Jooju Boobu 第33回

(2005.6.30更新)

To You(1979年)

 今回の「Jooju Boobu」は、1979年発表のウイングスのラスト・アルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」から、こともあろうかマニアックな(苦笑)『To You』を語ります。邦題は「君のために」。ものの見事に直訳なのですが、これではどちらかといえば「For You」ですな(笑)。歌詞の内容とは微妙にずれています。実際は、“What if it happened to you”から取ってあるので、「君にとって」の方が正解。それはともかく、この曲では、常に時代の最先端を行く音楽の要素を取り入れながら、それを自分なりに解釈して新たな音楽を作る、ポールの典型が見て取れます。この時期の流行とは一体?そしてそれをポールはどのように消化したのでしょうか?またすぐネタが切れそうですが(汗)、お話してみましょう。

 ポールが、その音楽活動においてその時々の最先端の音楽を敏感に意識し、そうしたスタイルに果敢に挑戦してきたことは、既にこのコラムでも何度も触れているので皆さんご存知だと思います。自分の持ち味であるポップやロック、バラードを作るだけではなく、レゲエやディスコからテクノ・ポップ、打ち込みサウンドやハウス・ミュージックまで、挑戦してきたジャンルは実に様々です。しかもポールの場合、その音楽のスタイルをそのまま鵜呑みにするのではなく、まず自分の音楽フィルターに通してから、自分なりの解釈を加えてオリジナリティあふれる曲を作っていったのが大きな特徴です。流行に迎合しつつも、他の人と全く同じスタイルでは決して作らない(というか作れない)ため、普段とは違うけど明らかにポール的な、独特のセンスを放つ楽曲が多く生まれたのでした。そこがポールの生み出す音楽の大きな魅力のひとつ、ということを以前語りましたね。

 さて、今回紹介する曲『To You』ができるまでの経緯を。ちょっと前にさかのぼって、1977年〜1978年のポールは、実はそうした流行を敏感に捉える信念から少し外れていました。折しも英国ではパンクが大流行していたのにもかかわらず、あえてトラッド(伝統音楽)色の強いシングル「Mull Of Kintyre(夢の旅人)」とアルバム「ロンドン・タウン」を発売したのです。これにはポールの「英国回帰」の意向がにじみ出たこともありましたが、アルバムの方はチャートで振るいませんでした。ポールの思いとは裏腹に、当時の英国のカラーには不釣合いだったからです。(といって、「ロンドン・タウン」が駄作かといえばそんなことは全くないんですが・・・)この失敗を鑑みたのか、この後ポールは一転して当時の流行音楽に目を向け、手を染めることになります。

 ちょうど「ロンドン・タウン」のリリースを前後して、ポールは当時3人編成になっていたウイングスに2人のメンバーを増やします。メンバーのデニー・レインの紹介を得て加入したローレンス・ジュバー(ギター)とスティーヴ・ホリー(ドラムス)です。メンバー増強に活力を得たポールは、新たなバンドと共に新鮮な気持ちで新たなアルバム制作を始めます。ポールの創作意欲もちょうどもたげていて、この新作は「ロンドン・タウン」とは違う、アグレッシブな作品に成長してゆくことになります。まず、レコーディングされた曲の多くはロック・ナンバー。ポップやバラードの比率も多い普段のポールとは一味違います。さらに、うち数曲は当時流行していた音楽に影響されたスタイルを持った実験的な曲でした。その例のひとつがアルバムの先行シングルとなった『Goodnight Tonight』で、ディスコに影響を受けながらも、ポールの持つ幅広い音楽の引き出しが光る斬新で独創的な曲として知られています。また、『Spin It On』はパンクの雰囲気が漂う超高速ナンバーですし、『Old Siam,Sir』もポール史上稀に見るヘヴィー・ロックでニューウェーヴの影響を受けています。この他、ギターでなくキーボードとブラス・セクションをメインにした『Arrow Through Me』など、この時期は創作意欲、時代に追いつかんとする気迫、それでいて誰にも作れないオリジナリティあふれる「マッカートニー・ミュージック」を生み出す才能がポールの中で大爆発を起こしたのでした。ロックによるオーケストラを目指した歴史的音楽プロジェクト「ロケストラ」も含め、実験的でロック的な要素が目立つ一連のレコーディング・セッション。ここから、アルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」(1979年)が生まれることとなりました。

 そんな斬新で実験的でロックな「バック・トゥ・ジ・エッグ」の中で、この曲も負けじと異色の雰囲気を放っています。作中でも比較的普段のポール節が目立つバラードが多く収録されたゆえに地味な印象のあるアナログ盤B面(通称「オーバー・イージー」)に収録され、しかも強烈なインパクトで圧倒させるあの『Rockestra Theme』の次に位置するとあってかなり目立たない位置にありますが、それでも他の曲に負けじと斬新です。この曲も、「バック・トゥ・ジ・エッグ」ならではのロックナンバーであり、その点は他の曲と共通するのですが、さらにここでは一ひねりも二ひねりもしたような作風が独特のインパクトを与えてくれます。まるで、後年のエルビス・コステロとの共作曲のように、一筋縄ではいかない所があるのです。

 まずは、そのメロディ。出だしはポールにありそうなキャッチーなものですが、タイトルの登場する“If it happened to you”のメロディはキャッチーというより「変てこ」という表現が率直な印象です(苦笑)。まるでやけっぱちのような感じで繰り返されるフレーズは、明らかに普段のポールとは違う味わいです。また、曲構成もかなり複雑で、似たようなフレーズを使いながら自由自在に進んでゆきます。聴いているうちに「あれ?今どこにいるの?」という思いに駆られてしまいそうです。こうした作風は、当時流行だったパンクやニューウェーヴの影響が多大にあるとよく指摘されています。『Spin It On』ではそのスピードを、『Old Siam,Sir』ではそのハードエッジさを模倣・消化したポールですが、ここではひねくれ加減を模倣したというわけですね。前年の『I've Had Enough』もパンクを意識したと言われていますが、ここではさらに一歩踏み込んだような作風です。

 変てこなのは演奏面もそうです。「バック・トゥ・ジ・エッグ」の他のロックナンバーと同じく、この曲もストレートなバンドサウンドで構成されていますが、その演奏は全然ストレートではありません(苦笑)。『Getting Closer』が完全ストレートなのに対して・・・、ここでも一筋縄では聞かせてくれません。イントロはエレキギターのストロークで始まります。このソロを聴いていると、「ロケストラの次は穏やかな曲調かな?」と期待させてしまうのですが、ヴォーカルが入るとすぐにその期待は打ち崩されます。ハードでアップテンポな演奏に切り替わるからです。曲を引っ張るのはローレンスのハードなギターとポールのベース、そしてソリッドなスティーヴのドラムスです。この辺りは、「エッグ」期共通のサウンドです。重低音重視のサウンドですね。中間部でオルガンが入ってきますが、曲の勢いをつけるのに効果的です。リンダさんの演奏でしょうか、それともポール?この部分ではうっすらと手拍子も聴こえ、盛り上げようとしていることが分かります。

 ところが、状況が変わってくるのは間奏辺りから。ここでフィーチャーされるギターソロ(by ローレンス)が実に風変わりな音なのです。普段のウイングスならストレートなソロを聞かせてくれるのですが、そこを妙にゆがませています。これはハーモナイザーを通しているから。不安定な音にあわせて、きらびやかなハーモニクスが聴こえます。おまけに、終盤の繰り返しでは高音のハーモニクスがさらに大きく聴こえてきます。ここまで来るとやりたい放題ですな、ローレンス(笑)。これもパンクを意識したのでしょうが、『Getting Closer』のギターソロと比べると全然違いますよね。まるでギターではなくシンセサイザーのような変幻自在なソロです。そんなソロが、あの風変わりな繰り返しと共に混沌さを残しつつ、曲はフェードアウトしてゆきます・・・。

 それに追い討ちをかけるのがポールのヴォーカル。例外なくひねくれているからです(苦笑)。なんといっても耳に残るのは、ハスキーなヴォーカルでしょう。この時期のポールは、なぜかこうしたかすれ気味のヴォーカルスタイルが多く、同系の『Old Siam,Sir』からバラードの『Winter Rose』まで、いろんな曲でハスキー節を披露しています。一説にはドラッグの影響とも言われていますが・・・(汗)。この曲では、そんなハスキーな声を変てこな雰囲気を助長する要素として使用しています。全編ハスキーで通していますが、中でも後半のハスキーなシャウトが印象的です。しかも無闇やたらと叫びまくります。そんな叫んだら声が出なくなるんじゃ・・・と心配してしまうくらいです。『Old Siam,Sir』でのシャウトもかなり大胆ですが、こちらもそれに負けず劣らずです。「ワーッ」とシャウトするポールにハーモニクスが絡んでくる後半は本当に風変わりとしか言いようがありません。よくこんな組み合わせを思いついたものです。でもぴったりはまっています。歌い方も、ブレイク部分でわざと「ぶつ切れ」的な発音で歌うなど、実験的な試みを見せています。例の繰り返し“If it happened to you”の箇所では一緒にコーラスも入りますが、後半に入りハスキーな声でやたらと叫びまくるポールとは対照的に、コーラスはあくまでも一定の雰囲気で歌い続けるのが、また絶妙です(リンダさんの声が結構目立つ)。しかも、中には低い声も入っていて、ここでも実験的効果を狙っているのでは?と思わせます。

 こんな風に、実に尋常でないのがお分かりになりましたでしょうか?(笑)この時期、ポールが並々ならぬ実験的意欲を持っていたことが一聴しただけでよく伝わってきます。ウイングスやポールの一連のロックナンバーでも、「バック・トゥ・ジ・エッグ」の頃のロックはいろいろな面で風変わりな部類なのでした。特にこの曲では、その様相がよく表れていると思います。

 演奏・ヴォーカルに徹した分、歌詞はなんてことないバッドなラヴソング。たいした内容はありません。まぁ、こういうロックンロールの場合歌詞はただのイメージですから、ね。個人的には、後半“If it happened to you”が1回だけ“What am I going to do?”になるのがなんとなくお気に入りです。

 この曲のアウトテイクが発見されているらしく、「エッグ」関連のブートで聴けるそうですが、私は持っていないので詳細は不明です・・・(汗)。演奏時間がちょっとだけ長く、フェードアウト部分がちょっとだけ長く聴けるだけ、という話でもあるようですが・・・。

 さて、変てこ極まりないこの曲や、ポールの創作意欲があふれた多くの実験的な曲を収録した自信作「バック・トゥ・ジ・エッグ」。ポールの意欲も満々に当時の流行に歩調を合わせたものだったのにもかかわらず、発売されると英国6位・米国8位と、なぜかチャートで失敗してしまいました。ウイングスの七不思議の1つに挙げてもいいくらいなんです、これが。だって、「ロケストラ」あり、実験的なロックあり、キャッチーな『Getting Closer』あり、さらには新生ウイングス最初のアルバムと、話題性も豊富で十分売れ筋なんですから・・・。「エッグ」がコケてしまったことに、ポールのショックは計り知れないものだったでしょう。事実、失意のうちにポールは自宅スタジオにこもり、ウイングスとは別途ひとり気ままにレコーディングを始めます。この時点でポールはバンドでの活動に迷いを見せだし、その後の紆余曲折で結局ウイングスの活動も終わってしまうのですが、それでもポールの流行音楽に対する興味と、「マッカートニー・ミュージック」への処理能力は衰えませんでした。それは、その時の引きこもりセッションで作った曲たちがテクノ・ポップに影響を受けていたことからして明白です(のちの「マッカートニーII」)。

 「エッグ」が失敗し、ポールがウイングスの活動を停止し自らのセッションに明け暮れた後、秋になるとウイングスはようやく活動を再開。英国で久々のコンサート・ツアーでした。これは結局ウイングス最後のツアーになってしまい、'70年代を締めくくると同時にウイングスの歴史を締めくくるツアーになってしまうのですが・・・。しかし、ここでもポールの実験的意欲は満載で、このツアーのセットリストには、「エッグ」の曲のうちアップテンポのものが多く取り上げられ話題を呼びました。「エッグ」の曲は、先に触れたことで分かるようにライヴでの再現がなかなか困難なものが多いのですが、それでもリズムマシーンやヴォコーダーまでを使用して『Spin It On』『Old Siam,Sir』『Arrow Through Me』『Goodnight Tonight』などを見事に演奏し切りました。相当苦労したと思いますが、ポールにとっては自信作からの新曲を生で観客に伝えたかったのでしょう。もちろん、スタジオのみならずステージでも実験を繰り広げたかったという思いがあったのも忘れてはいけません。ところが、これだけ多くの新曲が演奏されたのに、この曲はなぜか演奏されることはありませんでした。ポールのソロ『Wonderful Christmastime』、当時未発表だった『Coming Up』までもが演奏されたのにもかかわらず。当時演奏された新曲よりもずっと演奏しやすく、ライヴ映えもすると思うのですが・・・。ちなみに、「エッグ」収録曲中、アップテンポの曲では「ロケストラ」関連を除けばこの曲のみがライヴで披露されなかったことになります。この辺は本当に不可解です。実際演奏されていたら、いかにライヴで再現されたかも興味ありますね。ローレンスの面目躍如の場面になったかもしれません・・・。

 「エッグ」期の曲でもマニアックな部類に入るこの曲ですが、私はけっこう好きです。しかも、きわめて個人的な理由で(笑)。というのも、この曲も『Tough On A Tightrope』と同じく、愛読のマンガ「魔法先生ネギま!」のキャラクター、明石裕奈[あかし ゆうな]の雰囲気がするからです(このページのイラストの娘です)。しかもなんとなく(笑)。なぜ裕奈がイメージになったのかが私自身今ひとつ分からずにいます・・・。もしかしたら、頭の中でタイトル「トゥー・ユー」を「トゥー・ユー」でもじったのかも(苦笑)。でも、裕奈はともかく、曲自体も痛快で好きですね。私にとって「バック・トゥ・ジ・エッグ」はお気に入りのアルバムですし、当時のタイトなサウンドがツボにはまっています。もちろん、ポールの風変わりのシャウトが聴いていて面白いです(特に後半!)。自然にハイテンションになってゆく曲構成もいいですね。こういう曲はぜひライヴで聴きたかったのですが・・・。'79年英国ツアーはマニアックながらかなり充実した内容なので、セットリストに入れてほしかったです。そんなこんなでこの曲が大好きな私は、アルバムを通して聴くとどうしても次の『After The Ball』で急にテンションが落ちてしまいます・・・(汗)。

 流行の音楽に目を向けながらも、それを自分なりに消化してオリジナリティを輝かせた曲。ポールならではのオーソドックスなポップやバラードと共に、ポールのよい持ち味ではないでしょうか。こういった曲は元来のポール・ファン、特に「メロディ・メイカーとしてのポール」を想定する人にとってはつらいものがあると思いますが、この多種多様ぶりがポールなんです。そう、ポールは新し物好きなのです。同じ型にいつまでもはまり続けて満足する人ではなく、常に進化を遂げている人なのです。さぁあなたも、ステレオタイプを捨てて刺激的でクリエイティヴな作品を聴いてみましょう!(ある程度以上のポール・ファンの方に言う言葉でもないですけど・・・)

 さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「アフリカ録音」。お楽しみに!!

 (2008.11.02 加筆修正)

アルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」。ポールの創作意欲と、ロック色強いバンドサウンドが十二分に楽しめるウイングスのラスト・アルバム。

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