Jooju Boobu 第37回

(2005.7.14更新)

The World Tonight(1997年)

 今回の「Jooju Boobu」も、前回の『Really Love You』と同じアルバム「フレイミング・パイ」の曲です。米国ではアルバムからのファースト・シングルとなった『The World Tonight』です。特にこれといって特筆すべき個性のない、悪く言えばどうってことのない曲なのですが(汗)、個人的には「フレイミング・パイ」で1,2を争う楽曲となっています(目の付け所がマニアックですね)。全体的に大人しめな、穏やかな曲調の多いアルバムの中で、目立ってハードな曲調を持つこの曲。その魅力を、書ける限り書いていこうかと思います。

 アルバム「フレイミング・パイ」用の曲は、1991年から1995年にかけて、主にビートルズの「ビートルズ・アンソロジー」プロジェクトの合間を縫って書かれました(前作「オフ・ザ・グラウンド」セッションのアウトテイクもあるものの)。しかし面白いことがあって、それは「フレイミング・パイ」収録曲のほとんどがポールの本拠地・英国以外の地で書かれているということです。これは外国で休暇中にのんびりと書いた曲が多いということが原因であるのですが、それがアルバムのゆったりとした雰囲気を生み出しているのかもしれません。そして、今回紹介する『The World Tonight』が書かれたのは1995年のこと。これも例にもれず、ポールが米国で休暇を過ごしていた時に書かれました。世界中あちこちを旅し、その間に曲を作り溜めてきたポールですから、今さら驚くことでもないですが・・・。

 現在、公式発表されて聴くことのできるこの曲はロックスタイルですが、実はデモ・テープに録音した当初は全く違うスタイルの楽曲でした。なんと!アコースティック調のフォーク・ソングのようだったと言います。その時の音源はブート含めて公開されていないのですが、この曲がフォーク風だったと想像できるでしょうか?のどかなこの曲は想像するのが難しいですよね。とりあえずギター片手に弾いてみました、という感じだったとは・・・。これが、1995年11月、ポールがスタジオに入り本格的なレコーディングが始まると、一気に変貌を遂げるわけです・・・。前作の『Off The Ground』(この曲も元はフォーク調だった)と同じく、レコーディング段階で大きく姿を変えた1曲です。

 「フレイミング・パイ」のレコーディングセッションは、前回の『Really Love You』の時に書いた通り、基本的にはポールが単独で行い、ごく少数の友人が手助けするという、まさしく「ソロ・セッション」だったわけですが、この曲では共同プロデューサーにジェフ・リンを迎えています。前回お話したように、ジョージ・ハリスンの紹介で「アンソロジー」プロジェクトで一緒したことがきっかけの起用でした。この時、2人で計4曲を録音しています(すべて「フレイミング・パイ」に収録)。そんなジェフの力も借りて、ポールはこの曲にエレキ・ギターやドラムスを加えてゆきました。ポールはドラムスを含めて大半の楽器を演奏し、ここでもマルチ・プレイヤーぶりを披露。ジェフはアコースティック・エレクトリック両方のギターとキーボードで助太刀します。ポールとジェフだけによる、2人だけのプライベートなセッションでした。

 録音が進むにしたがって、徐々に曲はヘヴィーになってゆき、だんだんとロック色が濃くなってゆきました。もはやこの曲が過去にフォーク・ソングだったとは到底想像できないほどに、この曲はヘヴィー・ロックに進化したのでした。エレキ・ギターのハードなリフが耳に残ります。ドラムスも、ポールにありがちなスカスカな音ではなく、重々しさを出すにふさわしい演奏です。本業のベースラインも素晴らしいという評価を得ています。さらにキーボードやエフェクトも加えられ、重々しさが至る所で漂っています。「フレイミング・パイ」でもことさらヘヴィーな曲が、ここに生まれました。しかし、裏方で基調となっているのがアコギのストロークというのは、やはりフォーク・ソングだったゆえでしょうか・・・?この時期、ロックでもアコースティックな響きが目立つポールでした(『If You Wanna』がそうですね)。

 ヴォーカル面でもヘヴィーな雰囲気を出すべく、ここでは高音と低音の2重のハーモニー・ヴォーカルをフィーチャーしています。恐らくどちらもポールで、ジェフは別の部分でハーモニーを入れているのでしょうけど・・・。どこかユーモラスな試みでもありますが、低音が入ることにより重厚感が出ています。ヴォーカル面でもう1つ注目しておきたいのが、ポールのソロ・ヴォーカルになる箇所でしょう。ここでは、ポールが会心のシャウト風ヴォーカルを披露しているからです!この時期、加齢や心労が重なりなかなか思うように声が出ないポールでしたが、ここでは前回の『Really Love You』に負けじとシャウト気味に歌われます。“I go back so far,I'm in front of me”の部分は、アルバム中のベスト・シャウトと言っても過言ではないかもしれません。いつの時代も、現役感覚を忘れないヴォーカルは素直にうれしいですね。また、間奏後のブレイクでエフェクト処理されたヴォーカルが登場しますが、まるで逆回転のようです。ここら辺は、ジェフのプロデュースらしい、かもしれません。

  

 歌詞は、全体的に脈絡のないものに取れますが、ポールいわく「ただのアイデアの寄せ集め」。ナンセンスになるのも当然のようです。また、この歌詞に関してポールは、「こんな文句が一体どこから来たのかは分からないけど、もしジョン・レノンと一緒に書いてたとしたら、ジョンはこんな風に言ったと思うな。“OK!これはそのまま残しておこう。意味なんか分かんないけど、これが大事だってことは確かだ”ってね」とも語っています。お互いに「ここはいい」「この部分は陳腐だ」と歌詞についてやりとりをしていたジョンとポールの作詞方法を、ポールは脳内で再現した、というわけです。ナンセンスなところも、もしかしたらジョンに影響されたのかもしれません。最近ポールは「ジョンだったら何て言うだろう」「ビートルズだったらどうするだろう」と考えつつ曲を作るそうですが、そういう作曲・作詞方法に向かわせたのも、「ビートルズ・アンソロジー」プロジェクトあってこそでしょう。ポールに再び、ビートルズが自分にとってどのくらい大切だったかを思い出させてくれたのですから。

 ここからは補足的な話を。まず、この曲は映画「ファーザーズ・デイ」の挿入歌にもなりました。この映画の主題歌は同じ「フレイミング・パイ」収録曲にして第1弾シングルの『Young Boy』で、2曲が映画に起用されたことになります。映画「ファーザーズ・デイ」は、ロビン・ウィリアムズ、ビリー・クリスタル主演の米国映画で、アルバム「フレイミング・パイ」の発売直後の1997年5月に全米で公開されています。なんでも、フランス映画のリメイクらしく、ある少年をめぐって「自分が父親だ」と言い張る2人の中年男性の珍道中を描いたものだそうですが・・・私は見ていないのでなんともコメントできません(汗)。映画ではエンディングにこの曲が使用されたようです。

 この曲は、1997年に「フレイミング・パイ」で発表された後、冒頭でちょっと触れたように、シングルカットされました。英国・日本では『Young Boy』に続く第2弾シングル、米国では『Young Boy』を差し置いて見事第1弾シングルで発売されました。これは、米国ではラジオのリスナーが若年層であることから、アコースティック調の『Young Boy』よりヘヴィー・ロックのこの曲の方が売れる・・・という判断があったようです。結果、チャートでは英国で23位、米国で64位という記録を残しました。第1弾シングルだった米国よりも、第2弾シングルだった英国の方が売れている、というのが面白いですね。

 シングルのカップリングは、フォーマットや国によって異なっています。アナログ盤ではB面は『Used To Be Bad』。CDは、英国では『Used To Be Bad』がカップリングのものと、『Really Love You』がカップリングのものの2種類が発売されました。そして、その2種類に、ポールがDJを担当したラジオ番組「ウーブ・ジューブ」(まさに当コラムの名前の由来!)を再録したものが、それぞれ違う内容(第3回&第4回)で収録されています。蛇足ですが、この再録「ウーブ・ジューブ」で聴ける未発表曲『Don't Break The Promises』が個人的にお気に入りであります。第1弾シングルとなった米国では、英国盤『Young Boy』のカップリングとして収録されていた『Looking For You』と、再録「ウーブ・ジューブ」第1回。そして不可解なのが日本盤です。なんとカップリングに、こともあろうか既発売の『Young Boy』(しかも同じヴァージョン)を収録したのです・・・!映画「ファーザーズ・デイ」の宣伝のためなのは明らかなのですが、同じものを2度も買わされた上に、「ウーブ・ジューブ」も聴けずに終わるという、ファンにとっては落胆するようなリリースでした(苦笑)。もしここでアルバム未収録曲でもあったら、ファンのクレームが殺到していたはず(笑)。当時のファンは日本盤を買わずに、輸入盤を購入したんでしょうね、きっと。

 この曲はシングルリリースされたことから、プロモ・ヴィデオも制作されました。これが2種類存在し、それぞれ監督が異なります。1つめはジェフ・ウォンファー監督によるもので、ポールが街を放浪するという設定で登場します。なぜかポールは終始ラジカセを抱えています(笑)。そして、夜の街をうろつき回っているのです!曲のヘヴィーな雰囲気に合わせたかったのでしょうか・・・?ショッピングセンターを歩いたり、電話ボックスに入ったり、挙句の果てにヒッチハイクまで試みているほどです(しかも失敗している)。時々モノクロになるのが効果的。ちなみに、この時着ているコートは、ビートルズ最後の映画「レット・イット・ビー」でも着ていたものとして話題になりました。プロモは英国の海岸地帯で撮影されたそうですが、確かに浜辺で遊ぶ姿も登場します。歌詞のように砂浜に円を描いてその中に座っています・・・。また、スタジオでの録音風景(ジョージ・マーティンの姿も!)もちらっと入るほか、映画「ファーザーズ・デイ」と思われるシーンも随所に盛り込まれています。次に紹介する別ヴァージョンのプロモで登場する、黄色いパラソルを持つポールも各所で登場します。エンディングはポールとリンダの和やかなキスシーンで終了。以下のような感じです。

  

 もう1つは、なんとポールの次女メアリーが監督しています(あの『Mary Had A Little Lamb』のですよ!)。こちらは、ポールの自宅と思われる家(小高い山の上?)の近辺で撮影されたもので、こちらでは黄色のパラソルが大きくフィーチャーされています。そのパラソルを持って走ったり、パラソルの前で歌ったりしています。そして、ここでもなぜかラジカセを抱えています(苦笑)。こちらは先述のプロモよりもアットホームな仕上がりで、リンダと仲むつまじく過ごす様子も捉えられています(こちらもキスシーンで終了する)。これを見ていると、2人とも老けたなぁと思ってしまうのは仕方ないことでしょうか(汗)。サングラスをかけた姿はなかなかかっこいいのですが・・・。ポールの振り付けつきのダンスが時折フィーチャーされるのがまたなんともいえなく面白いです(笑)。このヴァージョンは、日本で発売された映像作品「In The World Tonight」(この曲が名前の由来?)にも収録されています。以下のような感じです。

  

 両ヴァージョンとも、プロモ集「The McCartney Years」未収録というのが惜しい所です・・・。

 個人的には、アルバム「フレイミング・パイ」はあまり聴かない、あまりお気に入りでないアルバムです(汗)。そんな中この曲は、理由は分からないけどなんだか好きな曲です。おとなしめのアルバムで、珍しくヘヴィー・スタイルの曲だからでしょうか。「好きな理由を書いてください」と言われると非常に困るのですが(汗)、なぜか好き。そんな感じです。だから、時折聴いて「あ、いいなぁ」と思う程度でしょうか(苦笑)。アルバムの中でもライヴ映えする曲なので、ライヴで演奏されてもおかしくないと思うんですけどね・・・。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ほぼ全編ハーモニー」。お楽しみに!!

 (2008.11.29 加筆修正)

  

(左)当時のシングル盤。/(右)アルバム「フレイミング・パイ」。少人数で制作され手作り感あふれる、落ち着いた作風のアルバム。

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