Jooju Boobu 第29回

(2005.6.16更新)

Keep Under Cover(1983年)

 今回の「Jooju Boobu」より、私のお気に入りの第3層に突入します。前回までの第2層のようなマニアックさは薄れますが(苦笑)、ポールを深く知るファンに愛される曲が勢ぞろいです。こうご期待を!そうした第3層の最初に紹介する今回の曲は、1983年のソロ・アルバム「パイプス・オブ・ピース」に収録された『Keep Under Cover』です。'80年代に入り、それまでとは作風を変化させてきたポールですが、この曲ではそんなポールの新たな魅力をいろんな面で堪能できます。一般的には全く知られない曲ですが、ファンの間では比較的人気のある曲となっています。単なるアルバムナンバーなので早々に語るネタが尽きそうですが(汗)、今回はこの曲の魅力を語ってゆきます。

 まず、今回がこのコラム初登場となったアルバム「パイプス・オブ・ピース」の概要を。前作にして大ヒット作「タッグ・オブ・ウォー」(1982年)に続いてジョージ・マーティン「先生」のプロデュースとなったこのアルバムですが、実は面白い現象があります。アルバムが発表された時期こそ1983年秋ですが、タイトル曲『Pipes Of Peace』など数曲を除いては、すべて1981年にレコーディングされていたのです。1981年といえば、ちょうど前作「タッグ・オブ・ウォー」の時期。つまり、「パイプス・オブ・ピース」の楽曲のほとんどが2年間寝かされていたということになります。それには理由がちゃんとあって、これらの曲は前作「タッグ・オブ・ウォー」の収録候補に挙がっていたものの、アルバムの雰囲気に合わないことから収録漏れになっていたのです。元々「タッグ・オブ・ウォー」は2枚組で発売予定で、これらの楽曲も収録されるはずだったのですが、結局1枚に楽曲を厳選したという経緯もあります。悪い言い方をすれば、ふるいにかけたら脱落した落ちこぼれといった所でしょうか・・・。ポールが「パイプス・オブ・ピース」を前作への回答と位置づけていたこともあり、「パイプス・オブ・ピース」はよく「タッグ・オブ・ウォー」の姉妹編と言われることがあります。

 姉妹編と言いつつも、この2作の間では全体的な印象はかなり異なります。「タッグ・オブ・ウォー」は、ジョン・レノンの死やウイングスの解散を受けたポールの心境の変化を受けてか、全体的に大人の落ち着きを感じさせる穏やかなものに仕上がり、ビートリーなアレンジや社会を見据えた詞作と共にどこか荘厳な趣も携えていました。それに対して「パイプス・オブ・ピース」は、それより明るめでポップなカラーの作品が多くなっています。詞作も、普段のポールが得意とするラヴソングや物語風のものが多く見受けられます。「タッグ・オブ・ウォー」のコンセプトに合わなくて次作に回された、その理由に納得できるような顔ぶれです。それゆえに、1曲ごとが小粒で地味な、悪く言えば煮え切らない印象も受けてしまうのですが・・・。多くの曲が取り上げられた1981年セッションの中で、乱暴に言い切ってしまえば「タッグ・オブ・ウォー」が陰、「パイプス・オブ・ピース」が陽といったところでしょうか(単純にそうとは言えませんが・・・)。

 ところが、「タッグ・オブ・ウォー」の落ちこぼれたちの中でも、1曲だけ例外的な作品がありました。お気楽なブリティッシュ・ポップ節の「パイプス・オブ・ピース」に典型的な、明るくくだけたポップな作品でもなく、ラヴソングや物語風の詞作でもない曲が・・・。そう、それが今回の『Keep Under Cover』です。この曲だけは、他の曲とは違うどころか、正反対に「タッグ・オブ・ウォー」の作風の系譜に入る楽曲となっています。全体的な雰囲気はもちろん、アレンジ面でも詞作面でも・・・。なぜ収録漏れになってしまったのかが不思議なくらいです。それこそ、「タッグ・オブ・ウォー」で一番陽気な『Ballroom Dancing』とその位置をトレードしても、違和感なく溶け込みそうなほどです。

 この曲の特徴を的確に捉えているのが、プロデューサーのジョージ・マーティンの発言です。そう、ファンの方ならご存知の「古典的なポール・サウンド」発言です。この「古典的(classical)」というのが2つの意味に取れて、どういう趣旨で発言したのかが分かりづらいのですが(汗)、幸いなことにその2つの意味の両方がこの曲に当てはまります。その2つの意味に則して、この曲の特徴を触れてゆきます。

 まず、「古典的」→「典型的」という意味に取った場合、この曲でポールに典型的な作風といえば・・・それは息もつかせぬ展開でしょう。異なる表情を持つ複数の曲を1曲にまとめたり、曲中で緩急自在に表情を変えてゆくのはポールの得意分野ですが、この曲ではそうしたスリリングな展開を味わうことができます。冒頭はイントロなしのピアノ弾き語りから始まります。この時点ではピアノバラードかと思わせるのですが、すぐに一変します。ここからがメインのパートで、打って変わってアップテンポです。そして、このアップテンポでずっとエンディングまで突き進むのですが、途中で間奏が1回入る以外はブレイクなしで勢いよく展開してゆきます。あっという間にエンディングに辿り着いてしまいます。しかも、そのエンディングが意表をついてスパッと終わるのが印象的です。冒頭とメインの部分で雰囲気ががらりと変わる瞬間は、ポールならでは。思わず「おっ」と思ってしまう意外な展開を、マーティン先生は「典型的」と評したのでしょう。この曲は恐らく元から1曲で、他の曲と組み合わせることなく出来上がったと思いますが、間奏の一瞬スローになる箇所も含めて緩急自在な展開はポールのアレンジ力の賜物でしょう。

 そして、その「ゴールまでまっしぐら」的な展開を助長するのが、後述する演奏面によく表れた独特の緊張感です。終始はりつめたかのような雰囲気は、タイトな演奏も大きく寄与していると言えるでしょう。鋭角的とまではいきませんが、ほのぼのした雰囲気とは一線を画した仕上がりです。ここら辺が、緊張感が消え去った「パイプス・オブ・ピース」の一連の楽曲たちとは異なる点です。そして言わずもが、どちらかといえば「タッグ・オブ・ウォー」のシリアスな作風に似合っています。アレンジはいわゆるビートリーではないものの、身構えて聴いてしまいそうな独特の緊張感は「タッグ・オブ・ウォー」の珠玉の名曲たちにも劣っていません。

「タッグ・オブ・ウォー」「パイプス・オブ・ピース」で名プロデュースを行ったジョージ・マーティン(右)と。

 マーティン先生発言のもう1つの意味、それは「古典的」→「クラシカルな」です。それが演奏面での奇抜なアレンジのことで、ここでは一風変わった面白いアレンジを楽しむことができます。一言で言ってしまえば、「ロックとクラシックの融合」とでも言ったところです。この曲のベースは疑いなくロックなのですが、ポールとマーティン先生はクラシック的な音作りを加えています。クラシックには造詣の深い2人ですから、彼らの音楽嗜好が頭を擡げてきたという所でしょうが、これがぴったりはまっています。その音が、ストリングスとシンバルです。しかも、ストリングスはよくありそうな流麗なものではなく、歯切れのよい演奏で使用されています(間奏はいつも通りですが)。ロック界にクラシックを持ち込んだのはビートルズとはよく言われますが、こういうタイトな演奏法で用いたのは今までにはない感触です。特に、アップテンポに移る箇所など随所でシンバルと一緒に入るワンフレーズがよいアクセントになっていると思います。エンディングでは跳ねたようなおかしな音で締めくくってもいます(これはストリングスではないかもしれませんが・・・)。

 さらに、ただクラシカルな味付けをしただけでなく、しっかりロックという側面も対比させているのがこの曲の特徴。間奏を聴いていただけるとよく分かりますが、ストリングスをバックに展開されるのは大胆にもハードなエレキギターのソロです!まるでギターバトルのように、ストリングスとギターソロが同居しています。第3節やエンディング付近も同様。「人生は綱引きだ」という「タッグ・オブ・ウォー」精神の賜物かは分かりませんが(苦笑)、ただ一緒にするだけではなくその対比を際立たせているのがポイントです。だから、厳密に言えば「融合」ではないのかもしれません・・・。いずれにせよ、ポールが親しんだロックとクラシックをアレンジ面でうまく両立できたのがこの曲でしょう。こうした凝ったアレンジはなかなかウイングス時代は聴かれませんでしたが、'80年代に入り重きを据えたクリエイティブなスタジオワークのなせる業でしょう。先述した独特の緊張感を生み出しているのは、言うまでもありません。

 この曲のレコーディングは、一連の「タッグ・オブ・ウォー」セッションでも最初期にあたる1981年1月に行われています。さらに、公式には使われなかった準備用の録音はジョン・レノン暗殺前の1980年末に既に始まっていたようです。まだアルバムがソロになるかウイングスでやるのか明確ではなかった時期で、これは演奏者の顔ぶれを見ると一目瞭然です。

 「パイプス・オブ・ピース」はアルバムのブックレットに各曲ごとの演奏者がクレジットされていないので分かりにくいのですが(汗)、ほぼすべての楽器をポールが演奏しています。ベースやピアノはもちろん、ドラムスまでも披露していて、改めてポールのマルチプレイヤーぶりには驚かされます。ベースにはスタンリー・クラークが追加で参加しているという情報もありますが、詳細は不明です。それよりもこの曲で注目されるのは、デニー・レインの存在です。言わずもがウイングスの主翼にして'70年代ポールの強力な相棒だったデニーですが、この曲ではエレキギターとコーラスで参加しています。「ウイングス解散後のソロ作品になぜ登場?」と思われる方もいると思いますが、それは元々「タッグ・オブ・ウォー」セッションがウイングスの新作用だったことを考えていただければ納得ですね。アルバムがソロとして仕切られた後も、当初の名残りでデニーも参加したわけです。実際、「タッグ・オブ・ウォー」と同時期のシングルB面『Rainclouds』はポールとデニーの共作ですし、『Average Person』『Ballroom Dancing』『Dress Me Up As A Robber』といった曲にもデニーは参加しています。ウイングスのファンにとっては1983年までデニーの演奏をポールの作品で堪能できるのはうれしい話でしたが、ウイングス解散のしがらみもあり、このセッションでのデニーの役割は限定的なものになっていて、「パイプス・オブ・ピース」発売後はポールのアルバムから姿を消したのでした・・・残念な話ですが。

 それでも、この曲では参加していないとも噂されるスタンリー・クラークを除けば、ポール&リンダ&デニーというウイングスの黄金ラインアップのみという、ウイングスのファンにとってはうれしい内容となっています。ポールのベースとデニーのギターの共演も聴けますし、何といってもポールのヴォーカルにリンダ&デニーのコーラスが加わるという組み合わせがたまりません。リンダがメロ、デニーがサビとハーモニーを振り分けているのですが、エンディング付近ではリンダ&デニーのコーラスが入ります。この曲では3人同時のハーモニーは堪能できませんのがちょっと残念です・・・。それでも、ウイングスの残り香を楽しむことはできます(だいぶ作風は変わっていますが)。

 ポールのヴォーカルがこれまた自由自在で、部分部分で歌い方を変えています。冒頭のピアノ弾き語りの部分は、弾き語りにありそうな切々と歌い上げるスタイル。それがメインパートが始まると、ささやくようなユニークなヴォーカルに変化します。どこか古風に聴こえるのは、ヴォーカルの影響も大きいかもしれません。リンダがさらにその上を行くハーモニーを入れているのもポイント。サビでは一転して振り絞るようなポールのシャウト風ヴォーカルを聴くことができます。ここでは一部デニーのハーモニーが入ります。'80年代になり大人らしく穏やかな作風に転じたポールですが、こうしてシャウト交じりのスタイルを聴くことができるのはうれしいですね。

 もう1つ、「タッグ・オブ・ウォー」との共通項を考える上で重要なのが詞作でしょう。先述のように、社会や人生観・哲学をテーマに置いた詞作が目立った「タッグ・オブ・ウォー」と、その作風にそぐわず収録漏れになった、ラヴソングや物語風の陽気な内容が多い「パイプス・オブ・ピース」の詞作は好対照を成していますが、この曲ではラヴソングと人生観を混ぜこぜにして歌ったかのようです。冒頭やサビの部分はラヴソングぽいのですが、メロ部分ではポールなりの人生観を取り上げています。そしてこれが、いかにも「タッグ・オブ・ウォー」にありそうなのです。『Somebody Who Cares』や『Get It』、特に『Dress Me Up As A Robber』に似た詞作といえば分かりやすいでしょうか。一目では分かりづらい、でもじっくり読むと味わい深い哲学チックなスタイルです。「パンのないバターに利点などあるか?」「君のいない僕に利点などあるか?」などと、かけがいのないものとの関係を歌っています。どことなく『Waterfalls』の「〜が・・・を必要としているように」をほうふつさせますが、そちらがあくまでラヴソングだったのに対し、こちらはその関係を主題としています。また、「戦いが終わるまで援護を続けるんだ/囚人が解放されるまでトラブルは回避するんだ」という一節は、何かのメッセージかのようです。社会的メッセージを発し続けセッション開始直後に亡くなったジョン・レノンの影響があるのか気になる所です。実は歌詞はジョンの死の前にできているので直接的な関連はなさそうですが、そうしたメッセージを含んだ歌詞を多く発表するようになった動機付けにはなっていそうですね。とにかく、陽気な詞作目白押しの「パイプス・オブ・ピース」では、タイトル曲と並んで一目置く内容でした。

 早くもネタが尽きたので(汗)、あともう1つだけこの話題を。アウトテイクです、例によって。『Take It Away』『The Pound Is Sinking』と同じく、この曲にも1980年夏頃にポールが録音したデモ音源が残されています。「Rude Studio Demos」「Tug Of War & Pipes Of Peace Sessions」などのブートで聴くことができますが、そこではまだクラシカルなアレンジがなく、純粋なロックナンバーとなっています。しかもあの緊張感もなく流しながら演奏しているので、ロックよりはポップな仕上がりです。ポールの歌い方も公式テイクに比べるとかなりラフですし。歌詞も未完成です。マーティン先生のプロデュースが加わる前と後では、こんなにイメージが変わるものなんだと思わせますね。やはり、「タッグ・オブ・ウォー」「パイプス・オブ・ピース」があそこまで傑作になったのは、マーティン先生の功労大といったところですか。このアウトテイクで面白いのが、エンディングで一転してシャッフル調のミドルテンポになる点です。どこか『Helen Wheels』にも似たような感じですが、このアレンジでリリースされていたら・・・公式テイクとは全く別の仕上がりになってしまいますね(苦笑)。なお、この曲は1980年秋のウイングスによるリハーサルでも取り上げており、ブート(「When It Rains,It Pours」など)でも聴けるのですが私は持っていません・・・。

 私は、初めてアルバムを聴いた時からこの曲は好きでしたね。今でもアルバム中一番のお気に入りです(アルバム自体たいして好きでないアルバムというのもありますが・・・)。クラシックとロックが混ざった、「古風ロック」といえる音作りに惹かれました。この2つの要素の絶妙なバランスがいいんですね。演奏面では、第2節の“Might as well stay in bed”の後にドラムスのフィルインが入るのがツボです。分かったような分からないような、哲学的な歌詞も好きです。いろんなもの歌詞に登場するのが、素直に楽しかったり。歌い方も淡々としていて哲学っぽさを出していますが、サビで一気に熱くなるのがたまりません。個人的には、デニーの参加がうれしい所でもあります。逆に不満点を挙げるとしたら、演奏時間が短く感じられたことでしょうか。ちょっと物足りません。まぁ、息もつかせぬ展開がこの曲の魅力なんですけど・・・。長すぎてだらだらするのも変ですし。ライヴで1曲も演奏されたことがないという「パイプス・オブ・ピース」の楽曲ですが、この曲でも演奏されたら面白いかな、と思います。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「軽快なロック」。お楽しみに!!

 (2008.10.13 加筆修正)

アルバム「パイプス・オブ・ピース」。小振りながらも楽観的なポップさは負けないポール・ソロの佳作。

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