる、小曲ながらもポールらしさの輝く秀作です。ファンの間でも人気が高い、この曲の魅力を今回はお伝えいたします。ちなみに、公式に発売されている楽譜やMPLの公式サイトなどでは『No Words(For My Love)』というタイトル表記がされています(もしかして原題?)。

 このコラムでは『Mrs.Vanderbilt』に続いての登場となるアルバム「バンド・オン・ザ・ラン」。そのセッションは、以前触れたようにナイジェリアのラゴスで行われました。現地に向かう前に2人のメンバーが脱退、ウイングスがポール、リンダ、デニー・レインの3人となってしまう事件の中進められました。そして、そんなバンドの危機的状況から起死回生の名盤が生まれることになったのも以前語りました。3人になったウイングスはその結束力をかえって強め、またポールがこのアルバムに用意した曲は名曲ぞろい。気になる演奏面も、ポールがマルチ・プレイヤーぶりを発揮することでカヴァーしました。さらに、ロンドンに持ち帰ったテープにストリングスとブラス・セクションがダビングされ、アルバムをゴージャスに彩ることになります。このような好要因が重なり、アルバムは発売されると記録的な大ヒットとなります。そして、もう皆さんご承知の通り、ウイングス、ポールひいては'70年代ロックにとって忘れることのできない重要な一枚となったのでした。

 そんな名盤「バンド・オン・ザ・ラン」において、あまり目立つことのないこの曲ですが、ひとつ特筆すべきことがあります。実はこの曲、ポールとデニーとの共作なのです。そして公式発表曲では、この曲が初の「マッカートニー=レイン」ナンバーになります。言わずもがビートルズ時代から精力的に作曲活動にいそしんでいたポールと、ウイングス結成以前から地道に作曲活動をしてきたデニー。この2人のキャリアと英知が、初めて1つになった瞬間だったのです。

 ムーディー・ブルース時代からポールとは親しい仲で、ウイングス結成時にバンドに加入したデニー。しかし、その初期においてはまだ自作曲をウイングスで発表することはありませんでした(ライヴで持ち歌を披露したり、「アー・レイン!」というソロ・アルバムを発表したりはしていますが・・・)。そんなデニーが、やがてウイングスにとって重要な存在になってゆくのは時間の問題でした。デニーがウイングスのレコードで初めてヴォーカルを担当したのは1973年のシングルB面曲『I Lie Around』。この曲はポールがデニーにスポットを当てるべく書き下ろした曲でした。ポールは、ウイングスをビートルズと同じく「メンバー全員がフロントマン」にしようと常々思っていましたが、そんな意図あっての計らいでした。そして、この「バンド・オン・ザ・ラン」のセッションでは、ついにデニーはマッカートニー夫妻以外の唯一のウイングスのメンバーとなります。ここでデニーは、ウイングスにはなくてはならない存在となったのです。事実、ポールはこれを機にデニーをリンダに次ぐ重要なパートナーと位置づけます。そんな中での、この曲の登場。ポール&デニーの初の共作曲がこの時期誕生したのは、ウイングスにおけるデニーの存在が大きくなっていったことと無関係ではなさそうです。

 この曲は、元々デニーが書いていた曲に、ポールが手助けを加えた上で完成したそうです。具体的に、この曲でどの部分がポールの貢献で、どの部分がデニーが元から書いていたのかは分かりませんが、この曲のいつになく繊細で不安定なメロディにデニーの作風があるのかもしれません。その繊細さは、ビートルズでいえばポールの曲というより、どちらかといえばジョージ・ハリスンの曲にありそうなタイプです(『If I Needed Someone』とか)。そこに、ポールの作風が加わり、アルバムでも指折りにメロディアスなポップナンバーが生まれることとなったのです。ポールもデニーもメロディ重視のコンポーザー。後年のポールとエリック・スチュワートの共作にも通じますが、同じメロディ・メイカー型がタッグを組むと、このように無性にメロディアスな曲ができるのでしょうね。この後も、ポールとデニーは1977年〜1978年頃を中心に定期的に共作活動を続けてゆくことになりますが、その礎といえます。後年の2人の共作が、どちらかといえばデニーのフォーク趣味・トラッド趣味が色濃く出た作風なのに対し、この曲ではあまりその趣向を感じさせないのが面白いところです。

 そんなポール&デニーのメロディアスで美しいメロディが堪能できる初共作曲『No Words』。その人気の理由として、甘美な雰囲気の演奏が挙げられます。そして、その中核となるのがイントロからエンディングまで全体的に挿入されるストリングス・セクション。ストリングスのアレンジを手がけたのは、アルバム全体のオーケストレーションを手がけたトニー・ヴィスコンティ。かの有名な『Band On The Run』や『Jet』のブラス・アレンジも手がけた人ですが、この曲では分厚くならない程度にストリングスを加えています。流れるように優雅な演奏は、シンプルなバンド・サウンドに甘美さを加えています。

 そのストリングスを除いては、きわめてシンプルなバンド・サウンドを聞かせます。先述のようにメンバーが2人抜けてのセッションのため、この曲のベーシック・トラックはデニーのギターを除きすべてポールが演奏しています。ドラムスにあまりダイナミックさを感じられず、淡々とした雰囲気になっているのは、ポールの「ヘタウマ」ドラムスのおかげです(笑)。曲構成もシンプルで、「節〜タイトルコール〜インスト」という流れをミドル部分を挟む形で繰り返すことで成り立っています。「地味な小曲」という印象が強くなっているのはそのせいでしょうか・・・?演奏時間は3分にも満たなく、それも「地味な小曲」という印象にさせているかもしれません。しかし、そこはアレンジャー・ポールの面目躍如、そんな短い曲にあっても単調に聴かせないメリハリをつけたアレンジで聞かせます。

 出だしは前曲『Mamunia』とほとんど曲間なく始まるのが印象的ですが、静かに始まります。イントロの時点からストリングスが入っていますが、それも落ち着いた雰囲気を出しています。続く節はその穏やかさを継承してゆきます。ところが、これが一転するのがタイトルコールを経て始まるインスト部分。ここではエレキ・ギターのソロが入り、演奏もぱっと華やかになります(とはいえ、ハデハデというわけでもなくあくまで控えめですが・・・)。バックのストリングスも、この時ばかりは華麗に展開してゆきます。その後、ミドルではブラス・セクションまでもフィーチャーしていますが、節に戻る部分では再び静かなアレンジに戻ります。展開は早く、そしてあっという間にエンディングに来てしまいますが、ここでまたエレキ・ギターのソロが入り華やかになります。これで分かるとおり、この曲のアレンジは「静→動」の繰り返しで成り立っています。そして、それがこの曲の息をのむような展開を生み出しているのです。さすがポール、「静」一辺倒には決してさせません。エンディングはハード気味なエレキ・ギターのソロをフィーチャーしながらフェイドアウトしてゆきます。全体的に美しいサウンドですが、時折ハードな演奏が入ることで、甘すぎになるのを防いでいます。後年の『Girlfriend』の間奏もそうですが、これは時折見られるマッカートニー・ミュージックの絶妙なアレンジの手品ですね。しかし、唯一不満なのは、エンディングはもう一ひねりあってもよかったのでは・・・?というちょっと物足りないものになっている感もあり、そこはちょっと残念です。若干未完成さが残っている締めくくりです。

  

1973年当時、3人編成となっていたウイングス。この曲はポール(右下)とデニー・レイン(上)との共作です。

 もう1つ、この曲がファンから高い評価を受けている理由が、ポールとデニーのハーモニー・ヴォーカルです。この曲では、ミドル部分を除いてほぼ全編で2人のハーモニーがフィーチャーされています(恐らくリンダも参加しているとは思いますが・・・)。ウイングスの醍醐味のひとつに、ポール、リンダ&デニーの3声の絶妙なハーモニーが挙げられますが、ここではそれとも違う、ポール&デニーの男性ヴォーカルによる美しいハーモニーとなっています。そんなスタイルをポールの曲で聴くことができるのは、ビートルズ以降恐らく初めてなのではないでしょうか。ソロになって以降、ポールのパートナーはリンダだったため、男性ヴォーカルとのハーモニーはついぞ聴けませんでしたから・・・。デニーとタッグを組むことで、ソロになって初めて実現することとなったのでした。ビートルズの『If I Fell』のように、一瞬どちらが主旋律か分からなくなるほどのハーモニーを堪能できますが、先述のように繊細でメロディアスなメロディなので、余計美しく聴こえます。聴き所は、やはりタイトルコールの部分でしょうか。少しメロディラインが変わる第3節も必聴でしょう。そして、唯一ミドル部分ではポールのソロ・ヴォーカルになりますが、これがはっとさせられるアレンジです(これまた『Girlfriend』に似た効果がある)。少しファルセット気味に歌うヴォーカルは思わずうっとりしてしまいそうです。

 そんな美しいハーモニーが歌う歌詞も、甘いラヴソングです。歌詞はどちらが書いたかは不明ですが、どちらかといえば常のポールらしい楽観的でアマアマな内容となっています。何しろ“Sweet burning love(甘く燃える愛)”ですから。その一途な愛を、恋人に伝わっているといいな・・・と思う主人公の気持ちを歌ったものです。“I wish you knew that just how true my love was(知ってたらいいな/どのくらい僕の想いが誠実だったかを)”のくだりでその気持ちが十二分に表れていますが、極めつけはタイトルの“NO WORDS FOR MY LOVE”でしょう!そう、彼の愛に言葉はいらないのです。言葉にできない、言葉にする必要のない、あふれんばかりの愛が、この歌ではたっぷりこめられているのです。

 アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」は名盤と呼ばれるまで大ヒットしたものの、この曲はどうしても「地味」な印象がぬぐえず、『Band On The Run』や『Jet』、また『Let Me Roll It』や『Bluebird』に比べると存在感は薄いです。しかし、一度だけちらりと目立ったことがありました。それが、マニアならご存知の1979年ウイングス英国ツアーです。発売から6年近く経過して、ウイングス最後のツアーで突如この曲がレパートリーに入れられ、ライヴ演奏されたのです!この1979年のツアーは、他の時期のウイングスのツアーに比べ、かなりマイナーでマニアックな曲がレパートリーに入ったマニア受けしそうな(苦笑)セットリストが話題を呼びましたが(『I've Had Enough』『Cook Of The House』『Hot As Sun』などなど)、アルバムの1曲でしかないこの曲が選ばれたのもその一環なのでしょう。また、このツアーではかなりデニーにスポットが当てられており、『Go Now』『Mull Of Kintyre』『Again And Again And Again』も演奏されていますが、そうした意味からもこの曲が選ばれたのでしょう。

 この時の演奏は、基本的にはオリジナルと同じアレンジですが、「ロックへの回顧」を目指していた当時のウイングスらしく、およそアップテンポに演奏されています。また、当時ツアーに随行していたブラス・セクションの演奏がフィーチャーされ、ストリングスのメロディを奏でています。そのため、オリジナルよりかなり華やかに聴こえます。また、オリジナルは先述のようにエンディングが中途半端にフェイドアウトするアレンジでしたが、ここではエンディングから第2節に戻って終了するという、しっかりした終わり方をしています。ある意味、曲構成はこのツアーで完成形を見せたといっていいでしょう。もちろん、ポール&デニーのハーモニーはここでも堪能できます。ミドルのポールのパートはここでもポールが歌っていますが、ヴォコーダーを通しています。実験的な試みをスタジオやライヴで繰り広げていた当時のウイングスらしいですね。残念ながら1979年ツアーの音源は未ソフト化ですが、ブートの名盤「LAST FLIGHT」でグラスゴー公演の模様を聴くことができます。この時はデニーが前振りのMCで曲紹介をしていますが、当時の最新作「バック・トゥ・ジ・エッグ」からの曲だと間違えて紹介しかけて笑いを誘っています(笑)。その後、「ポールと一緒に書いた最初の曲」と紹介し直していますが・・・。それが『No Words』であることが明かされると、観客の間から「おーっ」という声が漏れ聞こえるのが面白いです(みんなマニアックですなぁ)。

 なお、ポールはこれ以降ライヴでこの曲を取り上げたことはないですが、デニーはウイングス解散後も、ソロ・コンサートでたびたびこの曲を取り上げているようです。2006年1月にデニーが(アラン・パーソンズの前座として)来日を果たした際も、この曲が演奏されていました。この時は1979年ツアーのアレンジで演奏されており、ポールのパートはベーシストのジョン・モンターナがヴォーカルを取っていました。私も見に行って来ましたが、まさかこの曲が演奏されるとは思っていなかったので驚きでした。デニーが歌詞をちゃんと覚えていたのに素直に感動しましたが、ここでもMCで「ポールとの共作」だということを触れており、それも忘れていないんだなぁと感心しました。

 というわけで、早くも書くことがなくなりました(汗)。名盤の1曲でありながら、1979年以外はあまり注目されずに来てしまった感じですね。なお、『Mrs.Vanderbilt』同様、この曲もアウトテイクは発見されていません。

 私は、この曲は「大好き!」ほどではないですが、お気に入りですね。ほどよい甘さのメロディ・ストリングス・歌詞が素敵です。ポール&デニーのハーモニーにはついうっとり聴きほれてしまいます。また、「ロンドン・タウン」&デニー・レインのファンの私にとっては、デニーとの共作であるこの曲にも思い入れがあります。ついにデニーの生演奏も聴けましたし!終わり方が中途半端だ、もっとしっかりとしたアレンジにした方がいいという意見も聞きますが、個人的にはこのかわいらしいサイズでいいと思います。小さいからこそ、「隠れた名曲」オーラが出るというもので(笑)。完全版は1979年ツアーで楽しめますし、ね。個人的には「エッグ」期のウイングスがお気に入りでもあるので、その点でもこの曲がお気に入りになっています。それにしても1979年ツアーは本当にマニア向けのセットリストですな(苦笑)。「LAST FLIGHT」聴くといつもそう思います。だって、『Jet』やらないで『No Words』ですから・・・。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「現在の“2番目の”奥さん」。お楽しみに!!

 (2008.12.06 加筆修正)

アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」。1曲1曲が地味ながら独特の個性で輝く、ウイングス起死回生の名盤。

Jooju Boobu TOPページへ